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オープンアクセスはフェイクニュースを打ち破れるか?

おそらく、誰もが一度は、フェイクニュース(偽りのニュース)の犠牲になったことがあるのではないでしょうか。たとえば、米大統領選挙戦の終盤3ヶ月、フェイスブックは、ニューヨークタイムズ、ハフィントンポスト、ワシントンポストなど他のニュースソースと比べて、かなり多くのフェイクニュース情報源となっていたといいます。この選挙の行方を決する重要な時期に、デマ情報サイトの選挙に関わる話が、8,711,000回もシェアされていたのです。

研究者にとっても、フェイクニュースは無関係ではありません。今、フェイクニュースは収束に向かうどころか、さらに読者の注目を集める方法を探ろうとしています。フェイクニュースは、たとえば新薬の開発や気候変動など、学術的な研究課題をも標的にし始め、すでに、膨大な回数、クリックされ、シェアされているのです。

また、偽りの情報を出版する捕食出版(著者から掲載費用を得る目的で、適正な査読を行わずに論文を掲載すること)が、近年増加しており、2016年の時点で学術ジャーナルの25%が捕食出版であったとみなされています。捕食ジャーナルも、一種のフェイクニュースです。

フェイクニュースとの戦い

フェイクニュースは単に厄介なだけでなく、科学に対する公共の信頼そのものを低下させます。これは、教育や科学リテラシーがいまだ低い発展途上国で、とくに顕著です。デジタル時代となり、ソーシャルメディアのプラットフォームを経て、ほとんどのニュースにアクセスできる今日、科学教育とメディアリテラシーが強く求められているといえます。

ツイッター、インスタグラム、フェイスブックなどの主要なソーシャルメディアにとって、フェイクニュースの蔓延に対処することは容易なことではありません。これらのプラットフォームを使ってニュースにアクセスする人は、とくに格別の注意を払い、情報の信憑性を疑ってかかる必要があります。

Inoculating the Public against Misinformation about Climate Change(仮訳:気候変動に関する誤情報に対する予防対策)」と題された研究では、フェイクニュースや誤情報の広がりが、ウイルスにたとえられました。この研究においては、2つの現象が強調されています。参加者に、フェイクニュースと科学的情報を提示した場合、参加者はフェイクニュースの方を信じる傾向があること。次に、そのフェイクニュースに警告を付した場合、こちらを信じる確率が大きく減少したことです。

オープンアクセスはフェイク対策の解決策

問題の1つの解決策は、真の科学へのオープンアクセスを普及させることです。たとえば、2016年8月、NASAは、NASA PubSpaceと呼ばれる一般人のための論文ライブラリーを開設すると発表しました。このデータベースを利用すれば、第三者の介入なく、研究論文にアクセスすることが可能です。

ScienceMattersという出版社も、一般の人々が研究論文にアクセスするためのプラットフォームを構築しています。また、大手出版社Natureは、ほぼすべてのテーマをカバーし、各分野の専門家が主催するニュースセクションを運営しています。

オープンアクセスをポリシーとするビル&メリンダ・ゲイツ財団も、オープンアクセス運動を支援しています。オープンアクセス運動は、科学的知識は誰でもアクセス可能なものであるべきという信念に基づき、人々が、コストをかけず、できる限り多く真の研究論文にアクセスできることを目指すものです。

科学とジャーナリズムは、事実とフィクションを区別するという、同じゴールを目指しています。世界各国が推進している開かれた科学研究、すなわち「オープンサイエンス」は、フェイクニュース問題の有力な解決策となる可能性があります。

研究者にできること

さらに、研究成果がオープンアクセスによってより広く公開されることを支援したいと望むなら、研究者個人としても、以下のようなことができます。

1.会話に積極的に参加し、オープンサイエンスを広める。
2.研究の再現性について基礎を固める。
実験データを公開することにより、科学への理解が広がり、信頼できる情報の普及が、より現実的なものとなる。
3.小さなことでもシェアする。
オープンアクセスは、大量のデータを公開することだけでなく、ツールや技術を共有することも含んでいる。
4.創造を促進する意識を持つ。
研究データは、人々や科学界に恩恵をもたらすはずであり、公費を投じて行われた研究結果であれば、一般の人に伝える必要がある。
5.常に最新の情報をキャッチアップしておく。
オープンデータの共有ツールとプラットフォームは日々進化しているので、常に最新情報を入手するよう努める。

フェイクニュースは、明らかに望ましくないものです。とはいえ、人々がフェイクニュースのわなに陥らないようにするのは、実際には容易ではありません。研究者も「私は大丈夫。だまされない」と思って何も行動しないでいるのではなく、オープンサイエンスの普及に積極的に関わり、一般の人が真の情報にアクセスしやすい環境づくりに貢献していきたいものです。

こんな記事もどうぞ
エナゴアカデミー:ビル&メリンダ・ゲイツ財団、オープンアクセス促進に注力

参考記事
OpenLearn: How can scientists fight the tide of “fake news”?
Future Society: Free Science Could Be the Answer to Our “Fake News” Epidemic
naturejobs: Five things you can do today to make tomorrow’s research open


オープンアクセス

今、人気のオープンアクセスジャーナルは

出版界の オープンアクセス 化は、学術研究の知名度と影響力を高めると同時に、学術界でタイムリーに知識を広めることに役立っています。2015年に国際STM出版社協会が発表した報告書『The STM Rreport』によると、2014年には、英語で書かれている査読付き学術ジャーナルは28000誌以上、英語以外の言語で書かれている査読付き学術ジャーナルは6400誌以上ありました。そして、オープンアクセスジャーナルのディレクトリを提供するサイトDOAJ(Directory of Open Access Journals)上のオープンアクセスジャーナルの数も、増加の一途をたどっています。123におよぶ国の論文が掲載されており、英語で書かれているのが7245誌、英語以外の言語で書かれているのが2845誌。学術誌のオープンアクセス化が英語圏以外の国々にも急速に進んでいることは明らかです。

このようにオープンアクセスジャーナルの数が増えてくると、それぞれのジャーナルの性質や影響力を多面的に比較・評価することが重要になってきます。そのための指標として、最も一般的に使用されてきたのはImpact Factorですが、研究者はSJR(SCImago Journal Rank)も参考にして、自身の研究分野に最適なジャーナルを選択しています。ここでは、主な分野ごとによく引用されるオープンアクセスジャーナルを、SJRの指標に基づきリストアップしてみました(下図)。

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上の図には、2016年のSJRに掲載された3780誌の中から引用スコアの高かった代表的なオープンアクセスジャーナルの名前と、それぞれの分野におけるオープンアクセス論文の割合「オープンアクセス・アウトプット(OA Output)」を示しています。このOA Outputは2016年のSJRデータを元に算出されたもので、該当分野の論文総数におけるオープンアクセス論文の割合を示しています。全体では13.75%、図中の各分野のOA Outputはそれぞれ、生物化学・分子生物学25.41%、物理・天文学10%、経済・金融7.47%、化学8.86%、社会科学11.1%、工学5.29%となっています。

膨大な数のジャーナルが刊行され、オープンアクセス化も進む中、分野が細分化されていることも相まって選択肢は拡大するばかり。論文の投稿先を選出するのは至難の業です。今回紹介したSJRのランキングや、最適なジャーナルの候補を探してくれるサービスなども存在しますので、利用してみてはいかがでしょうか。

※ 各ジャーナルへのリンクはこちら

生物化学・分子生物学
Genome Biology
Molecular Systems Biology
Cell Reports
Nucleic Acids Research
Nature Communications

物理・天文学
Living Reviews in Relativity
Materials Today
Physical Review X
Nature Communications
Living Reviews in Solar Physics

経済・金融
Theoretical Economics
Quantitative Economics
Judgment and Decision Making
ClinicoEconomics and Outcomes Research
Economics and Sociology

化学
Nature Communications
IUCrJ
Redox Biology
Structural Dynamics
Journal of Cheminformatics

社会科学
Morbidity and Mortality Weekly Report
Scientific Data
Living Reviews in European Governance
Biology of Sex Differences
College and Research Libraries

工学
Materials Today
Frontiers in Neuroinformatics
The Open Bioinformatics Journal
APL Materials
European Physical Journal C

 


2017年に学術界を揺るがした衝撃的事件(前編)

どんな年にも事件は発生しますが、中でも2017年は、学術界を揺るがす衝撃的な事件がいくつも起きた年でした。訴訟、ボイコット、辞任……。1年を通して、研究者と学術出版界の関係に大きな影響を与える事件が多数発生しました。2017年に学術界を騒がせた注目すべき事件を、前編・後編に分けて振り返ってみます。

■ 海賊版論文サイト「サイハブ」訴訟

「サイハブ(Sci-Hub)」は、公式出版社のサイト以外から学術論文を無料で閲覧できる、いわゆる「海賊版論文公開サイト」です。2017年6月、サイハブは、大手学術出版社エルゼビアが起こした訴訟に敗訴し、やはり論文を違法に無料で入手できるサイト「ライブラリー・ジェネシス(Library Genesis/LibGen)」などとともに、著作権侵害の損害賠償として1500万ドルの支払いとウェブサイトの閉鎖を、ニューヨーク州地方裁判所に命じられました。

同年11月3日には、米国化学会(ACS : American Chemical Society)がバージニア州の地方裁判所に起こした訴訟にも敗訴し、480万ドルの損害賠償の支払いを命じられました。また、この判決には、サイハブに協力する運営会社、ドメイン登録・検索エンジンやプロバイダーなどのインターネットサービスに対し、サイハブへのリンクやアクセスをブロックすることが可能となる差止め命令も含まれました。

もともと、ACSは、積極的にリンクを貼るなどユーザーをサイハブに結びつけることの禁止を求めていましたが、検索エンジンやプロバイダーへの措置までは求めていませんでした。実際、ISPが積極的にサイハブに協力していたわけではないことから、検索エンジンやプロバイダーにサイハブへのアクセスを禁止することまでは必要ないと考えられていたのです。しかし、バージニア州地方裁判所は、多くのインターネットサービスに影響を与える全面的差止めを命じました。

結果として、2017年11月、少なくともサイハブの4つのドメイン(sci-hub.cc, sci-hub.io, sci-hub.ac, aci-hub.bz)は恒久的に閉鎖されました。もっとも、ツイッター上では、サイハブのドメインがまだ使用されているようですし、サイハブ自体は、アメリカの司法の力が及ばないロシアのサーバーで今もサービスを提供し続けています。

この差止め命令に納得していないプロバイダーやユーザーもいます。日米欧の大手コンピューター企業/通信会社で組織する業界団体(CCIA: Computer&Communications Industry Association)が差止め命令への異議を唱えましたが、裁判所は応じませんでした。今後、この差止め命令に対して異議申し立てを行う団体がさらに出てくるかもしれません。グーグルなどのISPがサイハブへのアクセスを削除することへの懸念の1つとして、インターネット上で混乱が生じる恐れがあります。ユーザーがこの差止め命令を知らない場合があるからです。そして、インターネットの中立性が損なわれることも危惧されます。

このサイハブへの判決および差止め命令が今後、学術界にどのような影響をもたらすか、注目されます。

■ ドイツの主要学術機関、エルゼビアとの契約交渉決裂

ドイツの大学を含む学術機関が、大手学術出版社エルゼビアが発行する雑誌を購読できなくなったという出来事がありました。

大学などの教育機関による学術データベースへのアクセスを巡る議論は、今に始まったことではありません。学術機関は、論文を入手するために出版社に高額な購読費を払わなければならないことに抗議し続けてきました。年間1000ドル、あるいは必要なジャーナルが増えればそれ以上の購読費を何十年も支払い続けることは、学術機関にとって大きな負担です。抗議の末、多くの大学は、学術出版社エルゼビアとの購読契約の更新を見送る策を取り始めました。エルゼビアとドイツの大学との契約交渉は決裂し、約200の大学や研究機関が、エルゼビア発行のジャーナルに掲載された論文へのアクセスを、失ったのです。

ドイツの大学や研究機関が結成したコンソーシアムProjekt DEALは、2016年、大学や研究者らのために、全ての大手出版社とライセンス契約を全国規模で締結することをめざして、交渉を開始しました。しかし、いくつかの出版社との交渉は成立したものの、エルゼビアとの2年にわたる交渉は中断されました。この結果、交渉に関わったすべての学術機関が、エルゼビアのジャーナルへのアクセスを失ったのです。

エルゼビアにオープンアクセスを求める動きは、ドイツにとどまりません。何千人ものフィンランドの研究者らが、2016年11月以降、エルゼビアをボイコットしています。

エルゼビアとの交渉が成立しない限り、ドイツの学術機関は、ほとんどのジャーナルへアクセスすることができません。これは、世界の学術界にとっても痛手です。ドイツの問題を先延ばしにすることは、将来、他の国でも同様の問題が生じるかもしれないことを意味しています。論文を読むために高い購読料を支払わなければならない研究者にとっては、研究論文の購読が一層困難となり、科学あるいは学術上のイノベーションを減退させることにもなりかねません。ドイツの学術機関は、ジャーナル購読料の負担軽減を切望しています。しかし、そうなれば購読料が主な収入源である学術出版社は、行き詰まってしまいます。互いに譲れぬ局面にいることは確かです。

もっとも、この流れは、研究者が新しい出版システムを構築する動きにつながる可能性を有しています。研究者が特に興味を持っているジャーナルのオープンアクセス化は、研究活動のリテラシー向上の潜在性を秘めており、ビジネスモデルを根本から変えるかもしれません。
この事件がいかなる結末を迎えるとしても、学術出版界が岐路に立っていることは、疑いないと言えるでしょう。

 

こんな記事もどうぞ

エナゴ学術英語アカデミー:
米国化学会、海賊版論文サイト「サイハブ」に勝訴
エルゼビア社、海賊版論文サイトに裁判で勝利したが…
海賊版論文公開サイトは学術出版モデルを変えるのか

参考記事

enago academy:
More German Universities Cancel Elsevier Contracts
Elsevier’s Open Access Controversy: German Researchers Resign to Register Protest
completemusicupdateAmerican: web-blocking injunction unlikely to result in any web-blocking
torrentfreak: Sci-Hub Loses Domain Names, But Remains Resilient
sciencemag: Elsevier journals are back online at 60 German institutions that had lost access

 


ResearchGate 170万本の閲覧制限から見える著作権問題

2017年11月、科学者・研究者向けのソーシャル・ネットワーク・サービス「ResearchGate」が、エルゼビアやワイリーといった複数の大手出版社の申立てに応じ、オンラインに掲載していた約170万本の論文へのアクセスを制限するという処置を講じた、と報じました。学術ジャーナルに掲載された論文を誰もが無料で見られるようにしようという、オープンアクセスへの追い風が強まる中で発表された今回の措置。ResearchGateに何があったのか。著作権問題について考えます。

■ 何が問題なのか?

ResearchGateは2008年にボストンで設立、現在はドイツのベルリンに本部を置く営利団体で、1400万人以上の会員を有する世界最大級の学術ソーシャルネットワークを運営しています。世界有数の金融機関ゴールドマン・サックス、医学研究支援などを目的とする公益信託団体ウェルカム・トラストをはじめとした団体や、ビル・ゲイツ個人による出資を受けていることでも知られています。

ResearchGateのサイトは科学者・研究者向けのFacebookとも呼ばれており、会員は論文や要約等をアップロードして共有したり、他の研究者をフォローして最新の研究成果を確認したりできます。近年、このようにネットワーク上に論文を公開して共有するオープンアクセス化が、急速に拡大しました。研究者らが、時間や費用をかけずに必要な論文を自由に入手できるようになることを切望し、それを可能とする技術が発展することで、オープンアクセス化が進んでいるのです。

しかし一方で、従来であれば学術ジャーナルを買わずには読めなかった論文を無料で入手できてしまうわけですから、発行元である出版社にとっては、経営の危機に立たされると言っても過言ではありません。こうして、出版社に対する著作権侵害が問題となってきたのです。このような状況の中、ResearchGateは著作権侵害や責任ある共有を求める出版社連合(Coalition for Responsible Sharing: CRS)との協定違反を理由に、厳しい監視下に置かれることになったのです。

■ 著作権侵害の申立て

2017年9月、国際STM(Scientific, Technical, Medical)出版社協会がResearchGateで増え続ける論文共有に懸念を示し、論文の公開/非公開を判定するシステムの導入を提案しましたが、ResearchGateはこれを受け入れませんでした。そこで、著作権を有する出版社は、ResearchGateに対して、著作権を侵害している論文の削除を求める通知を送付することにしました。大手出版社5社(ACS、Elsevier、Brill、Wiley、Wolters Kluwer)が設立した連合であるCRSは、10月初めからResearchGateに対して著作権を侵害する掲載論文の削除通知を送り、この求めに応じた形で、ResearchGateはサイトからの即時ダウンロードをできないようにしたのです。

CRSによれば、同サイト上では、出版社が著作権を有する論文約700万本が自由に閲覧できる状態で公開されていたということです。2017年10月、CRSに参加している米国化学会(ACS)とエルゼビアはついに、ResearchGateに掲載されている論文の著作権の正当性を明らかにするため、ドイツの地方裁判所に訴訟を起こしました。裁判の結果によって、ResearchGateはオンライン上の掲載論文を削除するか、損害賠償を支払うことになるでしょう。

■ 著作権侵害が浮き彫りにしたのは――

ResearchGateが、少なくとも170万本の著作権侵害に該当する論文へのアクセスを制限したことにより、研究者達は論文をオンラインから自由に入手することができなくなりました。これはつまり、著者に論文の提供を直接求める必要に迫られるということです。論文を提供するかしないかは、著者自身の責任で判断されることとなるのです。

CRSの広告担当者であるJames Milne氏は、ResearchGateが200万本近くの論文へのアクセスを制限したことは前向きな一歩であるとしつつ、それでもなお、研究者以外からのアクセスを防ぐには十分ではないと述べています。今後は、ReserachGate以外の他のプラットフォームにおいても、論文共有に対するセキュリティ対策が強化されるかもしれません。実際、今までもオープンアクセスにおける著作権侵害は問題視されてきました。エルゼビアは、2013年に論文共用サイト「Academia.edu」に対し、2800通の掲載論文削除通知を送りつけています。また、ACSとともに海賊版論文サイト「Sci-Hub」を提訴することも行いました。

オンラインアクセスにおける著作権侵害の問題から明らかになってきたのは、学術出版業界における論文の適正な使用許可契約の欠如です。これまでは学術ジャーナルが論文の発表場所としての地位を確立してきましたが、オープンアクセスの台頭により、ビジネス・モデルそのものを考え直さざるをない状況です。出版社は近い将来、出版社と著者(研究者)双方の公平性を保ちつつ、購読料の確保とオープンアクセスの推進という相反する課題への対策を両立させる必要がありそうです。

■ オープンアクセスに向けた新しい試み

学術出版社がこれからの論文発表のあり方を模索する中、オープンアクセスの流れは止まりません。新たな動きをいくつか紹介しましょう。まずは「Free the Science」という試みです。これは、非営利団体である電気化学会が、長期的なビジョンに則って、学術研究の情報交換に斬新な変化をもたらそうとするものです。その他に、アムステルダム大学の歴史学者Guy Geltner教授が率いる非営利の学術ネットワークであるScholarlyHubも知られています。こちらは研究者が自身の手で構築したプラットフォームに論文を掲載するという仕組みになっています。

このように、オープンアクセスにおける著作権問題は存在するものの、学術研究の情報交換を促進しようとする新しい試みも広がりつつあります。CRSの見解に賛同する研究者もいれば、オープンアクセスを歓迎する研究者もいます。今後、どう変化していくのか。少なくとも学術出版社は、大きな転機を迎えていると言えるでしょう。


#168_European-Commision

オープンアクセス推進に欧州も参戦

2017年3月、欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会(European Commission; EC)が、ある発表を行いました。内容は、オープンアクセス出版について。誰でも最新の研究成果を無料で見られるようにする、という世界で話題の出版プラットフォームを、ECも設立しようかというのです。学術出版界に大きな影響を与え得るこのオープンアクセスとは何なのか、その可能性にあらためて迫ります。

■ 欧州委員会がオープンアクセスへの参入を検討

ECは、EUにおける法案の提出や政策の遂行・運営、法の順守、基本条約の支持など、連合の日常の運営を担っています。その傍ら、巨額の科学研究費を研究機関に提供しており、支援した学術研究の無料公開を促すことで、学術界にも影響を及ぼしてきました。

かねてよりオープンアクセスの方針の策定に関わるプロジェクトを助成してきましたが、2016年5月に開催された会合ではEUの「競争審議会(科学、イノベーション、貿易、産業に関わる欧州の大臣たちの会合)」が公式文書を発行し、欧州のすべての科学記事を2020年までに無料でアクセス可能とし、さらに公的に支援された研究で得られたデータを公開・共有することで再利用を可能とすべき、との合意に達したことが記されています。

そして2017年3月、ECが上述の通り、オープンアクセス出版に関する方針を発表しました。ECは年間100億ユーロ以上を研究費として支援していますが、同様に学術研究を支援する「ウェルカム財団」および「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」の出版モデルを採用し、ECが助成した研究者が欧州内でオープンアクセス出版に移行するのを加速させようとしています。

■ 社会はオープンアクセスを求めている

学術出版界でオープンアクセスの動きが加速する反面、出版業界はこの動きをあまり好意的に受け止めていません。査読を受けていない学術論文でも公開してしまえるオープンアクセスは、最新の科学情報を無料で閲覧できるようにしてしまうため、購読収入を得られなくなる大手出版社にとっては非常にやっかいなのです。権威ある有名なジャーナルでの論文出版にこだわる研究者も一部にいるとはいえ、出版までの手続きに時間と手間をかけずに済むことに意義を感じる研究者や、高額な購読料を払えない研究者が多いのも現実です。

そうした現状もあり、オープンアクセスを推進する動きが拡大しています。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、学術成果をオープンアクセス化するためのプラットフォーム「 Gates Open Research」を、2017年後半に公開するとしています。財団の支援を受けたすべての学術・科学研究がオープン化の対象となり、研究者は、論文評価サイトF1000(Faculty of 1000)が管理するこのプラットフォームを用いて速やかに論文を公表し、相互評価を得ることができます。

ウェルカム財団もゲイツ財団同様に、財団が資金提供した研究の成果として発表された論文を条件付きで無料公開するよう求めてきましたが、2016年11月に同財団の助成を受けた研究論文を公開するプラットフォームとして「Wellcome Open Research」を立ち上げました。このプラットフォームでも論文は即座に評価され、研究者は専門家からの建設的なフィードバックを得ることができるようになっています。公開から9ヵ月後(2017年8月22日時点)には、出版された論文数が100を超えたと発表しています。

■ 研究者に大きなメリット

20年以上前から話題になり、それを可能にするインターネット技術が既に存在するにも関わらず、いまだに論文公開の一方法として定着しないオープンアクセス。前述のような高額な研究支援を行う団体が、既存の出版のあり方とは異なる新たな方法に踏み出すことは、大きな変革と言えるでしょう。

研究支援する側は、資金提供した研究の結果をいち早く公開し、多くの人に見てもらえる。投稿する側は、査読にかかる時間が短縮されることで、研究論文への評価を迅速かつ効率よく得られる。発表から時間を空けずにPubMed(オープンアクセスの一つ)のようなデータベースに執筆論文が登録される。このように、オープンアクセスは支援者および研究者双方にメリットをもたらします。さらに、公開後も論文の再編集が可能な上、査読も実名で行われるため、透明性も確保されます。ソフトウェアの研究のように従来のジャーナルでは受理されにくかった内容も、オープンアクセスであれば公開可能です。伝統的な科学的分野では受け入れられにくかった分野の研究にも、門戸が開かれているのです。

■ どう出る出版社……

ウェルカム財団、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、そしてEC。これらは研究支援実績の大きさから、三大科学研究助成団体と呼ばれています。その3つの団体すべてが、そろってオープンアクセス出版を推し進める昨今、この流れを止めることは、もはや不可能に近いように思えます。

これがもたらす効果として、他の研究支援団体もオープンアクセスを促進することが予測されます。しかし既存の学術出版社が黙っているでしょうか。逆風と言える状況で、彼らはどうふるまうのか。学術出版社とオープンアクセスの攻防の行方は……。私たちは今、学術界史上、重要な転換点に立っているのかもしれません。

 


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米国化学会、海賊版論文サイト「サイハブ」に勝訴

本連載でもお伝えしてきたように、「サイハブ(Sci-hub)」というウェブサイトでは、出版社のサイトでは有料でしか入手できない論文のPDFファイルを、誰でも簡単に無料でダウンロードすることができます。ジャーナル(学術雑誌)の購読料が高騰し、論文を手に入れにくくなったことに業を煮やした研究者アレクサンドラ・エルバキャンが2011年に開設したものです。多くの研究者に重宝されてきた反面、学術出版社などからは訴訟を起こされるなどされてきました。

世界最大の学会で、多くのジャーナルを発行する「米国化学会(ACS: American Chemical Society)」は今年6月、バージニア州の地方裁判所でサイハブを提訴しました。11月3日、バージニア州の地方裁判所はサイハブに対して、著作権侵害と商標違反の損害賠償として480万ドルを同学会に支払うよう命じました。サイバブ側はこの裁判に出廷しませんでした。

最近のある研究では、サイハブには、世界の学術論文約8160万件のうち69%、米国化学会のジャーナルのコンテンツのうち98.8%が含まれている、と推定されました。

サイハブは学術出版大手エルゼビア社に著作権侵害で訴えられて、ニューヨークの裁判所から1500万ドルを損害賠償として払うことを命令されたこともあります。

米国化学会は声明文で「この判決は著作権法と出版産業全体の勝利である」と述べたうえで、サイハブとの「アクティブな提携や参画」をしている人々には、同学会の著作権で保護されたコンテンツや商標の不正使用に対する差し止め命令が出されることをこの判決は意味する、と説明します。つまりサイハブだけでなく、検索エンジンやサービスプロバイダなどにも適用される可能性があるということです。同学会はこれが執行されるよう動き始めているといいます。

この裁判所命令に実効性はあるのでしょうか? サイハブは閉鎖されるか、あるいは誰も検索エンジンでたどり着けなくなるのでしょうか?

ネイチャー・ニュース』では、知的財産の専門家が「アクティブな提携や参画」には解釈の余地があること、一般論としてはアメリカの裁判所は裁判に参加していない人々や団体に命令を出す権限は持っていないこと、しかし連邦規則(US federal rules)は禁止を命令された側と積極的に関係している者に対しては命令が及びうること、などを指摘しています。

サイエンス・インサイダー』では、別の専門家が、この判決は政府による検閲に第三者が関与を求められる前例になる可能性を指摘しています。

コンピュータ通信産業協会(CCIA)は「法廷助言書」を裁判所に提出して、プロバイダと検索エンジンへの命令を、エルゼビアによる訴訟でも米国化学会による訴訟でも、その訴えから除外するよう求めていました。この意見は前者では裁判官に取り入れられましたが、後者では却下されました。

なお同学会の広報担当者は、この判決は検索エンジンには適用されず、サイハブに「積極的に参加している団体」にのみ適用される、と『サイエンス・インサイダー』にコメントしています。

エルバキャンは今のところどのメディアにもコメントしていないようです。

サイハブは別の訴訟で閉鎖を命じられたこともあるのですが、アメリカの裁判所の命令が及ぶのは同国国内に限定されるため、ロシアのサーバーで運営しているサイハブはサービスを続けています。今回の判決でどうなるかはわからない、という意見もあるようですが、自由を重視するインターネットの世界では、その運営を止めることは不可能だろう、という推測もなされています。

もしサイハブが利用不可能になったら、高価な購読料を払うことのできる研究機関に所属していない研究者、とくに新興国の研究者に深刻な影響が出る可能性があります。そうした研究者もサイハブを必要とせず、論文、つまり公開された研究成果を自由に利用できるような情報環境があることが理想ではないでしょうか? しかし、現状はそうではないのです。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


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ディエゴ・ゴメスの悲劇―著作権と学術発展の狭間で

著作権法とは「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」(著作権法第一章 総則、第一節 通則、第一条 目的より)として制定された法律です。内容は概ね多くの国で同じで、著作物および著作者の権利を守っています。

著作権の保護は著者および出版社にとって重要ですが、研究者の間では科学の発展への貢献ならびに後続の育成のために、データや研究論文を含めた情報の共有化が図られています。そんな中、コロンビアで「論文をインターネットに共有したことで投獄」という訴訟問題が起きたのです。

■ コロンビアの大学生に起きた悲劇

コロンビアの大学院生(生物学部)のディエゴ・ゴメス(Diego Gomez)は、論文を「共有」したことにより、投獄されるかもしれない事態に陥りました。両生類(カエル)の生態学の研究を行っていたゴメスは、ある科学者の論文が保全生物学の研究に有用だと考え、インターネット上で文書を共有するサービスScribdにアップロードしたところ、2013年、論文の著者に著作権違反で訴えられていたことを知りました。有罪判決が出た場合、8年間の禁固刑と罰金が課せられるという裁判の始まりです。

コロンビアには学術情報を共有するシステムがないため、ゴメス自身、論文へのアクセスが難しいことを痛感しており、他の研究者にも情報を共有したいという思いからの行動でした。コロンビアには著者の権利に関する例外や出訴期限はあるものの、デジタル化に対応したものにはなっていませんでした。

悪意の有無と経済的損失が証明されれば、著作権侵害と判断されかねません。ゴメスの目的は学術情報の共有であったため悪意があったとは考えづらく、またゴメスが問題の論文をウェブに掲載した時点では無料ダウンロードが可能でしたが、後になってサービスが有料になっているのに気づき、掲載を取り下げているので、経済的利益を得ているとも思えません。

論文のオープンアクセスを推奨する研究者は増加しており、ゴメスの情報共有は犯罪ではないと見なす人が多いと考えられます。実際、コロンビアの人権団体であるKarisma財団と電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation: EFF)やクリエイティブ・コモンズ(Creative Commons)は、ゴメスを擁護しています。EEFは、教育、イノベーション、世界の科学の発展のためにオープンアクセスは必須との前提に立ち、著作権法は知識と文化を広げる情報へのアクセスを促進するべきものであるため、そのような動きを阻害する状況にある国は法を改定すべきである、と述べています。

■ 研究の促進か、著作権の侵害か

ゴメスの著作権侵害のケースは、科学界でデータを共有する必要性と著作権侵害を防ぐ必要性との狭間で起きた出来事と言えます。研究論文の利用を促進するサービスであるKudosの最近の調査によれば、調査回答者の57%が、著作権の縛りがあるにもかかわらず、学術共同ネットワークであるSCN(Scholarly Collaboration Network)*1に研究成果を掲載し、66%がこのような研究者のためのネットワークを利用していると答えています。同時に、83%が出版社あるいはジャーナルの著作権法を順守し、方針に従うべきだと考えていることも示されました。このような研究者の要望に応じて、研究者が合法的に研究論文を共有できるようにしている出版社もあります。

ゴメスのケースは、論文を共有したことで刑務所送りになるとは考えづらいことから注目されましたが、この訴訟により、世界中で情報共有をできるようになった時代における著作権のあり方と、学術情報の共有による研究の促進という、相反する二つの問題が浮き彫りとなりました。科学者が研究を進める上でデータの共有は不可欠とされる一方、著作権法を順守することももちろん重要です。従来の紙媒体を念頭に商業的な視点から書かれている著作権は、現代の研究者が置かれている状況にマッチしづらくなっているのです。

*1 SCNs (Scholarly Collaboration Network)
Academia.edu,ResearchGate,Mendeleyなどの登録制の研究者向けネットワークサービスで使用されるプラットフォーム。世界の学術商業出版社で組織されるSTM協会が、SCNsでの論文共有における自主的な原則案「Voluntary principles for article sharing on scholarly collaboration networks」をまとめている。日本語でも「学術共同ネットワーク(Scholarly Collaboration Networks)における論文共有に関する自主的原則(2015年6月8日改訂)」が公開されている。

■ 求められる研究倫理

4年にわたる審査の結果、2017年5月24日、ディエゴ・ゴメスに無罪判決が言い渡されました。しかし検察官はこの判決に対して上告しており、すべて解決とは言えないようです。ゴメス本人は「この訴訟は、国にとって非常に重要な判例です。便益を得るためではなく、純粋な学術目的で情報を共有するための前例となるでしょう」と発言しており、今回の判決が学術界におけるスタンダードとなるのか、今後も注視されます。

研究者同士がオンライン上で論文を共有することで、出版社は購読料の減少という厳しい現実に直面するかもしれません。しかし多くの研究者は、情報がネットワーク上で共有されることが望ましいと考えています。ゴメスの訴訟に際し、「学術出版は国際的にオープンアクセス化されるべきだ」との支援メッセージが多く発せられたことからも、研究者が求める方向は明らかです。

インターネットの爆発的な普及により、著作権の適用範囲は見直されるようになってきています。日本では著作権法改正案が2014年4月に成立し、「電子出版権」が創設されました(2015年1月1日施行)。これにより、出版社は著者に代わって海賊版を差し止める請求ができるようになりましたが、デジタル化のあまりのスピードに、法律は後から付いていくのが精いっぱいです。
情報の即時的な共有が学術と文化の発展に寄与する半面、著作権問題に加えて、デジタルであるがゆえに可能になった盗用や剽窃など、研究倫理も新たに問われる時代になりました。研究者側の注意と対策も必要となっています。


<参考記事>
Electronic Frontier Foundation: Colombian Student Faces Prison Charges for Sharing an Academic Article Online
STAT: For sharing a scientific paper, a young researcher faces jail time
Newsweek: COLOMBIAN STUDENT FACING PRISON FOR SHARING RESEARCH PAPER ONLINE

こんな記事もどうぞ(エナゴ学術英語アカデミー)
オープンアクセス急拡大中―今後の動きは!?

 


オープンアクセス急拡大中―今後の動きは!?

ほんの十数年前まで、学術研究論文の出版は紙媒体が主で、デジタル化されたコンテンツを読むことなど想像すらできませんでした。しかし、近年のICT(情報通信技術)の急激な進歩により、私たちは世界のどこからでも学術情報を入手することが可能となり、それに伴って、学術論文のオープンアクセス化も急速に進んできました。

■ 16年で世界に波及

オープンアクセス化とは、公開された学術研究論文をインターネット上で誰でも自由に、無料で閲覧できるようにすることです。オープンアクセスに向けた動きは、2001年にハンガリーで本格化しました。社会正義・教育・公衆衛生・メディアの独立を国際的に助成する組織であるオープン・ソサエティ財団(Open Society Foundations: OSF)が、ハンガリーで主催した会議でブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴ(Budapest Open Access Initiative: BOAI)を採択し、翌年にBOAIを文書化して公開したのです。これによりオープンアクセスの定義と方向性が示され、世界各国で拡大することとなりました。

ICT技術の進歩と利用者側の利便性向上とは別に、印刷費・運送費が増加して学術雑誌の価格も高騰するという出版業界側の事情もオープンアクセスの流れを加速させました。
学術界は基本的に、研究成果をオープンアクセス化することを推奨しています。学会や学術誌によってはオープンアクセスを義務化しているケースも見られるほどです。研究者は学会や所属する研究機関、投稿する学術誌の方針に従いつつオープンアクセスを検討し、適切な手段を選択することになります。オープンアクセス化によって情報伝達のスピードが格段に速くなり、世界中で研究成果の公開性が高まり、利便性も確実に向上しているのです。

■ 中南米でも新たな動き

世界中で拡大中と言いつつ、ネット環境に大きく依存するという性質上、発展途上の国におけるオープンアクセスはあまり進んでいないと思われがちです。しかしブラジルではBOAIの前から、研究成果を共有する方法を模索していました。1997年にはScientific Electronic Library Online(SciELO)が学術出版をウェブ上で連携させるプロジェクトを発足させ、学術誌の可視化に力を入れてきました。この動きにチリのNational Commission for Scientific and Technological Research (CONICYT)が追随し、さらに中南米の主要な国々に拡大したのです。

2012年11月には、中南米9か国(アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、エルサルバドル、メキシコ、ペルー、ベネズエラ)がブエノスアイレスに集まり、中南米における学術研究成果のオープンアクセス化をめざすネットワーク組織LA Referenciaを正式に結成することで合意しました。LA Referenciaには今や、140万件以上の記事や学位論文などのデータが収録されています。

さらに、オープンアクセスジャーナルの包括的なデータベースを構築しているDirectory of Open Access Journals(DOAJ)の記事(2017年1月17日付)によれば、2014年3月にDOAJの基準が設定されて以来、中南米およびカリブ海地域から登録された学術誌は916誌。著者責任の明確化や著作権ポリシーに関する課題はあるものの、中南米における国際出版基準に準じたオープンアクセス化の促進と質の向上が進んでいるようです。

 国際機関も動きを推進

中南米のように、国家レベルでオープンアクセスを進めている国々もありますが、公的資金を使った研究成果も幅広く利用できるようにと、国際機関でもオープンアクセス化の動きが広がっています。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関、United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization: UNESCO)も2013年にオープンアクセス政策を発表し、その戦略的枠組みの一環として2013年3月、ジャマイカのキングストンで、第1回Regional Latin American and Caribbean Consultation on Open Access to Scientific Information and Researchを開催しました。この大会にはジャマイカ、西インド諸島およびカリブ海の国々を含む中南米諸国が参加しています。さらに同じ年、ユネスコの主要な研究報告書などを掲載したOpen Access Repositoryを公開し、オープンアクセス化を積極的に進めています。

■ よいこと尽くしに見えるが……

オープンアクセス化の推進という新しい流れは、研究者に大きなメリットをもたらしています。世界中の学術論文を含む情報が自由かつ無料で入手可能になることで、研究者の専門分野における研究の発展に貢献します。また、異なる分野の研究成果や興味のある学術情報も簡単に検索・入手できるようになることで、研究の幅を広げ、分野を超えた連携を可能にします。同時に、研究者が論文をオンラインに掲載することで自身の論文の被引用回数を把握できるようになると共に、論文の披検索数が増加することも期待されます。

よいこと尽くしのように見えるオープンアクセス化ですが、問題も発生しています。ICTの発展に伴うオープンアクセス化で利便性が向上する反面、混在する誤情報を含む膨大な情報に振り回されたり、出版倫理に触発する問題が発生したりと、諸刃の剣にもなり得ます。

著作権の扱いも課題の1つです。オープンアクセス化にあたり、出版社や個人が所有する著作権と折り合いをつけなければなりません。オープンアクセスジャーナルにおける著作権はクリエイティブ・コモンズに準拠していることが基本と考えられますが、研究者が他の研究者から使用許可を得るのを支援するツールなどが必要と考えられます。インターネットへのアクセスをいかに確保するかも大きな課題です。特に地方における接続の安定性とスピードの向上は必須です。デジタル環境の構築は、その国がインフラ整備にどれだけ力を入れるかに大きく影響されるため、一筋縄ではいきません。

■ さらなる普及に向けて

オープンアクセスモデルには、明確な方針や資金、インフラ構築、ICTが不可欠です。またコンテンツを充実させるには、査読も必要ですが、それ以前に世界に向けて研究成果を発信していく研究者がいなくては成り立ちません。登録する論文を増やすには、研究者がオープンアクセスのメリット、オープンアクセスリポジトリへの登載方法、SHERPA-RoMEO[1]によるオープンアクセスにおける出版社著作権ポリシーなどを理解する必要があります。そのための教育や支援も必要となるでしょう。

学術研究におけるオープンアクセスの重要性は世界中で認識されており、この流れが止まることはないでしょう。直面する課題にどう対処していくのか、今後の動きに注目です。

 


注釈[1]  SHERPA/RoMEO:英国のノッティンガム大学を中心に立ち上げられた、オープンアクセスの機関リポジトリプロジェクトSHERPA(Securing a Hybrid Environment for Research Preservation and Access)のうちの一プロジェクト。ジャーナル出版社の著作権ポリシーを集積し、データベース化している。2017年7月時点で2,393出版社が登録され、分析対象となっている。

参考
Enago academy掲載の英文はこちら:Open Access Movement in Latin America


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エルゼビア社、海賊版論文サイトに裁判で勝利したが…

2017年6月21日、アメリカのニューヨーク地方裁判所は、「サイハブ(Sci-Hub)」や「ライブラリー・ジェネシス(Library Genesis/LibGen)」といった、有料の学術論文を無料で入手できるウェブサイトに対して、著作権侵害による損害賠償として1500万ドルを支払うべきだと裁定しました。

本連載でも伝えた通り、ジャーナル(学術雑誌)の購読費が高騰していることにより、論文を入手しにくくなっていることに対して、多くの研究者が不満を抱いています。その1人であるカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、2011年、購読費もパスワードも使うことなく学術論文のPDFファイルを簡単に入手できるウェブサイト「サイハブ」を開設しました。

サイハブは多くの研究者に重宝されていますが、当然のことながら学術出版社はこれに激怒しています。なかでも学術出版最大手のエルゼビア社はサイハブを訴え、2015年11月、ニューヨーク地方裁判所はサイハブに対しウェブサイトの閉鎖を命じました。しかしエルバキャンはサーバーを、アメリカの司法の力がおよばないロシアに移し、現在に至るまでサイハブを運営しています。

今年5月、エルゼビア社はサイハブや、やはり有料の論文を無料で入手できるサイト、ライブラリー・ジェネシスで不正に入手できる論文100件のリストを裁判所に提出し、恒久的な差し止め命令と総額1500万ドルの損害賠償を求めました。

『ネイチャー』(6月22日付)によれば、サイハブで入手可能な論文の版権のうち、最も多くのシェアを占めていたのは、エルゼビア社でした。それにネイチャー・シュプリンガー社やワイリー・ブラックウェル社が続きます。

エルゼビア社の訴えに対して、ニューヨーク地方裁判所のロバート・スウィート判事は、海賊版論文サイトの運営者も代理人もいない法廷で、エルゼビア社寄りの判決を下したのです。しかし、多くの学術ウォッチャーたちは、この判決がサイハブやライブラリー・ジェネシスの運営を止められるとは考えていないようです。実際のところ、7月現在、どちらも利用可能です。エルゼビア社の代理人や出版業界団体は、当然ながらこの判決を歓迎するコメントを各媒体で述べています。

興味深いのは、識者たちの見解です。たとえば2人の識者が別の媒体で、ほとんど同じことを話しています。インペリアル・カレッジ・ロンドンの生物学者スティーブン・カリーは『ネイチャー』で、セント・アンドリュース大学の歴史学者アイリーン・フィフェーは『タイムズ・ハイアー・エデュケーシション』で、それぞれこう述べています。サイハブが人気だということは、学術出版の現状に不満を抱えている研究者がそれだけたくさんいるのだ、と。

また、サイハブについて最初に書かれた学術論文の著者の1人、ゲーテ大学の生物情報学者バスティアン・グレシュアケは、この判決によって、サイハブやライブラリー・ジェネシスを使う人たちはむしろ増え、さらに彼らは同様の「法的に問題のある」サービスを開発するよう刺激されるだろう、と推測しています。実際、「オープンアクセスボタン(Open Access Button)」や「アンペイウォール(Unpaywall)」といった研究論文を入手するためのウェブサービスやアドオン(これらは合法)は、多かれ少なかれサイハブに触発されてできたものだ、と。

さらにスタンフォード大学の教育学者ジョン・ウィリンスキーは、今回の判決はエルゼビア社が公的な資金で行われた研究を「企業資産と私有財産」に変えてしまっていることを意味する、と厳しい評価を下しています。

学術出版社に対する批判は別の形でも現れています。「数学界のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を受賞した数学者を含む著名な科学者たちは、2012年、エルゼビア社が発行するジャーナルの購読料の高さなどに抗議して、同社への論文の寄稿・査読・編集をボイコットするという「学界の春(Academic Spring)」運動を始めました。この運動はオープンアクセスの推進にも広がり、同社を支持しないと表明する宣言への署名運動「知識の代償(The Cost of Knowledge)」となって広がっています。

確かに、サイハブは違法なのでしょう。しかしながら、エルゼビア社をはじめとする学術出版社がこうした研究者たちの不満に対する解決策を提供できていないのも事実なのです。


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


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ビル&メリンダ・ゲイツ財団、オープンアクセス促進に注力

従来、学術研究論文を読むには購読料が必要でした。学術論文にアクセスしようとすれば、お金を払わねばなかったのです。また学術ジャーナルの中には、執筆者が自分の論文を公的にシェアするのを一定期間認めないものもあり、研究論文の共有を阻んできました。これは、多くの学術出版社側にとっては収益を生む重要なモデルですが、研究者側にとっては成果へのアクセスを妨げるものでした。特に資金不足に悩む研究者にとっては深刻な制約であり、先行する研究成果に基づいて進められるような研究においては、後進の研究活動の発展を妨げることになりかねません。

■ 研究成果を制限なく公刊する

近年、前述の有料モデルとは正反対に、無料で学術論文を公開するモデルが普及してきました。オープンアクセス出版です。これはすべての研究者が生産性を上げられるよう、必要なデータへの公平なアクセスを確保するオンラインのジャーナルを指します。このオープンアクセスの流れを支える強力な支援者に、ビル&メリンダ・ゲイツ財団も名を連ねています。この世界最大の慈善基金財団は、” All Lives Have Equal Value”(すべての生命の価値は等しい)との信念のもと、世界中の人々が健康で豊かな生活を送るための支援を行っています。活動の範囲は、世界の病気・貧困の撲滅への挑戦から教育やIT技術に関わるものまで幅広く、学術振興への支援の一環として、オープンアクセスの流れも後押ししています。

ゲイツ財団は2017年1月1日、財団の助成を受けたすべての研究成果が購読料や制約の壁に阻まれないようにとの方針”Bill&Melinda Gates Foundation Open Access Policy”を発表しました。この方針は米国国立衛生研究所(NIH)やWellcome Trust(イギリスに本拠地を置き医学研究支援などを行う団体)などのような学術支援団体の方針にも近いものですが、ゲイツ財団はさらに踏み込んで、研究成果をクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス:インターネット時代のための新しい著作権ルール)のもと、商業目的を含んだ再利用をも制限することなく、公刊することを求めています。この要求は、その公刊物に関わるすべてのデータにも適用されることになります(学術ジャーナルの中には同財団のオープンアクセス方針に対応していないものもあるため、財団の助成を受けた研究者は、それらの雑誌に論文が掲載できないことになります)。

■ 既存のジャーナルにもたらす影響は?

NatureScienceNew England Journal of Medicineなど有名な既存のジャーナルは、オープンアクセスに対応していません。ゲイツ財団の方針に準じれば、こうしたジャーナルがオープンアクセスに参加しない限り、これらの誌面には財団が支援した研究成果を掲載できないことになります。Natureは妥協策として、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの一種で再利用の制限のないCC-BYライセンスのもとでの出版を模索しているようですが、natureブログの記事(201年11月21日付)が言及するように、容易な道ではありません。この問題について財団と交渉を行っているジャーナルもあるようです。

この最近の展開がどこまで学術研究を変化させるかは、時間をかけて見ていく必要があります。ただはっきりしているのは、このゲイツ財団の方針表明により、学術界でのオープンアクセスの運用について、新たな議論の道が生み出されたということです。NIHやWellcome Trustの方針同様に、ゲイツ財団のこの新方針も、研究者のデータアクセスにポジティブな影響を与えることが期待されています。

ゲイツ財団は、その活動の中で、熱帯地域、貧困層に蔓延している寄生虫、細菌感染症といった、いわゆる「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Disease: NTD)」との戦いにおいて、官民協力のもと国際的な共闘をめざすという新たな動きを取り入れました。財団の先見性と行動力にあふれたアプローチが学術界にも浸透するのか、そしてオープンアクセスにどのような効果をもたらすのか、目が離せません。

参考
Enago academy掲載の英文はこちら:Gates Foundation Accelerating Open Access