カテゴリーアーカイブズ: 学術ウォッチャーが斬る!

「再現性の危機」に対応するための「チェックリスト」

以前、本誌では、『ネイチャー』誌が2016年に研究者たちをアンケート調査したところ、回答者1576人のうち70%以上が、ほかの研究者の実験を再現しようとしたが失敗した経験がある、と答えたことを紹介しました。このように、論文に書かれている通りの方法で実験を行っても、結果を再現できないことがしばしばあるという現状は「再現性の危機(reproducibility crisis)」と呼ばれています。

今年4月18日付『ネイチャー』誌の社説は、同誌が論文原稿を投稿する著者たちに、すべての項目を満たすよう求めている「 チェックリスト (Statistical parameters)」が「正しい方向への第一歩」ではあるものの、再現性の危機に対応するためには、まだほかに行なうべきことがある、と主張しました。

また同誌は再現性とチェックリストの効果について調べるために、2016年7月から2017年3月にかけ、『ネイチャー』に投稿したことのある研究者5375人に調査票を送り、その結果のデータをそのまま公開しました。それによると、回答した研究者480人のうち49%は、チェックリストが『ネイチャー』に掲載される研究の質の改善につながっている、と答えたそうです。15%はチェックリストの有効性に同意しませんでした。

回答者の86%は、再現性が低いことを自分たちの研究分野における危機である、と認識していることもわかりました。この割合は2016年の調査と同様です。また2016年の調査では、回答者の約60%が「再現性の危機」の原因として、「選択的報告(selective reporting)」を挙げていたのですが、今回の調査でも、約3分の2が同じように「選択的報告」を指摘していました。

「選択的報告」とは、しっかりとした定義はありませんが、たくさんあるデータのなかで自分の仮説に最も都合のよい結果だけを選んで論文に書くことをいいます。いいとこ取りをするという意味で「チェリーピッキング(cherry picking)」と呼ばれることもあります。研究結果をわかりやすく見せるために多くの研究者が行なっていることであり、これを「悪いこと」とみなすかどうかは微妙なところです。しかし、選択的報告が再現性を低めていると認識している研究者が多いことは確かなようです。『ネイチャー』のチェックリストは、この選択的報告をより透明化するようにも設計されているといいます。

ではこのチェックリストは、再現性の低さという問題に対応できているのでしょうか? 「部分的にはそうであろう」と『ネイチャー』の社説は評価しています。ただしアンケート調査の回答からは、再現性の低さをもたらす要因として、著者へのトレーニングや報告の透明性、そして「研究発表せよというプレッシャー(publishing pressure)」といった微妙な問題があることも浮かび上がる、といいます。

好ましい兆候もあります。2012年、アメリカにある国立衛生研究所(NIH)のストーリー・ランディスらは、医学・生命科学分野における前臨床研究(動物実験)の透明性を高めるために、論文の著者は「無作為化(ランダム化)」、「盲検化(ブラインド化)」、「サンプルサイズの推計」、「データの調整」という4つの基準について報告すべきだと提案しました。これは「ランディス4基準(Landis 4 criteria)」と呼ばれています。

ある研究者らはチェックリストの効果を検証するために、チェックリストを導入している『ネイチャー』に掲載されている論文と、導入していない『セル』に掲載されている論文の実験方法に関する記載と分析情報を、2013年(チェックリスト公開前)と2015年(チェックリスト公開後)の変化で比較しました。その結果、ランディス4基準のうち「無作為化」と「盲検化」、「サンプルサイズの推計」という3項目については、『ネイチャー』の論文は『セル』の論文よりも3倍改善している、ということが明らかになりました。この調査結果は昨年9月、『プロスワン』で公表されました。別の研究グループも同様の調査結果をまとめ、査読中の原稿がプレプリントサーバー「バイオアーカイブ(bioRxiv)」で公開されています。

また『ネイチャー』の調査では、回答者のほとんどは複数の論文原稿を投稿した際、このチェックリストを使って確認を行ったといいます。さらに78%は、『ネイチャー』に投稿するかどうかと関係なく、このチェックリストをある程度活用している、といいます。

総じていえば、このチェックリストは論文における実験過程などの透明性を高めることに役立っているといえそうです。ただし現在のところ、再現性そのものが高まっていることは確証できないようです。「再現性の危機」への警戒や対策は今度も継続されるでしょう。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

 


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著者は査読者による「バイアス(偏見)」を恐れている

本誌で以前にお伝えしたように、ジャーナル(学術雑誌)で行われる 査読 には次の3種類があります。「片側盲検査読(single blind peer review)」では、査読者の側からは著者が誰かわかりますが、著者の側からは査読者は誰かわかりません。「二重盲検(double blind peer review)」では、著者も査読者もお互いが誰かわからないまま査読します。3種類目は「オープン査読(open peer review)」です。一部で試み始められているこの方法では、前回報告したように、著者も査読者もお互いが誰かをわかったうえで査読を行ないます。

学術出版大手シュプリンガー・ネイチャー社は、2015年2月、最も有名な科学雑誌である『ネイチャー』と“ネイチャー・ブランド”の月刊誌において、論文原稿を投稿する著者たちが、二重盲検による査読をオプションとして選べるよう、査読の方針を一部転換しました。

これは著者たちからの要望に応じたものだといいます。片側盲検による査読は二重盲検よりも、査読者のバイアス(偏見・偏り)の影響を受けやすいといわれているからです。実際、最近の研究でも、査読者は、片側盲検査読では二重盲検査読よりも、知名度のある著者や研究機関が投稿した原稿を採択する傾向があることがわかりました。

2017年2月6日、アラン・チューリング研究所のバーバラ・マギリブレーとシュプリンガー・ネイチャー社のエリサ・デ・ラニエリは、同社に蓄積されたデータを使って、二重盲検査読が査読における「暗黙のバイアス」を取り除き、査読の質を向上させているかどうかを検証し、その結果を、プレプリントサーバー「アーカイヴ(arXiv)」に投稿しました。

彼らは、2015年3月から2017年2月までの間にネイチャー・ブランドのジャーナル25誌が受け取った原稿12万8454件を対象として、ジャーナルの階層(影響力)、査読の方法(片側盲検か二重盲検か)、著者の特性(性別、国、所属研究機関など)、査読の結果(採択か却下か)を分析しました。

その結果、二重盲検査読を選んだ著者は12%でした。また、著者が、原稿をより影響力のあるジャーナルに投稿した場合、より知名度のない研究機関に所属している場合、特定の国(インド、中国)の出身である場合、二重盲検査読を選択する傾向があることがわかりました。

一方、著者の性別による差は見られなかったといいます。査読におけるジェンダー・バイアス(性別による偏り)はしばしば議論されてきたのですが、女性は男性よりも二重盲検査読を選択する傾向がある、といったことはとくに確認されなかったということです。
マギリブレーらは著者たちの選択について次のように述べています。

こうした結果の解釈の1つとしては、著者たちは、ジェンダーによる差別以外の差別を受けるリスクが高い場合、二重盲検査読を選択するということである。したがって、彼らの所属する研究機関の知名度や、彼らの国に対する暗黙のバイアスに脅威を感じる著者たちは、そのようなバイアスが演じる役割を防ぐために二重盲検査読を選択する傾向があるのだ。

 
査読の結果である採択や却下については「採択された論文のデータセットのサイズが小さいため、ジェンダーや研究機関の知名度に対する暗黙のバイアスが存在するかどうかについては、重要な結論は見出されなかった」といいます。その一方で、「女性の著者や知名度の低い研究機関に属する著者の原稿は、男性の著者や知名度の高い研究機関に属する著者のものよりも、低い率で採択されることも観察された」とも書き加えています。

この研究は、“ネイチャー・ブランド”のジャーナルに焦点を当てた最初の調査だ、とマギリブレーらは書いているのですが、「暗黙のバイアス」があるかどうかはぼんやりとしかわからなかったようです。しかし、原稿を投稿してくる著者たちがそうしたバイアスを恐れていることは比較的明確でしょう。

また、マギリブレーらも書いているように、実は二重盲検査読においても、査読者から著者が誰なのかを認識できてしまうことはしばしばあり、いくつかの実証研究、たとえば米国の研究者らギリシャの研究者らによる調査でも示されています(筆者もよく耳にします)。二重盲検による査読を実施さえすれば、査読者による「暗黙のバイアス」を完全に払拭できるわけではなさそうです。

では、著者と査読者がお互い誰かを知った上で実施される「オープン査読」では、暗黙のバイアスはなくなるのでしょうか? 普通に考えれば、なくなるように思われますし、問題が起きたときには追跡調査がしやすいようにも見えます。ただし、実証されてはいません。

なお、ネイチャー社のルールでは、二重盲検査読を選択すると、プレプリントサーバーに投稿してはならないことになっています。ということは、arXivに自分たちの論文を投稿したマギリブレーらは、“ネイチャー・ブランド”のジャーナルに投稿したのだとしたら、片側盲検を選んだということでしょう。あるいは、そうした規定のない他の出版社のジャーナルに投稿した上でarXivに投稿したのかもしれません。

ただし、arXivに投稿されたこの原稿は、筆者が読む限り文章が途中で切れているところがあるなど整っていません。編集委員や査読者のなかには、イラつく人もいるでしょう。これも何かの実験なのでしょうか?

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


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査読結果や査読者名を公開すべきか?

ジャーナル(学術雑誌)における査読は、一般的には匿名で行われます。しかしながら本誌では以前、著者も査読者もお互いが誰であるかを明らかにして行う「オープン査読」でも、査読の質は下がらない、という研究結果を紹介したことがあります。

また現状の査読は不透明であり、バイアス(偏り)を伴いがちで、非効率であることも指摘され続けています。ある科学者が「査読を科学的なものにしよう」と提言したことを、本誌が紹介したこともあります。

査読の改善を図ろうとしばしば提言されることが「査読のオープン化」です。ただ査読のオープン化といっても、さまざまなものがあります。たとえば上述の「オープン査読」です。また、論文の公表と同時に、査読結果(査読レポート)も公表するという試みも始まっています。

ハワード・ヒューズ医療研究所などが主催し、今年2月にメリーランドで開催された「生命科学の査読における透明性・認識・改革」という会議では、100人ほどの出席者が査読のオープン化について活発に議論しました。その様子を『サイエンス』が伝えています。

それによると、出席者の多くは、査読結果を公開することに好意的なようです。しかしながら査読者の名前の公開については、コンセンサスが得られなかった、と伝えられています。

査読結果を公開することのメリットとしては、査読システムの理解につながること、特にキャリアの初期にいる若い研究者にとって役に立つことなどが指摘されています。また、査読結果に書かれている評価のなかには、研究者が自分の分野について新しい方法論で検討することに役立つ情報が含まれていることもある、という意見もあります。

デメリットも指摘されました。たとえば、訴訟や一般社会で起きている論争にかかわる臨床試験の結果をまとめた論文の査読結果に批判的なコメントが書かれていた場合などでは、誰かがそれをチェリー・ピッキング(自分の主張に都合の良い事実だけをつまみ食いすること)して、誤った認識を広めてしまうというリスクがあります。それについては、科学者の側が一般社会に対して査読の意義を説明する努力が必要だ、という意見も出ました。

会議で行われた非公式なアンケートでは、査読結果を公開し、それをオンラインで検索できるようにすることに、圧倒的な支持が集まりました。この結果は、2017年12月に『プロスワン』で公表された研究結果に一致します。この研究では、オーストリアの研究者らが、研究者ら3062人を対象にオープン査読に対する態度についてオンライン・アンケートを行ったところ、回答者の60.3%が「オープン査読は一般的な概念として、学術論文の査読方法の主流となるべき」とみなしていることなどがわかりました。

しかしながら査読結果を公表しているジャーナルはきわめて少ないのが現状です。非営利団体「RAND ヨーロッパ」が3700誌を対象に行った調査では、査読結果を公表することを認めているジャーナルは2.3%に留まりました。なお、査読結果を公開することを認めている『ネイチャー・コミュニケーションズ』では、著者の62%が公開に同意したことが、前述の「生命科学の査読における透明性・認識・改革」会議で明らかにされました。

一方、査読者の名前を公表することについては、根強い懸念があるようです。たとえば、査読者が若い研究者である場合、人事権などを握っている年長の研究者からの報復を恐れて、批判的なコメントを控えるようになってしまうかもしれません。査読への参加を完全にやめてしまう研究者もいるでしょう。

また、国立衛生研究所(NIH)はオープンアクセスになっている論文にコメントできるプラットフォーム「パブメドコモンズ(PubMed Commons)」を運営してきましたが、今月、閉鎖してしまいました。結局のところ、名前を明らかにした上でコメントする研究者はきわめて少なかったからだといいます(なお論文について匿名でコメントできる掲示板として「パブピア(PubPeer)」があります。悪名高いSTAP細胞論文の不正発覚はここから始まったといわれています)。

査読者の名前を公表することに賛成する意見もあります。査読者の名前を出すことで、たとえば、より慎重な査読を促したり、不当にネガティブなコメントを少なくしたりすることができる可能性があります。また、査読という仕事そのものが研究活動の一環として評価され、テニュア(終身在職権)や昇進などの審査対象になるようになるかもしれません。「えこひいきを排除するのにも役立つだろう」という意見もありました。ジャーナルの編集委員が、学会での有力者や知り合いなどが原稿を投稿してきた場合などに、査読を通りやすくするよう何らかの取り計らいをする、という話は筆者(粥川)も耳にしたことがあります。査読者を明らかにすることで、外部の者がそうしたバイアスを認識できるかもしれない、ということです。

しかしながら現状では、査読者の名前を明らかにすることを認めているジャーナルはごくわずかです。前述のRANDヨーロッパの調査では、3.5%でした。

ただ、変化の兆しも見えます。オープンアクセス論文のプラットフォーム『F1000Research』は、査読者に署名を求めていますが、そのマネージングディレクターは会議で、この方針によって査読者をリクルートすることが困難になってはいない、と発言しました。

なおこの会議では、Facebookの創設者として知られるマーク・ザッカーバーグとその妻が設立した「チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ」が、先進的な方法の査読を実験的に行う「リポジトリ」をつくることが同意されました。

査読システムに大改革が起こり、それが科学知識の普及を促進し、再現性を高め、研究不正を減らすのだとしたら、一般市民としても歓迎すべきことになるでしょう。今後も注視する必要があります。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


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米NIH、「捕食ジャーナルで論文公表しないで」

前回記事の後半でお伝えした通り、米国の研究費の支出機関である国立衛生研究所(NIH : National Institute of Health)は、2017年11月3日、関係各所に対して同研究所の助成を受けた研究は「明確かつ厳密な査読プロセスを持たないジャーナル(学術雑誌)」での論文発表を控えるように、という通達を発行しました。要するに、本誌で何度も取り上げてきた「捕食ジャーナル(predatory journal)」では論文を発表しないでください、ということです。

通達を出した目的は「発表された論文の信頼性を守るため」であり、NIHが研究費を支出した研究については、「評判のよいジャーナル」で論文発表することを奨励する、と述べています。

NIHは、自分たちが研究費を支出した研究の結果として執筆された論文のなかで、学術機関が推進する「ベストプラクティス(最良の実践)」に従っていないジャーナルで発表されているものが増えていることに気づいている、といいます。学術情報のウェブサイト「リトラクションウォッチ」が、NIHの外部研究助成部門の担当者にインタビューし、「この通達を出すに至る問題が何か起こったのですか?」と尋ねたところ、担当者は「いくつかの最近の記事で、一部のジャーナルや出版社の行動に懸念を持つようになりました」と述べました。具体的な件数については「共有できる数字はありません」と答えています。

担当者のいう「いくつかの最近の記事」がどの記事なのかははっきりとしませんが、NIHの関連ページに書かれた文章には、ウプサラ大学の研究者らが2016年に発表した論文と、『ニューヨークタイムズ』が2017年10月に掲載した記事がリンクされています。

NIHの外部研究助成部門次長マイケル・ローワー博士は公式ブログで、このことは、NIHが研究費を支出している研究については「大きな問題ではないかもしれない」と書いています。というのは、NIHが研究費を支出した研究を報告した論文81万5000件以上のうち、90%以上は生物医学分野の論文データベース「MEDLINE」に収録されているからです。MEDLINEは、米国国立医学図書館(NLM : National Library of Medicine)が運営しており、誰でもサーチエンジン「PubMed」を使って検索することができるデータベースです。しかし、MEDLINEはすべてのジャーナルの論文を収録しているわけではなく、収録を願い出てきたジャーナルのうちわずか15%しか受け入れていない、といいます。それだけ厳選されたジャーナルの論文だけが収録されているということです(MEDLINEが現在、収録するジャーナル数は2017年11月の時点で5600誌、とNLMの図書館司書らは説明しています)。

NIHのいう「ベストプラクティスに従っていないジャーナル」、要するに捕食ジャーナルに掲載された論文が、MEDLINEに収録されないことは起こり得ます。その結果、PubMedで見つけることができないとなれば、それだけ読まれる機会が少なくなるでしょう。捕食ジャーナルで発表された論文は、公的な予算を受け取っている研究者が行い、しっかりとした内容の研究であっても、広く引用されにくくなるという問題もあるのです。

その一方でNIHの担当者は前述のインタビューにおいて、MEDLINEに収録されていないジャーナルにも優れたジャーナルはたくさんあり、NIHが研究費を支出した研究の成果がそれらに掲載されることがあることも指摘しています。たとえばMEDLINEの対象外である、経済学や工学、数学などのジャーナルに掲載される場合もあります。NIHは、研究費を受け取った研究者たちに、MEDLINEに収録されているジャーナルで論文を公表することを要請しているわけではないのです。この通達が注意を促しているのはあくまでも「欺瞞的な慣習に従事しているかもしれないジャーナル」のみであることを、彼は強調します。

そしてNIHは今回の通達に、「ベストプラクティス」に従っておらず、「欺瞞的な慣習に従事している」ジャーナルを識別できる以下のような特徴を示しています。

• 誤解を招く価格設定をしていること(例えば、論文掲載料(APC : article processing charge)に関する透明性が欠如していること)。
• 著者に対して情報を開示しないこと
• 積極的に論文投稿を求めてくること
• 編集委員会のメンバーについて記述が不正確なこと
• 査読プロセスが誤解を招くもの、または疑わしいものであること

その上でNIHは、その研究費を受け取っている研究者など利害関係者らに対して次のことを推奨しています。

• 研究公正と出版倫理の原則を遵守すること
• 専門の学術出版機関によって推進されているベストプラクティスに従うジャーナルを特定すること
• 明確かつ厳密な査読プロセスを持たないジャーナルでは論文を発表しないこと

さらに、研究者たちがジャーナルを判断するために参照する「ガイダンス」として、2つの資料(ウェブサイト)が紹介されています。1つは学術出版の業界団体が製作した「考えて、チェックして、投稿して(Think Check Submit)」であり、もう1つは連邦取引委員会による「研究者と科学者:捕食ジャーナル出版社にご注意を(Academics and scientists : Beware of predatory journal publishers)」です。

ジャーナルを選択するにあたり、NIHのローワー博士は「簡単に言えば、ご自身が引用する媒体に論文を発表してください」とまとめています。また、NLMは正しくジャーナルを選択できるように研究者を支援する図書館司書の役割の重要性を指摘しています。

日本の公的機関は今のところ、捕食ジャーナル問題に対してあまり積極的なアクションを行なっていないようです。NIHのこの動きにどう反応するか、今後が注目されます。

こんな記事もどうぞ
エナゴ学術英語アカデミー「ジャーナル選択を支援する新たなツール誕生!


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


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米国の裁判所、“捕食出版社”に差し止め命令

2017年11月18日、米国の連邦取引委員会(FTC : Federal Trade Commission)は、米国の裁判所が9月に、いわゆる捕食ジャーナルの出版社に対して「予備的差し止め命令(preliminary injunction)」を出したことを発表しました。FTCは不正な取引等を取り締まる政府機関です。

本誌でも度々伝えてきたように、捕食ジャーナル(predatory journal)とは、掲載料さえ払えばきわめて甘い査読のみで、どんなひどい論文でも掲載してしまうオープンアクセスジャーナルのことです。「ハゲタカジャーナル」と訳されることもあります。そうしたジャーナル(学術雑誌)に掲載された論文は、たとえば生物医学分野であったら、同分野の論文データベース「パブメド(PubMed)」に収載されないこともあります。

捕食ジャーナルを発行する出版社は「捕食出版社(predatory publisher)」と呼ばれます。彼らは登録料さえ払えば誰でも講演できる「国際会議」と称するものを開催することもあります。

FTCは2016年8月、インドのオープンアクセスジャーナルの出版社OMICSグループや関連企業に対して訴訟を起こしました。FTCの主張は、同社らが、有名な研究者の名前をその研究者が参加することに同意しなかったにもかかわらず使用して会議の参加者を募集したこと、論文が査読されているかどうかについて読者を誤解させたこと、投稿前に掲載料に関する情報をはっきりと著者に提供していないこと、同社らが発行するジャーナルについて誤解を招く「インパクトファクター」を提示していたこと、です。

この訴訟に対し、2017年9月29日、ネバダ州連邦地方裁判所のグロリア・ナバロ裁判官は、FTCから提出された証拠は「被告がジャーナル出版に関する虚偽記載をしたという予備的な結論を支持するのに十分である」と述べ、「差止命令がなければ、被告人が依然として不正行為に従事する可能性が高い」という判決を下しました。

しかし、学術情報サイト「リトラクション・ウォッチ」などによれば、この命令は、同社がジャーナルを発行したり、国際会議を開催したりすることを止められる内容ではないようです。今回裁判所が認めたことは、あくまでも同社が研究者たちに論文や口頭発表を勧誘する方法において不正行為を行ったことであり、結果として命じたのは、誤解を招く情報をウェブサイトから削除することでした。

FTCの金融慣行課の上席弁護士グレゴリー・アッシュは「これは確かに、私たちは捕食出版社を監視し、目を光らせています、という学術界へのメッセージです」とコメントしています。それに対してOMICS社の法律顧問は「リトラクション・ウォッチ」の取材に対して、「FTCは“フェイク・ニュース”に基づいて主張したのです」と述べています。

OMICSグループはインドに本社を置く、オープンアクセスジャーナル専門の出版社で、700誌ものジャーナルを発行し、世界各地で国際会議と称する会議を主催しています。同社の名前は、捕食ジャーナルや捕食出版社のリストとして知られる「ビールズ・リスト」にも挙がっていました(同リストは閉鎖されましたが、アーカイヴが残っています)。

2016年、同社がカナダで数多くの医学ジャーナルを発行する出版社2社を買収していたことが、同国の『トロント・スター』とCTVニュースの合同調査によってわかりました。カナダの評判は「ジャンク・サイエンス」のために出版社が「ハイジャック」されてしまったというもので、同国の医師たちはカナダの学術誌の名前が偽の研究論文にお墨付きを与えるのに使われることを懸念しているといいます。

その一方で、米国の研究予算の支出機関である国立衛生研究所(NIH : National Institute of Health)は、2017年11月3日、関係各所に対して同機関の助成を受けた研究は「明確かつ厳密な査読プロセスを持たないジャーナル」、要するに捕食ジャーナルでの論文公表を控えるよう通達を出しました。

この件やその背景などについては、次回お伝えしましょう。

 


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1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

 


米国化学会、海賊版論文サイト「サイハブ」に勝訴

本連載でもお伝えしてきたように、「サイハブ(Sci-hub)」というウェブサイトでは、出版社のサイトでは有料でしか入手できない論文のPDFファイルを、誰でも簡単に無料でダウンロードすることができます。ジャーナル(学術雑誌)の購読料が高騰し、論文を手に入れにくくなったことに業を煮やした研究者アレクサンドラ・エルバキャンが2011年に開設したものです。多くの研究者に重宝されてきた反面、学術出版社などからは訴訟を起こされるなどされてきました。

世界最大の学会で、多くのジャーナルを発行する「米国化学会(ACS: American Chemical Society)」は今年6月、バージニア州の地方裁判所でサイハブを提訴しました。11月3日、バージニア州の地方裁判所はサイハブに対して、著作権侵害と商標違反の損害賠償として480万ドルを同学会に支払うよう命じました。サイバブ側はこの裁判に出廷しませんでした。

最近のある研究では、サイハブには、世界の学術論文約8160万件のうち69%、米国化学会のジャーナルのコンテンツのうち98.8%が含まれている、と推定されました。

サイハブは学術出版大手エルゼビア社に著作権侵害で訴えられて、ニューヨークの裁判所から1500万ドルを損害賠償として払うことを命令されたこともあります。

米国化学会は声明文で「この判決は著作権法と出版産業全体の勝利である」と述べたうえで、サイハブとの「アクティブな提携や参画」をしている人々には、同学会の著作権で保護されたコンテンツや商標の不正使用に対する差し止め命令が出されることをこの判決は意味する、と説明します。つまりサイハブだけでなく、検索エンジンやサービスプロバイダなどにも適用される可能性があるということです。同学会はこれが執行されるよう動き始めているといいます。

この裁判所命令に実効性はあるのでしょうか? サイハブは閉鎖されるか、あるいは誰も検索エンジンでたどり着けなくなるのでしょうか?

ネイチャー・ニュース』では、知的財産の専門家が「アクティブな提携や参画」には解釈の余地があること、一般論としてはアメリカの裁判所は裁判に参加していない人々や団体に命令を出す権限は持っていないこと、しかし連邦規則(US federal rules)は禁止を命令された側と積極的に関係している者に対しては命令が及びうること、などを指摘しています。

サイエンス・インサイダー』では、別の専門家が、この判決は政府による検閲に第三者が関与を求められる前例になる可能性を指摘しています。

コンピュータ通信産業協会(CCIA)は「法廷助言書」を裁判所に提出して、プロバイダと検索エンジンへの命令を、エルゼビアによる訴訟でも米国化学会による訴訟でも、その訴えから除外するよう求めていました。この意見は前者では裁判官に取り入れられましたが、後者では却下されました。

なお同学会の広報担当者は、この判決は検索エンジンには適用されず、サイハブに「積極的に参加している団体」にのみ適用される、と『サイエンス・インサイダー』にコメントしています。

エルバキャンは今のところどのメディアにもコメントしていないようです。

サイハブは別の訴訟で閉鎖を命じられたこともあるのですが、アメリカの裁判所の命令が及ぶのは同国国内に限定されるため、ロシアのサーバーで運営しているサイハブはサービスを続けています。今回の判決でどうなるかはわからない、という意見もあるようですが、自由を重視するインターネットの世界では、その運営を止めることは不可能だろう、という推測もなされています。

もしサイハブが利用不可能になったら、高価な購読料を払うことのできる研究機関に所属していない研究者、とくに新興国の研究者に深刻な影響が出る可能性があります。そうした研究者もサイハブを必要とせず、論文、つまり公開された研究成果を自由に利用できるような情報環境があることが理想ではないでしょうか? しかし、現状はそうではないのです。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。


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ウィキペディアは科学の「言葉」に影響する

「ウィキペディア」は、誰でも執筆・編集できるオンライン百科事典として知られています。何か気になることを調べるためにはとても便利なウェブサイトです。しかし、誰でも簡単に執筆・編集できることから、その信頼性には限界があり、論文などを書くときには、それを参照・引用することは慎重になったほうがいい、と一般的にいわれています。大学の教員のなかには、学生たちに対して、レポートを書くときにはウィキペディアどころかインターネットを参照すること自体を禁止する方もいるほどです。

しかし現実には、科学者もウィキペディアを参照しています。それどころか最近、科学者の「言葉(言語)」はウィキペディアの影響を受けている、と主張する研究結果が報告されました。

マサチューセッツ工科大学のイノベーション研究者ニール・トンプソンとピッツバーグ大学の経済学者ダグラス・ハンリーは、ウィキペディアが科学者の言葉にどう影響しているかを調べるためにある実験を行い、その結果をまとめた論文の原稿を9月20日、「社会科学研究ネットワーク(SSRN : Social Science Research Network)」が運営するプレプリントサーバー(論文の原稿を投稿するウェブサイト)に公開しました。

トンプソンとハンリーは大学院生らに、ウィキペディアにまだ書かれていない化学分野のトピックについての記事を書かせました。彼らはそうしてできた記事43件を無作為に分け、半分を2015年1月、ウィキペディアで公開しました。残りの半分は「コントロール(比較対照群)」として、公開していません。公開された記事は、2017年2月までに200万を超えるページビューを稼ぐ結果となりました。(彼らは大学院生らに経済学の分野の記事も書かせたようですが、この論文では主に化学分野での影響が分析されています。)

ウィキペディアに掲載された記事の内容が科学論文にどのような影響を与えたのかを調べるため、彼らは、最も影響力のある化学分野のジャーナル(学術雑誌)50誌のテキストを分析して、ウィキペディアで記事が公開されてから約2年後の2016年11月までの期間に、論文で使用される言葉がどのように変化したかを調査しました。

彼らは、論文で使われている言葉の頻度や新しい単語が現れた時期などを計算した結果、

平均すればウィキペディアの記事1本の存在は、そうした科学論文内の意味ある単語のうち0.33%(つまり約300分の1)を変化させる

ということを発見しました。これは「新しいウィキペディアの記事 → その記事を読む科学者 → 科学文献への影響」という「因果的な影響が強い」ことを示しています。

トンプソンとハンリーはさらに、ウィキペディアの影響は、有名なジャーナルよりも、あまり引用されないジャーナルで、より顕著であることを発見しました。また、論文の著者たちの国を調べてみると、高所得の国よりも低所得の国の研究者たちにウィキペディアの影響が強く見られることもわかりました。

彼らは論文のアブストラクト(要約)で、ウィキペディアのような誰でも利用可能な情報源にアクセスすることは「科学を進展させるために費用対効果が高い方法」だと肯定的に評価しています。「(情報入手の)公平さを高め、科学情報に従来的な方法ではアクセスできない人たちにより大きな恩恵をもたらす」と。

また『ネイチャー』のニュース記事で著者の1人は、購読料が高いジャーナルにアクセスしにくい国の科学者のなかには、ウィキペディアに依存している者がいるかもしれない、と推測しています。一方、この研究に参加していない研究者の1人は、論文を書くとき、言葉の手本としてウィキペディアを参照している科学者もいるからではないか、とコメントしています。また別の研究者は、科学者もウィキペディアのような一般向けに書かれた資料を参照していることがわかったということに、この研究の意義を見出しています。

ウィキペディアはしばしば、不正確なこと、記述の根拠が明らかでないことなどが指摘されます。それを改善する方法として、専門家が執筆や編集に参加することが推奨されており、実現しつつあります。たとえば、『RNA生物学(RNA Biology)』というジャーナルでは、2008年以来、論文の内容に関連するウィキペディアと連動したページの当該項目を更新することを、著者たちに義務づけています。

トンプソンらの論文はまだ査読中なので、その評価には慎重になるべきかもしれません。しかし、誰でもアクセス可能な情報源が科学者に肯定的な影響を与えているのだとしたら、科学を進展させるためには論文自体のオープンアクセス化もまた、これまで以上により前向きに検討されるべきでしょう。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

 


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「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(後編)

前編では、カナダのオタワ病院研究所の疫学者デーヴィッド・モーハーらが捕食ジャーナルに掲載された論文の「責任著者(corresponding author)」の所属国を調査した結果、最も多かったのがインド、次がアメリカであったことなどをお伝えしました。後編では、論文著者たちの捕食ジャーナルに対する認識と、捕食ジャーナルの特徴について見てみましょう。

モーハーらは、捕食ジャーナルで論文を発表した著者たちが所属する研究機関の責任者16人を選んで問い合わせのメールを送りました。「著者たちに警告した」、「対策を検討している」などと返信してきた研究機関もあれば、返信がなかったところやメールが戻ってきてしまって届かなかったところもありました。

また、彼らは著者87人にも直接メールを送ったところ、18人から回答を得られました。そのうち2人は、投稿するジャーナルが捕食ジャーナルである可能性を認識していたと答えました。4人はビールズ・リストの存在を知っていました。そして、3人が捕食ジャーナルでの採択以前に、ほかのジャーナルに原稿を投稿したことがあると答え、7人が、どのジャーナルに投稿するかについて何らかのガイダンスを受けたことがあると答えています。自分たちの研究が引用されたことがあると答えた著者も7人いました。

モーハーらは、捕食ジャーナルに論文を掲載することは「非倫理的である」と主張し、それらの問題点を「貧弱な査読と貧弱なアクセス」とまとめています。本連載でも伝えたように、適当に言葉を並べただけの無意味な原稿を投稿しても、捕食ジャーナルの編集部はそれを論文として採択してしまうことが広く知られています。また、そうした論文はパブメド(PubMed)などの論文データベースに収載されないことがあるので、見つけにくいことも指摘されています。

彼らは、捕食ジャーナルを通常のジャーナルと区別することは難しい、と指摘します。しかし一方で、彼らは以前に『BMCメディスン(BMC Medicine)』に投稿した論文で捕食ジャーナルの特徴を分析し、以下の13点にまとめたことがあります(彼らの箇条書きに筆者が加筆)。

1. その対象範囲には、生物医学的なトピックと並んで非生物医学的なテーマが含まれる。
2. そのウェブサイトにはスペルや文法のエラーがある。
3. 画像が歪んでいたり、ぼやけていたりする。未許可のものである可能性もある。
4. そのホームページは読者ではなく著者らをターゲットにした言語で書かれている。
5. そのウェブサイト上で「インデックス・コペルニクス・ヴァリュー(ICV: The Index Copernicus Value)」が宣伝されている(ICVはジャーナルなどの価値を示す指標だが、その信頼性は疑問視されてきた)。
6. 原稿の取り扱いプロセスの説明が不足している。
7. 原稿は電子メールで投稿するよう要求されている。
8. 迅速な掲載が約束されている。
9. 撤回についてのポリシーが書かれてない。
10. ジャーナルの中身をデジタルで保存するかどうか、どのように保存するかについての情報が欠けている。
11. 論文加工掲載料は非常に安い(たとえば150ドル未満)。
12. オープンアクセスであると謳うジャーナルでは、掲載された研究の著作権を出版社が所持し続けることになるか、著作権に言及していないかのいずれかである(通常のオープンアクセス・ジャーナルでは、当然ながら著者に属することが保証されている)。
13. 連絡先にプロらしくなかったり、ジャーナルらしくないメールアドレス(たとえば@ gmail.comや@ yahoo.comなど)が使われている。

少なくとも、ある程度の参考にはなるでしょう。

今年8月29日、通信社のブルームバーグが、大手製薬企業の研究者たちが捕食ジャーナルで論文を発表していることを報道しました。信頼性の低い論文のデータが、医薬品の認可の根拠や宣伝材料になってしまうのだとしたら、私たちの生命にも関わってきます。

その一方で、捕食ジャーナル問題は、日本では一部の専門家以外にはほとんど知られていないのが実情でしょう。臨床医などのなかには、罪の意識がないままこうしたジャーナルで論文を発表してしまう人もいるようです。学術界の自浄作用だけでなく、ジャーナリズムの奮闘が望まれます。


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

 


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「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(前編)

本連載では、どんなにひどい原稿でも、掲載料さえ払えば査読らしい査読なしで掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」について、何度も取り上げてきました。最近では、「フェイク・ジャーナル(fake journals)」と呼ばれることもあります。

捕食ジャーナルで研究成果を発表する者たちは、主としていわゆる開発途上国の医師や研究者だと思われてきました。実際のところ、そうした捕食ジャーナルに投稿される論文の著者がインドなどのアジアに集中することを明らかにした調査もあります。ただ筆者は「日本人も少なくないのではないか?」と思ってきました。

カナダのオタワ病院研究所の疫学者デーヴィッド・モーハーらは、そうした論文の共著者たちのなかでも、ジャーナル編集部や読者など外部との窓口役を果たす「責任著者(corresponding author)」の所属国に着目すると、インドの次に多かったのはアメリカであることなどを、『ネイチャー』への寄稿で明らかにしました。

この調査の対象となったのは、1907件の論文です。モーハーらは、捕食ジャーナルのリストとして知られ現在は閉鎖されている「ビールズ・リスト(Beall’s List)」などを参考にして、生物医学分野の捕食ジャーナルを発行している出版社の中から、1誌だけを発行している出版社41社と、複数誌を発行している51社を選びました。その上で、これらの出版社が発行するジャーナル計179誌に最近掲載された論文3702件から、純粋な生物医学研究と体系的レビュー(複数の論文のデータを統合して分析する研究)を抜き出したところ、1907件が残ったのです。

彼らの調査で、そうした論文では、主流のジャーナルに載った論文に比べて、ガイドラインが守られていない傾向があることが浮かび上がりました。たとえば、臨床試験を報告する論文では「登録情報」が書かれていないこと、体系的レビューでは「バイアス(偏り)」のある可能性が評価されていないこと、動物実験では「盲検化(ある動物が実験群であるか比較対照群であるかを実験者がわからないようにすること)」に関する情報が書かれていないこと、などが明らかになりました。

また、倫理委員会の承認を得ていることを明記した論文が、主流のジャーナルでは70%を上回る(ヒトを対象とした研究で70%以上、動物を対象とした研究で90%以上)のに対し、モーハーらが調査した捕食ジャーナルでは40%に留まりました。さらに、資金源を書いていない論文は、約4分の3に上りました。責任著者の所属国は、インド(27%)、アメリカ(15%)、ナイジェリア(5%)、イラン(4%)、日本(4%)など世界103カ国に広がることもわかりました。

モーハーの調査とは別に、シンクタンクである民主主義・経済学研究所(IDEA : Institute for Democracy and Economic Analysis)がまとめた調査では、インドやナイジェリアの論文の10%以上が捕食ジャーナルで発表されていたこと、それに対してアメリカや日本では1%以下であったと明らかになっていました。また、『情報科学技術協会ジャーナル(JASIST : Journal of the Association for Information Science and Technology))に掲載された別の研究では、捕食ジャーナルに載った論文の著者の75%が南アジア(主にインド)、14%はアフリカ(主にナイジェリア)にいたのに対し、アメリカにいた著者はわずか3%だとわかったこともあります。

それらとは対照的に、モーハーたちの調査では、著者たちの57%は「高所得国」または「中所得国」以上の国の研究者であることが判明しました。モーハーらは調査結果に違いが出た理由を、自分たちは共著者全員ではなく「責任著者」に絞って分析したこと、自分たちのサンプルに高所得国の著者たちが好むジャーナルが含まれている可能性、そして近年、捕食ジャーナルを発行する捕食出版社は高所得国や中所得国の医師や研究者たちに対して、メールによる論文投稿の勧誘をより積極的に行うようになっている可能性を挙げています。

モーハーたちの調査は続きます。後編では、捕食ジャーナルの特徴(見分け方)なども紹介します。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

 


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300ドルであなたも論文の共著者に

本連載では、掲載料さえ払えば、どんなにいい加減な原稿でも論文として掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」やそれを発行する出版社「捕食出版社(predatory publisher)」のことをたびたび取り上げてきました。そうした出版社やジャーナル(学術雑誌)をまとめてリストアップした「ビールズ・リスト(Beall’s List)」もあったのですが、2017年1月に閉鎖されてしまったことも伝えました。

インドのIT企業に勤める研究者で、医療ライターでもあるプラヴィン・ボージートは、この捕食出版という問題に興味深い角度から疑問を投げかけました。研究に何も貢献していない者でもお金を払えば、論文の共著者になれるのか、ということです。

ボージートがビールズ・リストに載っていた出版社を以下の方法で調査したところ、約16%が論文の共著者に名前を加えることに同意したといいます。

ボージートは、2015年11月にビールズ・リストに載っていた出版社906社の中から、分野を生物医学分野に絞って調査を行いました。実際に稼動している706社のうち、2016年12月の時点で400社が生物医学分野のジャーナル4924誌を発行していることを確かめました。そのうち119社がインドの、94社がアメリカの出版社でした。

ボージートは架空の名前を使って、そうした出版社にメールしました。その文面の一部を学術情報ウェブサイト『リトラクション・ウォッチ』が紹介しています。

私は多忙な上、多くの患者を抱えているため論文を書いたり出版したりすることができないのですが、宣伝のために論文が必要です。同僚の1人から、貴社のジャーナルはこの件について手助けしてくれると聞きました。貴社が医学関連の論文の共著者に私を追加したり、あるいは誰かが私の代わりに論文を執筆してくれたり、発表を手助けしてくれたりできるならば、幸いです。

彼は返信を期待していなかったのですが、117 社(44.5%)から回答を得ました。共著者として名前を追加することを断ったのは44社(37.6%)、はっきりと答えなかったのが21社(17.9%)。しかし19社(16.2%)は、共著者として名前を加えることに同意しました。自分たちが論文を書いて出版する、と答えた出版社も10社(8.5%)ありました。

『リトラクション・ウォッチ』はその回答の一部を紹介しています。

以下は著者2名が掲載準備を整えた論文タイトルの一部です。(略)この著者たちは掲載のために支払うお金がないので、論文の掲載費を支払うことができて共著者に加えられる人を探しているのです。

 

私たちは、研究の共著者としてあなたの名前を追加するように、何人かの著者に依頼することができます。あなたは掲載料(論文2件に300 USドル)を支払うだけです。

ボージートは、「スタンドアローン・ジャーナル(stand-alone journal)」といってジャーナル1誌だけを発行している出版社についても調べているのですが、母数が少ないのでここでは省略します。彼によれば、捕食出版社の少なくとも半分は「非倫理的な」出版行為にかかわっていることになります。

彼は今年9月に開催された「査読と科学出版についての国際会議(Peer Review Congress)」でこの調査結果を発表しました。『リトラクション・ウォッチ』のインタビューでは、お金を払えば、ジャーナルの編集委員として迎える、と言ってきた出版社もあったことを明かしています。

研究に何も貢献していない者の名前を共著者に加えることは「ギフトオーサーシップ(gift authorship)」と呼ばれ、ずいぶん前から研究不正行為の一種として問題視されてきました。名前を貸すほうは業績を増やすことができること、名前を借りるほうは論文に“ハク”を付けることなど、双方にとってメリットがあるとされてきました。「オーサーシップ」はギフト(贈り物)としてやり取りされるだけなく、金銭でも取引されている可能性がありそうです。


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。