?> 科学コミュニケーションと学術出版のエキスパート ― エナゴ学術英語アカデミー

学術出版におけるプレプリントのメリットとデメリット

学術出版は長い間、知識の普及と科学の発展の礎石とみなされてきました。そこに、研究を共有、精査、強化する方法を再構築する新たな学術コミュニケーションツールとしてプレプリントサーバーが登場しました。本記事では、学術出版におけるプレプリントの役割を掘り下げ、そのメリット、デメリット、研究の将来への影響などを探ります。 プレプリントとは? プレプリントとは、正式な査読を受ける前に一般に公開される原稿(初期原稿)のことです。研究者は、arXiv、bioRxiv、medRxivなどのプレプリント専用のプラットフォームに原稿を公開することにより、グローバルな科学コミュニティと迅速に研究成果を共有することができます。プレプリントは査読付きの論文とは異なるので、査読を経ていないことと公式な精査が行われていないものであることを伝える注意書きが添えられているのをよく見かけます。 プレプリントは、学術雑誌(ジャーナル)で出版する際に必要となる最終的な仕上げ調整や推敲を行う前の段階で公開される原稿です。一方、ジャーナルに出版される「論文」は、ジャーナルの投稿基準を満たすための厳密な査読や編集者による修正が行われてから公開されます。こうした違いを踏まえ、査読を経ていないというリスクを含みつつも、プレプリントはスピーディーな研究成果の公開と、学術コミュニティからのフィードバックを得るツールとしての役割を担っていると言えます。 プレプリントのメリット スピーディーな研究成果の公開 従来の学術出版では、投稿から出版(公開)までに数か月から数年かかることもあります。プレプリントサーバーは、研究者がほとんど即座に研究結果を共有することを可能にすることで、時間の問題を解決しています。例えば、COVID-19のパンデミックの際には、プレプリントが早々に共有されたことにより科学者間の迅速な協力と対応が可能となり、緊急時におけるプレプリントの重要性が浮き彫りになりました。 知識へのオープンアクセス プレプリントサーバーは、インターネットを使える環境にいる人なら誰でも自由に研究にアクセスすることができるようにすることで、幅広い人たちが情報を収集し、知識を共有できるようにします。従来のジャーナルにありがちな購読契約による障壁を取り除くことができるため、発展途上国の研究者や資金が限られている研究機関にとっては非常に有益です。 フィードバックと協力の促進 研究成果を公開することで、研究者は多様な閲覧者から建設的なフィードバックを得ることができます。正式な査読の前、初期段階で他者による精査、フィードバックを受けることは、仮説を洗練させ、方法論を改善し、研究全体の質を高めるのに役立ちます。疫学者ジョン・イオアニディスが指摘しているように、プレプリントは「研究結果をより早い段階でオープンにすることで、より多くの目で結果を精査し、誤りや改善策を見つけることができる」ものなのです。 露出度と認知度の向上 学術論文の正式な出版前に研究成果をプレプリントで公開することで、自身の業績やその分野への寄与を拡散するのに役立ちます。同じ研究分野の研究者間での認知度向上にもつながるでしょう。 透明性と再現性を重視 プレプリントは透明性を重視し、他の研究者が予備データを調べ、検証できるようにするものです。また、研究プロセスの永続的な記録としての役割も担っており、未発表の研究結果であっても、学術コミュニティがアクセスできる状態が保たれます。…

デスクリジェクトを回避する: 投稿要件と倫理基準を満たすためのヒント

ジャーナルの内部事情を知る専門家が語る3大スクリーニング要素:「盗用・剽窃」、「AI生成コンテンツ」、「原稿の構成」 デスクリジェクトの原因となる重大なマイナスポイント 分かりやすさ、構成、ガイドラインへの準拠を強化するための戦略 学術出版における倫理基準と報告基準の最新情報

【8/10までアンケート実施中】学術出版におけるAI使用に関するアンケート調査―研究倫理を守るために

人工知能(AI)は学術出版の状況を急速に変えつつありますが、倫理指針、ガイドライン、実践はAIの変革に追いついているのでしょうか 学術出版におけるAIの現状を評価し、関連する規制や指針とのギャップに関する認識を明らかにすべく、エナゴ学術英語アカデミーは「第9回 研究リスク評価イニシアチブ」として、グローバルアンケート調査「学術出版におけるAIの責任ある使用:AI使用・リスク・投稿規程のギャップに関するグローバルアンケート調査」を行います。 このアンケート調査は、AIツール、特に大規模言語モデル(LLM)が学術出版においてどのように使用されているか、また、そのことが研究インテグリティ(健全性・公平性)、透明性、および信頼性にどのような意味をもたらすかを把握するために実施するものです。頂いた回答は統計的な集計分析の後、調査の結果は国際的な学術フォーラムおよびエナゴ学術英語アカデミーのウェブサイトで公表させていただきます。 研究、編集、査読、あるいは科学コミュニケーションに携わる方々に、本調査の趣旨をご理解の上、ご協力いただけますようお願い申し上げます。 本調査の主な目的 学術論文執筆および学術出版におけるAIの使用実態を評価する 特に研究インテグリティに関する側面における投稿規程と実践のギャップを確認する 責任あるイノベーションを促進するとともに、学術界がこれらのツールをどのように倫理的かつ効果的に使用できるかを確認する 学術出版においてAIの責任ある使用を導入するため、より明確で公正、かつ一貫性のあるガイドラインの策定に資する 研究に対する信頼性を高め、人による監視、独創性、透明性を維持する実践を形成する ご記入いただく回答は、学術出版におけるAIの使用に関するより広い意見に基づく、倫理的かつ包括的な基準の作成に役立たせていただきます。今回の調査で貴重なご意見をお寄せいただいた回答者の方の中から抽選で25名様に、3,000円分のAmazonギフト券またはエナゴの英文校正サービスに使える割引クーポン券を進呈します。 アンケートには2025年8月10日(日)までご回答いただけます。アンケートの所要時間は15分程度で、回答は無記名です。 対象 若手研究者…

大学発ベンチャーの事例

前編・大学発スタートアップベンチャーの今では、経済産業省の調査報告を基に、日本における大学ベンチャーの現状と政府支援についてお伝えしました。後編では、2025年時点でのいくつかの事例と大学発ベンチャーが抱える課題について取り上げます。 大学発スタートアップの状況 経済産業省の「令和6年度産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書」によると、大学発スタートアップ数のトップは東京大学(468社)で、京都大学、慶應義塾大学、大阪大学と続きます。2023年度からは2位の京都大学と3位の慶應義塾大学の順位が反転していますが、いずれも昨年に比べて企業数は大幅に増えています。複数の大学が関与しているケースでの重複カウント、実態把握におけるタイムラグ、さらに経済産業省の定義に基づく調査の結果であることも踏まえると、大学が公認している数とは多少の差が出ている可能性もありますが、国立大学系からの大学発ベンチャーが強い傾向は健在です。 出典:経済産業省 令和6年度 産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書 スライド17 興味深いのは、右表で示されているように一部の大学で顕著な伸びが見られていることです。企業数では24位(47社)の関西大学は前年比で500%を超える伸びで増加率1位となっています。本記事では、企業数順位に比べて変動の激しい増加率順位の中で高順位を保っている情報経営イノベーション専門職大学ほか、いくつかの大学発ベンチャーの取り組みを見てみます。 情報経営イノベーション専門職大学 2020年4月に開学した情報経営イノベーション専門職大学(iU)は、情報経営イノベーション関する専門知識・スキルの習得に特化した大学です。「ICT(注:Information and Communication Technology、情報通信技術)テクノロジーやビジネススキルを活用して社会課題を解決するエンジニア、コンサルタント、起業家として、世の中に新しいサービスやビジネスを生み出すイノベーターを育成」することを目的に、産業界で活躍してきた実務家を教員として迎え、起業に必要な知識とスキルを徹底的に学ぶためのカリキュラムを提供します。 在学中から産学連携プロジェクトに携わることができるだけでなく、学内外から企業についての助言や出資を得ることができる、卒業生が起業する際には大学キャンパスで法人登記ができるなど、起業にチャレンジできる制度が充実しています。卒業後の進路のひとつとして「起業」を念頭に入れたカリキュラムを提供していることが起業意向の強い学生を呼び込み、学生の「起業」を全面的にバックアップする―その結果が、先述した大学発ベンチャーの実態などに関する調査で国内大学における前年比増加率で好成績(令和4年度および5年度報告で1位、令和6年度年度報告では4位)を記録し続けている実績につながっていると言えそうです。 東京科学大学 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学が設立されました。…

大学発ベンチャーの今

「大学発ベンチャー」または「大学発スタートアップ」と称される、大学に所属する研究者が投資家から資金を調達して事業を立ち上げる動きが社会にイノベーションをもたらしています。広い意味では「スタートアップ(startup)」は「ベンチャー(venture)」に含まれるとも言えますが、この2つには成長戦略および成長速度に違いがあるとされています。とはいえ、日本政府は「大学発ベンチャー」および「スタートアップ」を厳密に区別することなく支援しています。本記事では、日本における大学発ベンチャーの状況を前編、事例などを後編に分けて紹介します。 大学発ベンチャーとは 「大学発ベンチャー」とは、新しい市場の創出を目指して大学に潜在する研究成果を掘り起こし、新規性の高い事業に反映させるべく設立されたベンチャー企業のことです。経済的なイノベーションをもたらすことが期待されており、今ではさまざまな分野や業種に広がっています。 大学発ベンチャーへの期待 「大学発ベンチャー」は、新しい技術や従来にない斬新なアイデアを事業として新しい製品やサービスを提供する企業で、大学と深い関係を持っています。近年はIT系に限らずさまざまな分野に登場しており、イノベーションの担い手として大きな期待が寄せられており、特に近年は、ディープテックと呼ばれるAI(人工知能)や量子コンピュータ、再生医療などに関連する最先端の研究成果を事業化する大学発ベンチャーが注目されています。文部科学省が、今までの常識を壊すような過去に事例の無いビジネスを生み出す「破壊的イノベーション」だと記していることにも期待の高さが垣間見えます。 出典:文部科学省「いま、大学発スタートアップが熱い」より 日本政府による支援 何といっても大学発ベンチャーの強みは大学における最先端の研究成果を事業に反映させることができることです。日本政府は、大学等が新規事業を創出するのを支えるエコシステムの仕組みを形成すべく、「ディープテック・スタートアップ国際展開プログラム(D-Global)」と「スタートアップ育成5カ年計画」を策定し、支援体制を整えています。 D-Globalは、大学等発の技術シーズを核にして、社会・経済に大きなインパクトを生み、国際展開を含め大きく事業成長するポテンシャルを有するディープテック・スタートアップの創出を目的とするもので、スタートアップ育成5カ年計画は、大学等発スタートアップの継続的な創出を支える人材・知・資金が循環するエコシステムを全国に形成することを目的とするものです。D-Globalは2025年5月13日を締め切りに第3回公募が行われていました。 文部科学省におけるスタートアップ支援施策を中心とした支援により大学発ベンチャーの数は年々増加してきています。2025年6月6日に発表された経済産業省の「令和6年度産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書」によると大学発ベンチャーの数は、2014年度以降増加傾向にあり、2024年10月時点で5,074社と、2023年度(4,288社)からさらに786社増加し、企業数および増加数ともに過去最高を更新しました。政府は、2026年度の中間目標で累計4,000件、2027年度に5,000件の支援を行うことを目標としていましたが、この目標を前倒しで達成したことになります。 出典:令和6年度 産業技術調査(大学発ベンチャー実態等調査)報告書 *この調査の対象には、大学、高等専門学校の他、国内の特定非営利活動法人(NPO法人)、一般社団法人や個人事業主等も含まれている。 大学発ベンチャーとディープテック:期待の分野 大学発ベンチャーで特に注力分野とされているのが、世界的な経済社会課題を解決し、社会にインパクトを与える潜在力のあるディープテック、つまり人工知能(AI)、量子コンピュータ、宇宙、核融合、再生医療等の技術分野です。大学や研究機関で生まれた高度で先進的な研究結果がディープテック・スタートアップのシーズ(種)となることから、大学からの積極的な技術移転が期待されています。技術移転のひとつのやり方として大学発ベンチャーを立ち上げれば、その技術を社会実装するチャンスが広がるだけでなく、ライセンスを有する技術の移転が外部資金獲得につながる可能性も有しています。…

「若手研究者の ”1,000 True Fans” 実現企画会議 – みんなでつくる研究の未来」イベント参加レポート

クラウドファンディングやサポーター制度などを通じ、開かれた学術業界の実現を目指すacademistが2021年より行っている若手研究者向け研究加速プログラム「academist Prize」。現在このプログラムの 第4期(2024年9月〜2025年8月)が進行中です。 2025年4月24日(木)、今期のプログラムに採択された7名、および協賛企業の株式会社ビットマイスターによる企業賞(「ビットマイスター賞」)の過去の受賞者2名が東京大手町のInspired.Labで開催されたイベント「若手研究者の ”1,000 True Fans” 実現企画会議 - みんなでつくる研究の未来」に登壇し、会場とZoomでの参加者にそれぞれの研究や、プログラムについて語りました。エナゴのマーケティング担当者とライターも会場で参加させていただきました。 今期のacademist Prizeに採択されたのは、寄付のマーケティング研究を行う會澤裕貴(あいざわゆたか)さん、実践的な取り組みの中でより良いケアを探る金子智紀(かねこともき)さん、災害からの復興についてフィールドワークを行う土田亮(つちだりょう)さん、AI・機械学習の技術を用いて宗教性/スピリチュアリティを研究する林尭親(はやしたけちか)さん、美を感じる仕組みや美がもたらすものを心理学的に究明する櫃割仁平(ひつわりじんぺい)さん、亡くなった人の遺伝学的検査(死後遺伝学的検査)に基づく新しい予防医療の体制構築を目指す福嶋佳菜子(ふくしまかなこ)さん、意識の発達の多様性の解明に取り組む渡部綾一 (わたなべりょういち)さんの7名。(ドイツ在住の櫃割さんのみリモートで登壇) サイエンスコミュニケーターの佐伯恵太さんの進行により、冒頭に7名がそれぞれの取り組みを手短に紹介する「ピッチ」が行われた後、会場参加者が、個々の研究者の元に集まって踏み込んだ対話をするセッションに移行しました。 「共に生きるケア」の実現を模索する金子さんは、法人を設立し、高齢者介護の課題先進国として注目される日本で、海外からの視察者も数多く受け容れる近況を報告。意識の発達の多様性の解明に取り組む渡部綾一さんは、実験参加者が行う具体的なテストとその結果について解説し、会場参加者からの熱心な質問に回答。災害からの復興をテーマとする土田亮さんは、フィールドワークの現場スリランカで自身が撮影した写真集などを持参し、アートによる情報発信についての説明にも参加者たちは聴き入っていました。…

STEAM人材が活躍する時代

AIによって人間の仕事が奪われるのか-といったテーマが話される時代、今こそ必要とされるのはどのような人材なのか。その答えの鍵になるのは「STEAM人材」ではないでしょうか。STEAM人材とは、STEMと呼ばれる科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の分野にリベラルアーツ(Arts)を加えた幅広い分野の知識や技能を習得した人となります。以前は科学技術リテラシーを重視したSTEM人材の育成が推進されていましたが、テクノロジーやAIが普及した今では、社会に求められる人材の資質が変化し、「A」の要素を加えたSTEAM人材の育成が注目されています。 社会の変化:STEMからSTEAMへ 2000年代、実社会に応用できる科学技術の知識や技能の習得を促そうというアプローチのもと、アメリカを中心にSTEM教育についての議論が活発化し、STEM教育による人材育成が国の競争力を高めるとして、急速に世界に広がっていきました。アメリカでは2000年代に国を挙げてSTEM教育を推し進め、2015年にはSTEM教育法 STEM Education Act を制定しています。 その後、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)やロボット、AI(人工知能)といったテクノロジーがめざましい速度で発展すると、あらゆる産業分野で今までにはない革新的技術が使われるようになりました。急速な科学技術やテクノロジーの発展により、第四次産業革命(インダストリー4.0とも呼ばれる)が起きていると言われることもあるようですが、私たちの社会・経済はめざましい勢いで大きく変化しています。生活の中の「普通」がどんどん変わっていっているのです。 ではここで、この十数年の間に生活の中の「普通」を覆してきた企業のビジネスを振り返って見ましょう。 すぐに頭に浮かぶのは、Apple、MicrosoftやGoogleといった世界を席巻するIT企業の製品やサービスでしょう。例えば、2007年に発売されたiPhoneは、技術もさることながら、そのユーザーフェースに画期的なデザインを取り入れたことで衝撃的でした。それまでの携帯電話にあった物理的なキーボードをなくし、基本的な操作を液晶画面の中に全て詰め込んだのです。そのデザインは発売から20年近くなる今も使い続けられ、他社の携帯電話にも普及しています。 Googleなどのサービスにおいても、ユーザーを意識したデザインが取り入れられています。かつてはデザインより機能が優先されていましたが、発想の転換を新しい技術がサポートし、それまでは実現できなかった製品やサービスが登場するようになっているのです。祖父母の時代、ほんの50年程前には、パソコン並みの機能を持った電話がポケットに入っているなど想像すらできませんでした。逆に、現代の子供にはダイヤル式の電話機は何だかわからない物体となっていることでしょう。 急速に変化する社会の中、ビジネスの世界では、技術開発やマーケティングに人間本来の創造性やユーザーの目線を意識したデザインを取り入れていこうとの動きが広がっています。こうした変化に対応するには、ユーザーの本質的なニーズを見つけながら変革させていく思考である「デザイン思考(Design thinking)」が求められます。携帯画面のレイアウトやボタンの操作性だけの問題ではありません。ほとんどの業種においてホームページやSNSコンテンツを作成する際、ユーザーのニーズを意識したデザインは不可欠です。「デザイン思考」が注目されるようになったことこそが、芸術的な感性や創造力を育む「A(リベラルアーツ)」を教育に取り込み、STEMからSTEAMへと変化してきた背景にあります。…

STEMからSTEAM:文理融合を目指す教育へ

2000年代初頭には、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の4つの分野を横断的に学び、自分で考えて問題を発見し、解決する力を養うことを目指すSTEM教育が主流でした。しかし、AI(人口知能)が浸透し、単純作業などがAIによって効率的に処理されるようになり、スマートフォンが普及している現代に生きる子どもたちには、STEMの教養(科学技術的な知識)とともに、「自分で考える」力が必要となっています。そこで、最近は創造性や表現力を育成しようとの発想から、STEMにArt/Arts(芸術/リベラルアーツ、教養)を加えたSTEAM教育を推進する動きが広がっています。STEMとSTEAMの違い、日本のSTEAM教育の状況などを紹介します。 STEM教育とは STEMという頭字語は1990年代に使われ始めました。当初は「SMET」と呼ばれていたものが、2001年にアメリカ国立科学財団(National Science Foundation: NSF)が「STEM」と使ったことからSTEMという言葉が広がったと記されています。1990年代から2000年代にかけてのハイテク・ブームの中で国際競争力を高めるには、科学技術の知識とスキルを持った人材の育成が必要だったため、密接に関わっている科学(S)・技術(T)・工学(E)・数学(M)の4つの分野を関連づけて学ぶように「STEM教育」が推奨されたわけです。 アメリカでは2000年代、国を挙げてSTEM教育を推し進めてきました。オバマ大統領(当時)はSTEM教育を国の優先課題と位置づけ、2011年には年間37億ドルの予算を付けました。2015年にはそれまでのSTEM教育プログラムを法的に支援するためにSTEM教育法(STEM Education Act)を制定し、STEMにコンピューターサイエンスを含めるなど、定義を拡張させていきました。ITが社会に浸透し始めたころ、STEM知識を身につけることは、より給与の良い職に就くためのチャンスにつながったのです。NSFによると、2012年の(米国内の)科学・エンジニア職種の労働者の収入の中央値は78,270ドルで、米国の全労働者の中央値(34,750ドル)の2倍以上であったそうです。 STEAM教育とは:STEM+A STEAM教育とは、STEMに芸術分野のArt/Arts(A)を追加した教育方針ですが、「A」には幅広い分野が含まれています。STEMが科学的概念に重点を置くのに対し、STEAMは創造的・芸術的なプロセスを含めて捉えることを重視しています。 STEAMは、2006年にアメリカの教育者ジョーゼット・ヤークマン氏によって提唱された教育概念です。これからの人材育成には、科学技術への理解に加えて判断力や問題解決力が必要であるとして、芸術性・創造性を育むことを目的に「A」が追加されました。芸術と科学技術とのつながりは分かりにくいかもしれませんが、例えば、彫刻を学ぶ学生が彫刻を彫らずに、3次元モデルをデザインするためにコンピューターのプログラムを学ぶというようなものです。STEAM教育は、5つの分野の知識・技術を関連づけながら総合的な知識、教養を身につけ、科学的専門性だけでなく、独創的かつ創造的な考え方を養うことを目指しています。 文部科学省によるSTEAMの定義 STEAM 教育(Science,…

研究報告ガイドラインの発展と学術出版への影響、今後の展開

はじめに 根拠に基づく医療(Evidence-based medicine: EBM)運動は、1980年代初頭に登場し、そこからの10年間勢いを増していきました。この運動は、「EBMの父」とされるカナダの医師デイヴィッド・サケット(David Sackett)の発案に基づくもので、看護や助産などのさまざまな分野の臨床実践全般にわたって広がっています。 EBMは、臨床医が各分野の根拠(エビデンス)を検討し、取り入れることで、患者にとって最善の治療法を決定するためのメカニズムを提供することを目的としています。「個々の患者のケアに関わる意思を決定することにおいて、最新かつ最良のエビデンスを、良心的、明示的な態度で、思慮深く用いること」と定義されるEBMは、主に個人または臨床医のグループを対象としたものでした。しかし、この分野がより洗練されるにつれ、EBMは組織(団体)や政府の保健関連省庁が医療政策を決定し、経済的制約の中で最良の治療と考えられるものに資金を直接振り分けるためのツールとなってきました。 研究報告ガイドラインの発展 研究の透明性を向上させるための構造化されたチェックリストを提供する研究報告ガイドラインは、研究報告における矛盾(不整合)への対応として登場しました。ランダム化比較試験 (またはランダム化対照試験、Randomized Controlled Trial: RCT)に大きく依存する高度な分析方法やデータ提示方法が開発され、エビデンスに基づくレビューがRCT自体よりも信頼できる根拠になると、こうしたレビューがヘルスケア分野のジャーナルの主な特徴となりました。この状況は今も変わっていません。こうしたレビューのひとつの側面とされているのが、レビューにおける研究の品質評価です。品質にはかなりのバラツキがあり、出版されたRCT報告の中に、無作為化の手法あるいは適切に記述された対照群に関する重要な情報が欠落していたものもあったことから、1990年代の初めに、現場でのよりよい施策、特によい報告方法を推奨する動きが登場することとなりました。 よりよい報告基準の策定に向けた動きを推進したのは、主にカナダを拠点とするアイルランド人疫学者、デイヴィッド・モハー(David Moher)でした。RCT報告に関心を持っていたモハーらは、1996年にCONSORT声明を発表し、RCT報告を学術ジャーナルに提出する著者が順守すべきチェックリスト(CONSORTチェックリスト)を提供しました。これは、報告における完全性を確保し、RCT報告全般において直接的あるいは間接的にRCTを実施する際の基準を向上させることにつながっています。このような報告ガイドラインがあれば、科学者は報告段階でRCTの重要な側面をすべて説明できるようにしておかなければならないことを承知の上で、それを念頭に置いて研究をデザインすることになるでしょう。 CONSORT声明は、最初に発表されて以降、漢方薬、鍼灸、有害事象報告などの分野においてRCTを広めながら、繰り返し改訂されてきました。CONSORT声明およびチェックリストは…

ICMJE Recommendationsアップデート2025年版ー倫理的研究出版は新たな局面に

研究インテグリティ(研究における健全性・公正性)とは、研究者が守るべき倫理・規範の基本的な概念です。医学・科学の研究実施、報告、出版にとって国際的な倫理基準に従うことは、研究結果の信頼性を確保するために極めて重要です。 医学雑誌編集者国際委員会(ICMJE: International Committee of Medical Journal Editors)は、1978年に「生物医学雑誌への統一投稿規定(Uniform Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals)」を公表して以来、生物医学分野で重要な役割を果たしてきました。ICMJEのICMJE…