最も「使える言語」を探ってみた

大手商社の伊藤忠商事が、2015年度から中国語人材の育成強化に取り組み、独自基準で認定した「中国語人材」が1000人に到達したことを祝う式典を開催したとニュースになりました。同社CEOは中国語人材を育成することで、中国でのコミュニケーションを円滑にし、中国ビジネスの拡大を狙うと語っています。 2010年に楽天が社内公用語の英語化を宣言したのを皮切りに、多くの企業が英語を社内公用語または半公用語として推進するようになりましたが、ビジネスの世界では英語に加え中国語の需要も増えてきたため、伊藤忠のように中国語の習得を推奨する会社も増えているようです。 面白いのは、このような習得が実益につながる特定の言語、「使える言語」が、古くは中国語、明治維新後はイギリス英語やドイツ語、戦後はアメリカ英語(米語)、と時代とともに変わってきていることです。英語が世界共通語となっている現代では、英語の強さが圧倒的ですが、他の言語はどうでしょう。「使える言語」について考えてみました。 ■ 言語の役割と言語の必要性 本来、言語の役割は人と人とのコミュニケーションであり、文化をつなぐためのものです。グローバル化が進んだことにより、人と人、あるいは多国間、多文化間で情報を共有するためのツールとして言語を習得する必要性が増すこととなりました。多くの日本人にとって外国語を学ぶ理由は、その言葉を話す人とコミュニケーションをとりたい、その言葉を使う国に行ってみたい、など強い動機や好奇心に後押しされてのことだったはずです。しかし今では、学校の外国語教育ですら「グローバルな人材育成のため」と大義名分を掲げるように、必要性に迫られている感が強くなっています。外国語の使い方も、この10年で大きく様変わりしてきました。ウェブサイトは、より多くの人に同じ情報を届けるため、母国語に加えて英語、あるいは英語を含む複数の言語で表示されるようになっています。企業は事業を国外に拡張する際、ウェブサイトを多言語化するだけでなく、円滑かつ効果的に事業を展開するべく、社員に外国語の学習を推奨するようになりました。また、世界中の研究者は国を超えて共同研究を行い、結果の論文を英語で公開しています。それぞれの事情に差異はあるものの、使い方が広がるのに伴い、言語の必要性も高まっているのです。 ■ 最も話されている言語は? やはり一番学習する必要性が高い「使える言語」は英語か――と結論に急ぐ前に、世界でどのぐらい英語を使っている人がいるのかを見てみましょう。実は、「最も話されている言語」を見る時、気をつけなければいけない落とし穴があります。特定の言語を話す人の数だけ見ても、母国語話者数だけ見る場合と、公用語あるいは第二言語としてその言語を使用している人の数を含める場合とで、その数は大きく変わってくるのです。世界最大の統計ポータルである「Statista 」によると、2017年に世界で最も話されている言語は中国語(12.84億)、2位がスペイン語(4.37億)、3位が英語(3.72億)となっています。総人口数の多い中国語が1位、中南米のほとんどの国で使用されているスペイン語が2位なのはわかりますが、英語を母国語とする人数の少なさは意外かもしれません。しかし、これは該当言語を母国語とする人の数なので、実際に使用している人の数(母語話者・第二言語話者・言語習得者を含めた数)を2018年にWorldAtrass.comがまとめた別の統計 で見ると、1位が英語(13.9億)、2位が中国語(11.5億)、3位がスペイン語(6.61億)と納得の順位になります。使われている国の数をみても、英語は106か国、中国語は37か国、スペイン語は31か国となっているので、なるほどと思える数字です。 ■ インターネットで最も使われている言語 次に、世界に普及しているインターネットでどの言語が最も使われているかを見比べてみましょう。前述のStatistaの「ウェブサイトで利用されている言語の割合」 によると、1位は英語(54.4%)、2位がロシア語(5.9%)、3位ドイツ語(5.7%)と英語が突出しています。意外にも日本語が4位(5.0%)に入っています。英語の占める割合が圧倒的な一方、話者数でトップの中国語はわずか2.2%とその差は明らかです。同様に、5億人以上の人が母語として使っているヒンディー語、アラビア語またはベンガル語は、3言語を合わせても11.4%にしかなりません。このようにウェブサイトで利用されている言語の多様性の少なさは、情報へのアクセスの障壁となるだけでなく、言語の衰退に拍車をかけると指摘する活動家や科学者もいます。 ■ 最も「使える言語」は? 世界がグローバル化するのに伴い、多言語化が広がる中、最も「使える言語」はどの言語なのか?この答を探すのに2016年にWorld Economic…

論文掲載への報奨金は学術界にプラス?マイナス?

2017年9月、中国政府による論文掲載への報奨金制度が明らかになりました。中国人科学者の発表論文数が急増した背景に、多くの研究者がScienceやNatureなどの著名な国際学術ジャーナルに論文が掲載された際に報奨金を得たことが発覚。金銭目的に投稿される論文の信頼性や中国の科学全般の公正さについて、疑念を持つ声が上がりました。実際、査読過程で不正が見つかった論文が、多数取り下げられたこともありました。 しかし中国の他にも、カタールや台湾、オマーン、そしてアメリカなど多数の国の研究機関が、論文を発表した研究者に報奨金を支払っています。研究者にとっては研究資金を得ることができ、大学や研究機関にとっては、このインセンティブによって論文投稿が増え、ひいては国全体の学術研究における威信が高まることが期待されています。 ■ 気になる金額は? では、報奨金は一体どの程度の金額なのでしょうか。5000ドル以上を支給する国もあるようですが、やはり高額なのは中国で、最高165,000ドル(約1,730万円)も支払われている――との説があります。 中国の大学に所属するWei QuanとBikun Chen、カナダの大学に所属するFei Shuの3名の研究者がプレプリント投稿した、中国の論文掲載への報奨金制度に関する文献(Publish or impoverish: An investigation of the monetary…

Nature Index Japan 2018から見る日本の現状

2018年3月21日、Nature Index Japan 2018が発表されました。Nature Index は、シュプリンガー・ネイチャー社が、一年間に研究成果を質の高い科学論文に発表した著者の所属機関/国別にまとめて一覧として提供しているもので、研究成果や共同研究、他国との連携を検索・比較することができるツールです。その中でもNature Index Japanは、日本の研究機関(大学、国立研究所や企業研究所)の研究者が自然科学系学術ジャーナルに掲載した論文数をもとにランキングしています。2017年の同発表では、日本の科学研究発表の水準が低下していると指摘され、波紋を呼びました。2018年の実績は、どのような状況になったのでしょう。 ■ Nature Index: 世界の研究機関による研究成果を示す指標 改めてNature Indexとは、どのような指標かをまとめておきます。これは、直近12カ月間に、研究者によって厳選された自然科学系学術ジャーナル68誌に世界8500以上の大学や研究機関によって掲載された原著論文を収録し、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下で無料公開しているインデックスです。シュプリンガー・ネイチャー社によれば、この68誌だけで、自然科学系学術ジャーナルの引用総件数の30%近くになると推定されています。これらのジャーナルにおける国や研究機関ごとの出版状況(出版数)、論文に対する研究機関の貢献度、共同研究の共著率などを分野ごとに相対比較しているので、論文の社会的インパクトや世界的な研究の傾向までみることができます。Nature Indexには、著者の名前が挙げられている数をカウントするArticle count(AC)、論文に対する各共著者の相対的貢献度を考慮したFractional…

検索キーワード選定が論文の閲覧数を決める!

膨大な時間をかけてまとめた研究論文、どうせならより多くの人に読んでもらいたいですよね。そのためには、内容をインターネット上にアップするのが最も効果的です。ただし、SNSやサイトにただアップするだけでは、大きな効果は見込めません。Googleなどの検索エンジンで、自分の研究論文をいかに目立たせるか、つまり検索結果の上位に持ってこられるかが鍵となります。検索エンジン最適化(SEO対策)を実践することで、あなたの研究論文に圧倒的な注目を集めることができるかもしれません。 ■ 膨大な検索対象データ 何か調べ物をしたいとき、私たちはGoogleなどの検索エンジンにキーワードを入れて調べることでしょう。研究者の場合は、研究関連の情報を検索する際に、学術系に特化した検索エンジンを利用することが多いようです。例えばPubMed。世界の主要ジャーナル、書籍、MEDLINE(1946年以降の学術誌に掲載された医学文献を蓄積したデータベース)に掲載された700万点もの医学系論文を検索し、該当論文の収録先に関する情報、要約、引用数まで調べることができます。また、Google Scholarは、検索キーワードに関連する論文を一覧で表示できます。 ただし、一般的な検索エンジンであれ学術系の検索エンジンであれ、検索対象となるデータは膨大です。これらの中から皆さんの研究論文を、一体どうやって見つけてもらえばいいのでしょうか。 ■ SEO対策の進め方 検索エンジンで自分の論文を見つけてもらうための策として、研究論文のタイトルと本文にキーワードを入れ込んでいくのが有効です。該当するキーワードが検索されたときに、そのワードを含む論文を検索結果の上位に表示させるようにするのです。キーワードを選択する際は以下のポイントに注意しましょう。 1.論文のコンセプトを伝える言葉をキーワードとする 2.論文の件名やアブストラクト、見出し、図表、図表などの説明文すべてにキーワードを入れ込む 3.タイトルは端的に最低限の文字数に抑える 4.キーワードはよく検索に使われている語(検索ボリュームの多い語)を選ぶ 5.ウェブサイトやソーシャルメディアなどへのリンクをつける 6.3~4つのキーワードを選び、類義語も含め論文内に入れ込む 7.キーワードに人名や書籍名、認知度の高いイベント、特定の歴史的出来事または重要な言い回しなどを用いる場合は、正しく表記する このように「キーワード」は、まさにSEO対策の「キー」となるものです。では、どのように決めればいいのでしょうか。…

日本語と英語のコミュニケーションスタイルの違い

ハイコンテクスト文化」と「ローコンテクスト文化」という概念をご存じでしょうか。これは、1970年代に文化人類学者であるエドワード・T・ホール氏によって提唱された概念で、国や地域におけるコミュニケーションスタイルの特徴を表すものです。コミュニケーションの中で、言葉に重きを置く(ローコンテクスト)か、言葉以外の意味に重きを置く(ハイコンテクスト)か、というスタイルの違いを意味します。言語の翻訳や通訳は、言葉の置き換えだけでも大変な作業ですが、言葉にならない所作や合図まで配慮するとなると、さらに難易度が上がります。しかしそれぞれの特徴を知ると、翻訳や通訳を行う際に気を付けるべき点がわかるようになります。早速見ていきましょう。 ■ 「ハイコンテクスト文化」と「ローコンテクスト文化」 まず、ハイコンテクスト文化とは、コミュニケーションが価値観、感覚といったコンテクスト(文脈、背景)に大きく依存する文化を指します。コンテクストには、話されている言葉や書かれている言葉そのものには含まれないボディランゲージや声のトーン、時には話者や著者の地位や立場までも含まれます。日本語は、その代表例と言えるでしょう。ホール氏によれば、中東、アジア、アフリカ、南米がハイコンテクスト文化を持つ地域とされています。これらの国では、直接的でなく持って回った表現が好まれます。 逆に、ローコンテクスト文化とは、コミュニケーションがほぼ言語を通じて行われ、文法も明快かつ曖昧さがない文化を指します。北米、西欧がローコンテクスト文化であり、英語はその筆頭であるとされています。これらの地域では、形式的な言葉や飾り立てた表現は必要なく、問題とその解決策を端的に言語で表現することが好まれます。また、受け手は言語で表現された内容だけを文字通りに理解する傾向があります。 このように、国や言語によってハイコンテクストかローコンテクストか傾向が分かれます。ハイコンテクスト文化圏の日本人がローコンテクスト文化圏のアメリカ人と仕事をすると、「日本人同士なら1を聞いて10を知るのが当たり前なのに、アメリカ人に対しては10言っても1しか理解してくれない」というようなぼやきが聞かれることがありますが、これはコミュニケーションのスタイルそのものが異なることに起因しているのです。 ■ 文書に表れる両者の特徴 では、文章上、両者の違いはどのように表れるのでしょうか。ハイコンテクスト文化圏では、読者はすでに背景や前後関係を理解しているだろうという前提で文書が作成され、詳細には触れません。したがって、まったく初めてその文書を読んだ人は、前提となっている内容を理解するのに苦労する可能性があります。 一方、ローコンテクスト文化圏では、異なる文化の読者は異なる解釈をするのではないか、など余計なことは考えず、読者は文書の中に書かれていることを文字通りに解釈すると考える傾向があります。例えるなら「行間を読め」などとローコンテクスト文化圏で言ったら「どこに書いてあるの?」となってしまうかもしれないということです。2つの文化の差が大きな問題となる恐れがあるのは、ビジネス文書でしょう。特に契約書のような文書の場合、ハイコンテクスト文化の人間によって作成された文書は、これくらいのことは言わなくても当然わかるだろうという考えから記載が省かれていることがあるため、ローコンテクスト文化の人間は、異なる前提条件の上で契約内容を理解することとなってしまい、問題になる可能性があります。逆に、ローコンテクスト文化の人間が作成した文書をハイコンテクスト文化の人間が読むと、過度に端的な言葉やストレートな表現で記載されているため、配慮にかけた失礼な文書だと捉える可能性もあります。 ■ 誤解のない翻訳文書を作成するために このようなコミュニケーションスタイルの違いを踏まえ、双方に誤解なく受け入れられる翻訳文書を作成するためには何が必要なのでしょうか。大切なのは、翻訳する先の言語の文化や読み手の特徴を前もって把握しておくことです。そのためのアプローチの一つとして、過去に書かれた文章から、読み手にとって自然な表現となっている文章を探し、もしあれば、それをテンプレートとして流用することです。そしてもう一つ、対象言語の文化に精通している人に文書を見てもらい、フィードバックをもらうことも有用です。 グローバルな環境でさまざまな言語を扱う以上、ハイコンテクスト/ローコンテクストの違いを認識しておく必要があります。翻訳者であれば、言葉の意味だけでなく、コミュニケーションスタイルと文化的背景について調べることは、翻訳の下準備として欠かせません。翻訳者は、言語および専門分野に精通しているだけでは十分とは言えない時代です。 とはいえ、ハイコンテクスト/ローコンテクストを意識したコミュニケーションが必要なのは、違う国や文化圏の言葉を扱う時だけではありません。母国語の日本語で話していても、世代や地域の差によって、ハイコンテクスト/ローコンテクストな違いを感じることがあるはずです。言葉では表されないコミュニケーションスタイルに、日ごろから気をつけておくべきなのかもしれません。

「エルゼビア紛争」は続く

大手学術出版社エルゼビア社が発行するジャーナルの購読料をめぐる論争が、これまでにも何度か話題になってきました。2016年には、学術出版物のライセンス契約を取り扱っているドイツのDEALプロジェクトとエルゼビアとの契約交渉が決裂したのを皮切りに、同国の研究機関が同社の電子ジャーナルを見られなくなるという事態に発展しました(エルゼビアは2017年2月に、電子ジャーナルへのアクセス権を回復させると発表)。そして同様の問題は今回、韓国でも……。 ■ 韓国の大学コンソーシアムとの交渉 2017年5月、韓国の300を超える大学図書館がコンソーシアムを結成、42のデータベース・プロバイダーとの契約交渉を行ってきました。エルゼビアの科学・技術・医学・社会科学分野の3,500以上の電子ジャーナルと35,000タイトル以上の電子ブックを搭載するデータベース「ScienceDirect」へアクセスするための費用につき、エルゼビアは前年比4.5%の値上げを要求しました。それに対しコンソーシアム側は、購読料の高さと、パッケージ中にあまり読まれていないジャーナルが含まれていることを不服とし、譲歩を要求。何ヶ月も膠着状態が続きました。 エルゼビアは、交渉がまとまらなければ2018年1月12日からアクセスを遮断すると表明していましたが、最終的に契約は締結。3.5-3.9%の値上げ率で合意したとされています。この契約合意に基づき、韓国の個々の大学がエルゼビアと個別契約を締結することになりますが、一年更新の場合の値上げ率は3.9%、3年契約の場合は2017年を基準として毎年3.5%、3.6%、3.7%と段階的な値上げとなります。 ■ エルゼビアの高い購読料 エルゼビアのジャーナルの購読料は、韓国以外でも問題になっています。韓国のコンソーシアムは、エルゼビアは市場への影響力を濫用して購読料を引き上げようとしていると主張しています。韓国の大学はこれまで、エルゼビアの言う値上げ率を受け入れてきており、通年は12月に契約交渉をまとめていました。しかし、購読料の値上げが図書館の予算を圧迫し、ついに負担できないレベルに達したとして交渉に乗り出したのです。韓国の図書館協会に登録している123団体で、毎年計1億4000万ドルがデジタルデータベースの使用料として支払われており、このうち3300万ドルがScienceDirectに費やされ、最も大きな負担となっています。 同コンソーシアムはボイコットも辞さないという強い姿勢で出版社との交渉に臨み、エルゼビア以外の出版社にも、契約更新しない旨を通達。エルゼビアとの交渉は、同社が譲歩した形で決着しましたが、同様に購読料の値上げを要求してきた他のデータベース・プロバイダーとの契約更新は、いまだ滞っているようです。また西江(ソガン)大学の韓国大学教育協議会(KCUE)で研究分析チームのディレクターを努めるHwang氏は、今回合意した年間値上げ率3.5-3.9%は、国際標準の2%より高い水準にあると述べており、エルゼビアにさらなる引き下げを要望すると推測されます。 ■ 学術出版の将来は 韓国のコンソーシアムは、ScienceDirect へのアクセスにつきエルゼビアと合意に達したことで、アクセスの遮断を回避することができました。ただし、今回の合意はあくまで2020年までの使用についてであって、それ以降の使用については、交渉を続けている状況です。 エルゼビアとの交渉による結果は、国や機関によってさまざまです。韓国での合意から数日遅れの1月17日には、フィンランドの国立電子図書館しました。この契約は、13大学、11研究機関および11応用科学大学に、ScienceDirect収録のジャーナル1,850誌の購読を供与するものです。 購読を打ち切ることを検討している大学もあります。国立台湾大学(NTU)は、契約交渉の結果次第ではScienceDirect の購読を、2017年をもって打ち切る予定であると発表しました。 一昔前なら、提示される金額を支払ってジャーナルの購読をするのが当たり前だった学術界。オープンアクセスジャーナルの台頭により、学術出版社が将来にわたってジャーナル購読料を主たる収入源として確保できるかは不透明です。業界を席巻してきたビジネスモデルに、終わりが近づいているのかもしれません。 こんな記事もどうぞ…

博士課程修了者の仕事探しに役立つ求人サイト4選

博士課程終了後、そのまま研究者の道を歩むか、一般的な就職をするのかは人生における大きな分岐点です。日本国内でポスドクの仕事に就くのは狭き門であり、容易ではないことは確かです。しかし国外に目を向けると、そのチャンスは広がりそうです。今回は、博士課程修了者の仕事探しに役立つ検索サイトを紹介します。 ■ 日本の博士号取得者の就職状況 文部科学省が毎年行っている「学校基本調査(平成29年度版)」を見ると、博士課程修了者のうち就職者が占める割合は67.7%、そのうち正規採用が53.3%、非正規採用が14.4%となっています。進学も就職もしていない人も18.8%います。大卒(新卒)の就職者の割合が76.1%、うち正規採用率72.9%に比べると、博士課程修了者の数字はかなり低いと言えます。これは、日本では、企業が博士課程修了という学歴をあまり重視しない傾向があることや、相対的に受け皿が小さいことも影響していると思われます。せっかく専門知識と技術を習得しているのに、それを生かす場が少ないのは残念なことです。 一方で、海外には博士課程修了者をより評価する企業や、専門知識を持った研究者を探している研究機関などが多数あります。こうした国外の研究機関などに就職することを考えるのも一案なのです。 ■ 研究職向け求人サイト では海外で研究者向けの仕事を探すには、どうすればよいのでしょうか。多くが求人サイトを利用しており、ここでは代表的な4つを紹介します。 NatureJobs 「NatureJobs」は、Springer Nature社が運営する科学技術関連の求人情報やイベントなどを提供するサイトです。生物医科学、環境科学、科学技術、食品科学、化学といった分野の求人情報が掲載されています。新着情報の検索はもちろん、履歴書をアップロードしておくことができるので、求人を出している機関などに、登録したプロフィールを見てもらうこともできます。 この検索エンジンには世界中の求人情報が掲載されており、働きたい場所(国や都市)を選んで検索することが可能です。また条件を設定すれば、気になる求人情報を通知してもらうことも可能です。 NatureJobsの最新情報とブログ(News and Blog)の中には、Career toolkitとして、履歴書を書くときのコツや面接の心構えなどの就職活動をサポートする情報も掲載されています。登録しておけばNatureJobsからのニュースレターを受信することができるので、業界情報を知るのにも役立つでしょう。 ScienceCareers…

韓国の論文不正:子どもが共著者?!

研究不正が世界中で問題となっていますが、今度は韓国で驚くべき事態が発覚しました。2007年2月から2017年10月に韓国人研究者が発表した研究論文のうち、少なくとも82件に、オーサーシップ(著者)に関する出版倫理上の不正がある、と政府が公表。研究論文の著者が、なんと自分の子どもや親戚の名前を共著者として記していたのです。なぜこのようなことが起きたのか――。そこには、受験大国の韓国ならではの理由がありました。 ■ 43本の論文を高校卒業前の息子が…… 研究論文に共著者の名前を載せるのは、研究上の責任を明確にすることが目的です。原則的に、勝手に名前を加えることは許されません。研究に貢献していない人の名前を載せる”guest authorship”や、研究に貢献している人の名前を載せない”ghost authorship”は論文不正に該当します。 前述の通り、韓国政府は大学等の研究者約7万人が出版した論文に対する調査を実施し、2018年1月25日に結果を発表しました。その結果、29大学で82件に、子どもや親戚を共著者として記した論文不正があったことが明らかになりました(82件中80件は科学技術系の論文で、残り2件が人文系の論文)。成均館大学、延世大学、ソウル大学、国民大学など、韓国の著名な研究機関の評判が低下することは避けられません。 子どもの名前を共著者として記載した最初の事例が発覚したのは、約1年前のことです。国立ソウル大学の研究者が、自分が執筆した数十本の研究論文に息子を共著者として記していた、という不正が明らかになりました。韓国ヘラルドによると、この息子は高校を卒業する前に、父親の研究論文43本を共著したことになっていました。 ■ 背景にある学歴問題 今回の不正には、韓国の社会問題が密接に関連しています。不正を行った研究者は、自身の子どもを有名大学に進学させるため、名前を共著者に含めたと見られています。 韓国は言わずと知れた超学歴社会であり、有名な高校や大学に入れなければ就職もままならないことが社会問題化しています。韓国政府は、全ての国民が大学で学べることを目標に掲げてきました。1995年の教育改革法の施行以降、規制緩和を進めたため大学の数が急増し、それに伴い大学進学者数も増加。進学率の高さは、他国と比べて抜きん出ています。 しかし、これが一方で大学教育の質の低下をもたらしたのです。大学教育を受けるだけでは箔を付けることも、優位な就職先に入社することもできなくなりました。韓国社会で成功するためには、国内で最高の大学に行って、将来につながる学位をとらなければならないのです。過熱した受験戦争が、不正入学や、研究者である親が論文の共著者に子どもの名前を記すという事態の原因となっていると言えるでしょう。 ■ 韓国研究者への調査は続く 話はこれで終わりではありません。学術誌Natureは今回の件に関する独自の調査を進めており、今後数週間かけて、主要なデータベース上に掲載されている、論文に関わっているとされる76000人もの韓国人研究者の家族の名前をクロスチェックするとしています。調査の目的は、既に発表された論文中に、子どもの共著者が含まれるものが何本存在するかを調べること。文献引用データベースであるScience Citation Index(SCI)、Web…

実務翻訳の特徴とは?

グローバルビジネスが拡大しています。海外でビジネスを展開または成功させるために欠かせないものの一つが、契約書の翻訳です。関係者の利害を定義する契約書は、その解釈によって後々まで甚大な影響を及ぼす可能性があります。このきわめて重要な文書を翻訳するために求められる正確性は、他では見られないほど厳しいものがあります。 歴史上では、公文書の誤訳が争いにまで発展したこともあります。有名な話として、ニュージーランドの先住民マオリ族とイギリス政府の間で1840年に締結されたワイタンギ条約があります。この条約は、経験の浅い翻訳者が翻訳したことから、マオリ語で記された条約文(翻訳文)には、英語のそれと大きな違いが生じていました。イギリスは、マオリ族が英国君主に対して主権を放棄すると理解した一方、マオリ族は、双方で権力を共有すると理解したのです。この解釈の違いによって引き起こされた係争は長きにわたり続き、最近ようやく和解に向かいつつあります。 このように、契約関連の翻訳が国レベルでの争いにつながることはまれですが、現代においても、関係者間(国間)で締結される条約や公文書を正確に翻訳することは必須です。 ■ 実務翻訳のエッセンス グローバル化が進み、ビジネスが一国内にとどまることのほうがむしろ少なくなった現代では、契約書をはじめとしたビジネス文書を関係各国の言語に翻訳するニーズが増しています。かつ、その対象となる文書には、特許関連文書、証言録取書、契約書、申込書、出生証明書、戦略ガイド、マーケティング文書、広告、財務諸表など複雑かつ専門的な文書が多く含まれます。 こうしたビジネス文書の翻訳は一般的に実務翻訳と呼ばれますが、ではこの実務翻訳に求められるスキルや要素とは、どのようなものでしょうか。詳しく見ていきましょう。 ・専門用語 例えば法的な文書なら、日ごろ使い慣れている言葉とはまったく異なる法律用語であふれています。そして、それぞれの用語は各国の法律解釈にもとづき固有の意味を持っているため、それらをよく理解しておく必要があります。似たような言葉だからといって安易に置き換えれば、重大な誤解を招く文書になってしまいます。例を挙げてみましょう。中国語の“bixu”は、英語でいうmust(強調された義務)、shall(義務)、may(権利)、should(法的拘束力のない提案)といった複数の意味を持っています。このことを知らずに訳してしまうと、まったく意味の異なる文章になってしまう恐れがあるのです。これは法律用語に限りません。分野ごとにさまざまな専門用語や表現があるので、注意する必要があります。 ・メタファー(隠喩、暗喩) 文化的背景が違う相手に話を伝える場合、比喩表現を使うと伝わらないことがあります。例えば“a snowball’s chance in hell”は、実現可能性がほぼゼロであることを指します。これは、炎が燃え上がる灼熱の地獄(hell)に雪玉(snowball)が存在する可能性(chance)はない、という発想にもとづいた慣用句ですが、もしも相手が雪の存在を知らない、または地獄に対するイメージがまったく違う場合、意図は伝わりません。「実現の可能性がない」というメッセージを伝えるには、各国の文化に合わせた表現に置き換える必要があります。 ・納期…

中国の論文数が米国を抜いて世界一に

科学研究における中国の躍進にはめざましいものがあります。2018年1月18日、米国立科学審議会(National Science Board, NSB)が、2016年に発表された科学・工学分野の論文数で中国が初めて米国を抜き、世界首位となったと発表しました。 ■ 年間で42万本超え 「中国が世界一の研究論文発信国に――」。これは、米国国立科学財団(US National Science Foundation, NSF)がまとめた統計を、NSBがScience and Engineering Indicators 2018として発表したものです。30年前、中国の科学研究論文数は世界第3位でしたが、今やEU諸国や米国を抜き、1位にまで躍進したのです。中国政府が科学分野の発展を重視していることが背景にあります。政府はそのための政策をいくつか打ち出しており、中でも研究者に対して出版報酬が支払われるようになったことが大きかったようです。論文を執筆しジャーナルに掲載されることで、研究者は報酬を得ることができるのです。これは、EU諸国でも米国でも行われたことのないアプローチで、これにより中国における科学論文の出版数は30倍に急増し、さらなる増加が見込まれている状態です。 19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ほとんどの分野における研究および論文の出版は、イタリア、英国、ドイツなどに牽引されていました。20世紀に入ってからは米国が主導権を握り、その後90年以上にわたりトップの地位を維持してきました。中国が頭角を現し始めたのは1990年代半ば。そこから急成長し、2016年に発表された論文数は、米国が409,000本なのに対し、中国は426,000本を超え、スコーパス(Scopus:大手出版社エルゼビアによる論文データベース)に収録された論文総数の18.6%に及びました。…

QS専攻分野別 世界大学ランキング2018の発表

2018年2月28日、イギリスの大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ(Quacquarelli Symonds :QS)による分野別世界大学ランキング「QS World University Rankings by Subject 2018」が発表されました。 ■ QS専攻分野別 世界大学ランキング これは、75か国、1130の大学を2018年から新たに追加された「古典・古代史」と「図書館・情報管理」の2分野を含めた48の専攻分野ごとにランキングしたものです。QSの定める判定基準に従って以下の項目の得点を個別に算出し、それらの合計によってランク付けが行われています。 1. Academic Reputation 学術界の評判…

研究者も無視できないFacebookの情報流出

全世界のユーザー数が20億を超えるFacebookをどのような目的で利用していますか?研究を広めるためや、研究者仲間とのコミュニケーションのためというのが一般的でしょうか。今、そのFacebookは個人データの不正流用をめぐる国際的なスキャンダルの渦中にあり、世界中が注目しています。事の発端が研究者によるFacebookを利用した個人データの収集であったことに目を向ければ、Facebookによる個人データの流出と不正利用疑惑問題は、研究者にとっても他人事とは言いきれません。Facebookの問題は、倫理問題をより深刻に捉えるべきであることを再認識させるものだとする記事がnatureに掲載されました。 ■ 個人データの流出と不正疑惑 英ケンブリッジ大学の心理学者・神経科学者であるアレクサンダー・コーガン氏がFacebookの性格診断アプリを開発。この性格診断を受けるためにアプリをダウンロードしたユーザーのデータ、約5000万人分がコーガン氏によって、イギリスのデータ分析会社「ケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)」に売却されました。そして、この個人データが2016年のアメリカ大統領選挙やイギリスのEU脱退を決めた国民投票など、極めて政治的な事象に不正利用されたのでは、と物議をかもしているのです。2016年の米大統領選のコンサルティングに関わっていたケンブリッジ・アナリティカが、このデータをトランプ陣営の心理戦や有権者の絞り込み等に利用したと報じられ、大きな問題となっています。個人データはコーガン氏が開発した性格診断アプリを通して合法的に集められたものでしたが、アプリ開発者が、収集したデータをユーザーに通知することも同意を得ることもなく第三者に譲渡することは規約違反になります。Facebookは、2014年に個人データの不正利用を防ぐための対策を導入していますし、問題発覚後には対策を講じると発表しています。ケンブリッジ・アナリティカとFacebookは両社とも不正を否定していますが、米国議会はFacebookのCEOザッカーバーグ氏に議会での証言を要請しており、欧州議会もケンブリッジ・アナリティカのデータ悪用につき調査を進めています。 ■ 個人データの不正利用 研究者と企業がユーザーの同意を得ずに個人データを利用した――このことによって生じた不信感や疑惑は、学術研究にとっても痛手となります。利用者の多いオンラインプラットフォームをから得られるデータは、研究にとって非常に有用な情報源でもありますが、それはあくまでもデータを正しく扱うことが前提です。取扱い方に関わらず、インターネット調査の利用に制限がかけられることもあります。倫理保護が重要視される医薬や心理学研究といった人の命に関わるような研究では、インターネット調査を対象外にすると明文化されています。 今回の問題で特徴的だったのは、心理学者であるコーガン氏が研究の一環として行った調査の結果得られた個人データを、Facebookの利用規約に反して第三者(データ分析企業)に譲渡したことです。結果、個人データが、当事者であるユーザーがまったく予期しなかった、あるいは意図しなかった使われ方をしました。データがまとめられ、アルゴリズムにかけられたことで、当たり障りのなかったデータが意味を持ち、ユーザーが非公開としておくことが妥当と考える個人情報が不当に使われたり、不本意な使われ方をしたりすることとなりました。 もちろん、研究におけるデータの収集・利用方法に関してはガイドラインが定められているので、ほとんどの研究プロジェクトは、データを倫理的に利用しています。欧米の研究助成団体はデータの倫理的利用を推進しており、「公開」データの定義を再考するよう推奨し、研究が社会および個人に害をおよぼす可能性を検討する必要性について言及しています。今後も研究者の知識をより深めるように、研究助成団体がこの取り組みを強化していくことが期待されます。 ■ Facebookのデータ不正利用疑惑から見えること 今回の個人データの不正利用疑惑から見えてきたのは、多くの学術分野で、革新的な技術の急速な変化に応じた利用への注意を規定に盛り込むことが追い付いていないという現実です。いまやデータ収集方法は多岐にわたり、入手できるデータ数は増大し、データ収集に要する時間と手間も大きく様変わりしてきました。研究倫理やインターネット・プラットフォームなどにおける個人データ利用に関する規約を理解しておくことは必須ですが、全てを理解するのは大変な状況です。また、研究分野によってオンラインデータに対する見解が異なることも、問題を複雑にしている一因です。例えば、心理学や社会学のような人文系の研究では、今回問題の発端になったような診断アプリやテストを通して集めたデータが研究に役立つことがある一方、コンピューター科学のような技術系の研究では、アプリのプログラムやアルゴリズムの開発を進めることが重視されるでしょう。データを利用する側だけでなく、データを作成する側にも、双方の状況に応じた研究倫理トレーニングを実施する必要があるのかもしれません。研究者は、技術革新が規定の枠を超えていることを十分に理解し、法の制限や規定に書かれていることに従っているだけでは研究倫理を順守するためには不十分なこともあると認識しておく必要があるのです。 一方、Facebookが問われているのは、個人情報を流出させた責任と個人情報の扱いに関する倫理です。確かにFacebookには個人データの不正利用を禁ずる規約がありましたが、同時に、アプリ開発者などがこの規約に違反しないように管理監督し、違反があった場合には対策をとるべき責任があったにも関わらず、今回のような社会的問題が生じたことがFacebookへの批判となっています。そのため、一部のスポンサーや広告主によるFacebookからの撤退や、ユーザーからのボイコットの動きが出ており、株価が暴落しています。さらに、当事者である英米だけでなく他国の個人情報保護を管轄する規制当局も、調査に動き出すなど、すっかり世界を巻き込んだ大事件となっています。 とはいえ、Facebookで起きた個人データの取り扱い問題は、ネットにつながっている以上、どのソーシャルネットワーク(SNS)でも起こり得るものです。どのSNSを、どのような立場で使うのであっても、メリットとデメリット、セキュリティなどさまざまな点に注意しつつ利用する必要があります。さらに、個人ユーザーとして利用する場合には、SNS上でそのネットワーク提供企業以外の第三者(企業)に自分のデータが利用されることから自分のデータを守らなければなりません。SNSは便利な反面、面倒なものでもあるのです。 Facebookは3月19日に、コンピューターなどに残る記録を収集・分析して、その法的な証拠性を明らかにすることを専門的に行うデジタルフォレンジック企業のStroz Friedbergにケンブリッジ・アナリティカの包括的監査を依頼したと表明しています。しかし、3月26日には米連邦取引委員会(FTC)がFacebookのプライバシー管理につき調査を行っていると発表され、4月5日には不正に個人データが取得されていたユーザー数は最大で8700万人にのぼると発表されるなど、当分騒動は続きそうです。

偉大なる物理学者ホーキング博士の死を悼む

2018年3月14日、「車椅子の天才科学者」として多大な功績を残したイギリスの偉大な物理学者スティーブン・ウィリアム・ホーキング博士が死去しました。76歳でした。科学界は、今、深い悲しみにくれています。 ■ スティーブン・ホーキング博士について まず、ホーキング博士に関する事実を紹介します。 ● ガリレオの死からちょうど300年後の1942年1月8日生まれ。 ● 彼が死去した2018年3月14日は、アルバート・アインシュタインの誕生日であった。奇しくも、この2人の天才は同じ76歳で亡くなっている。 ● 学生時代から教師やクラスメイトに「アインシュタイン」と呼ばれていた。 ● 21歳の時に筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断され、余命2.5年と宣告されたが、76歳まで生きた。 ● 最大の功績は、ブラックホールからの放射「ホーキング放射」の導出法である。 ● 最初の著書である『ホーキング、宇宙を語る(原題:A Brief History of Time)』は、宇宙の謎を一般向けに執筆した著書で、1988年に出版されて以来、20年以上にわたり1000万部以上の売り上げを記録し、ロンドンのサンデー・タイムズ紙で、4年以上ベストセラーリストに掲載された。 ● 父親は、息子がオックスフォード大学で医学を学ぶことを望んでいたが、本人はオックスフォード大学で奨学金を得て物理学を学んだ。 スティーブン・ホーキング博士のインタビュー:Last…

研究者におすすめのYouTubeチャンネル13選

YouTubeで視聴可能なeラーニングを一度でも利用されたことがある方は、多いのではないでしょうか。いる場所を問わず、インターネットにつながる環境さえあれば誰でもアクセスして学習ができるeラーニングは、いまや学生や教育者だけでなく、専門家や研究者に至るまで、広範囲に浸透しています。科学系のeラーニングの利用者は、この20年の間に9倍近く増加し、なんと約10億人が利用していると言われるほどです。 中でもYouTubeには無料のeラーニングコンテンツが多数あり、人気を集めています。著名な研究者によるウェビナー(オンラインセミナー)や科学実験の動画だけでなく、アイビー・リーグに所属する大学が提供するチャンネルもあります。大学院生や専門家、研究者のニーズをも満たすほどレベルの高いコンテンツや、教員や教授がオンライン授業の副教材として利用するものも増えてきているようです。こうしたコンテンツやチャンネルに人気がある理由として、手軽にアクセスできることのほか、レコメンド機能により関連性があり見たいと思わせるような別のチャンネルのコンテンツを見つけやすいこともあげられます。 中には数百万人にもおよぶユーザーにお気に入りとして登録されているものも。YouTubeで公開されているものを中心に、質の高い科学系チャンネルを紹介します。 ■ 高い人気を誇るオンライン科学系チャンネル ・Veritasium 科学系の講義やインタビュー、実験の動画を配信しているチャンネル。代表的な番組として、視聴回数およそ1,600万回の“Can Silence Actually Drive You Crazy?(無音の環境に置かれた人はおかしくなる?)”や、視聴回数がなんと2,000万回に迫る“Anti-Gravity Wheel?(無重力状態の回転車輪)”があげられます。 ・Vsauce ‘Mind Field’という科学の難問に挑戦するシリーズ番組を公開しています。自動運転を題材にした“The…

間違いやすい用語や表現 ー動詞「set」の誤用

「to be」との誤った併用 日本人学者が書いた論文において動詞「set」が誤用されていることを度々目にします。ここでは「set」の一つの典型的な誤用を考察します。 以下を見てみましょう。 [誤] (1) Here, x is set to be positive. [誤] (2)…

日英・英日翻訳はどうして大変なのか

英語で苦労している方は必見です。私たち日本人が英語を習得するのに苦労しているのと同様に、英語圏の人たちも日本語の習得に苦労しています。彼らは日本語を、世界でも有数の難解な言語として捉えているようです。それは双方の言語の文法の構造も違えば、文字も違うからです。 翻訳者の立場からすれば、原文の意図をきっちり反映すべく、一語一語もしくはフレーズごとに正確に置き換えたくなるものですが、日本語と英語の場合、このやり方でうまくいくことはまずなく、無理にしようとすれば、あまりにもぎこちない文章ができあがってしまいます。私たちが当たり前に使う日本語は、なぜ難しいのか。その理由に迫ります。 ■ 日本語が難しい理由は日本語の特徴にあり 英語話者が「日本語は難しい」と口々に言う理由として、根本的な文法の違いに加え、以下があげられます。 ・冠詞、不定冠詞がない(a, theなど) ・複数形がない ・未来形がない ・必ずしも主語は必要ない ・動詞が文章の最後にくる ・対象によって数え方だけでなく、形容詞や代名詞までも変化する ・英語では人称・数・性・格などにより語形変化しない品詞(副詞、接置詞、接続詞、間投詞、前置詞に相当する品詞)である不変化詞は意味を持たずニュアンスを伝えるが、日本語で不変化詞にあたる助詞は大きな意味を持ち、前置詞の代わりに動詞の意味を修飾する ・敬語が存在する ・文字(漢字)そのものが意味を持ち、音読み、訓読みといった複数の読み方を持つ漢字が存在する ・文字通りに翻訳することのできない単語やフレーズが多数あり、抽象的な概念を訳すことは非常に困難(「おつかれさま」「よろしくお願いいたします」など)…

デジタルライブラリーCiteSeerXの進化は続く

インターネットを介して無料で利用できるデジタルライブラリーは、いまや研究者にとって欠かせないツールです。その内の一つであるコンピューターおよび情報科学分野の学術文献のデータベース兼検索エンジンである『CiteSeer』がCiteSeerX(β版)としてリニューアルされてから10年。今も進化を続ける同ツールの有用性をあらためて見てみましょう。 ■ CiteSeerとは そもそもCiteSeerは、1998年に公開された、コンピューターサイエンスと情報科学を中心とした科学文献のデジタルライブラリー兼検索エンジンです。CiteSeerはそれまでのオンライン検索の概念を覆す画期的なもので、世界で初めて自動で引用文献のメタデータ化とインデックス化を行い、論文同士の関連付けを行ったのです。これによりユーザーは、著者名、キーワード、ジャーナル名から条件に関連する検索ができるようになりました。検索結果には、論文の本文だけでなく、参考文献内の情報も含まれます。さらにCiteSeerはPDFやHTMLファイルもクローリングの対象としており、後続のGoogle Scholarなどの学術オンラインツールの礎となりました。 ただし、CiteSeerがクローリングの対象としている論文は、著者が直接CiteSeerにアップロードしたものか、著者のウェブサイトに掲載しているもののみでした。また1日に扱える検索数も限られていましたが、これが2008年にリリースされたCiteSeerXで、機能が拡張されます。1日の対応検索数は150万件、インデックス化できるドキュメント数は75万件に達しました。 ■ CiteSeerXでパワーアップした機能 他にもCiteSeerXでは、いくつかの機能が強化されています。 ・被引用数統計 検索結果には、該当する論文が他の著者に参考文献として引用された回数が表示されます。また、論文がどのように引用されたのかも詳細に確認することができます。要約やキーワード、全文のPDFを参照することもできますし、興味のある他の論文のリンクをダウンロードすることもできます。 ・検索機能 フルネーム、名前の一部、イニシャルでも著者名を検索できます。出版の時期や出版社、著者の所属機関など条件を指定して、検索範囲を狭めることもできます。文中に記載された表やキャプションなどの検索も可能であり、かつ指定した単語が文中にどれだけ近接して出現するか、つまり言葉の位置関係を指定して検索できる近接検索(proximity search)や、複数のキーワードをAND,OR,NOTといった半角の記号を使って演算式で検索するブーリアン検索も可能です。 ・パーソナルサービス CiteSeerXは無料で利用できますが、アカウントを作成すれば、さらにパーソナルサービスを利用することもできます。具体的には以下のような機能です。 ‐…

研究発表から論文を作成して投稿しよう!

学会やシンポジウムなどで自身の研究内容を口頭発表することは、研究者としての経験上、とても大切なことです。しかし、ただ発表するだけでは発表者として講演要旨集に記録されるだけで、せっかくの研究内容は参加者や聴衆の思い出となって消えてしまいます。口頭発表をもとに論文を作成して出版すれば、恒久的に記録として残すことができます。しかも、シンポジウムの参加者だけでなく、より広い範囲の人々に届けることもできるのです。発表をもとにした論文作成のノウハウをお伝えします。 ■ 研究発表と論文出版には大きな差がある 最初に注意しておきたいのは、シンポジウムなどで自身の研究を発表することと、論文として学術ジャーナルで発表・出版することには大きな違いがあるということです。シンポジウムで口頭発表しただけでは、学術ジャーナルに掲載される論文ほどの信頼性を得ることはできません。掲載に至るためには査読を経る必要があるため、他の研究者のお墨付きを得た内容として学術的価値が高まるのです。論文には研究の背景、手法、結果、考察、引用した文献までも詳細に記録することを前提としているため、出版された研究内容は後世まで残ることになります。これが、研究者としての実績を積み上げることにつながります。口頭発表と比べ、必要な労力は数十倍ですが、その苦労は、論文が掲載された際に報われることでしょう。 ■ シンポジウムでの発表を出版する方法 では、研究発表の内容を論文に作成し直し、学術ジャーナルに投稿するには、どうすればよいのでしょうか。出版方法としては、以下の2つに分かれるようです。 主催者による出版-会議録(プロシーディング) 学会またはシンポジウムの主催者が、会における発表内容をまとめるものを会議録(プロシーディング)と呼びます。会議録を作成する場合、主催者は、自らの責任ですべての発表者から原稿を集め、出版社に提供します。これが、学術ジャーナル1冊分に相当するボリュームになる場合もあります。 出版については、シンポジウムが開催される前に決定しているのが一般的で、発表者は、シンポジウム後に原稿を作成して提出するよう事前に求められます。そのため発表者は、最初から論文作成を念頭に置いて発表を組み立てておくと、後で文章にまとめやすくなります。 発表者による出版-自主投稿 主催者がシンポジウムのプロシーディングを出版する予定がない場合、発表者は自身の発表内容を論文としてまとめて出版することができます。この場合、発表者が自らの責任で適切な学術ジャーナルを選び、原稿を提出しなければなりません。ほぼすべての学術ジャーナルが、発表論文の投稿を受け付けています。 プロシーディングの出版が予定されていない場合、研究者は、どの学術ジャーナルに、どのような形で発表論文を掲載できるか、あらかじめ調査・計画しておくべきでしょう。研究発表を学術ジャーナルに掲載することは、出版実績となるだけでなく、より多くの人々に自分の研究を読んでもらう有効な手段です。ただし、シンポジウムでの発表前に出版社に論文を提出することは倫理違反ですので、十分ご注意ください。 ■ 発表論文の書式 提出する論文が従うべき具体的な書式は、学術ジャーナルごとに決まっています。文字数も学術ジャーナルによって異なるものの、3000語から6000語といったところです。適当な図や表があれば、挿入するとよいでしょう。発表論文の書式は、次のような構成とするのが一般的です。 1. 要約…

トランプ政権の予算に研究者がっかり

2月12日、トランプ政権が総額4兆4000億ドル(約478兆円)規模の2019会計年度の予算教書(2018年10月~2019年9月)を議会に提出し、予想どおりとはいえ科学者たちを失望させました。連邦政府の財政赤字が9840億ドルにも達するなか、国防費と移民法執行費用が増加された一方、科学の基礎研究に関しては20%以上削減されています。主要科学研究機関への予算は昨年レベルもしくは更なる削減となっており、研究者たちには厳しい状況が続きます。 ■ 削減される研究開発費 アメリカ国立衛生研究所(NIH)、国立科学財団(NSF)、エネルギー省(DOE)への予算は2017年と同水準。食品医薬品局(FDA)と航空宇宙局(NASA)の少なくとも宇宙探査に関しては増額されていますが、DOEのエネルギー高等研究計画局(ARPA-E)の月面探査ロケット打ち上げ部門、NASAの5つの地球科学計画、国際宇宙ステーションの予算削減に加えて、環境保護庁(EPA)、海洋大気庁(NOAA)、内務省(DOI)の地質調査所(USGS)の一部の研究計画は見直しを余儀なくされそうです。また、疾病予防管理センター(CDC)の予算も削減されました。 出典:AAAS (American Association for the Advancement of Science): The 2019 Science Budget Backs…

変わる「利益相反」-Natureが新ルール適用へ

学術論文を投稿する際、著者は利益相反(Conflicts of Interest: COI)を開示するように求められます。これは、研究にとってバイアスをもたらす可能性のあるすべての利害関係、つまり研究助成金の出所や謝礼、特許権使用料やライセンス(商標や著作権)などの金銭的関係、および雇用契約などの個人的関係を含む経済的利害関係を開示する必要があるということです。通常、ジャーナルや学会が定めた投稿規定の中にCOIにつき何をどう開示すべきかが記されていますが、国際的には医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editors : ICMJE)の規定が受け入れられているようです。 ■ 非経済的利害関係もバイアスになる 経済的利害関係の中で直接的なものとしては、金銭的関係です。研究助成金はもちろん、旅費なども金額にかかわらず、すべて開示しなければなりません。また、個人的関係としては、雇用関係のような人間関係などが含まれます。研究結果が特定の企業の売上に影響を与えるような論文を執筆した著者が、その企業の社員や関係者である場合、経済的利害関係のある利益相反とみなされます。さらに、研究にとってバイアスとなるのは経済的な要素だけではなく、所属機関への忠誠心や個人的な野心など非経済的な要素も影響すると考えられるのです。そこで、ネイチャー・リサーチが出版するジャーナルは、利益相反の開示ルールを強化し、著者に対して、研究の中立性・客観性に疑問を抱かせる可能性のある非経済的利害関係の開示も求めていくと発表しました。 2018年1月31日に発表された記事によると、2月以降、ネイチャーおよびネイチャー・リサーチが出版するジャーナル(Nature Communications,…

論文引用の仕方で絶対に抑えておくべきポイント

論文の著者にとって、自分の書いた論文が他の研究者の論文に引用されることは、論文の影響力が上がるという意味で喜ばしいことです。反対に、自分の論文の中に他者の論文を引用することも多々ありますが、この時に注意しなければならないのが、引用の仕方です。 「引用」とは、自分の文章の中に他者の文章や事例を取り込むことです。筆者自身が考え出した文章または見解、あるいは一般常識以外の記述はすべて引用となり、典拠(引用した資料)を脚注に記すか、引用文に引用符を付けるかなどして、自分の考えとは別のものであることを明示する必要があります。 これを怠ると盗用・剽窃とみなされ訴訟にも発展しかねず、研究者としてのキャリアを損ないかねません。そうならないために、正しい引用の仕方を抑えておく必要があります。今回は参考文献の記載の仕方と、よく用いられる引用方法についてまとめます。 参考文献の引用の仕方 3種類 論文中に他人の著作物から得た情報を記す場合は、該当する情報が引用・参照であることを本文中に示し、かつ論文の最後に参考文献としてリスト化する必要があります。 1.本文中に記載する 論文の本文中に、引用文献があることを示す数字か、または引用文献の情報を括弧で記載します。学会や学術ジャーナルによっては、参考文献の数字や著者名、出版年数などの書き方を示したスタイルガイドがあるので、これを参照しましょう。参考文献のリストは、論文末尾に、数字順またはアルファベット順に掲載します。 タイリクオオカミは、かつては北米大陸中で見られた肉食動物であった。5(本文中には数字のみ記載する) タイリクオオカミは、かつては北米大陸中で見られた肉食動物であった(Smith,1970)。(本文中に著者名と発表年まで記載する) 最初の例は、アメリカ医師会のスタイルガイド(AMA Manual of Style)によるものであり、2番目の例は、アメリカ心理学会(APA Style)によるものです。…

「翻訳」を構成する3つのT

ある言語を他の言語に置き換える際の手法は、一般的に「翻訳(Translation)」と言われますが、Tから始まる3つの英単語に分類できるとも言われます。トランスレーション(Translation)、トランスリタレーション(Transliteration)、トランスクリエーション(Transcreation)の3つです。それぞれの違いがわかると、文章を作成する際に注意することや、翻訳を依頼する際に知っておくべきことが見えてきます。 ■ トランスレーションとは トランスレーションとは、日常的に「翻訳」と訳され、元の言語の意味をくみ取って、異なる言語に置き換えていくことを指します。皆さんも、例えば英語の文章を翻訳したい時に、インターネットで翻訳ツールを使うことがあるかもしれません。 しかし、英語をカタカナで表記し直しただけのものや日本語に直訳しただけのものが翻訳の結果として表示されて、がっかりした経験はないでしょうか。これは実質的なトランスレーション(翻訳)ではなく、トランスリタレーション(文字転写)やトランスクリプション(音声転写)がなされているということです。表記文字や発音を他の言語に書き換えただけでは、翻訳とは言えません。「翻訳」と呼ぶには、文字の「意味」が他の言語の文字で置き換えられていなければならないからです。 トランスレーションでもう一つ重要なことは、文意に含まれる「程度」もくみ取らなければならないという点です。例えば、英語で「You’re dead meat」といった場合、「大変な目に遭う(場合によってはケガをする、もしくは命を落とす)から、十分に気をつけろ」というような意味合いになります。これを単語単位でトランスレーションをすると「あなたは死んだ肉です」と、意味をなさない日本語になってしまいます。元の言語が持つ意図とともに、程度あるいは度合いをも含めて異なる言語で置き換えることがトランスレーションであり、翻訳者には正確性に加え、慣用句や文脈、文章全体の意味をも踏まえて置き換えをすることが求められます。 ■ トランスリタレーションとは トランスリタレーションとは「文字転写」と訳すことができます。これは、翻字、字訳、音訳とも訳され、元の言語で表現した言葉の意味に手を加えられたくない場合、例えば、住所や名前などを別の言語で表現したい場合に用いられます。ある言語で書かれた表記を、発音と一致するように異なる言語で表記し直すことを指します。 難しいのは、元の言語を翻訳対象言語に置き換える際に、同じ文字がない場合です。漢字をアルファベットに置き換えることなどがこれに相当します。この場合は、極力齟齬がないよう置き換えをしていきますが、翻訳者によって表記が異なってしまうことがあります。 ■ トランスクリエーションとは トランスクリエーションとは、トランスレーション(翻訳)とクリエーション(創作)を掛け合わせた造語です。元の言語で作り出されたもの(クリエーション)を、他の言語や文化に適合させて再構成することを意味します。わかりやすい例は映画の字幕でしょう。セリフと字幕の言葉は一致していませんが、意味はわかります。メッセージの意味を的確に伝えるために直訳ではなく、意訳されているからです。映画のようなエンターテインメントの他にも、マーケティングのような、比喩的で文化に根付いた表現が用いられる分野で多用されています。 往々にして比喩や隠喩、直喩、口語などが含まれている文章は、元の言語やその文化を理解していない限り、意図をとらえるのは非常に難解です。トランスクリエーションを担当する人には、元の言語に含まれるこれらの意図を損なうことなく的確にとらえ、かつ、置き換え先の言語を使う人たちの文化になじむメッセージを構成することが求められます。 ■ あなたは何を重視する? いわゆる翻訳とひとくくりで言っても、言語を置き換えていくプロセスにはトランスレーション、トランスリタレーション、トランスクリエーションという要素が含まれています。意図したメッセージを他の言語に置き換えて伝えるには、正確さが何よりも重要です。その点で、トランスレーションは基本です。その上で、あえてトランスリタレーションによって、元の言語をそのまま表記し直したほうがよい場合もあるでしょう。…

今、人気のオープンアクセスジャーナルは

出版界の オープンアクセス 化は、学術研究の知名度と影響力を高めると同時に、学術界でタイムリーに知識を広めることに役立っています。2015年に国際STM出版社協会が発表した報告書『The STM Rreport』によると、2014年には、英語で書かれている査読付き学術ジャーナルは28000誌以上、英語以外の言語で書かれている査読付き学術ジャーナルは6400誌以上ありました。そして、オープンアクセスジャーナルのディレクトリを提供するサイトDOAJ(Directory of Open Access Journals)上のオープンアクセスジャーナルの数も、増加の一途をたどっています。123におよぶ国の論文が掲載されており、英語で書かれているのが7245誌、英語以外の言語で書かれているのが2845誌。学術誌のオープンアクセス化が英語圏以外の国々にも急速に進んでいることは明らかです。 このようにオープンアクセスジャーナルの数が増えてくると、それぞれのジャーナルの性質や影響力を多面的に比較・評価することが重要になってきます。そのための指標として、最も一般的に使用されてきたのはImpact Factorですが、研究者はSJR(SCImago Journal Rank)も参考にして、自身の研究分野に最適なジャーナルを選択しています。ここでは、主な分野ごとによく引用されるオープンアクセスジャーナルを、SJRの指標に基づきリストアップしてみました(下図)。 上の図には、2016年のSJRに掲載された3780誌の中から引用スコアの高かった代表的なオープンアクセスジャーナルの名前と、それぞれの分野におけるオープンアクセス論文の割合「オープンアクセス・アウトプット(OA Output)」を示しています。このOA…

自分の論文を広く読んでもらうための7つのコツ

膨大な量の研究論文やデータが公開される今日、苦労して執筆した論文をできるだけ多くの人に読んでもらおうと思えば、それなりの工夫が必要です。論文をプロモーションするための7つのコツを紹介します。 ■ 識別番号をとって自分と論文を特定しよう 論文を読んでもらうためには、まず初めに自分の売り込みが必要です。研究者を(組織、専門分野、地域を越えて)1つのIDで識別する取り組みORCID(Open Researcher and Contributor ID)に登録し、自分のIDを取得することをお勧めします。研究者がORCIDの識別番号を一貫して利用することにより、名前や組織が変わっても研究者個人と業績を正しく結びつけることが可能になります。 また、研究論文にDOI(Digital Object Identifier)と呼ばれる識別子を付けることも推奨します。DOIは、ウェブ上の電子文献に付けられるコードです。商品のバーコードや、紙の書籍に対するISBNコードと同じと言えばわかりやすいでしょうか。この恒久的なコードであるDOIが付いていれば、たとえ電子ジャーナルのURLが変わったとしても、興味を持った人は、探したい論文にたどり着くことができるのです。 ■ 論文を読んでもらうための7つのコツ では、ここからは、より多くの人々に論文を読んでもらうためのコツを見ていきましょう。 1. 誰に読んでもらいたいかを考える  研究論文をより多くの人々に見てもらうためには、読者を念頭においた対策を取らなければなりません。対象はどういった人で、何に興味を持っているのか、どこにいるのか、同じ部門の同業者なのかなど、読者を想定した戦略が必要です。…

著者は査読者による「バイアス(偏見)」を恐れている

本誌で以前にお伝えしたように、ジャーナル(学術雑誌)で行われる 査読 には次の3種類があります。「片側盲検査読(single blind peer review)」では、査読者の側からは著者が誰かわかりますが、著者の側からは査読者は誰かわかりません。「二重盲検(double blind peer review)」では、著者も査読者もお互いが誰かわからないまま査読します。3種類目は「オープン査読(open peer review)」です。一部で試み始められているこの方法では、前回報告したように、著者も査読者もお互いが誰かをわかったうえで査読を行ないます。 学術出版大手シュプリンガー・ネイチャー社は、2015年2月、最も有名な科学雑誌である『ネイチャー』と“ネイチャー・ブランド”の月刊誌において、論文原稿を投稿する著者たちが、二重盲検による査読をオプションとして選べるよう、査読の方針を一部転換しました。 これは著者たちからの要望に応じたものだといいます。片側盲検による査読は二重盲検よりも、査読者のバイアス(偏見・偏り)の影響を受けやすいといわれているからです。実際、最近の研究でも、査読者は、片側盲検査読では二重盲検査読よりも、知名度のある著者や研究機関が投稿した原稿を採択する傾向があることがわかりました。 2017年2月6日、アラン・チューリング研究所のバーバラ・マギリブレーとシュプリンガー・ネイチャー社のエリサ・デ・ラニエリは、同社に蓄積されたデータを使って、二重盲検査読が査読における「暗黙のバイアス」を取り除き、査読の質を向上させているかどうかを検証し、その結果を、プレプリントサーバー「アーカイヴ(arXiv)」に投稿しました。 彼らは、2015年3月から2017年2月までの間にネイチャー・ブランドのジャーナル25誌が受け取った原稿12万8454件を対象として、ジャーナルの階層(影響力)、査読の方法(片側盲検か二重盲検か)、著者の特性(性別、国、所属研究機関など)、査読の結果(採択か却下か)を分析しました。…

その痛み、外国語で伝えられますか

海外に滞在中、急な体調不良で冷や汗を流した経験を持つ人は多いことと思います。病気や怪我はいつでも経験したくないものですが、それが見知らぬ土地で起こったとしたら……。「痛み」を母国語以外で説明するのは、まさに苦痛以外の何者でもありません。医師に的確に「痛み」を伝えるには、どうしたらよいのでしょう。 ■ 痛みを伝えるのって難しい 事故による怪我などで、開いた傷口や折れた骨など原因と痛みの状況が見えているような場合はわかりやすいですが、問題は、腹痛や頭痛など目に見えず、本人にしかわからない痛みの状況を説明する時です。痛みは、体温や血圧などのように測定することも、血液のように分析することもできない上、個人によって体感が異なるため、度合いを判断するのが困難です。医師は患者の痛みに関する正確な情報が必要なのに、患者は痛みを客観的に示すことができないのです。 どこが、どう痛いのか――。母語でもなかなか的確に伝えるのが難しい痛みを、他言語でと考えるだけで、痛みが増しそうです。伝える側が苦労する一方、情報の受け手である医師は、どのように患者の痛みを判断するのでしょうか。 ■ 医師の理解を阻む言葉の壁 言葉が通じない相手の痛みを理解するため、医師によっては、痛みの性質や程度を示した語のリストを使ってコミュニケーションを測ろうとします。「鋭い」(Sharp)、「鈍い」(dull)、「焼けつくような」(Burning)、「刺すような」(Stubbing)、「どきどきする」(Throbbing)などなど……。患者にとって最初の難関は、初診で痛みの性質や程度をうまく言葉で説明することです。このリストがあれば、患者は該当の痛みを指差すだけでよく、大いに役立つことでしょう。しかし、それでも書かれた言葉の意味がわからなければ、リストを使っても理解しきれない可能性があります。また、 痛みの頻度も重要です。ずっと続く痛みなのか、波のように時間をおいて強弱がある痛みなのか、あるいは特定の姿勢や動きに伴う痛みなのか。一つひとつを確認していく必要があります。 リハビリテーション医学を専門とする理学療法士のジェフリー・シェイムズ博士がこれに対して、一つの方法を示しています。イスラエルに4つある主要な健康維持機構の1つ、 Maccabi Health Servicesのリハビリテーション部門を統括する博士は、慢性症状の長期管理に携わっており、患者の痛みの診断と対応は欠かせません。シェイムズ博士は、身体を描いた図に痛みの個所を示してもらったり、痛みの程度を1から10までのゲージで示してもらったり、ストレスレベル、体の動きの不具合、QOL(生活の質)など、さまざまな視点から痛みに焦点を当てて答えてもらう質問表を準備するなどの工夫が、患者の痛みを把握するのに役に立つとしています。 ■ 痛みにもいろいろありまして―― 確かに痛みの表現のリストや程度のゲージは、言葉によるコミュニケーションの助けとなります。しかし、例えば日本語では「胃がシクシク痛む」「頭がズキズキする」など、痛みのニュアンスを伝えるためにさまざまな擬音語を駆使します。痛みにもいろいろあるのです。患者は的確な診断と治療を受けるため、できるだけ正確に痛みの種類や性質、度合い、範囲、頻度などを、痛みのニュアンスも含めて伝えることが大切です。 チャートやゲージだけでは伝えきれない「痛み」は、やはり言葉によって伝える必要があります。例をあげれば、英語で痛みを表す単語にはPainの他にAcheがあります。Painが治療の必要のない軽度の痛みから我慢できない重度の痛みまでをカバーする単語であるのに対して、Acheは頭痛(Headache)、腹痛(Stomachache)など、より主観的かつ慢性的で、緊急性の低い「痛み」を示しています。医療現場では、急性(鋭い)=Pain、慢性(鈍い)=Acheという区別で、患者に対応していると言えます。 ■ 医療通訳者・翻訳者が必要…

研究不正の裏に潜む任期付雇用の暗い影

2018年1月、京都大学iPS細胞研究所での論文不正が発覚しました。言わずとも知れた山中伸弥所長が率いるiPS研究のトップ研究機関における不正発覚。この事実だけでも衝撃的ですが、後を絶たない研究不正の裏に研究者の不安定な雇用があるとの報道からは、さらに深刻な問題が見えてきます。はたして、不安定な雇用とはどのようなものなのでしょうか。 ■ 雇用の多くは任期付の非正規 2014年に世界的な話題となったSTAP細胞問題から、学術界を挙げて研究不正への対策を強化してきましたが、実際に不正をゼロにするのは困難と言われています。今回発覚した不正は、2017年2月に京大の山水康平特定拠点助教らが米科学誌に発表した論文に掲載したグラフにねつ造と改ざんがあったと認定されたものです。山水助教以外の共著者(10名)は不正に関与していなかったと報じられました。 山水助教の役職名「特定拠点助教」とは、京大独自の特定有期雇用教員で、iPS細胞研で再生医療に従事する任期付の助教授のことです。将来的な実用性の高いiPS研究を担う職員ですらプロジェクト終了時までと期間を限定しての契約なのに驚かされますが、これが研究者を取り巻く現実です。iPS研究所所長である山中教授自身、2017年9月に同研究所の教職員の9割以上が非正規雇用であることを訴えていました。研究費獲得競争が激化する中、雇用期間に定めのある非正規雇用研究者たちは限られた予算と期間内に成果を出すことを求められています。非正規雇用研究員が増えているのは、研究機関だけの問題ではありません。国の基幹研究を担う大学でも同じ状況です。 ■ しわ寄せは若手に 経済効率性重視のアベノミクスのもと、国立大学法人運営費交付金は減り続け、国立大学は研究費(特に基礎研究)の確保に苦労しています。かつて潤沢な研究費が確保できていたころに雇用された常勤研究者(正規雇用)が高齢となるのに対し、研究費の確保ができない状況で採用される若手は任期付の非正規が多数。まさに、若手研究者が研究費削減のしわ寄せを受けている状況です。 少し古いデータですが、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が2015年3月に発表した「大学教員の雇用状況に関する調査」が参考になります。東京大学などの主要11大学(RU11*)の教員総数は2007年度(平成19年度)26,518人、2013年度(平成25年度)29,391人でしたが、そのうちの任期無し教員は、2007年度では 19,304 人だったのが、2013年度では 17,876 人に減少。一方、任期付き教員は7,214人から11,515 人にと大幅に増えていました。年代別で見ると40歳未満の若手教員が任期付教員に占める割合が多く、残念ながら、この傾向は今も改善されていません。多くの研究者が40歳代になっても任期付雇用のまま研究を続けざるを得ない状況に置かれているのです。 任期内に成果を出せなければ次の職を得るのは難しい――不安定な雇用は研究者を不安に陥れます。iPS研究所で不正を指摘された山水助教も2018年3月末に迫った雇用期限を前に、何とか見栄えの良い成果を出そうと焦ったのかもしれません。 *RU11:日本の研究活動を牽引する主要な研究大学として学術研究懇談会(RU11)を構成する 11…

【コラム】ハリウッド映画やTVドラマを彩る人気科学者たち

ハリウッド映画やTVドラマには、時にさまざまなタイプの科学者が登場します。とてつもなく優秀であったり、とてつもなく変わり者であったりする個性豊かな彼らに惹きつけられることも多いのではないでしょうか。映画では、夢のような発明、たとえば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に登場する車型のタイムマシンの「デロリアン」や、『メン・イン・ブラック』で使われていた記憶を消すレーザー光線「ニューラライザー」など、想像もつかないアイテムが登場しワクワクしますが、ここではフィクションの世界で偉大な発明、発見をした科学者たちに焦点を当ててみたいと思います。 1. シェルドン・クーパー(『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』) (Image Credit: iDominick via Wikipedia) カリフォルニア工科大学の理論物理学者シェルドンは、並外れた頭脳の持ち主です。IQは187で、14歳で大学院に進学し、16歳で博士号を取得しています。ただし、その行動はエキセントリックで、『スター・トレック』に出てくる宇宙人が話すクリンゴン語を流暢に話すことはできますが、人の感情をくみ取るのは非常に苦手で、しばしば人間関係をこじらせてしまいます。 同作品はTVドラマシリーズで、ジム・パーソンズが演じています。 2. エリナー・アロウェイ(『コンタクト』)   (Image Credit:…

難民の命を救う言語のエキスパート

紛争や民族・宗教対立などから自分や家族の命を守るために母国を脱出、あるいは追われて国境を越える難民が、後を絶ちません。シリア国民やロヒンギャ族を筆頭に、その数はここ数年で急激に増加し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表によると、2016年には過去最多の6560万人に上りました。 このようにたくさんの人が国境を越えると、移動先で、ある問題が起こります。受け入れ側との事務手続きはもちろん、医療処置や職業訓練を施す上で、言葉が障害となる可能性があるのです。難民のコミュニケーションをサポートする言語のエキスパートが、これまで以上に必要とされています。 ■ 難民の言語は多種多様 なぜ言語のエキスパートが必要か。それは、難民が多様な言語話者から構成されている集団だからです。UNHCRの統計によれば、全難民の55%がシリア、アフガニスタン、南スーダンの3カ国で占められていますが、サハラ以南のアフリカの国々からの難民も増加しています。言語は多種多様であり、中には母国語以外を理解できない人も多いのです。シリアからのアラビア語話者は教育水準が高く、ある程度は英語も理解できますが、ペルシア語やダリー語(アフガン・ペルシア語)の話者には、英語がわからない人が多数います。 人道支援を行う組織だけで多様な言語に対応することは難しく、そのため非営利団体「国境なき翻訳者団(Translators Without Borders: TWS)」が創設されました。国境なき医師団(MSF)の姉妹組織であるTWSは、世界各地の難民キャンプなどで援助組織や人道支援団体と難民との間をつなぐ多言語翻訳を無償で行い、ハイチやフィリピンでの自然災害時にも、英語から現地語への翻訳を行うなど、幅広い活動を展開しています。TWSが要請を受けている言語には、クルド語、ウルドゥー語(パキスタンの国語)、パシュトー語(アフガニスタンの公用語)、ティグリニア語(エチオピアの公用語の1つ)、フランス語などがあり、所属するボランティア翻訳者が、さまざまな言語を母国語とする難民のコミュニケーションを助けています。 ■ 人道支援における言語サポートの4つの特異性 TWSの広報マネージャーのラリ・フォスター氏によると、難民の言語サポートには4つの特異性があるとしています。 1) 難民が多様な言語集団からなること 2) 受け入れ側にも言語上のサポートが必要なこと 3)…

査読結果や査読者名を公開すべきか?

ジャーナル(学術雑誌)における査読は、一般的には匿名で行われます。しかしながら本誌では以前、著者も査読者もお互いが誰であるかを明らかにして行う「オープン査読」でも、査読の質は下がらない、という研究結果を紹介したことがあります。 また現状の査読は不透明であり、バイアス(偏り)を伴いがちで、非効率であることも指摘され続けています。ある科学者が「査読を科学的なものにしよう」と提言したことを、本誌が紹介したこともあります。 査読の改善を図ろうとしばしば提言されることが「査読のオープン化」です。ただ査読のオープン化といっても、さまざまなものがあります。たとえば上述の「オープン査読」です。また、論文の公表と同時に、査読結果(査読レポート)も公表するという試みも始まっています。 ハワード・ヒューズ医療研究所などが主催し、今年2月にメリーランドで開催された「生命科学の査読における透明性・認識・改革」という会議では、100人ほどの出席者が査読のオープン化について活発に議論しました。その様子を『サイエンス』が伝えています。 それによると、出席者の多くは、査読結果を公開することに好意的なようです。しかしながら査読者の名前の公開については、コンセンサスが得られなかった、と伝えられています。 査読結果を公開することのメリットとしては、査読システムの理解につながること、特にキャリアの初期にいる若い研究者にとって役に立つことなどが指摘されています。また、査読結果に書かれている評価のなかには、研究者が自分の分野について新しい方法論で検討することに役立つ情報が含まれていることもある、という意見もあります。 デメリットも指摘されました。たとえば、訴訟や一般社会で起きている論争にかかわる臨床試験の結果をまとめた論文の査読結果に批判的なコメントが書かれていた場合などでは、誰かがそれをチェリー・ピッキング(自分の主張に都合の良い事実だけをつまみ食いすること)して、誤った認識を広めてしまうというリスクがあります。それについては、科学者の側が一般社会に対して査読の意義を説明する努力が必要だ、という意見も出ました。 会議で行われた非公式なアンケートでは、査読結果を公開し、それをオンラインで検索できるようにすることに、圧倒的な支持が集まりました。この結果は、2017年12月に『プロスワン』で公表された研究結果に一致します。この研究では、オーストリアの研究者らが、研究者ら3062人を対象にオープン査読に対する態度についてオンライン・アンケートを行ったところ、回答者の60.3%が「オープン査読は一般的な概念として、学術論文の査読方法の主流となるべき」とみなしていることなどがわかりました。 しかしながら査読結果を公表しているジャーナルはきわめて少ないのが現状です。非営利団体「RAND ヨーロッパ」が3700誌を対象に行った調査では、査読結果を公表することを認めているジャーナルは2.3%に留まりました。なお、査読結果を公開することを認めている『ネイチャー・コミュニケーションズ』では、著者の62%が公開に同意したことが、前述の「生命科学の査読における透明性・認識・改革」会議で明らかにされました。 一方、査読者の名前を公表することについては、根強い懸念があるようです。たとえば、査読者が若い研究者である場合、人事権などを握っている年長の研究者からの報復を恐れて、批判的なコメントを控えるようになってしまうかもしれません。査読への参加を完全にやめてしまう研究者もいるでしょう。 また、国立衛生研究所(NIH)はオープンアクセスになっている論文にコメントできるプラットフォーム「パブメドコモンズ(PubMed Commons)」を運営してきましたが、今月、閉鎖してしまいました。結局のところ、名前を明らかにした上でコメントする研究者はきわめて少なかったからだといいます(なお論文について匿名でコメントできる掲示板として「パブピア(PubPeer)」があります。悪名高いSTAP細胞論文の不正発覚はここから始まったといわれています)。 査読者の名前を公表することに賛成する意見もあります。査読者の名前を出すことで、たとえば、より慎重な査読を促したり、不当にネガティブなコメントを少なくしたりすることができる可能性があります。また、査読という仕事そのものが研究活動の一環として評価され、テニュア(終身在職権)や昇進などの審査対象になるようになるかもしれません。「えこひいきを排除するのにも役立つだろう」という意見もありました。ジャーナルの編集委員が、学会での有力者や知り合いなどが原稿を投稿してきた場合などに、査読を通りやすくするよう何らかの取り計らいをする、という話は筆者(粥川)も耳にしたことがあります。査読者を明らかにすることで、外部の者がそうしたバイアスを認識できるかもしれない、ということです。 しかしながら現状では、査読者の名前を明らかにすることを認めているジャーナルはごくわずかです。前述のRANDヨーロッパの調査では、3.5%でした。…

人工知能(AI)は学術研究に益か害か?

今ではすっかり生活に溶け込んだ「人工知能」(Artificial Intelligence: AI)という言葉。この用語が初めて登場したのは、1956年。人工知能の基礎を築き「現代人工知能の父」とも呼ばれるジョン・マッカーシー博士が、ダートマス会議と呼ばれる、自身の主催した研究者のワークショップで初めて使用しました。人間の「知能」を機械に持たせる、つまり人間の脳が行っている知的な諸機能を機械に行わせることを目的に、ダートマス会議以降、研究が進められてきました。そして2016年12月、AppleがAI関連、具体的にはコンピューター生成画像を使い画像認識トレーニングを向上させる技術について記した論文を発表したことにより、AIの発展は転換期を迎えることになりました。それまで秘密主義を貫いていたAppleが同社による研究成果を学術機関で発表・共有したことで、IT業界へのAIの取り込みおよび情報のオープン化が加速したのです。AIが日々急速に進化している半面、本当に有益なのか、害となるか、どこまで信頼すべきなのか懸念も生じています。 ■ 拡大するAIの利用 AIと聞くとSF映画を想像する方もいると思いますが、AIの利用は、IT業界をはじめ産業界で拡大しており、ビッグデータと言われる大量のデータの処理や自然言語処理(人が日常的に使っている言語をコンピューターに処理させる)を活用して顧客向けの広報や顧客サポートを行うようになっています。 AIの基本は、ニューラルネットワークと呼ばれる、人間の脳神経細胞をモデルとした情報処理システムですが、近年のITの発展により、このニューラルネットワークによる学習(機械学習)機能が飛躍的に向上しました。自分で学習し知能を蓄えることができるようになったことで、AI搭載の将棋・囲碁ソフトが人間のプロを打ち負かすといったニュースも聞こえてくるようになりました。 AIには、科学者たちが、AIはイノベーションや新たな発見、科学の発展に貢献すると考えるに足る特徴があります。例えば、人間の脳にとっては複雑すぎる処理を行えたり、高速で情報を処理したり、間違いを減らしたり、データから傾向や真意を検出したりできるのです。AIは、生活をよりシンプルに、簡便に、高度にできる可能性を秘めているのです。 ■ 学術出版におけるAIの影響 AIの登場は、学術出版界にも影響を与えています。2014年、英語に限っても約250万本の学術論文が28の学術誌に掲載されましたが、これだけ多くの論文を掲載するのにAIが一役買っていることは言うまでもありません。一例として、AIを用いることによって不正データや盗用・剽窃を検出することが可能になるため、出版社は、投稿された論文が出版に値するかどうかの判断に役立てることができます。 また、AIは膨大な学術論文の内容を瞬時に処理することもできます。例えば、がん治療の標的とされている特定のp53タンパク質に関する論文だけでも、7万本以上が発表されており、研究者がどんなに努力しても、すべての論文に目を通すのは困難です。ところが、AIを使えば、自分が必要としている記述が含まれる公開論文を代わりに見つけてきてくれるのです。自分で研究活動を行えるとも言われるAI「Iris」は、研究者の代わりに論文を「読み」、論じている内容を判断し、結果を研究者に提示できるという特徴を持っています。他にも、AIが搭載された「Semantic Scholar」という研究者向けの検索エンジンは、論文を読み、キーワードなどを元にした分析を行い、影響力の大きな論文を検出・評価するなどの機能を備えています。このような機能も含め、AIの発展は学術界にも以下に挙げるような大きな利便性をもたらしているのです。 AIが学術界にもたらすであろうメリット ・研究のトレンドや重要な分野の明確化。論文のタイトルではなく、内容に基づいて抽出するので、研究者は各分野の傾向を特定できる。 ・新しい査読者の選定。AIは、編集者が思いもつかない潜在能力を持った査読者をオンラインから探し出し、名簿を提供できる。 ・盗用・剽窃の防止。AIは自然言語処理を用いて、書き換えられた文や段落を特定し、盗用・剽窃を探し出すことができる。…

翻訳の質の数値化は可能か ?

グローバル化が進行し、世界中の情報の受発信が可能になった昨今、翻訳の必要性が増しています。大量の情報の翻訳を素早く、という需要に応えるため、機械翻訳やコンピューター支援翻訳も登場してきました。しかし、翻訳を行うのが人間でも機械でも、翻訳には「質」が求められます。誤訳がないことはもちろん、適切な用語が使われているか、依頼内容に合致しているかなど、多様な要望を満たした訳文が評価されて初めて、それはよい翻訳と言えるのです。 とはいえ、依頼者が訳文に期待する効果や読み手の受け取り方によって訳文の評価はさまざま。翻訳の質を判断するには、どうすればよいのでしょうか。評価の数値化は可能なのかを考えます。 ■ 誤訳を基準に数値化してみる 多くの翻訳会社やランゲージサービスプロバイダーは、少なくとも誤訳、つまり「エラー」を数えることで、翻訳の品質をある程度は測れると考えています。問題は「エラー」の重大度、つまり訳文において誤訳がもたらす影響力です。翻訳の質を計測するには、まずエラーの「格付け」が必然となってきます。仮に、エラーの重大度を3段階に分けてみます。 重大度 高: 意味が違っており、重大な影響をもたらす可能性があるエラー 重大度 中: 読者の理解度に影響する可能性のあるエラー 重大度 低: 上2つには該当しないものの、誤りが存在する(スペルミスなど) このように重大度を分類した上で、それぞれに点数を配して単純な数式を当てはめることで、エラースコアを算出することが可能になります。例えば、重大度高のエラーに10、中に5、低に1などとしてから、エラーの出現頻度を係数(重大なエラーの出現頻度が低ければ1、中程度に5、高ければ10)として重大度の数に掛ければ一定の数値が算出できます。ただ、このままだと長文ほど出現数が多くなってしまうので、異なる長さの文でも公正な数値となるよう加重平均処理を加えれば、より公平な数値化をすることができます。もっと単純な方法として、文字総数に対するエラーの数を直接的にパーセンテージで算出することも一案ですが、基準を明確にした上で数値化したほうが、より複合的な要素を考慮しつつエラーの状況をわかりやすく比較することが可能となります。 ただし判定には、これに加え、正確さ、的確さ(読み手にふさわしい訳文になっているか)、用語集やスタイルガイドの順守などが含まれてきます。おまけに、判定者の主観も加味されることになるので、かなり複雑になると言えるでしょう……。 ■ 数値比較だけでは済まない 前述のような方法を使えば数値化は可能ですが、単純にエラー数またはエラー率だけで翻訳の優劣を比較できるかというと、そうではありません。文中に何度も出てくる単語の軽微な誤訳によって高いスコアになる場合もあれば、数は少なくても原文の理解に致命的な影響をもたらすエラーを犯している場合もあるからです。また、業界用語・専門分野用語の翻訳を誤ってエラーと認識させてしまうことも十分に考えられます。翻訳会社(翻訳者)と顧客の間であらかじめ用語集を共有するなど、事前確認が必要です。一方で、文法間違いやスペルミスなど、文意に影響をおよぼすことはないものの頻度によって翻訳者の評価を致命的に落とす可能性のあるものについても、エラースコアに示されるべきでしょう。 しかしながら、これらを数値化したところで最後にもう一つ、大きな問題が残ります。それは、顧客の主観です。顧客がエラーとして認識する項目や、読む際に何を重視するかは、読み手によって異なることが多いのです。その一つに訳文の読みやすさ、あるいは流暢さが挙げられますが、これが実に厄介なことに、読み手の好みや趣向に影響を受ける傾向があります。翻訳会社(翻訳者)は顧客にとってのベストな訳文にするため、顧客が求める翻訳の品質とは何か、何を重視するかを明確に理解しておかなければならないのです。…

BREXITでEUの研究開発費削減か

十分な資金なくしては、革新的な研究は生まれない。これは研究に関わる人たちにとって確固たる事実でしょう。EUでは「Horizon 2020」とよばれる研究および技術革新を促進するためのプログラムを通して、巨額の公的資金を研究開発に投入しています。さらに、EUの立法機関である欧州議会は、今後7年間のEU予算における研究支援費の増額を検討していました。ところが、状況は経済大国イギリスのEU脱退、いわゆるBREXITにより一変しました。研究費申請の増加とBREXITによる深刻な財政問題の間で、EUが今、揺れています。 ■ 高まる研究開発費の需要 Horizon 2020とは、2014年から2020年までの7年間にわたるEUでの革新的な研究および開発を促進するためのフレームワークプログラムで、770億ユーロ(約10.5兆円)の公的資金が投入されています。このプログラム内で行われる研究プロジェクトには、EU以外の国からも参加することができ、その応募は多数に上ります。中でもヘルスケアや宇宙に関する研究への助成金申請が今後も増加すると考えられ、現状の予算では十分ではないとの認識が持たれています。 そのため、欧州議会は後継プログラムである「フレームワーク9(2021年~2028年)」において、計1200億ユーロの投入を計画しました。このフレームワーク9では、環境に配慮したエネルギー利用、ナノテクノロジー、食の安全性といった分野にも注力することが支持されています。同時に欧州議会は、科学・技術分野におけるEU加盟国間の人材交流計画の一部であるエラスムス計画(The European Community Action Scheme for the Mobility of University…

オルトメトリクスが2017年の論文ランキング100を発表

オルトメトリクス社が、2017年に最も影響力のあった学術論文のランキング「Altmetric Top 100」を発表しました。オルトメトリクス(Altmetrics)とは、学術論文の影響を評価する新たな指標で、被引用回数だけでなく、オンライン上の引用数を考慮して算出される、近年利用が拡大している指標です。ソーシャルメディアの種類によって重みづけをし、計算がなされます。このシステムは発展途上にあり、計測方法と注目度合いの定量化方法に一部で疑問が呈されていることは確かですが、従来とは異なる指標が示す影響力のある論文とは果たしてどのようなものだったのか、チェックしていきましょう。 ■ 影響力のある論文トップ10 まず、このリストで上位に選ばれた論文の内容を見ていきましょう。最も注目された論文は、『ランセット』誌に掲載された栄養学の研究に関するものです。低脂肪食品は脂肪の代わりに大量の糖分を含んでおり、結果として体重増加を招くという、今まで考えられてきた脂肪の考え方を否定する研究内容でした。オンライン注目度スコアは5876で、最も多くのメディアとソーシャルプラットフォームが、この論文を引用したことを示しています。その他のトップ10の論文とジャンルは以下の通りです。 ■ 2017年 注目論文の特徴 2017年のリストには、臨床研究、心理分析、症例研究、後ろ向き調査、古生物学、疫学、バイオエンジニアリングなど、多岐にわたる分野が取り上げられています。その中でもオンラインメディアで取り上げられた回数が高かった分野は、以下の通りでした。 ・ 医学(53) ・ 生物科学(17) ・ 地球環境科学(9) ・…

機械翻訳とコンピューター支援翻訳ってどう違うの?

「機械翻訳」と「コンピューター支援翻訳」。皆さんは、この違いがお分かりになりますか?どちらも機械が人間の代わりにする翻訳のこと、とお考えになる方は、少なくないのではないでしょうか。実はこれ、誤りなのです。一見すると同義語に見えるこの2つには、大きな違いがあるのです。 ■ 機械翻訳とは まず「機械翻訳」から見ていきましょう。「機械翻訳」とは、人間を介さず、コンピューターによって言語を別の言語に変換する作業であり、自動翻訳と呼ばれることもあります。最近ではスマートフォンにも自動翻訳機能が搭載されており、ずいぶん身近なものになりました。 仕組みは、膨大な単語と訳文のデータベースから、訳出する語句または文章に一番近い訳を探し出して「訳文」として提示するというもの。現在、そのシステムは3つに分類されています。文法のルールなどをもとに、過去の翻訳文を記憶した用例辞書と単語対応を記憶した単語辞書を利用する、ルールベース機械翻訳。単語・構文に基づいた対訳データから出現確率のような統計情報を利用して最も適切なデータを出力する、統計ベース機械翻訳。人間の脳神経細胞の活動をモデル化したニューラルネットワークを採用し、翻訳に必要な情報を段階的に学習しながら訳文を出力する、ニューラル機械翻訳(NMT)。ちなみにGoogle翻訳は、ニューラル機械翻訳です。コンピューター処理能力が向上したのに並行して、NMTのディープラーニング機能が進歩し、翻訳の精度が飛躍的に向上したと話題になりました。 ■ コンピューター支援翻訳とは では次に、「コンピューター支援翻訳」とは一体どんなものでしょうか。これは、人間がコンピューター支援翻訳ツール(通称CATツール)または翻訳支援ソフトと呼ばれる、翻訳作業の効率化を支援するツールを使って言語変換を行うことです。コンピューター支援翻訳ツールを用いれば、あくまで人間が行う翻訳の生産性を上げることができます。 具体的に見ていきましょう。翻訳支援ソフトが効力を発揮するのは、内容が複雑かつ膨大な量の翻訳を行う時です。翻訳支援ソフトには前述の通り、用語データベースや翻訳メモリが搭載されており、文脈に適した訳文を提案してくれるので、参考にすることができます。また、用語がメモリに記録されていれば、訳語や表記の統一が簡単になります。また、原文と訳文を並べて表示しながら翻訳作業ができるため、訳抜けを防ぐこともできます。結果として、翻訳作業のスピードと正確性が格段に上がります。 ■ メリットとデメリット ではここからは、機械翻訳とコンピューター支援翻訳それぞれのメリットとデメリットを見ていきましょう。 機械翻訳を利用するメリットは、何と言っても安く、速いことです。文章を入力するだけで即座に翻訳してくれる上、Google翻訳のように無料かつ手軽に利用できるものもあります。無料の機械翻訳は一度に翻訳できる文章量(文字数)に上限があるため、大量の文字を翻訳したい場合には、有料の翻訳ソフトを購入する必要があります。とはいえ、かかる費用はソフトウェアの購入費用だけですので、比較的安く翻訳できると言えます。 デメリットは、やはり訳文の正確性が低いことでしょう。ニューラル機械翻訳の精度が飛躍的に改善されてきているとは言え、それでも、自然な言い回しに訳出されていないことがあれば、訳抜けや誤訳が見つかることもあります。より自然で正確な訳文にするため、ポストエディターとよばれる翻訳の専門家に修正を依頼することはできますが、一度翻訳された文章を修正するのは難しい場合もあり、結局、原文を一から翻訳するのと同程度の手間と費用がかかってしまう、といったケースも起こり得ます。時間がかからず便利な反面、品質を求める文章の翻訳に適しているとは言いがたいでしょう。 一方、コンピューター支援翻訳のメリットといえば、人間が翻訳を行い、かつ訳語や表記の統一も行うことができるので、読みやすく自然で、質の高い訳文が仕上がる点でしょう。デメリットは、支援ツールを利用するとはいえ人手をかけて翻訳するため、機械翻訳と比較すると費用が高くなることと、ある程度の時間がかかってしまうことです。ただし、この場合は翻訳の最初の段階から翻訳者が関与するため、別途ポストエディットを手配する必要はありません。その代わりに、ネイティブチェッカーやクロスチェッカーによる訳文チェックを作業工程に組み込めば、より完成度の高い翻訳に仕上げることができます。コンピューター支援翻訳のメリットと同時に、翻訳者が介入することのメリットも受けられるので、十分な費用対効果を得ることが可能です。 ■ 使い分けが肝心 このように、機械翻訳とコンピューター支援翻訳はまったく異なるものです。そして、双方にメリット・デメリットがあります。おおまかに原文の内容を理解したい、といった場合には機械翻訳を、社外に公表するものなど表現が重視されるものにはコンピューター支援翻訳を利用するなど、翻訳の内容、かけられる時間、求める正確性などによって、それぞれの翻訳の違いを理解した上で、メリットを生かしながら使い分けることが賢い選択と言えそうです。

Twitterは研究者にも有益か-使用上の注意 (後編)

前編でツイートには3つのパターンがあることが調査から見えてきたことをお伝えしました。では、本当にツイート数の多さが論文閲覧数に影響するのでしょうか。3つのパターンと調査の結果を見てみます。 ■ パターン1. 1つのアカウントから複数回発せられたツイート ツイート数が最多となった論文は(アメリカで)264のツイートに登場し、高いAltmetricスコアを得ましたが、このツイートの73%(193)は、たった1つのアカウントから投稿されたものでした。しかも、このアカウントからの発信に書き込まれた該当論文へのリンクは65回、2番目に多くのツイートをしたアカウントからの発信に書き込まれたリンクは58回。この2つのアカウントはお互いにリツイートすることもあり、これらのアカウントからの発信を除くと、該当論文へのツイートは15と限られたものでした。ツイート数や書き込みリンクの数に違いはあっても、このように単独あるいは少数のアカウントから多数のツイートが発せられる傾向は他の論文にもあるようです。 ■ パターン2. アカウント管理者によるツイート 一方、別のアカウントから同じ内容のツイートが多数発せられることがあることもわかりました。このパターンの例として、1982年に発表された論文が51回も次々に同じ内容でツイートされたことがあげられます(2016年)。Twitterがリリースされる前の古い論文がツイートされること自体が稀ですが、Twitterのアカウントを有する歯科医らが、アカウントの管理を同じ会社に委託していた結果、同じ内容のツイートが発せられたと考えられています。歯科医師らは患者とのコミュニケーションにTwitterを使用していましたが、委託を受けた管理者は、投稿にはオリジナルのテキストを使うと約束していたにもかかわらず、コピーしたテキストを繰り返し貼り付けて投稿していたのです。このようなパターンも散発的ではありますが、存在しています。 ■ パターン3. 情報共有の広がりを示すツイート もうひとつのパターンは、投稿を見た研究者が、実際に内容に興味を持ったことを示すツイートです。本来はこのパターンが多くなるべきなのですが、真摯に論文について書き込んだ投稿数がトップではないことは問題です。トップ10に入った1つの論文への59のツイートは、41の異なるアカウントからツイートされていました。これは、興味を持った研究者たちが、個別にツイートまたはリツイートしたことを示しています。 ■ 調査結果から見えてくるのは―― トップ10本の論文へのツイートが、データ全体の8.4%を占めていること、それらのツイートには上述のパターンが見られることなどから、単独または少数による頻繁な投稿がツイッター上では大きな役割を果たしていることが見られました。また、データの中にはbotで作成されたツイート(設定された条件で自動発言をする機能を使ってツイートすること)も含まれることも踏まえ、この調査では機械的な発信か人による発信かの特徴に注意した分析も行っています。このような実態を踏まえると、ツイート数を論文の評価指標として組み込むには、不適切なフォロワーやbotによるツイートなどを除外するアルゴリズムの導入など、まだまだ課題は多そうです。この状況を理解した上で論文についてツイートするのであれば、専門知識などを駆使し、明らかに人(研究者)によるツイートとわかる内容を投稿することによって研究成果の拡散効果を上げる必要がありそうです。 ■ Twitterは一長一短 学術研究についてツイートすることが有益か否かは、意見が分かれるところではないでしょうか。Twitterでなら新しい研究について意見を交換したり、以前の研究の価値について議論したりと、研究者仲間とオープンなコミュニケーションができると言う研究者もいます。一方で、発表した論文の影響力を強化するためにTwitterが有益であるかについて懐疑的な意見があるのも事実です。前述の調査結果を見ると、単純にツイート数が多いことが、該当記事への関心の高さを示すものではないことがわかります。また、ツイートの数を研究への関心の高さと見なすことも危険です。関心を引くためにわざと挑発的な内容や物議を醸すようなコメントを残すのはもってのほかですし、炎上したツイート数を評価に含めるようなことをすれば、いかなる研究分野であっても悪い影響を与えかねません。ツイート数の分析に注意が必要なことは明らかです。 Twitterの利用は一長一短です。コミュニケーションには便利なツールですが、研究論文を周知することや、影響度を向上させるために使おうとすれば、それなりの注意と方針が必要です。SNSの発展と利用拡大に伴い、オルトメトリクスのような新しい評価指標が登場したことで、研究者もSNSと無縁ではいられなくなってきています。しかし、TwitterなどのSNSを使いこなすには、時間と労力を要します。研究活動を広める目的で利用し始めたのに、ツイート数を増やすことが目的になってしまっては本末転倒です。SNSの利点をうまく活用するためのアドバイスは、さまざまな場所(インターネットや若手研究者からの口コミなど)で入手できるので、自分にあった活用法を探ってみてください。情報を役立てつつ、うまく活用することで、思わぬ成果が得られる可能性はあるのです。 ※ Twitterは研究者にも有益か-使用上の注意 (前編)はこちら こんな記事もどうぞ:…

Twitterは研究者にも有益か-使用上の注意 (前編)

Twitterといえば、トランプ米大統領の書き込みがたびたび話題をさらっています。このソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の最大の威力は、発信された情報が、まさに瞬間的に世界中に拡散されること。このメリットを活用すべく、Twitterの利用は学術界にも波及しており、発信する文字数が制限(280文字、ただし日本語・中国語・韓国語は拡大対象外)されているにも関わらず、研究活動に役立てる研究者も増えているようです。 ■ 研究活動にTwitter? Twitterに限らずSNSをコミュニケーション・ツールとして使いこなす研究者は少なくありません。多くの研究者が、「科学者・研究者のためのFacebook」と呼ばれるResearchGateやAcademia.eduのようなプラットフォームで、研究の共有・情報交換を行っています。無論、FacebookやTwitterの利用者も多いことでしょう。 発信できる文字数に明確な限りがあるTwitterが本当に研究活動の助けになるのか?半信半疑な方もいると思います。しかも、フェイクニュースが話題になるように、発信される情報の信頼性の確保や、無遠慮なリツイートによる炎上といった、社会的な問題をも内包しているTwitterは本当に大丈夫なのか?信頼性が重要視される学術界において、Twitterを使うことで、研究の面白さや重要性を損なってしまうリスクは十分に考えられます。 ■ Twitterの投稿は論文の評価に影響するか 2017年8月、研究論文をツイートすることで論文閲覧数に影響が出るかを調査した結果が、オープンアクセス・ジャーナル「PLOS ONE」に発表されました。これはTwitterへの投稿が、学術論文の影響度評価の新たな指標として注目される「オルトメトリクス(SNSでの拡散の度合いも評価対象に含めて論文の影響力を計る新しい指標)」に影響を及ぼすかを調べたものです。つまり、この調査で対象とした歯学分野の研究論文へのリンクを書き込んだツイートを調査することで、積極的なTwitter利用が、論文の周知や他の研究者の興味を引くことに貢献したかを見ようとしたのです。 調査の対象となった論文は、2016年に発表されたWeb of Science(WoS)に登録された84誌とPubMedに登録された47誌の中から抽出。2011年から2016年までの5年間に執筆された4,358本の論文について、2,200以上の米国内の個人アカウントから発信された8,206のツイートの分析が行われました。 ■ 分析内容 ・WoSの引用数とツイート数の比較 ・論文あたりのツイートされた数 ・論文あたりのツイートしたアカウントの数 ・投稿されたテキストにおける変異…

翻訳・通訳は文化理解が命!

翻訳 通訳というと元の言語と変換する言語を理解していればできるもの、と思われるかもしれません。言語自体の理解は言うまでもなく不可欠ですが、言語というものは各国の文化によって生み出され、作られていくものです。背景となっている文化を理解しないことには、言葉を置き換える時、意味を取り違えてしまったり、逆の意味に訳してしまったりすることもあります。これは時に、歴史に残る誤訳になってしまうことすらあるのです…。 ■ 語り継がれる有名誤訳 言語への理解不足が後世に多大な影響を与えてしまったという意味で、有名な誤訳の話があります。400年頃、神学者でもあった聖職者のヒエロニムスが、旧約聖書をヘブライ語からラテン語に翻訳した時のことです。シナイ山から下山したモーゼの頭に「光輪があった」とすべきところを「角があった」と訳してしまったのです。ヘブライ語に母音を表す文字がないために誤読してしまったと言われており、文法上の間違いによる誤訳です。この誤訳がその後も長く信じ続けられてきた結果、今でもたくさんのキリスト教会のモーゼ像には、角があるものが見かけられます。 比較的最近では、1977年にアメリカのカーター大統領がポーランドを訪問した時の話があります。訪問にはロシア人の通訳者が同行したのですが、この通訳者はポーランド語にはあまり精通していませんでした。結果として、大統領がポーランドの国民に向けたメッセージの中で「私がアメリカを出発したとき(when I left the United States)」と言ったのを「私がアメリカを棄てたとき(when I abandoned the United States)」に、「あなたがたの未来の展望(your…

2017年に学術界を揺るがした衝撃的事件(後編)

2017年に学術界を揺るがした衝撃的事件として、前編では海賊版論文サイト「サイハブ」訴訟と、ドイツの主要学術機関とエルゼビアとの契約交渉が決裂した件を紹介しました。後編では、研究者を食い物にする「捕食出版社」と研究論文の盗用・剽窃に関する話題を取り上げます。 ■ 捕食出版社として訴えられたOMICSへの仮差止め OMICSグループはインドに本社を置く、オープンアクセスジャーナル専門の出版社ですが、「捕食出版社」 (著者から掲載費用を得る目的で、適正な査読を行わずに論文を掲載する出版社)として知られています。「ハゲタカ出版社」とも呼ばれ、いわゆるジャンク・サイエンス(論理的根拠に乏しい科学)の流布をはじめ、たびたび問題となっています。米国の連邦取引委員会(FTC)  は2016年8月、OMICSグループのCEOであるSrinubabu Gedela氏を相手取り、詐欺的ビジネスを理由に提訴 しました。 OMICSは700の学術雑誌を出版し、3000の学術会議を運営する出版社です。FTCは、OMICSが研究者らに、論文を掲載する動機付けとなるインパクトファクター(学術雑誌の影響力の評価指標)を偽って伝えていると主張しています。その上、OMICSは論文の掲載料を著者らに公表せず、さらに著者が論文の掲載をやめたり、他社で発表したりすることを妨害していたということです。 OMICSへの疑惑はまだあります。FTCは、OMICSが開催する学術会議でも不正が行われていると指摘しています。例えば、OMICSは学術会議での研究発表に架空の論文「鳥-豚の生理における飛翔特性の進化」を採択し、手数料を払えば発表も可能としたとの報告があります。採択されるはずのないジャンク・サイエンスの論文にも関わらず、発表が許可されたのです。また、査読を行っているという偽りの発言をしていることも疑われています。OMICSの編集委員のリストには著名な科学者の名前が連なっていますが、証明するものはありません。このような申し立てが積もり、OMICSは捕食出版社だとの疑惑が高まっているのです。 2017年11月、ネバダ州の地方裁判所のGloria Navarro裁判官は、Gedela氏とOMICSグループ、関連会社のiMedPub、Conference Seriesの3社に、仮差止め命令を下しました。OMICSが研究者に虚偽の説明をして論文を掲載するように誘導していることや、著名な科学者の名を無断で用いて投稿を依頼するメールを送っていたことが、今回の命令の根拠とされています。 この仮差止め命令はOMICSグループに向けたものであるため、OMICSは、会議に出席する予定のない講演者の名を語って宣伝することや、ジャーナルの編集委員として虚偽の名前を連ねることは、無論できなくなります。裁判所はOMICSに対し、論文の投稿前に、掲載にかかる費用の総額を著者に伝えるよう要求しています。また、FTCは研究者らに、OMICSによる仮差止め命令への違反があればすぐに報告するよう伝えており、新たな不正が発覚した時点で、法廷侮辱罪として訴える考えです。 一方、OMICSのCEOであるGedela氏は、FTCの訴えの内容を否定しています。この告発は、市場シェアを失った従来の出版社が、オープンアクセス出版社に対して腹いせに起こしたものであり、仮差止め命令の後もOMICSの活動は制限されない、と反論しています。米国の裁判所命令ではインドの出版社の活動を効果的に止めることはできない、と主張する研究者もおり、出版投稿や国際会議での発表を行わないようにする以外、捕食出版社の活動を実際に抑制することは難しいと見られているようです。 このような捕食出版社が登場した背景には、一本でも多くの論文を出版し、学術会議で発表しさえすれば、研究者として評価されるという、学術界の悪しき習慣があるのかもしれません。仮差止め命令の影響とOMICSの今後の動きが注目されるところです。 ■ 多数の編集者を辞任に追い込んだScientific Reportsの剽窃問題 2016年に発刊されたScientific…

2017年に学術界を揺るがした衝撃的事件(前編)

どんな年にも事件は発生しますが、中でも2017年は、学術界を揺るがす衝撃的な事件がいくつも起きた年でした。訴訟、ボイコット、辞任……。1年を通して、研究者と学術出版界の関係に大きな影響を与える事件が多数発生しました。2017年に学術界を騒がせた注目すべき事件を、前編・後編に分けて振り返ってみます。 ■ 海賊版論文サイト「サイハブ」訴訟 「サイハブ(Sci-Hub)」は、公式出版社のサイト以外から学術論文を無料で閲覧できる、いわゆる「海賊版論文公開サイト」です。2017年6月、サイハブは、大手学術出版社エルゼビアが起こした訴訟に敗訴し、やはり論文を違法に無料で入手できるサイト「ライブラリー・ジェネシス(Library Genesis/LibGen)」などとともに、著作権侵害の損害賠償として1500万ドルの支払いとウェブサイトの閉鎖を、ニューヨーク州地方裁判所に命じられました。 同年11月3日には、米国化学会(ACS : American Chemical Society)がバージニア州の地方裁判所に起こした訴訟にも敗訴し、480万ドルの損害賠償の支払いを命じられました。また、この判決には、サイハブに協力する運営会社、ドメイン登録・検索エンジンやプロバイダーなどのインターネットサービスに対し、サイハブへのリンクやアクセスをブロックすることが可能となる差止め命令も含まれました。 もともと、ACSは、積極的にリンクを貼るなどユーザーをサイハブに結びつけることの禁止を求めていましたが、検索エンジンやプロバイダーへの措置までは求めていませんでした。実際、ISPが積極的にサイハブに協力していたわけではないことから、検索エンジンやプロバイダーにサイハブへのアクセスを禁止することまでは必要ないと考えられていたのです。しかし、バージニア州地方裁判所は、多くのインターネットサービスに影響を与える全面的差止めを命じました。 結果として、2017年11月、少なくともサイハブの4つのドメイン(sci-hub.cc, sci-hub.io, sci-hub.ac, aci-hub.bz)は恒久的に閉鎖されました。もっとも、ツイッター上では、サイハブのドメインがまだ使用されているようですし、サイハブ自体は、アメリカの司法の力が及ばないロシアのサーバーで今もサービスを提供し続けています。 この差止め命令に納得していないプロバイダーやユーザーもいます。日米欧の大手コンピューター企業/通信会社で組織する業界団体(CCIA:…

【聖徳大学】北川 慶子 教授インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十九回目は、聖徳大学 心理・福祉学部教授の北川慶子先生にお話を伺いました。インタビュー後編では、英語指導法や上達法についてお話しくださいました。 ■ 佐賀大学にご在職中、学生の皆さんを海外に連れて行かれたそうですね。 佐賀大学が約10年前に環黄海地域の国々、つまり韓国と中国と日本で「環黄海教育プログラム」というものを作りました。言語専門の教員に対してプログラムへの参加を募ったのですが、手を挙げる人がいなかったので、私が立候補しました。 内容としては、環黄海の3カ国以上の国から教員を集めて行う授業に、各国の大学院生を参加させるという教育プログラムでした。選出された教員が、各大学院で持っている授業を一週間、オムニバス形式で行います。私の場合は社会学の授業でした。授業はすべて英語で、その後のグループディスカッションも、3カ国の学生が入り混じって全部英語。最後にはどんなことを話し合ったかをプレゼンし、その後に評価もする。それで2単位を取れるというプログラムでした。これは、長期休みの間にお互いを訪問し合うプログラムだったのですが、佐賀大学の院生は全員、韓国と中国と台湾に行きました。 ■ プログラムに参加された学生の成長ぶりはいかがでしたか? 学生たちは飛躍的に成長しましたね。本当に全然しゃべれない学生もいましたが、一緒に夕食を食べて、お酒を飲んでいるうちに話し始めるのです。できる・できないは別にして、コミュニケーションを取ろうとしているのがわかって、すごくよかったですね。メールのやりとりでも、英語ができない中国人相手に漢字だけで書いていたり、韓国人相手に(ハングルは読めないので)英語で書いていたり。その中で国際カップルもできました。このプログラムを経験した学生たちは、私がそうだったように「今度は韓国に行きましょう」などと気軽に言うようになりました。 ■ 先生の英語の指導方法についてお聞かせください。 学生にはできるだけ「機会」を与えるようにしています。カジュアルな国際会議に連れて行ったり、アブストラクトだけでも投稿させたり。私は英語の添削はいまだに苦手ですので最終的には、外国人共同研究者に見てもらいます。災害研究は外国でも進められており、ここ10年ほどで外国の研究者方との共同研究が増えました。そのおかげで、添削をお願いできる人脈も増えました。 おかげさまで、私のところで学んだ院生の多くが教員になっています。韓国で教員やポスドクになった学生もいれば、中国に帰国して教員になった院生もいます。 ■ 卒業された皆さんは、韓国や中国でも英語を使われているのですか? 韓国でも中国でも、英語で学会の運営をすることが多くなっています。このよいところは、(英語)ネイティブではないことです。ESL(English as a second language)状態なので、若い人たちも気後れしないでしゃべるようになっています。英語が母国語でない人たちとの会話のほうが精神的に楽ですよね。若い人たちにとっては英語圏に行くのが一番かもしれませんが、英語を気軽に自分たちのものにするためには、アジアでもよいのではないかと思います。英語が通じない地域もありますが、Ph.Dを持っている台湾の人たちの9割はアメリカで学位を取得しているといいますし、国外でのPh.D.取得が韓国や中国でも多くなっています。私が台湾に2度ほど3か月と半年間、客員教授として迎えられましたが、英語だけで通じるので、まったく中国語ができない状態で行って、できないまま帰ってきました(笑)。…

研究者に有益なオンラインツールと活用のメリット

突然ですが、この記事を読まれている方で「科学者・研究者のためのフェイスブック」と言われるResearch Gateを使用されている方は、少なくないのではないでしょうか。インターネットの急速な発達に伴い、こうした研究活動に役立つといわれるオンラインツールが数多く登場し、インターネット上で利用することができます。用途ごとのツールとメリットを見ていきましょう。 ■ 使いこなせば役に立つ オンラインツールの最大のメリットといえば、やはり手軽さと拡散性でしょう。研究者は、他の研究者と気軽にコミュニケーションできるようになっただけでなく、論文の投稿や掲載情報の共有までできるようになりました。例えば前述のResearch Gate。研究者は研究内容やプレゼンテーションをここで共有することで、研究成果を多くの人に目にしてもらうことができます。オンラインツールを活用すれば、自身の研究成果に注目を集め、広く引用してもらい、結果として研究が高く評価されることにもつながるのです。 米国環境保護庁(EPA)傘下のNCCT(National Center for Computational Toxicology)に所属するアントニー・ウィリアムズらがF1000Research(生命科学分野のオープンアクセス・ジャーナル)に発表した記事によれば、多くの研究者がオンラインツールの利用価値を認識してはいるものの、活用できているのは、ほんの一握りであるとのことです。同時に、オンラインツールを使いこなすには時間と労力がかかるけれども、研究者がこれによって情報を共有し、人脈を作り、より多くの人に自分の研究内容を知ってもらうことは、研究者の業績や学術研究の発展に大いに役立つとも述べています。オンラインツールを活用する研究者の数は、今後も増え続けることが予想されます。 ■ 論文の影響度の新たな測り方 研究者がオンラインツールを活用することで、投稿論文の影響度の測り方に、新たな指標が加わりました。従来は、研究論文の被引用回数から影響力を評価する「インパクト・ファクター(IF)」が主流でしたが、Altmetric(オルトメトリクス)など、論文のオンライン上での影響力を測る新しい指標が近年、登場してきたのです。 オルトメトリクスは被引用回数を反映するだけでなく、論文の閲覧数、ダウンロード数、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアや報道機関でのコメント数など、論文が持つ影響力をさまざまな面から反映させる新しい評価手法です。特にAltmetric.comが提供するスコアが有名で、さまざまな学術ジャーナルで採用されています。 このような総合的な指標の最大の利点は、所属機関や助成団体などが研究者の個人の業績を評価する際、論文を掲載したジャーナルの影響度とは別の判断材料として利用できるという点です。評価結果は、研究者のキャリアに直接影響しますし、新しい共同研究の機会や研究助成金の確保、ひいては新しい学術的発見にまでつながる重要なものなのです。 ■ 研究内容の影響を最大化するオンラインツール…

米NIH、「捕食ジャーナルで論文公表しないで」

前回記事の後半でお伝えした通り、米国の研究費の支出機関である国立衛生研究所(NIH : National Institute of Health)は、2017年11月3日、関係各所に対して同研究所の助成を受けた研究は「明確かつ厳密な査読プロセスを持たないジャーナル(学術雑誌)」での論文発表を控えるように、という通達を発行しました。要するに、本誌で何度も取り上げてきた「捕食ジャーナル(predatory journal)」では論文を発表しないでください、ということです。 通達を出した目的は「発表された論文の信頼性を守るため」であり、NIHが研究費を支出した研究については、「評判のよいジャーナル」で論文発表することを奨励する、と述べています。 NIHは、自分たちが研究費を支出した研究の結果として執筆された論文のなかで、学術機関が推進する「ベストプラクティス(最良の実践)」に従っていないジャーナルで発表されているものが増えていることに気づいている、といいます。学術情報のウェブサイト「リトラクションウォッチ」が、NIHの外部研究助成部門の担当者にインタビューし、「この通達を出すに至る問題が何か起こったのですか?」と尋ねたところ、担当者は「いくつかの最近の記事で、一部のジャーナルや出版社の行動に懸念を持つようになりました」と述べました。具体的な件数については「共有できる数字はありません」と答えています。 担当者のいう「いくつかの最近の記事」がどの記事なのかははっきりとしませんが、NIHの関連ページに書かれた文章には、ウプサラ大学の研究者らが2016年に発表した論文と、『ニューヨークタイムズ』が2017年10月に掲載した記事がリンクされています。 NIHの外部研究助成部門次長マイケル・ローワー博士は公式ブログで、このことは、NIHが研究費を支出している研究については「大きな問題ではないかもしれない」と書いています。というのは、NIHが研究費を支出した研究を報告した論文81万5000件以上のうち、90%以上は生物医学分野の論文データベース「MEDLINE」に収録されているからです。MEDLINEは、米国国立医学図書館(NLM : National Library of…

論文の盗用・剽窃を避けるコツ-後編

本記事の前編で、盗用・剽窃の定義や、他人の文献を引用する際のコツをご紹介しました。しかし、研究者が注意しなければならない盗用・剽窃は、単なる文字のコピーに限りません。後編では、盗用・剽窃と捉えられかねない、直接引用と間接引用、パッチライティングについて見てみます。 ■ これも盗用・剽窃?-直接引用と間接引用 他人の文章を、それが他人の文章であることを示すことなく書き写すことさえしなければ問題にならないと思いがちですが、盗用・剽窃とは「テキスト」のコピーだけではありません。他人の発想や考え方、データをコピーすることも含まれます。そもそも文章とは発想や考えをまとめたものであるため、その「考え」自体を真似たり、それを記した文章を適切に引用することなく自分の文章に書き写したりすることは、許されません。 では文章や「考え」を引用するにあたって取るべき適切な対応とは、どのようなものでしょうか。引用の仕方である「直接引用」と「間接引用」のそれぞれで見てみましょう。 直接引用 直接引用とは、他人の文章を自分の論文中に、該当文章が引用であることが明確になるように引用符を付けて「原文どおりに」再現することです。引用により定義付けをしたり、明確化させたり、あるいは主張を裏付けたりする場合に有効です。 以下の例文のカッコの中の文章が、他人の文章から引用した部分です。 象は、地上で一番大きな哺乳類で、体重は8トンぐらいあります。象は、「巨大な体と、大きな耳と、長い鼻を持っていて、その鼻で、手のように物を掴んだり、ホルンのように警笛を鳴らしたり、腕のように上げて挨拶をしたり、ホースにして水を飲んだり、シャワーを浴びたりします。」(出典:https://www.worldwildlife.org/species/elephant) この引用部分は、象の外見を言葉で説明したものです。視覚的イメージを維持したまま書き換えるのは困難なので、カッコを付けて示すとともに、出典を書き添えることによって、外部からの引用であることを明確にしています。英文の場合はカッコの代わりに引用符(“”)を使って外部からの引用であることを示します。 間接引用 間接引用(言葉の書き換え)とは、他人が書いた文章を自分の言葉に書き換えて記述することです。言葉を置き換えるのだから盗用・剽窃にはあたらないと考えがちですが、直接引用と同様に、書き換えた場合も出典元を明示しなければなりません。また、元の文章の意味するところ、基本的な考え方を変えないように注意する必要があります。 例えば、以下のような表現です。 象は、地上で一番大きな哺乳類で、体重は8トンぐらいあります。その大きくて、ひらひらした耳は、体を冷やしたり、虫をよけたりするのに役立ちます。頭から地面まで伸びた長い鼻は、道具として使われるほか、水を飲んだり、シャワーを浴びたりするのに使われます。(参照:https://www.worldwildlife.org/species/elephant) ここでは、情報が別の言葉に書き換えられていますが、2つの例文を比較すると直接引用の文のほうが、象の描写がより明確に表現されていることがわかります。 これらの引用方法は一長一短です。直接引用は、考えを説明したり、明確にしたりするのに有効ですが、頻出すると、文章の独自性が薄れてしまいます。一方の間接引用は便利ですが、うまく書き換えなければ明確に内容を伝えることができません。間接引用をする際には、引用文の背景にあるメッセージをしっかりつかみ、引用文を参照せずに書き換え文を作ってみて、元文と書き換えた文の意味が同じ内容となっているか読み比べてみる――という手順を経ることで、よりわかりやすい文章となり、盗用・剽窃を防ぐことができるようになるでしょう。…

【聖徳大学】北川 慶子 教授インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十九回目は、聖徳大学 心理・福祉学部教授の北川慶子先生にお話を伺いました。インタビュー前編は、自身の原点であるアメリカ留学や、留学が持つ可能性についてのお話です。 ■ 先生のご専門について教えてください。 高齢者や子供たちが住みやすい社会とはどのようなものなのかを研究しています。近年は、災害時におけるソーシャルワーカーの実務支援機能や被災者生活復帰支援など、被災者に機能する支援のあり方を探求しています。実は社会福祉分野の研究を始めたのは、大学院からです。大学では「あえて不得意なことをやってみたら?」という親の薦めで、工学部機械工学に進学しました。高校時代は完全に文系でした。博士課程を修了してからは大学の教員になりました。 ■ 先生は「英語が得意ではない」と公言されていらっしゃいますね。 はい、今も勉強中です。エナゴさんには本当にお世話になっています(笑)。英語を学ばなければと思い始めたのはアメリカに留学してからですね。これも親の影響で、親が、まだ留学が珍しかった1960年代にアメリカ留学の経験があり、「あなたも留学しなさい」と。語学はダメだと思っていた矢先に、「この先は英語が絶対に必要になるから」と言われて。留学ではなく完全に遊学でした(笑)。 ■ その後、英語の学習は…? 30代になり、教員2年目に、研究留学しました。行き先はカリフォルニア。この時も、勉強する代わりに国内のいろいろな所を旅して回りました。2-3日の旅程であちこちに行き、誘われればそちらに行きと。 遊んでばかりのように聞こえるでしょうが、私にはこれが重要でした。人との出会いで何となく英語に親しみが持てるようになりました。もし真面目に勉強していたら、間違いなく嫌いになっていたと思います。教授や事務職の人たちと「普通に生活できるようになった」という実感が一番うれしかったですね。ある時、毎日私の身を案じ電話をかけてくる母が、「日本語のスピードが落ちたみたい・・・」といったことに何となく自信めいたようなことを感じたことも思い出します。大学のキャンパスで、学生たちが気軽に話しかけてくれるようにもなりました。 その後、行動範囲も格段に広がりました。国際学会に出席するようになったのも研究留学後です。海外に出る機会も増えました。そして研究の対象が、今も関わりを持つアジアの国々の福祉に徐々に広がりました。 ■ 何があったのですか? 韓国の教員の方が「来ませんか」と誘ってくれたのです。帰国してすぐのお誘いだったのですが、アメリカで行動力を身につけた私は「そうですね」と即決し、それからは頻繁に行き来するようになりました。 外国に行くと、日本人のアイデンティティをしっかり持つようになりませんか?いい加減なことを言えないからと歴史の勉強をしたら、いつしか目がアジアに向くようになりました。韓国から中国、台湾とどんどん広がって……。いつしか中国と台湾で客員教授をやっていました(笑)。ご縁が重なったこともありますが、結局はアメリカに行ったことからすべてが始まりました。 ■ 留学が研究生活の原点である、と。 子供時代は海外経験もなく、怖がりで親と一緒じゃないと動けなかったのに、アメリカを独りで旅行をしたり友達を作ったりしているうちに、殻が破れたのだと思います。実を言うと、昔は高所恐怖症で、飛行機に乗るのも怖かったのです。でも、飛行機しか手段のないアメリカ国内を移動しているうちに、気付いたらすっかり治っていました(笑)。 留学中に人種差別も経験しました。1980年代でしたが、アジア人と同じ空間にいるのをあからさまに避けようとする人たちにも出合いました。どこの国の人も同じだと思っていた私にとっては衝撃でした。当時は意識しませんでしたが、帰国後にそれが英語学習のモチベーションになり、英語で論文を書くようになったのだと思います。…

論文の盗用・剽窃を避けるコツ-前編

研究論文を書く時、文献を集め、自説を裏付けるエビデンスを揃えるのに苦心される方が多いのではないでしょうか。既存の考えや価値観を参考にしつつ、的確な所見を加えることは大切ですが、その時、盗用や剽窃(ひょうせつ)の間違いを犯さないように注意しなければなりません。 盗用・剽窃とは、他人の文章や考え方を許可なく使用あるいは部分的に使用し、自分のものとして発表することです。意図的かどうかを問わず、適切な手続きを取らずに引用されたことをいい、自分自身の過去の論文等の利用も含みます。盗用・剽窃は、学術的かつ倫理的に重大なルール違反です。発覚すれば、論文の撤回や執筆者の信用失墜を招きかねません。 近年の学術出版界では、この盗用・剽窃が大きな問題となっており、盗用・剽窃が原因で論文が撤回されることが多くなっています。論文の投稿・発表に際して思わぬ問題を起こさないために、研究者は盗用・剽窃について、よく理解しておかなければなりません。 ■ 故意でなくとも……  国によっては、言葉の出所や考えのもとになった事実について、出典を明示することにこだわらないところもあります。しかし、学術界の世界的な倫理規範においては、適切な参考文献の表示は大前提です。すべての研究者は、この規範を順守しなければなりません。にも関わらず、盗用・剽窃が多数発生しているのはなぜなのでしょう。理由は「意図せぬ」盗用・剽窃です。特に、英語を母国語としない研究者が注意しなければいけないことがあります。自身の研究成果を英語で書き記す際、うまく表現できないと、ついつい参照論文の通りに書いてしまいがちではないでしょうか。剽窃の意図がなくとも、他の研究者が書いた文章をそのままコピーすれば剽窃にあたります。論文をチェックする編集者は、文法的に間違いの多い論文の中に、部分的に完璧な文章があると、それは剽窃である可能性が高いと見抜きます。 言語のハンディとは別の落とし穴もあります。IT技術の進歩により、情報入手が手軽になったことがあげられます。デジタル時代の今日、研究者はインターネット上で、他者の資料やデータを簡単に閲覧できるようになりました。オープンアクセスのプラットフォームをのぞけば、多種多様な研究論文にアクセスすることも可能です。これにより、デジタル化された文書から文章やデータをコピーすることが容易になり、検索した結果を「つい」借用することにつながりがちなのです。これも盗用・剽窃に当たります。 執筆した文章が「偶然」同じ表現となるような、偶発的な盗用・剽窃であったとしても、それが意図的でないことを証明することは困難です。研究者は疑いがかからないよう、初めから自衛手段を講じなければなりません。ここでは前後編にまたいで、いくつかの有効な手段と事例を紹介します。 ■ 盗用・剽窃対策5つのポイント  1 間接引用する ・参照文献を逐語的に引用せず、自分の言葉に置き換える。 ・自分の言葉に言い換えるために、参照文献の内容を十分理解することが大切。 ・参照文献の文章を部分的に切り抜き、それをつなぎ合わせるのも剽窃になるので、注意すること。 2 直接引用には引用符を 他者の論文から文章をそのまま使う時は、引用符を付けて引用すること。引用符の中の文章は、一言一句、元の文章そのままにする必要がある。 3 引用のルールを知る…

学術界にはびこるジェンダーバイアス

残念なことに、学術界には今も性差別(ジェンダーバイアス)が存在し、女性研究者の活躍に影響をおよぼしているというのは周知の事実です。学術ジャーナルで発表する論文数の比較では、女性研究者の論文数は、男性研究者の数よりかなり少ない状況です。研究職に就くにも、女性は男性に比べてハードルが高く、報酬も少なく、職を得た後も研究に従事するより管理業務を任される傾向にあるといわれています。 多様性が求められているはずの学術界でジェンダーバイアスが存在し、女性が過小評価されているとは、どういうことなのでしょうか。 ■ 査読にジェンダーバイアスは存在するか 通常、投稿された研究論文は、学術誌に掲載される前に、その分野の権威ある研究者により評価・検証される「査読」というプロセスを経てから出版に至ります。2017年、この査読におけるジェンダーバイアスの存在を突き止めるため、アメリカ地球物理学連合(AGU: American Geophysical Union)が調査を行いました。AGUは、学術ジャーナル20誌を刊行し、年間6000本の論文を掲載している団体です。この調査では、2012年から2015年にAGUが出版した学術ジャーナルの著者と査読者のデータから、著者と査読者の性別と年齢の分析が行われました。 AGU会員のうち、女性は平均28%(対象期間中)。かつて学術界に足を踏み入れる女性が少なかったことから、年齢層が上がると女性の割合が少なくなっていきます。投稿された論文の筆頭著者のうち女性は26%で、女性筆頭著者一人当たりの発表論文数は男性よりも少ない一方、女性筆頭著者の論文は、男性筆頭著者の論文に比べ、採用(アクセプト)された率が高いことがわかりました(男女比61%:57%)。対象論文をアクセプトするかの判断については、編集者および査読者の性別による影響は見られませんでした。 さらに、AGUは査読者の割合にも言及しています。同対象期間に論文の査読に参加したすべての査読者のうち、女性の割合は20%。これは、女性筆頭著者(27%)および出版共著者(23%)の割合、AGU会員に占める女性の割合(28%)に比べても低い数字です。 査読プロセスにおいて、女性筆頭著者は女性の査読者を推薦することが多く、同様に、女性編集者も女性の査読者を推薦することが多いことがわかっています。しかし、査読者に推薦されても、女性は査読者になりたがらない傾向があると数字に表れています。約22%の女性が査読者への誘いを断っており、男性の17%を超えているのです。多忙な研究者が査読への誘いを断ることはよくありますが、女性の場合、職場で管理業務を担っていることが多いことや、家庭での家事負担が重いことも一因と考えられます。 ■ ジェンダーバイアスは思い込みに起因するのか 女性の過小評価は、男性は論理性、女性は関係性を重視するという文化的価値観に影響されているのかもしれません。男女の大学研究者に研究室長を選ばせてみたところ、男女どちらのグループも男性を選びました。そして、男性候補者が役職についた場合、女性に比べて高い給料とより大人数の管理を任される機会を与えられる可能性が高いのです。 男性研究者のほうが能力に勝るという思い込みは、女性のキャリア構築を困難なものにします。男性と同レベルの資質を有していても、女性が採用されたり昇進したり、そもそも男性研究者と同じ仕事を得るためには、彼らより多くの成果を出さなければならないということなのです。 ■ 女性研究者を苦しめる難題 ジェンダーバイアスは補助金を得るときにも影響します。アメリカ国立衛生研究所(NIH)が提供する R01グラントという研究助成金を見ても、女性研究者がこの助成金を獲得する割合は非常に少ない状況です。査読者の女性研究者に対する評価が、男性研究者に対するそれよりよいにもかかわらず、女性研究者は科学分野で大きな成果を出すことができないという先入観で見られているのか、獲得できる助成金は少ない。一方、男性研究者への評価は厳しいながら、獲得できる助成金は多い。査読者は、無意識のうちに、申込者を男女で区別して判断しているのかもしれません。…

いつ、どうやって始める?企業のローカライズ戦略

多くの企業が自社の発展とビジネスの成功を目指して、しのぎを削ってきました。世界中でグローバル化が急速に進んだ結果、ビジネスを成功させるためには海外に出て行くことが必要となり、製造業からサービス業まであらゆる企業が「どうやって、言葉や文化の違う国でビジネスを展開するか?」という問題に直面することとなりました。その際、必要なのがローカライズ(localize)/ローカリゼーション(localization)。サービスの国際化・地域化・多言語化です。では、このローカライズで成功した企業は、どの段階で決断し、何が成功につながったのでしょうか。 ■ ローカライズの需要は増えるか 日本では人口減少が深刻化しており、今後もこの流れはさらに加速することが予想されます。それに伴い消費者数の減少が見込まれる中、どのように自社の事業を展開させ、売上を維持または伸ばすことが可能なのか……。活路を見出すべくビジネスターゲットを海外へ求めるのは、ごく自然なことだと言えるでしょう。 経済活動のグローバル化が進む中、ローカライズの必要性は増しています。しかし、ローカライズに対する考え方には温度差があり、重視していない企業もあります。母国語の範囲である国内市場で顧客基盤を固めることこそ重要で国外は二の次と考える企業、国外市場を狙いつつも英語版ウェブサイトを用意しておけばよいと短絡的に考えている企業……理由はさまざまでしょう。社内で行うにしても外注するとしても、ローカライズには費用がかかります。企業にとって、資本をどう配分するかは致命的に重要ですが、困難な判断を伴います。資金の投入に慎重な計画を要する中、コストがかかる反面、実益が見えにくいローカライズを優先度の高いものと考えている企業は、まだ少ないのです。未知の国の市場に膨大な労力を注ぐより、母国での顧客基盤の構築に注力することが適策だと思うのは一理あります。 投資するからには成功したい。グローバル化を目指す企業がローカライズで効果を得るには、着手するタイミングと顧客を見据えた対応が鍵となります。 ■ 最適なタイミング――先手必勝 73%の人は母国語で書かれている物を好んで購入し、インターネットユーザーの10人中9人は、 ウェブサイトを母国語で閲覧します。商品もしくはサービスを、ターゲットとする顧客/ユーザーの言語で表示することは、売り上げにも直結する論理的な成長戦略です。英語圏以外でビジネスを拡大しようと思えば、英語版ウェブサイトだけでは不十分です。ローカライズを行わないことは、国際市場での成功を逃しているとも言えるのです。 とはいえ、多言語化に初期投資するのをためらうのも理解できます。では、ローカライズに初期投資する最適なタイミングは、いつなのでしょうか。決断は困難ですが、ローカライズを行うのはビジネスの初期段階であればあるほどよいとされています。大切なのは始めること、正しく歩を進めることです。不必要に思えても、製品のスタイルガイドやマニュアル、用語集を事業展開に着手した時点から整えておけば後々、時間とお金の節約となり、後に続く展開がぐっと楽になります。 スタイルガイドや用語集は、国外支社や代理店、翻訳会社が多言語化の作業を行う際に威力を発揮します。共通の指針があることで遅延や行き詰まりを避けられるほか、翻訳者も整えられた用語集があれば、作業しやすくなります。グローバル展開とは、決して当初から全コンテンツを50言語以上で配信することではありません。ローカライズは、小さな一歩から始められるのです。 ■ 先手のローカライズで成功したCanva社 ローカライズには早いうちに着手したほうがよいと言えども、多くの企業は、これから開拓する市場で堅実な収益を見込めるのか様子を伺い、ローカライズに二の足を踏んでいるのが実情です。ではここで、事業の立ち上げ時期にローカライズに取り組み成功した、オーストラリアのCanva社の例を紹介しましょう。 画像の加工やデザインを、初心者でもIllusutratorやPhotoshop並みの高機能で行えるツールを提供しているオーストラリアのCanva社は、2012年にシドニーで創設され、2013年からサービスの提供を開始しました。今では世界3か所にオフィスを構え、12か国で事業を展開しています。このCanva社が、スペイン語版のローカライズを決断した時のことです。Canvaが製品リリースの早い段階でスペイン語版のリリースを決断すると、35万人のユーザーが、すぐに英語版から乗り換えました。「読めなければ買わない」と決め込んでいたスペイン語ユーザーが、一気に動いたのです。Canvaの強みは、豊富な無料・有料のデザインテンプレートを提供し、初心者からプロにまで多種多様なデザイン作業の支援などを行うことです。この強みを最大限に活かすためには、読みやすい情報の提供とともに、幅広い顧客層からのフィードバック獲得が重要です。スペイン語版のリリースにより収益を上げただけでなく、「読めなければ買わなかった」顧客を手に入れ、さらなる事業の発展につなげたのです。 米国のリサーチ会社であるCommon Sense…

ResearchGate 170万本の閲覧制限から見える著作権問題

2017年11月、科学者・研究者向けのソーシャル・ネットワーク・サービス「ResearchGate」が、エルゼビアやワイリーといった複数の大手出版社の申立てに応じ、オンラインに掲載していた約170万本の論文へのアクセスを制限するという処置を講じた、と報じました。学術ジャーナルに掲載された論文を誰もが無料で見られるようにしようという、オープンアクセスへの追い風が強まる中で発表された今回の措置。ResearchGateに何があったのか。学術論文の著作権問題について考えます。 何が問題なのか? ResearchGateは2008年にボストンで設立、現在はドイツのベルリンに本部を置く営利団体で、1400万人以上の会員を有する世界最大級の学術ソーシャルネットワークを運営しています。世界有数の金融機関ゴールドマン・サックス、医学研究支援などを目的とする公益信託団体ウェルカム・トラストをはじめとした団体や、ビル・ゲイツ個人による出資を受けていることでも知られています。 ResearchGateのサイトは科学者・研究者向けのFacebookとも呼ばれており、会員は論文や要約等をアップロードして共有したり、他の研究者をフォローして最新の研究成果を確認したりできます。近年、このようにネットワーク上に論文を公開して共有するオープンアクセス化が、急速に拡大しました。研究者らが、時間や費用をかけずに必要な論文を自由に入手できるようになることを切望し、それを可能とする技術が発展することで、オープンアクセス化が進んでいるのです。 しかし一方で、従来であれば学術ジャーナルを買わずには読めなかった論文を無料で入手できてしまうわけですから、発行元である出版社にとっては、経営の危機に立たされると言っても過言ではありません。こうして、出版社は所有する論文の著作権に対する問題(著作権侵害)を指摘。このような状況の中、ResearchGateは著作権侵害や責任ある共有を求める出版社連合(Coalition for Responsible Sharing: CRS)との協定違反を理由に、厳しい監視下に置かれることになったのです。 著作権侵害の申立て 2017年9月、国際STM(Scientific, Technical, Medical)出版社協会がResearchGateで増え続ける論文共有に懸念を示し、論文の公開/非公開を判定するシステムの導入を提案しましたが、ResearchGateはこれを受け入れませんでした。そこで、著作権を有する出版社は、ResearchGateに対して、著作権侵害に該当する論文の削除を求める通知を送付することにしました。大手出版社5社(ACS、Elsevier、Brill、Wiley、Wolters Kluwer)が設立した連合であるCRSは、10月初めからResearchGateに対して著作権侵害にあたる掲載論文の削除通知を送り、この求めに応じた形で、ResearchGateはサイトから該当論文の即時ダウンロードをできないようにしたのです。 CRSによれば、同サイト上では、出版社が著作権を有する論文約700万本が自由に閲覧できる状態で公開されていたということです。2017年10月、CRSに参加している米国化学会(ACS)とエルゼビアはついに、ResearchGateに掲載されている論文の著作権の正当性を明らかにするため、ドイツの地方裁判所に訴訟を起こしました。裁判の結果によって、ResearchGateはオンライン上の掲載論文を削除するか、損害賠償を支払うことになるでしょう。…

論文英語の組み立て-能動態と受動態 I

能動態と受動態I: 動詞の種類による3つのケース I. 概略 学術論文において受動態の間違った使い方が原因となっている誤りを度々目にします。ここでは、受動態文の作り方を検討します。 日本語と違って、英語では、受動態は他動詞の場合にのみ可能です。なお、他動詞にも数種類あり[1] 、受動態文の構造に関しては他動詞の種類によって3つのケースがあります。つまり、1)動詞が直接目的語しかとらない単一他動詞、2)直接目的語と間接目的語をとる二重他動詞、3)直接目的語と意味的間接目的語をとる二重他動詞となっている場合において受動態文の作り方はそれぞれ異なるわけです。以下で各ケースにおける構造を明らかにします。 II. 例文 IIa. 受動態文が能動態文と同じ状況を表す場合 まず、以下の例を見てみましょう。 1)単一他動詞 能動態: [正] (1a)…

企業と翻訳者が知っておくべき多言語サイト成功の秘訣-2

前回、検索エンジンがアルゴリズムで動いていること、情報を検索結果で優位に表示させるためにはSEO対策が必要であることを書きました。ここからは、ユーザーが探したい情報にすぐにたどり着けるようにするためのSEO対策として、翻訳者と翻訳会社が留意しておくことについて提案します。 ■ SEOで「拾ってもらう」ために-翻訳者がすべきこと 翻訳者としては、言語的な正確さを重んじて、可能な限り忠実な翻訳を提供することが務めですが、訳文に使った語句や単語が、ウェブサイト上でほとんど検索されていない言葉だったら、検索エンジンには拾ってもらえません。情報が検索結果に表示されないとなれば、ビジネスにとっては死活問題。翻訳者は、文体上(あるいは正確な翻訳として)は最善の選択ではないかもしれない語句を使用することにも対応しなければなりません。ローカライゼーション翻訳においては、より高いコンバージョン(CV)率や多くのリピーターを獲得することが重要なのです。 ウェブサイト翻訳に役立つGoogleのツールを、以下に紹介します(ご利用にはGoogleアカウントが必要です)。 ・Google Adwordsキーワードプランナー……盛り込みたいキーワードの検索ボリュームを国ごとや期間ごとに調べられるツール。新たなキーワード候補の検索も可能。使用するにはGoogle Adwordsアカウントへの登録が必要(無料)。 ・Google サーチコンソール……ユーザーがサイトへアクセスする過程を調べられるツール。実際に何と検索されているかや、検索結果画面への自社サイトの表示頻度などを見ることができる。翻訳内容の修正・改善に便利。 ・Googleサジェスト機能……Googleの検索画面にキーワードを入力すると、検索しようとしているキーワードと関連する単語や、よく検索されるキーワードを見ることができる。翻訳時に盛り込むべきキーワードの選定に有効。 検索エンジンのキーワードについての知識と理解が、新たなターゲット市場向けのウェブサイト翻訳(ローカライゼーション)には欠かせません。 ■ 翻訳ではなく「ローカライズ」する 翻訳されたウェブサイトのコンテンツやテキスト情報がクローラーによって収集されることは述べました。ただし海外市場に出た場合は、ターゲット国/地域によって、普及している検索エンジンが異なる場合があり、そうなると当然クローラーの評価基準も異なっているため、それぞれの国/地域の特性を踏まえたSEO対策が必要です。翻訳者は、この前提に基づきつつSEOに効果的なアウトプットを作成するため、単なる言葉の「翻訳」ではなく「ローカライズ」を意識しておくことが大切です。 文章を書いたり翻訳したりする際に留意しておかなければならないのは、読み手の存在です。ウェブサイト上の文章であれば、最初のターゲットとなるのは検索するユーザーであり、ユーザーをサイトまで引き込むには、SEOに適した言葉を選んでおく戦略が必要です。例えば、オランダでマグカップを販売するビジネスを想定します。英語のマグカップ(mug)に当たるオランダ語はmokですが、地元のグーグル検索ではmokの類義語であるbekerが多用されています。マグカップを販売するサイトに潜在的消費者を誘引するためには、より多くの取り込みに結びつく可能性の高いbekerをキーワードとしたほうが有利だと言えます。ここまでは、ツールによる分析で見つけ出せるでしょう。しかし、さらに読み手を考慮した言葉の選択が必要なこともあります。同じ言語の同じ単語でも、地域や習慣によって使われる表現が多岐にわたるような場合です。例えば、スペイン語の単語が、世界に広がるスペイン語圏の国や地域で同じニュアンスで受け取られるか、同じものを示すのに同じ表現を使うかはわかりません。また、擬音語や擬態語のように、話し手・聞き手によってまったく異なるイメージにつながってしまうものや、宗教や習慣に基づくタブーな言葉も存在します。機械では判断が難しいローカライゼーションこそ、ターゲット言語に精通した翻訳者の力が発揮できるところではないでしょうか。 ■ 機械に「負けない」ために…

米国の裁判所、“捕食出版社”に差し止め命令

2017年11月18日、米国の連邦取引委員会(FTC : Federal Trade Commission)は、米国の裁判所が9月に、いわゆる捕食ジャーナルの出版社に対して「予備的差し止め命令(preliminary injunction)」を出したことを発表しました。FTCは不正な取引等を取り締まる政府機関です。 本誌でも度々伝えてきたように、捕食ジャーナル(predatory journal)とは、掲載料さえ払えばきわめて甘い査読のみで、どんなひどい論文でも掲載してしまうオープンアクセスジャーナルのことです。「ハゲタカジャーナル」と訳されることもあります。そうしたジャーナル(学術雑誌)に掲載された論文は、たとえば生物医学分野であったら、同分野の論文データベース「パブメド(PubMed)」に収載されないこともあります。 捕食ジャーナルを発行する出版社は「捕食出版社(predatory publisher)」と呼ばれます。彼らは登録料さえ払えば誰でも講演できる「国際会議」と称するものを開催することもあります。 FTCは2016年8月、インドのオープンアクセスジャーナルの出版社OMICSグループや関連企業に対して訴訟を起こしました。FTCの主張は、同社らが、有名な研究者の名前をその研究者が参加することに同意しなかったにもかかわらず使用して会議の参加者を募集したこと、論文が査読されているかどうかについて読者を誤解させたこと、投稿前に掲載料に関する情報をはっきりと著者に提供していないこと、同社らが発行するジャーナルについて誤解を招く「インパクトファクター」を提示していたこと、です。 この訴訟に対し、2017年9月29日、ネバダ州連邦地方裁判所のグロリア・ナバロ裁判官は、FTCから提出された証拠は「被告がジャーナル出版に関する虚偽記載をしたという予備的な結論を支持するのに十分である」と述べ、「差止命令がなければ、被告人が依然として不正行為に従事する可能性が高い」という判決を下しました。 しかし、学術情報サイト「リトラクション・ウォッチ」などによれば、この命令は、同社がジャーナルを発行したり、国際会議を開催したりすることを止められる内容ではないようです。今回裁判所が認めたことは、あくまでも同社が研究者たちに論文や口頭発表を勧誘する方法において不正行為を行ったことであり、結果として命じたのは、誤解を招く情報をウェブサイトから削除することでした。 FTCの金融慣行課の上席弁護士グレゴリー・アッシュは「これは確かに、私たちは捕食出版社を監視し、目を光らせています、という学術界へのメッセージです」とコメントしています。それに対してOMICS社の法律顧問は「リトラクション・ウォッチ」の取材に対して、「FTCは“フェイク・ニュース”に基づいて主張したのです」と述べています。 OMICSグループはインドに本社を置く、オープンアクセスジャーナル専門の出版社で、700誌ものジャーナルを発行し、世界各地で国際会議と称する会議を主催しています。同社の名前は、捕食ジャーナルや捕食出版社のリストとして知られる「ビールズ・リスト」にも挙がっていました(同リストは閉鎖されましたが、アーカイヴが残っています)。…

編集委員を辞任に追い込む剽窃問題

剽窃(ひょうせつ)とは、他人の成果や論文を許可なく部分的に利用し、自分の成果のように発表することです。例としてSTAP細胞論文の疑惑があげられます。まるごと盗んで自分のもののように使用する「盗用」とは区別されますが、剽窃は重大な犯罪です。大学や研究機関では教員や学生、研究者に剽窃をしないよう指導を行っていますが、学術出版社でも問題となっています。自然科学を対象としている著名な科学誌『Scientific Reports』でも剽窃が問題となり、投稿された論文の撤回を求めて19名の編集委員が職を辞するという事件に発展しました。 ■ Scientific Reportsの編集委員19名が辞任 アメリカのボルティモアにあるジョンズ・ホプキンス大学の研究者であり、Scientific Reportsの編集委員の1人でもあるマイケル・ビア氏は、2016年に発刊されたScientific Reports 6に掲載された論文内で、自分の過去の研究成果が剽窃されたと訴えました。これに対し、他の編集委員もビア氏の主張を支持。最終的に計19名もの研究者が、編集委員を辞任したのです。 剽窃が問題視された論文は、ハルビン工科大学(中国)の深センキャンパスの研究者達により発表された、DNAの組み換えスポットを特定する技術を説明するものです。この研究は、ビア氏と彼の研究チームが2014年7月の『PLOS Computational Biology』に発表したアルゴリズムを基にしており、論文にはビア氏の論文を引用していることが示されているものの、ビア氏がgkm-SVMと名付けた技術を中国人研究者達はSVM-gkmと呼ぶなど、多くの部分は単にビア氏の論文を書き換えたものであると、同氏は訴えたのです。 ■ 訂正表では納得せず Scientific Reportsの編集者リチャード・ホワイト氏は当初、この論文がビア氏のアルゴリズムをより発展させたものだとする中国人研究者達の主張を認めていました。しかし中国人研究者達は、ビア氏の論文を引用したことは記していたものの、同氏の論文から引用した5つの方程式に、出典を付けるのを怠っていたのです。これによりビア氏と研究仲間は、中国人研究者は剽窃を行っているとして、訂正ではなく撤回という処罰が妥当であり、出版社の対処は不適切だと主張しました。しかしScientific Reportsは、訂正表で対処するという決定を改めはしなかったのです。…

エナゴが中国で研究者向けワークショップを開催

エナゴは2017年12月6日(水)、北京の中国科学院遥感与数字地球研究所(RADI)で中国人研究者向けのワークショップを開催しました。 このワークショップでは、北京大学Kavli Institute for Astronomy & Astrophysics (KIAA)のRichard de Grijs教授が、国際的な学術ジャーナルに論文を投稿する際の注意点について講義。アクセプトされるためのコツや、査読者のコメントに対応する方法などに重点を置いた解説を行いました。活発な質疑応答も行われ、RADIの研究者は、学術ジャーナルへの投稿の意欲を新たにしたようでした。 より詳しい情報はこちらから(英語) Enago Expands its Author…

企業と翻訳者が知っておくべき多言語サイト成功の秘訣-1

知りたいことやわからないことをインターネットですぐに探せる時代、ウェブサイトの影響力は絶大です。ウェブサイトに掲載している情報の多言語化(ローカライゼーション)に加え、携帯端末用のサイト構築やSNSの利用も一般化し、SEO(Search Engine Optimization、検索エンジン最適化)対策をはじめ、企業にとっては本業のビジネスに付随する作業が増える一方です。翻訳会社や翻訳者がローカライズやウェブコンテンツの翻訳依頼を受ける機会も増えていますが、一人でも多くの閲覧者(ユーザー)に見てもらえる工夫は、できているでしょうか。検索エンジンとSEO対策において重要視される要因を知っておくことは、多言語化翻訳に関わる際に役立つはずです。 ■ 一人でも多くのユーザーをサイトに呼び込むには サイトを一人でも多くの人に見てもらうために、魅力的なコンテンツを配信するのはもちろんですが、ネット上のユーザーから検索されやすくしなければなりません。そのための手段としてSEO対策があげられます。多くの企業はコンテンツを作成する際、GoogleやYahooなどの検索エンジンで自社の情報が上位に表示されるよう、対策を施しています。 ここで一度、検索エンジンの裏側を見てみます。 ユーザーが何かを検索するときに求めているのは、的確な回答あるいは情報です。検索エンジンは、ユーザーの要望に応じて、検索インデックスに登録されている膨大な数のウェブページの中から、有益で関連性の高い検索結果を瞬時に表示してくれますが、この時に表示される検索結果の順位は検索アルゴリズムによって制御されています。表示されるコンテンツは、クローラー(Crawler)と呼ばれるプログラムがウェブ上のあらゆるコンテンツ(文章だけでなく画像やPDFまで含む)から情報を収集し、データベース化したものの中から抽出されています。しかし、クローラーは公開してすぐのページをはじめ、すべてのコンテンツを即時に網羅しきれるわけではないので、クローラーに早く「見つけてもらう」工夫が必要となります。そこで、検索エンジンがどのような仕組みで動いているのかを理解した上で最適な策を講じること、つまり、検索エンジンでコンテンツを上位に表示させるための対策(SEO対策)が求められるのです。 ■ 進化する検索アルゴリズム ユーザーにとって便利かつ有益な検索結果を表示できるようにするため、検索アルゴリズムには日々改良が重ねられると共に、検索順位を決定するための要因として、たくさんの検索アルゴリズムを組み合わせて使用するなどの技術的な工夫が施されています。ここでは、言語と関係する部分に絞ってGoogleが2013年9月に導入した新しいアルゴリズム「ハミングバード」を見てみます。この最新の検索アルゴリズムは、類義語・同義語・あるいは文脈的に意味が合致するページも適切に評価し、検索結果に返すことが可能だとされています。1つ1つの言葉を見て検索結果に反映していた以前のアルゴリズムとは異なり、言葉そのものを含まなくても意味・文脈の関連が高いものを評価し、検索順位の判定に反映するようになりました。サイト運営者にとっては繊細なキーワード戦略が要求される反面、ユーザーにとっては、検索意図をより反映した検索結果が出るようになったのです。 例えば、「日本で人気の韓流スターは誰?」という検索ワードAと「この国で流行している韓国アイドルは誰?」というBを入力したとします。ハミングバードは、過去に類似した語句が検索された際の結果に至るまでの過程や、重ねられた過去の試行錯誤を、膨大な蓄積データから分析します。そしてAとBの検索ワードが類似する答えを求めていること、つまり具体的な韓国人俳優の名前を求めているという「意図」を有した「質問文」であることを読み解くのです。この2つの質問におけるキーワードが、Aでは「日本、韓流スター」、Bでは「この国、韓国アイドル」と一致しなくても、過去データを活用し、これらの語句の重複する部分と異なる部分を解析した上で、効率的に処理していきます。検索アルゴリズムは日々、進化しており、文脈的に合致するページまで適切に抽出し、検索結果として表示してくれるようになっています。 Googleの検索エンジンには、「パンダ」「ペンギン」「ハミングバード」と動物の名前がついていますが、「ハミングバード」はハチドリで、正確で早いことが名前の由来だそうです。ユーザーが求める情報を的確かつ瞬時に提供できるよう、アルゴリズムのアップデートが頻繁に行われているのと同時に、新しい技術の導入が進み、これからも検索アルゴリズムは進化し続けることでしょう。 この後は、SEO対策において翻訳者が知っておくべきことに続きます。

Brexitが招く共同研究の危機

Brexitといえば、Britain(イギリス)とexit(脱退)の合成語で、イギリスがEUから脱退することです。2016年6月23日に行われた離脱の是非を問う国民投票で、僅差でEU離脱が上回って以来、世界中がイギリスの動向を見守っています。このBrexitの影響は、国際政治だけでなく経済など多方面に広がっていますが、学術界も例外ではありません。欧州連合(EU)中の大学が不安に晒されています。 ■  EUの学術支援とイギリスの関わり方 EUは、その発足以来、ヨーロッパ全域での研究者達の自由な共同研究を推進・支援しています。EUが主導する学術プログラムに「Horizon 2020」がありますが、イギリスはこのプログラムを牽引してきました。これは、2014年から2020年までの7年間にわたり全欧州規模で実施される研究およびイノベーションを促進するため、約800億ユーロの公的資金が、優れた研究や革新的開発に助成されるプログラムです。 Brexit以後イギリスはHorizon 2020を始めとしたEUの学術支援体制にどのように関わって行くのでしょうか。この議論は遅々として進まず、曖昧なままになっているのが現状です。 ■ イギリスの大学が直面する将来への不安 英国大学協会の学長であるジャネット・ビア教授は、2019年の研究費の助成や学生向けの交流プログラムの申し込みが迫っているため、Brexit後もイギリスの大学がHorizon 2020に参加し続けることができるのか、早急に明確にする必要があると発言しています。このプログラムからイギリスの大学が外された場合、イギリスの研究者達は、重要な研究ネットワークを失うことになります。Brexit後のことが早々に解決されない限り、欧州での大規模な研究は失速しかねないと、教授は懸念しているのです。 また、教授は、Brexitが大学生達に与える影響についても指摘しています。EUは、2014年から2020年の7年間、教育・訓練向上を目的とするプログラムである「エラスムス・プラス(Erasmus +)」において、総額約147億ユーロを留学奨学金としてのべ200万人以上の学生に提供することにしています。イギリスからも毎年約3万人の学生がこのプログラムに参加しているので、このプログラムがイギリスに適用されなくなった場合、多くの学生達が貴重な学習機会を失うことになるのです。 ■ 政府は科学者の不安を払拭できるのか 大学・科学・研究・イノベーションを担当する国務大臣であるジョー・ジョンソン氏によると、イギリスの科学とイノベーションのさらなる発展を保障すべく、イギリス政府は、EUとの間で自国の研究者達にとって好ましい協定を結ぶよう最大限努力するとしています。 イギリスの経済発展のためには共同研究が欠かせないことを大臣も認識しており、そのためにもEUとの協力関係を将来も継続するつもりであると発言しています。イギリスとEUの協力関係が保たれれば、イギリスの科学者達はEUの科学者達との共同研究を続けられることになりますが、一方でEUは、イギリスがEU本部との協定を締結できない場合はイギリスの研究者達はHorizon2020の助成金を受けられなくなると警告しています。…

オープンアクセス推進に欧州も参戦

2017年3月、欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会(European Commission; EC)が、ある発表を行いました。内容は、オープンアクセス出版について。誰でも最新の研究成果を無料で見られるようにする、という世界で話題の出版プラットフォームを、ECも設立しようかというのです。学術出版界に大きな影響を与え得るこのオープンアクセスとは何なのか、その可能性にあらためて迫ります。 ■ 欧州委員会がオープンアクセスへの参入を検討 ECは、EUにおける法案の提出や政策の遂行・運営、法の順守、基本条約の支持など、連合の日常の運営を担っています。その傍ら、巨額の科学研究費を研究機関に提供しており、支援した学術研究の無料公開を促すことで、学術界にも影響を及ぼしてきました。 かねてよりオープンアクセスの方針の策定に関わるプロジェクトを助成してきましたが、2016年5月に開催された会合ではEUの「競争審議会(科学、イノベーション、貿易、産業に関わる欧州の大臣たちの会合)」が公式文書を発行し、欧州のすべての科学記事を2020年までに無料でアクセス可能とし、さらに公的に支援された研究で得られたデータを公開・共有することで再利用を可能とすべき、との合意に達したことが記されています。 そして2017年3月、ECが上述の通り、オープンアクセス出版に関する方針を発表しました。ECは年間100億ユーロ以上を研究費として支援していますが、同様に学術研究を支援する「ウェルカム財団」および「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」の出版モデルを採用し、ECが助成した研究者が欧州内でオープンアクセス出版に移行するのを加速させようとしています。 ■ 社会はオープンアクセスを求めている 学術出版界でオープンアクセスの動きが加速する反面、出版業界はこの動きをあまり好意的に受け止めていません。査読を受けていない学術論文でも公開してしまえるオープンアクセスは、最新の科学情報を無料で閲覧できるようにしてしまうため、購読収入を得られなくなる大手出版社にとっては非常にやっかいなのです。権威ある有名なジャーナルでの論文出版にこだわる研究者も一部にいるとはいえ、出版までの手続きに時間と手間をかけずに済むことに意義を感じる研究者や、高額な購読料を払えない研究者が多いのも現実です。 そうした現状もあり、オープンアクセスを推進する動きが拡大しています。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、学術成果をオープンアクセス化するためのプラットフォーム「 Gates Open Research」を、2017年後半に公開するとしています。財団の支援を受けたすべての学術・科学研究がオープン化の対象となり、研究者は、論文評価サイトF1000(Faculty of 1000)が管理するこのプラットフォームを用いて速やかに論文を公表し、相互評価を得ることができます。…

論文英語の組み立て-自動詞と他動詞

I. 概要 一般的な言語学現象として、 動詞 は、表す動作や状態において異なった立場にある複数の参加者が存在するかどうかによって二種類に分かれます[1] 。動作・状態の主体である参加者のみ存在する場合に使われる動詞は「自動詞」(intransitive verb)と言い、対象(客体)も存在する場合は「他動詞」(transitive verb)と言います[2] 。他動詞はさらに「単一他動詞」(monotransitive verb)と「二重他動詞」(ditransitive verb)という二種類に区別されます [3]。統語論的には、示される動作・状態における参加者を表す項が、前者では2つ(主語と1つの目的語)、後者では3つ(主語と2つの目的語)あります。英語では、単一他動詞は1つの直接目的語をとり、二重他動詞は直接目的語に加えて間接目的語、あるいは間接目的語と同様の役割を果たす前置詞の目的語をとります[4] 。(ここでは、間接目的語と同様に機能する前置詞句の目的語を「意味的間接目的語」と呼ぶことにします。) 例文を見てみましょう。 [正]…

海賊版論文公開サイトは学術出版モデルを変えるのか

大手学術出版社のエルゼビアが2017年6月、ある裁判に勝訴しました。相手は、Sci-Hub(サイハブ)およびLibGen(ライブラリー・ジェネシス)という、出版社のサイト以外から学術論文を無料で閲覧できる、いわゆる「海賊版論文公開サイト」。彼らが著作権を侵害しているとして、学術出版会の大手が統制に動き始めたのでした。学術出版の仕組みをも揺るがしかねないこの問題に密着します。 ■ 学術出版はオイシイ商売か 学術出版業界を俯瞰すると、特殊なビジネスモデルであることがわかります。学術論文は研究者によって執筆・投稿され、ボランティア研究者による厳しい査読を通り抜けた後に、学術ジャーナルに掲載されます。出版社は論文を掲載したジャーナルを大学や図書館、団体などに販売することで利益を得ていますが、このプロセスで出版社から執筆者および査読者に対価が支払われることはありません。国や公的機関、大学が助成金などの形で研究費を拠出し、査読を行う研究者や編集者の給与を負担し、最後に研究論文が掲載された出版物を購入することで成り立っているのです。国や公的機関にとってはお金を払ってばかりなのです。 一方、出版社にとっては出版物を作成・販売するだけで収入を得られる利益率の高いビジネスのように見えます。確かに一昔前まではよかったのかもしれませんが、現在は投稿論文数の急増、出版コストの増加、購読数の減少、オンライン化およびオープンアクセスへの対応など、深刻な問題に直面しています。そして新たな問題として、海賊版公開サイトが登場してきたのです。 ■ Sci-Hubが突きつけた驚愕の数字 そもそも、既存の出版社に対抗するSci-Hubのような海賊版論文公開サイトとは、どのようなものなのでしょうか。Sci-Hubは、カザフスタンの大学院生であったAlexandra Elbakyanが、「研究論文はオープンアクセスであるべき」との考え方に基づいて構築したサイトで、現在はロシアから運営されているという以外、ホストやサーバーについては公にされていません。通常、出版社が有料で公開している論文を無料で読めるようにしているサイトですが、当然、出版社からは非難されており、2017年6月にエルゼビアが起こした上述の裁判で、米国出版社協会から賠償金の支払いとウェブサイトの閉鎖を命じられました。それにも関わらず、公開されている論文数は増加し続けています。 ペンシルバニア大学の研究者であるHimmelsteinらが2017年3月に調査した結果(2017年10月12日PeerJPreprintsに掲載)によれば、Sci-Hubのデータベースには56,246,220本の論文が登録されており、有料購読となっているジャーナル(クローズドアクセスジャーナル)に掲載されている論文のうち85.2%が無料公開されていることが判明しました。掲載の内訳は、学術誌に掲載されている論文の77.8%、講演要旨集(プロシーディング)79.7%、書籍14.2%でしたが、これには大手出版社のジャーナルに掲載されている論文も多く含まれており、出版社ではエルゼビアの論文が13,185,971本(97.3%)と最多でした。 Himmelsteinらは、クローズドアクセスジャーナルに掲載されているもの(85.2%)がオープンアクセスジャーナル(49.1%)と比べて圧倒的に多いということも発表しています。これは、Sci-Hubが自由なアクセスを制限されている閲覧数の高い有料ジャーナルの論文をより多くカバーしていることを示しています。研究者が論文を閲覧するにはSci-Hubに申請しなければなりませんが、拒否されることはほとんどありません。Sci-HubはBitcoinを通じて寄付を受け付けており、その額はこれまでに68.48ビットコイン、約268,000USドル相当に上ったと推測されていますが、Sci-Hubはツイッターで、この額は正確ではないと反論しています。実態は不明ですが、いずれにせよ、かなりの寄付金を受領しているようです。 Himmelsteinらの調査によって浮かび上がってきたこれらの数字は、学術出版社にとって驚愕の事実だったのです。 ■ 始まった闘争 科学論文へのアクセシビリティを高めると賞賛され、利用者数も拡大するSci-Hub。一方、エルゼビアを筆頭に、複数の出版社や学会が異を唱えています。前述の裁判の判決が出た2017年6月、アメリカ化学会(ACS)もSci-Hubをバージニア州東部地区連邦地方裁判所に提訴し、ACSが著作権を所有するコンテンツの違法配布とACSの商標の違法利用の即刻中止を求めました。同年11月3日に出た判決では、Sci-Hubに4,800,000USドルの損害賠償金支払いと、インターネットサービス業者にもSci-Hubに対して何らかの処置を講じるよう命じられました。Sci-Hubがウェブプロバイダーや検索エンジン、ドメイン登録でブロックされる可能性を含めた判決が出たのは、初めてのことです。…

メンタープログラム – 先達の知恵を活用

メンタープログラムもしくはメンター制度という言葉を耳にされたことはありますか?一般的には、先輩と後輩がペアになってスキル向上や人材育成を図る手段として知られています。 知識や経験豊かな先輩社員(上司とは別)をメンター、後輩社員(新入社員)をメンティーとして、業務上の課題の相談・アドバイスや精神面のケアを行う制度として、近年、企業にも広く浸透しつつあります。 メンターにとっては後輩の指導育成を行うことで管理業務を学ぶチャンスとなり、メンティーにとっては不安や悩みを相談しながら業務に必要なスキルやマインドを学ぶことができるため、組織におけるキャリア育成には効果的と言われています。そしてこのプログラム、個人事業者であることが多い翻訳者・通訳者の間にも広がりつつあるのです。 ■ メンターの起源は古代ギリシャ メンタープログラムの起源は、古代ギリシャにまでさかのぼります。「メンター」という言葉は、ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』の登場人物「Mentor(メントール)」に由来します。メントールは、主人公オデュッセウスが息子テレマコスの養育を任せ、トロイ遠征ではギリシャ連合軍を勝利に導く助言を行ったとされる老賢人で、ここから「助言者」「教育者」などの意味で使われるようになったそうです。 現代のメンタープログラムは、従来の組織的な管理体制では行き届かなかった精神的なサポートや、自発的な判断力を養うことに重きを置いて行われていますが、では翻訳者・通訳者が自身の仕事を進めるにおいて、これを取り入れるメリットは何でしょうか? ■ 言語業界のメンタープログラム  言語の分野でよく知られるメンタープログラムには、アメリカ翻訳者協会(American Translators Association; ATA)によるプログラムと、翻訳者ネットワークの ProZ.com によるプログラムがあります。 1. アメリカ翻訳者協会…

【東京大学】佐藤 泰裕 准教授インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十八回目は、東京大学大学院経済学研究科の佐藤泰裕先生にお話を伺いました。インタビュー後編では、英語の習得法や、「まずは中身」との英語学習者への助言をいただいています。 前編では、母語なまりの英語であっても、伝えるべきことを曖昧にせずに伝えることが大切と伺いました。では、長丁場の発表や研究会で質問返しができるくらいになるまでに、若手の研究者や学生はどのように英語を鍛えていけばよいのでしょうか。 ■ 大学院で英語の論文を書かれたと思いますが、その際には指導教官の指導を受けられたのですか。 経済学部では修士2年になってから指導教官が決まります。そのため、英語を読むことに関しては自分(独学)でやった感じです。修士1年目でも読む機会は多いので、今の学生も、自分で頑張って辞書を引いていますよ。 書くことに関しては、最初は他の論文を見ながら使える表現を積み上げて、それをもとに自身で書いた原稿を、指導教員に見てもらう。この繰り返しだと思います。これに関しては、今も昔も一緒かと。 ■ 英語で本格的に書くようになったのは博士課程からですか。 そうですね。修士のころの発表といったら、研究会で、読んだ論文の概要を日本語で説明するという程度でした。博士課程になってから英語で書く練習をして、英語の研究会にも参加するようになりました。それでも博士課程の間は自分の研究費などはありませんので、海外の学会には行かれず、国内の学会に出て日本語で発表していました。海外に行き始めたのは就職した後ですね。名古屋大学在職時に海外の学会に少しずつ自分の研究費で行くようになって、そこから英語で発表をするようになりました。 ■ 初めて英語で発表をされたときの思い出をお聞かせください。 初めて英語でプレゼンをしたのはイギリスでのコンファレンスでした。学会より少し小規模で、持ち時間はやや長めの40分くらいでしたが、何をしゃべったか覚えてないですね。都市経済学に関する著名なジャーナルのエディターなどが揃っているようなコンファレンスだったので、「すごい方々がずらっと並んでいる」と思うと緊張して……。その後の懇親会で、海外の方に「おまえはもっと英語を勉強しなきゃいけない」と言われました。「そうしないと話ができないじゃないか」と。それで、やっぱり海外に一度は行かないといけないと思いました。指導教員の伝手をたどってベルギーの研究所に1年間滞在し、「とりあえずしゃべる」ということを学んできました。 ■ そこでは英語でのコミュニケーションが主だったのですか。 そうです。研究所の中は全部英語。研究者の中に日本人が一人いたので一緒にご飯を食べてはいましたが、普段はフランス人やイタリア人も一緒なので英語で話す。海外の方とコミュニケーションを取らざるを得ない状況に身を置き、日常生活から研究に至るまですべてを英語で1年間続けたことで、基礎というか、話す力がつきました。 私はあまり社交的なタイプではないので、向こうにいる時も、おとなしい人と気が合いました。そういう人を見つけて仲よくなっていましたね(笑)。友達になることで、特に研究以外の世間話をする力が身についたと思います。これで懇親会などでのコミュニケーションが円滑にいくようになりました。ベルギーでの経験を経て、30分、長くて1時間半にわたる発表の途中で質問が来ても慌てなくなりました。 ■ 経済学特有の長時間の発表や研究会に対応できるようになるため、若手の研究者やこれから研究者になろうとする学生は、どうやって英語を鍛えていけばよいと思われますか。 人によって向いている方法は違うと思いますが、一つは実地訓練ですね。研究会に出席して一言でも発信してみる。仲間内で研究会を模した練習をしてみるのも一つの方法だと思います。私自身はといえば、学部生のころに学会に参加することはなかったし、英語で発表する機会もなかったのですけれど……。 現在、東京大学では一年生からALESS・ALESAというアカデミック・ライティングのコースが必修科目になっています。私が学部にいたころに、こういう英語教育プログラムがあったらよかったのにと思います。…

米国化学会、海賊版論文サイト「サイハブ」に勝訴

本連載でもお伝えしてきたように、「サイハブ(Sci-hub)」というウェブサイトでは、出版社のサイトでは有料でしか入手できない論文のPDFファイルを、誰でも簡単に無料でダウンロードすることができます。ジャーナル(学術雑誌)の購読料が高騰し、論文を手に入れにくくなったことに業を煮やした研究者アレクサンドラ・エルバキャンが2011年に開設したものです。多くの研究者に重宝されてきた反面、学術出版社などからは訴訟を起こされるなどされてきました。 世界最大の学会で、多くのジャーナルを発行する「米国化学会(ACS: American Chemical Society)」は今年6月、バージニア州の地方裁判所でサイハブを提訴しました。11月3日、バージニア州の地方裁判所はサイハブに対して、著作権侵害と商標違反の損害賠償として480万ドルを同学会に支払うよう命じました。サイバブ側はこの裁判に出廷しませんでした。 最近のある研究では、サイハブには、世界の学術論文約8160万件のうち69%、米国化学会のジャーナルのコンテンツのうち98.8%が含まれている、と推定されました。 サイハブは学術出版大手エルゼビア社に著作権侵害で訴えられて、ニューヨークの裁判所から1500万ドルを損害賠償として払うことを命令されたこともあります。 米国化学会は声明文で「この判決は著作権法と出版産業全体の勝利である」と述べたうえで、サイハブとの「アクティブな提携や参画」をしている人々には、同学会の著作権で保護されたコンテンツや商標の不正使用に対する差し止め命令が出されることをこの判決は意味する、と説明します。つまりサイハブだけでなく、検索エンジンやサービスプロバイダなどにも適用される可能性があるということです。同学会はこれが執行されるよう動き始めているといいます。 この裁判所命令に実効性はあるのでしょうか? サイハブは閉鎖されるか、あるいは誰も検索エンジンでたどり着けなくなるのでしょうか? 『ネイチャー・ニュース』では、知的財産の専門家が「アクティブな提携や参画」には解釈の余地があること、一般論としてはアメリカの裁判所は裁判に参加していない人々や団体に命令を出す権限は持っていないこと、しかし連邦規則(US federal rules)は禁止を命令された側と積極的に関係している者に対しては命令が及びうること、などを指摘しています。 『サイエンス・インサイダー』では、別の専門家が、この判決は政府による検閲に第三者が関与を求められる前例になる可能性を指摘しています。 コンピュータ通信産業協会(CCIA)は「法廷助言書」を裁判所に提出して、プロバイダと検索エンジンへの命令を、エルゼビアによる訴訟でも米国化学会による訴訟でも、その訴えから除外するよう求めていました。この意見は前者では裁判官に取り入れられましたが、後者では却下されました。 なお同学会の広報担当者は、この判決は検索エンジンには適用されず、サイハブに「積極的に参加している団体」にのみ適用される、と『サイエンス・インサイダー』にコメントしています。…

間違いやすい用語や表現 - 不要な「of」

「の」の誤訳が原因となっている「of」の誤用を度々見かけます。その中でも特によく見られるものとして、以下に例示する誤用があります。 [誤] (1) Here, the condition of v > 0 is important. [正] (1’) Here,…

翻訳サービスが抱えるセキュリティリスクとは

あらゆる情報がインターネット上でやり取りされる現代、不正アクセスやウイルスによる個人情報・顧客情報の漏洩や、コンテンツの不正改ざんなどを含めたサイバー攻撃は後を絶ちません。大手通信教育会社、政府関連機関、金融機関などからの個人情報流出事件が報道されたほか、最近では、安全と言われていた Wi-Fi でも暗号鍵が読み取られる脆弱性が見つかり、問題となりました。 インターネットを利用する以上、セキュリティの問題は切り離せませんが、企業も個人も関係なく危険にさらされているのが現実です。翻訳サービスと翻訳者もインターネットを介してお客様の依頼を受け、作業を進行させる以上、セキュリティリスクとは無縁でいられません。 ■ 翻訳会社には重要情報がたくさん 翻訳をはじめとする言語関連サービスを提供する企業にとって、お客様の情報、つまり顧客情報はもちろん大切なものですが、翻訳業界ならではの重要情報の取り扱いについても、十分注意する必要があります。それは、翻訳対象のファイルに書かれているあらゆる情報です。最新の研究、開発中の医薬品、新製品の説明書、会社のプレスリリース、法律文書など、秘匿性の高い情報が外部に漏れることは許されません。お客様の新製品の情報が外部に漏れて競合他社の手に渡ってしまうようなことが起きたら、事業展開に影響が出ます。開発中の新薬の情報が漏れて特許申請されてしまえば、長年の研究が水泡に帰してしまいます。 顧客の業種は多種多様で依頼内容も多岐にわたりますが、どんな情報であれ重要な情報であることに変わりはありません。顧客からの信頼のもとで重要な情報を預かり、作業していることを常に意識しておく必要があります。 ■ そこら中に転がるリスク インターネットの普及は世界中の言語を世界中で翻訳することを可能にしましたが、反面、セキュリティリスクが増大したのは事実です。多くの 翻訳会社 は社内でプロジェクトの管理や編集などを行いますが、一方で相当な人数の外部事業者(フリーランスなどの登録翻訳者)を抱えています。登録翻訳者は国内外問わず点在しており、依頼言語や内容に応じて選ばれますが、その際、顧客ファイルにアクセスする必要が生じます。が、そのアクセス方法や利用ソフトは多種多様です。複数名の翻訳者がいろいろな国からさまざまなネットワークを経由してサーバーまたはファイルにアクセスすることだけでも、インターネットセキュリティのリスクを負っていることになります。 さらに、ファイルを共有するためにログインIDやパスワードを共有したり、セキュリティレベルを確認することなく大容量ファイル預かりサービスを使ってファイルを転送したり、ファイルサイズが小さいからとメール添付でファイルの送受信を行ったり、テキスト文を検索エンジンにテキストコピーして検索にかけたりと、どれも普通にやってしまいそうなことですが、これらも大きなリスクです。実際、ネット上の翻訳サービスに入力した文章がそのまま公開されてしまうという問題が、数年前に発生しました。これは、翻訳結果がサーバーに保存されていたことで、意図しない情報漏洩につながってしまったというケースでした。サービスを提供する側からの情報提供が不足していたため、顧客がサービスを発注する際に「サーバーへの文書保存に同意しない」という選択肢があったことを知らなかったのです。 ■ 翻訳サービスがなすべきセキュリティ対策とは? このような問題を防ぐためにも、翻訳サービスを提供する 翻訳会社…

頭脳流出が進むラテンアメリカ-日本は大丈夫?

「イノベーション」につながる科学研究への投資は長期的に見て重要であり、政府負担の研究費が投入される一つの理由でもあります。日本では英語本来のinnovation(革新、一新)の意味に加えて、技術革新や新しいアイデアの活用などの意味も含まれますが、インターネットの普及やスマートフォン、電気自動車(EV)など、ここ10年程度の間に生活に浸透した「イノベーション」の成果には、目を見張るものがあります。このように、イノベーションを生み出す研究プロジェクトへの投資は計り知れない影響を世界に及ぼしますが、それを生み出すには、充実した研究環境も不可欠。研究費の削減、そして人材の流出というシビアな問題に直面する国が増えてきています。 ■ ラテンアメリカの深刻な現状 ラテンアメリカでは、政府の研究費削減が大きな問題に発展しています。低賃金や研究費不足、官僚制度の問題に頭を抱えた研究者たちが国外に出て行く、つまり頭脳の流出が進行しているのです。 最近出版された報告によれば、アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、ウルグアイ、メキシコの研究者の給料は、それぞれの国の首都にあるアパート(2LDK程度)の家賃より低いと示されていました。例えば家や新車などを持ちたい、生活水準を向上させたいと思ったら、食費や光熱費などの生活費を節約しなければ到底かないません。 世界銀行のデータによれば、これらのラテンアメリカ諸国が研究開発費に回す予算は概ねGDPの1%以下(1.24%のブラジルを除く)であり、GDPの約2.4%を研究開発費に投じている先進国とは大きな差が出ています。せっかく大学院を出て研究者になっても、研究費がなく生活にも困窮するとなれば、その国に留まるのは難しくなります。実際、アルゼンチンの大学で博士号(PhD)を取得する学生数は急増しているのに、その半数しか国内で科学研究関連の仕事に就けず、約20%の博士号取得者は国を出るか、他の職業に就くことになるようです。 ■ 経済低迷のブラジル、政情不安のベネズエラ…… 研究費のGDP比では1%を超えているブラジルですが、経済低迷の影響から、イノベーションに向けた科学研究資金は削減されるばかりです。ブラジルには州ごとに研究開発を支援する公的なファンドがありますが、そのうちの一つであるリオデジャネイロ州の科学支援団体FAPERJは、過去2年以上にわたり3,670もの研究プロジェクトへの支援を打ち切るなど削減を続けてきましたが、ついに経営破綻となり、1億5,000万ドルの助成金が支払われなくなってしまいました。 FAPERJの破綻は、リオデジャネイロ州政府がFAPERJへの支出を減らした上、2005-2016年に割り当てられた予算の40%しかFAPERJが受け取れていなかったことが原因と考えられています。2016年のオリンピック開幕前にリオデジャネイロ州が財政危機宣言を発したことは五輪関係者に衝撃を与えましたが、州の財政状況が急激に悪化したことの影響は学術界にも及んでいたのです。しかし、研究費削減の問題は同州に限らず、他の州でも深刻な状況となっています。 また、国の政情不安も人材を流出させます。社会主義国のベネズエラは、治安の悪化、経済マイナス成長、インフレにより国家崩壊の危機にあるとまで言われており、既にこの国から脱出した国民も多数。2016年の報道によれば、国外に住むベネズエラ人は150万人。90%が2000年以降に国を出たとされていますが、その中の90%が学士以上、40%が修士以上、12%が博士取得者と、学歴や技術を持つ人材が多いことから、ベネズエラでも頭脳流出が起きていると言えるでしょう。 ■  「頭脳」はどこに? 他のラテンアメリカ諸国もブラジルやベネズエラと同様の状況に置かれており、研究活動を促進し、先進的なイノベーションを促すためには、学術界および政府レベルでの改革が必要不可欠です。しかし残念なことに、この問題はラテンアメリカ諸国だけでなく、全世界で共通の問題となりつつあります。GDP比での研究費はラテンアメリカ諸国より大きいものの、ヨーロッパをはじめ先進国における頭脳流出も問題視されています。 では流出した頭脳はどこに行くのか?流出国と流入国は、先に述べたような経済的・政治的な要因によっても大きく変わってきます。近年は、経済的不安が増すヨーロッパから流出した頭脳(人材)がアメリカ、カナダ、オーストラリアなどの英語圏に移住しているようです。しかしトランプ政権になって科学研究費が大幅に削減されたアメリカが、今後も研究者の流入を受け入れられるかどうかは不透明で、動向に注意する必要があります。 ■ 日本からの「頭脳流出」は大丈夫か この問題、日本も他人事ではありません。他国に比べて治安がよく、経済力も保持するこの国からも頭脳流出が起こっています。近年話題になっている「日本の」ノーベル賞受賞者にも米国在住あるいは受賞時点で外国籍を取得していた研究者が多数いることからも、それは明らかです。日本で博士号を取得した研究者が、語学力の強化や研究者ネットワークの構築などを目的に留学し、より自由な研究環境を求めてそのまま移住してしまい、結果、現地で研究成果をあげているというのが現実です。アメリカへの頭脳流出の傾向は以前からですが、有能な研究者への国際的需要は高く、海外からの「頭脳獲得」に積極的に動いている国も他にあり、今後も研究者の流出が続く可能性があります。…

間違いやすい用語や表現 -the one

代名詞「one」は日本人学者の論文で過度に使用されると思われます。熟語「the one」における誤用は特によく見受けられます。 「the one」が表現として誤っているとは言えませんが、学術論では一般に(「one」が代名詞となっている)「the one」よりは「that」の方が適切です。私が今まで読んできた学術論文では、ほぼ例外なく「the one」(「the ones」)はそのまま「that」(「those」)に置き換えるべきものでした。 以下は典型的です。 [誤] (1) This method is similar to…

【東京大学】佐藤 泰裕 准教授インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十八回目は、東京大学大学院経済学研究科の佐藤泰裕先生にお話を伺いました。インタビュー前編では、学会における英語での発表や、そこで得た大切な教訓について語って下さいました。 ■ 先生の研究分野、研究テーマを教えてください。 経済学の領域で、その中でも都市経済学、地域経済学、空間経済学について研究しています。経済学とは元々、社会のルールや制度などをどのように設計すればより暮らしやすくなるのかを考える学問ですが、その中で都市や地域間の人口移動に関する分析や、地域経済政策の外部性を分析するのが専門です。いろいろな都市にある共通の問題を探ったり、都市に関する仮説を実証したりといった具合です。 例えば最近、大都市の混雑とか通勤などの問題が挙がっていますが、なぜ都市に企業や団体が集まるのか、その理由を理詰めで考えてデータで確認していくということをやっています。また、学歴の高い人ほど大都市に集まりやすいとも言われます。それをちゃんとデータで検証可能な形に整理するのです。そこが、私の研究が「理論分析」と言われる所以です。分析した後にあらためてデータを見て、実際に有意に観察されるかどうか、統計学を使って検証しているのです。 ■ ご自身の研究を発表するのは、学会が主な場所でしょうか。英語で発表される機会はありますか。 そうですね、学会や研究会です。国内と海外、両方ありますが、子供がまだ小さいので海外にはあまり頻繁には行かれず、年に1回か2回ですね。 国内の学会でも、状況によっては英語で発表をしたり、資料を作ったりすることがあります。大学によっては研究会を全部英語でやっているところもありますし、聴衆の中に日本語のわからない外国の方がいる場合には、英語で――となることもあります。外国の方が来るかどうかわかった時点で資料を英語に訳すこともあるし、逆に、英語でプレゼンテーションする準備をしていたのに参加者が全員日本人だったから日本語に切り替わるということもあります。 ■ 国内外問わず、英語で発表したり資料を作ったりしなければならない時のご苦労、大変だったご経験はありますか。 発表や資料作成ではそれほどないのですけれど、やはり質疑応答が・・・・・・。分野によって違うと思いますが、経済学の場合は、学会発表や研究会の発表でも(発表者が)しゃべっている間に質問が来ます。こちらがまだ話している間に手が上がって、「ちょっとこれの意味を教えてくれない?」とか「ここの部分をもっと聞きたいんだけど」っていうのが来る(笑)。国内の学会だと発表が終わるまで待ってくれますが、海外の学会は途中でも容赦なく手が上がります。 ■ 準備していない段階で、予期せぬ質問が来ると。 そういうことです。なまりの強い英語で聞かれたり、ネイティブの方に(文を)省略してしゃべられたりすると質問の意味がわからないことがあって、それをどうやって返したらいいのか、どう切り抜けたらいいのか、最初は苦労しました。 今では、聞き取れなかったら素直に「今、何て言ったんですか?」と聞き返します。すると相手は、違う言い回しで質問し直してくれることが多いです。質問を予測して「こういう質問ですか」と尋ねたりもします。そうすると、やり取りが割とかみ合うようになります。最初に確認をすることで、話が有意義に進むようにしています。 もちろん事前にフレーズをいくつか考えて臨みますが、学会の会場で発表をされているノンネイティブの上手な返し方をストックもしています。学会や会議の場で学んだことを発表に生かすということです。 ■ 発表の合間に質問が入るという以外に、経済学の分野で独特な「ルール」はありますか。 発表時間は長めです。学会だと1人の持ち時間がだいたい30分くらいで、短くて20分くらい。発表8割、質疑応答2割で構成されています。最初のころは原稿を発表時間に合わせて用意していたのですが、合間に入ってくる質問に対応していると網羅しきれず、やりにくさを感じたため、用意しなくなりました。スライドを見ながら説明して、質問が来たらその場で答えるという流れです。…

ウィキペディアは科学の「言葉」に影響する

「ウィキペディア」は、誰でも執筆・編集できるオンライン百科事典として知られています。何か気になることを調べるためにはとても便利なウェブサイトです。しかし、誰でも簡単に執筆・編集できることから、その信頼性には限界があり、論文などを書くときには、それを参照・引用することは慎重になったほうがいい、と一般的にいわれています。大学の教員のなかには、学生たちに対して、レポートを書くときにはウィキペディアどころかインターネットを参照すること自体を禁止する方もいるほどです。 しかし現実には、科学者もウィキペディアを参照しています。それどころか最近、科学者の「言葉(言語)」はウィキペディアの影響を受けている、と主張する研究結果が報告されました。 マサチューセッツ工科大学のイノベーション研究者ニール・トンプソンとピッツバーグ大学の経済学者ダグラス・ハンリーは、ウィキペディアが科学者の言葉にどう影響しているかを調べるためにある実験を行い、その結果をまとめた論文の原稿を9月20日、「社会科学研究ネットワーク(SSRN : Social Science Research Network)」が運営するプレプリントサーバー(論文の原稿を投稿するウェブサイト)に公開しました。 トンプソンとハンリーは大学院生らに、ウィキペディアにまだ書かれていない化学分野のトピックについての記事を書かせました。彼らはそうしてできた記事43件を無作為に分け、半分を2015年1月、ウィキペディアで公開しました。残りの半分は「コントロール(比較対照群)」として、公開していません。公開された記事は、2017年2月までに200万を超えるページビューを稼ぐ結果となりました。(彼らは大学院生らに経済学の分野の記事も書かせたようですが、この論文では主に化学分野での影響が分析されています。) ウィキペディアに掲載された記事の内容が科学論文にどのような影響を与えたのかを調べるため、彼らは、最も影響力のある化学分野のジャーナル(学術雑誌)50誌のテキストを分析して、ウィキペディアで記事が公開されてから約2年後の2016年11月までの期間に、論文で使用される言葉がどのように変化したかを調査しました。 彼らは、論文で使われている言葉の頻度や新しい単語が現れた時期などを計算した結果、 平均すればウィキペディアの記事1本の存在は、そうした科学論文内の意味ある単語のうち0.33%(つまり約300分の1)を変化させる ということを発見しました。これは「新しいウィキペディアの記事 → その記事を読む科学者…

広がるインターンシップ – 言語業界では?

日本でも大学在学中にインターンシップに参加することが一般的になってきました。2018年度卒学生にインターンシップの参加経験を聞いたあるアンケートでは、43.7%の学生が参加したことがある、と答えています。 翻訳をはじめとする言語業界の仕事でも、インターンの受け入れは進んでいるのでしょうか?実際は、国連やユネスコのような公共組織以外での受け入れは、進んでいるとは言い難い状況です。国を挙げての「グローバル人材育成」が進む中で学校教育に外国語学習が盛り込まれ、さらに幼少時からバイリンガル、トリリンガルな環境で育つ人が増えている昨今、人材不足が原因とも思えません。なぜこの業界でのインターンシップが進まないのかを考察します。 ■ 学生にも企業にもメリット インターンシップとは、特定の職業の経験を積むために、一定期間に企業や団体などで労働に従事することで、学生が在学期間中に行うことが一般的です。「1日インターンシップ」から短期型、長期型と選択肢が増えており、参加する学生側から見れば、実際に企業の中に入って社員と共に業務に携わることで、企業や業界の実態を垣間見ることができます。さらに、社会に出る前から実践的なスキルを身につけ、自分の適性を確認することも、人脈(ネットワーク)作りの機会を得ることもできるのです。 一方、受け入れる企業側は、会社を知ってもらうことから将来の入社を念頭に入れた人材選考の一環としてまで、幅広い目的で インターンシップ を実施します。企業にとってインターンシップは、低コストで能力を提供してくれる人材を確保する場であり、若手人材のスキル・能力を採用判断前に把握することができる、つまり将来的な採用コストとリスクの削減につなげられる機会なのです。 このように、インターンシップは学生・企業の両方に大きなメリットがあることから、外資系企業に比べて「お堅い」日本企業にも広がりを見せています。それにもかかわらず、言語業界ではインターンシップの受け入れが進んでいないように見えるのは、なぜなのでしょうか。 ■言語業界の特性がインターンシップの壁に? 言語業界は業務内容が専門的である――。これが、インターンの受け入れが進まない要因の一つとして考えられます。 翻訳や通訳の内容は法律、金融、ITから化学まで多岐にわたり、翻訳者・通訳者はもちろん、プロジェクトの進行に従事するスタッフにも技能と経験が要求されます。まず、顧客から依頼される内容を正確に理解し、適切な翻訳者・通訳者を選定する。依頼の分量が多い、あるいは納期が短い場合には複数の翻訳者を手配し、それぞれの作業品質と納品までのスケジュールを管理する。通訳の場合でも、依頼が同時か逐次か、また、話者の話が専門分野に特化しているかによって、それに対応できる通訳者を選出する。こうした状況判断には、専門知識と経験が不可欠です。翻訳・通訳自体は専門職なのでインターンには無理ですが、関連の作業を分担するとしても、インターンにできる作業を切り離すのは難しく、かつ限られたインターン期間内に仕事を覚えてもらうためのトレーニングを行うことは困難です。 このような実務上の難しさに、納期に追われる業界の特性が加わり、インターンの受け入れ自体に十分な時間を割くことができないのが現状と言えるでしょう。 ■インターンシップを成功させるコツ では インターンシップ…

オンライン査読システムが査読を変える?

ドイツのシュツットガルトに本社を置く医学・薬学・化学関連学術出版社のThieme社。彼らは化学誌Synlettの中で、査読のプロセスを早め、公平性を向上させるための「新しい査読システム」の試験運用で、好結果が得られたことを公表しました。Synlettの編集長Benjamin List氏(マックス・プランク石炭研究所)と彼の研究生Denis Höflerは、この新しい方法を「インテリジェント・クラウド」査読システムと名付けています。研究論文の査読をオンライン上で行えるようにするという試みが始まっているのです。 ■ 査読を速く、より信頼できるものに 2016年にSynlettが行った新システムの試験運用では、編集委員会からの推薦と自主的に参加する研究者から100人のレビュアーが選ばれ、全員が数日間で、提出された論文にオンライン上でコメントしたり、他のレビュアーのコメントに返答したりして議論を行いました。すべてのコメントは匿名で記されるため、レビュアーによるバイアスのない率直な意見や必要な批評が提出されることにより、編集者がより速く、より公正な判断を下すことができるようになったとのことです。 List氏は従来の査読システムについて、一つの論文あたりの査読者の数が2・3人に限定され、かつ時間がかかるという問題点を指摘しています。これらへの不満が、今回の新しいシステムのアイデアを生み出すことになりました。多数の査読者がオンライン上で短期間に論文にアクセスし、匿名でコメントすることで、査読をスピーディーかつ、より信頼性の高いものにすることが期待されています。 ■ 今の査読システムは限界? そもそも従来の査読には複数のタイプがあり、学術誌によって採用しているシステムが異なります。まず大きく分けて、主として学術誌の編集者が投稿論文の査読を行うエディトリアルレビューと、選ばれたレビュアーが査読を行うピアレビューがあります。さらにピアレビューには、論文著者に査読者が誰かを知らされないブラインドレビュー(盲査読)、査読者にも著者が誰だか知らされない、つまり著者と査読者の双方がお互い誰だかわからないダブルブラインドレビュー(二重盲査読)、著者と査読者の双方がお互いの名前をわかっているオープンレビューの3つがあります。いずれの場合も、増加し続ける投稿論文数への対応や、査読におけるバイアス問題、査読者の不足、詐称査読、研究不正への対応などの問題を抱え、査読システム自体が限界を迎えているとの意見すら出てきています。 学術論文の出版後に研究仲間がオンライン上で論文の内容を査読する「出版後査読」という方法もありますが、この場合は論文が公開されているので、どんな読者でも匿名でコメントを発せるため、批判的あるいは不適切なコメントを除外することはできません。その点、インテリジェント・クラウド査読システムは公開前に行われるレビューであり、かつ編集者がレビュアーを把握しているため、無意味なコメントをあらかじめ除外できるというメリットがあります。 ■ どうなる査読の未来 今回の試験運用では10本の論文を取り上げ、そのうち9本が実際に出版されました。Synlettの編集チームは試験運用の結果を前向きに捉えており、レビュアーも著者も、その結果に満足しているそうです。今後、Synlettは取り扱うすべての論文に新しいクラウド査読システムを取り入れるだけでなく、助成金申請のように査読が必要な他のプロセスにも取り入れていくことを考えています。 List氏は、クラウド査読システムが機能することは明白になったので、今後も実験を重ねて高機能な オンライン査読システム を維持・管理すると共に、目新しさが薄れた後もどうやって査読者を確保し続けるかといった課題にも対処していく、と述べています。 この査読システムが果たして、実際に査読者の負担を軽減し、査読の質を保証できるのか。学術出版会に一石を投じることとなるでしょう。…

ソーシャル・メディアは学術活動に役立つか?

ソーシャル・メディアの利用者は、スマートフォンの普及に伴い、爆発的に拡大しました。一般的には、LINEやTwitter、Facebook、Instagramなどを友人とのコミュニケーションに利用するケースが多いですが、より専門的な分野で利用できる便利なツールも増えています。学術分野のコミュニケーションでも、ソーシャル・メディアが欠かせなくなってきているのです。 ■ 活用する研究者は増えている BioMed Centralに2017年6月15日に掲載された、学術関係者のソーシャル・メディアの活用に関する調査について書かれた記事によると(調査は同年2月にSpringer Natureが実施。本調査は2014年にNatureが行ったものにさかのぼる)、回答者の95%が何らかのソーシャル・メディアを活用しており、最も普及しているプラットフォームはResearchGate(71%)で、そこにGoogle Scholar(66%)が続いていました。 2014年の調査では、最も選ばれていたのがResearchGateとAcademia.eduで、これらのプラットフォームの利用目的がプロファイルの更新だった(68%)のに対し、今回の調査では4分の3以上が「コンテンツ探し/閲読」と回答しています(前回調査では33%)。また、今回の調査ではソーシャル・メディアの利用目的として57%が「自己支援」か「研究促進」を挙げており、活用する研究者が増えていることが伺えます。 ■ 多様な研究特化メディア ソーシャル・メディアは情報収集や関心を集めるために有効な手段であると認識する向きが多いにも関わらず、中には倦厭(けんえん)される方もいます。その理由は「時間の無駄」と考えるからでしょう。テキストだけでなく写真や動画のアップロード、多様なプラットフォームの使い分け、さらには他者の発信内容のチェックなど、活用しようと思えば時間と労力を割く必要があります。重要なのは、自分にとって有効なソーシャル・メディアを見極めることです。前述の調査で名前が挙げられたプラットフォームのように、一般的なコミュニケーション・ツールとして使われているTwitter、Facebook、YouTubeなどとは用途や閲覧者層が異なる学術研究に特化したプラットフォームが登場し、研究成果の発信や他の研究者とのつながりを作るのに役立っています。いくつか例を挙げます。 LinkedIn ビジネス特化型ソーシャル・ネットワーキング・サービス。自分のプロフィールを掲載することで自身と研究をアピールするとともに、研究内容や論文を特定のグループなどで共有、公表することができる。個人のブログ、論文記事、ウェブサイトなどへのリンクも掲載可能。人脈の構築や仕事探しに活用する人が多い。 ResearchGate 科学者・研究者向けのFacebookと呼ばれる。研究についての共有や情報交換が可能。他の研究者をフォローして、最新の研究成果を確認できる。プロフィール画面では論文リストを作成でき、論文の被引用回数も表示される。ResearchGate内で論文が何回クリックされたか、論文をアップロードした際には何回ダウンロードされたのかも把握可能。 Academia.edu 研究者の情報交換に特化したソーシャル・メディア。研究論文や講演などの情報を登録し、共有することができる。登録者数は5000万人を越え(2017年10月)、研究者は、自分の論文や著書・発表資料などをアップロードした後、論文がどのくらい読まれたかを分析できる。投稿前の論文や掲載済みの論文をアップロードすると、内容について閲読者からコメントがもらえるという機能がある。…

翻訳者と通訳者-こんなに違う「伝える」シゴト

最近、成田空港に導入された「メガホンヤク」をご存知ですか?「ドラえもん」のポケットから出てくる道具のようだと話題になったメガホン型の翻訳機で、日本語を英語、中国語(北京語)、韓国語にして再生することができます。空港など外国人の多い場所で係員のアナウンスを多言語に変換し、誘導などを補佐するものですが、話者の発言を他の言語に置き換えるにも関わらず「通訳機」ではなく、その名はずばり「ホンヤク(翻訳)機」。英語でも Megaphone Translator と紹介されています。メガホンと翻訳をかけた絶妙なネーミングですが、このメガホンが話者の発する言葉を「通訳」するのではなく、事前に登録された言葉(文章)に置き換える「音声翻訳」を行うものであることから、この名前になったものと思われます。 似たようなイメージで見られがちな「翻訳」と「通訳」。この違いは何なのか。翻訳者と通訳者に求められるスキルや必要な訓練に違いはあるのか。あらためて整理してみましょう。 ■ 翻訳と通訳は完全に別モノ 表面的には、翻訳者は「書き言葉」を、通訳者は「話し言葉」を扱っているという違いがありますが、根本的な部分で翻訳と通訳に求められるスキルは異なります。翻訳者に求められるのは、原文の言語(ソース言語)を理解し、その文化的文脈に沿って、辞書や参考資料、CATツール(コンピュータ支援翻訳ツール)などを用い、正確に他の言語(ターゲット言語)に置き換える能力です。一方、通訳者は現場で話者が話す言葉を同時あるいは逐次に変えていく必要があるため、卓越した聞き取り能力と短時間に効率的なメモを取るテクニック、人前で話す力が求められます。特に同時通訳の場合、ターゲット言語へのアウトプットはソース言語の発話から5~10秒以内です。ほとんど瞬間的とも言える時間の制約の中で、話者の言葉を聞きながら、即座に情報をまとめて的確な言葉に置き換える力が必要です。 求められる正確さにも違いがあります。翻訳は、下調べを重ねて内容を十分に理解した上でテキストを作成します。原稿を納品前に推敲する時間がある分、訳文には高いレベルの正確性が要求されます。通訳は、話者の話した内容を脚色せず「言語変換」に徹します。正確さよりも、時間(瞬間的な対応)と意味が伝わることが重視されます。 また、それぞれの仕事が必要とされる場所も異なります。最近は、外国人旅行者や居住者が増え、多方面で翻訳・通訳の仕事が増えています。ビジネス文書の翻訳など産業翻訳と呼ばれるものの他に、小説の翻訳(文芸・出版翻訳)や海外ドラマなどの翻訳(映像翻訳)、比較的新しいものとしてはゲーム翻訳や観光客向けホームページのための多言語翻訳などの需要が増えています。 一方、外国人観光客を案内する「通訳ガイド」の需要も増えています。通訳は、人と人を直接つなぐので、コミュニケーションをとることが好きな人や人前に出て話すのが得意なタイプに向いていると言われます。 ■ 翻訳には緻密さ、通訳には大胆さ 通常、翻訳者・通訳者は自分自身の母語と他の言語の置き換えを行います。翻訳は、多くの場合、どの言語をどの言語に(例えば、日本語から英語、または英語から日本語)するか、事前に「方向」を確定させます。求められるのは、元の原稿の内容に精通する専門性や語彙の豊富さ。時間をかけて、正確かつわかりやすい言葉の置き換えを行います。 一方、通訳はいわば「生中継状態」。話す内容が事前に大まかに決まっていても、話の進み方次第で臨機応変に対応しなければなりません。それだけではありません。話し手が強調する部分は話し方を大げさに、笑いを取ろうとしている部分などはニュアンスが言語間の文化を超えて伝わるよう、思い切った言葉選びをする必要も。優秀な通訳者は、一つひとつの単語、文章を「訳す」のではなく、概念を理解するや否や、素早くターゲット言語で「説明」しているとも言えます(頭の中では2つの言語が同時に飛び交っているのかもしれません)。 あいまいな表現が多い日本語を、具体的な表現で説明することが多い外国語にどう置き換えれば、より分かりやすく伝えられるか。これも、翻訳者と通訳者が共に頭を悩ませる難題です。語彙の面でも、外来語だけでなく外国語やカタカナ語(技術関連用語や新語など)が氾濫し、どこまでが一般に通用するのか、あいまいになってきています。翻訳の場合、メッセージに込められた背景、ニュアンス、表現まで考慮した上で、ターゲット言語のネイティブが読んだ際に違和感なく理解できる文章にしなければなりません。通訳と違って読者を特定できないため、カタカナ用語や専門用語を使う際には、日本語に置き換えるか注釈をつけるなどの工夫が必要となります。一つひとつの文章を正確かつ適切に訳すことにより、メッセージを伝えることが重要なのです。 一方、通訳であれば、発話全体の意味を捉えて、聞き手にとって分かりやすい(と推定される)近似的な言い回しに「訳す」ことでしょう。聞き手が理解できるものであれば、一般的ではないカタカナ語を使うこともできます。そもそも、ソース言語とターゲット言語の単語レベルですら意味が完全に一致するとは限らないので、一言一句ではなく話の筋が伝わることが重要視されるのです。…

「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(後編)

前編では、カナダのオタワ病院研究所の疫学者デーヴィッド・モーハーらが捕食ジャーナルに掲載された論文の「責任著者(corresponding author)」の所属国を調査した結果、最も多かったのがインド、次がアメリカであったことなどをお伝えしました。後編では、論文著者たちの捕食ジャーナルに対する認識と、捕食ジャーナルの特徴について見てみましょう。 モーハーらは、捕食ジャーナルで論文を発表した著者たちが所属する研究機関の責任者16人を選んで問い合わせのメールを送りました。「著者たちに警告した」、「対策を検討している」などと返信してきた研究機関もあれば、返信がなかったところやメールが戻ってきてしまって届かなかったところもありました。 また、彼らは著者87人にも直接メールを送ったところ、18人から回答を得られました。そのうち2人は、投稿するジャーナルが捕食ジャーナルである可能性を認識していたと答えました。4人はビールズ・リストの存在を知っていました。そして、3人が捕食ジャーナルでの採択以前に、ほかのジャーナルに原稿を投稿したことがあると答え、7人が、どのジャーナルに投稿するかについて何らかのガイダンスを受けたことがあると答えています。自分たちの研究が引用されたことがあると答えた著者も7人いました。 モーハーらは、捕食ジャーナルに論文を掲載することは「非倫理的である」と主張し、それらの問題点を「貧弱な査読と貧弱なアクセス」とまとめています。本連載でも伝えたように、適当に言葉を並べただけの無意味な原稿を投稿しても、捕食ジャーナルの編集部はそれを論文として採択してしまうことが広く知られています。また、そうした論文はパブメド(PubMed)などの論文データベースに収載されないことがあるので、見つけにくいことも指摘されています。 彼らは、捕食ジャーナルを通常のジャーナルと区別することは難しい、と指摘します。しかし一方で、彼らは以前に『BMCメディスン(BMC Medicine)』に投稿した論文で捕食ジャーナルの特徴を分析し、以下の13点にまとめたことがあります(彼らの箇条書きに筆者が加筆)。 1. その対象範囲には、生物医学的なトピックと並んで非生物医学的なテーマが含まれる。 2. そのウェブサイトにはスペルや文法のエラーがある。 3. 画像が歪んでいたり、ぼやけていたりする。未許可のものである可能性もある。 4. そのホームページは読者ではなく著者らをターゲットにした言語で書かれている。…

【工学院大学】藤川 真樹 准教授インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十七回目は、工学院大学情報学部コンピュータ科学科の藤川真樹先生にお話を伺いました。インタビュー後編は、英語への取り組み方法や、英語の指導方法、さらに工学院大学のユニークな英語学習についてのお話です。 ■ 英語の学習方法について教えてください。 オンライン英会話のレッスンを毎日続けています。また、単語は使わないと忘れてしまいますので、毎朝必ず勉強しています。普段が日本語の環境ですので、どうにかして英語に触れる機会をつくらなくちゃと思って、Japan Times STなどを1日1ページ読むとか、英語のボキャブラリーを増やすために地道に取り組んでいます。講義で英語を使うことはないですし、海外のスタッフがいるわけでもないので、自分から触れにいくことを常々意識しています。 ■ 論文を英語で書かれる機会は多いのですか? 日本語と合わせて年に2・3本でしょうか。論文を書く際は、まず日本語で書いて、それを英語に翻訳します。その後、御社に校正をお願いをするという段階を踏んでいます。 発表は3回か4回です。授業の合間に国際会議に行きますので、回数は限られます。まずは国内でやって、研究成果の上がったものを海外用の原稿に織り込み、国際会議に投稿する。そして無事に採択されたら、発表しに行くという。 事業化、実用化につながる可能性があるので、国際会議での発表は非常に有意義です。研究者の方々と話をしながらニーズを探ったり、オーディエンスからいろいろなご提案をいただけたりするのはありがたいです。 質疑応答には、答えられる範囲で答えます。発表の後のQ&Aは、たかだか5分くらい。受けられる質問の数も限られているので、そこで受けた質問にはその場で答えますが、どうしても答えられない、時間がないという場合には、セッションの後で個別に「あの時のご質問ですけど……」と内容を確認してから、図やイラストを描きながら説明することもあります。 ■ 論文を書かれる際、専門用語や今までにない言葉などの英訳にご苦労されることはありませんか? この分野には先達のフロンティアがいらっしゃるんです。横浜国立大学の松本勉先生が「人工物メトリクス」という概念を作られました。これは、人によって異なる指紋のような情報を、人工物にも付けてみようというものです。それは、製造過程において自然偶発的かつランダムにできる情報で、それを用いると一つひとつ識別できるようになるという考え方です。私はこのコンセプトに沿ってアプローチしているんです。今は陶磁器ですが、次は合成樹脂でやってみようとか、いろいろな人工物に適用しているだけなので、表現で困ることはないんです。 松本先生が「Artifact-metrics(人工物メトリクス)」という言葉を作られました。ただ世界での認知度はそれほど高くないようなので、「Anti-counterfeiting method」など別の表現を使う時もあります。私は、松本先生に敬意を表して「Artifact-metrics」と最初に使って、後で「This metrics…

「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(前編)

本連載では、どんなにひどい原稿でも、掲載料さえ払えば査読らしい査読なしで掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」について、何度も取り上げてきました。最近では、「フェイク・ジャーナル(fake journals)」と呼ばれることもあります。 捕食ジャーナルで研究成果を発表する者たちは、主としていわゆる開発途上国の医師や研究者だと思われてきました。実際のところ、そうした捕食ジャーナルに投稿される論文の著者がインドなどのアジアに集中することを明らかにした調査もあります。ただ筆者は「日本人も少なくないのではないか?」と思ってきました。 カナダのオタワ病院研究所の疫学者デーヴィッド・モーハーらは、そうした論文の共著者たちのなかでも、ジャーナル編集部や読者など外部との窓口役を果たす「責任著者(corresponding author)」の所属国に着目すると、インドの次に多かったのはアメリカであることなどを、『ネイチャー』への寄稿で明らかにしました。 この調査の対象となったのは、1907件の論文です。モーハーらは、捕食ジャーナルのリストとして知られ現在は閉鎖されている「ビールズ・リスト(Beall’s List)」などを参考にして、生物医学分野の捕食ジャーナルを発行している出版社の中から、1誌だけを発行している出版社41社と、複数誌を発行している51社を選びました。その上で、これらの出版社が発行するジャーナル計179誌に最近掲載された論文3702件から、純粋な生物医学研究と体系的レビュー(複数の論文のデータを統合して分析する研究)を抜き出したところ、1907件が残ったのです。 彼らの調査で、そうした論文では、主流のジャーナルに載った論文に比べて、ガイドラインが守られていない傾向があることが浮かび上がりました。たとえば、臨床試験を報告する論文では「登録情報」が書かれていないこと、体系的レビューでは「バイアス(偏り)」のある可能性が評価されていないこと、動物実験では「盲検化(ある動物が実験群であるか比較対照群であるかを実験者がわからないようにすること)」に関する情報が書かれていないこと、などが明らかになりました。 また、倫理委員会の承認を得ていることを明記した論文が、主流のジャーナルでは70%を上回る(ヒトを対象とした研究で70%以上、動物を対象とした研究で90%以上)のに対し、モーハーらが調査した捕食ジャーナルでは40%に留まりました。さらに、資金源を書いていない論文は、約4分の3に上りました。責任著者の所属国は、インド(27%)、アメリカ(15%)、ナイジェリア(5%)、イラン(4%)、日本(4%)など世界103カ国に広がることもわかりました。 モーハーの調査とは別に、シンクタンクである民主主義・経済学研究所(IDEA : Institute for Democracy…

中国の臨床試験 80%に不正か規定違反あり

本シリーズでたびたび取り上げている中国学術界の不正問題。新薬申請の臨床試験に対する取り締まりも強化されています。 国家食品薬品監督管理総局(China Food and Drug Administration,CFDA)が2016年9月に公表した調査結果によると、2015年に調査を行った1622件の新薬申請のうち80%以上(1308件)の臨床試験において、試験自体が終了できていないか、追跡できない、あるいはその両方の理由で結果が出ていない状況にあり、またデータに不正があるため、臨床申請を取り下げるべきであると判断されたのです。実験結果の捏造や不正確なデータの使用など、臨床試験における不正行為には、臨床試験指令の責任者、製薬会社、医療関係者などが複合的に関わっていたものと見られています。 ■ 違反者には極刑も辞さず 80%という数字に驚いた方は少なくないかもしれませんが、中国の創薬業界では「想定内」との声が聞かれます。中国国営新華社系の経済新聞「Economic Information Daily(経済参考報)」は、臨床試験の結果が、実際の医学研究が行われる前に執筆されることや、既に市場に出回っている薬と併用するような試験が行われることすらある、と報じています。 この事態を重く見た中国政府は、臨床検査の実施方法についての新しいルールを作成しました。2017年4月、CFDAは、健康に関わる臨床試験に不正データが使われた場合、不正を行った製薬会社からの新薬の許認可申請を、同様のカテゴリーの場合は3年間、他のカテゴリーからの場合も1年間受け付けないと表明したのです。このルールの対象は、臨床試験用に不正なデータを提供した機関にも及び、新規の臨床試験の実施や進行中の臨床試験への参画も禁止されます。さらに、該当機関が作成したデータを使った他の新薬申請も却下されることになります。 中国政府の対策はこれに留まりません。CFDAの発表の当日、臨床試験に不正データを使用した場合、刑法で裁かれる可能性もあるとの通達が、最高裁判所より出されました。不正データを使って臨床試験を行った製薬会社などに対し、3年以内の懲役と罰金が課せられるのです。それだけでなく、不正データが公衆衛生上、重篤な被害をもたらした場合には、死刑もあり得るとしています。過失により誤ったデータを提出した場合には刑を逃れるとしつつも、中国政府の本気度が垣間見える厳しい政策です。 ■ 問題の根源は…… 臨床試験の不正となると中国がやり玉に挙げられがちですが、日本でも、スイス製薬大手のノバルティスファーマ(日本法人)による高血圧症治療薬の臨床データ操作事件が、ニュースで大きく報道されました。この件では、同社が薬の効果を高く見せるようデータを改ざんしたとして薬事法違反に問われました(他にも、慢性骨髄性白血病治療薬を用いた臨床研究の不正でも世間を騒がせました)。残念ながら、臨床検査の実施を製薬会社に依存する「製薬会社主導」の構造が、この問題に拍車をかけているのが実態です。 製薬会社による臨床試験での不正は、試験自体や医薬品に関する学術論文の信頼性を損なうものです。それを防止するための法律や倫理指針は存在するものの、研究者や製薬会社が意識しなければ、臨床試験における不正を根絶することは難しいと言わざるをえません。規制によってそれの改革を促す中国の取り組みが、果たして功を奏するのか。注意深く見守る必要がありそうです。…

家系図翻訳 ―過去と現在をつなぐ仕事―

日本ではあまりなじみがありませんが、 家系図 や故人の経歴を記した文書などの翻訳の需要が増えています。日本の戸籍のようなシステムのない国では、海や国境を越えて新天地へと移住してきた祖先の来歴を知りたくても記録がなく、記録や資料が残っていても別の言語で書かれていて読めないという事情があるのです。今回は、家系に関する文書(系譜)の翻訳の話です。 ■ 家族の宝物 ある翻訳会社のもとに老紳士から、こんな依頼があったそうです。 「2つの文書の翻訳をお願いしたい。1つは、地元で尊敬を集めていたラビ(ユダヤ教における宗教指導者)である父の経歴を記した文書。もう1つは、その父の父、つまり祖父の一生についてしたためた文書。これらはヘブライ語で書かれており、読むことができないため、英訳する必要があるのですーー」 古雅なヘブライ語である上、多くの略語があり、翻訳にはかなりの時間を要したとのこと。しかし、いざ英訳した文書をお客様にお届けすると、それはもうたいへんな喜びようだったそうです。老紳士は言いました。 「家族の宝物を翻訳してくれて、ありがとうございます――」 ■ 家系調査の今昔 「To remember where you come from…

【工学院大学】藤川 真樹 准教授インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十七回目は、工学院大学情報学部コンピュータ科学科の藤川真樹先生にお話を伺いました。インタビュー前編は、世界の最先端を走る先生の研究についてのお話です。 ■ 先生の専門分野、研究テーマを教えてください。 主にセキュリティに関する研究を行っています。セキュリティといっても今日では非常に幅が広いですが、ここでフォーカスしているのは、物理的な物に関連するセキュリティです。例えば、世の中には偽造品がいろいろと出回っていますが、それが本物か偽物かを見分ける必要があります。そして、本物をどうやって守るか、偽物を作りにくくするにはどうすればよいか……。そういう研究をずっと続けています。特に私たちが今、注目しているのは、工芸品で、中でも陶磁器です。日本には多種多様な伝統工芸品がありますが、偽物が非常にたくさん作られています。例えば、有田焼などの有名な窯元の作品の偽造品が多数出回っている。それなのに、どうやって偽造品を作りにくくするかといった議論や技術開発は進んでいない。そこで、日本の伝統工芸品は日本人の手で守るべきという考えに立脚し、研究を進めています。 ■ 先生がご参画されている「経済産業省・戦略的基盤技術高度化支援事業」での研究を拝見しました。陶磁器の中に情報を入れ込むという。 はい、平成23年度から継続しています。かつて、ディスプレイに表示されている機密情報をカメラで撮影して持ち出すという情報漏洩がありました。羽田空港の管制官がグローバルホークなどの飛行計画、機密情報を撮影して持ち出したのですが、あってはならないことです。その時、ディスプレイに表示される情報を撮影によって持ち出されるのを防ぐには、ディスプレイの表面に赤外線を発光するような透明なシートを貼ればよいのではないかと考えました。人間には見えませんが、カメラは赤外線を情報だと認識するので、撮影された画像に赤外線が写り込み、情報を読めなくするという仕組みです。 この材料となるのが赤外線を発光する蛍光体なのですが、これを他の分野にも応用できないかと。これを擦りつぶして粉状にして、釉薬や絵の具に入れて陶磁器に焼きつけたらどうか、となったのです。実際に焼きつけたものを赤外線カメラで撮影すると、指紋のようなまだら模様ができるんですね。人間の目には見えない。この模様により、本物であることを証明できるんじゃないか、ということで転用し始めました。 ■ 盗品や偽物の市場への流入が、世界中で問題になっています。研究内容を公表することで、偽造品を作り出す人間が対策を立てやすくなるということはないのでしょうか。 お札の偽造防止技術やクレジットカードのホログラムの製造方法のように、公開しないことでセキュリティが保たれているものもありますが、われわれの研究は、そういうものではないんです。人工物の中に特徴的な情報を埋め込む技術を公開しても、意図通りには作れません。私たちの研究は、同じものを作るのをいかに難しくするかを競っているのです。 ■ 材料の組み合わせや製造方法を公にしても、個々の陶磁器に付けられた指紋のような模様を再現するのは難しいということですか? はい.QRコードに例えると、分かりやすいかもしれません。通常のQRコードは人間の目で見えますが、私たちは見えないQRコードを焼き込んでいる。赤外線や紫外線などの特殊な光を当てると、その時だけ情報が出てくるんです。さらに、このQRコードの模様が同じであっても、コードを形成する蛍光体の粒子の大きさや厚みなどを変えることで、一つひとつをまったく異なるコードにすることが可能になります。一見同じに見えても、世界にたった一つしかないQRコードが作れるので、個々の識別が可能になるんです。 私の研究は、先行する研究者がいない、いわば「ブルー・オーシャン」。誰もやっていない未開拓分野を走っていくようなものです。ライバル不在のニッチな分野の第一人者に、という野心的な思いもあるのですが(笑)、この技術をビジネスにも活かしてもらえるのではと思っています。 ■ ユニークかつ実用的な技術ゆえ、研究成果をご発表される機会が多いのではないでしょうか? 国内外の国際会議で、偽造防止技術の発表をさせてもらうことがよくあります。ただ、英語のスキルはないほうなので、英語で発表する時、十分な受け答えができているとは思えません。 言葉の壁を感じることはよくあります。特に、この技術の実用化に関する話が出た時には苦労しました。英語の発表とは別ですが、ドイツのメーカーに話を持っていこうとした時のことです。私がうまく伝えられないがために、話が進まない……。結局、交渉事はドイツ人に任せて、その結果だけ受け取ることにしました。 大変面白い研究のお話でした。後編では、英語への取り組みについてなどをお伺いします。…

300ドルであなたも論文の共著者に

本連載では、掲載料さえ払えば、どんなにいい加減な原稿でも論文として掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」やそれを発行する出版社「捕食出版社(predatory publisher)」のことをたびたび取り上げてきました。そうした出版社やジャーナル(学術雑誌)をまとめてリストアップした「ビールズ・リスト(Beall’s List)」もあったのですが、2017年1月に閉鎖されてしまったことも伝えました。 インドのIT企業に勤める研究者で、医療ライターでもあるプラヴィン・ボージートは、この捕食出版という問題に興味深い角度から疑問を投げかけました。研究に何も貢献していない者でもお金を払えば、論文の共著者になれるのか、ということです。 ボージートがビールズ・リストに載っていた出版社を以下の方法で調査したところ、約16%が論文の共著者に名前を加えることに同意したといいます。 ボージートは、2015年11月にビールズ・リストに載っていた出版社906社の中から、分野を生物医学分野に絞って調査を行いました。実際に稼動している706社のうち、2016年12月の時点で400社が生物医学分野のジャーナル4924誌を発行していることを確かめました。そのうち119社がインドの、94社がアメリカの出版社でした。 ボージートは架空の名前を使って、そうした出版社にメールしました。その文面の一部を学術情報ウェブサイト『リトラクション・ウォッチ』が紹介しています。 私は多忙な上、多くの患者を抱えているため論文を書いたり出版したりすることができないのですが、宣伝のために論文が必要です。同僚の1人から、貴社のジャーナルはこの件について手助けしてくれると聞きました。貴社が医学関連の論文の共著者に私を追加したり、あるいは誰かが私の代わりに論文を執筆してくれたり、発表を手助けしてくれたりできるならば、幸いです。 彼は返信を期待していなかったのですが、117 社(44.5%)から回答を得ました。共著者として名前を追加することを断ったのは44社(37.6%)、はっきりと答えなかったのが21社(17.9%)。しかし19社(16.2%)は、共著者として名前を加えることに同意しました。自分たちが論文を書いて出版する、と答えた出版社も10社(8.5%)ありました。 『リトラクション・ウォッチ』はその回答の一部を紹介しています。 以下は著者2名が掲載準備を整えた論文タイトルの一部です。(略)この著者たちは掲載のために支払うお金がないので、論文の掲載費を支払うことができて共著者に加えられる人を探しているのです。   私たちは、研究の共著者としてあなたの名前を追加するように、何人かの著者に依頼することができます。あなたは掲載料(論文2件に300…

アジアの革新的大学ランキングが発表!

2017年6月7日にロイターが「2017年 アジアの革新的大学ランキング」を発表しました。ランキングの評価は、研究論文の評価や特許数も含む、多面的な判断によって決定されます。今回は、韓国の大学が1位と2位を独占しただけでなく、上位20校に8校がランクインするという結果になりました。 ■ 韓国勢が躍進 1位は韓国科学技術院(KAIST)。2年連続の首位獲得です。影響力の高い発明を数多く生み出したと評価されました。続く2位がソウル大学。3位に東京大学が入りましたが、昨年の2位の座をソウル大学に譲った形です。そして、4位と5位も韓国の大学に占められる結果となっています。 TOP5位中、4校が韓国の大学となったわけですが、TOP75まで広げても同じ傾向が見られ、75校のうち22校が韓国勢でした。経済発展が目覚ましい中国勢は、75校中21校です(ただし、香港の大学を含めると25校と最多)。日本は、東京大学が3位に入ったものの、トップ20まで見ると昨年の9校から7校に減少しています。東大以外の6校は、東北大学(7位)、京都大学(8位)、大阪大学(9位)、東京工業大学(12位)、慶應義塾大学(16位)、九州大学(17位)と、名だたる大学が並びますが、75校中では19校と韓国、中国より少なくなっています。 このランク付けにあたり、ロイターは世界的な情報サービス企業であるClarivate Analyticsのデータを利用しています。Clarivate Analyticsには学術誌を出版する600を超える企業や団体が登録されており、特許のデータベースも存在します。この学術論文と特許出願などの情報に基づいた分析を活用することで、どの大学が最も画期的な研究を行っているか、どのような特許を所持しているかなどの調査を行い、各大学の革新度を評価し、その結果から科学の進歩および新技術の発明に貢献している大学のランクを付けているのです。 ■ 世界のランキング、そして日本は―― ロイターによるアジアの大学ランキングは今回が2度目の発表でしたが、昨年9月には、対象を世界の大学に広げた「世界の革新的な大学ランキング2016(Reuters Top 100: World's Most Innovative Universities…

研究論文の影響を評価する:引用数指標 – Citation Metrics

毎年、多数の研究が査読付きジャーナルで発表されており、その数は年々増加する一方です。従って、発表された論文が他の研究者に 引用 されることは、論文の著者にとって自分の研究の影響力を上げるためにとても重要になります。 引用数指標(Citation Metrics)は、出版された研究論文の影響力、品質、重要性を定量的に測定するための評価基準です。このような評価基準のほとんどはジャーナルの引用数によって算出されており、著者あるいは論文の功績を評価するものではありません。出版された研究成果の質や被引用数に影響を与える要素は多数存在しています。あくまでも引用数指標は、論文ごとの平均被引用数に基づいて、定められたパラメータを使って算出されたものであると理解しておくべきでしょう。 しかし、こういった引用数指標は、学術界における特定のジャーナルの読者数と人気を暗示していると考えられています。このことから、引用数を測ることはジャーナル、学術団体、ひいては研究者個人にとっても重要な評価尺度となるのです。学術界で一般的に使われている引用数指標を、下の図で簡単に示します。   関連情報:いま話題の新しい論文評価指標「オルトメトリクス(Altmetrics)」 https://www.enago.jp/academy/altmetrics/

中国、学術研究のリーダーに?

1970年代後半に始まった「改革開放政策」以降、中国の経済成長には目を見張るものがあります。世界銀行によれば、中国は経済史の中でも記録的な速さで成長を遂げ、8億人以上が貧困から脱出し、今や名目GDPでは世界2位の経済大国となりました。13億の人民を抱える中国は、一人当たりの国民所得から見ればいまだに開発途上国に分類されるものの、経済的には高中所得国となっています。近年は経済成長率が鈍化しているとはいえ、その勢いは経済以外の分野にも波及しています。 ■ 広がる各国とのコラボレーション 中国学術界も勢いを増すものの一つです。大手学術出版社のSpringer Natureが発行した”Nature Index 2017”には、2012年以降、中国の研究論文の総数が増え続けていることが示されました。国際的な共同研究の比率も年々、増え続けています。2016年には、Nature Indexに掲載された中国人研究者による論文の50%以上が、国際的な共同研究によるものでした。国内のみならず、国外在住の中国系の研究者も活躍の場を世界中に広げており、自国や他国の研究者とネットワークを広げていることがわかります。実際、米国の研究者の25%以上が外国から来ており、その多くが中国系となっています。 国の政策も一役買っています。中国政府は、さまざまなプログラムを通して、自国の研究者が国境を越えて研究をするための金銭的支援を行いつつ、外国に出ている中国生まれの研究者に、研究成果と共に戻ってくるよう強く働きかけています。政府間のぎくしゃくとは関係なく、米中間では多くの共同研究が進められているのです。 中国は「国家中長期科学技術発展計画綱要(2006年発表)」を掲げ、国を挙げて研究人材資源強化に乗り出し、Thousand Talents ProgramやWorld Class 2.0などの学術教育プログラムを実施しています。積極的に海外に優秀な人材を派遣する反面、海外の優秀な研究者を招聘する「海外人材呼び戻し政策」を設けて、研究者の囲い込みを図っています。 各国との研究協力を見ていきましょう。 米国:…

間違いやすい用語や表現 -if any

熟語「if any」の誤用は、日本人学者による論文で度々目にします。この表現は「もしあれば」、「存在する場合には」などといった意味を表すのに使用できますが、その用法は、文法的に誤っている上に曖昧な文意をもたらすこともよくあるため、学術論文では避けるべきです。 例文を見てみましょう。 [誤] (1) A successful treatment must first satisfy all protocol conditions (if…

【筑波技術大学】三浦美佐 准教授インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十六回目は、筑波技術大学 保健科学部の三浦美佐先生にお話を伺いました。 後編では英語学習のポイントを、ご経験に基づいてお話しいただきました。 ■ 先生の研究仲間や研究室の大学院生も、論文発表において同じように苦労されていますか?実際に英語の指導をされる上で心がけていることを教えてください。 英語での応答に苦労している人は多いと思います。大学で英語力を伸ばす機会というのはなかなか限られています。プレゼンや質疑応答の練習まで、本当は一から細かく教えられればよいのですが、まずは自分の研究内容をどう伝えるか、という実用的なところに重点を置く必要があると思っています。発音や文法ももちろん大事ですが、それ以前に自身の研究内容を的確に伝えられるようになることが重要です。実用的かつ学会で役に立つという観点で、学術論文が書けるまでになる、ということを意識しています。 最終的には一人で英語の研究論文を書くことが目標です。この研究室の学生は、今年の4月に入ってきたばかりなので、まずは英語で自分の所属を書くところから慣れさせます。量を徐々に増やし、それを私がチェックします。学会で自分の研究を自分で伝えられるようになることを願って指導しています。 質疑応答で答えに詰まるようであれば、「後でメールなどの文書で回答します」ということを徹底させたいなと思っています。自分の研究内容を書く訓練になりますし、世界の研究者とつながるせっかくの機会ですからね。 ■ 大学によって英語を学ぶ機会には差があり、学術英語を学ぶとなるとさらに機会が少ないかと思います。おすすめの学習法がありましたら教えてください。 東京大学が運営するUTokyo English Academiaがおすすめです。学術英語の勉強が無料でできるウェブサイトで、自分でも利用してみたのですが、手始めにはすごく適した内容だと思います。大学院生のためのプレゼンのコツや、学会で必要な会話などを紹介してくれていて、かつ無料で使えるので非常に役立ちます。 ■ 日本の研究者が英語力を鍛えていくために必要だと思われることを教えてください。 日本人は読むことと書くことにかけては、英語ネイティブと比べても遜色ないと思っています。あとは話すことと聞くことですが、私の失敗経験から言えば、聞くこと(リスニング)を最初に鍛えていくのがよいのではないかと思います。私が一番困るのは、研究のことは伝えられても日常会話や冗談がわからないということです。周りが笑っているけれど、何がおかしいのかがわからない……。研究に関わることは話せたり、聞き取れたりするので、同じように日常会話や冗談も理解できて、自分もそれに対して言い返すことができたら、どんなによいかなって思います。 ■ 学会のパーティーでの交流は、ネットワークの構築に欠かせませんからね。 日本人は社交の場で輪に入っていくのが苦手なのか、日本人同士で固まってしまうか、壁際で一人でワインを飲んでるという光景をよく目にします。英語を話せる人は、お酒が入るとどうしても早口になるので、会話に入っていくのが余計に難しいというところがあるのかもしれません。 ■ 社交性を鍛える方法があれば教えてください。…

機械翻訳はここまで来た!

機械翻訳の性能が飛躍的に向上しています。特にこの10年程度の技術の躍進には目を見張るものがあります。日本では外国人観光客と2020年の東京オリンピック・パラリンピックに対応すべく、機械翻訳機能を登載した案内サービスが増えており、その性能に驚かされた方も少なくないかもしれません。一体どのような仕組みになっているのでしょう。人間による翻訳とは何が違うのでしょう。今回は 機械翻訳 の進歩の歴史に迫ります。 ■ 精度は今も上昇中 機械翻訳は、文章を単語や文節(フレーズ)にバラバラにしてから逐語訳をするルールベース翻訳(RBMT: Rule-Based Machine Translation)から始まりました。それが対訳コーパスを利用する統計翻訳(SMT: Statistical Machine Translation)、そして第3世代のニューラル機械翻訳(NMT: Neural machine translation)の登場で、さらなる精度の向上が図られています。スマートフォンやPC利用者には身近なGoogle翻訳ですが、これはまさに、NMTのニューラルネットワークを利用した機械翻訳です。 これまでは、欧米の言語と日本語など、文法や単語の類似が少ない言語を翻訳する際には、逐語訳したものをつなげ直す従来の翻訳技術だけで精度を上げることは困難でした。そこで、翻訳機械に学習機能をつけるという技術革新、つまりNMTが開発され、近年の飛躍的な進歩が成し遂げられたのです。膨大な対訳データをコンピュータ自身が「学習」することで翻訳精度を上げるNMTは、データ処理能力と速度が格段に進歩した現代だからこそ可能になった技術です。…

ディエゴ・ゴメスの悲劇―著作権と学術発展の狭間で

著作権法とは「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」(著作権法第一章 総則、第一節 通則、第一条 目的より)として制定された法律です。内容は概ね多くの国で同じで、著作物および著作者の権利を守っています。 著作権の保護は著者および出版社にとって重要ですが、研究者の間では科学の発展への貢献ならびに後続の育成のために、データや研究論文を含めた情報の共有化が図られています。そんな中、コロンビアで「論文をインターネットに共有したことで投獄」という訴訟問題が起きたのです。 ■ コロンビアの大学生に起きた悲劇 コロンビアの大学院生(生物学部)のディエゴ・ゴメス(Diego Gomez)は、論文を「共有」したことにより、投獄されるかもしれない事態に陥りました。両生類(カエル)の生態学の研究を行っていたゴメスは、ある科学者の論文が保全生物学の研究に有用だと考え、インターネット上で文書を共有するサービスScribdにアップロードしたところ、2013年、論文の著者に著作権違反で訴えられていたことを知りました。有罪判決が出た場合、8年間の禁固刑と罰金が課せられるという裁判の始まりです。 コロンビアには学術情報を共有するシステムがないため、ゴメス自身、論文へのアクセスが難しいことを痛感しており、他の研究者にも情報を共有したいという思いからの行動でした。コロンビアには著者の権利に関する例外や出訴期限はあるものの、デジタル化に対応したものにはなっていませんでした。 悪意の有無と経済的損失が証明されれば、著作権侵害と判断されかねません。ゴメスの目的は学術情報の共有であったため悪意があったとは考えづらく、またゴメスが問題の論文をウェブに掲載した時点では無料ダウンロードが可能でしたが、後になってサービスが有料になっているのに気づき、掲載を取り下げているので、経済的利益を得ているとも思えません。 論文のオープンアクセスを推奨する研究者は増加しており、ゴメスの情報共有は犯罪ではないと見なす人が多いと考えられます。実際、コロンビアの人権団体であるKarisma財団と電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation: EFF)やクリエイティブ・コモンズ(Creative Commons)は、ゴメスを擁護しています。EEFは、教育、イノベーション、世界の科学の発展のためにオープンアクセスは必須との前提に立ち、著作権法は知識と文化を広げる情報へのアクセスを促進するべきものであるため、そのような動きを阻害する状況にある国は法を改定すべきである、と述べています。…

言語の文法的性が話者の思考に影響する?

世界中の言語における文法的性(性区分)の有無を調査した研究(Corbett, 2013)によれば、世界の257言語のうち性区分がない言語が145、ある言語が112(このうち性区分が2つの言語は50、3つは26、4つは12、5以上は24)とのこと。言語によって分け方やその由来は異なりますが、およそ4割に性区分があることがわかります。 かつて男女(雌雄)の差を区別する必要あるいは意味があり、生きる上で必要だったのではないかと察せられますが、言語によって残り方は異なります。多くの言語で性を区別する必要が薄れてはいますが、今回の記事では、果たしてこの区分が、その言語を使う話者の思考に影響をおよぼしているのかを探ります。 ■ 影響は幼少期から 言語の性区別が話者の思考に影響を与えるかは、研究者にとって長年の疑問です。アメリカの言語学者のベンジャミン・リー・ウォーフ(Benjamin Lee Whorf)は、言語の違いが思考に影響をおよぼすという仮説「異なる言語を話す者は、その言語の相違ゆえに異なったように思考する」(言語相対性仮説*1)を立てました。ウォーフは、話者の考え方と行動は使用する言語に影響を受けると示唆しましたが、この説は認知科学においては長年、退けられてきました。しかし「言語はどこまでその話者の思考過程に影響するのか」という問いは、今なお言語関係者の強い関心対象となっています。 1980年代のある研究(Guiora, Beit-Hallahmi, Fried, and Yoder, 1982)で、イスラエル・アメリカ・フィンランドの2歳児と3歳児のジェンダーアイデンティティ(性自認)の発達段階の比較・検証が行われました。その結果は、「イスラエルの子どもたちは、性認識の発達のタイミングにおいて、一時的ではあっても、アメリカやフィンランドの子どもたちより先行する」というものでした。これは、性区分の強いヘブライ語*2の話者がその母語の特徴ゆえ、ジェンダー上の差異を、性区分の弱い言語の話者よりも早く意識するようになることを示唆するものでした。「母語における性区分と性自認の獲得には直接的な関連があることが明らかである」と結論づけられたのです。 ■ 文法上の性は思考にも影響する 2003年に発刊された書籍…

少子化が台湾の大学を脅かす

少子化が問題になっているのは日本だけではありません。驚くことに、アジアの近隣国では日本より深刻な状況に陥っています。2015年の合計特殊出生率ランキングでは、日本は189位(合計特殊出生率1.43、204カ国中)、韓国は196位(同1.29)、台湾は最下位の204位(同1.12)でした。この影響は当然、各国の大学および学術機関にも押し寄せています。その中でも今日は台湾の状況を取り上げます。 ■ 2023年までに52校が閉鎖? 台湾は長い年月をかけて高等教育機関を拡充し、総合大学126校、単科大学19校、短期大学13校がひしめき合うまでになりました(2016年報道より)。しかし今となっては、学生の獲得に頭を悩ませている学校も少なくありません。台湾教育省(MOE)は、大学生の人数が2016年から減少傾向にあり、国内の公立・私立大学の入学者数は2013年から2023年の10年間に31万人も減少するだろうと推定しています。2015-2016年の新入生の数は、前年の27万人から25万人に減少(対前年比で7.4%減)しましたが、この傾向は大きくなり、2019年の新入生の数は前年比で3万人減少すると推測されています。その結果、公立・私立に関わらず国内の大学の52校が閉鎖もしくは合併されるとの見方もあり、少子化が高等教育機関に大きな影響を及ぼすようになっているのです。台湾の人口を維持するには合計特殊出生率2.1が必要とされる中、増加が見通せず、学校運営の見直しを迫られる大学が出てきています。 この状態に危機感を覚えた政府当局は、大学での研究活動を盛り立てるべく5年間でNT$500億(ニュー台湾ドル、US$160億相当)の支援を行いましたが、この支出に見合う効果が得られるかは疑問視されています。学生が集まらないだけでなく、台湾の大学の国際的評価が下がるなど、学術環境を維持するための方針も危ぶまれるという事態に陥ってしまっているのです。 ■ 研究マネジメント支援ツールは大学を救えるか 一部の私立大学はU9リーグ(台北市と新北市の9つの私立大学が加盟するコンソーシアム)を形成し、カリキュラムの共有化を図るといった対策を進めています。また、学生を確保して評価を高めるためにSciVal(サイバル)やScopus(スコーパス)のような新たなツールを採用し、研究成果の発表の機会増や、強みを生かした研究の強化を推進する大学も出てきています。 SciValは、エルゼビアが提供する研究マネジメント支援ツールで、世界中の研究機関の研究パフォーマンスに関するデータを取得し、分析することができます。このSciValがデータソースとしているのが、同じくエルゼビアが提供する世界最大級の抄録・引用文献データベースのScopusです。科学・技術・医学・社会科学・人文科学分野の学術ジャーナルを幅広く収録しており、文献検索から評価分析、教育ツールとして、さまざまな用途で活用されています。 台湾の大学がこれらのツールを活用すれば、学術出版データの分析を行い、研究における自校の強みや弱みを把握することで戦略を立てることができると共に、自校のランク(位置づけ)を把握することで競争力を養うことができるようにもなります。少子化の中、学術環境の維持に苦しむ大学がSciValやScopusを使って研究パフォーマンスの分析を行い、結果に応じて学部を統合したり強化分野を絞ったりすることは、大学の評価を向上させるのに役立つと考えられます。 ■ 大学の評価低迷は日本にも・・・ Scopusは、2015年から英国のタイムズ・ハイヤー・エデュケーション(The Times Higher Education; THE)が発表する世界大学ランキングでも採用されているため、ランクを上げたい大学にとっては、Scopusに掲載される論文を増やすことは重要です。世界大学ランキングは、各国の大学を教育・論文引用・研究・国際・産学連携などの指標に基づいて評価し、順位を決めるものですが、2017年の世界ランキングトップ50を見ると欧米の大学が大半を占める傾向にあり、アジア圏からはシンガポール(24位)、中国(29, 35位)、日本(39位)、香港(43,…

【筑波技術大学】三浦美佐 准教授インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十六回目は、筑波技術大学 保健科学部の三浦美佐先生にお話を伺いました。 インタビュー前編では、三浦先生のご研究の内容と発表における苦労をお話いただいています。 ■  先生の専門分野、研究テーマを教えてください。 専門はリハビリテーションです。その領域の中でも内部障害、主に循環器系、腎臓疾患、呼吸器系、肝機能障害や癌など、さまざまな疾患を患った方のリハビリに関する研究をしています。以前は、患者さんが寝たきりになってからの廃用症候群のリハビリ治療が主だったのですが、今のリハビリは疾病の予防にまで幅が広がっています。まずは病気にならないことが大事ですが、病気になってしまった場合でも、いかに患者さんに軽負担で、しかも効率よく治療できるか。それを主眼に、運動療法や電気刺激、超音波などの物理療法によるリハビリの研究を進めています。 ■ 機械を使ったリハビリの効果の研究や、機械・機器の開発などもされているのですか? 従来の運動療法の実施が困難な寝たきりの方でも使用できる自転車運動とか、電気刺激、さらに廃用症候群の予防のための運動プログラムなどが研究対象です。例えば、腎臓病の方に効率よく運動していただくため、下肢陽圧式空圧免苛歩行装置を企業と開発し、臨床試験を行っているところです。他には、透析患者さんが透析を受けている間にベッドの上でこげる自転車を考案し、企業と一緒に臨床治験を行っています。 ■ 寝ている状態での運動ということですね。 はい。ベッドの上で使用できる運動機器って少ないんです。専門の知識を持つ人も少ない。 最近では、運動さえままならない患者さんも増えています。そこで、自力で立つことができない方でも歩く方法はないかと考えて作ったのが、先ほど述べた下肢陽圧式空圧免苛歩行装置です。杖や歩行器が必要な方でも歩くことができる機械で、これを使用して少しずつ機能を戻していく取り組みを行っています。 ■ 研究内容をわかりやすく説明していただき、ありがとうございます。では、その研究成果の英語での発表についてお聞かせください。最初に発表をされたのはいつでしょうか? 東北大学の大学院生だった時です。入学して2か月しか経っていないのに「イタリアの学会でポスター発表して」と言われまして……(笑)。当時の私は、英語の論文は何とか読むことができても、自分で書くことはできないレベルでした。 ■ どのように準備をされたのですか? 今までに書かれた論文を読んだり、研究室の先輩や同級生の書き方を参考にしたり、研究発表を見たりして、少しずつ力を付けていきました。あとは研究室の中で予演会というものがありまして。先生や学生の前でリハーサルを行い、質疑応答もやるというトレーニングです。当然、日本語禁止で英語だけです。期限までには何とか仕上げましたが、今思えば、文法的な誤りや自分では気づけない間違った言い回しがたくさんありましたね。もちろん今でもそうですが……。 ■ 本番の出来はいかがでしたか。…

機械翻訳には負けない――翻訳者に求められるもの

グローバル化の急激な進行により、近年、コミュニケーションやビジネスに必要とされる言語の数が一気に増加しました。このような社会的ニーズ、そしてIT技術の発達により、言語をメモリーとアルゴリズムを使って翻訳する機械翻訳が登場したわけですが、驚くような「誤訳」を目にした経験がある人も多いのではないでしょうか。今回は機械翻訳の可能性ならびに翻訳者に求められるものを考えます。 ■ 機械は人間を凌駕するか 自動翻訳(機械翻訳)の進化の早さは驚異的とも言えます。簡単な内容であれば、ごく自然に訳してくれるまでになりました。即時性と利便性が高いため、公共機関や宿泊施設などでは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて機械翻訳機能を搭載した人型ロボットや音声案内を設置する動きが加速しています。 このまま翻訳技術やAIが進化すれば、機械翻訳は人間の翻訳者の代用になるのでしょうか?「否」との答えが多く見受けられます。どんなに機械翻訳が発達しても、プロフェショナルな人間の翻訳者は必要とされ続けると言われており、その理由として以下の4点があげられます。 1.言語とは、数学的アルゴリズムだけで処理できるものではない 2.人にしかできない翻訳がある 3.機械翻訳による誤訳の恐れ 4.誤訳は誤解の元 ■ 言語はアルゴリズムだけで処理できない すべての言語には文脈があり、それはコンピュータには読み取るのが難しいものです。また、言語はその使用者の文化と社会環境と強く結びついており、これらは「生きて」絶えず変容しているため、単純なアルゴリズムに落とし込むことができません。有機的な言語を無機的なアルゴリズムだけで処理すると、無理が生じるのです。 文法や語彙に共通性のある言語同士なら、機械翻訳をしやすいものがありますし、翻訳する方向(A語→B語、B語→A語)によってやりやすさが異なる言語もあります。例えば、英日と比較して日英のほうが難しいと言われますが、それは日本語に助詞や同音異義語が多く、その上、主語が省略されることが多々あることから解析しづらいのが一因です。解析できない部分は「推定」されるため、誤訳の可能性が高くなります。統計的な手法を使う機械翻訳では「推定」か所が多ければ多いほど誤訳の確率が高くなるのは否めません。しかしこれが翻訳者であれば、同音異義語であっても文脈から意に合った訳語を当て、主語の省略に対しても適宜補足することが可能です。翻訳は、単純なアルゴリズム解析だけで対処できるものではないのです。 ■ 人にしかできない翻訳がある 機械翻訳とは「力技」とも言えます。人の生活に密着した言語の変換処理を、コンピューターに蓄積されたデータと格段に進化した処理速度によって可能にするためです。 一方で、人が行う翻訳は、知識と経験に裏打ちされた「技能」と言えるのではないでしょうか。この翻訳者の「技能」こそが、人にしか持つことができない能力です。「外国語がわかる人であれば翻訳もできる」、「言語がわかれば誤訳など簡単に見つけられる」、あるいは「翻訳の正誤の確認は身近なネイティブにやってもらえば十分」との声があることは確かですが、翻訳や校正には訓練が必要です。言語に詳しいだけでなく、その言語の背景やTPOに応じた適切な表現方法、文法、綴り字、句読法などをマスターし、正確な文章に仕立て上げる能力が必要です。 ■ 機械翻訳による誤訳が顧客流出につながる…

翻訳だけが仕事じゃない――ランゲージサービス会社に求められるもの

グローバル化した現代社会。そこで成功を収めるためには、情報の多言語展開、つまり「情報のグローバル化」も欠かせません。個人事業者から多国籍企業まで、多種多様な形態のビジネスが展開される中、製品あるいはサービスに関する情報を即時に、かつ正確に広げていかなければ生き残れない時代です。多くの企業が、急速に進むグローバル化に応じて、世界中の顧客に情報を伝達する必要に迫られています。翻訳または通訳業務を提供するランゲージサービスプロバイダーも例外ではありません。 ■ ランゲージサービスは翻訳に留まらない ランゲージサービスを提供する企業に求められるのは、もはや言葉の置き換え(=翻訳)に留まりません。顧客の情報を言語的・文化的に適切に伝えると共に、「付加価値」を生み出すことで顧客の時間とコスト削減に貢献しなければなりません。単純な逐語訳を大きく上回る質、つまりはインターネット上での検索のされ方を考慮し、SNSで話題になる可能性にも配慮しながら、適切に言葉を選択するとともに、文章の構築にも気を配ることが求められているのです。 言葉(テキスト)だけではありません。色彩、イメージ、シンボルなどを文化や状況に応じて適切に用い、それぞれの国のターゲット層に与える印象を、ふさわしいものにする必要があります。プロバイダーは、顧客がターゲットとする市場の言語・文化・習慣・特性までをも熟知する専門家としてサービスを提供し、顧客の競争力獲得を支えるのです。 ■ 翻訳を誤ると…… ランゲージサービスの役割が大きくなる反面、言葉の適切な使用を誤って、顧客の事業に傷をつけてしまう可能性もあります。実際、ビジネス関連の文書においても、翻訳の失敗例が数多く見受けられます。これは大きな問題を引き起こしかねません。ビジネスにおける誤訳は経済的損失だけでなく、企業イメージを損なう恐れすらあるためです。 顕著な失敗例の1つに、ドイツの大手自動車メーカーのアウディ社が2009年5月に打ち出した広告があります。ハイスペック高級車「RS6アバント」の新車プレスリリースにおいて、広告会社がドイツ語の原文にあった車名を「ホワイトパワー(White Power)」と直訳したことに端を発し、大きな騒動に陥りました*1。“White Power”とは白人至上主義を示し、この思想と人種的憎悪のスローガンとして用いられるに留まらず、ネオ・ナチ運動をも意味するものであり、アウディ社のイメージを大きく損なうものとなってしまいました。 国際問題に発展しかねなかった誤訳も存在します。比較的最近の話では、2016年の9月にTPP(環太平洋経済連携協定)関連法案の文書内に、誤訳が多数あったことが報道されました。外務省によれば、誤訳や表記ミスはTPP協定に3か所、付属文書などに15か所の計18か所もあったとのこと。中には「国有企業」が「国内企業」と訳されるなど、まったく意味が異なってしまうものもありました。この内容を国会で長時間かけて審議していたことを考えると、非常に危ない橋を渡っていたことがわかります。 ■ ランゲージプロバイダーを利用するメリット では、誤訳や不適切な翻訳を防ぐためにはどうしたらよいでしょうか。失敗例から学ぶのはもちろんですが、多言語化を行うにあたり、言語ソリューションサービスを提供するランゲージプロバイダーと関係を構築するのも一案です。ランゲージプロバイダーを利用するメリットを以下に記します。…

オーサーシップが論文撤回を引き起こす?

オーサーシップが論文撤回を引き起こす?-倫理規定遵守の重要性 論文を執筆し、発表することは研究者のキャリアにとって重要です。研究者としての業績は、学術論文の内容(質)と発表数(量)に左右されると言っても過言ではありません。同時に、著者および編集者が論文執筆や出版における倫理規範を守ることも大切です。 近年、急激なITやインターネットの普及によって、過去にはあり得なかった不正や倫理違反がはびこるようになってきました。論文出版における不正にはいろいろありますが、大きくは①研究捏造(図の不正操作も含む)、②剽窃(他社の論文のアイデアやデータなどの無許可掲載)、③利益相反(経済的な利益享受や客観性が損なわれる懸念)、④オーサーシップ(著者の責任と記載に関する問題)、⑤重複出版、⑥サラミ法(論文の不当な分割投稿、スライス)に分類されます。この中でも④オーサーシップが出版倫理における問題であることは、見過されがちではないでしょうか。 ■ 不正行為と見なされる「オーサーシップ」とは どのような場合に、「オーサーシップ(著者)」が出版倫理上の不正行為と見なされるのか疑問に思われるかもしれません。その理由は、研究論文には著者名と共著者名を明記することで研究の責任の所在を明確にする必要があり、この記載を意図的に偽ったり編集したり(故意の削除や追加)することが不正行為、つまり倫理違反ととられるからです。 論文における著者とは、論文を組み立て、データの取得・分析・解釈など研究に関する一連の作業を実施・監督し、ジャーナルへの投稿を行う研究者のことです。また、共著者とは、知的あるいは技術的な補佐作業、論文の見直しなどに貢献した研究者のことです。研究において役割と責任を課せられた研究者は論文に名前が記載されるべきですが、逆に記載すべき著者を外したり、何らかの「見返り」を期待して研究自体に関与または実質的な貢献をしていない研究者を著者として記載したりすることは不正に該当します。 学術論文の執筆には、発表論文の責任者であるPI(primary investigator)を筆頭に、大学院生・学生、技術担当者など多くの研究者が携わります。研究論文には、すべての著者と貢献した研究者の名前を明記しなければなりません。先に述べたように、個々の研究者の業績を大きく見せようとして著者名を故意に除いたり、反対に実際の研究に関わっていない研究者を著者リストに付け加えたりすることは不正です。 また、原稿に著者名を掲載する順番も重要です。最初に記載する著者は筆頭著者と呼ばれ、実験あるいは重要なデータ取得において中心的な役割を担った研究者になります。そして筆頭著者と共に研究を概念化し、成果の発見に貢献した研究者であるPIが最後に記載されるのが一般的です。最初と最後は比較的すぐに決まるものの、共著者の掲載順は混乱の原因であり、論文提出における倫理的問題に発展することもあるのです。 ■ 著者の責務と著者名の表記方法 論文著者として記載できる研究者の責務(著者資格)および著者リストの表記方法については、医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal…

オープンアクセス急拡大中―今後の動きは!?

ほんの十数年前まで、学術研究論文の出版は紙媒体が主で、デジタル化されたコンテンツを読むことなど想像すらできませんでした。しかし、近年のICT(情報通信技術)の急激な進歩により、私たちは世界のどこからでも学術情報を入手することが可能となり、それに伴って、学術論文のオープンアクセス化も急速に進んできました。 ■ 16年で世界に波及 オープンアクセス化とは、公開された学術研究論文をインターネット上で誰でも自由に、無料で閲覧できるようにすることです。オープンアクセスに向けた動きは、2001年にハンガリーで本格化しました。社会正義・教育・公衆衛生・メディアの独立を国際的に助成する組織であるオープン・ソサエティ財団(Open Society Foundations: OSF)が、ハンガリーで主催した会議でブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴ(Budapest Open Access Initiative: BOAI)を採択し、翌年にBOAIを文書化して公開したのです。これによりオープンアクセスの定義と方向性が示され、世界各国で拡大することとなりました。 ICT技術の進歩と利用者側の利便性向上とは別に、印刷費・運送費が増加して学術雑誌の価格も高騰するという出版業界側の事情もオープンアクセスの流れを加速させました。 学術界は基本的に、研究成果をオープンアクセス化することを推奨しています。学会や学術誌によってはオープンアクセスを義務化しているケースも見られるほどです。研究者は学会や所属する研究機関、投稿する学術誌の方針に従いつつオープンアクセスを検討し、適切な手段を選択することになります。オープンアクセス化によって情報伝達のスピードが格段に速くなり、世界中で研究成果の公開性が高まり、利便性も確実に向上しているのです。 ■ 中南米でも新たな動き 世界中で拡大中と言いつつ、ネット環境に大きく依存するという性質上、発展途上の国におけるオープンアクセスはあまり進んでいないと思われがちです。しかしブラジルではBOAIの前から、研究成果を共有する方法を模索していました。1997年にはScientific Electronic…

今こそ真実を訴える―代替的事実ジャーナルの発信

トランプ米大統領の上級顧問を務めるKellyanne Conway氏がテレビ番組で発した「代替的事実(alternative facts)」という言葉が話題になりました。上級顧問たる立場の人間が事実の誤りを「Fake(虚偽)」ではなく「代替的事実」と述べたことにより、トランプ政権が事実を重視しない姿勢を示したというのがもっぱらの見解です。 象徴的なのが気候変動に対する見解であり、就任前から「中国が米国の製造業を無力化する目的ででっち上げた作り話」と評していました。3月29日にはオバマ前政権の温暖化対策を撤廃する大統領令に署名し、2013年に前政権が策定した温室効果ガス排出削減策「クリーン・パワー・プラン」の再評価を命じました。これを発端として気候変動に関連する研究への包囲網が狭められていますが、科学研究も同様に、厳しい状況に追いやられています。このような政治的な動きに対する反撃が、にわかに始まっています。 ■ Journal of Alternative Fact(JAF):代替的事実ジャーナル 「代替的事実」がまかり通るならと、「代替的事実ジャーナル(Journal of Alternative Facts:JAF)」が刊行されました。Casey Fiesler氏は、増え続ける代替的事実を抑制するためには信頼できる学術情報を発信することが重要だと、このジャーナルを立ち上げました。 記念すべき最初の記事は“We Have…

間違いやすい用語や表現 - Stay

動詞「stay」は、口語的とされるため、学術論文では避けるべきです。 「stay」が口語的である主な理由は、意味が非常に広いため、その使用によって学術論文には相応しくない曖昧さが生じてしまうからです。 私が読んできた日本人の学術論文において「stay」が使用されるほとんどの場合、意図した意味は次のいずれかの表現によって明瞭に表すことができます。 remain、「to be」動詞、exist、be positioned、come to rest、be fixed、be unchanged、be motionless、remain motionless、stop、converge、live、reside 以下は「stay」の典型的な誤用を示します。 [誤] (1)…

【日本大学】袴田 航 准教授 インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十五回目は、日本大学生物資源科学部 生命化学科の袴田 航先生にお話を伺いました。後編では、今の若い人たちは英語に接する機会がたくさんあるのだから、その機会を生かせば英語もできるようになるとのメッセージをいただきました。 ■ 普段はどのように英語に接しているのですか。 論文を読むことをはじめ、研究に関してはほとんど英語なので、英語に触れている、目にしている時間は長いと思います。最近は、SNS上の論文をスマホで読んでいます。 それでも、論文から収集しているのは化学の知識で英語ではありませんから、スラスラ書けるようにはなりません。わからない単語があれば調べます。今はインターネットを使えば、すぐに答えが出てきますよね。調べながら少しずつボキャブラリーが増えていればいいなと思ってはいますが、忘れるほうも多いです。話す機会は少ないですね。 ■ 今は英語を日常的に使用されていますが、中学・高校などで英語を学習し始めた頃には、英語に対する抵抗はなかったのですか。 抵抗やトラウマを持ったことはありませんが、当時、英語なんて使わないだろうと思いながら過ごしていたのは事実です。私たちの世代だと、外国人を見たことすらなかったですから。海外に行くなんて想像もできなかった。中学・高校の頃はこんなに国際化するなんて思っていませんでした。研究者になって英語を使う場に放り出されて、おっとーと思いながらやっています。 ■ こんな英語の授業があったらよかったのに、というのはありますか。 少し質問の答えとずれますが、うちの学科のカリキュラムだと、1年生2年生には一般教養の英語があって、2年生後期と3年生の前期後期には専門の英語の授業が組み込まれています。その後、研究室に入って研究英語に触れるという流れで、書く能力は鍛えられます。ただ、この上にしゃべる機会を加える必要があると強く思います。 例えばレストランで、水がほしくて「ウォーター」ってカタカナ読みしても、ネイティブには通じない。そういう体験をすれば、やる気になる子は面白がってやってくれるんじゃないですかね。早い段階で実力を知ることが大切です。それにより、英語へのモチベーションが高まるのではないかと思います。 ■ 研究者になったご自身が英語の指導を受けることや、逆に学生に英語を指導されることはありますか。 ここに来てからは特に指導を受けたことはありません。ドクターの学生が論文を書いているので、それを見て直すことはありますが、英語の指導というほどではなく、論旨がしっかりしているかどうかというところのみに限っています。論旨さえできていれば、後は業者さんにお任せできるかと。限られたスペースで結果を説明する能力を磨くことが大事かなと思っています。日本語と英語では文法も違いますが、どちらで書いても論旨は大切ですし、日本語で書けば(英語で書くより)スピードが速いというだけだと思う、と教えています。 ■ 日本人の研究者が英語力を鍛えていくには論文を実際に書くことが一番かと思いますが、そのほかに文章力と会話力を鍛えていくのによいと思う方法があればお教えください。 ……書く数でしょうね。上達したかどうかは分かりにくいですが、日本語のようには書けないなと苦心しながらも続けることが大切かと。…

間違いやすい用語や表現 -hugeとtiny

形容詞「huge」と「tiny」は、口語的であるから、原則として学術論文には相応しくありません。 「huge」と「tiny」が口語的とされる理由は、これらの語には対象となっている物事の大きさについての判断が主観的であるということが含意されるからです。使用される状況によって程度が異なりますが、話し手・書き手の驚きも含意されてしまいます。 学術論文において「huge」と「tiny」の代わりに適切に使える表現は多数ありますが、特によく使用されるものとして以下を挙げます。 huge: very large, extremely large, inordinately large, excessively large, dominatingly large, divergent,…

エルゼビア社、海賊版論文サイトに裁判で勝利したが…

2017年6月21日、アメリカのニューヨーク地方裁判所は、「サイハブ(Sci-Hub)」や「ライブラリー・ジェネシス(Library Genesis/LibGen)」といった、有料の学術論文を無料で入手できるウェブサイトに対して、著作権侵害による損害賠償として1500万ドルを支払うべきだと裁定しました。 本連載でも伝えた通り、ジャーナル(学術雑誌)の購読費が高騰していることにより、論文を入手しにくくなっていることに対して、多くの研究者が不満を抱いています。その1人であるカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、2011年、購読費もパスワードも使うことなく学術論文のPDFファイルを簡単に入手できるウェブサイト「サイハブ」を開設しました。 サイハブは多くの研究者に重宝されていますが、当然のことながら学術出版社はこれに激怒しています。なかでも学術出版最大手のエルゼビア社はサイハブを訴え、2015年11月、ニューヨーク地方裁判所はサイハブに対しウェブサイトの閉鎖を命じました。しかしエルバキャンはサーバーを、アメリカの司法の力がおよばないロシアに移し、現在に至るまでサイハブを運営しています。 今年5月、エルゼビア社はサイハブや、やはり有料の論文を無料で入手できるサイト、ライブラリー・ジェネシスで不正に入手できる論文100件のリストを裁判所に提出し、恒久的な差し止め命令と総額1500万ドルの損害賠償を求めました。 『ネイチャー』(6月22日付)によれば、サイハブで入手可能な論文の版権のうち、最も多くのシェアを占めていたのは、エルゼビア社でした。それにネイチャー・シュプリンガー社やワイリー・ブラックウェル社が続きます。 エルゼビア社の訴えに対して、ニューヨーク地方裁判所のロバート・スウィート判事は、海賊版論文サイトの運営者も代理人もいない法廷で、エルゼビア社寄りの判決を下したのです。しかし、多くの学術ウォッチャーたちは、この判決がサイハブやライブラリー・ジェネシスの運営を止められるとは考えていないようです。実際のところ、7月現在、どちらも利用可能です。エルゼビア社の代理人や出版業界団体は、当然ながらこの判決を歓迎するコメントを各媒体で述べています。 興味深いのは、識者たちの見解です。たとえば2人の識者が別の媒体で、ほとんど同じことを話しています。インペリアル・カレッジ・ロンドンの生物学者スティーブン・カリーは『ネイチャー』で、セント・アンドリュース大学の歴史学者アイリーン・フィフェーは『タイムズ・ハイアー・エデュケーシション』で、それぞれこう述べています。サイハブが人気だということは、学術出版の現状に不満を抱えている研究者がそれだけたくさんいるのだ、と。 また、サイハブについて最初に書かれた学術論文の著者の1人、ゲーテ大学の生物情報学者バスティアン・グレシュアケは、この判決によって、サイハブやライブラリー・ジェネシスを使う人たちはむしろ増え、さらに彼らは同様の「法的に問題のある」サービスを開発するよう刺激されるだろう、と推測しています。実際、「オープンアクセスボタン(Open Access Button)」や「アンペイウォール(Unpaywall)」といった研究論文を入手するためのウェブサービスやアドオン(これらは合法)は、多かれ少なかれサイハブに触発されてできたものだ、と。 さらにスタンフォード大学の教育学者ジョン・ウィリンスキーは、今回の判決はエルゼビア社が公的な資金で行われた研究を「企業資産と私有財産」に変えてしまっていることを意味する、と厳しい評価を下しています。 学術出版社に対する批判は別の形でも現れています。「数学界のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を受賞した数学者を含む著名な科学者たちは、2012年、エルゼビア社が発行するジャーナルの購読料の高さなどに抗議して、同社への論文の寄稿・査読・編集をボイコットするという「学界の春(Academic Spring)」運動を始めました。この運動はオープンアクセスの推進にも広がり、同社を支持しないと表明する宣言への署名運動「知識の代償(The Cost…

ジャーナル選択を支援する新たなツール誕生!

近年の出版界における紙から電子媒体への急速な移行は、学術ジャーナルの世界にも、かつてない変化をもたらしています。多くの大学関係者、特に若手研究者は、オンライン化で急拡大したジャーナルの選択肢に圧倒されがちです。「自分の論文をよく読んでもらうにはどのジャーナルに掲載すればいいのか」――。これは研究者にとって死活問題であり、オンライン化の進行が、問題の深刻さに拍車をかけています。 ■ 捕食出版社の跳梁跋扈 研究者を悩ませるのはオンライン化だけではありません。最近では、とんでもない「インチキ出版社」の登場が、学術界で問題視されています。研究者は苦労して仕上げた論文を、できる限り近い専門分野の、かつ研究成果や努力の重要さを理解してくれる学術ジャーナルに掲載したいものです。掲載誌を選択するにあたって重要なのは、投稿すべきジャーナルの質です。しかし、価値ある新しいジャーナルが刊行される一方で、「捕食ジャーナル」と呼ばれる悪質なジャーナルが出現してきているのです。 利益のみを追求し、倫理違反など気にも留めない出版社とそれらが刊行するジャーナルは「捕食出版社」、「捕食ジャーナル」と称されます。捕食出版社は「タイムリーな刊行」などを誘い文句に大量のメールを送りつけ、論文投稿のプレッシャーに追われる無防備な研究者を釣り上げては、捕食ジャーナルへの論文掲載料を巻き上げるのです。この過程に、まともな査読プロセスや編集体制などは存在しません。 ある調査によると、捕食出版社による論文掲載は、抽出した613誌だけでも、2010年から2014年までの期間に6万本から42万本と7倍にも増加しました。「悪貨は良貨を駆逐する」とは、16世紀に英国のトーマス・グレシャムが指摘した経済学の法則です。「名目上の価値が等しく、事実上の価値が異なる貨幣が同時に流通すると、良貨はしまいこまれて市場から姿を消し、悪化だけが流通する」(出典:故事ことわざ辞典)ことから、悪がはびこると善が廃れるとの意味もあるそうです。捕食ジャーナルの出現と勢力拡大を放置しておいては、まともな論文の価値が損なわれ、適切な評価がされなくなってしまいます。学術研究の停滞にまで発展しかねない問題です。 ■ 捕食ジャーナルに対抗する新たな動き とはいえ、すべてのジャーナルをチェックし、その中に潜む捕食ジャーナルを見つけ出すのは困難と言わざるを得ません。ある算定によると、2014年には8000誌もの捕食ジャーナルが展開されていたと推測されており、研究者は自衛手段を講じる必要に迫られています。 このような状況下で生まれたのが、“Think.Check.Submit.”というツールです。主要出版社と業界団体によって2015年に立ち上げられたこのサイトは、研究者たちに論文掲載先に関する具体的な情報を提供して、ガイド役を務めることをめざしています。特に注力しているのが、研究者に簡便なツールを提供してジャーナル選択のプロセスの簡素化を図り、論文に適し、かつ十分に信頼できるジャーナルを選べるようにすることです。 Think.Check.Submitが提供するツールは無料な上、使いやすく設計されています。第1段階では、研究者に投稿先のジャーナルが信頼できるものであるか、自分の研究分野に即したものであるかを「Think(考え)」させます。第2段階では、研究者が確認すべき実質的な「Check(チェック)」リストに誘導します。ここでの設問は「あなた、あるいはあなたの同僚は、このジャーナルを知っていましたか?」あるいは「このジャーナルの編集委員会は正当だと思いますか?」など。有益な判断材料となる個々の設問に回答しながら考えることで、論文掲載候補から捕食ジャーナルを振るい落としていきます。チェックリストの各項目の確認が済んだ段階で、論文の「Submit(提出)」に進める仕組みになっています。 重要なのは、Think.Check.Submitは決して、特定のジャーナルや執筆者を推薦するものではないということです。このサイトは、研究者が成果のさらなる発展とキャリア形成に役立つ論文の掲載先を、自ら選別できるようになることをめざしているのです。 ■ 適切なジャーナル選択がもたらすもの Think.Check.Submitはジャーナル出版コンサルタント会社のTBI Communicationsによって運営されています。研究者は同社が集める膨大な情報を一か所で入手できることで、直接的な恩恵を受けられます。また、このツールがネット上で利用可能なことにより、英語を母語としていない若手研究者や、定評ある研究資料へのフルアクセスができない環境にいる研究者にも、大きな便益をもたらしているのです。しかし、その反面、このような研究者こそ捕食ジャーナルの格好の餌食となりがちなのも事実です。 時と共に学術界全体の意識が向上しており、捕食ジャーナルに対抗する取り組みへの関心が高まっています。こうした取り組みが浸透すれば、出版社やジャーナルを扱う図書館側も恩恵を得ることができるでしょう。捕食ジャーナルへの対抗という意味だけでなく、正当な出版社と研究者をつなぐ役割を果たすことも期待できます。 つまり研究者の意識が高まり、投稿先ジャーナルの選択において注意深くなることは、捕食ジャーナルを排除し、より真っ当なジャーナルおよび出版社を存続させることになり、結果として社会および長期的な政策決定における利益となるのです。…

言語の絶滅が進んでいる?

言語が絶滅する――。果たして想像できるでしょうか? 言語は、該当する言語を母語として使う人間がいなくなった時に死を迎えます。それぞれの言語には唯一無二の歴史的背景や文化的価値があり、言語が滅びると、これらも同時に失われてしまう恐れがあります。では今日、どれほどの言語が実際に、危機に瀕しているのでしょうか。 ■ 言語はいかにして消滅するのか 国際連合教育科学文化機関(UNESCO)による世界の絶滅危惧言語地図(UNESCO Atlas of the World’s Languages in Danger)には、2,500を超える言語が将来的に消滅する可能性があることが示されており、中でも576の言語は深刻な状況にあるとのことです。この数字には、既に絶滅したと考えられる228の言語も含まれています。これは2010年版のデータゆえ、状況がさらに悪化していることが予想されます。 これらの危機言語は、どのように絶滅に至るのでしょうか。多くの場合、話者数の少ない言語は、話者数が圧倒的に多い主流言語に取って代わられることによって死を迎えます。具体的に見ていきましょう。 まず、人は就業機会をつかむために主流言語を使うようになります。少数しか話さない言語はビジネスの壁になるからです。これは教育にも言えることです。誰しも自分の子供にはよりよい生活を得てほしいと思うものです。それゆえ、よりチャンスの大きい主流言語を習得させようと力を入れるようになるのです。また移民集団の中では、あえて母語を使わない、教えないという決断が下されることもあります。このような選択の結果、言語の喪失、ひいては言語とともに伝えられてきた知識や文化的価値が失われてしまうのです。 ■ 消滅危機言語 の実例 アヤパネコ語とアブハズ語…