カテゴリーアーカイブズ: 学術ウォッチャーが斬る!

米国化学会、海賊版論文サイト「サイハブ」に勝訴

本連載でもお伝えしてきたように、「サイハブ(Sci-hub)」というウェブサイトでは、出版社のサイトでは有料でしか入手できない論文のPDFファイルを、誰でも簡単に無料でダウンロードすることができます。ジャーナル(学術雑誌)の購読料が高騰し、論文を手に入れにくくなったことに業を煮やした研究者アレクサンドラ・エルバキャンが2011年に開設したものです。多くの研究者に重宝されてきた反面、学術出版社などからは訴訟を起こされるなどされてきました。

世界最大の学会で、多くのジャーナルを発行する「米国化学会(ACS: American Chemical Society)」は今年6月、バージニア州の地方裁判所でサイハブを提訴しました。11月3日、バージニア州の地方裁判所はサイハブに対して、著作権侵害と商標違反の損害賠償として4800万ドルを同学会に支払うよう命じました。サイバブ側はこの裁判に出廷しませんでした。

最近のある研究では、サイハブには、世界の学術論文約8160万件のうち69%、米国化学会のジャーナルのコンテンツのうち98.8%が含まれている、と推定されました。

サイハブは学術出版大手エルゼビア社に著作権侵害で訴えられて、ニューヨークの裁判所から1500万ドルを損害賠償として払うことを命令されたこともあります。

米国化学会は声明文で「この判決は著作権法と出版産業全体の勝利である」と述べたうえで、サイハブとの「アクティブな提携や参画」をしている人々には、同学会の著作権で保護されたコンテンツや商標の不正使用に対する差し止め命令が出されることをこの判決は意味する、と説明します。つまりサイハブだけでなく、検索エンジンやサービスプロバイダなどにも適用される可能性があるということです。同学会はこれが執行されるよう動き始めているといいます。

この裁判所命令に実効性はあるのでしょうか? サイハブは閉鎖されるか、あるいは誰も検索エンジンでたどり着けなくなるのでしょうか?

ネイチャー・ニュース』では、知的財産の専門家が「アクティブな提携や参画」には解釈の余地があること、一般論としてはアメリカの裁判所は裁判に参加していない人々や団体に命令を出す権限は持っていないこと、しかし連邦規則(US federal rules)は禁止を命令された側と積極的に関係している者に対しては命令が及びうること、などを指摘しています。

サイエンス・インサイダー』では、別の専門家が、この判決は政府による検閲に第三者が関与を求められる前例になる可能性を指摘しています。

コンピュータ通信産業協会(CCIA)は「法廷助言書」を裁判所に提出して、プロバイダと検索エンジンへの命令を、エルゼビアによる訴訟でも米国化学会による訴訟でも、その訴えから除外するよう求めていました。この意見は前者では裁判官に取り入れられましたが、後者では却下されました。

なお同学会の広報担当者は、この判決は検索エンジンには適用されず、サイハブに「積極的に参加している団体」にのみ適用される、と『サイエンス・インサイダー』にコメントしています。

エルバキャンは今のところどのメディアにもコメントしていないようです。

サイハブは別の訴訟で閉鎖を命じられたこともあるのですが、アメリカの裁判所の命令が及ぶのは同国国内に限定されるため、ロシアのサーバーで運営しているサイハブはサービスを続けています。今回の判決でどうなるかはわからない、という意見もあるようですが、自由を重視するインターネットの世界では、その運営を止めることは不可能だろう、という推測もなされています。

もしサイハブが利用不可能になったら、高価な購読料を払うことのできる研究機関に所属していない研究者、とくに新興国の研究者に深刻な影響が出る可能性があります。そうした研究者もサイハブを必要とせず、論文、つまり公開された研究成果を自由に利用できるような情報環境があることが理想ではないでしょうか? しかし、現状はそうではないのです。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


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ウィキペディアは科学の「言葉」に影響する

「ウィキペディア」は、誰でも執筆・編集できるオンライン百科事典として知られています。何か気になることを調べるためにはとても便利なウェブサイトです。しかし、誰でも簡単に執筆・編集できることから、その信頼性には限界があり、論文などを書くときには、それを参照・引用することは慎重になったほうがいい、と一般的にいわれています。大学の教員のなかには、学生たちに対して、レポートを書くときにはウィキペディアどころかインターネットを参照すること自体を禁止する方もいるほどです。

しかし現実には、科学者もウィキペディアを参照しています。それどころか最近、科学者の「言葉(言語)」はウィキペディアの影響を受けている、と主張する研究結果が報告されました。

マサチューセッツ工科大学のイノベーション研究者ニール・トンプソンとピッツバーグ大学の経済学者ダグラス・ハンリーは、ウィキペディアが科学者の言葉にどう影響しているかを調べるためにある実験を行い、その結果をまとめた論文の原稿を9月20日、「社会科学研究ネットワーク(SSRN : Social Science Research Network)」が運営するプレプリントサーバー(論文の原稿を投稿するウェブサイト)に公開しました。

トンプソンとハンリーは大学院生らに、ウィキペディアにまだ書かれていない化学分野のトピックについての記事を書かせました。彼らはそうしてできた記事43件を無作為に分け、半分を2015年1月、ウィキペディアで公開しました。残りの半分は「コントロール(比較対照群)」として、公開していません。公開された記事は、2017年2月までに200万を超えるページビューを稼ぐ結果となりました。(彼らは大学院生らに経済学の分野の記事も書かせたようですが、この論文では主に化学分野での影響が分析されています。)

ウィキペディアに掲載された記事の内容が科学論文にどのような影響を与えたのかを調べるため、彼らは、最も影響力のある化学分野のジャーナル(学術雑誌)50誌のテキストを分析して、ウィキペディアで記事が公開されてから約2年後の2016年11月までの期間に、論文で使用される言葉がどのように変化したかを調査しました。

彼らは、論文で使われている言葉の頻度や新しい単語が現れた時期などを計算した結果、

平均すればウィキペディアの記事1本の存在は、そうした科学論文内の意味ある単語のうち0.33%(つまり約300分の1)を変化させる

ということを発見しました。これは「新しいウィキペディアの記事 → その記事を読む科学者 → 科学文献への影響」という「因果的な影響が強い」ことを示しています。

トンプソンとハンリーはさらに、ウィキペディアの影響は、有名なジャーナルよりも、あまり引用されないジャーナルで、より顕著であることを発見しました。また、論文の著者たちの国を調べてみると、高所得の国よりも低所得の国の研究者たちにウィキペディアの影響が強く見られることもわかりました。

彼らは論文のアブストラクト(要約)で、ウィキペディアのような誰でも利用可能な情報源にアクセスすることは「科学を進展させるために費用対効果が高い方法」だと肯定的に評価しています。「(情報入手の)公平さを高め、科学情報に従来的な方法ではアクセスできない人たちにより大きな恩恵をもたらす」と。

また『ネイチャー』のニュース記事で著者の1人は、購読料が高いジャーナルにアクセスしにくい国の科学者のなかには、ウィキペディアに依存している者がいるかもしれない、と推測しています。一方、この研究に参加していない研究者の1人は、論文を書くとき、言葉の手本としてウィキペディアを参照している科学者もいるからではないか、とコメントしています。また別の研究者は、科学者もウィキペディアのような一般向けに書かれた資料を参照していることがわかったということに、この研究の意義を見出しています。

ウィキペディアはしばしば、不正確なこと、記述の根拠が明らかでないことなどが指摘されます。それを改善する方法として、専門家が執筆や編集に参加することが推奨されており、実現しつつあります。たとえば、『RNA生物学(RNA Biology)』というジャーナルでは、2008年以来、論文の内容に関連するウィキペディアと連動したページの当該項目を更新することを、著者たちに義務づけています。

トンプソンらの論文はまだ査読中なので、その評価には慎重になるべきかもしれません。しかし、誰でもアクセス可能な情報源が科学者に肯定的な影響を与えているのだとしたら、科学を進展させるためには論文自体のオープンアクセス化もまた、これまで以上により前向きに検討されるべきでしょう。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

 


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「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(後編)

前編では、カナダのオタワ病院研究所の疫学者デーヴィッド・モーハーらが捕食ジャーナルに掲載された論文の「責任著者(corresponding author)」の所属国を調査した結果、最も多かったのがインド、次がアメリカであったことなどをお伝えしました。後編では、論文著者たちの捕食ジャーナルに対する認識と、捕食ジャーナルの特徴について見てみましょう。

モーハーらは、捕食ジャーナルで論文を発表した著者たちが所属する研究機関の責任者16人を選んで問い合わせのメールを送りました。「著者たちに警告した」、「対策を検討している」などと返信してきた研究機関もあれば、返信がなかったところやメールが戻ってきてしまって届かなかったところもありました。

また、彼らは著者87人にも直接メールを送ったところ、18人から回答を得られました。そのうち2人は、投稿するジャーナルが捕食ジャーナルである可能性を認識していたと答えました。4人はビールズ・リストの存在を知っていました。そして、3人が捕食ジャーナルでの採択以前に、ほかのジャーナルに原稿を投稿したことがあると答え、7人が、どのジャーナルに投稿するかについて何らかのガイダンスを受けたことがあると答えています。自分たちの研究が引用されたことがあると答えた著者も7人いました。

モーハーらは、捕食ジャーナルに論文を掲載することは「非倫理的である」と主張し、それらの問題点を「貧弱な査読と貧弱なアクセス」とまとめています。本連載でも伝えたように、適当に言葉を並べただけの無意味な原稿を投稿しても、捕食ジャーナルの編集部はそれを論文として採択してしまうことが広く知られています。また、そうした論文はパブメド(PubMed)などの論文データベースに収載されないことがあるので、見つけにくいことも指摘されています。

彼らは、捕食ジャーナルを通常のジャーナルと区別することは難しい、と指摘します。しかし一方で、彼らは以前に『BMCメディスン(BMC Medicine)』に投稿した論文で捕食ジャーナルの特徴を分析し、以下の13点にまとめたことがあります(彼らの箇条書きに筆者が加筆)。

1. その対象範囲には、生物医学的なトピックと並んで非生物医学的なテーマが含まれる。
2. そのウェブサイトにはスペルや文法のエラーがある。
3. 画像が歪んでいたり、ぼやけていたりする。未許可のものである可能性もある。
4. そのホームページは読者ではなく著者らをターゲットにした言語で書かれている。
5. そのウェブサイト上で「インデックス・コペルニクス・ヴァリュー(ICV: The Index Copernicus Value)」が宣伝されている(ICVはジャーナルなどの価値を示す指標だが、その信頼性は疑問視されてきた)。
6. 原稿の取り扱いプロセスの説明が不足している。
7. 原稿は電子メールで投稿するよう要求されている。
8. 迅速な掲載が約束されている。
9. 撤回についてのポリシーが書かれてない。
10. ジャーナルの中身をデジタルで保存するかどうか、どのように保存するかについての情報が欠けている。
11. 論文加工掲載料は非常に安い(たとえば150ドル未満)。
12. オープンアクセスであると謳うジャーナルでは、掲載された研究の著作権を出版社が所持し続けることになるか、著作権に言及していないかのいずれかである(通常のオープンアクセス・ジャーナルでは、当然ながら著者に属することが保証されている)。
13. 連絡先にプロらしくなかったり、ジャーナルらしくないメールアドレス(たとえば@ gmail.comや@ yahoo.comなど)が使われている。

少なくとも、ある程度の参考にはなるでしょう。

今年8月29日、通信社のブルームバーグが、大手製薬企業の研究者たちが捕食ジャーナルで論文を発表していることを報道しました。信頼性の低い論文のデータが、医薬品の認可の根拠や宣伝材料になってしまうのだとしたら、私たちの生命にも関わってきます。

その一方で、捕食ジャーナル問題は、日本では一部の専門家以外にはほとんど知られていないのが実情でしょう。臨床医などのなかには、罪の意識がないままこうしたジャーナルで論文を発表してしまう人もいるようです。学術界の自浄作用だけでなく、ジャーナリズムの奮闘が望まれます。


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

 


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「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(前編)

本連載では、どんなにひどい原稿でも、掲載料さえ払えば査読らしい査読なしで掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」について、何度も取り上げてきました。最近では、「フェイク・ジャーナル(fake journals)」と呼ばれることもあります。

捕食ジャーナルで研究成果を発表する者たちは、主としていわゆる開発途上国の医師や研究者だと思われてきました。実際のところ、そうした捕食ジャーナルに投稿される論文の著者がインドなどのアジアに集中することを明らかにした調査もあります。ただ筆者は「日本人も少なくないのではないか?」と思ってきました。

カナダのオタワ病院研究所の疫学者デーヴィッド・モーハーらは、そうした論文の共著者たちのなかでも、ジャーナル編集部や読者など外部との窓口役を果たす「責任著者(corresponding author)」の所属国に着目すると、インドの次に多かったのはアメリカであることなどを、『ネイチャー』への寄稿で明らかにしました。

この調査の対象となったのは、1907件の論文です。モーハーらは、捕食ジャーナルのリストとして知られ現在は閉鎖されている「ビールズ・リスト(Beall’s List)」などを参考にして、生物医学分野の捕食ジャーナルを発行している出版社の中から、1誌だけを発行している出版社41社と、複数誌を発行している51社を選びました。その上で、これらの出版社が発行するジャーナル計179誌に最近掲載された論文3702件から、純粋な生物医学研究と体系的レビュー(複数の論文のデータを統合して分析する研究)を抜き出したところ、1907件が残ったのです。

彼らの調査で、そうした論文では、主流のジャーナルに載った論文に比べて、ガイドラインが守られていない傾向があることが浮かび上がりました。たとえば、臨床試験を報告する論文では「登録情報」が書かれていないこと、体系的レビューでは「バイアス(偏り)」のある可能性が評価されていないこと、動物実験では「盲検化(ある動物が実験群であるか比較対照群であるかを実験者がわからないようにすること)」に関する情報が書かれていないこと、などが明らかになりました。

また、倫理委員会の承認を得ていることを明記した論文が、主流のジャーナルでは70%を上回る(ヒトを対象とした研究で70%以上、動物を対象とした研究で90%以上)のに対し、モーハーらが調査した捕食ジャーナルでは40%に留まりました。さらに、資金源を書いていない論文は、約4分の3に上りました。責任著者の所属国は、インド(27%)、アメリカ(15%)、ナイジェリア(5%)、イラン(4%)、日本(4%)など世界103カ国に広がることもわかりました。

モーハーの調査とは別に、シンクタンクである民主主義・経済学研究所(IDEA : Institute for Democracy and Economic Analysis)がまとめた調査では、インドやナイジェリアの論文の10%以上が捕食ジャーナルで発表されていたこと、それに対してアメリカや日本では1%以下であったと明らかになっていました。また、『情報科学技術協会ジャーナル(JASIST : Journal of the Association for Information Science and Technology))に掲載された別の研究では、捕食ジャーナルに載った論文の著者の75%が南アジア(主にインド)、14%はアフリカ(主にナイジェリア)にいたのに対し、アメリカにいた著者はわずか3%だとわかったこともあります。

それらとは対照的に、モーハーたちの調査では、著者たちの57%は「高所得国」または「中所得国」以上の国の研究者であることが判明しました。モーハーらは調査結果に違いが出た理由を、自分たちは共著者全員ではなく「責任著者」に絞って分析したこと、自分たちのサンプルに高所得国の著者たちが好むジャーナルが含まれている可能性、そして近年、捕食ジャーナルを発行する捕食出版社は高所得国や中所得国の医師や研究者たちに対して、メールによる論文投稿の勧誘をより積極的に行うようになっている可能性を挙げています。

モーハーたちの調査は続きます。後編では、捕食ジャーナルの特徴(見分け方)なども紹介します。

 


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1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

 


PC+money

300ドルであなたも論文の共著者に

本連載では、掲載料さえ払えば、どんなにいい加減な原稿でも論文として掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」やそれを発行する出版社「捕食出版社(predatory publisher)」のことをたびたび取り上げてきました。そうした出版社やジャーナル(学術雑誌)をまとめてリストアップした「ビールズ・リスト(Beall’s List)」もあったのですが、2017年1月に閉鎖されてしまったことも伝えました。

インドのIT企業に勤める研究者で、医療ライターでもあるプラヴィン・ボージートは、この捕食出版という問題に興味深い角度から疑問を投げかけました。研究に何も貢献していない者でもお金を払えば、論文の共著者になれるのか、ということです。

ボージートがビールズ・リストに載っていた出版社を以下の方法で調査したところ、約16%が論文の共著者に名前を加えることに同意したといいます。

ボージートは、2015年11月にビールズ・リストに載っていた出版社906社の中から、分野を生物医学分野に絞って調査を行いました。実際に稼動している706社のうち、2016年12月の時点で400社が生物医学分野のジャーナル4924誌を発行していることを確かめました。そのうち119社がインドの、94社がアメリカの出版社でした。

ボージートは架空の名前を使って、そうした出版社にメールしました。その文面の一部を学術情報ウェブサイト『リトラクション・ウォッチ』が紹介しています。

私は多忙な上、多くの患者を抱えているため論文を書いたり出版したりすることができないのですが、宣伝のために論文が必要です。同僚の1人から、貴社のジャーナルはこの件について手助けしてくれると聞きました。貴社が医学関連の論文の共著者に私を追加したり、あるいは誰かが私の代わりに論文を執筆してくれたり、発表を手助けしてくれたりできるならば、幸いです。

彼は返信を期待していなかったのですが、117 社(44.5%)から回答を得ました。共著者として名前を追加することを断ったのは44社(37.6%)、はっきりと答えなかったのが21社(17.9%)。しかし19社(16.2%)は、共著者として名前を加えることに同意しました。自分たちが論文を書いて出版する、と答えた出版社も10社(8.5%)ありました。

『リトラクション・ウォッチ』はその回答の一部を紹介しています。

以下は著者2名が掲載準備を整えた論文タイトルの一部です。(略)この著者たちは掲載のために支払うお金がないので、論文の掲載費を支払うことができて共著者に加えられる人を探しているのです。

 

私たちは、研究の共著者としてあなたの名前を追加するように、何人かの著者に依頼することができます。あなたは掲載料(論文2件に300 USドル)を支払うだけです。

ボージートは、「スタンドアローン・ジャーナル(stand-alone journal)」といってジャーナル1誌だけを発行している出版社についても調べているのですが、母数が少ないのでここでは省略します。彼によれば、捕食出版社の少なくとも半分は「非倫理的な」出版行為にかかわっていることになります。

彼は今年9月に開催された「査読と科学出版についての国際会議(Peer Review Congress)」でこの調査結果を発表しました。『リトラクション・ウォッチ』のインタビューでは、お金を払えば、ジャーナルの編集委員として迎える、と言ってきた出版社もあったことを明かしています。

研究に何も貢献していない者の名前を共著者に加えることは「ギフトオーサーシップ(gift authorship)」と呼ばれ、ずいぶん前から研究不正行為の一種として問題視されてきました。名前を貸すほうは業績を増やすことができること、名前を借りるほうは論文に“ハク”を付けることなど、双方にとってメリットがあるとされてきました。「オーサーシップ」はギフト(贈り物)としてやり取りされるだけなく、金銭でも取引されている可能性がありそうです。


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

 


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エルゼビア社、海賊版論文サイトに裁判で勝利したが…

2017年6月21日、アメリカのニューヨーク地方裁判所は、「サイハブ(Sci-Hub)」や「ライブラリー・ジェネシス(Library Genesis/LibGen)」といった、有料の学術論文を無料で入手できるウェブサイトに対して、著作権侵害による損害賠償として1500万ドルを支払うべきだと裁定しました。

本連載でも伝えた通り、ジャーナル(学術雑誌)の購読費が高騰していることにより、論文を入手しにくくなっていることに対して、多くの研究者が不満を抱いています。その1人であるカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、2011年、購読費もパスワードも使うことなく学術論文のPDFファイルを簡単に入手できるウェブサイト「サイハブ」を開設しました。

サイハブは多くの研究者に重宝されていますが、当然のことながら学術出版社はこれに激怒しています。なかでも学術出版最大手のエルゼビア社はサイハブを訴え、2015年11月、ニューヨーク地方裁判所はサイハブに対しウェブサイトの閉鎖を命じました。しかしエルバキャンはサーバーを、アメリカの司法の力がおよばないロシアに移し、現在に至るまでサイハブを運営しています。

今年5月、エルゼビア社はサイハブや、やはり有料の論文を無料で入手できるサイト、ライブラリー・ジェネシスで不正に入手できる論文100件のリストを裁判所に提出し、恒久的な差し止め命令と総額1500万ドルの損害賠償を求めました。

『ネイチャー』(6月22日付)によれば、サイハブで入手可能な論文の版権のうち、最も多くのシェアを占めていたのは、エルゼビア社でした。それにネイチャー・シュプリンガー社やワイリー・ブラックウェル社が続きます。

エルゼビア社の訴えに対して、ニューヨーク地方裁判所のロバート・スウィート判事は、海賊版論文サイトの運営者も代理人もいない法廷で、エルゼビア社寄りの判決を下したのです。しかし、多くの学術ウォッチャーたちは、この判決がサイハブやライブラリー・ジェネシスの運営を止められるとは考えていないようです。実際のところ、7月現在、どちらも利用可能です。エルゼビア社の代理人や出版業界団体は、当然ながらこの判決を歓迎するコメントを各媒体で述べています。

興味深いのは、識者たちの見解です。たとえば2人の識者が別の媒体で、ほとんど同じことを話しています。インペリアル・カレッジ・ロンドンの生物学者スティーブン・カリーは『ネイチャー』で、セント・アンドリュース大学の歴史学者アイリーン・フィフェーは『タイムズ・ハイアー・エデュケーシション』で、それぞれこう述べています。サイハブが人気だということは、学術出版の現状に不満を抱えている研究者がそれだけたくさんいるのだ、と。

また、サイハブについて最初に書かれた学術論文の著者の1人、ゲーテ大学の生物情報学者バスティアン・グレシュアケは、この判決によって、サイハブやライブラリー・ジェネシスを使う人たちはむしろ増え、さらに彼らは同様の「法的に問題のある」サービスを開発するよう刺激されるだろう、と推測しています。実際、「オープンアクセスボタン(Open Access Button)」や「アンペイウォール(Unpaywall)」といった研究論文を入手するためのウェブサービスやアドオン(これらは合法)は、多かれ少なかれサイハブに触発されてできたものだ、と。

さらにスタンフォード大学の教育学者ジョン・ウィリンスキーは、今回の判決はエルゼビア社が公的な資金で行われた研究を「企業資産と私有財産」に変えてしまっていることを意味する、と厳しい評価を下しています。

学術出版社に対する批判は別の形でも現れています。「数学界のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を受賞した数学者を含む著名な科学者たちは、2012年、エルゼビア社が発行するジャーナルの購読料の高さなどに抗議して、同社への論文の寄稿・査読・編集をボイコットするという「学界の春(Academic Spring)」運動を始めました。この運動はオープンアクセスの推進にも広がり、同社を支持しないと表明する宣言への署名運動「知識の代償(The Cost of Knowledge)」となって広がっています。

確かに、サイハブは違法なのでしょう。しかしながら、エルゼビア社をはじめとする学術出版社がこうした研究者たちの不満に対する解決策を提供できていないのも事実なのです。


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1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


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研究不正を行った研究者が死刑に!?

本ウェブサイトの記事「中国が学術不正防止に本腰」でも指摘されているように、日本やアメリカだけでなく中国でも、研究不正が問題になっています。『科学・工学倫理(Science and Engineering Ethics)』に掲載された最近のある調査では、中国の研究者らによる生物医学分野の論文のうち約40パーセントに、研究不正が含まれると推測されました。また本連載でも紹介したように、最近、中国の研究者たちによる論文107件が撤回されました。「偽装査読(フェイク査読)」がなされていたことがわかったからです。

こうした状況に中国の当局も手をこまねいているわけではありません。例えば、予算を拠出する機関は、研究不正が発覚した研究者からは研究費を返還させるなどの措置を講じてきました。

『フィナンシャル・タイムズ』(2017年6月19日付)の記事によれば、中国の科学技術省は前述の論文大量撤回事件を受けて、研究不正に対する「ゼロ・トレランス(no tolerance=許容度ゼロ)」の方針を宣言したといいます。しかし学術情報のニュースサイト『リトラクション・ウォッチ』を運営していることで知られる2人のジャーナリスト、アイヴァン・オランスキーとアダム・マーカスは、生物医学のニュースサイト『STAT』(2017年6月23日付)において、「中国のゼロ・トランス方針がどのようなものであるかはクリアではない」と指摘しています。

また今年(2017年)4月、中国の裁判所は、医薬品の許認可にかかわる研究において研究不正をした者に対しては厳格な実刑判決を下す方針を固めました。その不正行為により人的被害が生じた場合、その「実刑」には死刑も含まれるとしています。『ネイチャー』(2017年5月16日)は「この法律の下、認可された薬が健康問題を引き起こし、重度または致命的な結果が生じた場合には、10年の懲役または死刑になる可能性がある」と報じています。

これまでオランスキーとマーカスは、刑事罰の可能性も含めて、研究不正に対する厳しい規制を主張してきました。しかし2人は前述の『STAT』の投稿記事で、この中国の方針に対しては批判的な見解を述べています。

その理由としては、研究不正は要するに詐欺であり、資金提供者に対する窃盗ともみなせるものの、一般的には詐欺も窃盗も死刑には該当しないことなどを挙げています。ただ、医薬品の研究で不正を行った研究者は、「少なくとも理論上は」その医薬品を投与される人々の健康を危険にさらし、致命的な結果を招く可能性があります。とはいえ、医薬品の許認可は、1人ではなく多くの研究者からなるグループによって得られたデータによって判断されるので、グループ全員が不正行為に手を染めていない限り、研究者1人の不正行為による影響には限界がある、というのがオランスキーとマーカスの見解です。

2人は、懲役などの刑事罰を含む罰則の強化に対しては前向きなようです。第5回研究公正世界会議(WCRI: World Conference on Research Integrity)で発表された彼らの調査によれば、1975年から2015年にかけて、何らかの形で研究に関連した不正行為に対し刑事罰を受けた研究者は、世界中でわずか39人だけ。そのなかには研究予算の不正使用などのケースも含まれていました。

また、生物医学分野における研究不正を監視する米国の政府機関「研究公正局」が同じ時期に行った調査報告によれば、研究不正250件あまりのうち、刑事罰を受けたのは5件のみ、つまり2パーセント以下だともいいます。しかも研究不正を行った研究者のうちほとんどは連邦予算の使用を一時的に禁止されただけであり、なかには一定の時間を置いた後、研究に復帰している者もいます(本連載「研究不正が発覚した研究者でも、多額の助成金を獲得」も参照のこと)。

日本でも、研究不正ウォッチャーとして知られる白楽ロックビル(お茶の水女子大学名誉教授)は、研究不正は「警察が捜査せよ!」と厳しく主張しています。科学・技術政策ウォッチャーとして知られる榎木英介(近畿大学講師)も、研究不正が発覚しても地位はそのままで、ある時点までは研究費も受け取っていた研究者がいることなどを指摘しながら、「研究不正が死刑に値する犯罪とは思えない。しかし、大したおとがめもなく、研究を続けられるというのも甘すぎる」と指摘しています。

研究不正に対して、死刑はともかくとしても、刑事罰を下すべきか−−みなさんはどう考えますか?

 


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1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


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捕食出版社、生涯教育にも進出

本連載では、掲載料さえ払えばどんなにひどい原稿でも論文として掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」や、登録料さえ払えば誰でも「講演者」として発表させてしまう「フェイク・カンファレンス(fake conference)」について書いたことがあります。とりわけカナダの『オタワサン』や『オタワシチズン』に寄稿する記者トム・スピアーズによる調査活動を紹介してきました。

スピアーズは、捕食ジャーナルの出版社として知られるインドのA社が倫理学分野のジャーナル(学術雑誌)を発行していることを知り、昨年秋、アリストテレスの文章を盗用したうえで、それに手を加えてつくったデタラメな原稿を投稿しました。その原稿はあっけなく論文として採択されてしまい、ジャーナルに掲載されることになりました−−掲載料さえ払えば。スピアーズはその経緯を暴露しました。

『オタワシチズン』(2017年6月1日付)にスピアーズが寄稿した記事によれば、その暴露によって、A社はその原稿の採択(受理)を撤回することを余儀なくされたといいます。スピアーズは、A社の弁護士からは「謝罪文を公表することを要求する」と警告され、そのジャーナルの編集委員からは「あなたの論文は執筆の基準に満たしてさえいないと我々は結論づけている」と忠告されたといいます。スピアーズの原稿は、査読を通ったはずなのですが…。

ある日、スピアーズは同僚から「同じ論文を繰り返し採択すると思う?」と尋ねられました。そこで彼は、同じ研究をA社が開催する免疫学の国際カンファレンスで発表するために投稿することにしました。ただし題名は医学っぽく変更しました。「免疫学における新しい倫理的な問題:感染症研究のボランタリティとケタランスの程度」と。「ボランタリティ(Voluntarity)」や「ケタランス(Ketterance)」という言葉は、スピアーズらがでっち上げたもののようです。確かに、辞書を引いても出てきません。

そして結果は……またもや採択だったようです。1499米ドルを払えば、テキサスで開催される国際カンファレンスで、ポスター発表できることになりました。本連載でもお伝えしたように、A社はスピアーズがでっち上げた「空飛ぶブタ」などについての研究を、国際カンファレンスでの講演として採択したこともあります。

スピアーズらは同じデタラメな研究内容を、老人病学の国際会議にも投稿していました。2日後の同じ『オタワシチズン』によると、やはりこれも採択されたそうです。しかもそのカンファレンスは、老人病学や看護学分野における生涯教育(continuing education)に関するものでした。

捕食ジャーナルを出版したり、フェイク・カンファレンスを開催したりする「捕食出版社(predatory publishers)」はこれまで、業績を求める若手研究者を主なターゲットにしてきたはずですが、「生涯教育」にも手を付け始めたということは、そのターゲットが拡大していることを意味する、とスピアーズは『オタワシチズン』で指摘します。

スピアーズはA社に説明を求めるメールを送ったのですが、これまでのところ返事はないようです。

A社はインドのハイデラバードに拠点を置き、700誌ものオンライン・ジャーナルを発行する企業です。最近、カナダの正当な学術出版社B社とC社を買収しました。同社のビジネスモデルをB社やC社も採用するのかが気になります。またA社は世界各地で年間1000件もの「国際カンファレンス」を開催しています。もちろん、日本でも。今年は主に大阪で、37もの国際カンファレンス(2017年6月時点)がA社によって開催される予定となっています。

見知らぬ外国企業から「発表募集(Call for papers)」というメールが来たときには、そのジャーナルや国際会議で自分の研究を発表することが、ほんとうに、科学コミュニティや社会への貢献につながるかどうかを熟考したいものです。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


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「フェイク査読」が発覚したジャーナルは編集委員もフェイク!?

本誌では以前、「偽装査読」あるいは「フェイク査読」と呼ばれる不正行為の実例を紹介しました。そのなかで今年4月、大手学術出版シュプリンガー社が、同社が発行するジャーナル(学術雑誌)の1つ『腫瘍生物学(Tumor Biology)』に掲載された論文107件を、 フェイク査読 を理由に撤回したこと、そのことにはフェイク査読をコントロールしている業者が関係しているらしいことを紹介しました。

学術情報のニュースサイト『リトラクション・ウォッチ』によれば、『腫瘍生物学』は、論文の撤回数が最も多いとされている学術ジャーナルであり、しかも今回の撤回は、2015年、2016年に行われた大規模な論文撤回に続く3回目です。『腫瘍生物学』は、腫瘍・バイオマーカー国際学会(International Society of Oncology and BioMarkers : ISOBM)のジャーナルで、去年(2016年)まではシュプリンガー社が発行していましたが、現在は、SAGE社が発行しています。

しかしながら、『サイエンス』誌のニュースブログ『サイエンスインサイダー』によれば、『腫瘍生物学』の問題は論文撤回だけではなかったといいます。

このときに撤回された107本の論文はすべて、中国の研究者たちによるものでした。同誌は、研究者の論文発表を支援する専門業者がある役割を果たしているという「いくつかの証拠」がある、というシュプリンガー社の説明を紹介しています。ただ、撤回された論文の著者たちがそのことを認識していたかどうかはわからない、とのこと。

また、少なくとも1つのケースでは、撤回された論文の著者はそうした業者を利用していないし、「偽装査読者」を提案してもいない、と主張しているといいます。編集者が「偽装査読者」の連絡先情報をデータベースに保存していたため、このようなことが起こった可能性が指摘されています。

そして『サイエンスインサイダー』は、オンラインで公開されている同誌の編集委員会には、「同誌とは何の関係もない」と言う科学者数名の名前が含まれていたことを明らかにしました。そのなかにはドイツの著名なウイルス学者で、ノーベル賞受賞者であるハラルド・ツア・ハウゼン(Harald zur Hausen)も含まれていました。

2016年12月に『腫瘍生物学』の発刊がSAGE社に移行する前後に同誌が『腫瘍生物学』の編集委員としてリストアップされていた研究者すべてに、メールや電話で連絡を取ったところ、少なくとも5人は、何年も前から同ジャーナルに関与していないか、同学会を退会していることがわかりました。たとえば、前述のツア・ハウゼンは、自分が編集委員のリストに載っていることを知らなかったし、『腫瘍生物学』の論文を査読したことは一度もない、と答えました。米国ヒューストンのテキサス大学MDアンダーソンがんセンターのアイゼア・ファイドラー(Isaiah Fidler)は、自分は『腫瘍生物学』とは「関係ない」と語り、名前をすぐに取り除くよう、編集委員長であるスウェーデンのウメオ(Umeå)大学のトーグニー・ステグブランド(Torgny Stigbrand)に依頼したといいます。

編集委員のうち7人とは連絡が取れませんでした。なかには、同ジャーナルのウェブサイトに掲載されていた研究機関には勤務していない人や、4年前に亡くなっていた人の名前までありました。

また、ステグブランド編集委員長も含めて、編集委員16人は『サイエンスインサイダー』からの質問に答えませんでした。ISOBMの理事の何名かも同様でした。

現在の発刊元であるSAGE社とISOBMは現在、理事会を再編中で、査読プロセスを見直しています。シュプリンガー社は、『腫瘍生物学』以外のジャーナルについても査読プロセスをより堅固なものとし、査読者の身元を検証するツールを開発する予定であることが伝えられています。

『腫瘍生物学』の編集委員会は、少なくともある時期までは、「フェイク編集委員」で構成されていたことになります。大手学術出版社が、がんという重要な病気の研究を発表するジャーナルでこのような事態を放置していたことは、たとえケアレスミスであったとしても、とても残念です。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


査読システムを欺き、自分の原稿を自分で査読!?

本連載では、どんないい加減な論文でも掲載料さえ払えば載せてしまう「捕食ジャーナル」や、どんないい加減な発表でも参加料さえ払えば発表させてしまう「フェイク・カンファレンス」を取り上げてきました。今回は、ジャーナル(学術雑誌)の査読システムを欺いて、著者が自分の原稿を自分で査読してしまう「偽装査読(peer review rigging)」の例を紹介します。「フェイク査読(fake peer review)」などと呼ばれることもあります。

2012年、『酵素阻害および医薬品化学ジャーナル(the Journal of Enzyme Inhibition and Medicinal Chemistry)』の編集者は、ある著者が投稿した原稿に対する査読に疑問を持ちました。査読の内容自体は、原稿を好意的に評価したうえで一部の修正を求める、という平凡なものだったのですが、疑問だったのはそれにかかる時間でした。いつもとても早く、24時間以内ということもあったのです。同誌のクラウディウ・スプラン編集長は、その著者に面会しました。その結果、韓国人であるその著者は、査読レポートを自分自身で書いていたことを認めました。

2014年11月26日付の『ネイチャー・ニュース』によると、からくりはこんな感じです。同誌を含めていくつかのジャーナルでは、論文の原稿を投稿した著者は、査読者を指名(提案)することができます。そのことを著者に義務づけているジャーナルもあります。この韓国人著者はそれを利用して、実在の研究者の名前や、ときには仮の名前を挙げておきながら、メールは自分や自分の同僚に届くようにして自ら査読を行っていたのです。この著者の告白によって、論文28件が撤回され、1人の編集者が辞任しました。

他の事例もあります。

2013年、『振動制御ジャーナル(the Journal of Vibration and Control)』の編集部は、ある著者が、査読者だと主張する人物2人からメールを受け取ったことを知りました。査読者は通常、著者と直接接触することはありません。そして奇妙なことに、そのメールは研究者の多くが使用する所属研究機関のアカウントのものではなく、Gmailのアカウントだったといいます。

同誌のアリー・ネイファ編集長は、発行元のSAGE社に連絡しました。また編集者らは、この情報提供者によって提供されたGmailアドレスと、その名前が使われている研究者の所属する研究機関のアドレスの両方にメールを送りました。すると、研究者のひとりは、自分は前述の著者にメールしていないことだけでなく、その分野の研究をしてさえいない、と答えました。

この事態を受け、SAGE社は大規模な調査を実施しました。これらの人物やこれらのアカウントの背後にいる人々が書いたり査読したりしたと思われる論文すべてを同社は追跡できた、といいます。また彼らは、査読の文言、著者から指名された査読者の詳細、参照文献リスト、そして査読の所要時間−−わずか数分ということもあったそうです−−をチェックしました。その結果、最終的に130ものいかがわしいアカウントを発見しました。

同社はその過程で、著者たちが「異例の割合で」、お互いを査読したり引用したりしていることに気づきました。被引用数を上げるために、必要以上にお互いを引用する行為は「引用リング(citation ring)」と呼ばれています。最終的には60件の論文に、偽装査読か引用リング、またはその両方あるという証拠が見つかりました。

また、偽装査読や引用リングの中心に、ある人物がいることが浮かび上がりました。台湾の研究者で、問題になった論文の事実上すべての共著者になっていた人物です。同社は彼が所属する大学に連絡し、調査を進めたところ、その人物は2014年2月にそのポストを辞任しました。

同年5月、ネイファは責任を取って編集長を辞任し、SAGE社は問題になった論文60件すべての著者たちに連絡して、論文が撤回されることを知らせました。7月には、台湾の通信社が、問題の人物が偽装査読と引用リングについてすべての責任を負うという声明を発表したこと、さらには5件の論文に台湾の教育大臣を、大臣の承諾を得ないまま共著者に加えたのを認めたことを伝えました。大臣は関与を否定しましたが、問題の拡大を懸念して辞任しました。

撤回された論文の著者たちのうち2人は、同社に対して、再検討や再掲載を要請しましたが、同社は、たとえ彼らが偽装査読などを知らなかったとしても、その決定を変更することはないとしました(編集部に情報を提供した著者も、おそらく共著者による偽装査読を知らなかったのでしょう)。

『ネイチャー・ニュース』は「著者が査読システムを騙そうとしているかもしれない徴候」として、次のようなことを挙げています。

・その著者は編集部に対して何人かの研究者を査読者としないよう頼み、その後、その分野に
おけるほとんどすべての研究者のリストを出してくる。
・その著者は奇妙なことに、ネット上で見つけることが難しい査読者を指名してくる。
・その著者は指名した査読者の連絡先として、学術機関のメールアドレスではなく、Gmailや
Yahooなど無料のメールアドレスを示す。
・依頼してから数時間以内に査読が戻ってくる。それらは原稿を好意的に評価する。
・査読者が3人いる場合においても、全員が原稿を好意的に評価する。

こうした騒動を受けて、学術出版における倫理的行動を促進する「出版倫理委員会(COPE : the Committee on Publication Ethics)」は、偽装査読を非難する声明を発表しました。

そして2017年4月、COPEの一員でもある大手出版シュプリンガー社は、『腫瘍生物学(Tumor Biology)』に掲載された論文107件を撤回しました。この数字は、2010年から2016年の間に同誌で公表された論文すべての2%に相当するといいます。手法は、前述のケースと同じですが、なかには非意図的なものもあること、偽装査読をコントロールしている業者があるらしいこともわかりました。

生物医学のニュースサイト『STAT』によると、ある著者は中国の報道機関に、自分の論文は初め却下されたのに、ある業者にカネを払って投稿を手伝わせるとその論文は採択された、と語ったといいます。シュプリンガー社は、査読プロセスの見直しなど対策を講じているとしています。

しかし『STAT』は、たとえ出版社がいかがわしい著者や関係業者を根絶やしにすることができたとしても、こうした詐欺的行為を考えついた「賢い者たち」は、たぶん別の方法に乗り換えるだろう、と指摘します。

出版社や国際会議の運営会社だけでなく、論文の著者や論文投稿支援を行う業者のなかにも、「フェイク」な行為を行うものがあるということです。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。