カテゴリーアーカイブズ: クローズアップ学術界

研究不正が発覚した研究者でも、多額の助成金を獲得

Kayukawa_shot_ 2017-03-02一般的には、研究不正(データの捏造、改ざん、盗用など)が発覚した研究者は、研究の世界から追放されると思われているかもしれません。しかし、2017年1月に発表されたある調査では、研究不正が発覚し、何らかの制裁を受けた後であっても、研究を続けているだけでなく助成金を獲得し続けている研究者が少なくないことがわかりました。

米国イリノイ大学の研究公正官−−アメリカでは、研究機関には研究不正に対応する職員「研究公正官」を配置することが義務づけられています*¹−−カイル・ガルブレイス(Kyle L. Galbraith)は、1992年4月から2016年2月までの間、アメリカの政府機関「米国研究公正局(ORI : The Office of Research Integrity)」によって、研究予算の受領の一時停止など制裁措置を受けた研究者284人を特定しました。

彼はオンラインのデータベースなどを活用して、その284人のうち、何人が研究を続けているかを確認しようと試みました。該当する研究者が公表した論文を「PubMed」で検索したり、彼らが国立衛生研究所(NIH)から得た助成金や研究分野における地位を調べたりしたのです。

その結果、半数近くの134名(47.2%)が研究を続けていることがわかりました。113人は研究職に従事していることがオンライン上で確認され、118人はPubMedに論文が公表されていることも判明しました。

また、約8%にあたる23人は、ORIによる制裁を受けた後にもNIHから助成金を得ており、さらにこのうちの17人の研究者は、彼らが関与する61件の新規プロジェクトに対して1億100万ドル以上の助成金を獲得していることが見えてきました。

彼の調査結果は『人間研究倫理に関する実証的研究ジャーナル(Journal of Empirical Research on Human Research Ethics)』で2017年2月に公表されています。

ガルブレイスは職業上、研究不正が発覚した研究者でも研究を続けられる場合があることを知っていましたが、この割合の高さには驚きを隠せませんでした。また、彼の知見は「不正行為を行った科学者は、セカンドチャンスを与えるに値しないと考える研究者に不快感を与えるだろう」と、『サイエンス・インサイダー』は書いています。

彼の調査で気になる点は、不正発覚後でも研究を続けられるかどうかに、その研究者の職位と関係する傾向があると示唆されていることです。彼は論文の中で

……不正行為後にも研究活動を継続していた教職員の率は、大学院生の約2倍である。……言い換えれば、ジュニアの研究者のほとんどは、彼らの指導と訓練を担当するシニアの研究者よりも、不正行為後に(短いながらも築いてきた)研究キャリアを続行する可能性が非常に低い。

と指摘しています。

同じ研究不正が発覚しても、教授など職位や年齢の高い者は研究に復帰できる可能性が高く、大学院生や研究技術者など若手で研究歴が短く職位の低い者は復帰できない傾向がある、ということです。もし「セカンドチャンス」を与えるのだとしたら、一般的には、若い人を優先すべきと考えられそうですが、現実は逆のようです。

とはいっても、ガルブレイスは、 研究不正 が発覚した研究者に対し、厳しい制裁を下したり、学術界から追放したりすれば良い、と考えているわけではありません。本連載では以前に、研究不正などが発覚した研究者たちを「リハビリ」する「PIプログラム」を紹介したことがありますが、今後、こうしたプログラムの有効性がわかってくれば、研究不正を行った研究者に対する措置の選択肢としてあり得ると、彼は指摘しています。

アメリカでの研究不正に関する議論の加熱ぶりは目覚しいようです。日本には研究公正局に該当する組織がなく、ほとんどの研究機関に研究公正官がいないのが実態なのです。

*1 研究公正官
保健福祉省の公衆衛生庁(PHS)に設置された研究公正局(ORI)によって、国立衛生研究所(NIH : National Institute of Health)の研究費を申請・受給する大学・研究所には、最低1人の研究公正官(Research Integrity Officer)の設置(兼任可)が義務づけられている。ORIのウェブサイトには、ORIにおける研究不正に対する活動概要の紹介や、現在措置実施中の不正事案のリストなどが公開されている。


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

臨床試験の結果をシェアしていないのは誰だ?

スクリーンショット 2017-01-23 3.12.53 PM以前、本誌「臨床試験の結果、いまだ半分以上が未公開」でも紹介したように、実施されたはずの臨床試験の結果のうち約半数ないし半数以上が公開されていないことが問題になり続けています。2016年8月には、子どもを対象にした臨床試験のうち半数近くが、途中で中止されたか、完了しても公表されていないことが新たに明らかになりました。

「臨床試験」とは、被験者、つまり生きている人間を使って、新薬や医療機器の有効性や安全性を検証することです。したがって、その結果が公開されていないということは、医師や患者が治療方法を決定する際に参考になる情報があるにもかかわらず、それらを参照できないことを意味します。

2016年11月、臨床試験のデータを開示するよう製薬業界を促している研究者や医学ジャーナルのグループ「オールトライアルズ(AllTrials)」は、「誰が臨床試験の結果をシェア(共有)しないのか?(Who’s not sharing their trial results?)」というウェブツールを制作・公開して、臨床試験の結果の公開状況を可視化しました。

オールトライアルズは、臨床試験のデータベース「ClinicalTrials.gov」に登録されている臨床試験すべての詳細を定期的にダウンロードし、臨床試験の結果がジャーナル(学術雑誌)に発表、または「ClinicalTrials.gov」に報告されているかを調べ、いずれにも公開されていない場合には、該当の臨床試験データが「欠落(missing)」しているものとしてカウントするよう、ツールを設計しました。

その集計によれば、2006年1月以降、臨床試験の主なスポンサーは、2万5927件の臨床試験を完了したのですが、そのうち1万1714件の結果が公開されていません。「このことは、臨床試験の45.2%の結果が欠落していることを意味します」とオールトライアルは記しています。

スポンサー別に見ると、「結果が欠落している臨床試験」が最も多かったのは、製薬大手サノフィ(Sanofi)です。同社は正式な臨床試験435件を実施しましたが、285件(65.5%)の結果は公開されていません。同社は生物医学のニュースサイト『STAT』の取材に対し、自分たちは「規制要件と自主的開示に関する業界の勧告」に従って、「ClinicalTrials.gov」や「EU-Clinical Trial Register」といったデータベースやジャーナル、学会などで結果を公表している、と反論しています。

2位以下には、ノバルティス ファーマ(Novartis Pharmaceticals)の201件(37.6%)、国立がんセンター(NCI)の194件(34.8%)が続きます。「この問題は製薬会社に限らない」という『STAT』の指摘は重要です。製薬企業だけでなく、公的な機関がスポンサーとなった臨床試験でも、「結果が欠落している臨床試験」が多いことが目立つのです。

また、件数ではなく非公開率で見ると、1位はインドの製薬企業ランバクシー・ラボラトリーズ(Ranbaxy Laboratories Limited)で、35件の臨床試験すべての結果を公開していません。一方、アイルランドの製薬企業シャイアー(Shire)は、96件すべての結果を公開していることもわかりました。

オールトライアルズは、このウェブツールで臨床試験のスポンサーたちにこう呼びかけています。

臨床試験のスポンサーのみなさま。 臨床試験公開ランキングのスコアを向上させたければ、要約結果を「ClinicalTrials.gov」に投稿するか、公表された結果を記したPubMedのエントリーに臨床試験のNCT IDを追加するよう出版社に依頼してください。直ちにデータを更新します。

2017年1月現在、上述の数字は変わっていないようです。臨床試験に参加した被験者や、社会に対する責任が果たされることを期待します。


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

捕食ジャーナルのリスト「ビールズ・リスト」閉鎖

捕食ジャーナルリスト閉鎖

いわゆる捕食ジャーナルや捕食出版社のリストとして知られる「ビールズ・リスト(Beall’s List)」が、予告なしに閉鎖されました。2017年1月15日のことだと推測されます。

本誌「捕食ジャーナル-倫理学分野にすら登場」でもお伝えしたように、学術界では「捕食ジャーナル(predatory journals)」や「捕食出版社(predatory publisher)」が問題になっています。捕食ジャーナルとは、掲載料さえ払えばきわめて甘い査読のみで、どんなひどい論文でも掲載してしまうオープンアクセスジャーナルのことで、捕食出版社とはそのジャーナルを発行する出版社のことです。そのいい加減さは、存在しない研究機関に所属する存在しない研究者の名前で、意味のないデタラメな文章を投稿しても、採択されてしまうことがあるほどです。そのため捕食ジャーナルは、疑うことを知らない若い研究者を掲載料目当てに食い物にしている、と批判されてきました。

コロラド大学デンバー校助教授で図書館員のジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)は2010年、趣味で、捕食ジャーナルと捕食出版社のリストを作り始めました。ビールズ・リストは彼のウェブサイト「学術オープンアクセス(Scholarly Open Access)」の目玉コンテンツでした。

捕食ジャーナルの影響は大きく、フィンランドの研究者らが2015年に発表した調査結果によると、2010年から2014年の間に「捕食」出版が急増し、ビールズ・リストに挙げられているジャーナルに掲載された学術論文の数は、ほぼ10倍近くまで増加したといいます。ビールズ・リストは随時更新されており、今年1月の最新の更新では、1000誌以上の捕食ジャーナルと1000社以上の捕食出版社がリストアップされました。

当然ながら、出版社のなかには、このリストに載せられることに抵抗してきたところもあります。ビールに対して高額の損害賠償を求める訴訟をほのめかした出版社もあります。

ビールはいまのところ、リストの閉鎖に関してどのメディアの取材も拒否していますが、コロラド大学デンバー校の広報担当者は、ビールは訴訟やハッキングではなく、「個人的な決断」によりリストを閉鎖したと各メディアに説明しています。また、ビールはコロラド大学デンバー校の教員として継続勤務するとのことです。

『サイエンス』誌のブログ『サイエンス・インサイダー(ScienceInsider)』などによると、研究者と出版社などをつなぐ学術関係のサービス・プロバイダであるCabell’s Internationalという会社がビールをコンサルタントに迎えて 捕食ジャーナル のブラックリストを作成し、今年後半から運営しようとしていることと関係しているのではないかと推測する者もいます。しかし、同社の副社長はそのことを否定しています。

一方で、ビールズ・リストの閉鎖を前向きに考える人々もいるようです。生物医学のニュースサイト『STAT』によると、ビールズ・リスト以上に研究者にとって役立つものをつくろうという動きが(同リスト閉鎖前から)既に出てきているとのことです。たとえば、大手出版社も参加するキャンペーン「考えよう、チェックしよう、投稿しよう(Think. Check. Submit.)」では、研究者らが原稿を投稿するジャーナルを評価するための簡単なヒントを提供しています。

確かに、ビールズ・リストは、ジャーナルが信頼できるものかどうかを判断するのに重宝されてきました。しかし本来は、研究者1人ひとりが、投稿先として検討しているジャーナルの価値を自分自身で判断できるようになることが望ましいでしょう。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

査読者が査読対象を盗用 − 「著者にとって最悪の悪夢」

スクリーンショット 2017-01-13 4.15.37 PM
学術情報のニュースサイト『リトラクション・ウォッチ』は、毎日、学術界にとってはあまりうれしくない情報を発信していますが、その同誌が「著者にとって最悪の悪夢」と呼ぶ事態が起きたようです。

2015年6月、タフツ大学メディカルセンターのマイケル・ダンジンガーらは、5年かけて実施した研究の結果を原稿にまとめて、『内科学紀要(Annals of Internal Medicine)』に投稿しました。しかし、その原稿は査読者によって却下されました。ダンジンガーは自分の論文がほかの研究者たちの論文で引用されていないかどうかを探していたとき、『EXCLIジャーナル』に、自分たちの原稿とほとんど同じ内容の論文が掲載されていることを発見し、2016年8月、そのことを『内科学紀要』に連絡しました。『内科学紀要』のクリスティン・レーン編集長は、その論文の共著者の1人に、ダンジンガーらが投稿した原稿の査読者がいることに気づき、その人物に連絡しました。連絡を受けた人物は盗用を認めました。レーンは『EXCLIジャーナル』の編集者にそのことを知らせ、同誌は、2016年9月にその論文を撤回しました。

つまり、査読者が査読対象の原稿を却下しておきながら同時に盗用し、自分自身の研究結果として発表していたのです。

2016年12月、『内科学紀要』は、ダンジンガーが盗用者に宛てた手紙を掲載しました。これは彼が実際にその「査読者/著者」である人物に送ったメールを修正したものだといいます。同時に、レーンの名前で書かれた論説も掲載されました。

ダンジンガーの手紙は「親愛なる盗用者様 私たちの原稿を盗んで自分の論文として公表した査読者への手紙」と題され、「ドクター博士(Doctor Dr.)」宛てに書かれています。

あなたは私たちの原稿の外部査読者として働いてから数カ月後、同じ原稿を別の医学誌で公表しました。あなたは著者名や所属機関を削除し、あなたの共著者やあなたの所属機関の名前に置き換えました。

彼は、自分たちが5年もかけて研究を計画し、被験者を集め、データを収集・分析したにもかかわらず、そうした「少なくとも4000時間の労働の結果」が簡単に 盗用 されてしまった事実を書き記しています。「あなたが確実に知っているはずであるように、窃盗は間違ったことです。科学研究では特に問題です」。そして盗用をした者は、評判や職位、研究費を得る資格などを失うことを、優しく諭します。

あなたがなぜそんなリスクを取るのか、理解することは難しいです。 あなたが医師や科学者になるために、懸命に勉強したことは間違いありません。私はあなたが多くの研究論文を発表したことを知っています。そのことは意味を持ちません。論文を公表することへのプレッシャーがあまりに強いかどうか、あなたが働いている地域や分野の文化が寛容であるかどうか、そのような盗用が真剣に受け止められないのか、あるいは発覚する可能性が低いかどうかにかかわらず、あなたがそんな機会を利用する理由を想像するのは難しいです。あなたが将来、ほかの誰かの研究を盗まないことを希望します。

ダンジンガーは盗用者を名指ししてはいません。その理由を生物医学のニュースサイト『STAT』の取材にこう答えています。

私の目的は、査読者が原稿をまるごと盗み、それを疑うことを知らないジャーナル(学術雑誌)で独自のものとして公表することが可能なのだ、という認識を、科学/学術コミュニティと一般社会において高めることです。私は加害者について「いいふらす」ことを目指してはいません。そんなことは、より重要な目標を達成せず、復讐のように見えてしまい、目標から注意をそらしてさえしまいます。

一方、レーンは論説において、このケースの悪質さをこう説明しています。

第1に、査読者は自分が査読する論文の機密性を維持しなければならない。彼らは、その研究が公表され、その情報源として引用されるようになるまで、査読の間に知ったことを自分自身の目的のために使うのを控えるべきである。

第2に、その査読者は、ダンジンガーらの研究を大胆に盗んで、テキスト、表、図をほぼそのまま再現した。

第3に、その査読者は、存在しないヨーロッパ人の患者コホート(被験者集団)を捏造した。それは、医師が(知らずに)不正なデータにもとづいて患者のケアに関する決定を下すということにつながりうる、きわめてひどい行為である。

第4に、その盗用論文には多くの共著者がいた。これらの共著者もまた有罪である。 彼らは、価値のあることで貢献せず、研究の存在を確認することさえもなく、その名前を使用することを許したのだ。

そして「ダンジンガーのコメンタリーを読むことで、1人でも他人の研究を盗むことを防ぐことができるならば、何かよいものがそこから得られるだろう」と、その論説を結んでいます。

なお『リトラクション・ウォッチ』によれば、査読者が査読対象を盗用するような事例は、少ないながらも報告されたことがあるといいます。

まさに「著者にとって最悪の悪夢」です。このケースのように表に出たのは氷山の一角で、泣き寝入りになっているものもあるとしたら、学術界にとって、いや、社会にとって最悪の悪夢でしょう。
 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

インパクトファクターのライバル – Citescore(サイトスコア)とは?

CiteScore_インパクトファクター
ジャーナル(学術雑誌)の影響力(インパクト)を評価する指標として、「インパクトファク
ター」が広く知られています。本誌は以前、このインパクトファクターには多くの問題があると指摘されていることを紹介したことがあります。

インパクトファクターとは、簡単にいえば、そのジャーナルに掲載された論文それぞれが過去2年間に引用された回数の平均値です。たとえば、2015年の『ネイチャー(Nature)』のインパクトファクターは41.456です。『サイエンス(Science)』は33.661、『セル(cell)』は32.242です。

12月6日、学術出版の大手エルゼビア社は、「サイトスコア(CiteScore)」という新しい指標を提供し始めたことを発表しました。

かつてはトムソン・ロイター社、現在はクラリベイト・アナリティクス社が提供するインパクトファクターは、約1万1000誌ものジャーナルをランキングしてきましたが、サイトスコアは、その倍の約2万2000誌を網羅しているといいます。

ただ、サイトスコアが意味することや計算の方法は インパクトファクター と似ており、基本的には引用された回数です。サイトスコアでは、1本の論文が過去3年間に引用された回数の平均値を示します。

エルゼビア社は、このサイトスコアを「ジャーナルの影響力について、より包括的で、より透明性が高く、より最新の見通しをご提供する新しい標準」だと紹介しています。

サイトスコアの最も大きな特徴は、いわゆる研究論文だけでなく、「社説(Editorial)」や「編集者への手紙(Letters to the Editor)」、「訂正(Correction/Retraction)」、「ニュース」など、引用可能な記事すべてを数えていることです。「これらは学者からはあまり引用されていないので、平均を下げる」と『ネイチャー・ニュース』は指摘します。周知の通り、『ネイチャー』や『サイエンス』といったトップジャーナルには、研究論文以外の記事が大量に掲載されています。これらが点数に大きく影響するのです。たとえば医学における「トップジャーナル」として知られる『ランセット』は、インパクトファクターでは44点で、全体の4位ですが、サイトスコアでは、わずか7.7点に落ちてしまい、200位以下になってしまいます。

同誌は「このような違いは、出版社の行動に大きな影響を与える可能性がある」とも指摘します。つまりサイトスコアが普及すれば、出版社のなかには、研究論文以外の記事を掲載することをやめたり、ウェブサイトやほかの出版物に掲載したりするようになるかもしれない、ということです。

『サイエンス』の編集長は、自分たちはそうした「非研究コンテンツ」に誇りを持っており、被引用数にのみもとづく指標は、それらを「過小評価するだけでしょう」と同誌にコメントしています。

また、ある研究者たちの予備的な調査では、サイトスコアでは、あまり引用されない「非研究」記事を掲載する雑誌よりも、研究論文だけを掲載する雑誌のスコアが高くなり、その結果、研究論文だけを掲載するジャーナルを主に発行している出版社が高く評価される傾向があることが、早くも指摘されています。つまりネイチャー・パブリッシング・グループは不利になり、ワイリー社やアメリカ化学会、そしてエルゼビア社などは有利かもしれない、ということです(前述した『ランセット』の発行元はエルゼビア社ですが)。

さらにいえば、 インパクトファクター はこれまで出版社以外の企業が運営してきましたが、サイトスコアを運営するのはエルゼビア社です。出版社自体がジャーナルの指標を提供することに疑問を呈する専門家もいます。それに対してエルゼビア社は、同社は出版社であるだけではなくて、「情報ソリューションの提供者」でもある、と、前掲の『ネイチャー・ニュース』にコメントしています。

またサイトスコアもインパクトファクターと同じく、被引用数をベースにしています。そのため、実際には何十回も引用されている論文は少数であるため、ジャーナル全体を評価する指標としては疑問がある、というインパクトファクターに対する根本的な批判を克服できるかどうかは疑問です。

ある論文の重要性は、その論文が掲載されているジャーナルではなく、その論文の中身で判断される、という学術界の常識を思い出す必要があります。
 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

科学を最も蝕んでいるのは「科学的詐欺」ではない!?

scientific_flaud_お粗末な科学
国内外で研究不正事件が発覚し続けています。「研究不正(研究活動における不正行為)」にもいろいろあるのですが、よく問題になるのは、存在しないデータをでっち上げる「捏造(Fabrication)」、データを都合よくねじ曲げる「改ざん(Falsification)」、他者のアイディアや文章を不適切に使用する「盗用(Plagiarism)」の3種類です。これらはその頭文字から「FFP」と呼ばれます。「科学的詐欺(scientific fraud)」と呼ばれることもあります。

しかし、研究者たちがFFP=科学的詐欺よりももっと深刻だと考えているのは、むしろ「 お粗末な科学 (Sloppy science)」や「疑わしい研究行為(Questionable research practices: QRPs)」などと呼ばれるものであることが指摘されました。

オランダにあるアムステルダム自由大学の疫学者マックス・エム・ブターらは、「科学知識の妥当性を脅かすとともに、科学者間の信頼に損害を与え、もしメディアで暴露されれば、科学への人々の信頼にも損害を与えるかもしれない」ものとして、「お粗末な科学」やQRPに着目して、研究者たちの意識調査を実施しました。

ブターらの調査対象になったのは、2015年にリオデジャネイロで開催された「第4回国際研究公正会議(the 4th World conference on Research Integrity)」に参加した研究者1353人です。回答者らは、60項目もの研究不正行為それぞれについて、「頻度」、「真実性への影響」、「信頼性への影響」、「予防可能性」という4つの基準で、5段階でのランク付けをするよう求められました。その60項目には、「データを捏造すること」といったFFP=科学的詐欺から「品質管理の基本原則を無視すること」といった「お粗末な科学」まで、かなり幅広い研究不正行為が含まれています。

集計の結果、「真実性への影響」や「信頼性への影響」で、「データを捏造すること(=捏造)」が1位になったことは驚くべきことではありません。しかし、「頻度」では、それはトップ5にも入っていません。「頻度」の1位は「自分自身の知見や確信を強めるために選択的に引用をすること」です。「若い共同研究者への監督や指導が不十分であること」がそれに続きます。

ブターらは、「真実性への影響」、「信頼性への影響」、「予防可能性」のそれぞれを、「頻度」と掛け合わせた値(積)を算出することによって、どの研究不正行為がどのくらい科学に深刻な影響を及ぼすのかを浮き彫りにしました。

その結果、「真実性への影響」と「頻度」を掛け合わせた値では、「若い共同研究者への監督や指導が不十分であること」が1位になりました。「研究の欠点や限界の報告が不十分であること」がそれに続きます。また「信頼性への影響」と「頻度」を掛け合わせた値では、「参照を付けることなく他人の公表されたアイディアや文章を使うこと(=盗用)」が1位でした。2位は同じく「研究の欠点や限界の報告が不十分であること」でした。

ブターらは『研究公正と査読(Research Integrity and Peer Review)』で公表された論文において、「われわれのランキングの結果では、選択的な報告、選択的な引用、品質管理や指導における欠陥が、現在の研究における大きな弊害になっていることを示唆しているようだ」と結論づけています。

(調査結果の)全体像は大規模な詐欺についての懸念を表わしてはいない。多くの科学者が手抜きをして、お粗末な科学に携わっている可能性があるという深刻な懸念を表わしている。おそらくは、影響力の大きい雑誌に掲載されやすく、引用されやすい、より肯定的で、より目を見張るような結果を得たいという願望があるのだ。

そして「われわれの研究で高くランクされた不正行為を積極的に阻止する介入を促進すること」を推奨します。ようするにFFP=科学的詐欺だけでなく、「お粗末な科学」にも適切に対応する必要があるということです。

生物医学のニュースサイト『STAT』(引用記事の著者は、学術情報サイト『リトラクション・ウォッチ』の運営者でもあるアイヴァン・オランスキーとアダム・マーカス)はこの調査結果を受けて、研究不正と「お粗末な科学」の原因はどちらも同じで、それは「できれば影響力の大きいジャーナル(学術雑誌)で論文を公表せねばならない義務」である、と主張しています。大学の人事委員会などが論文の中身ではなく論文の数だけを評価し、そのため研究者たちが「発表せよ、さもなくば消えよ(publish or perish)」と表現されることさえある状況に置かれていることを、同誌は批判しています。

根本的な改革が望まれます。おそらく日本でも。
 


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1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

査読 システムに限界、基準劣化のおそれ

査読_システム
生物医学のニュースサイト『STAT』は読者にこう問いかけます。「ゴジラと査読に共通するものは何か? どちらも必然的に自分の体重で崩壊してしまうはずだということだ。しかしどういうわけか、どちらも立っている」。『ネイチャー』によれば、すでに2010年の研究で、「査読システムは崩壊しており、まもなく危機に陥るだろう」と指摘されていたといいます。

しかし今年11月10日に『プロスワン』で公表された新しい研究によれば、今のところ査読者の数は、生物医学分野で毎年公表される膨大な数の新しい論文に間に合っている、といいます。論文は毎年100万件以上公表されており、しかも増加しています。

フランス国立衛生医学研究所の計算物理学者ミカエル・コバニスらは、生物医学の論文データベース「メドライン(MEDLINE)」に収録された論文を調査して、査読に費やされる時間を推計したところ、2015年だけで、6340万時間だとわかりました。もしジャーナル(学術雑誌)が時給75ドルという正当な対価を査読者たちに支払うならば、45億ドルの労働になるといいます。

「活動的な」査読者は毎年平均5件の論文を査読していることもわかりました。もちろん、年間何十件もの論文を査読する者もいれば、たったの1件という者もいます。また彼らの計算では、査読の需要に応じるために、2015年には180万人の査読者が必要とされたといいます。

前述の通り、査読をできる研究者の数は常に査読の需要を上回っているといいます。しかし問題は、労働の配分がきわめて不平等であることです。全体のうち5%の査読者が、全査読時間の30%近くを担っている、ということが今回の研究でわかったのです。

膨大な数の査読を引き受けている研究者のことを「査読のヒーロー」と呼ぶことがあります。コバニスたちは「こうした“査読のヒーローたち”はおそらく過労で、査読基準の劣化を招くリスクがある」と指摘します。

そのうえで、『ネイチャー』が興味深い見解を紹介しています。ニューヨークの出版コンサルタント、フィル・デイビスによれば「いわゆる“危機”は一流のジャーナルには影響していないかもしれない。その一方で、ひどい原稿をたくさん受け取る無名のジャーナルは、査読者を見つけることに苦労しているだろう。『プロスワン』のこの論文はそれらを分析していない可能性がある」。

コバニスらの研究ではそのほかにも興味深いことがわかりました。たとえばアメリカの研究者たちは、シェアで見ると、発表している論文よりも多くの論文を査読しています。中国はその逆で、査読の「輸入国」になっている、と『STAT』は指摘します。

同誌はこう主張します。「査読はきわめて欠陥のあるシステムである。しかし破壊するのではなく、修繕する価値のあるものだ。この最新の研究には、そうした見解を変更するものは何もない」

彼らはいくつかの提案をしています。たとえば査読者たちに支払いをすることです。そうすれば、査読を行う研究者たちは余分な仕事をするために余分な時間を費やしているという感覚を持たずに済むだろう、と。

また、論文の掲載や査読の基準をリセットして、論文の数自体を減らすべき、というある生物学者の意見を同誌は紹介します。

しかし、『STAT』は「もう一つの解決法」として、「もっと多くの、形態が異なる査読に道を開くこと」を提案します。たとえば、「パブピア(PubPeer)」「パブメドコモンズ(PubMed Commons)」といった情報交換サイトによって、 査読 は時間のかからない方法で可能になる、と。しかも同誌は、そうした情報交換サイトにおける議論は「おおむねにおいて」、今日行われている査読プロセスよりも「はるかに価値がある」とまで高く評価します。

実際のところ、2014年に話題になった「STAP細胞事件」では、「パブピア」における匿名ユーザーの指摘が問題発覚のきっかけとなりました。なお、そうした情報交換サイトにおける議論のことを「出版後査読(post-publication peer review)」と呼ぶこともあります。

『STAT』の提案は、一般的にいえば突拍子もないことかもしれません。しかしながら、コバニスらによる調査結果と合わせて、念頭に置く価値はあるでしょう。
 


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1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

査読レポート の公開に肯定的な声は多数

査読レポート
研究者は論文を公表したいとき、自分の研究結果を原稿にまとめ、ジャーナル(学術雑誌)に投稿します。ジャーナルの編集部はその原稿を、近い分野の専門家に送って、掲載する価値があるかどうか、「査読」を依頼します。査読を引き受けた専門家=査読者は、その原稿を読み、データの不足など問題点をチェックし、文書にまとめて編集部に送り返します。編集者はその文書を著者に送り、修正などを求めます(査読者は通常、匿名です)。その文書のことを「査読レポート」または「査読者レポート」といいます。著者は、査読レポートに書かれた査読者の指摘をクリアし、原稿をまとめ直すことができたら、その新しい原稿は論文としてそのジャーナルに掲載されることになります。

いま学術界では、論文を公表するときにその査読レポートも同時に公開する、という実験的な試みが始まっています。たとえば最近、ノッティンガム大学のケヴィン・シンクレアたちが、有名なクローンヒツジ「ドリー」と同じ方法で誕生したクローンヒツジたちの健康状態を観察し続けた結果を『ネイチャー・コミュニケーションズ』で発表したのですが、同時に同誌編集部はその査読レポートを公開しました。

同誌は、2016年に同誌で論文を公表した著者の約60%がその 査読レポート を公開することに同意したこと、それゆえ科学者たちに査読レポートの公開をオプションとして提供し続けること、しかし義務にはしないこと、などを明らかにしています。著者の意識は専門分野によって違いがあり、生態学や進化論では70%以上の著者が同意した一方、原子核物理学や理論物理学では50%を切りました。

また、『ネイチャー』によれば、欧州委員会(EC)が実施した調査では、回答者3062人のうち半数以上が、査読レポートの公開は査読をよりよくする、と答えています。その一方で、査読者の身元を明らかにすることについては査読を悪化させる、と答えています。

学術出版大手のエルゼビア社は過去2年、『農業・森林気象学(Agricultural and Forest Meteorology)』など5誌で、査読レポートの公開を試みてきました。同社は、査読レポートを公開することについて査読者たちはどのように考えているのか、次のような数字をまとめています。

・95%は、査読レポートの公開は(著者たちに対する)助言に影響を与えていないと答え
 た。
・76%は、自分たちの査読レポートが一般に公開されるという事実によって言葉遣いが変わ
 ることはなかったと答えた。
・45%は、自分たちの名前を明らかにすることに同意した。
・匿名のままにしたいと思った者の36%は、次回にこのジャーナルで査読をするときには名
 前を明らかにすると答えた。
・98%は、このジャーナルの査読の依頼をまた引き受けると答えた。

また同社によれば、編集者の70%は、こうした試みが「深くて建設的な」レポートにつながった、と述べています。著者については、25〜50%が、今後も査読レポートが公開されるジャーナルに論文を投稿する意向があると述べており、そのようなジャーナルには投稿したくないとする著者はごくわずかだったといいます。

なお査読レポートの公開は、『ピアーJ』、『英国医師会雑誌(BMJ)』、『F1000リサーチ』などでも実施されています。また、「Publons.com」というウェブサイトでは、研究者から投稿された査読レポートが公開されています。

もちろん査読レポートの公開について問題点を指摘する研究者もいます。『ネイチャー』は、査読レポートが公開されることを前提とするならば、専門用語を減らすなどの負担が増え、「私の査読は必然的に減るだろう」と言う研究者の声を紹介しています。

本誌では以前、査読者を匿名化せずに行う「オープン査読」が、従来から行われてきた匿名査読よりも劣るわけではない、という調査結果を紹介したことがあります。しかし前述のECの調査では、査読者の名前を公表することについては、否定的な意見が多いようです。

いずれにせよ、査読プロセスの透明化は今後もっと進むでしょう。研究者はその変化に応じて意識を変革していく必要がありそうです。
 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

捕食ジャーナル – 倫理学分野にすら登場

捕食ジャーナル
 
学術出版業界では、「捕食出版」や「捕食ジャーナル」と呼ばれるビジネスモデルが問題になっています。正当なジャーナル(学術雑誌)では、当然ながら適切な査読が不可欠ですが、掲載料さえ払えば、きわめて甘い査読のみでどんなひどい論文でも掲載してしまうジャーナルを「捕食ジャーナル(predatory journals)」といいます。「肉食ジャーナル」と訳されることもあります。「捕食ジャーナル」の多くはオープンアクセスジャーナルです。インターネット上には、 捕食ジャーナル と思われるジャーナルのブラックリストがすでに存在します(「ビールズ・リスト (Beall’s List)」)。

たとえば、サイエンスライターのジョン・ボハノンは、存在しない研究機関に所属する存在しない研究者の名前で、行っていない実験の結果を300誌以上のオンラインジャーナルに投稿したところ、約半数のジャーナルがそれを受理してしまったことを2013年に『サイエンス』で報告しました。掲載料さえ払えば、それは論文として出版されてしまうことになります。なお、オープンアクセスジャーナルの老舗として知られる『プロスワン』などは却下したといいます。

そんな捕食ジャーナルの魔の手は、人文・社会科学系研究者たちにもおよび始めています。たとえば最近、経済学分野でも捕食ジャーナルがあることが発覚しました。そして科学研究や医療行為を倫理学的に考察する分野の研究者までもが巻き込まれ始めているようです。

カナダの新聞『オタワサン』のトム・スピアーズ記者は、『臨床研究と生命倫理ジャーナル』が論文を募集していると知り、このジャーナルが、盗用だらけの意味のない文章で書かれた原稿を受理するかどうかを試してみることにしました。

彼はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から1200語を盗み、盗用を発見するソフトウェアに見つからないよう言葉をシャッフルしました。それに「確率的な」とか「ポスト植民地主義的な」、「地質学的な」といった言葉を散りばめました。また、なぜか「超カワイイ」、「スリザリン(『ハリーポッター』に出てくる寮の名前)」、「マイク・ダフィー(カナダのニュースキャスター)」といった言葉も混ぜました。

私はドゥンス・スコトゥス〔中世の神学者・哲学者〕というクールな名前にも言及した。その原稿に「21世紀(もしくはほかの世紀)における倫理的・道徳的行動の自発的な性質:個人的な見解」というもっともらしいタイトルをつけた。

と、スピアーズは同紙9月28日付で書いています。

彼は参考文献リストを、量子コンピュータ科学のジャーナルからコピー・アンド・ペーストで盗用しました。そこに「倫理(ethics)」という言葉を2回ほど加えました。

通常のジャーナルでは、査読者は送られてきた原稿が論文として出版する価値があるかどうかを判断します。価値があると判断したら、なんらかの加筆・修正の指示を著者に細かく伝えてくるはずです。しかし、このジャーナルの査読者コメントは以下のように「短くて甘い」ものだったといいます。

この著者は、彼らの職場環境における学者たちの道徳に関する言い回しとはまったく異なるかたちで、古い問題について独自の見解を示している。私の意見では、これは出版する価値のある興味深い見解である。この原稿は、完全な用法の言語で、簡潔かつ明瞭に書かれている。

スピアーズはこのコメントについて、「見解なんてない。どんな中身もない。センテンスのなかにはセンテンスになっていないものさえある」と批判します。

同時に、「これがまさに学術の世界の問題なのだ。何千もの偽ジャーナル(fake journals)がある。その多くはインドに拠点を置いており、世界中の若い研究者たちの論文を集めている」とその現実を嘆きます。

『臨床研究と生命倫理ジャーナル』は、前述のビールズ・リストの「ジャーナルのリスト」には含まれていません。しかし、同誌の発行元はビールズ・リストの「出版社のリスト」に入っており、捕食ジャーナルの発行元としてすでによく知られています。なお 編集委員会には、世界各国の研究者34人が名を連ねています。

このような捕食ジャーナルが著者に請求する掲載費は、おおむね150ドルから500ドルといったところで、それほど高いわけではありません。だからこそ、少しでも論文を出版したという経歴がほしい若い研究者たちが飛びついてしまいがちなのでしょう。

生命倫理学のような科学研究や医療行為おける倫理問題を研究する分野の研究者たちが、このような出版倫理的に疑わしいジャーナルの誘いに応じてしまっているのだとしたら、何とも皮肉なことです。

その一方、ボハノンやスピアーズが行ったことは、以前に紹介した「ソーカル事件」でアラン・ソーカルが行ったこととほとんど同じです。こうした調査方法の倫理性も問われるべきかもしれません。
 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

否定的な結果 をもっと公表しよう

NegativeResults_AJG
 
科学や医療の世界では「否定的な結果」が公表されない傾向にあることが問題になっています。「否定的な結果(negative results)」とは、研究者たちの仮説をサポートすることに失敗した研究結果のことです。「否定的な知見(negative findings)」ともいいます。

本連載では以前、実施された臨床試験の結果が半分以下しか公表されていないという調査結果を紹介したことがあります。その理由の1つとしては、公表されない結果のなかには「否定的な結果」もあり、研究者やスポンサーがそれらを公表することに積極的になれないことも考えられます。

生物医学のニュースサイト『STAT』は、この問題を次のように評します。

この(「 否定的な結果 」がジャーナルで公表されない傾向にある)ことは 、科学者たちがそのような研究の有効性を見つけることに失敗したということを意味しない。まったく反対である。たとえば、ある医薬品がある感染症に対して効果がないということを発見した研究は、重要であるとともに、すぐに使える情報である。

しかしながら一般的にいえば、「肯定的な知見」のほうが目立つのは事実でしょう。つまり自分たち(またはスポンサー)の仮説をサポートする研究結果のほうが読者にも響くし、メディアにもウケやすいのです。

「しかし、こうした態度は変化しているようだ」と『STAT』は書きます。

たとえば、専門誌『アメリカ消化器病学ジャーナル (AJG: The American Journal of Gastroenterology)』は、11月号全体を使って「否定的な結果」のみを集めた特集を組むといいます。同誌の共同編集長ブライアン・レーシーは「こうした否定的な研究のかなり多くは、肯定的な結果よりも重要なのです」と『STAT』にコメントしています。

同誌は2016年の初め、この特集への論文の投稿を呼びかけ、100本近くの原稿を受け取りました。そのなかには、発表できる場所を見つけられないでいた「とても有名な研究者による重要な研究」もあるといいます。『STAT』によれば、そうした論文のなかには医師たちに診療の方法を変えさせるものもあるだろう、とのことです。

AJGは、このような試みを始めたジャーナルのなかでは最も有名なものではありますが、唯一のものではありません。

たとえば『生物医療における否定的な結果ジャーナル(Journal of Negative Results in BioMedicine)』は、2002年以来、「非確認(non-confirmatory)、否定的、予想外(unexpected)、物議をかもす(controversial)、挑発的(provocative)」なデータに特化して掲載してきました。同誌は次のように説明しています。

ていねいに記述された失敗を掲載することは、一般的に使われている方法や医薬品、抗体のような試薬、あるいは細胞株などの根本的な欠陥や障壁を明らかにし、最終的には、実験デザインや臨床決定の向上につながる。

同様の方針を掲げるジャーナルはほかにもあります。生物学や生態学を対象とする『否定的な結果ジャーナル(Journal of Negative Results)』は2004年に、『薬理学の否定的な結果ジャーナル(Journal of Pharmaceutical Negative Results)』は2010年に創刊されています。

「しかし、こうした重要なジャーナルはあまり引用されない。このことは、科学の強い肯定性バイアス(positivity bias)を物語るものである」と『STAT』は指摘します。「こうしたバイアスの存在には多くの理由がある。大きくて派手な物語がほしいという人間的な欲望から、成功した臨床試験の結果はより多くの別刷り(reprints)を売ることができるという事実まで」。肯定的な結果のほうがいわゆるトップジャーナルに掲載されやすく、その結果、助成金や終身在職権(テニュア)の取得などで有利になるのでしょう。

AJGについていえば、同誌は今後も、毎月最低1本は否定的な結果を掲載する予定であるといいます。

製薬企業の利益や研究者の自己実現ではなく、科学や医学の発展を望むならば、ときには仮説は否定される必要があります。そのためには、否定的な結果が論文として公表され、さらにそれが参照・引用される機会やシステム、動機がいま以上に必要でしょう。
 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。