カテゴリーアーカイブズ: 学術ウォッチャーが斬る!

20170722_sci-hub

エルゼビア社、海賊版論文サイトに裁判で勝利したが…

2017年6月21日、アメリカのニューヨーク地方裁判所は、「サイハブ(Sci-Hub)」や「ライブラリー・ジェネシス(Library Genesis/LibGen)」といった、有料の学術論文を無料で入手できるウェブサイトに対して、著作権侵害による損害賠償として1500万ドルを支払うべきだと裁定しました。

本連載でも伝えた通り、ジャーナル(学術雑誌)の購読費が高騰していることにより、論文を入手しにくくなっていることに対して、多くの研究者が不満を抱いています。その1人であるカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、2011年、購読費もパスワードも使うことなく学術論文のPDFファイルを簡単に入手できるウェブサイト「サイハブ」を開設しました。

サイハブは多くの研究者に重宝されていますが、当然のことながら学術出版社はこれに激怒しています。なかでも学術出版最大手のエルゼビア社はサイハブを訴え、2015年11月、ニューヨーク地方裁判所はサイハブに対しウェブサイトの閉鎖を命じました。しかしエルバキャンはサーバーを、アメリカの司法の力がおよばないロシアに移し、現在に至るまでサイハブを運営しています。

今年5月、エルゼビア社はサイハブや、やはり有料の論文を無料で入手できるサイト、ライブラリー・ジェネシスで不正に入手できる論文100件のリストを裁判所に提出し、恒久的な差し止め命令と総額1500万ドルの損害賠償を求めました。

『ネイチャー』(6月22日付)によれば、サイハブで入手可能な論文の版権のうち、最も多くのシェアを占めていたのは、エルゼビア社でした。それにネイチャー・シュプリンガー社やワイリー・ブラックウェル社が続きます。

エルゼビア社の訴えに対して、ニューヨーク地方裁判所のロバート・スウィート判事は、海賊版論文サイトの運営者も代理人もいない法廷で、エルゼビア社寄りの判決を下したのです。しかし、多くの学術ウォッチャーたちは、この判決がサイハブやライブラリー・ジェネシスの運営を止められるとは考えていないようです。実際のところ、7月現在、どちらも利用可能です。エルゼビア社の代理人や出版業界団体は、当然ながらこの判決を歓迎するコメントを各媒体で述べています。

興味深いのは、識者たちの見解です。たとえば2人の識者が別の媒体で、ほとんど同じことを話しています。インペリアル・カレッジ・ロンドンの生物学者スティーブン・カリーは『ネイチャー』で、セント・アンドリュース大学の歴史学者アイリーン・フィフェーは『タイムズ・ハイアー・エデュケーシション』で、それぞれこう述べています。サイハブが人気だということは、学術出版の現状に不満を抱えている研究者がそれだけたくさんいるのだ、と。

また、サイハブについて最初に書かれた学術論文の著者の1人、ゲーテ大学の生物情報学者バスティアン・グレシュアケは、この判決によって、サイハブやライブラリー・ジェネシスを使う人たちはむしろ増え、さらに彼らは同様の「法的に問題のある」サービスを開発するよう刺激されるだろう、と推測しています。実際、「オープンアクセスボタン(Open Access Button)」や「アンペイウォール(Unpaywall)」といった研究論文を入手するためのウェブサービスやアドオン(これらは合法)は、多かれ少なかれサイハブに触発されてできたものだ、と。

さらにスタンフォード大学の教育学者ジョン・ウィリンスキーは、今回の判決はエルゼビア社が公的な資金で行われた研究を「企業資産と私有財産」に変えてしまっていることを意味する、と厳しい評価を下しています。

学術出版社に対する批判は別の形でも現れています。「数学界のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を受賞した数学者を含む著名な科学者たちは、2012年、エルゼビア社が発行するジャーナルの購読料の高さなどに抗議して、同社への論文の寄稿・査読・編集をボイコットするという「学界の春(Academic Spring)」運動を始めました。この運動はオープンアクセスの推進にも広がり、同社を支持しないと表明する宣言への署名運動「知識の代償(The Cost of Knowledge)」となって広がっています。

確かに、サイハブは違法なのでしょう。しかしながら、エルゼビア社をはじめとする学術出版社がこうした研究者たちの不満に対する解決策を提供できていないのも事実なのです。


kayukawa_profile2

ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


legal-illegal

研究不正を行った研究者が死刑に!?

本ウェブサイトの記事「中国が学術不正防止に本腰」でも指摘されているように、日本やアメリカだけでなく中国でも、研究不正が問題になっています。『科学・工学倫理(Science and Engineering Ethics)』に掲載された最近のある調査では、中国の研究者らによる生物医学分野の論文のうち約40パーセントに、研究不正が含まれると推測されました。また本連載でも紹介したように、最近、中国の研究者たちによる論文107件が撤回されました。「偽装査読(フェイク査読)」がなされていたことがわかったからです。

こうした状況に中国の当局も手をこまねいているわけではありません。例えば、予算を拠出する機関は、研究不正が発覚した研究者からは研究費を返還させるなどの措置を講じてきました。

『フィナンシャル・タイムズ』(2017年6月19日付)の記事によれば、中国の科学技術省は前述の論文大量撤回事件を受けて、研究不正に対する「ゼロ・トレランス(no tolerance=許容度ゼロ)」の方針を宣言したといいます。しかし学術情報のニュースサイト『リトラクション・ウォッチ』を運営していることで知られる2人のジャーナリスト、アイヴァン・オランスキーとアダム・マーカスは、生物医学のニュースサイト『STAT』(2017年6月23日付)において、「中国のゼロ・トランス方針がどのようなものであるかはクリアではない」と指摘しています。

また今年(2017年)4月、中国の裁判所は、医薬品の許認可にかかわる研究において研究不正をした者に対しては厳格な実刑判決を下す方針を固めました。その不正行為により人的被害が生じた場合、その「実刑」には死刑も含まれるとしています。『ネイチャー』(2017年5月16日)は「この法律の下、認可された薬が健康問題を引き起こし、重度または致命的な結果が生じた場合には、10年の懲役または死刑になる可能性がある」と報じています。

これまでオランスキーとマーカスは、刑事罰の可能性も含めて、研究不正に対する厳しい規制を主張してきました。しかし2人は前述の『STAT』の投稿記事で、この中国の方針に対しては批判的な見解を述べています。

その理由としては、研究不正は要するに詐欺であり、資金提供者に対する窃盗ともみなせるものの、一般的には詐欺も窃盗も死刑には該当しないことなどを挙げています。ただ、医薬品の研究で不正を行った研究者は、「少なくとも理論上は」その医薬品を投与される人々の健康を危険にさらし、致命的な結果を招く可能性があります。とはいえ、医薬品の許認可は、1人ではなく多くの研究者からなるグループによって得られたデータによって判断されるので、グループ全員が不正行為に手を染めていない限り、研究者1人の不正行為による影響には限界がある、というのがオランスキーとマーカスの見解です。

2人は、懲役などの刑事罰を含む罰則の強化に対しては前向きなようです。第5回研究公正世界会議(WCRI: World Conference on Research Integrity)で発表された彼らの調査によれば、1975年から2015年にかけて、何らかの形で研究に関連した不正行為に対し刑事罰を受けた研究者は、世界中でわずか39人だけ。そのなかには研究予算の不正使用などのケースも含まれていました。

また、生物医学分野における研究不正を監視する米国の政府機関「研究公正局」が同じ時期に行った調査報告によれば、研究不正250件あまりのうち、刑事罰を受けたのは5件のみ、つまり2パーセント以下だともいいます。しかも研究不正を行った研究者のうちほとんどは連邦予算の使用を一時的に禁止されただけであり、なかには一定の時間を置いた後、研究に復帰している者もいます(本連載「研究不正が発覚した研究者でも、多額の助成金を獲得」も参照のこと)。

日本でも、研究不正ウォッチャーとして知られる白楽ロックビル(お茶の水女子大学名誉教授)は、研究不正は「警察が捜査せよ!」と厳しく主張しています。科学・技術政策ウォッチャーとして知られる榎木英介(近畿大学講師)も、研究不正が発覚しても地位はそのままで、ある時点までは研究費も受け取っていた研究者がいることなどを指摘しながら、「研究不正が死刑に値する犯罪とは思えない。しかし、大したおとがめもなく、研究を続けられるというのも甘すぎる」と指摘しています。

研究不正に対して、死刑はともかくとしても、刑事罰を下すべきか−−みなさんはどう考えますか?

 


kayukawa_profile2

ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


fact-predatory-publishing_201703

捕食出版社、生涯教育にも進出

本連載では、掲載料さえ払えばどんなにひどい原稿でも論文として掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」や、登録料さえ払えば誰でも「講演者」として発表させてしまう「フェイク・カンファレンス(fake conference)」について書いたことがあります。とりわけカナダの『オタワサン』や『オタワシチズン』に寄稿する記者トム・スピアーズによる調査活動を紹介してきました。

スピアーズは、捕食ジャーナルの出版社として知られるインドのA社が倫理学分野のジャーナル(学術雑誌)を発行していることを知り、昨年秋、アリストテレスの文章を盗用したうえで、それに手を加えてつくったデタラメな原稿を投稿しました。その原稿はあっけなく論文として採択されてしまい、ジャーナルに掲載されることになりました−−掲載料さえ払えば。スピアーズはその経緯を暴露しました。

『オタワシチズン』(2017年6月1日付)にスピアーズが寄稿した記事によれば、その暴露によって、A社はその原稿の採択(受理)を撤回することを余儀なくされたといいます。スピアーズは、A社の弁護士からは「謝罪文を公表することを要求する」と警告され、そのジャーナルの編集委員からは「あなたの論文は執筆の基準に満たしてさえいないと我々は結論づけている」と忠告されたといいます。スピアーズの原稿は、査読を通ったはずなのですが…。

ある日、スピアーズは同僚から「同じ論文を繰り返し採択すると思う?」と尋ねられました。そこで彼は、同じ研究をA社が開催する免疫学の国際カンファレンスで発表するために投稿することにしました。ただし題名は医学っぽく変更しました。「免疫学における新しい倫理的な問題:感染症研究のボランタリティとケタランスの程度」と。「ボランタリティ(Voluntarity)」や「ケタランス(Ketterance)」という言葉は、スピアーズらがでっち上げたもののようです。確かに、辞書を引いても出てきません。

そして結果は……またもや採択だったようです。1499米ドルを払えば、テキサスで開催される国際カンファレンスで、ポスター発表できることになりました。本連載でもお伝えしたように、A社はスピアーズがでっち上げた「空飛ぶブタ」などについての研究を、国際カンファレンスでの講演として採択したこともあります。

スピアーズらは同じデタラメな研究内容を、老人病学の国際会議にも投稿していました。2日後の同じ『オタワシチズン』によると、やはりこれも採択されたそうです。しかもそのカンファレンスは、老人病学や看護学分野における生涯教育(continuing education)に関するものでした。

捕食ジャーナルを出版したり、フェイク・カンファレンスを開催したりする「捕食出版社(predatory publishers)」はこれまで、業績を求める若手研究者を主なターゲットにしてきたはずですが、「生涯教育」にも手を付け始めたということは、そのターゲットが拡大していることを意味する、とスピアーズは『オタワシチズン』で指摘します。

スピアーズはA社に説明を求めるメールを送ったのですが、これまでのところ返事はないようです。

A社はインドのハイデラバードに拠点を置き、700誌ものオンライン・ジャーナルを発行する企業です。最近、カナダの正当な学術出版社B社とC社を買収しました。同社のビジネスモデルをB社やC社も採用するのかが気になります。またA社は世界各地で年間1000件もの「国際カンファレンス」を開催しています。もちろん、日本でも。今年は主に大阪で、37もの国際カンファレンス(2017年6月時点)がA社によって開催される予定となっています。

見知らぬ外国企業から「発表募集(Call for papers)」というメールが来たときには、そのジャーナルや国際会議で自分の研究を発表することが、ほんとうに、科学コミュニティや社会への貢献につながるかどうかを熟考したいものです。

 


kayukawa_profile2

ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


fakescience-tumor

「フェイク査読」が発覚したジャーナルは編集委員もフェイク!?

本誌では以前、「偽装査読」あるいは「フェイク査読」と呼ばれる不正行為の実例を紹介しました。そのなかで今年4月、大手学術出版シュプリンガー社が、同社が発行するジャーナル(学術雑誌)の1つ『腫瘍生物学(Tumor Biology)』に掲載された論文107件を、 フェイク査読 を理由に撤回したこと、そのことにはフェイク査読をコントロールしている業者が関係しているらしいことを紹介しました。

学術情報のニュースサイト『リトラクション・ウォッチ』によれば、『腫瘍生物学』は、論文の撤回数が最も多いとされている学術ジャーナルであり、しかも今回の撤回は、2015年、2016年に行われた大規模な論文撤回に続く3回目です。『腫瘍生物学』は、腫瘍・バイオマーカー国際学会(International Society of Oncology and BioMarkers : ISOBM)のジャーナルで、去年(2016年)まではシュプリンガー社が発行していましたが、現在は、SAGE社が発行しています。

しかしながら、『サイエンス』誌のニュースブログ『サイエンスインサイダー』によれば、『腫瘍生物学』の問題は論文撤回だけではなかったといいます。

このときに撤回された107本の論文はすべて、中国の研究者たちによるものでした。同誌は、研究者の論文発表を支援する専門業者がある役割を果たしているという「いくつかの証拠」がある、というシュプリンガー社の説明を紹介しています。ただ、撤回された論文の著者たちがそのことを認識していたかどうかはわからない、とのこと。

また、少なくとも1つのケースでは、撤回された論文の著者はそうした業者を利用していないし、「偽装査読者」を提案してもいない、と主張しているといいます。編集者が「偽装査読者」の連絡先情報をデータベースに保存していたため、このようなことが起こった可能性が指摘されています。

そして『サイエンスインサイダー』は、オンラインで公開されている同誌の編集委員会には、「同誌とは何の関係もない」と言う科学者数名の名前が含まれていたことを明らかにしました。そのなかにはドイツの著名なウイルス学者で、ノーベル賞受賞者であるハラルド・ツア・ハウゼン(Harald zur Hausen)も含まれていました。

2016年12月に『腫瘍生物学』の発刊がSAGE社に移行する前後に同誌が『腫瘍生物学』の編集委員としてリストアップされていた研究者すべてに、メールや電話で連絡を取ったところ、少なくとも5人は、何年も前から同ジャーナルに関与していないか、同学会を退会していることがわかりました。たとえば、前述のツア・ハウゼンは、自分が編集委員のリストに載っていることを知らなかったし、『腫瘍生物学』の論文を査読したことは一度もない、と答えました。米国ヒューストンのテキサス大学MDアンダーソンがんセンターのアイゼア・ファイドラー(Isaiah Fidler)は、自分は『腫瘍生物学』とは「関係ない」と語り、名前をすぐに取り除くよう、編集委員長であるスウェーデンのウメオ(Umeå)大学のトーグニー・ステグブランド(Torgny Stigbrand)に依頼したといいます。

編集委員のうち7人とは連絡が取れませんでした。なかには、同ジャーナルのウェブサイトに掲載されていた研究機関には勤務していない人や、4年前に亡くなっていた人の名前までありました。

また、ステグブランド編集委員長も含めて、編集委員16人は『サイエンスインサイダー』からの質問に答えませんでした。ISOBMの理事の何名かも同様でした。

現在の発刊元であるSAGE社とISOBMは現在、理事会を再編中で、査読プロセスを見直しています。シュプリンガー社は、『腫瘍生物学』以外のジャーナルについても査読プロセスをより堅固なものとし、査読者の身元を検証するツールを開発する予定であることが伝えられています。

『腫瘍生物学』の編集委員会は、少なくともある時期までは、「フェイク編集委員」で構成されていたことになります。大手学術出版社が、がんという重要な病気の研究を発表するジャーナルでこのような事態を放置していたことは、たとえケアレスミスであったとしても、とても残念です。

 


kayukawa_profile2

ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


査読システムを欺き、自分の原稿を自分で査読!?

本連載では、どんないい加減な論文でも掲載料さえ払えば載せてしまう「捕食ジャーナル」や、どんないい加減な発表でも参加料さえ払えば発表させてしまう「フェイク・カンファレンス」を取り上げてきました。今回は、ジャーナル(学術雑誌)の査読システムを欺いて、著者が自分の原稿を自分で査読してしまう「偽装査読(peer review rigging)」の例を紹介します。「フェイク査読(fake peer review)」などと呼ばれることもあります。

2012年、『酵素阻害および医薬品化学ジャーナル(the Journal of Enzyme Inhibition and Medicinal Chemistry)』の編集者は、ある著者が投稿した原稿に対する査読に疑問を持ちました。査読の内容自体は、原稿を好意的に評価したうえで一部の修正を求める、という平凡なものだったのですが、疑問だったのはそれにかかる時間でした。いつもとても早く、24時間以内ということもあったのです。同誌のクラウディウ・スプラン編集長は、その著者に面会しました。その結果、韓国人であるその著者は、査読レポートを自分自身で書いていたことを認めました。

2014年11月26日付の『ネイチャー・ニュース』によると、からくりはこんな感じです。同誌を含めていくつかのジャーナルでは、論文の原稿を投稿した著者は、査読者を指名(提案)することができます。そのことを著者に義務づけているジャーナルもあります。この韓国人著者はそれを利用して、実在の研究者の名前や、ときには仮の名前を挙げておきながら、メールは自分や自分の同僚に届くようにして自ら査読を行っていたのです。この著者の告白によって、論文28件が撤回され、1人の編集者が辞任しました。

他の事例もあります。

2013年、『振動制御ジャーナル(the Journal of Vibration and Control)』の編集部は、ある著者が、査読者だと主張する人物2人からメールを受け取ったことを知りました。査読者は通常、著者と直接接触することはありません。そして奇妙なことに、そのメールは研究者の多くが使用する所属研究機関のアカウントのものではなく、Gmailのアカウントだったといいます。

同誌のアリー・ネイファ編集長は、発行元のSAGE社に連絡しました。また編集者らは、この情報提供者によって提供されたGmailアドレスと、その名前が使われている研究者の所属する研究機関のアドレスの両方にメールを送りました。すると、研究者のひとりは、自分は前述の著者にメールしていないことだけでなく、その分野の研究をしてさえいない、と答えました。

この事態を受け、SAGE社は大規模な調査を実施しました。これらの人物やこれらのアカウントの背後にいる人々が書いたり査読したりしたと思われる論文すべてを同社は追跡できた、といいます。また彼らは、査読の文言、著者から指名された査読者の詳細、参照文献リスト、そして査読の所要時間−−わずか数分ということもあったそうです−−をチェックしました。その結果、最終的に130ものいかがわしいアカウントを発見しました。

同社はその過程で、著者たちが「異例の割合で」、お互いを査読したり引用したりしていることに気づきました。被引用数を上げるために、必要以上にお互いを引用する行為は「引用リング(citation ring)」と呼ばれています。最終的には60件の論文に、偽装査読か引用リング、またはその両方あるという証拠が見つかりました。

また、偽装査読や引用リングの中心に、ある人物がいることが浮かび上がりました。台湾の研究者で、問題になった論文の事実上すべての共著者になっていた人物です。同社は彼が所属する大学に連絡し、調査を進めたところ、その人物は2014年2月にそのポストを辞任しました。

同年5月、ネイファは責任を取って編集長を辞任し、SAGE社は問題になった論文60件すべての著者たちに連絡して、論文が撤回されることを知らせました。7月には、台湾の通信社が、問題の人物が偽装査読と引用リングについてすべての責任を負うという声明を発表したこと、さらには5件の論文に台湾の教育大臣を、大臣の承諾を得ないまま共著者に加えたのを認めたことを伝えました。大臣は関与を否定しましたが、問題の拡大を懸念して辞任しました。

撤回された論文の著者たちのうち2人は、同社に対して、再検討や再掲載を要請しましたが、同社は、たとえ彼らが偽装査読などを知らなかったとしても、その決定を変更することはないとしました(編集部に情報を提供した著者も、おそらく共著者による偽装査読を知らなかったのでしょう)。

『ネイチャー・ニュース』は「著者が査読システムを騙そうとしているかもしれない徴候」として、次のようなことを挙げています。

・その著者は編集部に対して何人かの研究者を査読者としないよう頼み、その後、その分野に
おけるほとんどすべての研究者のリストを出してくる。
・その著者は奇妙なことに、ネット上で見つけることが難しい査読者を指名してくる。
・その著者は指名した査読者の連絡先として、学術機関のメールアドレスではなく、Gmailや
Yahooなど無料のメールアドレスを示す。
・依頼してから数時間以内に査読が戻ってくる。それらは原稿を好意的に評価する。
・査読者が3人いる場合においても、全員が原稿を好意的に評価する。

こうした騒動を受けて、学術出版における倫理的行動を促進する「出版倫理委員会(COPE : the Committee on Publication Ethics)」は、偽装査読を非難する声明を発表しました。

そして2017年4月、COPEの一員でもある大手出版シュプリンガー社は、『腫瘍生物学(Tumor Biology)』に掲載された論文107件を撤回しました。この数字は、2010年から2016年の間に同誌で公表された論文すべての2%に相当するといいます。手法は、前述のケースと同じですが、なかには非意図的なものもあること、偽装査読をコントロールしている業者があるらしいこともわかりました。

生物医学のニュースサイト『STAT』によると、ある著者は中国の報道機関に、自分の論文は初め却下されたのに、ある業者にカネを払って投稿を手伝わせるとその論文は採択された、と語ったといいます。シュプリンガー社は、査読プロセスの見直しなど対策を講じているとしています。

しかし『STAT』は、たとえ出版社がいかがわしい著者や関係業者を根絶やしにすることができたとしても、こうした詐欺的行為を考えついた「賢い者たち」は、たぶん別の方法に乗り換えるだろう、と指摘します。

出版社や国際会議の運営会社だけでなく、論文の著者や論文投稿支援を行う業者のなかにも、「フェイク」な行為を行うものがあるということです。

 


kayukawa_profile2

ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


編集者は同性の査読者を選びがち!?

学術界にも、残念ながら一般社会と同じく、あちこちにジェンダーバイアス(男女間の偏り)があります。もっといえば、女性差別があるといっても過言ではないでしょう。

たとえば、少し前の『ネイチャー・ニュース』(2016年10月3日付)によれば、全米科学財団の調査で、アメリカではSTEM(科学、技術、工学、数学)分野において、博士号すべてのうち41パーセントを女性が取得している一方、2012年から13年にかけて連邦予算を使う研究所や研究室にいたポスドク研究員のうち女性はわずか24パーセントであることがわかったといいます。

また、エルゼビア社が2017年に公表した報告書『世界の研究環境におけるジェンダー(原題:Gender in the Global Research Landscape)』では、女性は男性よりも論文発表が少ないこと、筆頭著者になりにくいことなどがわかりました。

最近の調査で、査読においてもジェンダーバイアスが生じていることが明らかになりました。

イェール大学の計算科学者マルクス・ヘルマーらは、オープンアクセス・ジャーナル『eLife』で公表した論文で、「査読(ピアレビュー)は学術出版の礎石であり、査読者はその専門知識のみに基づいて任命されることが不可欠である」と、査読者に求められる条件を確認しています。しかし、査読者は一般的に非公開なので、編集者による査読者の選択・任命にバイアスがないかどうかを調べることは困難でした。

興味深いことに、オープンアクセス・ジャーナルの出版社「フロンティアーズ(Frontiers)」社が発行する一連のジャーナル(学術雑誌)では、編集者と査読者の名前が公表されています。そこでヘルマーらは、同社のジャーナル142誌で、2007年から2015年にかけて公表された論文における編集者9000人以上と査読者4万3000人以上のデータを分析しました(この場合の「編集者(editor)」とは、原稿整理や校正などいわゆる編集作業のプロのことではなく、同分野の専門家としてその論文に責任を持つ立場の者のことです。日本語でいう「編集委員」に近いかもしれません)。

その結果、男性の編集者も女性の編集者も、同性の査読者を選ぶ傾向があることがわかりました。また、その傾向は男性の編集者ではより強く、その結果、女性は査読のプロセスにおいて過小評価されていることも指摘されました。著者らはそうした傾向を「同類性(homophily)」と名づけています。「類は友を呼ぶ」ということです。

ヘルマーは『ネイチャー・ニュース』(2017年3月21日付)の取材に、「科学研究の質は、性別によって決まるわけではありません」、「性別が査読者の選択に影響しているならば、それはジャーナルが最高レベルの査読者を得ていないことを意味します」とコメントしています。

ただし、この研究のデザインについては批判もあります。ヘルマーらがまとめたデータセットでは、査読を依頼された男性と女性の数ではなく、実際に論文を査読した男性と女性の数だけが示されています。以前に行われた、地球物理学分野におけるジャーナルを対象にした研究(『ネイチャー・ニュース』 2017年1月25日付)では、女性は男性よりも頻繁に、査読依頼を断っていることがわかりました。ヘルマーらの分析結果は実態を正確に反映していない可能性もあるのです。

編集者が同性の査読者を選ぶ傾向がある理由としては、社会的ネットワークの築き方が関連することが指摘されています。『サイエンス』の元編集長マルシア・マクナットは「私には、私が頼りにする科学者のネットワークがあり、そのほとんどは女性です」、「女性科学者は女子学生を指導する傾向があり、そのことがネットワークを拡大するのです」と『ネイチャー・ニュース』にコメントしています。

ヘルマーが指摘する通り、 査読者 の選択が専門知識以外の要素(ここでは性別)に少しでも影響を受けているのだとしたら、最善の査読が行われていない可能性があります。それは学術界にとって、好ましい状況ではないでしょう。

 


kayukawa_profile2

ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


「責任ある研究活動」のために諮問委員会を

 

英語圏では、研究不正の防止に向けた取り組みについて、深い議論が続いています。

2017年4月11日、アメリカの有力な学術団体「米国科学・工学・医学アカデミー(NASEM: The National Academy of Sciences Engineering Medicine)」は、研究不正防止に向けた提言をまとめた報告書『研究公正の育成(Fostering Integrity in Research)』を公表しました。

報告書をまとめたのは同アカデミーの「科学・工学・医学および公共政策・グローバル問題に関する委員会」の「責任ある科学に関する委員会」です。284項におよぶ報告書には、11項目の勧告がまとめられています。本文中には、2014年に日本で騒動になった「STAP細胞事件」も言及されており、「付録」には、米デューク大学のがん研究者アニル・ポッティによる捏造事件など、悪名高い研究不正の事例5件も紹介されています。

『サイエンス』は、11項目の勧告のなかでも4番目に述べられている「研究公正諮問委員会(RIAB : Research Integrity Advisory Board)」の設立に着目しています。

報告書はそのことを次のようにまとめています。

学問分野やセクターを問わず、研究公正を育成することを目的とする継続的かつ組織的な注意を促すために、独立した非営利団体として「研究公正諮問委員会(RIAB : Research Integrity Advisory Board)」を設立すべきである。このRIABは、研究者や研究機関、研究資金提供機関、規制当局、ジャーナル(学術雑誌)、学会など、研究におけるすべての利害関係者と協同して、研究不正や有害な影響をもたらす研究行為に対処するための専門知識やアプローチを共有する。またRIABは、研究環境を評価したり研究行為や基準を改善したりする努力を促すことによって、研究公正を育成する。
(勧告4、182頁より)

「研究公正(research integrity)」とは、以前の記事「研究不正の件数はもっと多い? 英BBCが調査」でも紹介したように「研究者が守るべき倫理や規範」のことです。

この「研究公正」とは反対、いわゆる「研究不正(research misconduct)」以外の「有害な影響をもたらす研究行為(detrimental research practices)」と呼ばれるものに着目していることも、この報告書の特徴です。「有害な影響をもたらす研究行為」とは、典型的な研究不正として知られる「捏造」や「改ざん」、「盗用」などにはあたらないものの、科学の公正さを踏みにじる行為のこと。たとえば「名誉オーサーシップ」といって、過去に集めたデータやサンプルの利用を認める見返りとして、著者としての資格を有さないにも関わらず、オーサーシップ、つまり論文の著者として名前を載せることを求めること、などが挙げられます。

また、本報告書には最近の有害事例の傾向として、本誌「捕食ジャーナルのリスト「ビールズ・リスト」閉鎖」で取り上げた「捕食ジャーナル」や、「フェイク・カンファレンス」にご用心」でお伝えした「フェイク・カンファレンス」についても記されています。

『サイエンス』は報告書の要約として、「昇進を勝ち取るための資金調達競争の激化や人目を惹く出版物の必要性」こそが、研究不正はもちろん「有害な影響をもたらす研究行為」といった研究公正を逸脱する問題を生み出していると指摘しています。

同アカデミーは1992年、『責任ある科学(Responsible Science)』という報告書を公表しており、その中ですでに同様の諮問委員会の必要性を勧告していました。しかし当時はあまり注目されませんでした。今回の報告書は『責任ある科学』を「更新」するために、2012年から「責任ある科学に関する委員会」が検討を重ねた結果です。

研究不正を監視する政府機関「米国研究公正局(ORI : Office of Research Integrity)」や、医学以外の幅広い分野の科学に資金提供する政府機関「米国国立科学財団(NSF : National Science Foundation)」は、毎年何百件もの研究不正の申し立てを受け取っており、何十件もの研究不正を認定しています。これらの政府機関に加え、別の役割を担う組織が必要だ、というのが本報告書の判断であり、RIABの役割を、研究不正に対する調査や規制ではなく、「責任ある研究活動(RCR : responsible conduct of research)」のためのトレーニングの提供などであると想定しています。

「責任ある科学に関する委員会」は調査と検討の結果、RIABは政府から独立した機関であるべきだとも述べています。『サイエンス』はその理由として、研究機関はすでに政府から厳しく管理されており、これ以上の政府による規制を避けたいと考えていること、また、これまでの政府による研究不正への対応に不満を持っていること、という専門家の意見を紹介しています。

RIABの予算は年間300万ドルが提案されており、政府機関や財団、研究機関、大学などがこれを負担することになります。

ジョージア工科大学の名誉教授であり「責任ある科学に関する委員会」の委員長ロバート・ネレムは『サイエンス』の取材に対して、前述のアニル・ポッティの事例におけるデューク大学の対応は、研究不正そのものと同じぐらいひどいものだった、とコメントしています。そのため、大学・研究機関はRCR教育を優先事項と認識することが重要で、RIABはRCRトレーニングの実施をサポートできる、といいます。

また『サイエンス』は同時に、『科学と工学の倫理学(Science and Engineering Ethics)』に発表された、この問題に関係深い研究を紹介しています。

2007年に米国議会はNSFに対して研究費を申請する研究機関すべてに学生および研究者向けのRCRトレーニングを行うように指示しました。しかし、テキサス・サウスウェスタン医療センターのエリザベス・ヘイトマンらの調査では、大部分の大学で行われているRCRトレーニングは、対面ではなくオンラインで、継続的ではなく1回限りで行われている上、専門分野や身分・職位(学生か教員かなど)に応じて細分化されたものではなく汎用的な内容であることが明らかになりました。NSFはRCRトレーニングが将来の研究者や技術者に必須だと考えたにもかかわらず、トレーニングがただの「チェックリスト」と化している実態を把握しておらず、同様に大学や研究機関をモニタリングする責任を十分に果たしていないことなどが指摘されています。

アカデミーの報告書は、このような政府の研究公正に関する方針を実現するための問題解決にRIABが貢献できることがあると記しています。

実は、本誌「「研究不正」を防ぐための倫理教育に効果はあるか?」でも紹介したように、倫理教育、つまりRCRトレーニングが研究不正を防ぐために有効であるという証拠は、いまのところ不十分です。今回の報告書やヘイトマンらの指摘などに促されることによって、RCRトレーニングの質が向上することも期待されます。

 


kayukawa_profile2

ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


研究不正の件数はもっと多い? 英BBCが調査

研究不正の件数はもっと多い? 英BBCが調査研究不正(research misconduct)の件数は、公式に認定されているよりもずっと多いかもしれません。イギリス放送協会(BBC : British Broadcasting Corporation)が独自調査の結果を3月27日に報じました

イギリス議会には上下両院に科学技術委員会(Science and Technology Committee)が設置されていますが、下院科学技術委員会は今年1月、同国の立法支援機関である議会科学技術室で研究不正が問題視された(POST note、2017年1月 No.544)ことを受け、研究不正に関する調査を開始しました。同委員会のスティーブン・メトカルフ委員長はBBCに「研究に不正があることがわかった場合、人々に大きな影響を与え、それが不信につながるのです」と、この問題の重要性を語っています。

研究不正についての公式なデータはあまりないのが実状です。

たとえば、領域別に区分された7つの科学者団体から構成される英国研究評議会(Research Councils UK)は、2012年から2015年までの間に33件の研究不正の「申し立て」があったと報告しています。これらのうち5件が正式に不正だと判断され、20件が却下され、8件が調査進行中だといいます。

また、大学の学長らで構成される「英国大学協会(Universities UK)」は、2013年から2014年までの間に19校が発表した研究不正についての声明を検討しました。29件の「申し立て」が報告されていたのですが、調査後、そのうち7件が不正と判断されたといいます。

「これらの件数が、重複するケースを含むのか、まったく異なるケースなのかは明らかではありません」とBBCは述べています。

2012年、イギリスでは国内の大学が「研究公正」を支援するための協定を締結しました。「研究公正(research integrity)」とは、研究者が守るべき倫理や規範のことで、「研究における公正性、誠実さ、高潔さ」と説明する研究者(研究者による「研究公正」の説明はこちら)もいます。「研究不正(研究における不正行為)」とは、研究公正に対する違反のことです。この協定は大学に対して、研究不正の申し立てを扱うための「透明性があり、断固として、公正なプロセス」を採用するよう奨励しています。しかしながら、研究公正に対する違反の件数を公表することは義務づけられていません。

BBCは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドに点在する研究中心の教育を行う公立大学から構成される「ラッセル・グループ(Russell Group)」に所属する全24校に、2011年から2016年までの間にあった研究不正の申し立てについて尋ねました。1校を除くすべての大学から全面的または部分的な回答が得られました。その結果、教職員(staff)や研究学生(research student)から合計319件の申し立てがあったことが明らかになりました。
「実際の数は、一部の大学が完全な数字を提供していないため、この件数より多くなる可能性があります」とBBCは補足しています。そのうち103件が不正と判断され、173件が却下され、43件が調査進行中でした。

そのなかには、データの「改ざん」や「盗用」のほか、他人の研究成果を自分の研究成果と称していたケースなどもありました。

また、この調査は、少なくとも32件の研究論文と少なくとも3件の博士論文の撤回につながる結果となりました。BBCが英国大学協会にこの調査結果についてコメントを求めたところ、断られたとのことです。

日本では2014年、文部科学省が「捏造」「改ざん」「盗用」を「特定不正行為」と定義し、報告された事例をウェブサイトで公開しており(「文部科学省の予算の配分又は措置により行われる研究活動において特定不正行為が認定された事案一覧」)、現在では2015年以降の事例として15件がリストアップされています。しかし、研究不正が疑われて報道されたケースはもっとたくさんありますし、BBCの調査も踏まえれば、これらは氷山の一角と考えたほうがいいでしょう。

 


kayukawa_profile2

ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


「フェイク・カンファレンス」にご用心

fake conferences_201703アメリカのドナルド・トランプ大統領が選挙キャンペーンで勝利をおさめたことには、ヒラリー・クリントン候補を貶めるためなら嘘も平気で書く「フェイク・ニュース」が貢献したといわれています。

学術界にも「フェイク・ジャーナル」があります。「捕食ジャーナル(predatory journals)」とも呼ばれ、本誌「捕食ジャーナル – 倫理学分野にすら登場」でもお伝えしたように、掲載料さえ払えばきわめて甘い査読のみで、どんなひどい論文でも掲載してしまうオープンアクセスジャーナルのことです。捕食ジャーナルやその出版元である「捕食出版社(predatory publishers)」は、疑うことを知らない若い研究者を掲載料目当てに食い物にしている、と批判されてきました。

捕食出版社のビジネスモデルは、ジャーナル(学術雑誌)だけでなく、国際的な学術カンファレンス(会議)にもおよんでいます。そうした「フェイク・カンファレンス」のシステムは、フェイク・ジャーナル=捕食ジャーナルとほとんど同じです。

たとえば、捕食出版社として知られるインドのA社や、カンファレンス専門のトルコのB社は、毎年何千もの「国際カンファレンス」を世界各地で開催しています。パリやドバイ、ラスベガスといった観光地が目立ちますが、ニューヨークやロンドンなどでも開催しています。これらの会社は研究者に向けて発表者を募り、研究発表を希望する者はそれに応募します。アブストラクトなどの応募書類は、査読者が査読することになっており、査読を通過すれば、投稿した者は研究発表を行うことになります。高額な手数料を支払えば、です。

数十分野もの研究者たちを1つのホテルに招待し、別々の会議室で、別々のセッションを開催します。それら1つひとつを「国際カンファレンス」と称し、世界中で、毎月のように行なっているのです。

問題はその質でしょう。

カナダの新聞『オタワサン』は、一般紙であるにもかかわらず、なぜか捕食ジャーナル問題を継続的に報道しています。同紙のトム・スピアーズ記者は以前、前述の本誌掲載記事でもお伝えしたように、デタラメな原稿をジャーナル編集部に投稿して、その査読体制のいいかげんさを暴露したことがあります。

スピアーズ記者は同じことをカンファレンスでも行いました。3月10日付の『オタワサン』への寄稿によると、彼は「カルミ・イシュマール博士」という偽名で、「鳥-豚の生理における飛翔特性の進化」と「サンゴ礁に依存する底生生物および遠洋生物の修復戦略:T. migratoriusおよびG. californianusのケース」という研究発表を応募しました。前者は、空飛ぶブタ(flying pig)の骨や筋肉について研究したもので、後者は、海底に生息する鳥(コマドリおよびミチバシリ)の生態について研究したものです。

その結果、どちらの応募も採択されてしまいました。イシュマール博士は国際カンファレンスで、空飛ぶブタや海底に生息するコマドリについて講演できることになりました。それぞれについて、999 USドルの手数料を支払えば、です。

空飛ぶブタ(flying pig)とは、現実にはまったくありえないことを示す英語の慣用句で、皮肉がたっぷりこめられた演題だったわけですが、手数料さえ払えばなんでもよいということのようです。

本来であれば、「講演者(speaker)」として「国際カンファレンス」で講演するということは、終身在職権の取得や昇進など、研究者のキャリアには有利になるでしょう。しかし、『オタワサン』は専門家の意見として、大学はどのカンファレンスが実態の確かなカンファレンスなのかを判断できないこと、研究者を食い物にするいかがわしいフェイク・カンファレンスで発表するための手数料や旅費に研究費や税金が使われてしまうこと、などを指摘しています。

実は、A社もB社も日本で多くの国際カンファレンスを開催しています。講演者は、日本で研究発表をしたという実績を得たい新興国の研究者ばかりだろう、と思っていたのですが、よく見ると日本人も含まれているようです。国際カンファレンスで講演者になったという“箔”がほしいのかもしれませんね。お金を払うことで。

 


kayukawa_profile2

ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


プレプリントを論文の「最終版」に!?

プレプリントを論文の「最終版」に本連載「生命科学分野は「プレプリント」を導入すべき?」でも以前にお伝えしたように、「プレプリント(preprint)」という習慣が学術界に根づき始めています。

プレプリントとは、ジャーナル(学術雑誌)に論文として掲載されることを目的に書かれた原稿を、完成段階で査読の前にインターネット上のサーバーにアップした論文のことをいいます。プレプリントを登録するというこの習慣は物理学分野から始まり、1991年に設立された「arXiv.org」がプレプリント・サーバーの先駆けとして有名です。2013年には、生物医学分野を専門とする「bioRxiv」も設立されました。

この習慣は、あくまでもよりスピーディな情報交換のために始まったものなので、研究者は同じ原稿をジャーナルに投稿し、その原稿が査読を受け、論文としてジャーナルに掲載されることを目指す、ということが前提のはずです。

しかし最近、一部の研究者たちが、プレプリントを最終版とみなし、ジャーナルに投稿するつもりはないと発言して波紋を呼びました。そのことを『ネイチャー』(2017年1月20日号)が伝えています。

2017年1月12日、カリフォルニア大学デービス校の進化遺伝学者グラハム・クープは、Twitterで、bioRxivに投稿したプレプリントの1つは、それが「最終版」で、「公表(publish)」するつもりはない、と述べました。

その論文は、「遺伝的ヒッチハイク」と呼ばれるプロセスについて、2015年に公表されたある研究を批判するものです。

クープはこの論文をジャーナルに投稿せず、このプレプリントを「最終版」とする理由として、この論文は別の論文への応答であり、オリジナルの研究ではないからだと説明しています。しかし、もう1つの理由は「プレプリントが研究者によってどのように認識されているか」を知りたかったからだと書いています。

現行の査読システムにおいては、著者が原稿をジャーナルに投稿し、査読者がその原稿の問題点を指摘、つまり査読します。査読者の指摘に応じて著者は原稿を修正して再投稿し、査読者を納得させることができたら、その原稿は論文として受理(accept)されて出版(公表:publish)」されます。しかしながら、過激な論客のなかには、この査読というシステムは非科学的であり(本連載「査読の歴史 − 査読を科学的なものにしよう!」を参照)、オンライン・ジャーナルクラブ「パブピア(PubPeer)」や、PubMedの掲載記事に対してコメントして共有する「パブメドコモンズ(PubMed Commons)」といった情報交換サイトを通じた出版後査読(post-publication peer review)のほうが有益であると主張する人もいます(本連載「査読 システムに限界、基準劣化のおそれ」を参照)。

シカゴ大学の遺伝学者ヴィンセント・リンチは、クープの提起に応じて、「私の見解ではプレプリントはプリントと同じ(Preprint=print in my view)。出版前査読はおまけみたいなもの、出版後査読こそが重要」とツイートしました。

ただ、リンチもクープも、ジャーナルで論文を公表した実績があることを示す必要がある若い研究者たちには、プレプリントを最終版とすることがキャリアアップのためにならない可能性があることに注意を促してもいます。「学生やポスドクは、私の見解を共有していない人や、プレプリントとして出された研究の内容を真剣に精査しない人たちに、仕事や助成金申請を審査される可能性が高いのです」とリンチは述べています。

クープは、前述のプレプリントを「最終版」とした論文を単著で書いていますが、自分の学生がこの研究に大きく貢献していたならば、おそらくはその原稿をジャーナルに投稿しただろう、とコメントしています。

また、プレプリントの検索エンジン「PrePubMed」を設計したデータサイエンティストのジョルダン・アナヤは、プレプリントを「最終版」にするとしたら、いったいどのプレプリントが「最終版」なのかが簡単にわかる方法が必要になる、と指摘しています。アナヤ自身、自分がまとめてプレプリントとして公開した論文2件については、読む価値があれば読んでもらえるし、問題があれば誰かが指摘してくれるだろう、と考え、ジャーナルに投稿するつもりはないと述べています。

査読システムやジャーナルの存在意義を根本から否定するようなこうした提言に、学術界はどのように応えていくのでしょうか。


kayukawa_profile2

ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。