
小林 博樹(こばやしひろき) 教授
東京大学情報基盤センター教授
小林博樹先生へのインタビュー - Share Your Story
[取材・編集] エナゴ(Enago)
福島県双葉郡浪江町の環境音をリアルタイムに配信するサウンドスケープ「被曝の森のライブ音 プロジェクト」をはじめ、旧来のカテゴリーに捉われず、自然環境や野生動物に関わる研究を行う小林博樹先生。
「保全」、「健康調査」、「有害鳥獣対策」など、野生動物に関わる課題解決のアプローチは様々ですが、小林先生は、研究プロジェクトを実施する上での様々なセクターの人々との関係性の大切さを強調します。
インタビューでは、動物や生態系を研究対象とするにいたったいきさつ、情報技術を援用した研究・表現、そして若い日に抱いた違和感など、多岐に渡るトピックについてお話しいただきました。普段からご自身の指導する学生たちに掛けられている言葉を含め、小林先生のお話には、より良い共生社会を作るためのヒントが散りばめられています。
科学に興味を持ったきっかけ
家にずっと猫がいました。
ある時自宅の裏に行くと、血だらけで亡くなっている母猫のすぐそばにまだ目も開いていない仔猫たちがいるのを見つけました。大変なことが起こっていると思い、選択の余地なく飼い始めたのです。
小学校低学年の私の手のひらに乗るサイズで、どうやってミルクをあげようかといったことを考えていました。猫を観察することが科学だなどと思っていたわけではありません。ただ、自分が家にいない時にその子たちがどうしているのかばかりが気になっていました。おそらく、そのようにずっと動物のことを考えているうちにNHKの動物番組などを通じて、動物に関わる科学に関心が向かっていったのだと思います。
情報技術を用いた野生の研究
大きくなるに従い、飼い猫以外にも多くの野生の猫がいることを理解していきましたが、その中で気になったことに、イリオモテヤマネコの交通事故問題がありました。絶滅危惧種であるイリオモテヤマネコが交通事故に巻き込まれ数が減っている問題です。
イエネコとして生まれるネコもいれば、絶滅危惧種として生まれ交通事故に巻き込まれるネコもいる。同じネコなのに一方は家で可愛がられ、他方は全く違う扱いをされているところが気になり、そのようなことを考えているうちに食物連鎖や自然のメカニズムを意識し始めるようになりました。
うちで飼うことになった猫を見つけた時、傍らで母猫が亡くなっていたと言いましたが、大人にその話をすると「悪い犬」や「悪いキツネ」がいたんだね、となる。しかし、それが「悪い」犬やキツネであったかは自明ではありません。例えば、そういった動物の元の居場所に建物を作ったのは誰だったかといったことまで突き詰めれば、私たちが抱える課題は単一の個体ではなく非常に多くの個体が重なって引き起こしていることが分かります。それを理解した後、要因となる個体の数が多すぎるためにコンピュータの力を借りようと考えたことが研究提案の原点みたいなものです。

人間中心の最適化による歪みと思われる現実の問題を、研究の現場や社会の様々な場所で見てきました。サステナビリティや、社会のみんなに優しくすることを大切にするならば、そのような歪みを見なかったことにすべきではないと思いました。それが、種を超えたウェルビーングに貢献する今の研究につながっています。
猫であれ他の生き物であれ、一緒に過ごした体験の全てを再現することは不可能です。匂いやぬくもりの記憶を人に伝えたり再現したりするのは基本的には無理で、技術は、それがどこまでできるのか、あるいはどこから先ができないのかを自覚するための装置でしかありません。技術を使っていろいろ再現をして、どういう経験であったか、何を記憶しているのかなど、自分自身で確認するよう試みを行っています。
音声、聴覚への興味
音には、ずっと興味を持っていました。理由のひとつは、猫を見つけたきっかけが家の裏手の大人の入れない狭い場所から聞こえてきた鳴き声だったことです。最初に入ってきた情報が音でした。
また、家の中のいたるところにレコーダーが置かれていて、父も色々な場所の音を録っていました。父に「なんでそんなことをするのか」と聞くと、笑いながら「同じ質問をおじいちゃんにしたことがある」という答えが返ってきました。どうやら父方の家系がもともと「音の家系」らしく、そうした背景もあり、私も音やサウンドスケープといった研究分野に興味を持ったのだと思います。
生態学・獣医学と情報学とデザイン学の真ん中
動物に関わる人にはある程度決まったパターンがあり、小さい頃から動物が好きで生物学者になった、動物を助けたいから獣医師になったなどのケースが多いように思います。
しかし私の興味は、自分が家にいない時に飼っている猫がどうしているかということで、小学校の公衆電話から自宅に電話し、自作の電子工作の装置を通して話しかけるようなことをしていました。そのような中で、動物自体よりも、動物との間をつなぐ電話の部分に関心が向かい、どのような道具を作ればもっと動物のことを知ることができるのかに興味が湧いたのだと思います。
基本的に情報機器は人間がメインユーザーであるため、動物向けの携帯電話などのテーマはアート寄りになります。そして、分野を並べてみると、私の研究分野は結果として、生態学・獣医学と情報学とデザイン学のちょうど真ん中ぐらいの位置づけとなったのです。
複数の学問領域の真ん中ぐらいというのは、入り口が3つぐらいあり、その真ん中に位置するという意味合いです。研究の見せ方と入り口が3つあるわけですが、一旦中に入ってしまうと、評価そのものの方法はそれほど変わらないことが多いです。
例えば、情報学で動物用の何かを作ることがあり、そこでは情報学分野的な評価実験が行われる。一方、動物にとって使いやすい何かをデザイン学の分野で研究する場合も、システムそのものの情報学的な評価がなされたりします。それぞれの分野で説明や定義、単語の受け取られ方が異なるため気をつけなければなりませんが、そこをクリアしてしまえば評価軸がたくさんあるとも言えます。
Human Computer Biosphere Interaction (HCBI) の研究
HCBI(Human Computer Biosphere Interaction=計算機を介した人と生態系のインタラクション)の論文1は2009年に書きました。これは、コンピュータの元来のユーザーである人間だけでなく、生態系全体とコンピュータのインタラクションをどのように設計すべきかという情報学の枠組みの研究として発表したものです。キーワードは3つあります。1つ目が「物理的に分けること」、2つ目が「情報のやり取りをすること」、3つ目が「共生」です。
携帯端末を使えば当然ながら物理的に離れた場所との連絡が可能になります。それが1つ目です。2つ目が、物理的に隔てられた状況において可能なコミュニケーションを取ることです。人間どうしでは当たり前の話ですが、それができることで3つ目の「共生」が可能になります。
物理的に離れていればコミュニケーションをしたとしても物理的な影響は及びません。つまり、人と動物が物理的に接触することができない状況では、例えば動物の命が交通事故で失われてしまうような影響はありません。その範囲でできる新しいことを考えてみるのがこの研究です。
細分化されたインタラクション研究
HCI(Human Computer Interaction)は、たとえば、人にとって使いやすい携帯端末のシステムインターフェースを考える分野です。一方、HCPI(Human Computer Pet Interaction)は名前の通り、そうしたシステムを用いて、私たちの身の回りにいるペットを対象にどのようなインタラクションを作るのがよいかを探るシステムの研究です。例えば、仕事中に家にいるペットに餌をあげたりカメラで様子を見たりするシステムがありますが、そのようなシステムは広義のHCPIに含まれます。
HCPIの中でも、獣医学で提唱されたAnimal Computer Interactionでは、人間のユーザーは脇に置き、動物とコンピュータの間のインタラクションが研究されます。京都大学などで行われている、チンパンジーにタブレットを見せてみて反応を見る研究はその分かりやすい例です。
一方、HCBI(Human Computer Biosphere Interaction )は同じく動物が対象ですが、遠く離れた山中の野生動物や生態系全体とのインタラクションをサウンドマークを使って研究する分野です。このように、動物とコンピュータに関わる研究といってもこれだけ細分化されています。
メディアアートを研究成果の発信に用いる理由
人と動物との関係性の問題は、その構造も含め、数値ではなかなか表せない部分があります。 それをうまく伝えようとすると、受け手個人の経験や記憶に補完してもらう必要があるのですが、そのように想起して体験してもらうのがアートやインスタレーションだと思ったことが、これらを用いる背景にあります2。
また、動物や環境を研究対象にしていると何をやるにも時間がかかります。例えば論文一本を書くペースは、生態学の分野とコンピュータサイエンスの分野では時間軸のスケールが大きく異なります。しかし、フィールドの研究をやっているから時間が掛かるという言い訳は許されません。そこで、待っている時間にできる他の何かで分野的につながるものはないかと考えた結果、メディアやインスタレーションにたどり着いたという経緯もあります。

インターネット上には自然に関するコンテンツがたくさんありますね。海外の素敵な島や遺跡の高解像度の映像などを観れば実際にそこに行きたくなる人もいますが、逆に満たされて旅行に行かない人も出てくるでしょう。自然体験とは何なのかを考えると、自分自身がそこに行っている気分になれることが大切で、そのようなシステムが必要だと思いました。
そこで、遠くの自然環境の情報を取得するだけでなく、こちらから情報を提示し、自分自身の存在が遠く離れた自然の中に入っていることが体感できるインタラクションの仕組みを考え、それを実装したのがTele Echo Tube(テレエコーチューブ)3などのシステム群です。
人口の減少に合わせて持続可能なコンパクトシティを作ろうという動きがありますが、人間の活動範囲が小さくなれば人間以外の動物の活動範囲が増えるという課題も生まれます。昨今のアーバンベアの問題がその一例ですね。
ただ、必ずしも悲観的に思っているわけではありません。駆除しなければいけない現実はありますが、アーバンベアにモバイルユーザーになってもらい、人間と一緒に社会課題を解いてもらうといった形で、駆除の対象よりもむしろ人間社会の構成員にできるのではないかという考え方をしています。そこがコンパクトシティについての研究の方向性です。
分かりやすい話をすれば、オンラインショッピングの荷物の配送の課題はどの国にもありますよね。例えばオーストラリアでカンガルーは有害鳥獣で駆除対象になっていますが、カンガルーにAmazonの荷物を運んでもらうなどすれば、動物の身体特徴を活かした人間社会の課題解決にもつながります。将来的に、カンガルーが勤務する職場が出てきたりすると世界はちょっと平和な方向に行くんじゃないかなどといったことを学会で話すこともあります。
情報技術についての教育やガバナンス
情報技術全般は、基本的には道具であって道具以上にはなれないと思います。ですから、どのような前提・条件でその技術が存在しているのか、そして何が限界であるのかをきちんと理解した上で、そもそも使わない選択肢も含めてその使用を判断できるような教育が必要だと思います。また、みんなで話し合って意思決定していくような社会全体の透明なガバナンスも求められます。
AIは様々な分野にインパクトを与えていますが、世の中の課題の全てを解けるわけではありません。だからこそ、一見AIとは関係のない分野の人々を巻き込んで、どこまでが解決できて何が解決できないのかを教えてもらうプロセスが重要だと思っています。
今、社会ではAIが盛り上がっていますが、重要なのは5年後10年後には他の何かがブームになっているであろうことを踏まえ、 情報技術以外の動向も把握しながら10年後も若い人々がちゃんと食べていけるように考えていくことです。今AIに注力するのはよいのですが、その先のできることとできないことを計画的に提案すべきだと思います。
野生動物に関わる倫理と課題
さまざまな形の分断が起きる災害の現場などで関係性を回復するためのシステムを提供する研究も行っていますが、今は環境問題に関わる研究がメインで、切り口はたいてい野生動物です。野生動物に関わる課題はいくつかに分かれます。
まず、イリオモテヤマネコなど個体数が減っている野生動物をどうやって保全していくのか、そのために位置情報を取得してどのように保護政策を進めればよいか。 そして、福島の一部のような帰還困難区域の野生動物の健康調査を支援するための情報技術の使い方。さらに、アーバンベアのように人間社会に近い場所に住む有害鳥獣の問題の解決などです。
野生動物に関わる「保全」と「健康調査」と「有害鳥獣」の3つの切り口で専門家はそれぞれ違いますが、使っている道具は同じです。その道具の課題は、同じものを10年使い続けることができないことです。アカデミックな調査・研究では、すごく時間が掛かりますので、一般消費者向けに売られているものをいかにして組み合わせて研究を達成するかなどもポイントです。
「保全」については、動物保護についての学術的な方針は様々だと理解しています。例えば、住む場所や個体が失われたとしてもDNAさえ保存されていればいつか種を復元できるという考えもあるでしょう。一方で、保存されたDNAで復元されたとしても、個体の住む場所がなければもはやその種ではないという考え方もあります。だからこそ個体を守ると同時に環境そのものも守っていかなければならないという考えです。
倫理的な問題として、例えば野生動物にセンサを取り付けるのがかわいそうだという意見があります。しかし、放射線量が高いために人々が避難した土地において、調査であれば人の被曝が許容されるのかというとそうはならない。やはり最後に残るのは技術を使うという選択肢になります。センサの取り付けが最終手段である場合にのみ、動物への負荷を最小限にしつつ、環境センサや行動の取得センサなどを統合的に扱う点が私の倫理観と研究の特徴です。
世の中ではオーバースペックなものが使われがちです。動物用のセンサもたくさんありますが、研究のテーマを考える際、そもそも動物にセンサを装着する必要性があるのかをまず問うべきです。最新のものを使いたくなる気持ちはあっても、実施期間の長い研究では動物に装着しないタイプのローテクなセンサなどを上手いコンビネーションでつなぐことを大切にしています。そして、対象動物の生息環境や社会状況に合わせたシステムのカスタマイズを行っています。

動物を調査する上で、見える範囲であれば当然カメラを使うのがよいとされますが、広域を効率よく観測しようとする場合には、鳴き声センサ、つまりマイクで音を取るのがよいということになります。音を用いた研究の一つの特色は、広域の動物の個体数の増減などが季節や年を追って把握できることです。
デバイスの設計と実装で大切なこと
分野ごとに対象動物も社会背景も倫理観も異なります。評価軸もちょっと違ったりするわけで、他分野の人々との協働では、互いの考えをコミュニケーションするプロセスに最も時間が掛かります。
先ほども申し上げたアーバンベアの問題などは社会で大変注目されており、すぐに解決してほしいという需要の多い課題です。アカデミックな研究では、市販製品を用いただけでは解決できないことへの解決策を考えるケースもありますが、それを地元の方々に話すと、「では、小林先生がアーパンベアの問題解決に入っていただくと、どれくらいの数が捕獲されるのか」といった質問をされてしまいます。
しかし、まずは「この程度ならできるかもしれない」という説明にならざるを得ない。その中で、困っている当事者たちの意見を聞きながら対話を重ねるうちに、確かに大学にしかできないことがあるという話になります。そこまでたどり着いてようやく、さまざまな提案に基づく共同開発を始めることができるのです。
このような問題は、どこか一つのセクターの人間が頑張れば解決するものではありません。地元の企業や自治体の担当者、そして様々な研究者たちとも連携しながら、その場所に根差した技術開発を進める必要があります。
大きく分けてレイヤーは2つです。1つ目のレイヤーでは、既存の研究の中ですぐに役立ちそうなものを、共同研究の形で提供し使ってもらう。そしてもう1つのレイヤーにおいて、コミュニケーションを取りながら現場に根差して何ができるのかを学術的に探っていくのです。
動物に装着するセンサの基準
野生動物にセンサを装着するにあたり遵守すべき法律やルールはいろいろあります。昔からあるのが装着デバイスの重量です。最近はより厳しくなっていますが、カメラやマイクなど、装着するデバイスがバッテリーも含めて、以前は対象動物の5%の重さを超えないことが国際的な規約になっていました。携帯電話が出始めた頃、ショルダーバッグのように肩に掛けて持ち運ぶ「ショルダーフォン」がありましたが、それが人間の平均体重の5%程度です。今現在は2%です。
動物の身になって考えてみると、赤ちゃんの時から死ぬまでショルダーフォンを背負えと言われる一生は当然嫌ですよね。ですから、対象動物によっては装着させざるを得ない場合もありますが、まずは、そもそも着ける必要があるのかを熟慮します。そしてたとえ装着させるにしても、法律で体重の2%が許容されているからといっても、そのまま許容される最大重量のデバイスを装着させるわけではありません。飼い主のいる動物の場合も、ただ重さについての許諾を貰うのではなく、まずは、どのような感じであれば大丈夫かを伺い、話のやりとりの中でデバイスを選んでいきます。
研究を続ける中で見えてきた課題は、動物用のデバイスがオーバースペックであったり、バッテリーが持たなかったりするということです。これは動物用のデバイスのマーケットがニッチで人間向けに作ったものを流用しているため、ある意味仕方がありません。私のアプローチは、動物の行動をうまく利用することで、デバイスを省電化したり高速化したりすることです。人間用としては全く役立たないけれど、特定の動物には非常に有効なデバイスの研究開発です。
少し学術的な話をすると、人間の行動を理解する上での最初のモデルは動物の行動です。条件反射などを含め、動物をモデルとして人間の行動を理解するという流れがあるのです。しかし、反対に人間を対象として明らかになった知見を動物に生かす研究はあまりないように思います。ですから、人間を対象とする研究をみながら、どうすれば動物向けに応用できるかなどと考えたりしています。
動物に関わる研究に携わる学生に大切にしてほしいこと
動物に関連する社会課題は少なくありません。例えば飛行機のエンジンに鳥が吸い込まれるバードストライクは各所で起こっています 。
これに対し、バードストライクを起こしそうな鳥類を空港に近づけないという解決の方向性があり、安全上の観点からは理解できます。しかし、バードストライクの件数が増えてしまったことには、鳥がそこに来ざるを得ない背景があるわけです。
生息地がなくなってしまったことや、より強い種がやってきたため逃げてきたことなど、理由は様々です。ですからこのような例では、闇雲に空港から追い出せばすべて解決するわけではないことを学生にはフィールドワークなどで理解してほしいですし、対象となる動物にはちゃんと敬意を持ってほしいです。
また、自分の研究でよい結果が出たとしてもそれはあくまでもひとつの条件下においてであって、他に転用すると違う結果が出る可能性があることも認識し、自分の中で確認しながら研究を進めてほしいです。

原発事故の記憶継承
震災当時、私は研究活動をしていましたが、原子力発電所の事故があり多くの人が国内で避難をし、あるいは各国政府が特別機を出して自国民を連れ戻すなどといったことがありました。そのような形で人がいなくなれば、福島の動物を誰が見守るのか、すごく気になっていました。
そこで、大変な時に申し訳ないという気持ちもありましたが、福島大学でサウンドスケープの研究をされている知り合いの永幡幸司先生4にメールをし、動物たちがどうなるのかすごく気になると伝えたのです。すると、動物たちを見守ることを誰かがやるべきだという趣旨の返事をすぐにいただきました。
そこで、これは自分の仕事だと捉え、調査を始めました。誰かがその場所の動物と関わらないと、彼らがそこにいたことすら忘れられてしまう、自分がやるべきだ、と考えたのです。そして音を使えば、言葉や映像で伝わらない「そこにいる感覚」を再現できると思いました。

フィンランドの「オンカロ(Onkalo)」と呼ばれる放射性廃棄物の恒久地下貯蔵施設についてはドキュメンタリー映画5などもありましたが、それを巡って10万年後の安全をどう保障するかという議論がありましたね。言語が変わっているかもしれない10万年後に向けて、そこが危険な場所であることをどう伝えていけばよいのかという議論です。
ポイントはその場所について忘れ続けることを人々に覚えておいてもらうことが10万年後の安全につながるということです。私たちが抱えている課題はそれに近いと思います。そして福島の帰還困難区域の研究について、自分の寿命などたかだか向こう数十年しかないことを考えると、やはり技術を用いるしかないだろうと思ったのです。
福島県双葉郡浪江町「被曝の森のライブ音 プロジェクト」
研究のための物を建てるには様々な方々と合意形成をしていく必要がありますが、浪江町で受け入れてもらえたきっかけは、福島の前に沖縄県の西表島で同様のプロジェクトを行っていたことです。その時の研究の経緯をご存知の方が、地元の人々に私のことを「一度始めると10年以上止めない人物」として紹介してくださったのです。それで、浪江町の方々に場所を提供していただき、被曝の森のライブ音プロジェクトを始めることができました。
元住民にとっては生まれ育った土地ですから、彼らがオーディエンスとなる時には、暮らしていた頃の話など記憶に基づくコミュニケーションが生まれると思います。例えば、マイクの近くに何があり、震災の時自分はこの道を介して避難した、などといったエピソードがでてくるでしょう。
現地にいた経験を持たない人のなかで、社会的な興味や、なんとなくの興味でこのサウンドスケープを体験してくださる方からも「森の中の音は非常に静かですね」などといった感想が聞かれます。これが、動物たちはどうしているのかという想像の入り口として機能すると思っています。
JST創発的研究支援事業への採択
私が提案した「野生動物間情報通信網による高線量地帯の生態調査」を採択6していただいたのは、フィールド系の研究の中で学術、社会実装、科学、表現などを横断するような点が評価されたためであろうと思います。
補足ですが、私は研究分野によって発表の場所を変えており、どの分野でも社会実装ができるわけではありません。しかし、この領域はフィールド系で対象の地が福島という少し特殊な場所であったため、社会的に重要性が高いと判断していただけたのかと思います。
福島第一原子力発電所事故から15年
15年も経ったとするか、15年しか経っていないとするか、受け取り方は様々でしょう。私にとっては、学生たちとこのテーマに取り組むなかで、福島の研究を続けたい、地元の現場で働きたいといった希望を持つ彼らの就職先や雇用を考えることも含めて、日に日に責任が重くなっていると感じます。
また、本当に難しい話ですが、記憶が薄れていっているのは確かだと思います。忘れられていくことが様々な形での分断を生む要因の一つになり得るという懸念もあり、それに関する授業を大学院で始めたりもしています。
地元の人とお酒を飲みながら話をすると、集落に若い人がいなくなり将来的にどういう方向に向かっていくか分からない中、こういった研究拠点ができることで若い人が町に来て、問題に立ち向かうために町として貢献できるのが嬉しいといった声を聞くこともあります。
環境問題は日本だけの問題ではありません。世界に活かせる知見を集めることが私たちの世代でできることだと思って研究を続けています。
ネパール 1992年/2021年
高校生当時最初にネパールに行ったのは、目的意識があったというより面白そうだったからです。現地で病院を建てるプロジェクトに複数の国際団体が入って、私はひたすらレンガを運び続けていました。覚えているのは、言葉が違っても年齢が近ければ大体みんな同じようなことを話していると気づいたことです。10代であれば、「彼女はいるのか」などといった話です。
それとは別に強烈に感じたのは、同じ年代でも何かがあった際に手持ちのカードが全然違うということです。日本人であるかどうかで受け入れられる医療体制が違うなど、社会的なカードが生まれつき違うという現実に直面したのです。「君は日本人だから」といった話をされた時、このゾワッとする気持ち悪さは何だろうと思いました。
その後研究者になり、文部科学省の「地球観測技術等調査研究委託事業(令和4年度)」に提案したところに採択いただいたのが「環境音と衛星画像を用いたヒマラヤ山岳地帯の野生動物保全・犯罪対応の拠点形成」です。日本で生まれた新しい価値を別の場所で生かすような流れを作ってほしいといったコメントがあり、私自身、まさにそうだなという気がしていました。
コロナ禍に何か取り組める課題を探していて、そういえばネパールも日本と同じ山国であることに思い当たりました。ネパールではワシントン条約に引っかかるような違法な野生動物の捕獲などの問題もあり、それに関して、地理的条件が近い日本と同じような形で研究できるのではないかと提案してみたところ採択していただきました。
私が現地に行ったり向こうから来た研究者を雇用したりいろいろと動きだした時、高校生の時に感じたゾワッとした感じに対し、自分なりの答えを出せる方向に一歩近づいた気がしました。
例えばネコも自分で選んでネコになったたわけではなく、生まれてみたら飼い猫だったりイリオモテヤマネコだったりするわけです。たまたま私は人間として、日本という場所に生まれてきましたが、それによって社会との関係性が異なるのはおかしいのではないかという問いが原点としてあります。
ネパールでのプロジェクトから学んだこと
成果はいったん脇に置いておくことが重要だと思っています。
例えば何かに採択された、何かの論文が出た、といった実績は確かによいのですが、しかし、それを強引にやってしまうと失われる信頼関係があります。国の違いや、持っているカードの違いなど社会的な背景もあり、壊してしまう信頼関係は随分とある気がします。ですから、国際プロジェクトを進める際は、分かりやすい成果は横に置いて、人々との信頼関係の方を大切にして、退却しても全員で生き残ってまた手を挙げられるようなコミュニケーションを取っていくことが、ものすごく重要だとずっと感じています。

ネパールにも色々な方がいて、それは日本の社会でも変わらないとは思います。ただし、例えば識字率がそれほど高くないことによって生まれる格差などは存在します。日本では、住民参加型、あるいは、当事者の理解を得てみんなで決めていくことがよしとされますが、ネパールでそれと全く同じことが必ずしもできるわけではないのです。社会的な格差があるため、こちらが良かれと思って日本式の全員参加の考え方を押し付けると上手くいかないことの方が多い気がします。
多様性とは何か?東京大学インターナショナルロッジという組織
東京大学では、それぞれのキャンパスにロッジという施設があり、外国から来た教職員や学生を短期的に収容します。鞄ひとつで日本に来ても1年間程度滞在できるので、その間に自分で住む場所を見つけてもらえます。私は柏キャンパスのロッジ(に住み込み)で相談主事という役についています。
いろいろな仕事をする相談主事ですが、役割を端的に言うと叱る人です(笑)。ただしそれは、感情的に責めるという意味ではなく、文化や制度の違いから生じやすい行き違いを整理し、相手に状況を理解してもらうために、必要な注意や説明を行う役回りだと思っています。元気が良すぎる学生や、海外に来て環境の変化に戸惑い、結果として振る舞いが行き過ぎてしまった教員に対して、その都度向き合うのです。
やむを得ない事情で帰国を決めた人と、帰国直前に初めて会い、初めましてと言ってコーヒーを飲みながら3時間くらい話し込んだこともありました。対話すること自体が大切ですが、相手にも時間的な制約は必ずあるため、その中で相手の話を聞き、対話をやめないことがとても大切だと思っています。
東京大学のインターナショナルロッジは、教職員にとって、多様性とは何かを現場感覚で考えるようなところです。どうやってコミュニケーションをとってよいのか分からない人に遭遇した時に、このように声を掛ければ相手が話しやすくなるかもしれないというヒントを得られる、そういう経験の場でもあるのです。そして、全く異なる前提を持つ人と問題を一緒に解決しようと考えること自体、社会と研究の耐久性を高めるのではないかと思っています。
英語での研究での苦労
私は、生まれながらに英語を話せる訳ではなく、日本にいながら英語が話せるようになった訳でもありません。自分の発音や話し方が嫌だったこともあります。
しかし、自分の研究をなぜ伝えたいのかということのほうが重要だという気がしています。研究成果を英語で発表する上で当然コンプレックスはあります。しかし、ネイティブであれば論文の英語もきれいに書けそうだと思われがちですが、論文を書くことと英語を話せることは全然違います。私の論文の英語が難しすぎて校正などできないとネイティブの知り合いに断られたこともあり、そもそも英語を学ぶとはどういうことだろうと身を持って感じました。検定の得点などは指標としては大事ですが、それはあくまでも道具で、なぜ英語を勉強したいのか、何を伝えたいのかを優先するのがよいでしょう。
研究キャリアの中で最も苦しかった時期
大学院在籍時が最も苦しいのではないかと思います。自由に何でもできるところではありますが、評価を考えると何をやってもよいわけではありません。最終的にどの分野で学位を取るかを自分で見つけなければならず、自分にとって一番フィットするものを探し続ける時期が苦しいでしょう。
今は動物のことを研究していますが、当時の私は、自分がロケットやトンネルなど、大きいものを作ることが好きに違いないと思い込んでいました。しかし、そういうグループにいても話が全然合わず、自分では好きなはずなのにと悩んだこともありました。
そこで、改めて自分がやってきたことを考え、動物のことばかり見ていたことに気づいたのです。そこから、動物に関する問いを手放さず頑張ってみようと試行錯誤した時期が辛かった気がします。修士課程と博士課程がその時期でした。
若手研究者へのアドバイス
これに関しては私の中で明確に答えが出ており、別に好きなことがなくてもよいと話をしています。
自分のやりたいテーマを選びなさいと言われてきた学生たちには、好きかどうかは分からなくても気になることは何かを聞くようにしています。他の人が気にしないようなことをずっと気にしているのであれば、すでにその分野の専門家である可能性もあります。そこを説明できるような研究をするのも一つのやり方だと提案したりしています。
研究に情熱を持ち続けるために
どの職業でも同じだと思いますが、業務時間以外の時間や社会との関係性を大切にして自分自身を消耗品にしないことが重要だと思います。
そして、逃げたいと思ったら世界の果てまで逃げちゃってよいと思います。一回逃げても帰って来られる社会であったほうがよいし、みんなそう思っているでしょうから、どんどん逃げればよいといつも言っています。

日本の学術研究を発展させる上で社会や政治に求められること
社会全体で見た場合、短期的な時間軸の中で評価される分野もあってよいですが、逆に短期成果だけを求めないような分野もあったほうがよいと思っています。
また、どの業務でもそうですが、「失敗に成功し続ける」環境がすごく大事だと思います。「失敗」といえば聞こえはよくないですが、失敗すれば失敗の理由がわかりますよね。でも、上手くいった理由は分からないじゃないですか。だから、どんどん失敗できる制度や社会的な雰囲気が大切なんじゃないかなと思います。
学生と話していると、就職活動で仕事を見つけなければいけないという話が出ます。そのような時、例えば大学を辞めて自分で会社を起こしたり、時間が経ってからまた大学に戻って来られるような社会制度があった方が面白い気がするという話をします。そのような柔軟な社会であってほしいと思います。
脚注:
1 Human computer biosphere interaction: towards a sustainable society https://doi.org/10.1145/1520340.1520355
2 小林博樹先生の「被曝の森のライブ音 プロジェクト」は、2018年度グッドデザイン・ベスト100や第11回アルテ・ラグーナ国際美術賞など複数の賞を受賞している。
https://www.youtube.com/watch?v=TZTLWIPdglM
https://artelagunaprize.com/11th-edition-16-17/the-winners-of-the-11th-arte-laguna-prize/
3 Tele Echo Tube for Historic House Tojo-Tei in Matsudo International Science Art Festival 2018
https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-030-50344-4_37
4 永幡幸司(ながはた こうじ)
福島大学共生システム理工学類環境システムコース教授。「良好」な音環境のデザインを目指し、音環境のバリアフリー化や震災避難所の音環境などを研究する。
5 100,000年後の安全
https://www.uplink.co.jp/100000/
6 JST創発的研究支援事業にデータ科学研究部門長 小林博樹教授の研究課題が採択
https://www.itc.u-tokyo.ac.jp/academic/2021/11/30/post-363/
