
村上 あかね(むらかみ あかね) 教授
桃山学院大学社会学部教授
村上あかね先生へのインタビュー - Share Your Story
[取材・編集] 研究支援エナゴ
統計分析やインタビュー調査により、住宅や家族についての社会学的研究を行う村上先生。近著『私たちはなぜ家を買うのか:後期近代における福祉国家の再編とハウジング』では、住宅政策や住宅取得といった切り口から、持家を理想としてきた日本社会の行き詰まりと今後を提起されています。
今回のインタビューでは、定量的な手法を用いる研究者となるまでの道のりや、専門の近代社会や家族、住宅、統計に基づく政策決定の重要性など幅広いトピックについてお話しいただきました。
住居を通した問いは、空き家や住居の質の問題といったダイレクトなテーマだけでなく、ジェンダーなどに関するアンコンシャスバイアス、少子高齢化といった多様な課題に接合します。村上先生のご研究は、研究者だけでなく政策決定者を含む幅広い層の人々に、日本の今とこれからを考える糸口を与えてくれそうです。
※先生のご所属先はインタビュー当時(2025年12月)のものです。
社会学に興味をもったきっかけ
私が入学した大阪大学人間科学部は、1、2年生の豊中キャンパスでの教養課程を経て、3年生の春学期から吹田キャンパスで各コースに分かれて専門を学びます。現在は教養課程が廃止されたり、大阪外国語大学が統合されて外国語学部になったり、コースが増えたり、といった変化はありますが、大きな仕組みは変わりません。
各コースに進むために履修しなければならない予備科目があるのですが、コースの希望が確実にかなうとは限らないため、多くの学生は念のため複数の予備科目を履修します。当初私は心理学コースに進もうと思っていましたが、社会学が面白そうだったため志望を変更しました。それでも心理学のために勉強していた統計学やソフトウェアの知識は今でも役に立っており、結果としてよかったと思っています。
家族社会学という学問について
家族の定義、家族とは何か、家族の成り立ちや機能・構造について、社会による違いや社会階層による違い、時代による変化を捉えようとする学問です。家族とは誰もが経験するものですので、相対化して捉えるためには理論的・実証的な手続きに従う必要があります。
日本の近代化の特徴
韓国の社会学者のチャン・キョンスプ(張慶燮, Kyung-Sup Chang)1は東アジアの社会を「圧縮近代(compressed modernity)」として表現していますが、それを踏まえて落合恵美子2は日本を「半圧縮近代」と表現しています3。
東アジア諸国は欧米にキャッチアップする中で産業構造や人口構造が急激に変化したため、福祉国家の建設が十分ではありません。日本は1980年代には豊富で均質な若年労働力が地方から都市に移動し、通産省の産業政策もあり経済は絶好調でした。つまり男性一人の稼ぎで妻子を養うことができたというわけです。
もはや人口構造も産業構造も変化しましたので、そのような時代には戻れません。しかしながら、日本では家族や企業が人々のライフコースリスクへの対応を主に担っていることが、現在の少子高齢問題につながっています。

統計分析とインタビューを組み合わせた研究
私は統計分析=量的研究の手法を主に使っていますが、数字で表現できることだけがすべてではありません。発生頻度が低い事例は、ランダムサンプリング(無作為抽出)に基づいた従来型の社会調査では十分に分析することができません。個人が特定されてしまう倫理上の問題があり、また同じ出来事を経験してもその意味付けや、それにどう対処してその後どのような人生を歩んでいくかといったことは人によって違うはずだからです。
その点ではインタビューが効果的だと言えます。日本では難しいのですが、海外ではインタビューを依頼するとご自宅に招かれることがあり、その人のひととなりや暮らしぶり、ご家族との関係などがよりリアリティを持って浮かび上がることもあります。
ある研究ではまず40人程度にインタビューを行いました。その中で書籍4で取り上げたケースは必ずしも多くはありません。しかし最近の欧米の学術ジャーナルを見ていると、インタビューのケース数がかなり多くなければ掲載されないようになってきているという印象があります。その一方で「オートエスノグラフィー」という自分自身の経験について分析するという研究手法も広がってきていますので、一定の数字さえクリアすれば大丈夫という明確な基準はありません。
とは言え、海外の動向は知っておく必要があるでしょう。また日本の研究者でも、何人かの対象者に繰り返しインタビューを行う、いわゆる質的パネル調査、質的縦断分析の方法を取る研究者もいます。
公的統計とEBPMが有効な課題
どの分野でもEBPM5は有効ですし、これからますます広がると思います。もちろん公的統計に限らず研究者が独自に収集したデータであってもEBPMに用いることができます。
少し話はずれますが、2019年にノーベル経済学賞を受賞したバナジー/デュフロ6をはじめ厳密な政策評価の研究が進んでおり、社会学にもその波が少しずつ来ているという印象があります。他方で、2023年のノーベル経済学賞受賞者のゴールディン7はどちらかというと歴史的なアプローチを駆使しており、研究方法は一つだけではありません。社会や人間を理解して政策を考える上ではいろいろな方法があってよいし、むしろそれが必要だと考えています。

いずれにしても、日本でこれだけ少子高齢化で財政が厳しくなっている中、限られた財源を有効に活用するためにEBPMが推奨されているという前提を抑えておく必要がありそうです。日本の公的統計に関して言えば平成19年に統計法が改正され、公的統計が公共財として位置づけられるようになりましたので、研究目的でもそれ以外のビジネスの分野でも利活用が広がってきています。
ただし、今年度(2025年)の国勢調査をめぐって報道されているように、そもそも調査員の確保が難しく、詐欺の報道が広がるなか回収率も低くなっているという課題もあります。私個人としては、欧米のように行政記録を活用するという方向も一つのあり方だと思っています。しかし、セキュリティの問題や個人情報の問題などを整理した上でそれらをどう市民に理解してもらうかといったことまで射程に入れて法的統計の利活用は検討されるべきものだと思います。
欧州ではユーロスタット(Eurostat=ユーロ圏統計局)があり、ユーロ圏内各国の比較が可能で、様々な研修トレーニングの機会もあるため羨ましいなと思っています。同様の共通のフレームが東アジアにもできれば、格差や少子化の問題、女性の貧困など東アジアに共通する課題がより明らかになると考えています。
社会学の研究と文理融合の流れ
科学技術・イノベーション基本法8をよく読むと決して文系が軽視されているわけではなく、人文社会科学の振興も盛り込まれています。2025年にノーベル賞を受賞した坂口志門先生と北川進先生の両氏も文系への関心は科学を深めるとおっしゃっています。逆もまたしかりだと思います。社会科学に限らず人文科学でも、研究におけるデジタル化が進んでいます。
そもそも中世ヨーロッパの大学で教養とされたのは「文法」、「修辞」、「論理」、「数学」、「音楽」、「幾何」、「天文」の「自由七科」だったといいます。つまり学問の基礎は文理融合のはずです。仮に私立文系に進んだとしても数学は必要です。高校1年生か2年生で文系か理系かを決め受験科目も少なくて済む日本の大学受験のあり方こそが問題だと個人的には考えています。文理融合の流れは自然なことで、これからますます進んでいくと予想しています。
今後の日本に望まれる社会保障は
日本は人口が減少して空き家が増える一方で、持ち家の価格は首都圏を中心にどんどん上がっています。コロナ禍のもとでは住居確保給付金の申請がそれまでの40倍近くと大きく増加しました。
もちろんURの賃貸住宅や、県営住宅・市営住宅などはセーフティーネットとしては重要なのですが、私が考えていますのは、企業が正社員の福利厚生の一環として提供している住居手当ではなく、欧米諸国の特にヨーロッパのような公的な家賃補助が必要だと考えています。

日本は景気刺激策として新築住宅の建設や取得が目指されてきた経緯があり、人々もそれを当然だと考える傾向がありますが、そのような政策には限界があると考えています。新築かどうか、立地、部屋の数、南向きかどうか、価格などが住宅取得の際に重視されがちなのですが、人々の暮らしという意味ではヨーロッパのような二重窓があることやバリアフリーであることなど、質ももっと注目されるべきです。
シングル女性と住処
人生100年時代といっても一生働き続けられるわけではありません。週5日のフルタイムで残業もしているシングル女性が50歳を超えてキャリアチェンジしようと思った時に、持ち家がないために悩むという話をよく聞きます。持ち家があってローンを払い終えていれば少し仕事のペースを落とすこともできるでしょうが、そうでなければ家賃を払い続けなければならない。そのために結婚しなさいというのも筋違いでしょう。このことは今後問題になってくると思います。
政治経済分野でのジェンダーギャップ
今年は、史上初めて女性の首相が誕生しました。これは海外から見ると非常に大きな変化だと受け止められていて、よく質問もされます。来年度のジェンダーギャップ指数はもちろん順位が上がることが期待されますが、総合的に経済政治分野を見る限りでは、やはり女性に偏る家事・育児・介護等の負担、そしてその裏返しとしての男性の長時間労働・長時間通勤が、経済政治分野でのジェンダーギャップを大きなままにしています。その背景には日本の企業社会を中心としたあり方や、ハラスメント、アンコンシャスバイアスの問題があると思います。
女性も少しずつ本格的に働くようになったのでお金でサービスを買えば良いという考え方もあるかもしれませんし、実際に海外にはそのような国もあるかもしれません。しかし、そもそも日本では男女間賃金格差が極めて大きいというだけではなくて、子どもが少なくなっているので、むしろ子どもにお金と時間と手間をかけるようになっています。
そして必ずしもお金で解決できることばかりではありません。それは日本が家族主義の社会、つまり、ライフコースリスクへの対処をするのはまず家族であるべきという規範が強い社会であることと関係していると理解できます。
人的資本論を当てはめると学歴の高さはそのまま就業機会の拡大につながるはずですが、日本はむしろ高学歴の専業主婦が多くなっていました。それは日本社会においては階層同類婚、あるいは上昇婚、つまり学歴が高い女性はより学歴の高い男性と結婚するという結婚が主流であることと、女性が仕事を中断するとキャリアはすべてリセットされてしまうことに関係します。だから女性は小さい頃から「手に職」などと聞かされているわけです。あるいは公務員や教員になるのが女性にとっての賢い選択だとされてきました。
しかし今ではそれも揺らぎつつあります。また、女性が階層同類婚や上昇婚で結婚する相手の男性は企業の中では幹部クラスとなるため転勤が求められ、それによって女性のキャリアが中断されてしまうことも、最近のいくつかの実証研究で明らかになっています。
子育ての社会化を阻む要因
一つは、ナニー(子育ての専門職)などを雇えるほどに女性の賃金が高くなかったことが要因にあげられます。そして、やはり非常に根強い三歳児神話があります。子育ては母親がするべきで他人に任せてはいけないという風潮です。
また、待機児童問題解消のため「保育ママ制度」の拡充を目指した施策が、橋本徹市政の大阪で行われましたが、実際にはあまり実現しませんでした。ファミリーサポートはそれなりに充実してきており利用者も増えているようですが、制度と現実、理想のギャップ、ジレンマなどもあると思います。もちろんこれは今研究が進められている分野です。実証分析の結果の一つとして、短時間正社員制度が女性の仕事と家庭の両立に効果があったという知見が出ています。しかし他方で、短時間正社員の女性社員が早く帰ることが、その女性社員を雇う会社の中に軋轢を生むという問題も指摘されています。
では反対に家事育児は全部他人に任せるというのも極端でなかなか難しい。私はやはり鍵はハウジングだと思っています。子どもができて小学校に上がる前に持ち家を買おうとすると都心では共働きでも購入が難しく、会社から遠くに家を買うことになります。そうすると、ただでさえ長い労働時間に長い通勤時間が加わり、なかなか子どもに目配りをできないという現状があるのではないかと思っています。

サバティカルでオランダに滞在
ハウジングの先行研究を読む中で、オランダ人は一生に一度は社会賃貸住宅に住み、社会賃貸住宅のシェアも大きく設備なども充実していると書かれた本に出会い興味を持っていました。また、周りにはイギリスやフランス、ドイツの状況を研究する研究者が多かったため、他人と違うことをしたいと思いオランダを選びました。科研費も取り、サバティカル中の2017年4月から2018年3月まで、ライデン大学に客員研究員として受け入れていただきました。資料を読むためにオランダ語教室に通ったりしたので大事な友達もでき、一緒にヤパンマルクト(ジャパンマーケット)にも行きました。
1年間オランダに滞在する中で社会賃貸住宅に住む人々や持ち家に住む人々にもインタビューを行い、ホームビジットをしながら政策を調べて論文を書きました。日本語の本では社会賃貸住宅が充実していると書かれていましたが、実際に行ってみるとオランダはすっかり持ち家社会になっていました。
オランダはユニセフによるレポートで、先進国の中で「子どもの幸福度」が1位に4度輝いており、それを見たかったこともあります。インタビューで個人宅を訪れたほか、児童遊園などの公園を訪問することで社会の仕組みや人間観について学ぶことが非常に多かったです。
滞在で得られた成果は学会誌に短いレポートを書いたりもしましたが、基本的には拙著『私たちはなぜ家を買うのか――後期近代における福祉国家の再編とハウジング』(勁草書房)に盛り込みました。インタビューの結果などを理論的に入れたという感じです。オランダ社会についての紹介は、自治体の市民向け講座でお話しすることもあります。
オランダの公的賃貸住宅
オランダはすっかり持ち家社会になっており、現在では社会賃貸住宅の居住者は失業者や移民など、どちらかというと社会経済的あるいは心理的に困難を抱える人が多い傾向が少しずつ強まっています。社会賃貸住宅のシェアが大きかった頃はミドルクラスの人々も住んでおり、社会賃貸住宅に住んでいるから厳しい状況にある、といった線引きははっきりしてはいませんでした。少しずつ持ち家政策が進むにつれて、オランダ人の中でも社会経済的に厳しい状況にある、移民や移民にルーツを持つ人々が社会賃貸住宅に優先的に入るようになっており、そのことをめぐってオランダ社会では非常に大きな軋轢が生じています。そして、ここ10年ほどはそれが政策の焦点になっているのです。
オランダ社会と移民
一昔前は非常に寛容な政策が取られていましたが、現在では移民に対する視線は厳しくなっており、統合的な政策に変わっていると言われています。
例えばオランダに住んで5年間経過した後、さらに住み続けるためには市民化テスト9というものを受けなければなりません。オランダ語の能力に関しては、私がいた当時求められていたのはA2という初級的なレベルでした。私が実際にA2を取ってみたところ、これではスーパーのレジ打ちもできないなと思ったレベルです。その後、求められるオランダ語能力はかなり文章を読まなければいけないB1というレベルにまで引き上げられ、ハードルが高くなっています。
さらに市民化テストにはオランダの歴史に対する科目もあり、労働市場のオリエンテーションもあります。つまりオランダ語、オランダ社会の歴史、オランダの労働市場という3つがあり、難しい試験と言えるでしょう。しかし、基準は明確に示されています。ただあまりにも移民の数が多いため、政権は非常に不安定です。

2025年10月に下院総選挙があり、中道リベラルの民主66が勝ちました。1966年にできた政党ですが、党首のロブ・イェッテン氏は30代、オープンリーゲイ、そしてパートナーは外国人であることを公表しています。実際にはオランダは連立政権でないともたないようになっていますが組閣はまだできておらず(インタビュー当時2025年12月時点)、民主66では今の住宅問題は解決しないだろうというのが大半の意見ですけれども、極右政権から中道リベラル政党が第一党になるところに、オランダの民主主義の活力を見て取れます。
オランダの住宅事情
オランダの場合、キリスト教主義の救貧院の伝統と労働運動の影響に加え、土地の公有制度の影響もあり、社会賃貸住宅のシェアが都市部で5割を超える時期もありました。
オランダに限らず戦後のヨーロッパの国々では社会賃貸住宅が充実していました。それがイギリスでサッチャー政権が誕生して以降、社会保障を削減し、持ち家から得られる利益によって老後に備えるアセットベース型福祉国家が誕生し、多くの国で持ち家率が上昇しました。社会賃貸住宅の充実がオランダの一つのアイデンティティであったのですが、EU統合で単一市場政策が取られる中、オランダの社会賃貸住宅の過剰な充実は公平な競争を阻害するといった意見もあったそうです。
さらにオランダでも社会賃貸住宅に対する政府の補助がどんどん切り下げられ、物件が売却されて民間賃貸住宅に変わっていったこともあります。そして何よりも、持ち家を取得してそこから得られる利益によって老後に備えるためには良い住宅を買う必要もありますから、既婚女性の就労が大きく増加しました。オランダはもともと保守的な国で、日本と同様に既婚女性は家庭で家のことをするという社会だったのですが、それが変わってきたわけです。
オランダと比べて見える日本の課題はいくつかあります。まずは新築持ち家に偏重しており、住宅の質が低いことです。そして日本でも女性はパートで働いて家計を支えるなど住宅の購入に貢献しているにもかかわらず、住宅ローンを組むのは男性で女性の持ち分が極めて少ないこともあります。
オランダにおける家事
オランダでも男性が家計を支えて家事育児は女性が担うという傾向はありますが、そもそもそれほど家事はしないというのが一般的です。夕食の準備にかける時間は30分までというのが不文律としてあるほどです。最近は移民の影響もあり様々な食文化がありますが、プロテスタントの中でも特に質素倹約を旨とするカルヴァン主義の精神が生きづいている国ですから、夕食の準備には30分以上かけません。朝食や昼食となるとさらに簡単になるわけです。朝食のパンを用意しながら、各自でお昼のサンドイッチも同時に作るそうです。ライデン大学の学生ならば、例えばスーパーでぶどうのパックを買い、それとコーヒーを自動販売機で買って昼ごはんにする。あるいはカフェテリアで売っているリンゴとコーヒーで済ませる。移民であればピタパンを袋ごと持って来て、カット野菜やフムスを買ってそれらを詰めてランチにするといった感じですね。
服装もとにかくシンプルで、流行などを気に掛ける人はほとんどいない印象です。窓がそもそも開けられないようになっている家も多いため、洗濯もみんなほとんどドラム式洗濯乾燥機で済ませてしまいます。
アカデミアでのAIの活用
インターネット上ではAIの研究への活用に関する資料は多くありますが、使い方についてどう留意するべきかについてはこれからでしょう。現時点での日本の研究者たちの議論は、学生の成績評価にあたってAIを活用したレポートをどう評価すべきか、というところで止まっている気がします。研究論文の投稿におけるAI活用の倫理ガイドラインの整備も途上で、私自身もこれから学会の理事として取り組む予定でいます。
知り合いの中にはサーベイ実験での条件設定などにAIを活用している研究者などもおり、私自身は新しい統計分析手法を学ぶ際、テキストに書かれたコードやシンタックスを入力してもプログラムが走らないような場合に、AIに質問してしかるべきシンタックスに書きかえるといった活用をしています。もちろんデータの加工や分析は行いません。データセットに含まれる個人情報の問題がありますので、それを生成AIに投げることは非常に大きな懸念があるからです。実際に日本のデータアーカイブはそれを禁止しているはずです。
AIが社会に与える影響
まず影響が大きいのは雇用だと思います。労働政策研究・研修機構(JILPT)の資料では、日本は他国と比べて事務や営業の仕事に就く割合が低くないことが示されています。これらは今後ますますAIに代替されて不安定になっていくと思います。
私自身の専門で言えば、AIとの恋愛や結婚について聞かれることがあるのですが、あくまで少数派でメディアにちょっと取り上げられる程度ですので状況を見守っているという感じです。
むしろ今の日本の家族の状況を考えると、結婚しない人、子供のいない人が増えていますので、孤立と孤独が問題です。確かにAIが話し相手になって孤立と孤独を和らげてくれることはあると思います。また、なかなか外に出られない人にとっても行政手続きなどがスムーズになる可能性はあります。
ただ、他方でサービスを利用すると知らぬ間に対価として個人情報が取得されて悪用される、あるいは利益が得られないといった懸念はあるように思います10。孤独や孤立の解決について、対人援助職に何か働きかけられるよりは、AIを活用し匿名で集まって自分たち同士でサポートし合うといった方法も考えられますから、AIがすべてダメだとは思いません。しかし、AIが孤独や孤立の解消に必ずしもつながっていないという懸念もたしかにあるでしょう。
英語での研究発表の苦労
苦労しかないという感じです(笑)。受験英語中心の時代でしたから、読むことはそれほど苦にはなりませんし、オランダに1年いて聞く方もそれほど困ってはいませんが、やはり書いたり話したりすることについては苦労ばかりで毎日AIアプリで練習しています。若い世代のほうが政策の影響もあり、若いうちから海外で発表するようになって英語で論文を書くことにも慣れているため羨ましい面もありますが、羨ましがるだけでは解決しないので勉強しているというわけです。

研究発表については、海外と日本で学年暦が違いますので日本の学期中に休校して海外の学会に行くことになります。ですから時間のやりくりに苦労するため、十分に準備をすることが大事だと思います。
社会学での業績評価の基準
社会学の中の分野にもよりますが、学術論文、それも英語圏での査読誌に出すことの重要性が増しています。科研費が「国際性」を重視するようになってきているため、おそらくどの分野でも少しずつその傾向が強まってくるとは思います。
そのような評価システムの変化に伴い、和文誌の投稿が集まらないという学会の話を聞くこともあります。研究費の獲得や昇進、より研究成果を評価してくれる大学への異動にあたって和文誌での研究発表では評価されないということで一部の研究者にとっては、最初から海外のジャーナルで成果を発表することが必要なことかもしれません。
私が所属する学会では幸い会員は増加か横ばいの状況で投稿が増える傾向にありますが、投稿数も伸び悩み学会役員の成り手も減ってきている分野もあると聞きます。今までの和文誌の文化をどう維持していくかも課題です。
日本学術会議での役割
第25期では社会理論分科会、Web調査の課題に関する検討分科会、社会統計調査アーカイヴ分科会に所属しシンポジウムの企画や登壇を行い、東京大学出版会からは『災禍の時代の社会学11』を上梓しました。またWeb調査の課題に関する検討分科会からは2023年9月に報告を発出しています。現在第26期では課題解決のための社会理論分科会、デジタルデータ及び社会調査・統計調査の活用に関する検討分科会に参加してシンポジウムの企画や登壇のほか広報も行っています。これらの活動を通じて学問と社会との関わり、日本の大学の歴史と課題についても考えるようになりました。
研究以外の業務の負荷
コロナ禍以降学会の会議はかなりオンラインになり出張の必要がなくなりました。ちょっとつまらないこともありますが、やはり助かります。移動でかなり時間とエネルギーを取られていましたので。それから事務仕事について私自身は苦手ではないのですが、やはり費目によってルールがあるため、レシートを入れれば自動的に出張報告書が出るような秘密道具があれば欲しいなとは思いますね(笑)。
海外の研究者と話すと大変びっくりされるのですが、日本の多くの私立大学では大学教員が入試面接に関わり、作問をし、採点をする、ということがあり入試業務が負担になっています。それに加えて高校と大学が連携したり、オープンキャンパスなどをしたりすることもあります。予想以上のスピードで18歳人口が減少し大学入試の年内化が進んでおり、年内に授業をしながら入試にも携わることになっています。早く合否判定を出さなければ他の大学に学生を取られてしまうため、秋学期は多くの私立大学で通常の教授会日程に加えてイレギュラーな合否判定のための教授会が開かれます。大学入試の年内化は私立大学に限らず国公立でも起こっており、他大学の研究者たちとも忙しくなったと話しています。
教育についてはオンデマンド教材の活用や共有が進むようですので、少しは楽になることを期待しています。しかし私たちが相手にするのは人間ですから、完全に機械化や自動化はできないだろうと思います。留学生や経済的に厳しい学生がTAをして学費を稼ぐ代わりに初歩的な教育を行うというアメリカのようなシステムが日本の大学ではほとんどありません。そのため、日本の大学教員は教育と研究を両方やらなければなりません。また、特に私立大学では多様な入試制度で多様な学生が入ってきていますので、自分たちの時のような感覚では教育を行いにくくなっています。

研究への情熱を持ち続けるために
私は最初の職場も2番目の職場も研究所で、情熱があろうとなかろうと研究はするもの、論文は書くもの、ということを叩き込まれて論文を書き続けてきました。今は大学に在籍しているため、学会や研究会に参加して議論することで刺激を受けています。最近では、前の職場の同僚たちとともに科研費を獲得して、オンラインで研究会をするなど新しいチャレンジをしています。
研究への情熱を阻むことのひとつが教育の負担の大きさだと思いますが、今の職場では同じ授業を担当している同僚たちと経験やアイデアを定期的にシェアすることで少しでも負担を軽減しています。今回のインタビューのために久しぶりにマックス・ウェーバーの『職業としての学問』を読んだのですが、「作業」と「情熱」と「思いつき」12の関係についての箇所で、まずは自分の仕事に集中せよと書いてあり、なるほどなと思ったところです。

研究者にも英語査読論文を書くタイプや、一般向けの新書を書くタイプ、教育や社会貢献に比重を置くタイプなどがいて、いろいろなスタイル、いろいろな関わり方で学問に取り組むのは重要だと思います。社会学の世界でも「研究者は新書など書くべきではない」と言われた時代があったそうですが、今では新書がサントリー学芸賞を受賞するようにもなってきています。常に知識や社会の要請への対応を柔軟にアップデートすることも、研究に情熱を持ち続ける上で重要だと思います。
心身ともに健康に研究を続けるために
個人的な話ですが、家族と猫のために元気でいないといけないと思って睡眠と運動と食事には気をつけています。カフェインとお酒は好きなのですが、控えめにして、タンパク質を多めにとって、出張先ではハーブティーを買います。とにかく家事はできるだけ簡略化しています。掃除ロボットやドラム式洗濯乾燥機、Alexaなども使って簡略化できるところはできるだけ簡略化しています。そして食事も毎日違ったものを作るようなことはしません。事情があったとしても、研究しやすい環境を意識的に作っていくということが必要なのではないかと思います。
学術研究発展のために社会に求められること
企業にお願いしたいのは、学生がもっと勉強するように励ますことです。就活やインターンシップがどんどん前倒しになって授業やゼミが成り立ちにくくなっているまま就職が決まってしまって、これで良いのかと非常に複雑な気持ちになります。また社員に対しては残業時間を減らして勉強するゆとりを持たせてほしいです。
政府は日本を科学技術人材立国として再興するために博士号取得者を増やそうとしています。それ自体は望ましいと思いますが、そもそもまず修士号取得者を増やし、URA13にしても政府にしても自治体にしても社会のさまざまな場所で活躍できるように働きかけをしていただきたいと思います。
それと同時に私たち研究者も象牙の塔に籠るのではなく、自分たちがやっている学問と社会との関係を時には意識しながら社会と対話していくことが必要だと思っています。その意味で、サイエンスコミュニケーターなどの人材も必要かもしれません。ただ、理系に比べて人文社会学系の学問の場合、魅力をどう伝えていくかの工夫が要るでしょう。例えばデンプンにヨウ素を入れて混ぜると色が変わるというのは目で見て分かりますが、人文社会学系だと目で見て3分で分かるようなツールはありません。それでも3分で自分の研究の魅力や面白さを伝えることは可能だと思いますし、できなければならないと思います。

女性研究者が増えるには
日本では企業社会でもそうですが、アカデミアも「健康な・日本人・男性」中心の社会だったわけです。今は状況も変わってきていますが、私が関係している学会でも、なるべく男女を半々にしようということになって一部の女性研究者に仕事が集中するという傾向があります。最近は若い男性研究者も研究者同士で結婚する傾向があるため、男性の方も育休育休を取るようになってきていますが、やはりアンコンシャスバイアスを減らすことが必要ですね。また、物事をより効率的に進めていくことが必要だろうということを最近いろいろな学会の人たちと話しています。これは女性研究者に限ったことではありません。
海外の学会に出ると社会科学系や統計系の研究者は男女半々かむしろ女性の方が多いくらいなんですよね。だから女性研究者を増やすため、まず女性の修士課程への進学者を増やすことが大切です。
脚注:
1 張慶燮(チャン・キョンスプ)
ソウル大学校ディスティングイッシュト・プロフェッサー。近代性、アジアの市民権制度、ポスト社会主義ガバナンスなど研究分野は多岐に亙る。1999年、近代以前の要素が消滅しないまま現代的な現象に連結している「圧縮された近代(compressed modernity)」の概念を提唱した。
2 落合恵美子
日本のフェミニスト、社会学者。京都大学名誉教授、京都産業大学現代社会学部教授。家族社会学、歴史人口学、比較家族史学を専門に、近代家族やケアの社会学研究を牽引する。
3 落合恵美子(2013)『近代世界の転換と家族変動の論理 アジアとヨーロッパ』 社会学評論 64巻4号 日本社会学会 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsr/64/4/64_533/_article/-char/ja/
4 村上あかね(2023)『私たちはなぜ家を買うのか 後期近代における福祉国家の再編とハウジング』勁草書房 https://www.keisoshobo.co.jp/book/b637155.html
5 EBPM(Evidence-Based Policy Making)=合理的根拠に基づく政策立案。
6 Abhijit Banerjee(アビジット・バナジー)、Esther Duflo(エステル・デュフロ)
ともにマサチューセッツ工科大学教授の夫妻は、ランダム化比較試験(RCT)を用いた貧困緩和策の研究が認められ、Michael Kremer(マイケル・クレマー)ハーヴァード大学教授とともに、2019年ノーベル経済学賞を受賞。
7 Claudia Goldin(クラウディア・ゴールディン)
ハーヴァード大学教授。200年以上にわたるアメリカ合衆国の労働市場に関する膨大な資料を検証し、女性の雇用や男女の賃金格差の要因を分析した。2023年ノーベル経済学賞を受賞。
8 平成七年法律第百三十号 科学技術・イノベーション基本法 平成7年11月15日施行
9 inburgeringsexamen。inburgerenは統合の意。
10 村上あかね(2025)『個人データの保護と研究活動における倫理:EUの事例を中心に』 理論と方法 40巻1号 数理社会学会 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ojjams/40/1/40_70/_article/-char/ja
11 村上あかね(2023)『災禍の時代の社会学 コロナ・パンデミックと民主主義』東京大学出版会 https://www.utp.or.jp/book/b10031268.html
12 「一般に思いつきというものは、人が精出して仕事をしているときに限って現れる。」ウェーバー、マックス(1919=1936)尾高邦雄訳『職業としての学問』岩波文庫、p24
13 University Research Administrator。「大学などの研究組織において研究者および事務職員とともに、研究資源の導入促進、研究活動の企画・マネジメント、研究成果の活用促進を行って、研究者の研究活動の活性化や研究開発マネジメントの強化を支える業務に従事する人材」(RA協議会ウェブサイトより)
