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頭脳流出が進むラテンアメリカ-日本は大丈夫?

「イノベーション」につながる科学研究への投資は長期的に見て重要であり、政府負担の研究費が投入される一つの理由でもあります。日本では英語本来のinnovation(革新、一新)の意味に加えて、技術革新や新しいアイデアの活用などの意味も含まれますが、インターネットの普及やスマートフォン、電気自動車(EV)など、ここ10年程度の間に生活に浸透した「イノベーション」の成果には、目を見張るものがあります。このように、イノベーションを生み出す研究プロジェクトへの投資は計り知れない影響を世界に及ぼしますが、それを生み出すには、充実した研究環境も不可欠。研究費の削減、そして人材の流出というシビアな問題に直面する国が増えてきています。
■ ラテンアメリカの深刻な現状
ラテンアメリカでは、政府の研究費削減が大きな問題に発展しています。低賃金や研究費不足、官僚制度の問題に頭を抱えた研究者たちが国外に出て行く、つまり頭脳の流出が進行しているのです。
最近出版された報告によれば、アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、ウルグアイ、メキシコの研究者の給料は、それぞれの国の首都にあるアパート(2LDK程度)の家賃より低いと示されていました。例えば家や新車などを持ちたい、生活水準を向上させたいと思ったら、食費や光熱費などの生活費を節約しなければ到底かないません。
世界銀行のデータによれば、これらのラテンアメリカ諸国が研究開発費に回す予算は概ねGDPの1%以下(1.24%のブラジルを除く)であり、GDPの約2.4%を研究開発費に投じている先進国とは大きな差が出ています。せっかく大学院を出て研究者になっても、研究費がなく生活にも困窮するとなれば、その国に留まるのは難しくなります。実際、アルゼンチンの大学で博士号(PhD)を取得する学生数は急増しているのに、その半数しか国内で科学研究関連の仕事に就けず、約20%の博士号取得者は国を出るか、他の職業に就くことになるようです。
■ 経済低迷のブラジル、政情不安のベネズエラ……
研究費のGDP比では1%を超えているブラジルですが、経済低迷の影響から、イノベーションに向けた科学研究資金は削減されるばかりです。ブラジルには州ごとに研究開発を支援する公的なファンドがありますが、そのうちの一つであるリオデジャネイロ州の科学支援団体FAPERJは、過去2年以上にわたり3,670もの研究プロジェクトへの支援を打ち切るなど削減を続けてきましたが、ついに経営破綻となり、1億5,000万ドルの助成金が支払われなくなってしまいました。
FAPERJの破綻は、リオデジャネイロ州政府がFAPERJへの支出を減らした上、2005-2016年に割り当てられた予算の40%しかFAPERJが受け取れていなかったことが原因と考えられています。2016年のオリンピック開幕前にリオデジャネイロ州が財政危機宣言を発したことは五輪関係者に衝撃を与えましたが、州の財政状況が急激に悪化したことの影響は学術界にも及んでいたのです。しかし、研究費削減の問題は同州に限らず、他の州でも深刻な状況となっています。
また、国の政情不安も人材を流出させます。社会主義国のベネズエラは、治安の悪化、経済マイナス成長、インフレにより国家崩壊の危機にあるとまで言われており、既にこの国から脱出した国民も多数。2016年の報道によれば、国外に住むベネズエラ人は150万人。90%が2000年以降に国を出たとされていますが、その中の90%が学士以上、40%が修士以上、12%が博士取得者と、学歴や技術を持つ人材が多いことから、ベネズエラでも頭脳流出が起きていると言えるでしょう。
■  「頭脳」はどこに?
他のラテンアメリカ諸国もブラジルやベネズエラと同様の状況に置かれており、研究活動を促進し、先進的なイノベーションを促すためには、学術界および政府レベルでの改革が必要不可欠です。しかし残念なことに、この問題はラテンアメリカ諸国だけでなく、全世界で共通の問題となりつつあります。GDP比での研究費はラテンアメリカ諸国より大きいものの、ヨーロッパをはじめ先進国における頭脳流出も問題視されています。
では流出した頭脳はどこに行くのか?流出国と流入国は、先に述べたような経済的・政治的な要因によっても大きく変わってきます。近年は、経済的不安が増すヨーロッパから流出した頭脳(人材)がアメリカ、カナダ、オーストラリアなどの英語圏に移住しているようです。しかしトランプ政権になって科学研究費が大幅に削減されたアメリカが、今後も研究者の流入を受け入れられるかどうかは不透明で、動向に注意する必要があります。
■ 日本からの「頭脳流出」は大丈夫か
この問題、日本も他人事ではありません。他国に比べて治安がよく、経済力も保持するこの国からも頭脳流出が起こっています。近年話題になっている「日本の」ノーベル賞受賞者にも米国在住あるいは受賞時点で外国籍を取得していた研究者が多数いることからも、それは明らかです。日本で博士号を取得した研究者が、語学力の強化や研究者ネットワークの構築などを目的に留学し、より自由な研究環境を求めてそのまま移住してしまい、結果、現地で研究成果をあげているというのが現実です。アメリカへの頭脳流出の傾向は以前からですが、有能な研究者への国際的需要は高く、海外からの「頭脳獲得」に積極的に動いている国も他にあり、今後も研究者の流出が続く可能性があります。
研究者が国外に出て戻らないということは、国にとって大きな損失です。高度な知識や技術を獲得した人材が、就業機会や研究費の不足、研究環境への不満などから他国に移動してしまうことは、将来のイノベーションの芽も失ってしまうことをも意味するからです。いかに帰国したいと思わせる環境を整えるか、給与も含めて働きたい環境、研究を続けやすい環境を整えることが喫緊の課題でしょう。長期的な視野に立ち、「頭脳還流」を図る時が来ています。

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