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学術出版の動向-電子化を出版社の目線で考える

※この記事は「学術雑誌の電子化において検討すべきこと」というタイトルで2015年1月29日に公開した記事ですが、リライトにあたり最新の情報を追記、修正して2021年7月6日に再度公開しました。

近年、学術出版社は大きな変化への対応を迫られています。1990年代から学術雑誌(ジャーナル)の電子化が加速度的に進んだだけでなく、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、様々な学術イベントもオンラインへの移行を余儀なくされてきました。さらに、投稿論文の増加や、出版までのワークフローの効率化、ジャーナルの電子化(オープンサイエンス)の推進など数々の変化に継続的な対処が求められています。今回は、学術ジャーナルの電子化の動向を取り上げてみます。

ジャーナルの電子化がもたらす変化

学術出版社は、ジャーナルを電子化することによって読者層を広げ、知識の共有を促進することができるようになります。さらに、査読・編集過程に要する時間を短縮して出版までのワークフローを効率化することができるだけでなく、動画挿入やハイパーリンクによる誘導など、かつて主流であった紙媒体への印刷形式ではできなかった情報提供も可能になります。印刷・製本、配送といった物理的コストが削減できることも出版社にとってはひとつのメリットです。COVID-19パンデミックは学術ジャーナル出版プロセスの迅速化、電子化を後押ししました。引き続き、学術情報のさらなるオープン化、迅速化、入手しやすさの改善が求められることでしょう。

ワークフローの効率化

従来の学術雑誌は、投稿論文の数が揃わなければ印刷・出版できませんでしたが、電子化によって印刷ページ数の制限がなくなり、出版までの時間を短期化することができるようになりました。一方で、投稿論文の数が増加する中、論文発表の更なるスピードアップを図るため、投稿論文の査読方法や出版課程の管理方法を変えていく必要に迫られています。

学術出版社は、論文の投稿、査読、編集管理といった一連のワークフローをシステム化することで、著者が投稿論文をアップロードしてからのプロセスを早め、公開までの時間を短縮させています。パンデミックが変化を後押しし、学術出版のさまざまな段階に影響を及ぼした一例を挙げると、急増したCOVID関連の論文投稿の査読を急ぐべく、複数のオープンアクセス(OA)出版社がオープンアクセス学術出版社協会(OASPA)の承認のもと、査読迅速化のためのイニシアチブを立ち上げたことが挙げられます。ボランティア査読者に対して、迅速な査読に対応可能な査読者リストに登録し、COVID-19研究に有用なプレプリントを可能な限り迅速に識別することや、迅速な査読を完了することへの同意を求めたところ、多くの研究者が登録しました。出版社に対しては、著者に論文のプレプリントサーバーへの投稿を促すことなどが盛り込まれています。

ジャーナル電子化の拡大

2018年10月に国際STM出版社協会(STM)がSTM(科学・技術・医学)出版界における傾向と出版およびその関連情報に関する情報をまとめた『STMレポート第5版』には、2018年に約300万本の論文が査読付き英文ジャーナル33,100誌で出版され、毎年3.5%の成長率で増えていると記しています。さらに、OAジャーナルの出版も増えており、「今や、事実上すべてのSTMジャーナルがオンラインで入手可能となっており、その結果、ジャーナルの大半の利用は電子的に行われている」と記載しています。実際、オープンアクセス学術誌要覧(DOAJ)に収録されているジャーナルの数は16,463誌にのぼっており(2021年6月現)、今後も上昇する傾向にあると見られています。

査読前であってもCOVID関連の新しい見解をいち早く公開することで治療に役立てようとの動きにより、正式な出版前に論文を投稿するプレプリントサーバーの使用も急拡大しました。さらに最近は、査読前論文の共有プラットフォームとしてのプレプリントサーバーの機能を広げ、Green OA論文をアーカイブする、つまり査読前のプレプリントと査読後の論文の両方を掲載するオーバーレイ公開モデルも登場しています。オーバーレイ学術誌(オーバーレイジャーナル)は、プレプリント論文のアーカイブに重ねて査読の仕組みを持つ学術ジャーナルの出版スタイルで、ジャーナルのウェブサイトに論文を掲載するのではなく、プレプリントサーバー等リポジトリに蓄積された論文へのリンク情報のみを示すものです。このようにOA化はさらなる広がりを見せています。

ファイル形式の多様化

ジャーナルの電子化が進むとともに膨大な数の論文が公開される中、動画や音声、インフォグラフィックなど多様なメディアの活用も広がっています。HTML/ビデオアブストラクト(動画)や音声ファイル、論文の内容を分かりやすく表示するためのインフォグラフィック(画像)を付けることは、投稿された論文の差別化や、論文の内容をより広範な読者に届きやすく、また理解しやすいものにするために役立ちます。出版社は、これらの多種多様なファイルを投稿論文の一部として提出する方法について、投稿規程などに書き記しておく必要があります。

アクセスしやすさの改善

ジャーナルの電子化は、論文へのアクセスのしやすさを大きく改善します。読者は、キーワードやタイトル、著者名、要旨などをオンライン検索することで、効率的に読みたい内容の論文を探すことができます。J-STAGEのような複数のジャーナルや会議録等の刊行物を横断的に検索できるような機能を持ったサービスも有用です。また、論文の根拠となるデータをリポジトリに収録し公開する動きも進んでおり、研究内容の信頼性を高め、再利用を可能とすることにつながっています。

しかし、電子化されたジャーナルが読者からのアクセスを容易にするとはいえ、自動的にGoogleなどの検索エンジンに上位表示されるというわけではありません。新しい読者を獲得してアクセス数を上げるためには効果的なマーケティングが必要です。公開方法が電子化することで、オルトメトリクス(altmetrics)のような従来のインパクトファクター(IF)とは異なる評価手法も普及していますので、それらへの対応も必要でしょう。

学術出版社は、技術革新とともに新しいビジネスモデルを取り入れてきました。読者は、ジャーナルの電子化によって、大学図書館のような施設に出向かなくても情報が入手できるようになったことだけでなく、論文の利用と情報検索の効率化の点で大きなメリットを得ています。
しかしその一方で、年間購読料高騰への不満、オープンアクセスに関する問題、機関リポジトリの利用に関する問題などが生じています。OAを促進するイニシアチブ「プランS」の発行を含め、学術コンテンツの大半をOAで利用しようとする動きは高まっていますが、実現にあたっては依然として議論されています。

そのような状況下、世界的なパンデミックの混乱が学術出版に予想以上の大きな変化を促すこととなりました。ひとつ確かなのは、アフターコロナでも学術出版が「従来」の状態に戻ることはなく、学術出版における電子化への流れが留まることはないということでしょう。

これらの問題がどのように解決されるのか、引き続き要注目です。


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