再現性確保のため、研究不正に対する取り組みを

ある研究結果について、「再現性があるかないか?」ということと、「研究不正があるかないか?」ということは、まったく別のことです。再現性がなくても、そのことは必ずしもその研究に不正(捏造、改ざん、盗用など)があることを意味しません。単に確認が不十分であったからだとも考えられます。 しかしながら、「再現性のなさ(irreproducibility)」の原因として、研究不正は無視できない一因であるということを、コロンビア大学の名誉教授で精神医学を専門とするドナルド・S・コーンフェルドらは今年8月31日付の『ネイチャー』に寄稿した「研究不正を無視するのをやめよう」という論評で強調します。 再現性のなさは、2つの要因の産物である。1つは不完全な研究行為であり、もう1つは研究不正である。われわれの見解では、科学を向上させるために現在行われている取り組みは、2つめの要因を軽視している。 たとえば、2014年、アメリカ国立衛生研究所(NIH: National Institute of Health)のフランシス・コリンズ所長は、「わずかな例外を除いて、再現性のなさの原因が研究不正であることを示唆するエビデンスはない」と同じ『ネイチャー』誌上で述べました。 アメリカの政府機関で、研究不正を取り締まる役割を持つ「研究公正局(ORI: the Office of Research Integrity)」によって、再現性のなさが問題となったケースで、研究不正を行ったと認定される研究者は年間わずか10〜12人です。しかし、 研究不正の果たしている役割を軽視することは、誤りであり、残念なことだ。最善の場合でも、…

翻訳者のシゴト論 – 第3回 R・Sさん

Profile R・Sさん 翻訳者としての経験年数:8年 専門分野:言語学、自然科学 翻訳者として英語と向き合う際に、一番難しいと感じることは何ですか? 訳者の介在を最小限に留めることです。 「内容をわかりやすく伝えること」と「原文の著者が書いたことをそのまま翻訳すること」は異なり、クライアントが何にプライオリティを置いているかを見極め、そのバランスを取るのが難しいです。翻訳の目的をあらかじめ明確に知らせてもらえると大変助かります。 クライアントと直接話すことができない場合、翻訳が仕上がった後に「思っていたのと違う」と言われることもありますので、原稿のバックグラウンドを事前に把握しておくことが特に重要です。 日本人研究者が英語のスキルを伸ばすためにはどのような訓練・教育が必要だと感じていますか? ご自身が翻訳者となるために英語を勉強された経験を交えてお教えください。 読む、書く、話す、聞く、の4技能を継続的に行うことです。 言語習得は筋トレのようなもので、継続的に英語に触れ、使用し、鍛えることによって獲得されるので、常に頭を鍛えておくことが重要です。 身近なトピックや興味のある事柄について、ニュースや論文など様々なメディアを通して、常時、英語に触れるようにすると良いと思います。 継続的に努力し続けていても、実力が向上していると感じられない踊り場的な時期もありますが、そこで諦めてしまうと次のステップには行けません。昨日今日というタイムスパンではなく、数カ月前にできていなかったことがストンとできるようになっていると感じることもあります。 翻訳者としてのあなたにとっての座右の書を挙げてください。 (1)『A…

【上智大学】黄 光偉教授インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。五回目は、上智大学の黄 光偉(ホアン グアンウエイ)教授にお話を伺いました。インタビュー前編では、大学教育における学生への英語指導方法についてお話くださいます。 ■先生の研究室で扱っている専門分野、研究テーマを簡単に教えていただけますか。 主に水環境です。治水の問題、河川、湖沼、水質汚濁の問題、水資源のマネジメントなど、水をめぐるさまざまな研究を行っています。新潟の佐潟、千葉の手賀沼・印旛沼、東京の多摩川などを調査しています。 また、治水の研究も行っています。最近は気候変動の要素もあり、水を完全に川の中に封じ込める、あふれさせないという従来のやり方には限界が見えてきており、新しい方法が求められています。もはや川だけで考えて水を封じ込めるのは難しく、氾濫許容型の治水など、流域のスケールで水と共生する方法が求められています。 ■英語論文の執筆や学会発表、共同研究などの場で、英語で苦戦した経験はありますか。 学生時代に英語を勉強したときはいろいろ努力しましたが、今はもう慣れましたね。 ■研究室で先生が指導されている学生さんの英語力については、どのように感じていらっしゃいますか。中国と日本とで、研究者や学生の英語力について何か違いを感じますか。 中国の大学の学生がみんな積極的に英語を使うのに比べて、日本の学生は文法はよく勉強していると感じますが、あまり実際に使おうとしないですね。文章はきれいに書けますが、コミュニケーションの英語力が弱いように感じます。 英語で話すのが得意ではない学生は、ディスカッションで苦労しますね。質問になかなか自分の言葉で答えられない場面をよく目にします。 ■そういうとき、学生さんはどのようにトレーニングするのでしょうか。 努力に努力を重ねるしかありません。まずは一般の論文を積極的に読んで、自分の中に言葉をたくさん取り込むことが大切です。そうしないと、単語を羅列するだけのブロークンイングリッシュになってしまいます。たくさん言葉を取り込んで、量から質を生むわけです。専門の論文を多く読むことで、専門用語は身に付きます。 その上で、積極的に研究室のゼミや授業でプレゼンテーションをやるのが有効です。ゼミでは基本的に、みんな一緒にディスカッションします。そうすることで相互作用が生まれます。 ■学生さんが英語で論文を書くときには、どのように指導されますか。…

such thatとso that

「such that」と「so that」はよく混同されます。ここでそれぞれの表現の正しい用法を説明します。 「so that」は、副詞として「for that purpose」や「in order that」のように意図を示す場合と、「with the consequence that」や「and therefore」のように因果関係を示す場合があります。それぞれの例を見てみましょう。 (1) I…

翻訳者のシゴト論 – 第2回 K・Sさん

Profile K・Sさん 翻訳者としての経験年数:5年 専門分野:遺伝学、ゲノミックス、神経生理学 翻訳者として英語と向き合う際に、一番難しいと感じることは何ですか? 原文を尊重しながら英文らしくすることです。 日本人の文章は独特の長い言い回しが存在します。いったいどこまで一文が続くのだろうと思うものが多々あります。 不必要な部分を削除して簡単にした方が良いと思われる事がよくありますが、あくまで原文を尊重するという視点ではそれができず、もどかしいです。 以前、意味が取りにくい日本語論文の英訳を依頼されたとき、原文の日本語を編集してから翻訳したことがありましたが、お客様から「原文にある日本語が翻訳されていない」とクレームがついてしまいました。それ以来、どんなに原文がわかりにくくても、あくまで原文に忠実に翻訳するようにしていますが、逐語的に訳すのではなく、「作者は何を言いたいのか」ということを翻訳する前によくよく考えて、それをふまえて英語としての論理性を備えた翻訳を心がけています。 日本人研究者が英語のスキルを伸ばすためにはどのような訓練・教育が必要だと感じていますか? ご自身が翻訳者となるために英語を勉強された経験を交えてお教えください。 論理的で、簡潔な日本語の文章を書くこと 驚かれるかもしれませんが、これができれば英語にするのはグンと楽になります。アメリカの子供たちは幼稚園からすでにwritingを毎日教えられます。日本でいう国語の時間は基本的にwritingです。その際にどのような構成で文を書けば良いかと言ういわゆる「ひな形」が与えられ、それにそって文章を書きます。それはその後、大学生、大学院生になっても使います。残念ながらこれがないのは日本の教育システムの弱みです。 私が日本語の論文を英訳するとき、原文に長すぎる一文があるときは短く切って、全体としてのテンポを重視した訳文を作成するよう心がけています。内容を問わず、ダラダラとテンポの悪い文章はそれだけで読者の集中を阻害してしまい、最後まで読んでもらえません。 名論文を真似すること スポーツを習得するとき、憧れの選手の真似から入ります。私の幼少期は王選手の1本足打法でした。自分の分野で成功している人の発表論文で、自分が真似したいものを数点みつけ、声を出して何度も読んでみる。そうするとその人独特の英語のリズムが掴めてきます。良い論文は論理の展開が美しく、中学英語に毛が生えた程度の易しい英語で書かれています。…

【聖マリアンナ医科大学】 中村治彦教授 インタビュー (後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。四回目は、聖マリアンナ医科大学の中村治彦教授にお話を伺いました。インタビュー後編では、学生の方や若い研究者が英語を上達させるコツについてお話くださいます。 ■学生さんや若手の研究者の方が英語論文を書けるようになるにどうしたらよいでしょうか。 英語が苦手な人が英語で論文を書くのは、ものすごく大変なことだと思います。まずは英語論文を読むことから始めて、構文や用法に慣れることから始めるのがよいかもしれません。若い医局員が初めて英語論文を書くときは、まず自力で書いてもらい、われわれ指導医が明らかに誤っている箇所や文意の通らない部分をチェックした後、英文校正業者に提出して論文校正に慣れたネイティブに見直してもらいます。こうして訂正された文章を見て、英語論文の決まりごとや、言い回しを身に付けていくことが大切です。一度間違えたことは忘れないようにするのは当然ですが、1回2回ではとても身に付くものではありません。私も何十回となく繰り返す中で、ようやく少しわかってきたところです。 ■校正に出して結果が返ってきて、それを次に生かすということですね。 それが一番重要だと思います。校正してもらったことを自分のものにして、次に書くときには気をつける。これを繰り返して、少しずつ上達するのだと思います。とはいえ私も、今に至るも校正に出すとたくさん直されて返ってきますけどね(笑)。 ただ、もちろん英語の表現も大事だとは思いますが、もっと大事なのは論旨、ロジックです。理論の筋道が間違っていないということが一番重要です。日本人は論理的思考に弱いと感じる時があります。これは日本語がそもそも情緒的な言語であるためかもしれません。論理の筋道がしっかりできていないと、いくら文章だけ何とかしようとしても何ともなりません。 ■全体的な論旨を明確にしたり、伝わりやすい構造に変えたりというところを先生が指導されることはありますか。 ありますね。その論文が論理的かどうかは、やはり専門知識がないとわかりませんから。論文の論理性を確認した後に英文校正に出して、著者が言わんとすることが英語としてきちんと通じるかをチェックしてもらう、という流れです。 ■先生で指導されることと業者に任せることを使い分けるということですね。 何度も英文校正を利用しているうちに、校正者によってその人の癖や嗜好があることもわかりました。ある校正会社に出して訂正された論文をまた別の会社に出したことがありますが、また多くの箇所が校正されて返ってきました。英文校正も正解は一つではないということですかね。 ■確かに、作業者によって仕上がりが変わってしまうことはあります。難しいところです。 論旨を汲み取ってうまく直してくれる人がいればいいのですが、論文の内容まで踏み込んで理解できる人を見つけるのはなかなか難しいですね。多くの論文を校正した経験豊富な人がいいと思います。 ■発表についても指導されたりしますか。 文章については一応指導できますが、発音についてはやはり難しいですね。プロが校正した文章を、ネイティブが読み上げた音声ファイルとして納品していただけるサービスがあると大変助かるのですが。 ■弊社にはナレーションサービスというのがすでにありますので、研究者の方々の練習用にそういったサービスを提供できると、もしかしたらお役に立てるかもしれません。…

科学が直面する問題

最近のある調査で、270人の科学者を対象に「科学が直面している最大の問題は何か」をインタビューしたところ、多くの科学者が「外部機関の間違った科学振興策が科学者のキャリアに悪影響を与えている」と認識していることが分かりました。 科学者たちは「昨今では科学者としての成功の是非は助成金の獲得金額、研究論文の発表件数、研究結果の大衆性で決まる」と指摘し、また「社会的に意味のある発表を求められる傾向にある」と回答しています。 科学者は成功よりも失敗から学ぶことの方が多いと言われますが、失敗が科学者としてのキャリアに悪影響を及ぼす可能性があり、彼らは疑問の探求よりも保身を優先せざるを得ない状況に置かれています。このような状況を、カリフォルニア大学マーセド校 認知情報学部の Paul Smaldino助教は「現在の評価システムをうまく利用できた人が、成功を収めた科学者ということになってしまう」と危惧しています。 専門家に意見を伺ってみましょう。 科学のほとんどはお金の問題である かつて、環境法の専門家であるグスタフ・スペス (Gustave Speth) はこう述べたと言われています。 「私は、生物多様性の喪失、生態系の崩壊、そして気候の変化が、最大の環境問題だと考えていました。そして、30年間しっかりと科学研究を行えば、これらの問題に対応できると考えていました。しかし私は間違っていました。最大の環境問題は、利己心であり、貪欲さであり、無関心なのです…」。 この発言は、科学において何が大きな問題なのかをうまくまとめていると思います。実際、科学のほとんどはお金の問題です。大学はますます企業のようになりつつあります。基礎科学はお金になりません(基礎科学の応用はお金になりますが、それは大学のやることではないでしょう)。 再現可能性や健全な研究設計を犠牲にしてもできるだけ早く論文を発表すべき、という圧力の背後にはお金があります。お金は研究に充てられる期間を縮めており、科学的発見はお金がないと買えないものになっています。さらに、科学者たちをきわめて激しい資金獲得競争に駆り立てているのもお金です。…

システマティック・レビュー にもレビュー(再評価)を

ある課題についてこれまでに書かれた論文をすべて集めて、そのデータを批判的に読み込んでレビュー(再評価)し、一定の結論を出す研究を「システマティック・レビュー(systematic review)」といいます。日本語では「系統的レビュー」ということもあります。医療分野では、「根拠にもとづく医療(EBM: Evidence based medicine)」という方針において、最も信頼性の高い情報源となりうる研究方法です。 ところが、システマティック・レビュー論文のなかには、捏造や改ざん、盗用といった「不正行為」がある論文や、製薬企業などスポンサーとの関係があること(利益相反)を明記しておらず、バイアス(偏り)がある可能性のある論文を、見逃してしまっているものがあるとわかりました。調査結果は『BMJオープン』で今年3月2日に発表され、学術情報サイト『リトラクション・ウォッチ』が報じました。 スイスのジュネーブ大学病院で公衆衛生と疫学を研究しているナディア・イーリアらは、医学分野のトップジャーナル4誌に掲載されたシステマティック・レビュー論文114本をレビュー(再評価)しました。『内科学紀要(Annals of Internal Medicine)』、『英国医学ジャーナル(BMJ: the British Medical Journal)』、『米国医師会ジャーナル(JAMA: The…

翻訳者のシゴト論 – 第1回 K・Wさん

Profile K・Wさん 翻訳者としての経験年数:6年 専門分野:金融・契約・ゲーム開発・テクノロジー・ビジネスコミュニケーション 翻訳者になるきっかけを教えてください。 アメリカの大学で経済を専攻していました。卒業後は、フルブライト奨学金を受賞し、愛知大学の国際コミュニケーション学部および経済学部に1年間留学しました。そこでは、主に研究所で翻訳のサポートをしました。学究的な日本語を経験する機会があり、大学の先生に論文の翻訳サポートをお願いされたことが、翻訳を始めるきっかけになりました。 現在は翻訳者としてご活躍されていますが、それまでの経緯を教えていただけますか。 日本での留学経験後、株式会社カプコンに4年間勤務しました。その当時、以前より興味のあったカリフォルニア州の大学院で、翻訳と通訳を同時に学べるビジネスプログラムを専攻しようと思っていました。そこで事前に開かれたパーティーに参加した時に知り合った方に、以前より興味のあったゲーム業界のカプコンを紹介してもらいました。もともとゲーム会社に就職したかったので、大学の卒論もゲームについて書いたほどです。日米で同じゲームを販売した場合の売り上げの違いを分析しました。 入社後は、海外パートナーとのビジネス・コミュニケーションや契約を担当しました。その時に翻訳スキルを磨くことができ、現在、翻訳者としてその不可欠な経験などを常に活用させていただいております。 もし、日本でカプコンに就職していなかったら、何をされていたと思いますか? もしカプコンに就職していなかったら、カリフォルニア州にある大学院で通訳と翻訳の勉強をしたいと思っていました。現在は、翻訳の仕事と同時に、ゲーム開発の仕事もしています。 翻訳者として英語と向き合う際に、一番難しいと感じることは何ですか? 言葉そのものではなく、文章の意味や意図、筆者の気持ちなどを考慮して、自然に伝わる文章にするのが難しいです。そのために、コミュニケーションを大切にして、相手のことを考え、伝わる英語にするように心がけています。 翻訳者としてのスキルアップ方法や、語学力向上のために欠かさずにやっていることなどがあれば、ぜひ教えてください。 普段は自分が楽しいと感じるものを、日本語で読むことを心がけています。仕事の休憩も兼ねてマンガを読む時などは、キャラクターやストーリーの関係性を考えながら読むようにしています。最近、読んで面白かったのは、「ReLIFE(リライフ)」というマンガです。オンラインで読みました。それ以外に、オンラインゲームで日本人のプレーヤーと日本語で話をして、日本語会話のスキルアップをしています。…

【聖マリアンナ医科大学】 中村治彦教授 インタビュー (前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。四回目は、聖マリアンナ医科大学の中村治彦教授にお話を伺いました。インタビュー前編では、ご自身の経験を交えながら英語上達法についてお話くださいます。 ■先生の専門分野は何ですか。 外科学、特に呼吸器外科です。大学で、診療、教育、研究に携っています。 ■英語での論文執筆や学会発表などで苦労された経験はありますか。 もちろんあります。私が外科の医局に入った1980年代初めは、英語で論文を書いたり国際学会で発表したりする機会は少なく数年に1回あるかないかでした。しかし、医学の世界のグローバル化が進むにつれて、英語で論文を発表することが非常に重要になってきました。以前は、英語で論文を書くといっても現在のようには英文校正会社がなかったので、自分で書いた英語を直してもらうのに苦労しました。たまたま私がいた大学ではネイティブスピーカーの先生が1人いらっしゃったのでチェックをお願いできましたが、それだけではなかなかうまくいかないことも多かったですね。 私は20年ほど前に、アメリカのサンフランシスコに基礎医学の研究で留学経験があります。そこには、ヨーロッパから留学して英語論文をたくさん書いている有名な研究者もいましたが、彼らも必ずネイティブチェックを頼んでいました。私たち日本人よりはるかに英語に馴染みがある彼らでさえ、英語論文を書くときにはチェックを受けるのが当たり前ということをあらためて認識しました。多少英語が得意なていどの日本人が自分の力だけに頼って論文を書くのでは、たとえ研究内容が優れていても、文章の体裁が整っていないために内容がうまく伝わらずリジェクトの憂き目にあうことが、身に染みてわかりましたね。 ■英語に慣れている海外の研究者の方々でも、チェックを受けなければいけないんですね。 前出の研究者はフィンランド出身のご夫婦で、ScienceやPNASといった高名な雑誌に論文が掲載されていました。日常の英会話も流暢に話していたし、たくさんの英文論文を発表していた人達だったので、この人達はもう自分で書いた論文をそのまま投稿しているんだろうなと思っていたんです。ところが、ある日そのことを質問してみたら、「とんでもない。投稿前に英文のネイティブチェックを受けるのは当たり前だよ。そこが一番大事な点だ。」と話していました。これでは、英語が不得意な日本人が苦労するのは言うまでもありません(笑)。 ■英語で論文を書くとき、何か参考にするものはありますか。 定式的な言い回しなどは、ネイティブの研究者が書いて名の通った雑誌に掲載された論文を参考にすることがあります。本屋に行くと、英語論文の書き方指南書のような本がたくさん出版されているので、いくつか買って読んでみましたけど、本によって言っていることが違っていたり、内容が現代の動向とマッチしていなかったりで、あまり役にたったと思われるものはなかったですね。 ■英語での発表についてはいかがですか。 口頭発表の場合ももちろん英文をチェックしてもらいますが、日本人にとっては特に発音が大きな問題ですね。イントネーションを間違えると全く理解してもらえません。 ■ご自身で何度も練習して、別の先生に聞いてもらってアドバイスをもらうこともありますか。 ネイティブの先生がいたときはその方の前で原稿を読んで、発音を直してもらったりしましたが、今はそういう機会がないので、辞書を引いて発音記号に頼るしかありません。気を付けなければいけないのは、薬品名など日本語化している英語の発音が、実は全然違うことがあることです。日本語で「キシロカイン」と呼ばれている局所麻酔薬がありますが、ある国際学会で英語で発表した際にそれを「キシロケイン」と発音していたら、実は「ザイロケイン」が正しかった、ということがありました。 よくある間違いの例として癌「carcinoma」という英語があります。ドイツ語が医学用語で隆盛だった時代の名残で日本人の中には「カルチノーマ」とドイツ語風に誤って発音する人がとても多いのです。ドイツ語で癌はKrebsで、英語では「カルシノーマ」と発音しなければいけません。今でも国際学会で胸を張ってカルチノーマと発音している若い日本人医師を数多く見かけます。このようになかば日本語化している似非英語は誤りに気づきにくいので、医学用語に精通したネイティブに指摘してもらうことが特に重要だと思います。…

間違いやすい用語や表現 – since

副詞「since」は、日本人に過度に使用される語です。特に、日本人の学術論文で「since」が使用される大半のケースは、用法が適切ではありません。 「since」の誤用が最もよく見られるのは、「because」の類義語として用いられる場合です。「since」には「because」の類義語としての意味はありますが、両者の間には意味上の重要な違いがあります。その違いを以下に説明します。 一つ目に、「since」が「because」の類義語として用いられている場合でも、その第一義である時間的な要素はある程度残ります。そのため、「since」は「because」より「because, as you/we already know」の意味に近くなります。それゆえ、以下の用例が適切に使用されている場合は、若干意味が異なります。 (1) [正] Because I have already bought the…

間違いやすい用語や表現 – however

副詞「however」は、日本人に最もよく誤用される語の一つです。その誤用は何種類かに分けられますが、ここでは文法上の誤りを考察します。 「however」には主な意味が二つあり、それぞれ、「but」そして「in whatever way」と同義です。前者の場合には「 however 」は必ず副詞ですが、以下が示すように誤って接続詞として使用されていることをしばしば目にします。 (1) [誤] I would like to go to a…

査読の歴史 − 査読を科学的なものにしよう!

7月5日、『ネイチャー』は「査読を科学的なものにしよう!」という過激なタイトルの論評を掲載しました。そう主張するということは、査読の現状は科学的なものではない、と著者は考えているのでしょう。著者のドラムンド・レニーは「世界医学編集者連盟」の元会長で、『ニューイングランド医学雑誌』の副編集長などいわゆるトップジャーナルの要職を務めてきた人物です。 『ネイチャー』は科学の雑誌です。『ニューイングランド医学雑誌』も医学という科学の雑誌です。どちらも科学論文が載る雑誌です。その科学論文の査読が科学的ではない、というのはどういうことでしょうか? この論評は冒頭からいささか挑発的です。 査読は、科学の自己批評的な性質の現れであると褒めちぎられている。しかし、これはヒューマン・システムである。査読にかかわる者すべては偏見を持ち、誤解をし、知識のギャップがある。そのため、査読がしばしば偏見にとらわれたり、非効率であったりしても、驚くべきではない。査読はときとして腐敗し、ときには茶番となり、盗用する者を誘惑するものでもある。ベストを尽くす意図があるとしても、査読が質の高い科学をどれくらい識別しているのかどうかはよくわからない。手短かにいえば、査読は非科学的なのだ。 レニーは30年間、査読の向上、つまり科学文献の向上に努めてきた人物です。彼は医師としてキャリアを始めた後、『ニューイングランド医学雑誌』や『アメリカ医師会雑誌(JAMA: The Journal of the American Medical Association)』で働いてきた経験をもとに、査読の30年を振り返ります。 1983年、彼が『JAMA』で働いていたときのこと、編集長が査読についての会議(カンファレンス)を開くことを提案したとき、彼はそのアイディアに飛びつきました。最終的に、初めての「査読会議(Peer Review Congress)」は1989年にシカゴで開催されました。その会議では、たとえば査読者たちについての人口統計学、査読を行う頻度、盲検などについての研究が報告され、レニーは「アクチュアルなデータ」に興奮したといいます。 そのような研究のおかげで、私たちはいま、査読について多くのことを知っているのだ。たとえば論文を評価するためにかかる時間、査読者たちの間における意見不一致の率、信頼できるジャーナルにおけるコスト、さらには査読における不正行為の発生についても。…

間違いやすい用語や表現 – already

副詞「already」は日本人が最もよく誤用する語の一つです。私が読んできた日本人学者による論文では、「already」が使用される過半数の場合その用法が誤っています。多くの場合は、「already」が表す意味は単に不要であり、それを削除するだけで問題が解決されます。 「already」は、日本語の「もう」や「すでに」に相当するケースが多いですが、「もう」や「すでに」と比べて使用頻度が低いので、和文ではそのいずれかが適切な場合でも、対応する英文では「already」が適切であるとは限りません。 「already」は、ある動作がすでに終了したか、あるいはある状態がすでに成り立っているという意味を表しますが、多くの場合は「already」がなくてもそのような意味は文の内容から明らかです。そうした場合には、「もう終了した」といった意味を特に強調する必要がない限り、「already」を使ってはいけません。 以下は「already」の典型的な誤用を示します。 (1) [誤] This model was already investigated in Ref. [4]. (1)…

【東洋大学】井上亜依教授インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。三回目は、東洋大学の井上亜依教授にお話を伺いました。インタビュー後編では、若い研究者が英語を上達させるコツについて、更に詳しくお話くださいます。 ■学生さんから発表について相談を受けることもありますか。 あります。ここ防衛大学校(編集部注:防衛大学校はインタビュー当時2016年の井上先生のご所属先です)の大学生だけでなく、他の大学で教えている大学院生から相談を受けることもありますが、まずは自力で書いてくるように答えます。とりあえず書いてみれば自分の考えがまとまりますから。それを読んで、論文の内容のことでも英語のことでもアドバイスしてあげます。 大学院生との授業では、前期は講義形式で私がいろいろ教えて、後期では前期の講義を基に自分で問題を見つけて調査・発表後、クラスメイトと私からのフィードバックを基に論文を書くという流れにしています。発表の際には英語のスライドとハンドアウトも作らせますが、いきなりやれと言われても難しいですから、最初に私が一通りの見本を作ります。 ■それはすごくいい機会ですね。 院生は修士論文を書くときに必ず口頭試問がありますから、授業で一通りのことをやっていれば、自信もつくと思います。 ■学生さんや若い研究者の方々は、英語で論文を書いたり発表したりする力をどのように鍛えていくのがよいと思われますか。 英語論文の上達法は、うまい人の書き方をまねることです。自分の論文がジャーナルにアクセプトされないのには、必ず理由があります。内容も大切ですが、アクセプトされる論文の英語と、アクセプトされない英語は違うと思います。いろいろな論文を読んで、使える言い方を見つけたら書き留める。そして自分が論文を書くときに、それを活かして自分の言葉で書いていくのがいいと思います。英語の発表についても、アジアなまりの英語ではなく、きれいに聞こえる英語をまねるべきです。NHKが配信している英語ニュースなどの上手な発音を聞いて、それをまねるよう心がけます。でも結局は、英語で論文を書くのも学会で発表するのも、失敗して慣れていくしかないですね(笑)。 私が大学院生のときは、アカデミックライティングやスピーチコミュニケーションの授業なども取っていましたが、それに加えて自分で勉強していかないと身につきません。試行錯誤の連続でしたね。 ■そもそも、英語力向上のためにはどのような学習法が有効でしょうか。 片っ端から英語に触れることが大事だと思います。学問に王道なし、です。 インターネットのおかげで、海外に行かなくても世界中の情報はいろいろ入ってきます。英字新聞もたくさん出ていますし、BBCやCNNなどの英語ニュースもオンラインで見られます。英語は私たちの母語ではありません。であるなら、考える前にやるしかない。本当に何でもいいから興味のあるのを読んでいく、聞いていく。英語にたくさん触れる。その上で、研究者ですから自分の専門の英文ももちろん読む。月並みな言い方になってしまいますが、今置かれている環境で最大限できることをやれば、必ず力はつくと思います。 ■先生ご自身も、日本でできることをとにかくやってきたということでしょうか。 そうですね。海外は学会発表などで行くくらいです。特に留学の経験もありませんが、日本の大学院にも外国人の先生はいらっしゃいましたから、英語の授業も受けられました。英語が上達するかどうかは、本当に本人の心意気次第だと思います。 ■今後、英語を扱う弊社のような会社にどのようなサービスを期待しますか。…

間違いやすい用語や表現 – anymore

副詞「anymore」は日本人によってしばしば誤用されます。実際、この語は多くの用法において口語的と見なされるため、学術英語では避けるべきです。日本人が書いた学術論文で「anymore」が用いられているほとんどの場合には、意図した意味を伝えるのには単に不要か、あるいはより適切な表現があるかのどちらかです。 以下はその典型的なケースを例示します。 (1) [誤] Above the critical value, the odd solution does not exist anymore.…

adequateとappropriate

日本人学者の論文で形容詞「adequate」と「appropriate」が混同されることはしばしば見受けられます。誤用の中には、後者が適切なところで前者が用いられていることが特に多いです。「adequate」と「appropriate」は同義ではありません。両者間の違いを理解するために以下の正しい用例を考えればよいです。 (1) An iron(II) sulfate supplement is generally regarded as an appropriate treatment for iron…

間違いやすい用語や表現 – abbreviate

日本人学者の論文において、動詞「abbreviate」が誤用されているのをしばしば目にします。最もよく見受けられる誤用は、「abbreviate」が「omit」や「delete」の意味を表すものとして用いられていることです。「abbreviate」にはこうした意味はありません。 上述の誤用はおそらく、日本語の「省略する」の誤訳に起因するものでしょう。「省略する」は、「短くする」という意味で用いられている多くの場合には「abbreviate」に相当しますが、それ以外の意味だと「abbreviate」は誤訳とみなされます。特に、「省く」の同義語として使用される場合には、「省略する」は「abbreviate」ではなく、「omit」、「delete」、「remove」、「eliminate」、「drop」などに訳すべきです。このような意味を示すのに「abbreviate」は全く不適切と思われます。 以下は「abbreviate」の典型的な誤用を示します。 (1) [誤] From this point, we abbreviate the dependent variables and write…

【東洋大学】井上亜依教授インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。三回目は、東洋大学の井上亜依教授にお話を伺いました。インタビュー前編では、失敗を積み重ねて「何度も何度も」練習を繰り返す、ご自身の英語上達法についてお話くださいます。 ■先生が扱っている専門分野・研究テーマについて教えてください。 英語学、その中でも「フレイジオロジー」という学問を専門としています。人間の言語の根幹を成すのは単語でも文でもなく、その間にあるフレーズです。そのフレーズを研究するのがフレイジオロジーです。また、フレイジオロジーは教育学的な立場で言うと、辞書の中でどのようにフレーズを記述したらよいかという実践的な辞書学から始まっています。 防衛大学校の学生は卒業したら幹部自衛官になり、PKO活動などで世界中に派遣されますので、学生たちは基本的に派遣先で必要となる教養としての英語、基本的な英語を勉強しています。その中で、文系の学生には英語学の専門的な授業を行うこともあります。 ■英語論文の執筆、学会発表、共同研究などで、英語で苦労された経験はありますか。 英語論文を書くのは、最初はかなり時間がかかります。何度も書いて、日を改めてもう一度見直して書き直すことを繰り返します。学会での発表も同じように、何度も何度も練習します。私は大学院生のときから自分の発表をICレコーダーに全部録音して、音の連結がきちんとできているか、きちんと発音できていない単語がないかなどを確認しています。どんなに発表の内容がよくても、発音が悪いと通じません。発音がよくないと、世界では戦えないと思います。 授業でも極力英語で話すようにしています。そうすれば自分の練習にもなるし、学生のためにもなります。研究と教育が乖離することなく一直線上にあるようにしたいと考えています。 ■周りの研究者の方々と英語で発表し合って、フィードバックを与え合うような場はありますか。 日本人同士でそういう場を持つことはほとんどありません。ですから、海外で発表したときの、英語ネイティブからのレスポンスはありがたいですね。怖いと思うときもありますが、私のような海のものとも山のものともわからないアジア人の発表への、何の色眼鏡もかけない率直な意見ですから、そのフィードバックはすごく重要ですね。 ■研究発表の前に十分練習していたのに、その場になって突然英語で質問がくると頭が真っ白になってしまうという悩みをよく聞くのですが、先生はそういうときどのように対処されますか。 若いときはそういうことがよくありました。沈黙はやはりよくないので、今は頭が真っ白になりつつも何か言葉を発するようにしています。わからない質問に対しては、誠実に「わからない」と言うようにしています。「残念ながらそのご質問に対する答えは持ち合わせておりません」というようなことを言って、それ以上話が広がらないよう切ってしまったりもします。沈黙よりはいいと思いますし、不誠実な対応はしたくありません。間違った答えを言えば信用を失いますし。 ■やはり経験を積み重ねて、そういう対応ができるようになるのでしょうか。 そうですね。まあ本当に失敗だらけです。 後編では、若い研究者が英語を上達させるコツについて、更に詳しくお話くださいます。 【プロフィール】…

「 インパクトファクター 」の問題とその行方

「 インパクトファクター (IF: impact factor)」は、ジャーナル(学術雑誌)のレベルを評価する指標として知られています。「ジャーナル・インパクトファクター(JIF: journal impact factor)」と呼ばれることもあり、「文献引用影響率」と訳されることもあります。研究者たちは論文の投稿先を選ぶときだけでなく、研究者を評価するときにもこれを参考にしてきました。しかしインパクトファクターを批判する研究者も少なくありません。 インパクトファクターの計算方法は一見単純です。簡単にいえば、過去2年間で論文が引用された平均回数です。たとえば、『ネイチャー』のインパクトファクターは現在、「41.456」です。この数字は、過去2年間で同誌に掲載された論文それぞれが平均約41回引用された、ということを意味するのだと一般的には解釈されています。 「しかしこの数字は簡単に誤解される」と、『サイエンス』誌のジョン・ボハノン記者は警告します。 たとえば、もし論文の引用回数が人々の身長のようなものだとしたら、その平均の数字は参考になるだろう。平均すれば、男性は女性よりも背が高い。実際のところ、人々の身長を推測するとき、性別だけわかっていれば、ランダムに推測するときよりは正しく推測できる。しかし、既存のジャーナルで公表されている論文についていえば、引用の分布はきわめていびつなものである。ごく一部の影響力のある論文だけがほとんどの引用(数)を勝ち得ている一方で、大多数の論文はわずかしか引用されていないか、まったく引用されていない。そのため引用の平均数はしばしばきわめて誤解を招くものになる。 また同記事は、インパクトファクターには一般的に2つの問題がある、という専門家の見解を紹介しています。第一に、予測として無意味なこと。インパクトファクターが高いジャーナルで論文が掲載されることは、必ずしも引用されやすいことを意味するわけではない、ということです。第二に、計算方法が不透明であること。計算しているのはトムソン・ロイターです。同社は、科学論文のデータベース「Web of Science」を運営していることでも知られています。そしてその計算方法は公開されていません。 しばしば批判されるインパクトファクターの謎を解明するために、ジャーナルの編集者たちと研究者グループが、そのデータセットを公表し、この指標を計算するために使われる引用数を分析しました。この研究を率いたのは、カナダのモントリオール大学でジャーナルにおける引用を専門的に研究しているヴィンセント・ラリヴィエです。…

第18回 学術界におけるカラーユニバーサルデザインの動向と展望

より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい、色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「CUD: カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズ。最終回の今回は、東京慈恵会医科大学解剖学講座教授、CUDO: Color Universal Design Organization 副理事長岡部正隆(おかべ まさたか)氏へのインタビューです。 色のバリアフリープレゼンテーション法について早くから国内外の学術界に対して情報発信してきた岡部氏に、最近の動向と今後の展望を伺いました。 学術界の外に動きの主体が広がった ■岡部先生と伊藤啓(いとう けい)先生(東京大学分子生物学研究所准教授、CUDO副理事長)がともに色弱者として学術界に対して声を上げてから、この15年間に状況は変わりましたか? 2001年から活動を始めて今に至りますが、最初の時期から比べると学術界に対するアピールから、学術界の外に動きの主体が広がってきました。 学術界での配慮は基本的に個人レベルになります。しかし、次から次に出てくるデバイスを考えると、研究者の態度というより、企業による商品開発レベルですでにいろいろな工夫がなされていないと研究者1人1人が戦っても及ばない部分があります。そこで、最近は企業に対応を求めることが増えました。 男女共同参画などは政府も後押しして、学会レベルで半ばルールのように推進されていますが、カラーユニバーサルデザインに関してはそのレベルに至っていません。毎年のように学会から教育講演の依頼はあって、今年は日本産科婦人科学会と日本微生物生態学会でCUDに関するセミナーをする予定があります。そのほか、ポスター発表のガイドラインに記載してもらったり(日本分子生物学会、日本発生生物学会)、論文の投稿規定に入れるように依頼したりしていますが、継続的に行うにはパワー不足です。 ■学会の聴衆の立場では変化を感じますか? だいぶ改善はしてきていると思います。自分の専門分野では蛍光染色の図版を見る機会が多いので、見分けにくい「赤と緑」の二重染色を「マゼンダと緑」に変えるように以前から要望してきて、そのように対応されている図版も増えましたが、なぜ「マゼンダと緑」なのか自覚せずに使われている可能性もありますので、もっとしっかり理解を得ていかなければならないと思っています。…

撤回論文の データ をどう扱うべきか?

一度は出版された論文が「撤回」されてしまうことがあります。その理由はさまざまで、よく話題になるのはやはり「研究不正」でしょう。データの捏造や改ざん、盗用などが発覚した際には通常、ジャーナル(学術雑誌)の編集部はすみやかにその論文を撤回することになります。 そのほか、ほかの研究者が同じ対象を同じ方法で実験しても同じ結果が得られず、その過程で重大なミスが見つかった場合などにも、その論文は撤回される可能性が高くなります。 また、人間つまり被験者を対象とする臨床研究の場合、適切なインフォームドコンセント(説明を受けた上で被験者となることへの同意)がなされていなかったなど「倫理的」問題が発覚した場合にも、論文は撤回されます。 意外にも、論文の撤回についての調査はあまり多くないのですが、日本の生命倫理学者が医学論文が撤回される理由を調査して、2006年4月、専門誌『研究における説明責任 (Accountability in Research)』で発表しました。 東京大学医科学研究所公共政策分野の井上悠輔らは、生物医学分野の論文データベース「パブメド(PubMed)」を使って、1981年から2011年にかけて出版(公表)された研究論文で、最終的に撤回にされたものを同定しました。そのうえで、それらの「撤回通知」を調査し、撤回の理由などの傾向を明らかにしました。 井上らが着目したのは、“被験者を保護するために求められる条件”に違反したことを理由に撤回された医学論文でした。調査対象となった期間に撤回された論文1217件のなかで、被験者保護の必要条件を満たさなかったために撤回された論文は99件見つかりました。そのなかにはインフォームドコンセントにおける 問題があったために撤回されたものも6件ありました。 そうした論文の責任著者の出身国は、(後述するボルトが研究していた)ドイツ(99件中78件)が最も多く、続いて日本(6件)、アメリカ(3件)、オーストリア(3件)でした。 井上らによると、ジャーナルが発行する「撤回通知」の大多数は「倫理的検討そのものがなされていなかったこと」を撤回の理由として強調していたのですが、その記述はいずれも曖昧だったといいます。 それぞれのケースのほとんどの部分において、撤回の理由を理解することは困難であった。編集者たちは、撤回についての決定の根拠を明らかにしなかった。   また、「撤回された論文に含まれているデータはどのように取り扱われるべきであるかを指摘した撤回通知は1件もなかった」といいます。撤回された論文99件中96件は、ほかの論文の中で合計3072回引用されていました。撤回後1年以上経ったものに限っても、83件の論文が485回引用されていました。…

第17回 9つの "色覚バリアフリーツール"

より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい、色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「CUD: カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズ。第17回目の今回は、カラーユニバーサルデザインの実践に役立つ9つのツールをご紹介します。 CUDの実践に役立つ9つのツールをまとめてご紹介します。このようなツールに触れてみるだけでも多様な色覚の世界を知る手がかりとなりますので、機会があればぜひ利用してみましょう。 シミュレータ(ソフトウェア) ①「Illustrator 」、「Photoshop」 世界的にシェアの高いアドビシステムズ株式会社のグラフィックソフトウェアならびに画像編集ソフトウェア。Illustrator 、Photoshopとも、CS4以降、CUDOが協力して開発したCUDチェックシステム機能を標準搭載しています。[校正メニュー]の中にP型、D型それぞれのCUD校正ビューが組み込まれており、オリジナルの作業スペースと別に開くことができるのでチェック画面を見ながら作業できます。 ②「Vischeck」 米国スタンフォード大学のBob Dougherty氏と Alex Wade氏が開発した、P型、D型、T型色覚のシミュレーションソフトウェア。画像処理ソフトウェアImageJのプラグインとして利用するのが一般的で、ImageJ、Vischeckともに無償でダウンロードできます。既存の画像ファイルを開いてチェックするとともに、色に改変を加えて保存することもできます。PowerPointなどのファイルをいったん画像として保存すれば、スライドの色の見分けやすさをチェックすることもできます。 ImageJ http://imagej.nih.gov/ij/…

研究不正を起こした研究者にリハビリを

2013年1月、『ネイチャー・ニュース』は、研究不正を起こした研究者に対するリハビリテーション・プログラムが試行され始めたことを伝えました。 日本でも海外でも、研究不正事件が起こるたびに、研究不正をした研究者やその人物が所属する研究機関が批判されます。しかし、研究不正にかかわってしまった研究者をどう扱うべきかということはあまり注目されていません。 ノースウエスタン大学研究公正局の局長であるローレン・クォーケンブッシュは同記事で、研究不正を起こした者に対する罰として、研究資金の受け取り禁止といった「重い罰」と、オンラインの研修コースの受講や文書による注意(けん責)といった「軽い罰」との間には大きなギャップがある、と指摘しました。すべての当事者が白か黒かのどちらかというわけではなく、研究機関としてはその人物に研究者として復帰してほしい場合もある、ともいいます。 一方で、研究不正を防ぐための倫理教育に効果があるというエビデンスは乏しいようです。仮に有効な教育方法が開発されたとしても、不正の発生をゼロにはできないでしょう。そこで「重い罰」と「軽い罰」とのギャップを埋める試みとして、セントルイス大学の倫理学者ジェームズ・デュボアらは、問題を起こした研究者が受けるリバビリテーション・プログラムを開発しました。精神医学者や心理学者も運営にかかわっています。 このプログラムは当初、「研究における専門家意識と公正さの回復(RePAIR : Restoring Professionalism and Integrity in Research)」と呼ばれていましたが、現在では、「専門家意識・公正プログラム(Professionalism and Integrity Program)」あるいは「PIプログラム」と呼ばれています。プログラムの開発には、国立衛生研究所(NIH:…

第16回 “魅”せるプレゼンテーション – チェックリスト!

より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい、色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「CUD: カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズ。第16回目の今回は、これまでにご紹介した色覚バリアフリーの資料作りのポイントを一挙ご紹介します。 ここでは、CUDOによる「CUDチェックリスト」から、学術発表に関係する項目をピックアップします。本連載で取り上げていない内容もありますので、 色覚バリアフリー の発表資料を作成するための参考資料として役立ててください。 色の選び方 ・赤は濃い赤を使わず、朱色やオレンジを使う ・黄色と黄緑は色弱者には同じ色に見えるので、なるべく黄色を使い、黄緑は使わない ・濃い緑は赤や茶色と間違えられるので、青みの強い緑を使う ・青に近い紫は青と区別できないので、赤紫を使う ・細い線や小さい字には、黄色や水色を使わない ・明るい黄色は白内障では白と混同するので使わない ・白黒でコピーしても内容を識別できるか確認する 色の組み合わせ方 ・暖色系と寒色系、明るい色と暗い色、を対比させる…

ofとfor

英語を母語としない人を悩ます品詞の中で、前置詞はとりわけ難解です。意味が近いものも多く、似たものの区別をつけるルールも存在しません。ここでは、互いに混同されることが特に多い前置詞として「of」と「for」を考察します。 前置詞の正しい用法を覚えるのに、用例を熟考することによって、微妙な差異の直感的な理解を身につけるしかありません。つまり、前置詞の誤用を(「そのような意味がない」といったもの以外は)解説しようがないことが多いのです。という訳で、ここでは「of」と「for」の典型的な取り違えを示す例文を列挙だけします。 ofが正しい用法 (1) [誤] The results for this experiment are displayed in Table 1.…

【東京工業大学】初澤 毅教授インタビュー (後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。二回目は、東京工業大学の初澤毅教授にお話を伺いました。インタビュー後編では、 国際化 が進む教育現場において、英語での口頭発表のスキルをいかに上達させるかについてお話しくださいました。 ■論文の執筆以外にも英語のご苦労はありますか。 英語でのプレゼンテーションは、英語で論文を書くよりも難しいです。短い時間に適切な英語で話すのは、かなりのスキルがいると思います。 またおそらく、学生が英語で発表する際に一番困るのは、相手の質問が聞き取れないことだと思います。自分が話すことはできるけど、相手が何を言っているのか分からず適切な答えができない。ヒアリングスキルはライティングスキルとは異なります。生でネイティブが話しているのを聞く機会がなければ語学学校に行くなどして勉強するしかなく、学生にもそのように伝えています。 ■研究室の他の皆さまも、同様に英語には苦労されていますか。 人によりけりですね。チャンスがうまく巡ってくると、海外に派遣される機会があります。隣の研究室の助教授は2年間アメリカに行っていました。短かければ半年、長ければ2年くらい、海外に派遣される機会がありますので、そういうチャンスを生かして、話せる人はちゃんとスキルを上げて帰ってきます。 ■英語での口頭発表の前は練習しますか。 私自身も十分に練習しますし、初めて発表する学生には、教員がまずは原稿をチェックして、セリフも入れてあげます。「自分で何回も練習しなさい。我々でも発表するときは怖いから大抵5、6回は練習する。君らもやらなければいけないよ」と伝えます。 ■発音や声の大きさなども含めて指導されますか。 声の大きさはともかく、発音となるとネイティブのようにはできませんし、専門用語の正しい発音は我々自身困るところもあるので、分かる範囲で指導します。 しかし、むしろ発音練習よりも、相手にいかに分かりやすく伝えられるか、話の流れがおかしくないかなど、ストーリーの構成について指導しますね。私たちは英語ネイティブではないのだから、発音は下手でもいい。でもその分、分かりやすくて、ストーリーがちゃんと伝わる発表にする。そっちのほうが大事だと指導します。 ■日本人の研究者が英語力を鍛える一番良い方法は何だと思いますか。 研究者の英語にはふたつのスキルが必要だと思います。論文を読み書きするためのスキルと、日常会話で研究のディベートができるスキルです。…

第15回 色覚バリアフリーを示すCUD認証マークとは?

より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい、色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「CUD: カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズ。第15回目の今回は、色覚バリアフリーの検証に合格した製品に添付される、CUD認証マークについてご紹介します。 日本国内にCUD (カラーユニバーサルデザイン)検証に合格した製品が増えています。「CUD認証マーク」の認知度はまだまだ高くありませんが、見つけたときには色やデザインに注目してみましょう。 エコマークのような認証マーク 環境保全に役立つ商品につけられるエコマークのように、CUDO (Color Universal Design Organization: カラーユニバーサルデザイン機構) によりCUDの要件を満たしていると認められた製品には「CUD認証マーク」(図15)をつけることができます。対象は、各種印刷物、機器類、公共物、ウェブサイト、その他文具・教材・調理器具など多岐にわたります。 企業や自治体からCUDOに申し込みがあると、訓練を受けた各色覚型の検証員が検証を行います。パソコンのシミュレータは簡易なチェックには役立ちますが、色弱者が実際に感じている色を再現するものではないため、認定には当事者による検証が必須となっています。 検証のポイントとなるのは、1: 多くの人に見分けやすい配色をしているか、2:…

「研究 再現性 の危機」 – nature、1500人を調査

研究論文に書いているものと同じ材料(研究対象)を用意し、同じ方法を試したら、同じ結果が出る。このような状態を「再現性がある」といいます。いうまでもなく、「再現性があること」は科学の条件の1つです。 ところが、研究論文に書いてある通りのことを行っても、同じ結果が出ないことがしばしばあることが、学術界では問題になっています。このことはしばしば「再現性の危機」と呼ばれます。英語では「reproducibility crisis」といい、「replication crisis」と呼ばれることもあります。 『ネイチャー』誌はこの再現性という問題について、オンライン・アンケートを実施しました。回答者は1576人。その結果は同誌5月25日付の記事で公表されました。「研究者の70%以上がほかの研究者の実験を再現しようと試みて失敗しており、半分以上が自分自身の実験を再現することに失敗している」という現状が浮かび上がりました。 実際のところ、どれだけの研究結果に再現性があるかということについては、情報が乏しいのが現状です。過去の研究では、心理学では40%、がん生物学では10%という数字が示されたこともあります(ただし心理学については反論もあります)。 「“再現性の危機”はありますか?」という質問には、52%が「はい、深刻な危機があります」と回答し、38%が「はい、若干の危機があります」と回答しています。合わせて90%の研究者が、程度は異なれど「再現性の危機」を自覚している、ということです。それに対して「いいえ、危機なんてありません」や「わかりません」と答えた人は合わせても10%にすぎませんでした。 また、「あなたはこれまでに再現を試みたことを公表(出版)したことがありますか?」という質問には、「再現に成功した」ことについては24%が「公表した」と、12%が「公表しそこなかった」と回答しました。一方、「再現しようとしたが失敗した」ことについては13%が「公表した」と、10%が「公表しそこなかった」と回答しています。「再現成功」は「再現失敗」よりも、やはり公表しやすいようです。 同誌は「研究結果の再現に失敗することは通過儀礼だ」という研究者のコメントを紹介しています。ブリストル大学の生物心理学者マーカス・ムナーフォによれば、 自分が学生だったとき、「文献でシンプルに見えたものを再現しようと試みましたが、できませんでした。そして私は信頼性について危機感を抱きましたが、その後、私の経験は決して珍しいものではないということを知りました」 とのことです。『ネイチャー』の調査に回答した研究者の大部分はある実験を再現することに失敗した経験があるのですが、ほかの研究者から研究結果を再現できなかったという連絡を受けたことがある者は20%以下でした。「そのような話をすることは難しいから」と、同誌は推測しています。 もし実験した者がもとの(研究を報告した)研究者に助けを求めて接触すれば、自分たちの無能さ、あるいは(もとの研究を報告した研究者に対する)非難の意を示すことになってしまったり、あるいは、自分たち自身のプロジェクトについて言わなくてもいいことを言ってしまったりするリスクがある。 再現実験(追試)を行って失敗した場合、その結果が公表されにくいことについても理由がありそうです。まず研究者は、他人の研究結果を再現できなくても、「完全に妥当な(そしてたぶんつまらない)理由がある」と思ってしまいがちです。またそもそも、再現実験の成功を報告する動機自体が弱いこと、そしてジャーナル(学術雑誌)は否定的な知見を公表したがらないこともあります。再現の失敗を公表(出版)したことのある複数の回答者が、出版元の編集者や査読者はもとの研究との比較を控えることを要求してきた、と言います。 ある研究者は、幹細胞にかかわるある技術がうまくいかないことを公表しようとジャーナルに原稿を投稿しました。彼は「冷たくてドライな却下」を予想していたのですが、原稿は採択されました。それはおそらく、その問題についての「次善策」を提案したからだ、と彼は推測しています。 アンケートへの回答者の3分の1が、再現性を高めるために具体的な措置を実施している、と回答しています。またある生化学分野の大学院生は、「研究を再現させる努力のために、時間と物資を倍かけている」と述べています。また、ある数理生物学者は「再現性を確かめる」ために「プロジェクト1つにつき労働時間を30%増やすことがある」と推測しています。…

第14回 動物における色覚の多様性 – 光の受容と種の保存

より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい、色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズ。第14回目の今回は、我々ヒトを含めた、動物における色覚の多様性についてご紹介します。 生物にとって「色」とは、物体を検出、認識する手がかりであるとともに、信号としての役割を持ちます。生物はそれぞれ一定の光の波長を 受容 することにより独自の色の世界を持っているようです。 チョウにはお尻にも「目」が! 昆虫の眼は複眼でヒトの視覚とシステムが異なります。色覚についても、ミツバチの仲間は赤の光受容体がなく、紫外線、青、緑の3色型色覚を持つことが知られています。アゲハチョウやモンシロチョウは、ヒトより多い、紫外線、紫、青、黄、赤の5色型色覚に加え、さらに、お尻にもう1つの「目」(眼球外光受容器)を持つといいます。お尻の「目」では、交尾や産卵を確実に行えるように紫外線から青にかけての光を利用していることが確かめられています。 夜行性だったヒトの祖先 脊椎動物は魚類からヒトまで左右一対のカメラ眼を持ちますが、色覚は魚類、は虫類、鳥類の多くで4色型色覚を持っていたのが、ほ乳類で2色型に減少し、その中からヒトなどの霊長類が再び3色型色覚を持つようになりました。約2億年前、ほ乳類がは虫類から分岐した頃、地球は恐竜の全盛期で、ほ乳類の祖先は夜間行動をしていたために4種類のうち2種類の視細胞を失ったと考えられています。 霊長類が今から約4〜3千万年前に再び3色型色覚を持つようになった理由については、恐竜の絶滅後に昼行性の樹上生活を始めたため視覚への依存度が高まったことによると考えられています。3色型は木の葉のなかから若葉や果実を見つけ出すのに適していたほか、仲間とのコミュニケーションにおける役割も果たしたことが指摘されています。 現代人において高い2色型色覚の頻度 3色型色覚を持つサルの世界にも2色型(P型、D型)のサルが共存していることが知られています。また、それら「色弱」のサルを遺伝子型で特定して追跡した研究において、色弱のサルにおいても食べ物が異なるということはなく、一方的に弱いということはないことが観察されています。 ヒトは長い進化の過程を経て3色型色覚を持つようになりましたが(C型)、男性の5〜8%は2色型色覚を持ちます(P型、D型)。現代人における2色型色覚の頻度は、サルやチンパンジーにおけるその頻度と比べて極めて高いことがわかっています。 その理由として、ヒトの現代社会においては樹上生活に適した3色型の優位性が失われたか、あるいは2色型のほうが有利な場合も生じたために3色型に対する選択圧が緩和されたという説があります。そのほかに、ヒトが狩猟採集生活をしていた時代には2色型は輝度コントラストから獲物を見つけるのが得意で、3色型は果実の採取などに適しているために、相互利益により維持されたという考え方もあります。遺伝子構造によるとの見方もあり、はっきりとした理由は明らかではありません。 多様性を担うオプシン遺伝子の多型 このような色覚の多様性を担う視細胞は、364個のアミノ酸からなるタンパク質のオプシンに、ビタミンA誘導体であるレチナールが結合したものです。そして、ヒトにおいてC型、P型、D型を分けるのは、このオプシンのなかの15個のアミノ酸の違いです。…

「科学論文すべてをオープンアクセスに」EUが合意

2016年5月27日、欧州連合(EU: European Union)の「競争審議会(科学、イノベーション、貿易、産業にかかわる大臣たちの会合)」は、ブリュッセルでの2日間の会議を経て、「ヨーロッパの科学記事すべてを、2020年までに無料でアクセス可能にすべきである」という合意に達しました。 現在、ジャーナル(学術雑誌)の定期購読者でなくても読むことができる論文が少しずつ増えています。そういう状態を「オープンアクセス」といいます。すべての論文が オープンアクセス になっている雑誌のことを「オープンアクセス・ジャーナル」といいます。 EUのプレスリリースは現状を次のように説明しています。 公的に資金を提供された研究の結果は現在、大学や研究機関に属していない人々にはアクセス不可能である。結果として、教師や医師、起業家らは、自分たちの仕事に関係がある最新の科学的洞察にアクセスできず、大学は出版物にアクセスするために高額の購読料を出版社に払わなければならない。 つまりEUは、すべての科学論文をオープンアクセス化しようと決断したのです。 2016年5月に発行された『サイエンス』誌の記事によれば、このEUの動きは「オープンサイエンス」というさらに大きな目標を達成するための過程です。オープンサイエンスとは、論文だけでなく、論文に含まれるグラフなどのもとになった生データも公開し、第三者がそのデータを再利用できるようにすること、つまり「データ・シェアリング」をも含む広い概念です。「EUにおける交代制の議長を現在務めているオランダ政府は、オープンサイエンスのためにヨーロッパ規模のロビー活動を行ってきた」と同記事は書きます。 先述したEUのプレスリリースも、「研究データを適切に再利用できるようにしなければならない」と、明記しています。 このことを達成するために、たとえば知的所有権やセキュリティ、プライバシー問題といった、再利用できないことについて根拠の確かな理由がある場合を除いて、データはアクセス可能にするべきである。 競争審議会の議長を務める、オランダのサンダー・デッカー教育・文化・科学省副大臣は、「研究とイノベーションは、経済成長やより多くの雇用をもたらし、社会的課題にソリューションをもたらすものです」と述べ、そのために「知識が無料でシェアされること」が必要であることを強調しています。 『サイエンス』誌の同記事は、EU加盟のヨーロッパ各国がどのようにして4年以内にオープンアクセスへと完全移行するのか、産業審議会が具体的に述べていないことなどを指摘しています。 競争審議会の広報担当者も、2020年という目標が「簡単な仕事ではないでしょう」と認めているが、審議会の新たな決断の重要性を強調する。「これは法律ではありません。しかし、28カ国の政府の政治的方針なのです。重要なのはコンセンサスがあるということです」…

第13回 色弱者にもやさしい信号機の色

より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい、色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「カラー ユニバーサル デザイン (CUD)」について迫る連載シリーズ。第13回の今回はプレゼンテーションから少し離れて、安全な社会構築に欠かせない「信号機」とCUDにまつわるエピソードをご紹介します。 色弱者と社会基盤の関係が話題になるとき、まず持ち上がるのが「信号機の色は見分けられるのか」という質問です。色と情報のシンボルともいえる信号機にまつわる歴史や、知らなかった工夫を紹介します。 「青信号」は見分けやすい「青みどり色」 信号機の色の見え方は個人差が大きいので一様には言えませんが、少数派であるP型、D型の当事者によれば、信号機の色は「見分けられます」。自動車運転免許の取得においても色覚型が欠格の理由になることもありません。 「青信号」はかつて「緑色」で、赤信号や黄信号と見分けがつきにくかったのですが、1970年代以降、 色弱者 に見分けやすい「青みどり色」に変更されました。電球式信号機においては、赤色を黄色より暗くして見分けやすくするなどの工夫もなされていました。また、横型の車両用信号機は通常、左から青・黄・赤の順に並んでいるので、位置関係からも判断できます。   進むLED化と新たな試み 平成25年の警察庁資料によれば、全国の車両用信号機の約40%、歩行者用信号機の35%がLED化されています。LED信号機には、コストパフォーマンスの良さや、太陽光の反射による疑似発光がないなどのメリットがあります。 すべての色覚型の人に見やすいように「青信号」は電球式と同様に「青みどり色」にしてあります。また、LED信号機が小さなLED電球の集まりであることを利用して、赤の信号灯にP型、D型色覚者に見やすい×印を組み込んだ信号機が提案され、社会実験として実際に使用された例もあります。 歩行者用の信号機は、従来から形状による表現が採用され、電球式の歩行者用信号機は色バックに人型の白抜きというデザインでした。LED化にあたり、学識者、色弱者、高齢者などにアンケート調査や視認試験を行った結果、黒バックに人型を光らせるタイプが高評価を得て採用されました。この変化に気づいていましたか?…

【東京工業大学】初澤 毅教授インタビュー (前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。二回目は、東京工業大学の初澤毅教授にお話を伺いました。インタビュー前編では、「まずは自分で」英語論文を執筆する重要性をお話しくださいました。 ■こちらの研究室で扱っている専門分野、研究テーマを簡単に教えていただけますか。 大きな枠組みで言いますと機械工学系になります。その中でも特に精密工学という分野の、マイクロマシンやナノメカニズムといった非常に細かい世界を相手にしているところです。分野としてはバイオ・医療系になり、うちの准教授はバイオ系が専門です。要は、機械とバイオの研究者がお互いの境界をクロスさせて、新しいことにチャレンジしようというところです。 ■私たちの身近な製品につながることもありますか。 例えば、非常に小さな粒子を作る技術があり、その粒子の表が白、裏が黒というような色分けをしたものを作ることができます。それを大量に並べて電気をかけると、その球(粒子)が白黒とひっくり返って表示されて、時計などの、大きな表示板として使うことができます。 ■先生ご自身が、英語論文の執筆、学会の発表、共同研究などの場で、英語で苦戦した経験はありますか。 今はもう論文は英語で書くのが当たり前で、日本語で書くことはまずありません。駆け出しの頃は一般教養としての英語しか習っていませんでしたから、自分勝手な英語しか知りませんでした。テクニカルライティングの専門教育や専門用語などにも慣れていませんでした。 論文英語は初めはハードルが高く、数をこなして経験を重ねるしかありません。昔は、英文校正サービスなんてありませんでしたから、来日している外国人を捕まえて、5000円とか1万円とか払って、あるいはご飯を食べさせてあげて、ちょっと 英語 を見てくれないかと頼んでいました。英文校正サービスができてから、本当に楽になりました。ありがたいです。 ■学生や若手の研究者の皆さんは、どのようにして英語で論文を執筆する力を鍛えていくのでしょうか。 学生が専門教育で英語に接する最初の機会は、恐らく学部4年生のゼミで、自分に関係するテーマの論文を読んでみんなに紹介するときだと思います。その後、我々の専攻である機械系・電気系の5教科ほどでは、大学院の授業は英語と日本語で書かれた教科書を使います。 さらに課程が進めば論文を英語で書く段階になりますが、修士だけで卒業してしまう学生は、恐らくあまり英語で論文を書く機会がありません。でも人によっては、国際会議で発表する場合もありますので、そのプロシーディングを書くことはありますね。その場合は、とにかく、まず自分で書きなさいと言っています。まず学生が自分で書いてみる。それを我々がチェックする。我々でもどうしようもないということになったら、エナゴにお願いする。そんな三段論法みたいな方法を取っています。 最近、日本語で書いたものを直ぐに翻訳してくれるサービスもありますが、基本的にあれは、社会人の時間がない方々のためのサービスだと思っています。大学としてそれをやると、学生の教育にならない。やはり、一回は学生に自分で書かせる、その後で直していただくというのが、我々にとっては一番ありがたいです。 ■博士論文の提出やジャーナル投稿前は、英文校正の会社を利用しますか。…

海賊版論文サイト サイハブ / Sci-hub をめぐって

筆者は数年前まではどの研究機関にも属していなかったので、オープンアクセスになっていない科学論文を手に入れることに苦労していました。わざわざ図書館で印刷版をコピーしたり、大学などに属している友人にPDFファイルを送ってくれるよう頼んだりしていました。大学で教えるようになってからも、あえて何の特権もないままでどれだけ論文を入手できるかを試してきました。 幸いにも最近はオープンアクセスの論文も多くなりました。また、大きな声ではいえないものの誰でも知っているように、たとえ出版社のウェブサイトでアクセス制限があっても、「Google Scholar」などのデータベースをうまく使うと、インターネット上のどこかにアップされているPDFファイルが見つかることもあります。 一方、ジャーナルの購読料が高騰しているために、大学のなかにはジャーナルの定期購読をやめてしまい、研究者に必要な論文を個々に購入するよう求めているところもあるようです。また、いわゆる先進国ではない国々の研究者たちにとって、論文の入手にかかるコストは、先進国の研究者よりもずっと重いものでしょう。 2011年、そんな状況に不満を抱いたカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、コンピュータのスキルを駆使して、数万件もの論文のPDFファイルを誰でも簡単に無料で入手できるウェブサイト「Sci-hub(サイハブ)」を創設しました。ネット上では、多くの研究者がSci-hub(サイハブ)を賞賛しました。 これに待ったをかけたのが、いうまでもなく出版社です。学術出版大手のエルゼビア社はSci-hub( サイハブ) を訴え、2015年11月、ニューヨーク地方裁判所はSci-hub(サイハブ)が著作権保有者としての出版社の法的権利を侵害していることを認めて、ウェブサイトの閉鎖を命じました。「sci-hub.org」からは論文をダウンロードすることはできなくなりましたが、すぐに、「sci-hub.io」や「sci-hub.bz」、「sci-hub.cc」というミラーサイトが現れました(6月20日現在、「.io」は使えなくなっているようです。今後の展開次第では「.bz」や「.cc」も使えなくなったり、新たなミラーサイトが立ち上げられる可能性もあります)。そのサーバーは、アメリカの司法の力が及ばないロシアにあるようです。 Sci-hub(サイハブ)は、いまでは50万件もの論文を収録しているといわれています。ただ、Sci-hub(サイハブ)にはどれくらいのユーザーがいるのか、彼らはどこにいるのか、彼らはどんな論文をダウンロードしているか、といったことは明らかではありませんでした。 ジャーナリストのジョン・ボハノンは、エルバキャンからSci-hub(サイハブ)の詳細なログ・データを提供してもらい、その分析結果を『サイエンス』で「海賊版論文をダウンロードしているのは誰だ? みんなだ」という記事にまとめています(なおそのデータセットはここに公開されています)。その記事は、2015年9月から2016年2月までの6カ月間で2800万件ものダウンロードがあったこと、最もダウンロードが行なわれた国はテヘラン、インド、中国であり、都市でいえばテヘラン、モスクワ、北京であったこと、その一方で、アメリカやヨーロッパ諸国といったいわゆる先進国でもかなりのダウンロード数があること、などを明らかにしました。 最も打撃を受けた出版社はエルゼビア社のようです。同記事は、最近の1週間だけで、エルゼビア社が発行するジャーナルに掲載された論文のダウンロードが50万件あったと推測しています。 少し気になるのは、前述のように、ジャーナルへのアクセス環境が整っている先進諸国でも多くのダウンロードがなされていることや、2番目に多くダウンロードされている論文がオープンアクセスになっているものであるということです。同記事は次のように書きます。 Sci-hub(サイハブ)を批判する者のなかには、多くのユーザーが同じ論文に図書館経由でアクセスできるのに、サイハブを使っていることに不満を述べている −− 必要だからというよりも便利だからである。アメリカはロシアに続いて5番目にダウンロードする者が多い国である。Sci-hub(サイハブ)への論文リクエストの4分の1は、経済協力開発機構(OECD:…

第12回 カラーユニバーサルデザイン・日本から世界へ

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚 バリアフリー なスライドを作るために覚えておきたい「カラー ユニバーサル デザイン」について迫る連載シリーズです。 世界に先駆ける日本の「カラーユニバーサルデザイン(CUD)」の取り組みはどのような背景から生まれてきたのか、CUDO副理事長の伊賀公一氏と同副理事長の田中陽介氏にお話を伺いました。 色が「使える」条件 色をなぜ使うのか?色が「使える」から使うのだ、と伊賀氏は言います。モノクロが当たり前だった状況からカラー化を進めるには一定のコストがかかりますが、日本にはその経済力がありました。 また、日本には教育上の共通インフラのようなものがあり、色で情報を伝えることのできる素地がありました。色に意味を持たせる場合に必要な一定レベルの印刷技術や塗装技術もありました。つまり日本には、いろいろな意味で色を使える条件が(色弱者以外には)そろっていました。海外旅行に行くと、言語、文化、宗教の多様性を実感します。そのようななかで、公共のサインなどにはアイコンを使うのが最も確実であって、色分けしておけば情報が伝わるという認識はほとんどないといいます。 「左利きと何が違うの?」 一方、日本の小学校では2002年まで全員に色覚検査を行っていました。これは世界に類をみないものです。また、色弱者にはかなりの職業の制限があり、身内からも黙っておくように言われることが普通でした。ひと昔前は左利きも修正されたことを考えれば、皆と同じであることがそれほどに重要だったということです。 田中氏によれば、米国では鉄道・航空など交通系や警察官の就職試験時に色覚検査が行われるものの、消防では行われなかったり、学校での一斉検査もないため、問題意識は低いといいます。特に西洋の文化は個人主義で、色覚についても個人の問題と捉えられているようです。実際、伊賀氏は 色弱 のイギリス人科学者に「左利きと何が違うの?」と言われたことがあるそうです。 日本発の成功事例になれば…

生物医学 公表された論文の4%に画像の複製あり

スタンフォード大学の微生物学者エリザベス・ビクらは、1995年から2014年までの間に生物医学分野のジャーナル40誌で公表された論文、合計2万621本を2年間かけて調べました。彼女らの目的は、同じ論文のなかで、別の実験結果を示しているはずなのに同じ画像が使われていないかどうかを探すことでした。 ビクは画像の複製(使い回し)を見つけると、2人の同僚にクロスチェックさせました。2人とも微生物学者です。 その結果、全体のうち3.8%に、そのような画像の複製が含まれることがわかりました。しかし画像の複製があっても、研究不正とは限りません。単なるミスである可能性もあります。ビクらは画像を精査した結果、「少なくとも半分は、意図的な操作を思わせる特徴を示している」と主張しています。 しかしその比率はジャーナルによって異なるようです。たとえば『国際腫瘍学ジャーナル(International Journal of Oncology)』に掲載された論文では12%でしたが、『細胞生物学ジャーナル(Journal of Cell Biology)』では0.3%でした。『細胞生物学ジャーナル』では2002年以来、採択した論文の画像を、出版する前に体系的に検査するようになったといいます。 また問題のある画像を含む論文の比率は、この10年で著しく増えていることもわかりました。さらにインパクトファクターが高いジャーナルは、一般的にいって、画像の複製がある比率が低い傾向があることもわかりました。 ビクらは、 問題のある画像複製の頻度がジャーナルによって著しく違うということは、たとえば公表前に画像を検査するといった、ジャーナルにおける実践行為が科学文献の質に影響していることを示唆する。 とまとめています。彼女らの調査結果は生物医学分野のプレプリントサーバー『bioRxiv』に投稿された段階で『ネイチャー・ニュース』で報じられた後、2016年6月7日、オープンアクセスジャーナル『mBio』に掲載されました。 一方で、この調査には限界もあります。この調査は、同じ画像が同じ論文のなかで使い回されているどうかを調べたのですが、同じ画像が別の論文に使い回されているかどうかを調べてはいないからです。…

第11回 デジタル画像 作成時のひと工夫

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚 バリアフリー なスライドを作るために覚えておきたい「カラー ユニバーサル デザイン」について迫る連載シリーズです。 学術発表におけるデジタルカラー画像の使用頻度が高まっています。第11回の今回は、医学生物学領域で使用頻度の高い蛍光多重染色画像を例にとり、多くの色覚型に伝わりやすい“ほんの一工夫”を紹介します。 単色画像はグレースケールで 今日、蛍光顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡の画像はデジタルカメラで撮影して、パソコン上で疑似カラーを用いて表現します。単色の画像を黒バックに赤や緑や青で提示しているものが多くありますが、この場合、色には意味がありません。むしろデメリットの方が多くなります。特にP型の人には黒い背景に赤い色は見にくく、一般型の人にとっても黒い背景に青色などは見にくいものです。 また、ポスターや論文などの印刷物においてカラー画像は不鮮明になる欠点があります。特に緑色はトラブルが多いと言われます。これは、顕微鏡で取得された画像がRGB 形式であるのに対し、印刷は一般的にCMYK方式であるため、変換により階調が飛んでしまうためです。白黒画像であれば、細かいシグナル強度の差も鮮明に表現でき、印刷時のトラブルが少なくなります。単色画像はぜひ白黒のグレースケールで提示しましょう。 2重染色画像では「赤―緑」を「マゼンタ―緑」に 蛍光2重染色では、黒い背景に「赤」と「緑」で表現し、赤と緑が共存する部分が「黄色」で表現されるのが一般的です。ところが、この色の組み合わせは、P型、D型の人には非常に見づらいものです。P型色覚の見え方をシミュレーションしたものが図11-1下段の一番左の画像です。赤が暗く、緑と黄色が見分けにくいことがわかります。 そこで、岡部正隆氏(東京慈恵会医科大学解剖学講座)は、P型、D型のみならず一般型のC型の人も含め、ほぼすべての人に理解できる蛍光二重染色画像の提示方法として、赤のシグナルをマゼンタ(赤と青を1対1で混ぜた赤紫色)に変更することを提唱しています。こうすれば、もともと赤かった部分は青寄りに見え、マゼンタと緑が共存する部分は「白色」で表現されるため、3つの色が明確に区別できます(図11-1下段の一番右の画像)。 Photoshop上で赤チャンネルの絵を青チャンネルにコピーするだけ! では、「赤―緑」から「マゼンタ―緑」への変更はどのようにすればよいのでしょうか。多くの顕微鏡では疑似カラーとしてマゼンタを選択できますので、それを活用するのが最も簡単ですが、すでに撮影した赤緑画像についても、RGBモードの画像であればPhotoshopで簡単に変更できます。…

「研究不正」を防ぐための倫理教育に効果はあるか?

2014年に世界的に有名になってしまったSTAP細胞事件など、日本でも海外でも、研究不正(research misconduct)が相次いで発覚しています。そのため大学や研究所、民間企業のなかには、研究不正を予防するための講義やトレーニング、グループ・ディスカッションなど教育的介入 −「研究倫理教育」などと呼ぶこともあります− が行なわれているところもあります。そうした教育的介入には、実際に研究不正を予防する効果はあるのでしょうか? 研究不正には、研究結果をでっち上げる「捏造」や、研究結果を操作する「改ざん」、ほかの研究者のアイディアなどをコピーする「盗用」などがあります。こうした研究不正がない状態を「研究の公正さ(research integrity)」または「研究公正」が保たれている、ということもあります。 しかし、非常に書きにくいことなのですが、教育的介入が研究公正に対する研究者の態度や知識を向上し、研究不正を予防できる、という明確なエビデンス(証拠)は乏しいようです。 医学研究コンサルタントのエリザベス・ウェージャーらは、治療方法などの有効性を体系的に再評価(レビュー)し、その結果を公開する国際プロジェクト「コクラン共同計画 (The Cochrane Collaboration)」の一員として、研究不正を防ぐための教育的介入の有効性を評価した研究31件を集めて再評価しました。臨床試験の効果を再評価するときと同じように、です。その結果は同計画のデータベース「コクラン・ライブラリー (Cochrane Library)」で公表されました。 それらの研究31件は33本の論文で発表され、合計9571人の被験者(研究者や学生)が対象にされていました。31件のうち15件は「ランダム化比較試験」といって、臨床試験では信頼性が高いとされる方法を使っていましたが、それほど信頼性の高くない方法を使っているものも少なくありませんでした。 いくつかの研究は、教育的介入が「盗用」に対する研究者の態度についてポジティブに影響したことを示しました。「盗用についてのトレーニング、とくにそれが実践的なエクササイズをともない、テキスト・マッチングソフトウェアを使うときには、盗用の発生を減らすらしい」ことがわかったのですが、エビデンスのクオリティはそれほど高くないといいます。…

第10回 プレゼンに有効な色の組み合わせを知ろう

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚 バリアフリー なスライドを作るために覚えておきたい「カラー ユニバーサル デザイン」について迫る連載シリーズです。 12色や24色のクレヨンや色鉛筆のセットのように、CUD(カラーユニバーサルデザイン)に配慮した色のセットがあれば・・・そのような要望に応えて、CUD推奨配色セットができました。印刷業界や塗装業界では、導入に向けてすでに動き始めています。 多くの色覚型に対応 色弱の人にも見やすいオレンジ色寄りの赤色はRGB3原色の表現で(R:255, G:40, B:0)の色であると第7回で紹介しました。色の見え方や感じ方には個人差があるため、このような明確な指定はとても便利です。そこで、CUDO (カラーユニバーサルデザイン機構)では、赤色のみならず全部で20色(代替色を含めて22色)の「CUD推奨配色セット」を公開しています。 CUD推奨配色セット http://www.cudo.jp/resource/CUD_colorset 伊藤啓氏(東京大学分子生物学研究所)によるCUD配色セットの詳細 http://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/colorset/…

第二の「ソーカル事件」? フランスで起きた論文撤回事件

筆者のように学術情報の動向そのものに興味を持っている者の間では有名な「リトラクションウォッチ (retraction watch)」というウェブサイトがあります。文字通り、学術論文が「撤回」されると、その理由や経緯などを報告する記事が掲載されるメディアです。 いちど掲載された論文が撤回されるということは、もちろんその論文に何らかの問題があることが見つかったということです。こうした 論文撤回 がニュースになるのは、理科系のジャーナル(学術雑誌)でのことがほとんどなのですが、2016年4月7日付の同誌は、哲学のジャーナルである論文が撤回されたことを伝えました。 哲学者アラン・バディウについての研究論文を掲載するジャーナル『バディウ・スタディーズ』は昨年秋、「クィア・バディウ主義フェミニズムに向けて」という特集のための論文を募集しました。アラン・バディウはフランスの有名な哲学者で、日本語に翻訳された著作もあります。存命で、左翼的な政治思想でも知られています。ルーマニアにあるアレクサンドル・イアン・クザ大学のベネディッタ・トリポディという研究者は「存在論、中立性、そして(非)クィアのための闘争」という論文を書いて、その原稿を同誌に投稿しました。原稿は査読され、同誌はそれを一度は採択したようです。 そのアブストラクトの冒頭2センテンスだけを訳してみましょう。 「ジェンダー」はつねに、存在論的な差異と“ジェンダー化(gendering)”の失敗へとつながるジェンダーの制度化継続という弁証法の名称となってきたため、どんなものであれバディウ的存在論というツールを通じたジェンダー中立言説という観点に取り組むことには価値がある。『存在と事象(Being and Event)』でバディウによって確立されたように、数学は−集合論として−究極的な存在論である。集合は、反動的制度によるジェンダー化プロセスが保持しようとしているもので、主体としてのそれぞれの主体に特有な多様性状態に対立するものである。 一読しただけで、きわめて難解なものであることがわかります。しかし、フランスの思想家たちの著作ではこのように難解な文章は珍しくないため、「哲学の世界では、こんなものなのかな」と思う人もいるでしょう。 ところがこの論文は、フランスの哲学者フィリップ・ユヌモン(パリ第一大学)とアンノク・バルベルース(リール第一大学)が、いかにもバディウやバディウ主義者たちが使いそうな言葉を散りばめた文章を並べてでっち上げたインチキ論文でした。そしてアレクサンドル・イアン・クザ大学に「ベネディッタ・トリポディ」という研究者はいません。『バディウ・スタディーズ』編集部は、きっかけは不明なのですが、いずれかの段階でその事実に気づき、この論文を撤回しました。現在、同誌第4巻1号の目次にこの論文の題名はありません。ユヌモンとバルベルースは、このようなことを行なった理由を「ジルセル(Zilsel)」というウェブサイトにおいてフランス語で表明したようですが、それを「テンデンス・コーテジー(Tendance Coatesy」というウェブサイトが英語で要約しています。 彼らは、抽象的な存在論(ontology)という哲学を実質的に正当化しているものに対して異議を唱えているのだ。〔略〕このパロディは、その「マスター〔バディウのこと〕」がもとづく存在論についての基盤を掘り崩すためにデザインされている。…

第9回 正しく情報が伝わるグラフ作成のコツ

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚 バリアフリー なスライドを作るために覚えておきたい「カラー ユニバーサル デザイン」について迫る連載シリーズです。 情報を一目瞭然に伝えるためのグラフも、色の使い方によっては逆にわかりにくいものとなります。ほんの少し工夫するだけで、多様な色覚の人に見やすくなりますので、次の2点を是非取り入れましょう! 折れ線グラフ - 線の種類を変えましょう Excelなどの表計算ソフトを用いれば、表の形で入力した統計データをクリックひとつで グラフ に変換できます。表9-1左に最もシンプルな例を紹介します。線の太さや色はデフォルトで決まっており、何も考えないうちにこのようなカラフルな折れ線グラフが出来上がります。これをVischeckというシミュレーションソフト(第17回で紹介)を用いてP型色覚のシミュレーションとして写してみると、表9-1右のようになります。黄緑とオレンジ、あるいは青・紫・水色の区別が難しいことがわかります。 図9-1 折れ線グラフ例①[左:Excelのテンプレートからプレーンな折れ線グラフを選択、右:P型色覚のシミュレーション(Vischeck使用)]  …

査読は無償でなくなる時代が来る?

ジャーナル(学術雑誌)の編集部は、論文を発表したい著者から原稿を受け取ると、掲載の可否を判断できそうな研究者、すなわち査読者(reviewer)に送ります。査読者はその原稿を読み、可否を判断したり、必要な修正を指示したりします。この過程を査読(Peer Review)といいます。 著者は「投稿料(subscription fee)」や「論文掲載料(APC: article processing charge)」と呼ばれる費用を負担する必要があります。APCには幅がありますが、たとえば大手ジャーナル出版社であるエルゼビア社は500〜5000ドルを設定しています。それに対して査読は一般的に無償でなされ、査読者はボランティアで取り組むことが求められます。「査読は無償」という原則はこれまで常識でした。ところが最近、査読者に報酬を払うべきではないか、という意見が出てきています。学問が細分化し、ジャーナルも論文も増えるにつれて、査読や査読者の必要性も大きくなってきています。そういった傾向を受け、高等教育についての専門ニュースサイト『タイムス・ハイアー・エデュケーション』の記事では、「無償のシステムという倫理に疑問を持つ者もいれば、査読には支払いをする時代になったと考えるジャーナルも出てきた」と伝えています。 この記事によれば、イギリスの出版社ヴァーリュスクプト(Veruscript)社は今年6月に創刊する、新しい学術雑誌4誌(うち2誌は自然科学分野、2誌は人文科学分野)にて、次のようなシステムを検討しています。査読者は、APCの一部を受け取る権利を得たうえで、(1)報酬を受け取る、(2)将来の自分の掲載費として預ける、(3)APCを負担できない研究者に寄附する、という3つのオプションから1つを選ぶ、というものです。いまのところ同社は査読者に払うつもりの金額を明らかにしていませんが、「査読にかかる時間を考えれば十分なものではない」と同社の編集長は記事の中で述べています。同社はこのアイディアの長所や短所を調べるために、ケンブリッジ大学でフォーカスグループ調査を行ない、アメリカでアンケート調査を行ないました。その結果、アメリカの研究者たちは査読に報酬がつくことを支持する傾向がある一方で、イギリスの研究者たちは「もっと保守的」だとわかりました。とりわけ哲学者は否定的だったそうです。その結果を受けても、『タイムス~』誌は「変化はやってくる。というのは、現行の無償システムは崩壊しかけていると考える者もいるからだ」と言及しています。 また、同誌は オープンアクセス出版を擁護する者たちの間でよくある不満は、巨大な営利出版社は出版のプロセスにおいてわずかしか貢献していないのに、無償労働から莫大なカネを稼いでいる、というものだ。 と、無償でなされる仕事の不当性を理由に、査読者への支払いを主張する者もいると伝えています。 なお、カリフォルニア大学出版が最近創刊したオープンアクセス・ジャーナル『コラブラ(Collabra)』は、ヴァーリュスクプト社と似たような方針での運営をすでに開始しています。ヴァーリュスクプト社は、査読者全員のうち3分の1ぐらいが報酬を受け取るだろう、と推測しています。しかし『コラブラ』では、いまのところ報酬を受け取った査読者は1人もおらず、全員がほかの研究者のために寄附したとのことです。 今年2月16日にロンドンで開催された、ジャーナルの編集者や研究者たちがオープンアクセスやジャーナルの利益幅について議論する「研究者から読者へ」という会議でも、この件が話題になりました。会議にて、ジャーナルの編集業務の補助を業務とする「エディトリアル・オフィス」社ディレクターのアリス・エリンガム氏は、著者から投稿された論文1本の査読手続きにかかる時間は40〜50分であることを明らかにしたと『タイムス誌~』の記事で報じられています。エディトリアル・オフィス社では、85誌ものジャーナルから外注された査読行程を運営しています。エリンガム氏は匿名の3誌のデータを示し、40〜50分という時間は投稿された論文原稿を選り分けたり、メールを送ったり、文章を編集したりするためのものであり、査読そのものにかかる時間は含まれていない、と説明しました。査読には「隠れたコスト」がある、ということです。当然ながら、査読者に金銭を支払うことによって、査読の内容に影響が出るという懸念もあります。しかし、経済学者を対象に2014年に行なわれた研究(The London School…

第8回 スライド作成で気をつけたい配色のポイント

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚 バリアフリー なスライドを作るために覚えておきたい「カラー ユニバーサル デザイン」について迫る連載シリーズです。 前回(第7回)紹介したように、国際学会でのプレゼンにおいて、「赤いレーザーポインターを使わず」、「赤色はオレンジ色寄り」にして、「色の名前を言うときに注意」することは、CUD(カラーユニバーサルデザイン)への大きな一歩です。今回は、さらに配慮したい2つのポイントを紹介します。 使う色の数を少なくする プレゼンテーションソフトウェアの発達により、多くの人が気軽に色をつけてカラフルなスライドを作るようになりました。一般型色覚のC型の人にとって色は便利な情報伝達手段ですが、使いすぎれば見づらい場合もあります。P型、D型などの人にとってはなおさら、重要な部分で見分けにくい色の組み合わせが増えてしまいます。また、意外なことに、重要ではない演出的な色使いにも問題があります。例えばデータの一部に、特に必要ではない背景色がついていたとすると、P型、D型などの人は「何か色がついているようだが意味があるのだろうか」と不安を抱いてしまいます。 したがって、なるべく多くの色覚型の人にわかりやすいスライドを作るためには、本当に必要でない色は使わないのが賢明です。そのようにシンプルを極めつつ、デザイン性の面でも満足のゆくスライド作りをめざしましょう。画面を動かすアニメーション効果も当初は多用されましたが、かえってわずらわしいという考え方が広まって、以前ほど多用されなくなりました。色についても多用しない効果的な使い方が広まっていくと考えられます。 色の組み合わせに気を配る―色相、明度、彩度とは? 赤色の選び方に代表されるように、色はそれ自体の問題もありますが、P型、D型の人にとっては、識別しにくい色の「組み合わせ」が問題となるケースが多くあります。第3回で紹介したように、「赤と緑」、「淡い水色とピンクと灰色」、「黄色と黄緑」、「紫と青」は特に判別が困難なため、重要な色分けの組み合わせにはなるべく用いないようにしましょう。 色には、色合い(色相)のほかに、明るさ(明度)、鮮やかさ(彩度)といった要素があります。P型、D型の人は色合い(色相)の識別が困難な場合が多いですが、色の明るさ(明度)や鮮やかさ(彩度)はよくわかります。そこで、色相のみならず、明度、彩度に変化をつけると、色弱者の人にも区別しやすい色の組み合わせが増えます。少し踏み込んだテクニックになりますが、これを意識してスライド作りに反映させれば、多彩な色使いも維持しつつ、ユニバーサル 化に配慮したプレゼンテーションを行うことができます(図8)。 図8 色相のみならず明度・彩度の差をつけた色の組み合わせの例[上:調整前、下:調整後](CUDOおよびハート出版より許可を得て転載)…

シンプルなアブストラクトの論文はより多く引用される

学術論文には必ずアブストラクト (要約)が付きます。そして論文は一般的にいって、引用される回数(被引用回数)が多ければ多いほど評価されます。では、アブストラクトの書き方はその論文の評価にどのような影響を与えるのでしょうか? 英国のワーウィック大学のデータ・サイエンティスト、エイドリアン・レッチフォード氏らは、論文の要約のスタイルが、その論文の被引用回数に影響するかどうかを調べ、その結果を『情報学ジャーナル(Journal of Informetrics)』で公表しました。 レッチフォード氏らは、オンラインデータベース「Web of Science」から、1999年から2008年までの各年について、最も引用された論文3万本の計量書誌学的データ(bibliometric data)をダウンロードしました。合計30万本のデータが集まったことになります。彼らはその中からアブストラクトや題名などが欠けている論文を取り除き、残りの21万6280本の論文について、それぞれのアブストラクトにある文字数や単語数、センテンス数をカウントして分析しました。その結果、アブストラクトでより頻繁に使われる言葉を使う論文を掲載するジャーナルは、論文1本あたりで見て、より多く引用される傾向があることが明らかになりました。また、アブストラクトでより頻繁に使われる言葉を使う論文は、同じジャーナルに掲載されるほかの論文と比較しても、より多く引用される傾向があることもわかりました。 さらに、アブストラクトの長さと論文が引用される回数との間にも関係があることもわかりました。レッチフォードらの分析では、アブストラクトがより短い論文を掲載するジャーナルは、論文1本あたりで見て、わずかに多く引用される傾向があることを示しました。また、アブストラクトがより短い論文は、同じジャーナルに掲載されるほかの論文と比べて、より多く引用される傾向があることもわかりました。彼らの計算モデルでは、5文字の言葉を1つ加えると、引用数が0.02%減るという結果が出ました。 レッチフォードらは、アブストラクトがより短くて、より頻繁に使われる言葉を含む論文がより多く引用される理由について、3つの可能性を述べています。第1に、インパクトファクターの高いジャーナルは、論文のアブストラクトの長さを制限し、より広い読者に適した書き方を要求しているのかもしれないこと。たとえば、『サイエンス』のアブストラクトは125語に制限されています。第2に、大きな科学的進歩を報告する論文は、より短いアブストラクトで書かれ、あまり専門的でない言葉を使うのかもしれないこと。第3に、より一般的な言葉を使ったより短いアブストラクトは読みやすく、それゆえにより多く引用されるのかもしれないこと。 ということは、より頻繁に使われる言葉で、より短いアブストラクト、つまりよりシンプルなアブストラクトを書くようにすれば、より多く引用される論文を書けるような気がしてきます。しかしもちろん、研究内容自体が優れていることが大前提でしょう。

第7回 色覚バリアフリーのスライド・3つのポイント

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚 バリアフリー なスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 忙しくて余裕がない?―ポイントさえおさえれば、CUDはすぐに実践できます! CUDO副理事長の伊賀公一氏に、PowerPointなどを用いたプレゼンテーションでこれだけは実践してほしいこと3つを伺いました。 赤色のレーザーポインターを使わない 図7-1 緑色のレーザーポインターの例(CUDOおよびハート出版より許可を得て転載)   「赤色」はP型、D型の人には目立つ色ではありません。赤いレーザーポインターの光は長波長の光を使用しているために、特にP型の人には“赤外線”になってしまい、見えにくいか全く見えません。そこで、2000年代になって、P型、D型の人にも見えやすい緑色のレーザーポインターが開発されました(図7-1)。緑色のレーザーポインターは、開発当初、種類が少なく高価なものでしたが、現在では種類が増えて入手しやすくなっていますので、買い替えの際には是非導入を検討しましょう。なぜなら、緑色のレーザーポインターの光はC型の人にとっても赤色より明るく見やすいのです。 最近は、PowerPointなどのアニメーション機能を用いてスライドの特定箇所を強調する方法もあるため、レーザーポインターを使わない人も増えています。それも赤色のレーザーポインターの使用を避ける方法の1つと言えます。   赤色の代わりにオレンジ色(朱赤)を使う 一般型のC型色覚者は「赤色」を目立つ色と考えていますので、重要な部分や強調したい内容に赤色を用いることが非常に多いです。しかし、特にP型の色覚者にとって、赤は目立たない色です。そこで、同じ赤色でも波長がより短いオレンジ色(朱色)寄りの色にすると認識されやすくなります。 Microsoft…

【大妻女子大学】生田 茂教授インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。一回目は大妻女子大学の生田茂教授にお話を伺いました。インタビュー後編では、論文執筆や学会発表において、若手研究者や学生にどのようなアドバイスを行っているか、日本人研究者が英語力を鍛えるために必要なことなどを語ってくださいました。 ■英語での論文執筆や学会発表に対し、研究室にいる学生にはどんなアドバイスをしていますか? 本学の社会情報学部の売りは「英語」と「情報」。しかし、すでに英語が売りになる時代ではなくなっていますね。ちょっと留学したからといって、「語学力を生かした仕事につける」というような時代ではありません。だから、学生には「まずは自分の専門をきちんと持ちなさい」と言っています。自分の専門を持った上で、できるだけ英語を身につける。英語だけで食べていくことが難しい今、「専門ができる、加えて、英語ができる」ことがとても大事。だから、学生には人に負けない専門性を身に付けなさいと言っています。 口頭発表に向けては、「絶対に伝えたいことは何か」をまずは考えなさい、と言っています。私は学生に「聴衆は、『どこの国の人が英語を話しているか』などは関係なく、真剣に聞いてくれるよ。だから、一所懸命に、堂々と話してきなさい」とアドバイスしています。学会の参加者は、発表者の英語の訛りなどにはこだわらず、「何を言いたいのか」を一生懸命に聞いてくれます。だから、「何を伝えたいのか」を明確にし、それがきちんと伝わるように練習することが大切なのです。 ■日本人研究者が英語力を鍛えるためには、どうするのが一番だと思いますか? 現地に飛び込み、色々な国々の人々と関わること。それが何事にも代えがたい経験になると思います。カナダの留学時代には、オイルサンドの全盛期でもあり、アルバータ大学には沢山の日本人がいてなかなか英語が身につかず、当時廊下に設置してあった電話の受話器を取れるようになるまで半年近くもかかりました。その後、シドニー大学、ニューヨーク市立大学にお世話になった時には、国籍に関係なく、様々な人々と知り合いになることができ、貴重な人間的繋がりができました。例えば、この3月に私を Wayne State 大学に呼んでくれた先生とは約20 数年来の付き合いです。何かをやりたいと思ったとき、築いてきたネットワークが最後にはものをいいます。海外の研究者と共同研究を行い、論文を書くときにも、こうした人脈が大切なのです。学生のうちに留学やインターンなどに挑戦し、色々な人と交流することを勧めています。 ■今後、どのような英語サービスがあれば使ってみたい、ありがたいと思いますか? 研究者にとって、論文が受理されるまで何度でも校正してくれるサービスは嬉しいですね。研究者は外国のジャーナルに論文を送り、査読者から様々な指摘を受けることで初めて自分の立ち位置がわかります。右も左もわからない若手研究者にとっては、校正を依頼した論文の内容に沿って適切なジャーナルを選んでくれるような、きめ細かなサービスがあると素晴らしいですね。 アメリカのジャーナルでは、論文の内容に応じて、別の雑誌への掲載を勧めてくれるところもあります。こういった、英文校正を依頼した時点で「こっちのジャーナルの方が良いですよ」というようなアドバイスがもらえたら嬉しいですね。また、査読の結果を気軽に相談でき、受理されるまで付き合っていただけると心強いですね。 生田教授、ありがとうございました! 次回のインタビューをお楽しみに。 【プロフィール】…

「科学の科学=メタサイエンス」は学術界に根づくか?

ワシントン大学の微生物学者フェリック・ファン教授は、『感染症と免疫学』の編集長を務めた経験からメタサイエンスに取り組むことになりました。同誌は彼の努力もあって、ある研究者が論文中の写真の改ざんを行なっていたことを明らかにし、彼の論文3本を撤回しました。それがきっかけとなり、その研究者の論文には次々と研究不正が見つかり、最終的には30本もの論文が撤回されました。ファンは研究成果の発表システムそのものに問題があると考えるようになり、論文の「撤回」や研究不正を研究テーマに加えることになったといいます。 イリノイ大学の人類学者キャスリン・クランシー助教授は、大学院生の女性がフィールドワーク中に性的な被害に遭ったという経験を聞き、それを個人的なブログに書いたところ、インターネットで大きな反響がありました。彼女は、フィールドワーク研究の倫理に関するシンポジウムに登壇するよう依頼を受けたのですが、査読者は彼女のアブストラクト(プレゼンの要約)を却下してしまいました。わずか2人の経験をまとめたものにすぎなかったからです。彼女は定量的なデータが必要であると考えるようになり、ほかの研究者とともにアンケート調査とインタビューを開始し、そのプロジェクトを「学術フィールド調査研究(SAFE)」と名付けました。その結果、調査対象となった女性のうち、64%が何らかのフィールドで嫌がらせや暴力を受けた経験があることが明らかになり、論文にもまとめられました。 ブリティッシュ・コロンビア大学森林保全科学部のポスドク、ジェレミー・ヨーダー氏は男性同性愛者として、科学技術分野における性的少数者(セクシャル・マイノリティ。LGBTともLGBTQAとも呼ばれます)の行動や経験について、定量的なデータが存在しないことに気づいて、教育学の研究者と組んで、その調査を行いました。自分と同じようなマイノリティの労働環境を改善したり、彼らがステップアップしたりすることに貢献できるかもしれないと思ったからです。 科学者がこうした自分自身の本来の研究からは外れた問題を研究することには、メリットとデメリットがあります。クランシーは会議に登壇者として招かれたことがあり、ヨーダーは大学から賞を授かりました。ファンは「合理的なワークライフバランス」や「高い倫理基準」を推奨される環境をつくることは「トレーニングを受ける者にとって好ましい」ことであり、「質の高いサイエンスを世代継承するためのステージをつくることになる」と考えています。フー記者は3人の話を聞いたうえで、下記のように語っています。 こうしたプロジェクトへの取り組みは、強力な職業倫理、優れたタイムマネジメント、科学を推進するための情熱、そして分析スキルの強化を示していている。これらは全て、学者候補としてきわめて望ましいスキルである。 しかしデメリットもあります。まずメタサイエンス研究は、たとえ論文になったとしても、その科学者自身の専門領域での業績としては認められない可能性があります。また科学者は一般的に、とくにキャリアの初期においては、狭い専門分野に集中して取り組むことが好まれます。メタサイエンスに取り組む研究者は、専門分野をおろそかにしているとみなされるかもしれません。さらにこうしたメタサイエンス研究の結果は、善かれ悪しかれ、メディアや一般市民など科学コミュニティ以外からの注目を集めることがあります。科学者のなかには、そうした目立つ行動を取る同業者を好まない者もいます。とくにメディア出演が多い科学者について、「あの人は『タレント科学者』で、ちゃんとした研究をしていない」といった陰口を聞くことは少なくありません。 しかしながらフー記者は「メタサイエンティストたちはみな、ほかの者たちがどう思っているかにかかわらず、自分たちの研究が重要であるという確信を共有している」と、彼らの意義を擁護します。日本ではどうでしょうか? 実は、筆者も偶然、「メタサイエンス(メタ科学)」という言葉を好意的に使ったことがあります。しかしそれは、科学史、科学哲学、科学社会学、そして科学技術社会論(STS)など、自然科学を人文社会科学の観点でメタ的に研究する学問、という意味でした(斉藤勝司ほか著『教えて!科学本』、洋泉社)。フー記者は、科学者自身が科学をめぐるシステムを研究すること、という意味で使っているので、定義が微妙に異なります。実際、日本では、ファンやクランシーやヨーダーが行なっているような研究は、主として、(自然)科学の現場からやや離れた位置にいる研究者によって取り組まれているように思います。 メタサイエンスをどのように定義づけても、メタサイエンスを嫌う科学者がいてもいなくても、メタサイエンスは科学にとって重要な意味を持っているし、これからもっと重要になりそうです。予算やポストなど、メタサイエンスが正当に評価される制度の整備も必要になるでしょう。

否定的な研究結果の出版はなぜ重要か

ほとんどの基礎研究・前臨床研究には再現性がない、と言われています。しかし、再現性のない研究でも文献としては残り続けるため、その結果を再現しようと他の研究者が時間と研究資源を無駄にしてしまいます。この無駄を防ぐため、否定的な研究結果の出版が必要とされています。否定的なデータが出版されることにより、無駄な実験に費やす時間を減らすことができるほか、不適切な手法のために再現できなかった事例の報告としても役立ちます。このような要望に対して、以前に学術英語エナゴアカデミーの記事でも取り上げた、オープンアクセスジャーナルのF1000Researchは否定的な研究結果も積極的に掲載する取り組みを行っています。こういった試みに対し、おおよその研究者は好意的に受け止めているものの、出版はまだ進んでおらず、効果が出てくるのはこれからと考えられています。 専門家たちの意見を伺ってみましょう。 蓋然か、偶然か-否定的データの価値を見極めよ 客観性を目指す科学において、無駄な努力を省き、新しい仮説を立てられるようにするため、否定的な研究結果を出版する必要があることは明らかです。しかし、これは科学哲学の核心に関する問題であり、実用を考えない純粋科学という考え方にかなりの影響を及ぼします。現在支配的な実用を目指す科学において、否定的な研究結果は、間違った考え方を示すもの、期待された効果を得られなかったもの、と見なされることが一般的です。しかし、アインシュタインは原子爆弾を発明しようとしていたわけではないですし、また、100年前の物理学者は自分の研究が現代の情報技術に使われるとはまったく考えていませんでした。それと同様に、弦理論研究者はその数学的モデルが将来どのように使われるかを予測することはできません。 否定的なデータは確かに無駄ですが、存在する否定的なデータを入手できないというのも無駄です。もちろん、否定的なデータにはそれを検証する努力に値しないものもありますし、出版する価値のあるものはさらに少ないでしょう。結果はどうであれ期待できる計画に基づいて行われる臨床試験も多いですし、その一方で、否定的なデータが出たらすぐに方向転換するような基礎研究もあります。生命科学分野の基礎研究は、分子集合の複雑なネットワークを扱っており、システム生物学における研究によって、すべての分子経路はきわめて難解なかたちでつながっていることが示されてきています。このような、生命の操作不可能な複雑さを考えれば、ある分子集合を再現できなくても、それを蓋然性が高いものだと解釈するより、たまたまだと解釈すべき場合があるでしょう。したがって、生命科学の内、より複雑な分野においては、再現可能性に科学的価値を置いて否定的なデータを報告してもあまり実りがなく、研究室の実験ノートに記録しておけばよいという場合もあるでしょう。 博士(癌研究) 豪州にて12年以上の科学・医学文献執筆経験 「否定的な結果」は、「肯定的な結果」と同様に科学を進歩させる 実験によって仮説を検証しようとする際に、その仮説を支持する結果が得られた場合、その結果は出版に値すると見なされます。しかし、その仮説が誤りであることを示す予期しない結果が生じた場合、それが出版されることはほとんどありません。歴史を見ると、否定的な研究結果を出版しなかったことが科学に大きな影響を与えた様々な事例があります。 マイケルソンとモーリーによって行われた実験は、否定的な実験結果が科学的に重要な帰結をもたらした古典的な例です。マイケルソンとモーリーは、異なる慣性系―地球の自転方向とその逆方向―における光の速度を計測し、光の伝搬についてその当時一般的だった理論が予想するように、速度に違いが出るだろうと考えていました。しかし二人は、どの方向でも光の速さは同じであるという結果を得ました。この否定的な結果は、物理学者たちを驚かせ、特殊相対性理論が生まれるきっかけになりました。この「否定的な結果」は、「肯定的な結果」と同様に科学を進歩させたわけです。この実験は、現在の世界にもうひとつの大きな影響を与えています。それは、LIGO(レーザー干渉計重力波観測所)による重力波の検出です。LIGOの検出器は、光のビームがたがいに「干渉する」あり方を突きとめ、検出器の中を光が移動していく際にどう変化するかを明らかにしました。この考え方は、マイケルソンとモーリーが1887年に行った実験の基礎になったものと同じです。 出版社は、否定的な研究結果の出版に対してより前向きになりはじめています。インターネットで誰でも無料で読める学術誌であるf1000Research は、生命科学における肯定的な研究結果と否定的な研究結果の両方を掲載しています。また、Journal of Negative Results…

研究者必読!ポジションを勝ち取るための面接術10!

競争率の高い研究職の採用面接を勝ち抜くには、「この人を採用したい」と思わせる的確な受け答えが求められます。とはいえ、研究や論文執筆に忙しいなか、面接で想定される質問すべてに対して対策を練るほどの時間や労力はかけられません。そこで、今回は採用面接でよく聞かれる10の質問をご紹介します。この10問に対してしっかりと準備をすることで、希望のポジションを勝ち取りましょう!(注:このコンテンツは、アメリカ人ライターによって執筆され、日本語に訳されたものです。必ずしも日本の面接事情に合っていないかもしれません) あなたが現在研究している課題は何ですか? この質問の後には、研究課題に対する突っ込んだ質問がなされるでしょう。適切な専門用語を使った専門性の高い説明と、専門外の人にも理解できる易しい説明の両方を用意しておくとよいでしょう。 あなたがこの分野を選んだのはなぜですか? この分野に初めから意欲的だったのか、それともいくつかの選択肢の中から最終的に残ったのか? 生まれた時からこの分野の研究者になるつもりでした、などと言う必要はありませんが、この分野に本気で取り組んでいることが示せるように、分野を選ぶことになったきっかけや、分野に対する思いをしっかり伝えられるよう準備しましょう。 この仕事は、あなたの研究者人生における目標の中で、どういう位置を占めますか? それなりの期間を勤め上げることを望んでいるのか、それとも研究プロジェクトが終わったら次の職場に移るのか? 面接者はあなたに誓約書を書けとは言わないでしょうが、離職が研究チームに悪影響を及ぼすこともあるので、長期にわたって勤める意欲がある応募者のほうが有利でしょう。 これまで出会った上司や指導教員のうち、最高/最悪な人について説明してください。 この質問の目的は、あなたが難しい人とも研究者として仕事ができるかどうかを確かめるところにあります。最高だった人については、どういう点を見習っているかを説明し、最悪な人とはどういう風にうまくつきあったかを具体例を交えて伝えましょう。 あなたは、周りの研究者や同僚からどう評価されていますか? あなたが前職で部下を持つ立場だったとしたら、「厳しいが公平な人」のように、長所と短所の両方に触れるような答えがよいでしょう。もしそうでなれけば、「頼りになり、信用でき、プロジェクトやチームの成功を目指し、必要な場合には進んで手助けをする人」のように、無難にまとめておきましょう。 いちばん自信を持っている研究成果をひとつ挙げてください。 論文出版や学会発表を行った経験を交えながら、研究のテーマとその研究成果を上げるために取り組んだことをわかりやすく伝えましょう。 新しい職場に研修がなかったとしたら、どう学んでいきますか。 この質問の目的は、研修プログラムもなく、ひとりで新しい仕事に向き合っていかなければならない状況で、あなたがうまくやっていけるかどうかを確かめることにあります。「初めのうちはわからないことを素直に質問するが、自分で解決すべき問題については全力を尽くす」などと、自信と謙虚さをうまく組み合わせた答えを準備しておきましょう。…

第6回 学術界における カラーユニバーサルデザイン

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 正確性の求められる学術界において、聴衆100人のうち5〜10人に情報が正しく伝わらなかったら――それは情報の送り手にとっても受け手にとっても、大きな損失ではないでしょうか。まずは問題の存在に目を向けましょう。 PowerPointが変えた色の世界 「次のスライドお願いします」―カシャ、という学会風景は21世紀に入ってからほぼ姿を消しました。スライドはかつて外部の制作会社に依頼して作るのが一般的で、デザインは写真部分を除いて基本的にブルーバックに白文字、あるいは白バックに黒文字といったごくシンプルなものでした。色による表現が少なかった分、色に頼りすぎない表現方法をとっていたため、ある意味ではCUDの考え方に近いものだったと言えます。 それを変えたのはPowerPointの登場で、誰もが簡単に色を多用できるようになりました。背景、文字、グラフなど、色の必要性を考えるまでもなく、用意されたテンプレートを駆使してカラフルなスライドを作るようになりました。大多数を占める一般色覚型のC型の人にとっては、見た目に楽しく、また、わかりやすくなる場合もありますが、色の使い過ぎや組み合わせの悪さによって見づらくなる場合もあります。ましてや、P型、D型などの人にとっては情報が伝わらないものが増えてしまいました。しかし、色弱者がそれを声高に訴えるケースが少ないため、問題はまだ広く認識されていません。 『Nature』誌も注目 そのような学術界で早くから声を挙げ続けているのが、第1回でも触れた2人の日本人科学者、伊藤啓氏(東京大学分子生物学研究所)と岡部正隆氏(東京慈恵会医科大学解剖学講座)です。 近年、各種のアカデミックジャーナルも一気にカラー化が進みました。しかし、世界のトップジャーナルにおいても色覚の多様性への特別な配慮は見受けられません。そのような中、『Nature』誌においては、2007年に同誌ウェブサイトのブログ記事において編集者が、色弱者に配慮した図版の色使いについて取り上げ、素晴らしいウェブサイトとして伊藤氏、岡部氏が2002年に英語で発信した情報ページを紹介しています。 色弱者のレフェリーに査読される可能性は22%! CUDへの配慮は、読者や聴衆のためだけに行うものではありません。研究成果を一人でも多くの人に伝えるのは研究者の使命であり、研究者自身の利益にもつながります。伊藤氏、岡部氏による科学者向けの記事「医学生物学者向き 色盲の人にもわかるバリアフリープレゼンテーション法」に掲載された興味深い試算を紹介します。 海外ジャーナルで白人男性3人がレフェリーだと仮定した場合、1人のレフェリーが色弱者でない確率は92%(1−0.08=0.92)、3人とも色弱者でない確率はその3乗で78%(0.923)となり、「色弱者のレフェリーに審査される可能性は22%である」というわけです。 これは論文投稿に限りません。学会発表においても、聴衆の中のあなたにとってのキーパーソンが色弱者である可能性は看過できないものです。そして、CUDに配慮した情報発信は、このあとに紹介するようなポイントさえつかめば、容易に行うことができます! 参考資料: Nature誌ウェブサイト内ブログ記事…

第5回 ここにも!カラーユニバーサルデザインの実用化例

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 21世紀に入ってから十数年の間に、日本の社会や身の回りにCUDに配慮した「もの」や「方法」が着実に増えてきました。そのような例を見てみましょう。「あっ!あれは」というものがあるのではないでしょうか。 地下鉄の表示が変わりました 例えば東京の地下鉄は13路線あり、その路線図や案内板は一般色覚型のC型の人にとっても見づらいものです。その地下鉄構内の路線や駅名の案内表示は、以前は文字と色記号だけで表示されていましたが、2005年頃から色記号のなかにローマ字や数字が追加されました(図5-1)。これにより、P型、D型などの人にも素早く情報が伝わるようになりました。日常生活に大きな影響を与える交通関係では、その他に信号機や各種公共案内、地図、カーナビゲーションなどにおいてCUDに配慮した、多くの人に見やすいものが増えています。 図5-1 地下鉄の案内表示[左:以前の状態を再現し、色弱者の見え方をシミュレーションしたもの、右:ローマ字が追加された現在の表示](CUDOおよびハート出版より許可を得て転載)   文房具、洋服、リモコン・・   何気なく手にした文房具のラベルや洋服のタグに、「くろ」や「あか」などの色名が書いてあるのを見たことがあるのではないでしょうか。これもCUDへの配慮の一環です。P型、D型などの色覚をもつ子供は、クレヨンや絵の具の色がわからず、困ることがあります。大人になっても、洋服の色選びに困ったり、リモコンのボタンの色がわからないことなどがあります。それらの不便は、製品に色名を表示したり(図5-2)、ボタンの横に色名を表示することで格段に軽減されます。普段何気なく使っている複合機(コピー機)にも、現在ではほとんどCUDに配慮したボタンや機能が搭載されています。 図5-2 サインペンの色名表示[左:色名表示例、右:P型色覚のシミュレーション(Vischeck使用)。色名表示により見分けがつく]   情報発信ツールにも変革のうねりが  …

【大妻女子大学】生田 茂教授インタビュー (前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。一回目は大妻女子大学の生田茂教授にお話を伺いました。インタビュー前編ではご自身の苦い経験を踏まえながら、学生や若手研究者がどのようにして英語での論文執筆力を鍛えるべきかを語ってくださいました。 ■研究室で扱っている専門分野、研究テーマを教えてください。 「発語がなく、自分の思いを相手に伝えることが難しい児童生徒が、自分の思いをクラスメイトや周りの人たちに伝えることができるようになる」。こんな「今まではできなかったことをできるようにする」取り組みを実現しようと頑張っています。もともと計算化学の研究を行っていましたが、東京都立大学工学研究科から筑波大学人間総合科学研究科教育学類(附属学校教育局勤務)への異動を機に、附属学校(主に特別支援学校や総合学科の高校)を回りながら学校の先生のお手伝いをする中で、研究分野を理学から教育へと変えました。今も、児童生徒一人ひとりの“困り感”に寄り添いながら、その困り感を軽減するために、合理的配慮指針の基づいた教材や教具を手作りし、自立活動や学習支援の活動を行っています。 研究室では、学生とともに、通常学校の子どもたちを含めた一人ひとりの児童生徒の困り感に寄り添いながら、その軽減を目指した手作り教材の開発を行っています。最近学生や学校の先生とともに開発した教材には、「障害を持つ児童の語彙の獲得を目指して、絵カードや文字カードにドットコードを被せ、音声ペンで触ることでリンクしてある音声が再生される教材」、「音声ペンやスキャナーペンを用いて、音声や動画で多摩動物公園や高尾山を学ぶ教材」、「小学校の外国語活動用の教科書、”Hi, friends!” のネイティブな発音を音声ペンで学ぶ教材」、「”Hi, friends” の各ページのネイティブな発音を iPad の画面をタッチして学ぶ電子書籍」などがあります。ドットコードを開発した企業と協力して独自のアイコンシールを作成し、音声ペンとともに学校の先生に貸与することで、学校の先生が特別なソフトやハードウエアを購入することなく、一人ひとりの児童生徒の困り感に対応した手作りの教材を作れる環境を提供しています。市販の教材を購入するのではなく、自分のクラスの児童生徒一人ひとりの顔を思い浮かべながら、合理的配慮指針に基づく手作りの教材を作ることにこだわり活動しています。 ■英語論文の執筆や学会発表、共同研究などの場で、英語で苦戦した経験はありますか? いくらでもあります(笑)。「星間分子の理論的な予測」を自分の専門としていた頃は、「精密な計算を行い、実験グループと協力しながら、いち早く海外のジャーナルに論文として出版する」ことに夢中でした。「教育」が自分の専門となり、この研究スタイルは大きく変わりました。発語のない生徒との長期にわたる取り組み、そして、そこで起こる生徒の変容を丁寧に追いかける、まさに地道な研究となったのです。英語の論文を書く上では、使う専門用語もスタイルも大きく変わってしまいました。まさに、右も左も何もわからない初心者としての再出発となりました。 「子どもが変わった」という結論だけでは、研究者や学校の先生にとっては何一つ有用な情報にはなりません。「発語がなく、自分の意思を伝えることができなかった児童生徒がどう変わったのか、変わるきっかけとなった出来事は何だったのか。その出来事はどうやって起こったのか、そして、その後どうなったのか」などを丁寧に記述することが求められます。本当は、児童生徒のこうした一連の変容をビデオで見ていただくのが一番なのですが(笑)。 海外での学会発表においては、「伝えたいことを英語で伝えられないもどかしさ」をいつも感じています。学会発表後のディスカッションで、「お前のやっていることは全部iPadでできるよ」というコメントをもらったことがありました。私たちは、実物のコップにドットコードを被せたアイコンシールを貼り、ペンで触ることで「コップ」と音声が再生される、というような本物にこだわっています。iPadにコップの画像を表示させ、タッチすると「コップ」と発音させることはできますが、私たちは本物にこだわりたいのです。しかし、プレゼンの会場で質問されると、こうした自分たちの本当の思いや願いを英語で、即座に、正確に、伝えることがなかなか難しいのです。 ■学生や若手研究者は、どのようにして英語での論文執筆力を鍛えるべきだと思いますか?…

査読は匿名かオープン、どちらが質が高い?

「片側盲検(single blind)」では、査読者の側からは著者が誰かわかりますが、著者の側からは査読者は誰かわかりません。「オープン査読(open peer review)」では、著者も査読者もお互いが誰かをわかったうえで査読が行なわれます。「二重盲検(double blind)」では、著者も査読者もお互いが誰かわからないまま査読します。 一般的に、片側査読もしくは二重査読を適用しているジャーナルがほとんどで、オープン査読が採用され始めたのは比較的最近のことです。査読者の数は通常、2~3人です。ジャーナルのなかには、採択された論文といっしょに査読者レポート(reviewer report)や著者の返信を、署名または匿名で公表するところもあります。また多くのジャーナルでは、原稿を投稿した著者が査読者になりうる人を提案することを認めています。なかには著者にそれを要求するジャーナルもあります。 査読の形式が異なることによって、査読の質も異なるのでしょうか? オープンアクセス・ジャーナルの出版社として知られるバイオメド・セントラル(BioMed Central)の「研究公正グループ(Research Integrity Group)」と、ロンドン熱帯衛生医学大学院のフランク・ダドブリッジ教授は、合計800本もの査読者レポートを分析し、2015年9月29日にその結果を『BMJオープン』で発表しました。その結果からは、オープン査読は片側盲検よりも優れた質の査読を実施できるという可能性が示されました。 この研究では、バイオメド・セントラルが発行するなかで、採択率や扱っているテーマが似ているジャーナル2誌が比較されました。オープン査読で運営されている『BMC感染症(BMC Infectious Diseases)』と、片側盲検モデルで運営されている『BMC微生物学(BMC Microbiology)』です。また、『炎症ジャーナル(Journal…

第4回 スマホでLet’s色覚シミュレーション

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 他者の色覚を体験することは本来不可能です。しかし、C型の人がP型、D型、T型の人の色の見分けにくさをシミュレーションする、あるいはP型、D型の人がC型の色覚情報を知るためのツールがあります。 色覚をイメージできる『色のシミュレータ』 色覚をシミュレーションするツールには、メガネ型のものやパソコンソフトなどさまざまなものがあります。なかでも、浅田一憲氏(医学博士、メディアデザイン学博士)が開発したスマートフォン用のアプリケーション『色のシミュレータ』は、一般の人が手軽に試すのに適しています。浅田氏のウェブサイト内または各種配信チャンネルから無償でダウンロードできますので、ぜひ試してみてください。『色のシミュレータ』を起動して対象物にカメラを向けると、各色覚型で見えている色のイメージを同画面上で比べてみることができ、その画像を保存することもできます。あくまでもシミュレーションで正確な再現ではありませんが、身の回りのものにカメラを向けてみると、P型、D型の人がどのような色を見分けにくいのかがイメージとしてわかります(図4)。 図4 『色のシミュレータ』を用いたシミュレーションの例[上からC型、P型、D型]   色覚補助ツール『色のめがね』   『色のめがね』は、同じく浅田氏が開発したスマートフォン用のアプリケーションで、P型、D型、T型など色を見分けにくい人のための補助ツールです。こちらも浅田氏のウェブサイト内または各種配信チャンネルから無償でダウンロードできます。『色のめがね』には、「色を見分ける」、「色をみつける」、「色値・色名表示」などの機能があります。カメラに映る画像内の混同色を変換して見分けやすくしたり、知りたい色名を指定してカメラを向けることでその色がどこにあるか見つけたり、画像内の特定のポイントの色名を表示させたりすることができます。また、『色のシミュレータ』と同様に、色覚型ごとのシミュレーションができますので、P型、D型、T型の人が、一般色覚型(C型)の人に自分の色覚のイメージを見せることができます。   色覚シミュレータを学術発表に生かそう!   シミュレータは色覚の多様性について理解するのに役立つと同時に、すぐに実践に役立てることができます。C型の人が、自分の作ったプレゼンテーションスライドにカメラを向ければ、P型、D型の人にとってどの部分が見分けにくいかがわかります。強調したはずの部分がP型やD型の人から見ればまったく目立っていなかったり、重要な色分けが意味をなしていないことなどに気づくかもしれません。この後の第9回で、どの色覚型の人にも見やすいグラフの作成方法などを紹介しますので、スライド作成後のチェックツールとして活用できます。ここで紹介したスマートフォンのアプリケーションのほかにも、パソコンにインストールして画像そのものを色変換してチェックするツールもありますので(第17回でご紹介します)、さらに興味のある人は試してみましょう。 参考資料:…

「心理学研究の再現性は低い」に心理学者が反論

2015年8月、非営利団体「オープン科学センター」のエクゼクティブ・ディレクターで、ヴァージニア大学の心理学者ブライアン・ノセック教授ら270人の研究者からなるチームは、2008年に有力なジャーナル(学術雑誌)に発表された心理学論文100本で報告された研究の再現を試みたところ、同じ結果が得られた、つまり再現できたのは全体の36%にすぎなかった、と『サイエンス』で報告しました。再現性の指標として使う基準を変えても、再現率は47%にとどまりました。この結果は「OSC(オープン・サイエンス・コラボレーション)」と呼ばれる緩やかなネットワークによる「再現性プロジェクト」の一環だといいます。 「心理学研究は再現性が低い」と理解せざるを得ないこの研究結果は、日本国内のメディアでも報じられましたので、記憶している読者の方も少なくないと思います。ところが、ハーバード大学の心理学者ダニエル・ギルバート教授らはこの結果に疑問を持ち、再現率を計算し直してみました。その結果、OSCが行なった再現の試みのなかには、もともとの論文で行なわれた実験を忠実に再現したものではないことなどがわかりました。この結果を受け、ギルバート教授らは下記のように主張しています。 われわれが示すところでは、この論文には3つの統計学的なエラーが含まれ、このような結論への支持を導かない。実際のところデータは反対の結論と一致しており、はっきりいうと、心理学研究の再現性はきわめて高い。 この分析結果は『サイエンス』2016年3月4日号で「コメント」として発表されました。しかしノセック教授らは同じ号の『サイエンス』で、この批判に対してただちに反論しています。 彼らのとても楽観的な評価は、統計学的な誤認と選択的に解釈された因果推論、相関データによって限定されている。 彼らの分析によれば、「再現性については楽観的な結論も悲観的な結論も可能で、どちらもまだ正当化されていない」とのことです。主張がやや後退したような印象もありますが、同じデータからまったく異なる分析が導かれていることがわかります。なお偶然だと思われますが、同じ号の『サイエンス』では、経済学の研究論文18件のうち、少なくとも11件が再現され、7件は再現されなかったという検証結果も報告されました。 科学的な真理というものは、1本の論文だけでつくられるわけではありません。ある論文で示されたある研究結果は、再現実験(追試)を含むさまざまな方法で検証され、その一連の議論ややりとりのなかで、科学的真理は生まれてくるのです。つまり再現実験もまた、さらなる再現実験やデータの再計算など科学的検証の対象になるのです。心理学や経済学もその例外ではないでしょう。

臨床試験データ、シェアされていても未活用のまま

デューク大学メディカルセンターのアン・マリー・ネイヴァー医師らのグループは、シェアされている臨床試験データがどのように活用されているかを調査、その結果を『JAMA(アメリカ医学協会ジャーナル)』3月22・29日合併号で「リサーチ・レター」として公表しました。 ネイヴァーらのグループは、臨床試験のデータを共有するためのプラットフォームとして、「ClinicalStudyDataRequest.com」、「Yale University Open Access Project (YODA)」、「Supporting Open Access for Researchers (SOAR) initiative」の3件を調査対象としました。これらのサイトには、計3255件の臨床試験データが、さまざまな製薬企業や医療機器会社から提供されていました。医療分野関連の企業では、データ・シェアリングについて何らかの方針を設けているのが一般的です。 臨床試験には、医薬品や医療機器の安全性を少人数の健康な人で調べる「第Ⅰ相試験」、少人数の患者で実際の有効性や安全性を調べる「第Ⅱ相試験」、大人数の患者で有効性や安全性を調べる「第Ⅲ相試験」があります。さらに市販された後に安全性や有効性を調べる「第Ⅳ相試験」というものもあります。ネイヴァーらが調べた3255件の臨床試験データのうち、最も多かったのは第Ⅲ相試験でした(44%)。次いで第Ⅰ相試験(24%)、第Ⅱ相試験(18%)、第Ⅳ相試験(13%)でした。 こうしたプラットフォームに登録されている臨床試験のデータを研究者が利用する際には、当然ながら申請書を提出することになっています。グループは、2013年から2015年にかけての申請書とデータ利用同意書のすべてを分析しましたが、2年間で提出されていた申請書は234件でした。調査の時点ではそのうちの12件が却下され、4件が撤回され、10件が審査中、154件が承認されていました。しかし実際のデータ・シェアリングの同意手続きを終えていたのは、わずか113件だったのです。申請書は17カ国から寄せられていましたが、半分以上(54%)はアメリカからの申請でした。同意手続きを終えていた申請のうち50件は「治療効果の二次的な分析」を、31件は「病態の二次的な分析」を目的として挙げていました。申請して得たデータを分析して、その結果が発表されたものはわずか1件でした。また、計3255件の臨床試験のうち、データへのアクセスを申請されたことがあるものは、わずか505件、つまり15.5%にとどまっているということが判明しました。…

第3回 色の情報に頼りすぎていませんか?

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚バリアフリー なスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 日本人男性の20人に1人を占めるP型またはD型の色覚タイプの人は、赤と緑など特定の組み合わせの色を識別しにくい特性を持ちます。赤が目立つとも限りません。そのために日常生活のさまざまな場面で困ることがあります。 色覚タイプによる色の見え方の違い   図3-1 色覚タイプによる色の見え方の違い で紹介した色覚タイプのなかから、代表的なC型、P型、D型の色の見え方の違いを図3-1に示します。このように、P型、D型の人にとって赤は決して目立つ色ではなく、赤と緑、淡い水色とピンクと灰色、黄色と黄緑、紫と青などが区別しにくいことがわかります(シミュレーションソフトで作成しているため実際の色覚を再現したものではありません)。   日常生活で困ること 情報のカラー化の進む昨今、その色使いのほとんどは、C型の人(のみ)にとってわかりやすいものとなっています。色のあふれる日常生活において色弱者が困る場面はたくさんありますが、ほんの一例を紹介します。通勤・通学においては、地図、路線図表示(図3-2)、交通標識、渋滞表示、カーナビなどにおいて必要な情報が受け取れない場合があります。最近ではCUDの取り組みにより改善された表示もあります。職場・学校においてはカレンダー(図3-3)、電話の表示ランプ、ウェブサイト、黒板、名刺、PowerPointによるプレゼンテーションなどで必要な情報が受け取れない場合があります。家庭では、テレビのリモコン、オーディオ機器のスタンバイ状態の表示(図3-4)、テレビにおける気象情報、サッカーのPK戦の結果表示(図3-5)から衣服の色まで、さまざまな例を挙げることができますが、改善された製品やサービスも多くあります。最近の津波警報は色弱者にも色の区別がわかるように配慮されています(http://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/color/tsunami/)。 図3-2 地下鉄の路線図[左:色弱者色覚のシミュレーション、右:C型色覚] 図3-3 カレンダー[左:P型色覚シミュレーション、右:C型色覚] 図3-4…

第2回 色覚の多様性―あなたは何型?

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすいスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 「色」とは、物体に反射または透過した光が眼に入り、網膜、視神経を経て脳で感知されるものです。進化の過程で色覚に関与する遺伝子に多型が生じたため、色の見え方には個人差があり、血液型のように分類することができます。 色覚の仕組み 図2-1 視細胞の種類(CUDOおよびハート出版より許可を得て転載)   光源から物体に当たって反射した光は、ヒトの眼に入ると角膜、瞳孔、水晶体を通り、網膜の一番奥の層にある視細胞に到達します。視細胞には明暗を感じる約1億個の杆体と、色を感じる約700万個の錐体があります。錐体には、ヒトの可視光の波長約400〜700 nmのうち、より短波長側の青を強く感じるS(short)錐体、中波長の緑を強く感じるM(middle)錐体、少し長波長側の赤を強く感じるL(long)錐体の3種類があります(図2-1)。   色覚の多様性―C型、P型、D型、T型、A型 ・C型(Common:一般型)はL、M、Sの3種類の錐体を持つ色覚グループで、緑〜赤の色相差に敏感です。日本人男性の95%、女性の99%以上がこれに含まれます。このグループは多数派であることから、一般型あるいはC型色覚者と呼ぶことが提唱されています(表2-1, 図2-2)。一方、C型以外の色覚タイプを持つ人は、色の配慮が不十分な社会における弱者という意味で「色弱者」と呼ばれることがあり、それらの少数派の色覚特性を以下に紹介します(表2-1, 図2-2)。 ・P型(Protanope:1型)はL錐体がない(P型強度)、またはL錐体の分光感度がずれてM錐体に近くなった(P型弱度)色覚グループで、赤を暗く感じ、赤〜緑の区別がつきにくい特性があります。男性の1.5%を占めます。 ・D型(Deuteranope:2型)はM錐体がない(D型強度)、またはM錐体の分光感度がずれてL錐体に近くなった(D型弱度)色覚グループで、P型と同様に赤〜緑の区別がつきにくい特性があります。男性の3.5%を占めます。…

臨床試験の結果、いまだ半分以上が未公開

臨床試験の結果の公開には2つの方法があります。1つはいうまでもなく、ジャーナル(学術雑誌)で論文として出版(publish)することです。もう1つは事前に臨床試験のデータベース「ClinicalTrials.gov」に登録し、その結果を報告(report)することです。 ClinicalTrials.govは、アメリカの国立衛生研究所の国立医学図書館(NLM)が運営する世界最大の臨床試験のデータベースで、臨床試験とその結果を登録することを奨励しています。現在、ClinicalTrials.govには世界170カ国以上から約20万件の臨床試験が登録されています。一方で、これまでの調査により、実施された臨床試験のうち、結果が出版されてたのは全体のわずか25〜50%、ときには終了後何年経っても出版されないままであること、多くの臨床試験の結果がすぐに報告されていないことなどが明らかにされています。 イェール大学医学部のハーラン・クルムホルス教授の研究チームは、2007年10月から2010年9月までにアメリカの主要な研究機関51カ所によって実施され、ClinicalTrials.govに登録されている臨床試験4,347件の結果のうち、過去2年間でどれだけ出版・報告されたかを調査しました。その結果、4,347件の臨床試験のうち、終了から2年以内に出版されたのはわずか29%(1245件)、ClinicalTrials.govに結果を報告されたのはわずか13%(547件)であることが明らかになりました。また、研究機関によって、臨床試験結果の公開の比率には、際立った差があることもわかりました。研究の開始から結果の公開までの平均時間には2倍の差があり、研究機関における公開率には3倍以上の差があることが判明したのです。 研究チームはこの結果を論文にまとめ、『英国医学ジャーナル(BMJ)』で報告しました。 研究終了から24カ月以内に公開された臨床試験の割合は、医学研究機関の間で16.2%(6/37)から55.3%(57/103)まで及んだ。研究終了から 24カ月以内に出版された臨床試験の割合は、医学研究機関の間で10.8%(4/37)から40.3%(31/77)に及んだ。一方、ClinicalTrials.govに報告された結果は、1.6%(2/122)から40.7%(72/177)に及んだ。 そのうえでチームはこう結論しています。 このような、タイムリーな出版や報告の欠落を修正するためには、新たなツールやメカニズムが必要とされる。このような欠落は研究活動を阻害し、エビデンス(根拠)に基づく臨床判断を損なうおそれがあるからである。 臨床試験の結果が公表されないことについてはずっと以前から問題になってきました。(日本語で手軽に読める論考としては、ベン・ゴールドエイカー著『悪の製薬』(忠平美幸ほか訳、青土社)の第1章「行方不明のデータ」などがあります。) 臨床試験は被験者を副作用などのリスクにさらして実施するものです。したがってその結果を公開しないことは、被験者や社会に対する責任を果たしていないことになります。何よりも、わかっているはずのことが公開されていないことは、患者や社会の利益を損ない、実害をもたらす可能性もあります。一刻も早い改善が望まれます。

第1回 日本が世界に先駆ける「カラーユニバーサルデザイン」とは

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすいスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 すべての人が快適で安全に暮らせるように配慮する「ユニバーサルデザイン」の考え方は広く定着しています。その一環として新たに注目されているのが「色」のユニバーサルデザインである「カラーユニバーサルデザイン」です。 色覚バリアフリーを目指して 一定年齢以上の日本人なら、小学校で色覚検査(文部科学省により2002年をもって廃止)を受けた経験があり、色の見え方に個人差があることをなんとなく認識しているでしょう。色覚には多様性があり、それは血液型に多様性があることや右利き・左利きの人がいることと何ら変わりがありません。しかし、左利きの人が道具を使う際に困ることがあるように、少数派の色覚を持つ人々は色の情報に関して困ることがあるため、「色弱者」と呼はれることがあります。 そのような色弱者を含め、できるだけ多くの人に正しく情報が伝わるように色の使い方や文字の形などに配慮することを「カラーユニバーサルデザイン(color universal design:CUD)」と言います。CUDは比較的新しい概念を表す用語で聞き慣れないかもしれませんが、色覚バリアフリーを目指す手法と言い換えることができます。 2人の日本人科学者から始まった活動 現在、わが国ではNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)が中心となってCUDを推進しています。この活動のルーツは、自ら色弱者である2人の日本人科学者、伊藤啓氏(東京大学分子生物学研究所)と岡部正隆氏(東京慈恵会医科大学解剖学講座)が、科学者向けに色覚バリアフリーへのデザイン的な配慮を啓発する活動を行っていたことにあります(http://www.nig.ac.jp/color/bio/)。 伊藤氏、岡部氏は2002年にすでに英語による情報発信も行っており(http://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/color/index.html)、国内はもとより世界の科学者から注目を集めていました。この動きが日本国内で学術界の外へと広がり、色彩学者やデザイナーなどが合流して2004年のCUDO設立に至りました。本シリーズ記事作成にあたっては、自ら色弱者で一級カラーコーディネーターであるCUDO副理事長の伊賀公一氏および同じく色弱者で同副理事長の田中陽介氏に貴重なお話を伺いました。 世界に類を見ない社会的取り組み 海外の国々―とくに西洋諸国において色覚は個人の問題と捉えられており、特定の職業選択の場面以外ではフォーカスされることがほとんどないと言われます。したがって、色覚の多様性に対応したデザインへの配慮を社会的に広く推進しているのは日本発の取り組みで、世界をリードしていると言えます。 田中氏によれば、EIZO、パナソニック、オリンパスなど実際にカラーユニバーサルデザインに配慮したCUD認証マーク(図1:左)付きの輸出品が日本発として世界に広まり、その後アメリカンホーム、ファイザー、バイエルなど外資系企業もCUD認証マークを取得しています。世界的に使われているアドビシステムズ社のPhotoshop、Illustrator CS4以降には色弱者向けのCUDソフトプルーフ(疑似変換)機能が搭載されました。CUD認証マークとは、CUDに関する一定の要件を満たした印刷物・製品や施設に表示することができるマークで、これについては第15回で紹介します。 グローバル化が加速する学術界においても、日本発のカラーユニバーサルデザインを取り入れて、ユニバーサル化にも配慮した先進的な学術発表を行おうではありませんか。…

生命科学分野は「プレプリント」を導入すべき?

プレプリントとは、ジャーナルに論文として掲載されることを目的に書かれた原稿を、完成段階で査読の前にインターネット上のサーバーにアップしたもののことをいいます。物理学分野で始まったといわれていますが、コンピュータ・サイエンスや数学、経済学でも一般的になりつつあります。 2016年2月16日と17日には、メリーランド州にあるハワード・ヒューズ医学研究で、「ASAPbio(生物学における科学出版の加速)」という会議が開催されました。カリフォルニア大学の細胞生物学者ロン・ヴェール教授やロックフェラー大学の神経生物学者レズリー・ボッシャル教授など有力な研究者らが呼びかけたもので、生命科学分野におけるプレプリントの活用について議論されました。『ネイチャー・ニュース』では、生物学者のなかには物理学分野にいる同僚たちの後を追おうとしている者がいる兆しもある、とレポートしています。 物理学分野では、すでに一般化されているプレプリント。物理学分野では、毎月8000本ものプレプリントが「arXiv」という1991年に設立されたプレプリントサーバーに投稿されているといいます。生命科学分野では、2013年に専門のプレプリントサーバー「bioRxiv」が設立されました。設立当初はひと月あたり50本ほどの投稿数でしたが、徐々に増え続け、2016年1月には200本が投稿されるようになりました。2016年2月時点では、合計3100本ものプレプリントが公開されています。 生命科学分野でも普及しつつあるプレプリントですが、研究者たちは下記のようなリスクを指摘しています。 ・ライバルにアイディアを盗まれ、名声を得る機会を逃してしまうのではないか ・査読を経ていない研究結果が公開されることで、科学としての質が低下するのではないか ・査読のあるジャーナルに掲載されるチャンスを失うのではないか ASAPbioの主催者たちによれば、生物学者たちの多くはまだプレプリントについてよくわかっておらず、どのような影響があるのか話し合われてさえいない、という見解を示しています。2点目の疑問については、自分たちの評価が公開されている初期段階の研究に基づくようになれば、研究者たちはより注意深くなるだろう、とプレプリントの支持派たちは考えています。また、bioRxivの設立時、ジャーナルの出版社のなかにはプレプリントサーバーに投稿された研究でも出版を認めるとルールを変更したところもあり、業界全体の流れも変わってきているようです。 なお、ASAPbio主催者の1人であるボッシャルのプレプリントはすべて、「堪え難いほどノロマな査読プロセス」を経て通常のジャーナルに掲載されたといいます。『ネイチャー・ニュース』は、彼女の過激な言葉を次のように紹介しています。 「そのほとんどは何も変わったように見えません。だとしたら、ジャーナルなんてなぜ必要なのでしょうか?」 その一方で、プレプリントを牽引してきたはずの物理学の研究者のなかにも、プレプリントに批判的な者もいます。ストックホルム大学の宇宙物理学者ヤン・コンラッドは2015年、同じ『ネイチャー』に寄せた論説で、いくつのも実例を挙げながら次のように批判しています。 arXivに投稿された不正確な論文は、見当違いの研究結果というノイズをもたらす以上のことをしている。資金提供に関する決定は歪められ、理論家たちは説明を訂正しようとして多大な時間を無駄にし、そして一般市民は報道によってミスリードされる。 ヤンの見解はASAPbioの主催者たちとは異なるようです。はたして生命科学は物理学の後を追うべきなのかどうか、今後の展開に注目が必要です。

論文投稿から掲載までの時間は長くなっている?!

『ネイチャー・ニュース』は、ある女性研究者の悪戦苦闘ぶりを伝えています。彼女はカナダの大学院生で、過去3600万年の化石を18カ月かけて調査し、動物の分布の変化を明らかにしようとしていました。結果はその分野では驚くべきもので、指導教官の勧めもあり、2012年10月、彼女は論文の原稿を『サイエンス』に投稿しました。 しかしその原稿はすぐに却下されてしまいました。次に彼女は『PNAS(米国アカデミー紀要)』に投稿したのですが、またもや却下。『エコロジー・レターズ』でも同様でした。2013年5月には『英国王立協会紀要』に投稿したところ、やっと査読されることになりましたが、2カ月後、賛否入りまじった査読結果が返され、結局論文は却下されてしまいました。 彼女は、いわゆるインパクトファクターにこだわるのをやめ、掲載までにかかる時間が早いという評判のあるオープンアクセス・ジャーナル『プロスワン』に、論文原稿を投稿しました。原稿は査読者に送られ、2カ月後、同誌は彼女の論文の掲載を基本的には却下するが、もし大幅な訂正を行なうのではあれば、再査読することを伝えました。2014年3月、彼女は大きく書き直した原稿を再投稿しました。同誌は別の査読者に原稿を送り、2カ月後、彼女にさらなる訂正を求めました。彼女はその結果を受け入れ、2014年6月、同誌に原稿を再々投稿しました。 2014年9月、彼女の論文はようやく『プロスワン』に掲載されました。彼女が最初に原稿を『サイエンス』に投稿してから実に23カ月後のことです。彼女によれば、「投稿と再投稿を繰り返すことで論文の内容はずっとよくなったのだが、結論が変わることはなかった」といいます。評判も上々のようです。 彼女の不満は多くの研究者に共有されているようですが、では本当に、投稿から掲載までにかかる時間は長くなっているのでしょうか? 『ネイチャー・ニュース』は、カリフォルニア大学で計量生物学を研究する大学院生ダニエル・ヒルムスタイン氏と協力して、掲載までにかかる時間(日数)を分析しました。 ヒルムスタイン氏は、1980年から2015年までに、生物医学分野のデータベース「パブメド(Pubmed)」に収載された論文すべての、投稿から採択にかかる日数を調査したところ、ずっと100日前後で、長くなっているという証拠は得られませんでした。(その間、パブメドに収載された論文の数は、4353件から9045件へと倍増しています。) また、採択から掲載(出版)までにかかる日数は、2000年代には50日を超えていたのですが、2010年代には25日を切るようになっています。これはおそらく、出版にかかわるテクノロジーの進歩のためだと推測されています。この結果は、多くの研究者が感じている実感とは異なるようですが、興味深い傾向もわかりました。投稿から採択までにかかった日数と、それぞれのジャーナルのインパクトファクターとの関係を見てみると、インパクトファクターが低いジャーナルと高いジャーナルではその日数が長く、中程度のジャーナルでは短い傾向があるのです。 また、人気のあるオープンアクセス・ジャーナルや人気のあるテーマの論文では、どんどんと長くなっていることもわかりました。『ネイチャー・ニュース』は下記のように書いています(同誌の記事とヒルムスタイン氏のブログ記事の生データはこちらで公開されています)。 ヒルムスタインの分析では、『ネイチャー』では過去10年間で85日から150日以上に増加し、『プロスワン』ではほぼ同じ10年間で37日から120日に増加した。 この記事によれば、『プロスワン』の編集者は、同誌の出版プロセスは長くなっていることを認めています。その要因は、論文の数が、2006年には年間200本だったが、現在では3万本にも激増していることだとしています。プロス社では、2015年には7万6000人の査読者を採用しており、適切な査読者を見つけて仕事を依頼するのに時間がかかっている、とのことです。 物理学分野では、「プレプリント(preprint)」という習慣が一般化したことにより、研究者たちの「もっと早く掲載しろ」というジャーナルへの圧力は減少したともいわれています。プレプリントとは、査読前の初期段階の原稿をインターネット上のサーバーで公開することをいいます。しかし、このプレプリントには、新しい知見やアイディアが漏れ出てしまうという問題も指摘されており、他分野で一般的になるかどうかは未知数です。 論文の掲載(出版)は、学位や就職、昇進などに影響するため、掲載までにかかる時間は死活問題です。解決が望まれ、そのための努力もなされてもいますが、それを阻む壁も少なくなさそうです。

as long as とas far as

日本人の学術研究論文で「as long as」と「as far as」という句が混同されていることを度々目にします。これらの表現が同義ではないことに注意して欲しいです。いずれの表現にも何らかの条件を挙げるといった用法があり*、そうした用法では和訳が(「…の限り」、「…する限り」などになって)一致することもありますが、一般的に「as long as」と「as far as」は互いに置き換えることができません。 *両表現にその他の用法もあります。主なものとして「as long as…」には期間の長さの上限を示す用法と「…なだけ長く」という意味を表す用法があり、一方、「as far as…」には「…まで」のような意味を表す用法があります。 条件を挙げる用法で用いられる場合には、「as…

研究成果の「誇張」は、プレスリリースにもある

研究 成果において、科学や医療に少し詳しい人であれば、新聞やテレビ、ネットメディアのニュースが正確ではなく、しばしば結果を「誇張」していることに気づいていら立ったという経験があるでしょう。その責任は誰にあるのでしょうか? 記者でしょうか? それとも科学者でしょうか? カーディフ大学の心理学者ペトロク・スンナーらは、2011年にイギリスの主要な大学20校が出した、生物医学や健康に関係する科学研究についてのプレスリリース462本と、そのもとになった査読付き研究 論文、そして全国紙の記事668件を分析しました。スンナーらは、「誇張」には3つのタイプがあることに注目しました。第1に、読者に対して行動を変えるよう助言(アドバイス)するもの、第2に、相関が見られるだけのデータにもとづいて因果関係があると主張するもの、第3に、動物実験での知見を人間についても推測するもの、です。 彼らがプレスリリースを査読付きジャーナルに掲載された研究論文と比較したところ、そのプレスリリースの40%には、誇張された「助言」が含まれていることがわかりました。また33%には誇張された「因果関係」が書かれていました。36%には「動物実験からの推測」が含まれていました。 そしてプレスリリースに誇張が含まれている場合には、ニュース記事にも誇張が含まれるという傾向があることもわかりました。プレスリリースに助言が含まれている場合、ニュース記事の58%に誇張が含まれていました。因果関係が含まれている場合には81%、動物実験からの推測が含まれている場合には86%の記事に誇張が含まれていました。一方、プレスリリースに誇張が含まれていない場合、記事に誇張が含まれているのは、助言については17%、因果関係については18%、動物実験からの推測については10%にとどまりました。 一方で、プレスリリースにおける誇張がニュースの理解を後押ししているという証拠はほとんどなかったといいます。また、プレスリリースにおける誇張と記事における誇張との間に「因果関係」が見出されたわけではない、ともいいます。彼らは調査結果をまとめ、2014年12月、『BMJ(英国医学ジャーナル)』に掲載された論文で下記のように指摘しています。 ニュースが誇張されていたり、センセーショナルだったり、警告的だったりすることで、メディアやジャーナリストを非難することがよくあるが、われわれの知見の核心は、調査で見つかった誇張のほとんどは最初からメディアで生じたわけではなく、研究者や彼らが所属する研究機関が作成したプレスリリースの文章にすでに存在していた、ということである。 有名な医師・研究者・コラムニストであり、『悪の製薬』(青土社)など邦訳された著書もあるベン・ゴールドベイカーは、同じ号の『BMJ』に寄せた論説で「プレスリリースは科学出版の一部である」と主張します。 ジャーナルはプレスリリースに対応しなければならないし、プレスリリース中の虚偽については、コメンタリーやレターを出す必要がある。学術論文に対するコメンタリーやレターと同じように。 薬や治療法へと発展する可能性のある研究は、報道のされ方次第では、人々の行動に影響をおよぼすことがあります。研究者はその責任をメディアに押し付けるのではなく、科学コミュニティの問題としてとらえる必要がある、ということでしょう。

医学のトップジャーナル、臨床試験データのシェアを提案

もしあなたが教師で、学生が提出したレポートに描かれたグラフに疑問を持ったら、そのもとになった生データの提出を求めるでしょう。生データを見れば、そのグラフの正確さを確認でき、別の解釈の可能性を探ることもできます。ありもしないデータからグラフなどをでっちあげる「捏造」の可能性を確認することもできます。当然ながら学術論文でも同じです。 2016年1月20日、医学ジャーナルの編集者たちのグループ「医学雑誌編集者国際委員会(ICMJE)」は、論文の著者たちに対して、掲載を検討される原稿の必要条件として、臨床データのシェア(共有)を求める新しいルールを提案しました。 新ルールでは、ICMJEに加入している医学ジャーナルで論文を公表することを望む著者たちに対して、表や図、別表や補足素材といった論文の結論を裏付ける「匿名化された個人患者データ(IPD)」を、論文の公表から6カ月以内にシェアすることを求めています。 またICMJEは、研究者たちが臨床試験を行なう際には、データのシェアの方法についても計画するよう提案しています。たとえば、研究者たちがデータを公的な「リポジトリ(データの貯蔵庫)」以外に保管する場合には、その場所や、ほかの研究者がそのデータにアクセスする方法などを明らかにしなければならない、ということです。また、データはリクエストに応じて誰でも自由に利用可能にするか、それとも、申請後に第三者が認可した後でのみにするか、といったことも問題になります。 なおこの提案は、『内科学紀要(Annals of Internal Medicine)』のほか、『米国医学会ジャーナル(JAMA)』や『ニューイングランド医学ジャーナル(NEJM)』、『英国医学ジャーナル(BMJ)』、『ランセット』、『プロスメディスン』など英語圏の雑誌だけでなく、ドイツやオランダ、デンマーク、中国の医学ジャーナル14誌に掲載されました。それらの編集者が著者として名前を連ねています(日本のジャーナル、編集者は含まれていません)。著者たちは「データのシェアは、責任のシェアである」と言及しています。 それぞれのジャーナルの編集者たちは、自分たちのジャーナルでの掲載を検討する原稿の必要条件を変更することによって、データ・シェアリングの育成を手助けすることができる。臨床試験の資金提供機関やスポンサーは、個人患者情報のシェアという義務をサポートし、確固なものとするための立場にいる。 さらに、彼らはデータをシェアすることのメリットを下記のように強調しています。 データをシェアすることは、臨床試験から導かれる結論への信頼性や信用性を高めるだろう。結果を独立した立場で確認すること、つまり科学的なプロセスの基本的な原則を可能とし、新しい仮説の形成やテストを促す。〔略〕研究の被験者に対する道徳的義務を遂行することに役立ち、患者や研究者、スポンサー、そして社会に利益をもたらすだろう、とわれわれは考えている。   ICMJEは、この提案に対する意見を4月まで募集し、それらを検討してから、この新ルールを実効させる、としています。こうした試みは、臨床試験の結果の正確さを確認しやすくさせるだけでなく、同じような臨床試験が不必要に繰り返されることを減らすこともできるでしょう。個人情報の保護など課題もありますが、患者やその予備軍にとっても利益は多いと思われます。

第10回 これだけは覚えたい!プレゼンQ &Aの決まり文句

英語 での国際会議におけるプレゼンのコツをお伝えする集中連載も今回が最終回となります。本番まで準備と練習を重ね、当日の発表も無事終えてほっとひと息……としたいところですが、傍聴者とのQ&Aが終えるまで気は抜けません。Q&Aをうまく乗り切るコツは、先の記事で述べたようにプレゼン冒頭から聞き手に対する親近感を込めて話すことです。それでも、慣れないうちはやはり緊張しますので、決まり文句を頭の片隅に置いておきましょう。 まず質問を繰り返す “Your question is …” 質問を受けたら、必要に応じて一度繰り返します。広い会場では聞こえなかった人もいるかもしれませんので、聴衆全体への確認にもなりますし、その間に答えを考えることも出来ます。確認が済んだら、視線と意識は聴衆全体へ戻します。 質問が聞き取れなかったら “Could you repeat the question more…

論文のエラー訂正や撤回について統計学者が苦言

論文 のエラー訂正や撤回について、アラバマ大学の生物統計学者デーヴィッド・A・アリソン氏は苦言を呈しています。それは2014年夏、同氏がファーストフードを食べることが子どもの体重にどれだけ影響するかを評価した論文を読んでいたところ、ある数理モデルを応用したその分析は影響を10倍も過大評価していることに気づきました。肥満の専門家でもある同氏は、同僚らとともに問題点をまとめて、その論文が掲載されているジャーナルの編集部に書簡を送りました。数カ月後、書簡の主張は受け入れられ、その論文は撤回されたといいます。 アリソン氏らは、そのようなエラー(ミス、間違い)が自分の専門分野のほかの論文でもあるかどうか調べたところ、残念ながら多数を発見してしまい、そのうち25件については同様に著者またはジャーナル編集部に書簡を送ったといいます。彼らはそのほかにも10件以上のエラーを認識したといいますが、あまりに時間がかかってしまうので、中止せざるを得なかった、と『ネイチャー』誌に寄稿した論評で述べています。 すでにジャーナルに掲載された論文をあらためて精密に評価することを「掲載後査読(post-publication review)」といいます。アリソン氏らは「私たちが行なった掲載後査読のうち、あまりに多くのものが、実際には検死(post mortem)だった」と振り返ります。 アリソン氏らは、「よくあるエラー」が3つある、といいます。第一に「クラスター無作為化試験における研究デザインや分析の誤り」。第二に「メタアナリシス(メタ分析)における計算間違い」。第三に「不適切なベースライン比較」。より詳しくは、専門誌『肥満(Obesity)』に投稿中の論文で紹介されるとのことです。 科学というものは、基本的には「自己訂正(self-correction)」にもとづいて存在するものであるはずだが、科学出版業界は訂正に積極的でない、とアリソン氏らは苦言を呈します。彼らによれば「ある出版社は、掲載された論文の撤回を先導する著者には1万ドルを請求するつもりであると決めている」といいます。 アリソン氏らは、エラーが見つかった論文を修正したり撤回したりすることについて、現状では6点もの問題があることを挙げています。 1. 編集者たちがスピーディで適切なアクションを取ることができないか、それに積極的でないこと 2. 懸念の表明をどこに送るべきかがはっきりしないこと 3. 不適切なエラーを認めたジャーナルが論文の撤回を発表することに積極的でないこと…

第9回 本番:演台から10 cmでも離れるつもりで

学会 発表に向けてしっかりと練習をつんで迎えた発表当日。あなたは聞き手とのディスカッションが待ち遠しくなっているかもしれません。学会発表は学位論文発表と違い、審査されるものではありません。晴れの舞台を楽しみましょう。 Be intimate! 本シリーズで繰り返し述べたように、口頭発表は発表者と聞き手の情報交換の場であって、気持ちを通わせることが大切です。英語圏のプレゼンテーションのノウハウのひとつとして“Be intimate!”ということがよく言われます。intimateとは、親密な、形式ばらない、うちとけた、個人的なといった意味の形容詞です。ちなみにアクセントは頭にあり、インティミッと発音します。練習した発表内容を、すっかり自分のものにした言葉で、自然に、聞き手一人一人の心に届くように話しかけましょう。 演台から10 cmでも離れる気持ちで 聞き手に親近感をおぼえてもらうために、文字通り聞き手に「近づく」方法が有効です。学会発表では通常、演台に立ち位置が固定されていますが、少しでも全身が見えるように10 cmでも横にずれて聴衆に近付きましょう。そして、視線は聴衆に向けましょう。視線をスクリーンに向けるのは、「この○○の部分に示すとおり…」などと具体的に見てほしい部分があるときに限ります。慣れないうちは視線を聴衆に向けることが気恥ずかしいものですが、「Q&Aはプレゼン冒頭から始まっている」ことを肝に銘じて、聞き手の顔を見ましょう。 レーザーポインター vs アニメーション スライド上の一部分を指し示す場合、レーザーポインターを用いることが多いですが、レーザーポインターの操作に不安があれば(ふるえたり、ぐるぐる回してしまうなど)、スライドに一部分を強調するためのシンプルなアニメーション効果を仕組むこともできます。これはプレゼンテーション用のリモコンが用意されている場合にとくに有効です。可能であれば発表当日の使用機器について事前に確認をし、自分にとってやりやすい方法を選びましょう。 キャラクター紹介:久里…

研究における「再現実験」の結果を公表するジャーナル登場

これまで、重要な研究論文が出た後に個々の研究者が再現実験を行ない同じ結果が出なかったとしても、その事実はなかなか共有されませんでした。その結果、多くの研究室が決して良質ではない研究のために再現実験を行なうこととなり、時間や労力、費用、資源が無駄に費やされてきました。 再現性という問題はとりわけ生物医学分野でしばしば指摘されてきましたが、最近には新たな試みも見られています。 2016年2月4日、オンラインのオープンアクセス・ジャーナル専門の出版社「F1000Research」は、再現実験の結果を公表することに特化したジャーナル「前臨床における再現性・頑健性チャンネル(Preclinical Reproducibility and Robustness channel)」を創設しました。編集委員には、著名な生化学者でカリフォルニア大学のブルース・アルバーツ氏教授と、バイオテクノロジー企業アムジェンのアレキサンダー・カンプ上席副社長が就任しています。 同誌はその意義を この『チャンネル』は、学術界と産業界を問わず科学者すべてに開かれており、研究者たちがオープンな対話を始められる集中型スペースを提供することで、再現実験を向上させることを手助けします。 とウェブサイト上で説明しています。 すでに4年前、アムジェンは警告を出していたといいます。2012年、当時アムジェンにいた研究者らは、『ネイチャー』への寄稿で、「画期的な」がん生物学の研究論文53本を選び再現実験を行なってみたところ、わずか6本しか論文通りの結果を再現できなかったことを報告しました。「前臨床研究の限界を承知しているとはいえ、これはショックな結果だった」とその研究者はまとめています。また、その結果は、その数年前に製薬企業バイエルが報告していた同様の分析を追認するものだったといいます。 しかしながら、『サイエンス』誌のブログ『サイエンス・インサイダー』によれば、「アムジェンの報告は批判された」といいます。 というのは、同社はデータを何も公表しなかったし、どの研究を調査したのかさえ明らかにしなかったからだ。(元アムジェンの科学者C・グレン・バグレーは、その理由の1つはもとの論文の著者たちの一部との秘密保持協定だという。) 今回創設された『前臨床における再現性・頑健性チャンネル』では、再現実験の方法もデータも公表することになっています。 創設と同時に公表されたのは、アムジェンの研究者たちが実施したのですが、失敗に終わった再現実験の結果3本です。第一に、マウスの実験で抗がん剤「ベキサロテン」がアルツハイマー病を改善させることを示唆した2012年の論文(Link)。第二に、「Usp14」という酵素をブロックすると、細胞がアルツハイマーやALS(筋萎縮性側索硬化症)にかかわる毒性タンパク質を分解するのを手助けすることを発見した2010年の論文(Link2)。第三に、「Gpr21」というタンパク質の遺伝子を持たないマウスを調べることによって、Gpr21が体重や糖の代謝に影響することを発見した2012年の論文(2本)です(Link3)。いずれも「研究ノート(research…

論文の多くは「再現」に必要な情報がない!?

第三者が論文に書かれた研究を検証し、場合によっては追試( 再現実験 )を行なうためには、詳しい実験手順(プロトコル)が必要です。また、グラフなどの図表を検証するためには、そのもとになった「生データ(オリジナルデータ)」も必要です。エモニー大学のシャリーン・イクバルらは、研究報告を適切に評価したり再現したりするために必要な情報が公開されているかどうかを調べるために、2000年から2014年に公表された生物医学分野の論文441本を分析しました。 2016年1月4日付のオープンアクセス・ジャーナル『プロス・バイオロジー』で発表されたその結果は残念なものでした。ケーススタディ(症例報告)などを除外して、具体的なデータを含む論文268本のうち、完全なプロトコルを示していた論文はわずか1本しかありませんでした。著者たちはその論文について 実際のところ、この論文自体がある臨床試験のプロトコルであり、オープンアクセス・ジャーナルの『臨床試験(Trials)』に掲載されたものである。 と、皮肉まじりに書いています。また、図表などのもとになった生データすべてを第三者が参照できるようにされていた論文は1本もありませんでした。さらに、論文441本のうち、約半分には、研究にかかった資金の出所が書かれていませんでした。約7割には、企業など資金提供者との利害関係を意味する「利益相反」について何も書かれていませんでした。 『プロス・バイオロジー』の同じ号では、ドイツの研究者らががんや卒中にかかわる論文を調べたところ、その大部分が実験に使われた動物の数を示していないことを明らかにしました。同誌を発行するプロス社のプレスリリース*1は、 人間の医療において、患者の数、つまり研究の過程で何人がドロップアウトしたり亡くなったりしたのかという情報がないまま臨床試験の結果を公表することは考えにくいだろう。 と、動物実験においても基本的なデータを正確に示すことの重要性を指摘しています。 日本でも、論文そのものだけでなく、そのもとになった生データも公表すべきだ、という議論が高まっており、文部科学省などで検討されています。一方で、研究者が学会に加入したり学術誌を購読したりする必要がなくなってしまう可能性もあるわけですが、その影響も深く議論されるべきでしょう。 *1: https://www.sciencedaily.com/releases/2016/01/160104163155.htm

第8回 発音を向上させたい人は

英語 のアクセントの位置に気をつけることでジャパニーズイングリッシュでも伝わりますが、より高みをめざして発音を向上させたいと考える人もいるかもしれません。そのような人のためのちょっとしたヒントを提供します。 日本人の英語の特徴を直す 日本人に特有の英語の発音はたくさんありますが、なかでも以下の3点に気をつければ、より好感度の高いジャパニーズイングリッシュを話すことができるようになります。 末尾の母音を消す たいていの日本人はI would like to をアイウドゥライクトゥと発音しています。それで十分伝わりますが、すぐにジャパニーズイングリッシュだとわかります。ウドゥ、ライクと、単語ひとつひとつの末尾で母音を発音してしまうからです。日本語はすべての音節が母音で終わりますので、無理もありません。しかし、英語は末尾の子音がほとんど消えそうになる傾向があり、そうなると当然、末尾の母音はまったく響きません。極端に言えば、アイウッライットゥのような感じです。 日本人がwebsiteと言おうとしてウェブと言った瞬間にジャパニーズイングリッシュとわかります。ネイティブスピーカーが発音すれば「ウェッ(プ)サーイ」のように聞こえます(実際はbの部分で唇を閉じ、tの部分で舌が前歯の裏に付いています)。Public、method、repeat、topなど、末尾が子音で終わる単語は、子音を含めて丸ごと消すような意識で発音してみましょう。 lとr を意識して使い分ける 日本人がlとrの発音を苦手としていることはよく知られています。Our results…

第7回 学会発表に向け、自分の言葉にするために練習する

学会 発表に向け、スピーチの練習なんて野暮だと思っていませんか?そんなことはありません。プレゼンテーションの達人と言われる人々の多くが、しっかりと練習をして本番に臨んでいます。英語プレゼンならではの練習のポイントを紹介します。 原稿作成は必要か? 母国語でない英語でのスピーチにおいては一度原稿を書くのが無難です。文字量には個人差がありますが、慣れないうちは1分100ワードを目安に増減します。心がけるのは関係代名詞を多用しないシンプルな短文で書くことです。そして、ネイティブスピーカーにチェックを依頼し、ゆっくり音読してもらって録音をしましょう。学術英語は発音の難しい専門用語を多く含むので、研究分野に明るい人にお願いしたいところです。先の記事で指摘したように、英語はアクセントの位置が非常に重要ですので、録音を聞きながら原稿にアクセント記号を記入して、練習に役立てます。 「つなぎ」が肝心 原稿を作成する際には、「つなぎ(transition)」の言葉もしっかり作り込みます。聴衆の注意をそらさないでストーリーを語るためには、スライドとスライドの間を言葉でしっかりとつなぐことが非常に重要です。下記に例をお示しします。 悪いつなぎ: “… The difference was significant in the experiment…

文法の修正だけではない、英文校正が持つ役割とは?

研究費を獲得することは、最近かなり難しくなってきていると言われます。全体の研究費は限られており、研究費は、著名な学術誌への論文掲載が保障されている研究にしか支給されない傾向があるようです。それゆえ、あなたの第一言語が英語でない場合、限りある研究費予算の申請項目に英文校正 サービスの費用を盛り込むことは、非常に難しいことかもしれません。結局校正のための予算は後回しとなり、校正については別の手段を講じることとなるでしょう。英語の得意な同僚が何人かいて、あなたの論文を見てくれるかもしれません。もしくはマイクロソフトのスペルチェック機能や文法チェック機能、あるいはグーグル翻訳などが、こうした困った状況からあなたを助けてくれる最後の砦になってくれるかもしれません。 一見合理的に見えるこうした手段は、予算に制約がある場合などは仕方のないことかもしれません。しかし、このような形で目先のコスト節減を図っても、長期的に見ればあなたに損失をもたらす危険性が潜んでいます。 査読という問題 誤りやつたない表現が残ったまま投稿された論文は、査読には進めない可能性がじゅうぶんにあります。学術誌の編集者は、言語的にも完成度の低い原稿は、学術的な厳密さを欠いていると考える可能性が高いからです。この評価がどんなに不当なものに思われても、現実にはそう判断されてしまいます。もし編集者が好意的で、論文を査読に回してくれたとしても、査読者はその論文を審査する際、研究方法の正しさ以前に文章や言語面のつたなさに辟易し(査読者は無償で働いていることを覚えておいてください)、再投稿を薦めることもなく論文を却下してしまうことにもなりかねません。 専門家による校正を受けていれば避けられること 科学の世界において、主に英語が使われているということは厳然たる事実です。学者によっては、ラテン語・フランス語・ドイツ語・ロシア語も科学における同等の伝統を持つ、と主張する人がいるかもしれませんが、現在の科学研究は主に英語で行われています。やはりきちんとした英語で研究をまとめ、発表することが大切な要素となってきます。以下は、英語に限った話ではありませんが、母語でない言語をネイティブスピーカーのチェックなしに使用しようとしたり、現地の言葉についてあまり理解のないままビジネスを始めたりすると困った結果を生じかねないという一例です。 Clairol という企業が、Mist Stick という商品名のヘアカールアイロンをドイツで売り出したが、実はmist はドイツ語では「肥料」を意味しており、当の企業はそのことを知らなかった。 メルセデス・ベンツが中国の自動車市場に参入した際、Bensi という現地ブランド名を採用したが、Bensi は中国語で「死に急ぐ」という意味だった。…

生物医学分野における研究開発費がアジアで増加

生物 医学分野における研究開発費において、おもしろいニュースが報じられました。2014年、米医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に掲載された研究報告書により、欧州や北米では研究開発費が減少しているのに対し、アジアでは増加傾向にあることが伝えられたのです。 欧州と北米における研究開発費の減少 2007年~2012年までの間、生物医学分野の研究開発に対する欧州での投資額に大きな増減はなかった一方、米国とカナダでは、投資額が年に約2%減少しました。中でも生物医学分野における世界の研究開発費の約半分を占める世界最大の研究国、米国の研究開発費が減少したことは注目に値します。理由のひとつとして、研究計画と研究費に関する活動を停滞させるに至った、米国議会内での政争が挙げられます。ただし、米国政府からの投資額の中で研究費が占める割合は減少しておらず、むしろ年0.8% というわずかな伸び率ではありますが、増加しています。減少したのは民間の研究費です。米国での生物医学関連産業の民間研究費はほぼ同額を推移していますが、米国のほかにも、アジアでますます多くの研究費を使うようになってきています。アジアの人件費は安く、新薬開発への規制はより緩やかなためです。 アジアにおける研究開発費の増加 豪州を含むアジア・オセアニア地域全体で、生物医学分野の研究開発費は増加しています。この地域でもっとも有力な研究国である日本では、2007~2012年の間の研究開発費の年間成長率は約6%でした。オーストラリアとインドも同程度の成長率でしたが、韓国の成長率はこれを上回ります。もっとも伸びているのは中国で、額としては他国より少ないものの、年間成長率はなんと33%を記録しました。もしこの劇的な成長率を中国が9年間維持し続けるとすれば、2012年にはわずか60億ドルだった研究開発費が、2021年には1090億ドルになり、米国を抜いて生物医学分野における世界一の研究開発国になります。もちろん、未来の推定は確実なものではありません。中国が年33%の成長率を無限に維持することはあり得ず、成長は緩やかにはなるでしょう。 研究者にとっての意味 もし現在の流れが続くとすれば、アジアに注目すべきです。最先端の研究はますますアジアで行われ、共同研究の機会がもっとも豊かな地域もアジアになるでしょう。そこまでの道のりは平坦なものではなく、それぞれの地域の政治と世界経済の状況によっては山あり谷ありで、断続的なものとなるかもしれません。しかし、世界の人口の5%を占めるだけの米国が、生物医学分野における研究費の50%を永遠に捻出し続けることも難しいでしょう。その他の地域が、研究の質においても研究費においても、追いつきつつあることは事実です。これは朗報と言えるものです。 ではこの事態について、校正者たちの意見を聞いてみましょう。 研究の質や正確さを維持することが不可欠 米国以外の地域で研究費がさらに成長しているのは、基本的な資本の原理が働いているというだけです。同額以下の費用で、官僚制にそこまで頭を痛めずに、より大規模な研究を行うことができるのに、規制の厳しいところで高い人件費を払うことに意味があるでしょうか?もし同額以下の費用で同じような効果を上げることができれば、経理担当者も株主も喜びます。ではそこに問題点はあるのでしょうか?「目的は手段を正当化する」という合理化が有効なのは、適切な管理と監督が行われている場合のみです。しかし、もしそれらの地域で費用削減のために研究で手が抜かれるようなことがあれば、集められたデータの正確さはすぐに疑われてしまいます。それらの地域で公的な認可を得る前にデータの正確性を問い直し、研究の質や正確さを維持することはできるのでしょうか? 残念ながら、研究開発を短期の費用削減目標と見なす傾向は徐々に広まりつつあるようです。さらに、大規模な研究や基礎研究よりも短期間の応用研究へシフトすればするほど、研究費に関するこのような姿勢が世界的に広まる可能性も高くなります。 博士(経営学) アメリカにて30年以上の研究・学術論文執筆経験…

第6回 スライドはシンプル・パワフルに

学術 研究の発表会場は暗い場合が多いです。細かい文字を見れば眠たくなるのは誰しもが経験済みのことです。それでも詰め込みスライドが多いのは、スライドのビジュアル効果を過小評価しているせいかもしれません。明快なスライドは不慣れな英語を強力にカバーしますので、力を入れて作成しましょう! 紙の上でコマ割りを 発表のストーリーが決まったら、それに合わせたスライド作成の計画を立てましょう。まだPowerPointは開きません。ノートなど紙の上でコマ割りをしましょう。驚くべきことに、プレゼンテーションの達人と言われる人々は共通してこの作業を行っています。ストーリーが転換するたびにアウトラインのスライドを出して現在地点を示すなどの工夫も、コマ割りをしながら綿密に計画します。1枚のスライドに入れる情報はデータを1つのみ、あるいは最小限にとどめます。スライドは1分あたり1枚が目安と言われますが、それにこだわる必要はありません。多少枚数を増やしてでも各スライドを簡潔するほうが効果的です。 削ぎ落とし、補足する いよいよPowerPointやKeynoteを用いてスライド作成です。全体を通して「一目瞭然」のデザインを目指しましょう。そのためには、作成した図表をただペーストするだけでは不十分です。凡例を大きくする、重要な部分を強調する、言及しない部分は割愛するなど、丁寧に作り込みます。文章の箇条書きは最低限に絞り込みます。アニメーションは、ストーリー展開に有効な場合のみ厳選して使用しましょう。また、先に提案したような印象的なオープニングスライドは、楽しみながら作成しましょう。 カラーユニバーサルデザイン(CUD)の視点を 一人でも多くの人に研究成果を伝えるために、スライドの色使いに配慮しましょう。人種により異なりますが、男性の十数人〜20人に1人、女性の250人〜500人に1人が、その他の人々とは異なる色覚を持っています。色で区別したはずの情報や、強調したはずの情報が一部の人々には伝わらない場合があるのです。真にグローバルな研究発表を目指すために、CUDにも配慮したプレゼンテーションを実践しましょう。日本の科学者が中心になって設立されたカラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)のウェブサイトを是非参照ください。CUDについては今後、本アカデミーでも特集予定です。 キャラクター紹介:久里 夢存(Muzon Kuri) 日本の大学で材料工学を学び地元企業に就職するも、“独立型・移動式住居”開発の夢をあきらめきれず、再び大学でエネルギー工学を専攻。工学、生物学、建築学など多分野の研究者からなるプロジェクトチームに所属し、エネルギー自給型インフラストラクチャーフリー移動式住居[Self-Sufficient Camper(S.S.Camper)]を開発中。この度、国際住環境学会(“架空”)において同住宅の自然災害時における有用性について口頭発表することに・・。口演タイトルは、“Energy self-sufficient, infrastructure-free…

第5回 Q&Aはプレゼン冒頭から始まっている

発表 でのQ&Aを上手く乗り切るコツは「あなたの人間性を前面に押し出すこと」です。口頭発表の目的はディスカッションであって、それを行うのは人間と人間です。聞き手はプレゼンテーション中にあなたに親近感をおぼえたなら、コミュニケーションが円滑に進むように取りはからってくれるはずです。 気持ちをつかめばスムーズに あなたが聞き手であったら、原稿読み上げマシンのような発表者にどのような気持ちを抱くでしょうか?発表内容がどんなに興味のあるテーマであったとしても、違和感か、ひどい場合は嫌悪感を抱くのではないでしょうか。そして質疑応答に入ったならば、質問者は発表者の顔色をさぐりながら、場合によっては問題点を指摘するような質問を投げかけることになります。原稿に頼れなくなった発表者が答えに窮する…これがQ&Aが恐怖となる筋書きです。 スムーズなQ&Aはその逆を行えばよいのです。発表者が、たとえ英語が流暢でなくとも、熱意と誠意をもって聞き手に話しかけるように発表を行えば、聞き手は自然に発表者に親近感を持ち、話に引き込まれます。そして質疑応答に入ったならば、質問者はすでに親しみを覚えた発表者に気持ちを込めて質問をすることができます。英語が得意でないとわかれば、ゆっくり質問してくれるかもしれません。つまり、Q&Aはプレゼンテーションの冒頭から始まっていて、口頭発表の全体がひとつのディスカッションを構成していると考えましょう。したがって、発表中にも聴衆に視線を配る必要があります。さらに ‘聴衆を読む’ことができれば達人の域です。 質問が聞き取れないことは問題ではない 多くの日本人がQ&Aを恐れる大きな理由として、そもそも質問が聞き取れないと言います。しかしその原因の50%が質問者にあると考えたことはあるでしょうか?多くのネイティブスピーカーが、自分にも質問がわからないことがあると言います。たしかに、ネイティブスピーカーが質問者に「今の質問は○○という意味でしょうか?」と問い返している場面は少なくありません。発表内容について最も多くの知識を持っているのは発表者ですから、明快に質問してくれさえすれば、妥当な回答はできるはずです。質問が聞き取れなかったときは、質問者の英語に問題があることも考えられますので、過剰に不安がらずに落ち着いて聞き返しましょう。Q&Aに役立つフレーズは別記事で紹介します。   キャラクター紹介:久里 夢存(Muzon Kuri) 日本の大学で材料工学を学び地元企業に就職するも、“独立型・移動式住居”開発の夢をあきらめきれず、再び大学でエネルギー工学を専攻。工学、生物学、建築学など多分野の研究者からなるプロジェクトチームに所属し、エネルギー自給型インフラストラクチャーフリー移動式住居[Self-Sufficient Camper(S.S.Camper)]を開発中。この度、国際住環境学会(“架空”)において同住宅の自然災害時における有用性について口頭発表することに・・。口演タイトルは、“Energy self-sufficient,…

第4回 伝わるジャパニーズイングリッシュを目指す

ノンネイティブ の英語の中で、インドの人々が話す英語はヒングリッシュと言われます。フランス語訛りの英語は、ひとつの魅力として受け入れられています。英語の国際共通語化によりノンネイティブの英語が地位を確立しつつあります。伝わる、魅力的なジャパニーズイングリッシュで国際舞台に斬り込みましょう! 決め手はメリハリ What time is it now? は『掘ったイモいじるな(ホッタイモイジルナ)』と言えば伝わるという有名な話があります。言い古された例ですが、ここに‘伝わる’ジャパニーズイングリッシュの全てが集約されています。英語らしく『ファッタイムイズィットゥナウ』と言ったつもりでも伝わらないのはなぜでしょう。 日本語は単語の中の各音節、および文章の中の各単語をすべてきちんと平板に発音する傾向にあります。それに対して英語は、単語の中でアクセントのある音節のみを強調、文章の中でも重要な単語のみを強調します。それにより、単語の中に消えそうな音節、文章の中にも消えそうな単語があるため、話し言葉にメリハリが付きます。米国人が日本語を話すと、「ワターシハ キヨーロガ スーキデス(私は京都が好きです)」となるのはそのためです。「ワタシハキョウトガスキデス」などと平板に発音するのは至難の業なのです。 伝わるジャパニーズイングリッシュを話している人は、一見カタカナ英語を話しているようでも、単語内および文章内のアクセントがきちんと強調されています。lとrを使い分けるなど正しい発音ができなくとも、メリハリをつけるだけで格段に伝わる英語が話せます。 単複と三人称のsに気をつける サイエンスは明快さが重要ですから、学術英語は自ずとシンプルな構造になります。したがって、論文にせよ口頭発表にせよ英作文に必要な文法は中学〜高校レベルで十分です。専門用語と専門的な言い回しを適切に用いて、短い文章表現を心がければ、下書きレベルの原稿は比較的容易に作ることができるでしょう。その際には最低限、単数形・複数形の使い分けとそれに応じた動詞の呼応、ならびに三人称・単数・現在形にsをつけること(いわゆる三単現のs)を忘れないようにしましょう。これらは日本語にない用法であるため忘れやすいのですが、基本的な部分であるがゆえ、誤るとぞんざいな印象を与えてしまいます。…

【東京大学発ベンチャー】 株式会社ユーグレナ

「ミドリムシで10億人の栄養失調を救い、飛行機が飛ぶ社会に。」   豊富な栄養を含む素材として注目を集め、急速な拡大を遂げている「ミドリムシ(学名:ユーグレナ)」市場。食品売り場にはミドリムシ入りのジュースやお菓子など多彩な商品が並び、市場規模は約100億円にのぼる。 そのミドリムシを世界で唯一屋外大量培養できるユーグレナ社は、新たなステージに向けた取り組みを進めている。ヘルスケア事業では、国内での足場を固めるとともに中国・イスラム圏など世界への本格進出を展開。同時に、環境・エネルギー事業ではミドリムシを原料としたバイオ燃料の実用化に向けた研究開発も推進している。 15年12月には、バイオジェット・ディーゼル燃料の実用化計画を発表。2020年にはバイオジェット燃料による飛行機のコマーシャルフライト、バイオディーゼル燃料によるバスの公道走行を目指している。ミドリムシと共に歩んできた出雲社長のこれまでの道のりと目指す未来について伺った。 ■世界初、ミドリムシの屋外大量培養に成功 一般の家庭で育った私にとって、学生時代にはベンチャー企業を興すということは選択肢にも入っていませんでした。そんな自分を変えたのが、バングラデシュでの経験です。東京大学在学中にバングラデシュで栄養失調の子供たちに出会い、「これはなんとかしなければ」と考えるようになりました。 そして、同大学農学部に在籍していた鈴木健吾(同社取締役研究開発担当)から研究テーマである「ミドリムシ(学名:ユーグレナ)」を紹介され、その可能性に魅了されました。藻の一種であるミドリムシは体長わずか約0.05mmながら植物と動物両方の性質を持ち、59種類もの栄養素を含んでいます。また、光合成により二酸化炭素を吸収し、バイオ燃料を取り出すことも可能なのです。 当時、ミドリムシ商品を専門に扱っている会社はなく、自分たちでやろうと2005年に起業、同年12月には各大学や企業の協力を経て世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功しました。 ■国内のミドリムシ市場を300億円規模へ 大量培養の成功後、私自身約500社に営業に飛び込みましたが成果が上がらず、2008年に伊藤忠商事からの出資が決まったことが転機となりました。現在では、一人でも多くの方にミドリムシを知っていただくために、大手食品メーカーとの共同開発にて様々な商品を展開しています。同時に12年から自社ブランド「ユーグレナ・ファーム」を立ち上げ、自社製品の強化にも取り組んでいます。立ち上がりは順調で、主力商品である「ユーグレナ・ファームの緑汁」は、定期購入者数が約6万3000人を超えました。現在、ミドリムシ入り商品市場は末端価格で約100億円規模にまで成長しています。私たちは食品や化粧品など商品の形にこだわることなくミドリムシを多くの人に届け、18年には300億円規模への拡大を目指しています。 世界に向けては、14年2月にイスラム圏への輸出が可能となるハラール認証を取得するなど、中国・イスラム圏への市場開拓を進めています。また、同4月からはバングラデシュで約5000人にミドリムシ入りのクッキーを配布していますが、この活動をいずれは100万人に広げ、将来的には10億人の栄養失調の解決に役立つことを目指しています。 ■2020年はミドリムシを世界に発信するチャンス 14年6月から、いすゞ自動車との共同研究により、ミドリムシを原料としたバイオディーゼル「DeuSEL®」を利用したシャトルバスの運行を開始しました。また、15年12月にはバイオジェット・ディーゼル燃料の実用化計画について発表しました。 現在、ミドリムシ由来のバイオ燃料研究開発は、マラソンで言う折り返し地点にまで来ています。東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年にはミドリムシでバスが走り、飛行機が飛ぶ社会を実現させ、日本を訪れた外国人に「日本には石油に代わるクリーンエネルギーがある」と各国で口コミしてもらうのが狙いです。…

第3回 聞き手を引き込むストーリーを「練る」

プレゼン において、よく練られたストーリーは聞き手を離しません。たとえ英語が流暢でなくとも聞き手を引き込む威力があります。心血を注いだ研究結果を一人でも多くの人に聞いてもらうためには、データを羅列して述べるだけでは不十分です。スライド作りに着手する前に、ノートを開いて構想を練りましょう。 口頭発表とはストーリーを展開すること 聞き手を想定し内容を絞り込んだら、各要素をつなぐストーリーを入念に作り込むことが極めて重要です。この作業を経ていない研究発表が非常に多いことが学会を眠たい場にしていると言っても過言ではありません。ここでいうストーリーは‘筋書き’ですから、構想を練る際に発表の流れをチャート化することが有効です。ひとつの研究が複数の実験や試験から成る場合は特に聞き手を迷わせないストーリー展開の工夫が必要です。論文であればページをさかのぼって不明点を確認することができますが、口頭発表は過去にさかのぼることができませんので、発表者が聞き手を巧みにガイドする必要があります。 ズームインからズームアウト ストーリーを作成する際には、発表全体がズームインからズームアウトの構図を持つようにします。発表の冒頭で研究の位置づけを示す全体像を示し、研究の詳細を紹介したら、最後に研究成果の意義を示す全体像でしめくくることです。これは発表者の取り組んでいる研究が、科学的課題を広く視野に入れていることを示すために重要です。 オープニングにひと工夫を 口頭発表はストーリー展開を明確にすることで格段に向上しますが、さらにオープニングにひと工夫を加えることをお勧めします。具体的にはイントロダクションの冒頭を印象的にすることです。ごく短い時間を使って、発表内容に関連する何らかのエピソードや映像を挿入することで聞き手の気持ちを発表者にぐっと引き寄せることが出来ます。質の高いプレゼンテーションで名高いTEDカンファレンスはオープニングおよびストーリー構成の参考になります。 キャラクター紹介:久里 夢存(Muzon Kuri) 日本の大学で材料工学を学び地元企業に就職するも、“独立型・移動式住居”開発の夢をあきらめきれず、再び大学でエネルギー工学を専攻。工学、生物学、建築学など多分野の研究者からなるプロジェクトチームに所属し、エネルギー自給型インフラストラクチャーフリー移動式住居[Self-Sufficient Camper(S.S.Camper)]を開発中。この度、国際住環境学会(“架空”)において同住宅の自然災害時における有用性について口頭発表することに・・。口演タイトルは、“Energy self-sufficient, infrastructure-free…

第2回 伝える内容を「絞る」

プレゼン において聞き手としての経験があれば、‘詰め込み発表’がいかにわかりにくいか知っているはずです。発表者になったら、「結局何が言いたかったのかわからなかった」パターンに自ら陥らないよう、徹底的にシンプルな発表を目指しましょう。これだけでも、不慣れな英語を強力に補うことができます! 聞き手を知る 口頭発表で忘れがちなのが、聞き手を意識するということです。学会発表では、聞き手は発表者の研究領域の専門家である可能性が高いと思われます。しかし近年、学会はますます大規模化し、研究領域はますます細分化されていますので、聞き手は必ずしも発表者の研究領域を熟知していないことを想定したほうがよいかもしれません。発表が予定されているセッションのテーマや座長、発表者の顔ぶれをチェックして、聞き手を具体的に想定しましょう。 “take-home message”を決める 口頭発表は論文と同様に、イントロダクション、対象または材料、方法、結果、考察、サマリーなどの要素で構成します。しかし、短時間に伝えられるように内容を絞り込む必要があります。その際にはまず、最も伝えたいメッセージを決めましょう。これは国際学会でよく“take-home message”と言われているものです。研究が複数の実験や試験からなる場合も、それらを統合したメッセージを引き出し、出来る限り簡潔な一文にまとめるのが望ましいです。 サポートする情報を取捨選択する “take-home message”が決まれば、発表の各要素はこれをサポートするのに必要最小限の内容に絞り込みます。情報やデータの取捨選択にあたっては、聞き手が必要とする内容に焦点を合わせると同時に、制限時間内にカバーできる量を考慮します。通常、「イントロダクション」は研究の動機や背景を伝えるために非常に重要ですが、聞き手が専門家のみであればむしろ簡略化すべき場合もあります。冗長になりがちな「対象/材料」「方法」はできるだけ簡潔にし、「結果」「考察」に十分な比重を置きましょう。必要に応じて「仮説」や「今後の展望」を述べる余地も残します。 キャラクター紹介:久里 夢存(Muzon Kuri) 日本の大学で材料工学を学び地元企業に就職するも、“独立型・移動式住居”開発の夢をあきらめきれず、再び大学でエネルギー工学を専攻。工学、生物学、建築学など多分野の研究者からなるプロジェクトチームに所属し、エネルギー自給型インフラストラクチャーフリー移動式住居[Self-Sufficient…

第1回 学会発表は研究者が輝く舞台

学術論文ならまだしも学会発表 はかんべん!ましてや英語で!という研究者の方々がプレゼンテーションの醍醐味を感じるのに必要なのは、ほんの少しの発想の転換かもしれません。国際会議でのプレゼンテーションを成功に導く集中連載の第1回目では、まず口頭発表の意義から見直しましょう。 口頭発表は生きた情報交換の場 論文発表が「情報発信」の場であるのに対し、口頭発表は人と人が直接「情報交換」を行う場です。口頭発表の意義は、最先端の研究者が集結し、最先端の研究について‘ディスカッション’することにあります。発表者にとっては研究成果のエッセンスや解釈を聞き手に直接アピールすることができ、聞き手にとっては研究の経緯や課題を研究者本人から聞くことのできるまたとないチャンスです。そしてこの千載一遇のチャンスは参加者全員の時間を無駄にするリスクの上に成り立っていることを忘れてはなりません。 キャリア向上につながる 口頭発表の主役は研究成果であると考えられがちですが、発表者自身でもあります。特に若手研究者にとっては、研究への情熱や着眼の鋭さ、コミュニケーターとしての能力を広く示すことができれば、国際的な共同研究や新たなキャリアへの道筋を開くチャンスとなります。したがって、口頭発表はやり過ごすのではなく、研究と同様にエネルギーを注ぐ価値があります。 失敗してもかまわない 多くの人が日本人はプレゼンテーションが苦手な上に英語のハンディキャップも負っていると考えています。しかし、英語圏においても研究者向けにプレゼンテーションのノウハウを伝授するツールが多く存在します。それらのツールでは必ず練習を繰り返し、場数を踏むようにアドバイスされています。母国語が英語の研究者にとってもプレゼンテーションは容易ではないのです。したがって、日本人研究者が尻込みする必要はありません。むしろ積極的に場数を踏んで失敗に学ぶ必要があります。勇気を持ってチャンスに臨みましょう。エナゴアカデミー内でもご紹介していますが、各界で活躍中のトップ研究者の英語との向き合い方も参考になります(トップ研究者インタビュー)。 キャラクター紹介:久里 夢存(Muzon Kuri) 日本の大学で材料工学を学び地元企業に就職するも、“独立型・移動式住居”開発の夢をあきらめきれず、再び大学でエネルギー工学を専攻。工学、生物学、建築学など多分野の研究者からなるプロジェクトチームに所属し、エネルギー自給型インフラストラクチャーフリー移動式住居[Self-Sufficient Camper(S.S.Camper)]を開発中。この度、国際住環境学会(“架空”)において同住宅の自然災害時における有用性について口頭発表することに・・。口演タイトルは、“Energy self-sufficient, infrastructure-free…

煩雑な文献管理から解放!? 「ReadCube」を検証

世の中には膨大な科学論文が存在し、今この瞬間にも増え続けていますが、そこには良い面・悪い面の両方が存在します。情報が増えるのはすばらしいことですが、そうしたデータのすべてを管理し、整理し、それらの意味するところを理解するには非常な努力を要します。ReadCubeは、研究者のみなさんが抱えるそうした負担を軽減する研究支援ツールです。 論文を借りて読む「図書館」スタイル ReadCubeでは、Google Scholarや、PubMed、Microsoft Academicを使って、論文検索やダウンロードができます。ReadCubeは『John Wiley & Sons』や『Nature Publishing Group』が出版した100を超える学術誌も含め、かなりの数の学術誌にアクセスが可能です。ReadCubeへの登録は無料ですが、論文は無料では読めません。定期購読者ではない場合、通常は料金を支払って読みたい論文を48時間借りる必要があります。定期購読者の場合は、ReadCube経由で研究者仲間にリンクを送ることができるため、仲間どうしで記事を閲覧できるようになります。もちろん、以前から何らかの方法で論文を共有している研究者もいますが、ReadCubeはそれを合法的で使い勝手の良いものとして実現したものです。 それでは、ReadCubeについて校正者たちの意見を聞いてみましょう。 生物医学用ソフトウェアの市場では、今まさに必要とされているもの。 ReadCubeは科学文献を読み物という観点から意識し、それら文献情報に対し既存の検索エンジンなどとは異なるより洗練されたアプローチをとっています。こうしたコンセプトを完全に否定することはできませんが、科学論文はそもそも読み物風の形式で書かれてはいないので、すべて読み通さなくても必要な情報だけを見つけて集めることは可能です。ではこの状況でReadCubeには何ができるのでしょうか? ReadCubeは、生物医学文献向けにきれいにフォーマットされた電子ブックというスタイルにより、“読み物風科学文献の読者”というニッチな市場をとらえ、自然科学と人文科学の新たな統合を推し進めることができるかもしれません。また現在、ReadCubeは文献重視の既存の生物医学用プログラムの代替品として宣伝されているにすぎませんが、効率化されたファイル転送システムや引用に便利な機能、個人向けにカスタマイズされた論文提示機能などは、それ自体とても魅力的なものです。ReadCubeで論文検索や引用に必要な労力が減るとは思いませんが、文献を整理するのには役立ちます。このツールは生物医学用ソフトウェアの市場で、今まさに必要とされているものだと思われます。 博士(腫瘍学)…

引用

今回は、学術著作物における引用の基本を説明します。人の言葉や文章を自分の著作物、口頭発表などで用いる際、以下に述べる点に留意すべきです。 引用したものであることを明確にする 引用文が自分の言葉ではないことを明確にする必要があります。その手順は下記のとおりです。 a) 本文と引用文をはっきり区別する 引用文と本文を区別するための標準的な方法は、引用文の長さに応じて2通りあります。引用文が短い場合は*、引用文を(一重、または二重の)引用符で囲むだけです。長い場合には、いわゆる「block quotation」のスタイルを使用します。block quotationを本文に入れるのにはまず、引用文を導く文を(多くの場合はコロンで)区切ってから改行し、その後引用文を導入します。引用文が終わったら、もう一度改行して本文を続けます。さらに、引用文と本文をより区別しやすくするため、引用部分の余白設定を変えて行の長さを短くします(引用文をイタリック体にしたり、フォントのサイズを小さくしたりすることもありますが、あまりそうする必要はありません)。 *「短い」と「長い」を区別する厳密な基準はありませんが、その目安としてThe Chicago Manual of Style(University of Chicago,…

時制

日本人著者の論文には、時制に関する誤りがしばしば見うけられます。ここでは学術論文における時制の基本を説明します。 3つの世界 学術論文において時制を正しく用いるうえで最も重要なことは「3つの世界」という概念です。「3つの世界」とは、「現実世界1」、「論文の世界」、「理論の世界」のことです。論文中のおのおのの動詞はこのいずれかの世界での動作、作用、状態などを表すことになります。また、学術論文においては明快さが何よりも大切なため、各動詞とそれぞれの世界との対応が明確でなければなりません。 動詞の時制を選択する際、まずその動詞が上記のどの「世界」に対して用いられているか判断する必要があります。動詞の世界を同定したうえで、以下に挙げる基準によって時制を正しく用いることになります。 現実世界 現実世界の現象に対して使われている動詞の時制は3つの要素によって決まります。その要素を挙げる前にまずそれぞれの要素の基礎となる概念を導入します。一般に動詞の役割は、対象の動作、作用、行為、状態などを記述することです。なお、「記述」という行為には記述される側と記述する側、つまりその対象と主体が必要です。動詞は、対象が示す動作などの記述を、主体の観点から行います。また、主体がその記述を行うために、まず対象を「観察する」ことが必要です。さらに、その観察には時間的な「方向」があります。 上記の概念を踏まえたうえで、動詞の時制を決める要素を明示すると、(1) 対象が記述される期間(「記述期間」)、(2) 記述する観点(著者)の時間的な位置(「観察地点」)、(3) その観点から対象を観察するときの観察方向(「観察方向」)の3点にまとめることができます。さらに時制とそれぞれの要素との対応関係は以下のように一覧で示せます。 時制 記述期間 観察地点 観察方向 例文…

rareとscarce

形容詞「rare」と「scarce」は類義語ではありますが、通常、互換性はありません。以下に2語の第一義*の和訳とそれぞれの典型的な使用法を例示します。 *2語とも上記の第一義以外にもいくつかの意味を持っていますので、ご注意ください。 rare: 珍しい、稀な。 (1) The red-headed trogon is a rare species of bird. (2)…

raiseとrise

他動詞「raise」は「(人や物)を上げる」という意味を持ち、「(高さなどが)上がる」という意味の自動詞「rise」に対応する語ですが、日本人学者の論文では前者が自動詞として使用される誤りをしばしば目にします*。 以下にそれぞれの動詞の正しい用法を例示します。 (1) The level of the oceans is rising more rapidly than previously reported.…

precedeとproceed

動詞「precede」と「proceed」はつづりと発音が似ているため混同されやすいですが、語源も意味もまったく違います。 precede: 先立つ、より前に。 (1) The publication of Leibnitz’s work on calculus preceded that of Newton.…

intra-とinter-

接頭辞である「intra-」と「inter-」はよく混同されます。つづりも発音も使い方もよく似ていますが、意味はかなり違います。「intra-」は「〜内の」という、「inter-」は「〜の間の」という意味を表します。以下は、「intra-」と「inter-」それぞれを接頭辞として含む単語の典型的な例です。 「intra-」 intracellular: 細胞内 intradepartmental: 学科内 intravenous: 静脈内 intrauterine: 子宮内 intramural: 学内 「inter-」 intercontinental: 大陸間…

insteadとrather

副詞「instead」と「rather*」は同様の意味を持つ場合がありますが、一般的に互換性はありません。以下に「instead」と「rather」、それぞれの語の定義と典型的な用法を例示します。 *「rather」はここで扱う以外にもいくつかの意味を持っていますので、ご注意ください。 instead: の代わりに、そうせずに。 (1) The doctor told the patient to move his left hand,…

incidentとincidence

名詞「incident」と「incidence」はつづりも発音もよく似ていますが、意味は大きく異なります*。以下に2語の定義と正しい用法を例示します。 incident:(好ましくない)出来事。 (1) In that incident, the level of contamination was between 6 and 16…

in spite ofとdespite

前置詞の働きをする「in spite of」と「despite*」はほぼ同じ意味を持ち、どちらを使っても文全体の趣旨が変わらないケースはよく見られます。しかし両者には微妙な違いもありますので、意味のうえでの正確性が必要とされる場合はきちんと使い分けるべきです。 「in spite of」と「despite」は両方とも第一義が日本語の「にも関わらず」に相当します。しかし「in spite of」の方は語気が若干強く、「despite」が「…と関係なく」という消極的なニュアンスを持つのに対して「…に反して」という積極的なニュアンスを含みます。この違いは以下のように例示することができます。 (1) Despite the risk, I would like…

homogeneousとhomogenous

形容詞「homogeneous」と「homogenous」は同義語として使うこともできますが、それぞれの第一義は異なります。「homogenous」という語には「homogeneous」の持つ意味(つまり、「同質」、「同種」、「均質」)という意味もありますが、それとは全く違うもう一つの意味があります。 「homogenous」の第一義は、生物学の専門用語として「発生起源が同一であるため対応する構造を持っている」すなわち、「歴史的相同の」という意味です。一般的な用法では「同質」、「同種」、「均質」などの意味を表す上で、この2語のいずれを用いることもできますが、学術論文においてはそれぞれの第一義によって使い分けるべきです。 以下に2語の用法を対比します。 Homogenous (1) Although the wings of birds and insects are similar in…

fartherとfurther

形容詞・副詞の働きをする「farther」と「further」は両方とも「far」の比較級であり互換性もありますが、意味上の重要な違いもありますので注意が必要です。 2語とも「より遠い(遠く)」、「もっと先(に)」、「遠い方の」という意味で用いられますが、一般に「farther」は物理的な距離に、「further」は非物理的な距離に対して用いられます。下記にその使い分けの例を示します。 (1) I walked 10 km farther than I needed to. (2)The two groups’…

関係代名詞節1

限定と非限定 関係代名詞節とは、関係代名詞(that、which、who、whom、whoever、whomever、whose)によって導かれる従属節のことです。その文法的な役割は名詞を修飾することであり、形容詞的な役割を担うので、「形容詞節」とも呼ばれます。関係代名詞節は修飾する名詞の意味を限定するケースと限定しないケースとの2通りに分けることができます。 それぞれの場合に応じて、関係代名詞節と関係代名詞自体は「限定的」、「非限定的」と呼ばれ、用法はコンマ使用の有無により区別されます。その使用を支配するルールは、次に述べるより一般的なルールの中に示されています。つまり、ある修飾語・句・節が前の語・句・節の意味を「限定する」場合には、コンマをその間に入れてはならず、意味を「限定しない」場合はコンマを入れなければなりません。 2種類の関係代名詞節(「限定的」、「非限定的」)の使い分けについての基本的な規則は上に述べたとおりです。なお、「that」と「which」の使用法についてはもうひとつ特別なルールがあります。そのルールとは、関係代名詞節を導くために「that」と「which」のいずれかを使用する場合には、非限定的な意味を示すときは「which」を使わねばならず、限定的な意味を示すときは「that」を使用すべきだということです。 下記に関係代名詞節の正しい用法を示します。 限定的 (1) This is the solution to Eq.(2.1) that was…

数値の表記法

英語における数値の表記法方の基本的な基準を要約します。 1. 数字か文字か 1a. 基本的なルール 数値を数字で表記するか文字で表記するかという問題はいつもわれわれの頭を悩ませます。まず、表記方法を判断する際の基本的なルールを述べます。数値が自然数でない場合は、言うまでもないことですが、数字で表記します。自然数である場合は、厳密な規則はありませんが、基本的な目安として数が小さい場合は文字で、大きい場合は数字で表記します。 そこで「小さい」数値と「大きい」数値の境界を決めるのに、以下の3つの基準がよく用いられます。(1)0〜9は「小さい」数値のカテゴリーに属し、10以上は「大きい」数値、(2) 0〜19が「小さい」数値、20以上は「大きい」数値、(3) 0〜99*が「小さい」数値、100以上は「大きい」数値、という具合に、「小さい」と「大きい」の両カテゴリーに分けていきます。 一般的に一貫性が保たれていれば、いずれの基準を採用してもよいのですが、出版物であれば出版社がその基準を決める場合が多く見られます。 *この場合は、たとえば23と78という数字であればそれぞれを「twenty-three」と「seventy-eight」というように表記し、一の位と十の位をハイフンでつなげます。 1b. 数学的、物理学的量 前節で述べた基本的なルールは、自然数に当てはまるものです。しかし、そこにはひとつ例外があります。数学・科学的な議論においては、自然数に限らず整数、あるいは実数になりうる数値がたまたま自然数になることは少なくありません。そうした場合には、その数値が「小さい」自然数であっても数字で表記すべきです。以下がこのようなケースの例です。 This…

性別差別的な言葉づかい

社会言語学的現象のひとつとして、英語において、かつては標準的ではあっても現在は性差別的と思われる言葉づかいが多く存在します。たとえば「人」、「人間」、「人類」のいずれを意味する場合でも「man」を用いたり、性別が特定されていない一般的な「人」を指すうえで男性三人称代名詞の「he」、「him」、「his」を用いたりすることなどが代表的です。以下に、そのような言葉づかいの正誤例を示します。 [誤] Man is a creature of habit. [正] Humans are creatures of habit. [誤]…

exampleとsample

名詞「example」と「sample」が混同されることによって生じる文法的な誤りを、時おり目にすることがあります。それぞれの語の定義とその典型的な用例を以下に挙げます。 example: あるグループを成す複数のものの代表として選ばれた一つのもの。 (1) Japan is an example of a country whose population is presently…

endemic、epidemic、pandemic

名詞「endemic」、「epidemic」、「pandemic」は公衆衛生学の専門用語*としてよく用いられますが、混同されることも多い語です。ここで各語の違いを説明します。 *これらの名詞は3語とも非専門用語として用いられることもありますが、pandemicの場合は非専門用語としての用法はやや稀です。 「endemic」は名詞として用いることもできますが、本来の用法は形容詞であり、名詞として用いられるのは「endemic disease」の短縮形として使用される場合です。形容詞「endemic」は「特定の地域・グループ・時代などに特有の」という意味を示します。それゆえ、「endemic disease」は「地方病」、 「風土病」を意味し、影響範囲が狭い病気に対して使われます。また、「endemic disease」は「流行」という意味を持たず、病気が「長期的」、あるいは「永久的」であるという意味で捉えられます。 対照的に「epidemic」は単に「流行病」を意味し、病気が「特定の地域やグループに限られている」という意味も「長期的な現象である」という意味も含まれてはいません。 「pandemic」は「epidemic」と意味が似ていますが、影響範囲がより広い(全国的、あるいは全世界的な)伝染病の流行に対して用いられます。 以下に各語の名詞及び形容詞形の典型的な用法を示します。 (1) In order for an…

短縮形

短縮形(たとえば、doesn’t = does not、she’s = she is、’90s = 1990sなど)は日常英語では頻繁に使われますが、フォーマルな場面の英語では口語的すぎますので使用を避けるべきです。特に、学術論文にはきわめて不適切と思われます。

代名詞の誤用2

曖昧な使用 日本人著者による論文では、代名詞の曖昧な用法がたびたび見うけられます。代名詞を用いるときは、それが指す対象の名詞の同定が明確で、代名詞が表す意味について解釈の余地がないということを必ず確認すべきです。以下に代名詞の曖昧な使用の典型例とその修正例を挙げます。 [誤] The new experimental technique is particularly noteworthy in the context of the…