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新政権のもと日本の科学界の行く末は・・・

2020年9月8日のNatureのEditorialに、首相交代を期に日本の科学界は新たな道に踏み出す必要があるとの意見が寄せられていました。この記事に書かれた安倍政権下において日本の科学界が向き合わなければならなかった問題について深堀してみます。

公的研究費の削減

経済成長に重きをおいてきた第2次安倍政権下の8年間、日本の研究者による国際的論文出版数は減少してしまいました。「Nature Index 2019 Japan」にも、日本の研究業績が減少し続けていることが指摘されています。研究成果の発表数の減少、研究力の低下は、公的研究費の削減が最大の問題であると言われています。日本の研究開発費(2018年)は、GDP割合で3.26%(1,767億USドル)を占めています。2018年の研究開発費の世界の国別ランキングで1位の米国が2.84%(5,815億USドル)、2位の中国が2.19%(5,543億USドル)であるのに比べても、日本の拠出割合は決して低いものではありません。しかし、金額では上位2国に大きく差を開けられている上、この支出の80%は民間産業からのものであり、政府からの支出しとしては依然として低い状況です。

再生医療の商業化

安倍政権は、科学、特に生物医学研究の再生医療への商業化を推進してきました。2013年には、幹細胞の製造許可や再生医療における処置などに関する制度を定めた「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療等安全性確保法)」を成立させています(2014年施行)。さらに改正薬事法「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法)」を同年施行し、これによって再生医療等製品について有効性が推定され安全性が認められれば、早期に条件および期限つきで製造販売承認が得られるようになったのです。これは、臨床試験において厳格かつ明確な安全性が確認されるまで、幹細胞治療を商品化すべきではないという国際的な研究者の見解に反しており、国内外では批判が出ましたが、日本政府は方針を変えていません。

軍学共同-軍事研究への抗議

もうひとつ、別の政府の試みに対して研究者が反対しているものが、軍事利用の可能性のある科学研究に研究者を参加させようとするものです。安倍政権は「軍学共同」と呼ばれる政策を進め、防衛装備の開発に役立つと考えられる研究に対して防衛省からの資金援助を可能としました。「共同」とはいえ、実態としては資金力によって大学や研究機関の研究者を軍事研究に取り込むものです。防衛省は、2014年6月に「防衛生産・技術基盤戦略」を策定し、大学や研究機関との連携強化および、民生技術であっても防衛(軍事)に応用・転用できる二面性のあるデュアル・ユース技術を含む研究開発プログラムとの連携・活用が明示されました。これを具体化するために大学や研究機関との連携を強めることを目的に発足されたのが、「安全保障技術研究推進制度」(2015年4月)です。デュアル・ユースという言葉で、民生と軍事のどちらでも利用可能な技術であると印象づけようとしていますが、対象の研究が防衛的なものか攻撃的なものか、どのように使われるのか外からではわからないのです。これに対し、日本学術会議は2017年、「軍事的安全保障研究に関する声明」において、研究の方向性や秘密性の保持をめぐって政府による研究者の活動への介入が強まる懸念があるとして、「軍事目的のための科学研究を行わない」姿勢を明らかにしています。その上で、「大学等の各研究機関は、施設・情報・知的財産等の管理責任を有し、国内外に開かれた自由な研究・教育環境を維持する責任を負うことから、軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する制度を設けるべきである。」と求めています。

国際研究協力における制限の検討

他にも懸案事項はあります。日本政府は、量子技術、人工知能(AI)、半導体設計などの分野における国際協力に制限を設けることを検討しています。日本の最先端技術の輸出規制を強化する考えです。日本は「中国」と明示してはいませんが、既に中国に対して輸出規制を採用している米国に続く方針なのは明白で、日本が米国などと共同研究を行う場合を含め、社会や経済に多大な影響を及ぼす可能性が高い特定の研究成果が他国、特に中国の研究者に流出するのを防ぐ狙いです。

前述のような技術研究は、幅広い分野への応用が期待される一方、研究段階から実用化までに時間がかかること、実用化を見越して特許を囲い込む動きが早くも始まっていることを鑑み、「オープン・クローズド戦略」を進める方向で調整が進められてきました。特に量子技術については、2020年1月に政府指針として「量子技術イノベーション戦略」が策定され、産学官で取り組むさまざまな施策が盛り込まれています。しかし、この戦略には科学技術を使って経済活性化をめざす官邸の意向が色濃く出ていることもあり、多くの課題を抱えています。

ジェンダー格差

安倍政権は女性の活躍を推進してきました。確かに出産後も働き続ける女性の割合は増加しましたが、科学界の女性の数は微増に留まっています。2016年からの第5期科学技術基本計画では、2020年までに自然科学系における女性研究者の割合を30%、理学系で20%、工学系で15%まで増やすという目標を掲げています。女性研究者の数は右肩上がりに推移しているものの、諸外国に比べるとまだまだ低い状況です。

首相が変わっても、日本の政治が大きく変わると期待することはできません。科学研究に対する政府方針が大きく変わる可能性も低いでしょう。とはいえ、日本の科学界が規制ではなく、より柔軟性かつ多様性のある研究環境を得るためには、科学界が新たな政権に働きかけを行う必要があると今回のNature記事には書かれています。


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