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アカハラ研究者、5億円相当の助成金が取り下げに

昨今ニュースになることの多いパワハラ。学術界の場合はアカデミックハラスメント(アカハラ)と呼ばれているようです。今、ひとつのアカハラ事案が注目を集めています。イギリスを本拠地とする医学研究支援等を目的とする公益信託団体ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)が、ある研究者の助成金を取り下げる事態に至ったのです。学術界のアカハラに対する姿勢とは……。

■ 助成事業における不正行為等への対応

一般的に、研究助成金を申請・受領した研究者に何らかの不正行為があった場合、助成金申請を取り下げる、または助成金支給の中止または返還などの処分をとることが規則で定められており、募集要項にもその旨が記載されています。論文の捏造や改ざん、剽窃・盗用が不正行為に該当するのはもちろんですが、近年は、研究倫理に求められる範囲が研究環境にまで拡大されるようになってきました。そのひとつが、アカハラ対策です。ウェルカム・トラストは、2018年5月3日に新たな倫理規範”Policy on bullying and harassment”を発表し、研究環境におけるハラスメントも許されないという姿勢を明確にしました。

そして、この新規範がロンドン大学癌研究所(Institute of Cancer Research:ICR)の研究者に初めて適応され、注目されることとなりました。

■ 優秀な研究者によるアカハラ

ICRに勤務していたNazneen Rahman博士は、2016年に医学界への貢献を認められ、大英帝国勲章(CBE)を受勲。ICRでは、遺伝学と伝染病学のトップを務めていました。しかし、45人にも上る同僚(元同僚も含む)から、12年もの長期にわたりアカハラを受けていたとの申し立てがなされたのです。

同僚らの申し立てによれば、Rahman博士により繰り返し行われている深刻ないじめや高圧的な態度、人前で恥をかかされるようなハラスメントにより、同僚の中には、精神的なダメージを受けた者もいれば、キャリアに傷をつけられた者もいるということです。
一方で、彼女を擁護する人たちもいました。彼らによれば、Rahman博士のおかげでモチベーションが上がり、創造的で刺激のある職場環境が作られ、同時に博士が研究者たちの強みやスキルを伸ばすようサポートしてくれた、というのです。

実態はどうであったのか、明らかにされることが望まれていましたが、独立調査で懲戒処分が妥当と判断され、ICRが現職からの降格を発表したことを受けたRahman博士が辞職してしまったため、真相はあいまいなままとなってしまいました。

ただし、事態を重く受け止めたウェルカム・トラストは、採択していたRahman博士への約5億円(3.5百万ポンド)の助成金を取り下げると共に、今後2年間は同団体への助成金申請および、いかなる諮問委員会等への参加を禁止しました。

■ アカハラ抑止に向けた動き

アメリカやドイツの学術界からも挙げられている同様の申し立てについて、数多くの調査が行われています。ウェルカム・トラストの新しいアカハラ規範は今年の6月1日から導入され、既に支給が開始されている研究にも適用されます。規範には研究者および研究組織に求められる責任が明記されており、深刻な事案の場合には、研究者個人だけでなく所属機関全体にも処分がおよぶ可能性も示唆しています。アカハラは研究の進歩の妨げでしかなく、研究機関にはこのような倫理にもとる行為を防止する施策をとるよう求め、研究機関も研究者も倫理的な基準を満たすべきだとしているのです。Rahman博士はこのガイドラインによって処罰される一人目となったのです。

ICRは、オープンで研究者をサポートする環境こそが癌を克服するための研究に必要な環境であり、ウェルカム・トラストによるこのような取り組みで学術界のカルチャーも変わっていくことを期待する、と声明を発表しています。

このような規範の有効性に対し、疑問を呈する声もあります。研究者たちは助成金の獲得や論文の学術雑誌(ジャーナル)への掲載という強烈なプレッシャーにさらされながら日々研究活動をしており、そのプレッシャーがそもそものアカハラの根底にあるのではないかというのです。しかも、どこまでが教育的指導で、どこからがハラスメントなのかは区別しにくいのが現実です。
とはいえ、そうした行為が許されるわけではありません。規範の有効性を保つために、研究者は自分の立場を意識して行動をするべきで、大学や研究機関は公平性が守られるよう注意しなければなりません。学術界全体が意識を変えることで、初めてその有効性は担保されることになるでしょう。

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