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捕食出版社、生涯教育にも進出

本連載では、掲載料さえ払えばどんなにひどい原稿でも論文として掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」や、登録料さえ払えば誰でも「講演者」として発表させてしまう「フェイク・カンファレンス(fake conference)」について書いたことがあります。とりわけカナダの『オタワサン』や『オタワシチズン』に寄稿する記者トム・スピアーズによる調査活動を紹介してきました。

スピアーズは、捕食ジャーナルの出版社として知られるインドのA社が倫理学分野のジャーナル(学術雑誌)を発行していることを知り、昨年秋、アリストテレスの文章を盗用したうえで、それに手を加えてつくったデタラメな原稿を投稿しました。その原稿はあっけなく論文として採択されてしまい、ジャーナルに掲載されることになりました−−掲載料さえ払えば。スピアーズはその経緯を暴露しました。

『オタワシチズン』(2017年6月1日付)にスピアーズが寄稿した記事によれば、その暴露によって、A社はその原稿の採択(受理)を撤回することを余儀なくされたといいます。スピアーズは、A社の弁護士からは「謝罪文を公表することを要求する」と警告され、そのジャーナルの編集委員からは「あなたの論文は執筆の基準に満たしてさえいないと我々は結論づけている」と忠告されたといいます。スピアーズの原稿は、査読を通ったはずなのですが…。

ある日、スピアーズは同僚から「同じ論文を繰り返し採択すると思う?」と尋ねられました。そこで彼は、同じ研究をA社が開催する免疫学の国際カンファレンスで発表するために投稿することにしました。ただし題名は医学っぽく変更しました。「免疫学における新しい倫理的な問題:感染症研究のボランタリティとケタランスの程度」と。「ボランタリティ(Voluntarity)」や「ケタランス(Ketterance)」という言葉は、スピアーズらがでっち上げたもののようです。確かに、辞書を引いても出てきません。

そして結果は……またもや採択だったようです。1499米ドルを払えば、テキサスで開催される国際カンファレンスで、ポスター発表できることになりました。本連載でもお伝えしたように、A社はスピアーズがでっち上げた「空飛ぶブタ」などについての研究を、国際カンファレンスでの講演として採択したこともあります。

スピアーズらは同じデタラメな研究内容を、老人病学の国際会議にも投稿していました。2日後の同じ『オタワシチズン』によると、やはりこれも採択されたそうです。しかもそのカンファレンスは、老人病学や看護学分野における生涯教育(continuing education)に関するものでした。

捕食ジャーナルを出版したり、フェイク・カンファレンスを開催したりする「捕食出版社(predatory publishers)」はこれまで、業績を求める若手研究者を主なターゲットにしてきたはずですが、「生涯教育」にも手を付け始めたということは、そのターゲットが拡大していることを意味する、とスピアーズは『オタワシチズン』で指摘します。

スピアーズはA社に説明を求めるメールを送ったのですが、これまでのところ返事はないようです。

A社はインドのハイデラバードに拠点を置き、700誌ものオンライン・ジャーナルを発行する企業です。最近、カナダの正当な学術出版社B社とC社を買収しました。同社のビジネスモデルをB社やC社も採用するのかが気になります。またA社は世界各地で年間1000件もの「国際カンファレンス」を開催しています。もちろん、日本でも。今年は主に大阪で、37もの国際カンファレンス(2017年6月時点)がA社によって開催される予定となっています。

見知らぬ外国企業から「発表募集(Call for papers)」というメールが来たときには、そのジャーナルや国際会議で自分の研究を発表することが、ほんとうに、科学コミュニティや社会への貢献につながるかどうかを熟考したいものです。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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CiteScoreは有用な測定ツールか?

学術出版大手のエルゼビアが2016年12月、CiteScore™ (サイトスコア) という学術ジャーナルのための新たな評価指標の提供を開始し、話題となっています。これは、ジャーナルに掲載された論文がどのぐらい引用されたか(被引用件数)を示す指標で、研究者にとって自分の論文の影響力を測る目安になるだけでなく、評価にもつながる重要なものです。

ジャーナルの評価指標としてはClarivate Analyticsが提供する「インパクトファクター」が有名ですが(かつてトムソン・ロイターが運営)、そこにサイトスコアというライバルが登場し、インパクトファクターに取って代わることをめざしているのです。

■ ジャーナル評価指標はなぜ重要か

ジャーナル評価指標とは、ジャーナルに掲載された論文の一つひとつが他の論文にどれだけ引用されたかを分析した数値です。この情報は、どのジャーナルを購読するかを決める図書館司書、どのような記事が多くの読者を獲得できるかを見極めねばならないジャーナル編集者、そして論文こそが最も重要な業績となる執筆者自身にとっても、どのジャーナルに投稿するかを決める際にたいへん参考になるものです。

■ サイトスコアとインパクトファクターの違い

サイトスコアもインパクトファクターも、出版された論文の被引用数の平均値を示すのは同じですが、算出方法などに多少の違いがあります。

エルゼビアのプレスリリース によれば、サイトスコアは、世界最大級の抄録・引用文献データベースScopusに追加されたサービスで、これにより、学術コミュニティは5,000を超える出版社のジャーナルの包括的な評価指標に無料でアクセスすることが可能になりました。サイトスコア評価算出の根拠となるScopusには、あらゆる分野の出版社の2万2,000誌以上のジャーナル、5,200万件以上の文献が収録されており、各ジャーナルのサイトスコアは無料で公開されています。サイトスコアの特徴は、論文やレビューのみならず、カンファレンスペーパー、書簡、論説などジャーナル本体以外の引用もカウントすることです。サイトスコアの算出方法は、対象年において引用された回数を、その対象年に先立つ3年間に出版されScopusに収録された文献数で割るというものです。

算出方法(例)
2015年のCiteScoreは、2012、2013、2014年に出版された文献が2015年に引用された回数を、2012、2013、2014年に出版されScopusに収録されている文献数で割ったものです。
(出所:ELSEVIER: CiteScore

 

この計算方法では、研究論文以外(記事や社説など)も多数掲載するジャーナルの平均スコアを下げ、結果としてインパクトファクターとサイトスコアの点数に大きな違いとなって表れます。その反面、これまでインパクトファクターの計算に含まれていなかった小規模なジャーナルや、そこに寄稿している研究者にとってはメリットをもたらすものです。今までカウントされなかった小規模ジャーナルも取り込むことで、かつては得られなかった公平性を獲得できる部分もあります。

一方、インパクトファクターは、対象年における引用回数を、対象年に先立つ2年間に該当ジャーナルが掲載したソース項目の総数で割ることによって計算しています。

算出方法(例)
A=2003年、2004年に雑誌Pに掲載された論文が2005年中に引用された回数
B= 2003年、2004年に雑誌Pが掲載した論文の数
雑誌Pの2005年のインパクトファクター=A/B
(出所:Clarivate Analytics: インパクトファクターについて

 

■ サイトスコアの利益相反問題

ジャーナルの引用回数を分析する評価指標としてのインパクトファクターは広く認識されてきましたが、その計算方法やデータの透明性、さらにはインパクトファクターをめぐる不正疑惑まで、いろいろな批判が出ています。同様のことはサイトスコアにも言えるかもしれませんが、このところサイトスコア特有の問題も指摘されています。

分析結果の質の低下:

サイトスコアが莫大な量のジャーナルおよび収録文献を対象とするため、かえって分析結果の質を落としてしまいかねない(純粋に論文のみを対象に算出するわけではないため)。

ジャーナルによるスコアの違い:

サイトスコアの指標が、論文以外の記事を含めた掲載数から算出されるため、論文以外の記事を多く掲載するジャーナル(特にネイチャー・ファミリーのジャーナル)と研究論文だけを掲載するジャーナルではスコアに差が生じる。つまり、引用されることが少ない、研究論文以外を掲載するジャーナルに不利に働く傾向がある。

エルゼビアの優位性への疑問:

サイトスコアは出版社であるエルゼビアによって運営され、ジャーナルの指標開発を支援したとされるのも出版社エメラルド(Emerald Publishing )であり、この指標がエルゼビアと傘下にある出版社に有利になるよう設計されたのではとの疑念がある。

■ サイトスコアによる影響

サイトスコアが、インパクトファクターが現在得ているほどの認知度と評価を得られた場合、ジャーナルの中には、多くの読者に読まれているニュースや論説などの論文以外の記事の掲載を削減したり、打ち切りにしたりするものも出てくるでしょう。少なくとも誌面構成を見直す動機にはなるので、このような流れが原因で誌面の内容が萎縮・消失してしまうとしたら、それは問題です。

論文以外の内容が多いジャーナルに不利となり得る算出方法を採用していることで、データの公平性が損なわれているというのは無視できない指摘です。つまり、ここで問われているのは、サイトスコアのシステム設計においてエルゼビア(およびエメラルド)が、自社が優位となるように意図的な決定をしたか否かです。

この問題を煮詰めていくと、出版社自らが出版物の評価に関わるべきかどうかという点に行き着きます。評価指標の透明性を訴えたとしても、倫理的な問題は常に持ち上がってくるでしょう。ひいては、そうしたサービスの利用の正当性をも否定しかねません。

■ 評価指標は有用か?

では、サイトスコアは果たして評価指標として有用でしょうか?研究成果を定量的に評価する一つの方法として評価指標スコアは有用であり、投稿された論文の引用文献としての活用は、科学の発展のためにも促進されるべきことです。しかし、この指標が正しく活用されるためには、繰り返しになりますが、データおよび分析方法の透明性と同時に、指標算出アルゴリズムの設計に関する透明性も確保される必要があります。エルゼビアはサイトスコアの分析結果において、ネイチャー系ジャーナルの評価スコアがインパクトファクターのスコアと乖離する矛盾を説明しなければならないでしょう。また、そのアルゴリズムが自社の出版に有利な結果を示すと言われることについての説明義務もあります。

分野の異なる膨大な量の論文を横並びにし、引用数を比較すること自体に無理があるのかもしれません。多くの研究者などに利用されている現状を踏まえれば、評価指標は研究の影響力を図る目安として有用ではありますが、偏重しすぎると判断を誤りかねません。それが研究論文を評価するすべてではないということを、頭に入れておく必要があります。いずれの評価指標であっても、適切に利用されているかどうかを判断するために、研究者、出版者、ジャーナル編集者含むすべての学術関係者が、成熟途上の評価ツールの開発と進展に、しっかりと注意を払わねばならないのです。


こんな記事もご参考下さい。
エナゴ学術英語アカデミー 「インパクトファクター 」の問題とその行方
エナゴ学術英語アカデミー インパクトファクターのライバル – Citescore(サイトスコア)とは?

References:

Hans Zijlstra and Rachel McCullough (2016, December 8)
CiteScore: a new metric to help you track journal performance and make decisions

Carl T. Bergstrom and Jevin West (2016, December 8)
Comparing Impact Factor and Scopus CiteScore

Dr.Kawaguchi

【東洋大学】川口 英夫 教授インタビュー (前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十四回目は、東洋大学の川口英夫教授にお話を伺いました。インタビュー前編では、ご自身と英語との格闘秘話を語ってくださいます。


■ 先生の研究室の専門分野、研究テーマを教えてください。

私の研究室名は「脳神経科学研究室」、英語で言うと「ニューロサイエンス」になります。ただちょっと私の研究室は変わっていて、人の行動と脳の関係性という分野と、もう1つ全く別個に、山中伸弥先生が確立したiPS細胞を神経細胞に分化誘導させる時の成熟過程などを扱う分野にも携わっています。

この2つの分野は、脳や神経というところで一応結びつきはするのですが、はるか遠く離れているとも言えます。ただ、例えば学生の教育という点で言えば、どういうふうにものを考えればいいかといった研究の方法論は変わらないだろうと思います。

■ 身近なところではどういったものにつながる研究でしょうか。

人の行動と脳機能の関係性については、具体的には2つの研究が主になります。1つは、メンタルヘルス不調の予兆を被験者の筆跡の特徴量から把握できないか、という研究です。企業や大学でメンタルヘルスの不調から休職・休学している人が増えている中で、不調を早く察知して対応できるための指標を作れないか探っています。

もう1つの研究も発想は似ているのですが、主に高齢者の方が転倒して寝たきりになってしまう前に、運動機能の低下をその人の筆跡から予測できないか研究しています。どちらも予防医学的な発想なのですが、そこに工学を持ち込んで、メンタルヘルスや運動機能と脳との関係を科学的に導き出そうという位置づけです。

iPS細胞を扱う分野は再生医療の領域ですが、実はもともと私は細胞を扱う研究者ですので、両方やってしまえということで二本立てになっています。

■ 英語での論文執筆や学会発表などで苦戦した経験はありますか。

日立の研究所に在籍していた頃は、研究報告を2つ3つまとめて1つの論文を日本語で書き、それを英語化するという流れで英語論文を書いていました。頭の中でまずは日本語のロジックがあり、それを自力で英語に直して上司などに直してもらっていたわけですが、最初はぼろぼろでしたね(笑)。何度も社内で直されて、経費で英文校正の会社に出して、その後さらに自腹でまた校正してもらっていました。最近はソフトが非常に発達していて、キーワードを入れると論文に出てくるような英文をいくつも例示してくれる辞書があります。それを駆使して書いた英語論文をエナゴに出しても、そんなにひどい文章だとは言われませんね(笑)。

■ 昔と比べると英語の苦労は減りましたか。

いつも苦労しっぱなしです。学生の前ではあまり言えませんが、私は英語が好きではありませんでした。だからもう大変です。読み書きのほうはまだしも、聞いて話すのは本当に大変です。実は今、大学の「キャンパス英会話」というプログラムに学生に交じって参加しています。毎日40分の講座を年間100回やるというもので、どちらかというと一般的な英会話のテキストを使っています。私は学術的な英語のほうが非常に聞きやすいし話しやすいのですが、あえてそれを外しています。

東洋大学はスーパーグローバル大学に認定されており、このキャンパス英会話以外にも、土曜日にマンツーマンで教えてくれる教室や、春・夏の長期の休みに開かれる集中講座もあります。毎日のレッスンを受講しながら短期留学に行けば、学生は格段に英語力が上がると思いますね。

■ 身近に英語を学べる環境があるのですね。

少しずつ、キャンパス全体で「英語を勉強するのは当たり前だよね」という雰囲気になってきているように感じます。このまま定着するかどうか、ここ1、2年が勝負ではないでしょうか。


後編では、英語力を必要とする「現場に放り込む」という、獅子の子落としを想起させる学生や若い研究者への指導方法についてお話くださいます!

【プロフィール】
川口 英夫(かわぐち ひでお)教授
東洋大学 生命科学科 脳神経科学研究
2009年04月 – 現在 東洋大学(教授)
2004年07月 – 2011年03月 (独)科学技術振興機構(統括補佐/グループリーダ 兼任)
1998年04月 – 2009年03月 (株)日立製作所 基礎研究所(主任研究員/ユニットリーダ)
2001年11月 – 2006年03月 東京工業大学(客員助教授 兼任)
1985年04月 – 1998年03月 (株)日立製作所 基礎研究所

 

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「フェイク査読」が発覚したジャーナルは編集委員もフェイク!?

本誌では以前、「偽装査読」あるいは「フェイク査読」と呼ばれる不正行為の実例を紹介しました。そのなかで今年4月、大手学術出版シュプリンガー社が、同社が発行するジャーナル(学術雑誌)の1つ『腫瘍生物学(Tumor Biology)』に掲載された論文107件を、 フェイク査読 を理由に撤回したこと、そのことにはフェイク査読をコントロールしている業者が関係しているらしいことを紹介しました。

学術情報のニュースサイト『リトラクション・ウォッチ』によれば、『腫瘍生物学』は、論文の撤回数が最も多いとされている学術ジャーナルであり、しかも今回の撤回は、2015年、2016年に行われた大規模な論文撤回に続く3回目です。『腫瘍生物学』は、腫瘍・バイオマーカー国際学会(International Society of Oncology and BioMarkers : ISOBM)のジャーナルで、去年(2016年)まではシュプリンガー社が発行していましたが、現在は、SAGE社が発行しています。

しかしながら、『サイエンス』誌のニュースブログ『サイエンスインサイダー』によれば、『腫瘍生物学』の問題は論文撤回だけではなかったといいます。

このときに撤回された107本の論文はすべて、中国の研究者たちによるものでした。同誌は、研究者の論文発表を支援する専門業者がある役割を果たしているという「いくつかの証拠」がある、というシュプリンガー社の説明を紹介しています。ただ、撤回された論文の著者たちがそのことを認識していたかどうかはわからない、とのこと。

また、少なくとも1つのケースでは、撤回された論文の著者はそうした業者を利用していないし、「偽装査読者」を提案してもいない、と主張しているといいます。編集者が「偽装査読者」の連絡先情報をデータベースに保存していたため、このようなことが起こった可能性が指摘されています。

そして『サイエンスインサイダー』は、オンラインで公開されている同誌の編集委員会には、「同誌とは何の関係もない」と言う科学者数名の名前が含まれていたことを明らかにしました。そのなかにはドイツの著名なウイルス学者で、ノーベル賞受賞者であるハラルド・ツア・ハウゼン(Harald zur Hausen)も含まれていました。

2016年12月に『腫瘍生物学』の発刊がSAGE社に移行する前後に同誌が『腫瘍生物学』の編集委員としてリストアップされていた研究者すべてに、メールや電話で連絡を取ったところ、少なくとも5人は、何年も前から同ジャーナルに関与していないか、同学会を退会していることがわかりました。たとえば、前述のツア・ハウゼンは、自分が編集委員のリストに載っていることを知らなかったし、『腫瘍生物学』の論文を査読したことは一度もない、と答えました。米国ヒューストンのテキサス大学MDアンダーソンがんセンターのアイゼア・ファイドラー(Isaiah Fidler)は、自分は『腫瘍生物学』とは「関係ない」と語り、名前をすぐに取り除くよう、編集委員長であるスウェーデンのウメオ(Umeå)大学のトーグニー・ステグブランド(Torgny Stigbrand)に依頼したといいます。

編集委員のうち7人とは連絡が取れませんでした。なかには、同ジャーナルのウェブサイトに掲載されていた研究機関には勤務していない人や、4年前に亡くなっていた人の名前までありました。

また、ステグブランド編集委員長も含めて、編集委員16人は『サイエンスインサイダー』からの質問に答えませんでした。ISOBMの理事の何名かも同様でした。

現在の発刊元であるSAGE社とISOBMは現在、理事会を再編中で、査読プロセスを見直しています。シュプリンガー社は、『腫瘍生物学』以外のジャーナルについても査読プロセスをより堅固なものとし、査読者の身元を検証するツールを開発する予定であることが伝えられています。

『腫瘍生物学』の編集委員会は、少なくともある時期までは、「フェイク編集委員」で構成されていたことになります。大手学術出版社が、がんという重要な病気の研究を発表するジャーナルでこのような事態を放置していたことは、たとえケアレスミスであったとしても、とても残念です。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

学術ジャーナルのオープン化への流れは止まらない

学術出版は今なお伝統と実績を有した学術ジャーナルの独擅場ですが、オープンアクセス化への流れが止まりません。これは決して一過性の動きではなく、デジタル化、ワイヤレス化、オンライン化の流れは勢いを増しており、続々とプレプリントサーバーが新設されています。

今回は、社会学・社会科学分野に特化したオープンアクセスリポジトリ*1の『SocArXiv』を紹介しながら、最近の動きを追います。

■ 学術ジャーナルと研究者

言うまでもありませんが、研究者は、自分の論文が、品格と定評、そしてきちんとした査読システムを擁するジャーナルに掲載されてこそ得られる影響力を認識しています。論文が学術界で正当に評価されなければ、執筆者である自身に対して、ひいては所属する大学や研究機関への評価も得られません。研究内容および執筆者への評価は、そのまま職の確保、資金獲得、研究者としての立場にも大きく影響します。

論文の学術ジャーナルへの掲載は、長年、研究成果の評価の一つとして認識されてきましたが、デジタル化が進む昨今、研究者たちは「より開かれたアクセス」を欲しています。研究成果をよりオープンにするとともに、公開された論文を自由に利用できる場を求めているのです。そこで登場したのが、オープンアクセスな電子ジャーナルのプラットフォームであり、この動きはプレプリントジャーナルにまで広がっています。

■ 新たな参入者『SocArXiv』

プレプリントサーバーは、正式な査読や出版に先立って投稿された論文の閲覧(共有)、探索を可能にします。以下にそのメリットをあげます。

・学術論文を迅速に無料でアップロードし、誰もが閲覧できるオープンアクセスにする
・所属にかかわらず誰でも登録できる
・永続的ID(識別子)を付けることで論文の最新バージョンにリンクさせることができる(著者はどの出
 版社であれ正式に発表したバージョンにリンク付けすることができる)
・Google Scholarなどの検索ツールからアクセスが可能になる
・クリエイティブ・コモンズのライセンスを付与することも可能
・登録ユーザ同士が投稿論文にコメントをしたり、論議したりすることができる
・カンフェレンス(学会発表)あるいは研究チーム向けに論文をグループ化することができる
・論文へのアクセス数を分析データとして提供可能
・読者はユーザ登録をせずにソーシャルメディアサイトで簡便に論文をシェアすることができる

先駆けとして知られるのは ”arXiv” です。1991年にスタートした、物理、数学、計算機科学、量的生物学、計量ファイナンス、統計学などのプレプリントを含む論文を保存・公開するウェブサイトで、現在は米国のコーネル大学図書館が運営しています。

そこに最近表れたのが SocArXiv です。学術研究の公開・統合・再生産をめざす非営利団体Center for Open Science (COS)による技術協力のもと構築されることが発表されました。これ以外にも、心理学分野のPsyArXiv、工学分野のengrXivなどが既に公開されています。最も新しいものとしては2017年5月8日に法律分野のLawArXivの公開があげられます。これらのオープンアクセスリポジトリはすべて、オープンソースのプリントサービス・プラットフォーム”Open Science Framework (OSF)”上に構築されたプレプリントサービス “OSF | Preprints” の個別ブランドです。研究者はこのOSFを用いることで研究計画・材料・データ面での協力・文書管理・アーカイブ作業・共有化・登録ができるようになりました。

“OSF | Preprints” はプリプリントサービスプロバイダーとしてPsyArXiv、SocArXiv、engrXivらを提供することにより、より拡大した共有データベースとなることを図っています。2016年7月に SocArXiv の構想が発表されて以降、公開を見越した研究者による原稿の投稿が進み、12月7日にベータ版が公開された時点の論文掲載数は600以上、ダウンロード回数は1万回以上に達しました。今後も大いに活用されることが予想されます。

■ プレプリントサーバーは研究者の理想に近づけるか

SocArXivは、学術論文へのアクセスを簡単かつ迅速にするとともに、責任をより明確にし、透明性を高めることをめざしています。責任者は社会学者のPhilip Cohen氏(米メリーランド大学所属)です。独立系ジャーナリストのRichard Poynder氏は自身のブログで、Cohen氏の「私は現在のジャーナルの仕組みを新しく置き換える必要があると信じている。SocArXivがその助けとなることを願っている」という発言を引用した後に、「SocArXivが現状の仕組みを変革し、ついには乗り越えていくことが望まれている」とコメント。研究者たちは、互いの成果を自由に共有し、コメントし合い、協働することで真にインタラクティブな読者・執筆者・刊行者のコミュニティを作り上げ、旧来の出版の枠を超えて研究活動が広がることを期待しているのです。

■ 新旧の対決

何事においても、新旧が交代する時には対決あるいは軋轢を生むものです。学術ジャーナルの出版社や営利出版社は、学会での影響力および収益力低下を懸念していますが、電子出版の流れに適応しなければならなかった時と同じく、この変化に対応せざるを得ないでしょう。しかし、プレプリントのオープンアクセス化の動きは、既存のジャーナルのオンライン化に留まらない大きな広がりを持つことは必至です。研究者にとっては選択肢が増えることになりますが、学術論文の出版プロセスをすべて考え直す必要が出てきているのも事実です。

■ 技術・影響力評価・資金の比較

オープンアクセス出版は、料金設定などの旧来の学術ジャーナルにおける利用上の制約を取り除き、巨大な学術コミュニティを少数で管理できるようにすることをめざしています。OSFに代表されるような技術躍進は重要な手段であり、基本的に無料でのアクセスを可能にします。

影響力の評価として学術ジャーナルに欠かせないのは、被引用数の指標です。どのような執筆者・機関・ジャーナルによって、何回その論文が引用されたのかを計測する被引用数は論文の評価の目安に使われていますが、オープンフォーマットでも被引用数の分析は可能です。つまり、この点でも旧来のジャーナルはもはやオープンアクセス・ジャーナルに対して優位な立場を守れなくなっているのです。

最後に資金ですが、SocArXivはサーバーの拠点であるメリーランド大学を通じて、オープン・ソサエティ財団(Open Society Foundations)およびAlfred P. Sloan Foundationから支援を受けています。現在、多くの大学は既存のジャーナルの購読料や会費に予算の多くを割かれています。この資金をオープンアクセスやそれを支える技術に振り向けたほうが有益だと説得することができれば、SocArXivその他のプラットフォームの将来的な成功は約束されることでしょう。

技術革新は、ものすごいスピードで進んでいます。プレプリントサーバー拡大の動きが既存のリポジトリにどのように影響するのか。情報氾濫や版権管理をコントロールできるかなど、プレプリントに関する課題はあるものの、学術出版会にとって大きな転機となるのは間違いなさそうです。


注釈
*1 出典:IT用語辞典
リポジトリとは、容器、貯蔵庫、倉庫、集積所、宝庫などの意味を持つ英単語。日本語の外来語としては、複数(多数)のデータや情報などが体系立てて保管されているデータベース(学術機関の「機関リポジトリ」など)のことを指すことが多い。

 

ACS-KCS Excellence Award創設 栄誉ある最初の受賞者は

2017年4月24日、米国化学会(American Chemical Society; ACS)と韓国化学会(Korean Chemical Society; KCS)が3年間の連携協定を締結し、韓国化学界の優秀な研究者を表彰する賞としてACS-KCS Excellence Awardを創設したと公表しました。受賞者は、賞金とともに化学情報検索サービスSciFinderへの 3年間無料アクセスと、同じく3年の期限付きですが米国化学会(ACS)*1への登録が贈られます。このACS-KCS Excellence Awardは、ACSの情報部門であるChemical Abstracts Service(CAS)の資金提供を受けて設立され、韓国の化学分野における功績を表彰することで、研究の発展に寄与することをめざしています。ACSの専務取締役兼CEOのThomas Connelly Jr.博士は、KCSとの協定につき「たいへん光栄であり、韓国の科学の発展に貢献できることをうれしく思います」とコメントしています。

ACS-KCS Excellence Award の栄えある最初の受賞者は、現在、韓国基礎科学研究院(Institute of Basic Science; IBS)の院長であり、韓国科学技術院(Korea Advanced Institute of Science and Technology; KAIST)の教授であるSukbok Chang博士でした。Chang博士はACSが発行する学術ジャーナル『ACS Catalysis』の編集委員も務めています。同博士は、低反応分子の選択的C-H活性化反応を促す触媒システムなどを研究しており、韓国の有機金属触媒の化学分野で活躍しています。日本の一般財団法人 国際有機化学財団が授与する「吉田賞」を2016年に受賞したこともあり、アジアにおける有機化学研究を牽引している存在です。

ACSとKCSはExcellence Awardの創設以外にも、シンポジウムを開催するなどでも協力しています。2017年4月19日から21日にKINTEX(韓国の京畿道高陽市一山西区にある大型会議・展示施設)で開催されたKCSの春季大会では、ACSが「Chemistry for Next-Generation Materials and Life Sciences」と題したシンポジウムを主催し、各国の著名な科学者による基調講演などを盛り込みました。

ASCのConnelly Jr.博士はKCSとの協定を喜ぶとともに、化学を人々の生活向上に役立てるというASCのミッションは世界の研究者の協業なくして達成できないものであるとして、韓国およびKCSの研究者による学術の発展に貢献していく、と述べました。


*1 American Chemical Society(ACS):米国化学会
アメリカのワシントンD.C.とオハイオ州コロンバスに拠点を置く化学分野の研究を支援する学術団体。会員数は約157,000人と世界最大規模を誇る。複数の化学データベースの提供、査読ジャーナルの発行、学術会議の開催を行うが、研究自体は行わず、出版および査読研究に特化した活動を行っている。

 

WS-Turkey2017

エナゴがトルコで学術ライティングのワークショップを開催

エナゴは2017年3月、トルコのマルマラ大学で学術論文作成に関するワークショップを開催しました。これは同国最古の教育機関であるマルマラ大学と共同で実施したもので、ライティングの具体的な技術やライティングツール、データ管理などさまざまなセッションが設けられ、多様な分野の教授や研究者、若手研究者や学生など40名以上が参加しました。

より詳しい情報はこちらから(英語)
Enago Discusses about Academic Writing Techniques at a Seminar in Turkey

 


英文校正エナゴについて

■ISO 9001:2008(品質マネジメント) 認証取得
■ISO 27001:2013(情報セキュリティ) 認証取得
英文校正の専門業者。これまで国内外58万稿の英語論文を校正してまいりました。「論文と同じ分野の博士号を持つ専門家」と「アカデミックライティングの専門家」の2名同時の重点チェックが最大の特徴。国際品質認証ISOを取得した管理システムの下、常に品質の維持向上と顧客満足度を追求しております。

ウェブサイト:www.enago.jp

Dr.Asamoto

【国際医療福祉大学 三田病院】朝本 俊司 教授インタビュー

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十三回目は、国際医療福祉大学三田病院の朝本俊司先生にお話を伺いました。脳神経外科医でありながら日本のスポーツドクターの第一人者でもある朝本先生。英語力を伸ばす最短の方法や、論文執筆の経験の大切さをお話し下さいました。


■先生の専門分野、研究室の研究テーマを教えてください。

脳神経外科で、脊椎脊髄外科が専門です。

■早速ですが、英語論文を執筆したり学会発表をしたりする際に英語でご苦労されたご経験はありますか?

中・高・大学のカリキュラムで学んだ程度でしたので、当初は苦労しましたね……。まず論文を書くにしても、基本的な文章の構成の仕方すらわからないので、色々な論文を読んで、使えそうな表現を持ってくるしかない。ある程度はそれで済むのですが、細かな言い回しとなると、そう簡単には書けませんよね。英文校正などを専門にしている会社の手を借りながら、何とかやってきたという感じです。

学会発表についてですが、準備の段階では、スクリプトをまとめて繰り返し読む。発表の約3ヶ月前から、ひたすらリピート。電車の中でもリピートします。そうして本番に臨むのですが、今でも苦労します。特に質疑応答になると、言いたいことがうまく伝えられないということがあります。

■想定外の質問が出てくることもありますものね……。

たまに突拍子もない質問が出てくるので、「何を言ってるんだろう」と内心、首をかしげてしまうこともあります。聞く分には、テクニカルターム(専門用語)はわかるので内容は理解できるのですが、答え方に悩む。時間がないし、瞬時のリアクションが求められるので難しいです。お互いにネイティブじゃないと、厳しいですよね……。ボキャブラリーの量によっても左右されますね。

■ボキャブラリーと言えば、先生はドイツ語もお出来になるそうですが、言葉で混乱されることはありませんか?

ドイツ語のほうが得意なので、英語より先にドイツ語が出てくることがあります。英語がドイツ語から派生しているせいか、英語とドイツ語は頭の中で切り替えやすいんです。ただそれが困るところで、英語を話していてもドイツ語が突然ぽろっと出てくることがあって、けっこう厄介です。

■「カルテ」をはじめ、医療用語にはドイツ語がいくつかあるので、ドクターはドイツ語を使用するイメージがあるのですが。

大昔の話です。僕よりも二世代、三世代前の時代にはドイツ語のほうが多く使われていたようですが、今の医学界は、ほとんど英語です。

■ドイツ語は留学して習得されたのですか?

はい。2000年から2002年まで留学していました。使わざるを得ない状況に追い込まれると、自然に身に付くものです。研究発表もドイツ語でやりましたからね。ですので、僕の場合はドイツ語より英語で困るケースが多いんです。

■今までインタビューさせていただいた先生方には無かったケースです。

本当ですか。複数の言語をきちんと使える方は問題ないのでしょうけれど、僕の場合、両方とも中途半端ですから……。

■留学されていたときのご経験は、その後、外国語で論文の執筆や学会発表をする際に役に立ちましたか?

度胸がついたという意味で役に立っています。外国人と24時間一緒にいたから、外人アレルギーが解消されたというか、物怖じしなくなった。ドイツでは手術の執刀もしたので、患者さんへの説明も外国語でしなければならなかった。手術前に「今からこういう手術をするよ」とか。

日本人の中には、外国人を避けてしまう方が少なくないように思います。どうしても日本語で話すより緊張しますからね。それゆえ言いたいことが言えなくなったり、言葉が出てこなくなったりするのですが、そうならないよう、度胸を付けておく必要がありますね。手っ取り早いのが留学です。外国人と時間を共にしていれば、おのずと度胸はつきますから、大きな収穫となるはずです。ドイツでの経験があるから、どこの国の人が相手でも、何かしらコミュニケーションできると思えるようになりました。

■学生や若手研究者に留学を薦めますか?

絶対薦めます。マスト(必須)と言っても過言ではないです。ただ、最近は留学に行きませんね……。もちろん行かなくても医者にはなれますが、海外での経験は貴重です。論文執筆を後回しにしてでも、留学はしたほうがよいです。そこで専門性を磨くこと。これが一番です。

■学生や若手研究者に限りませんが、先生の周りの研究仲間などに、英語で苦労されている方はいますか?

もちろんいますよ。苦労するところは同じで、学会発表や論文です。学生や若手も同じでしょう。若い子が論文を書いて持ってくるのですが、見ると、僕でもおかしいと思う部分があったりします。

■その苦しんでいる学生や若手には、どのような指導をされるのですか?役立つ本などはありますか?

英語論文の書き方の本などを参考にしながら、自分なりにチェックをします。時間をやりくりしてある程度の段階にまで仕上げ、その後は原稿を英文校正の会社に渡します。

ある程度というのを具体的に説明するのは難しいのですが、納得できる段階にまで自分で仕上げられるようになるには、「数」が大事です。自分で何本も論文を書くしかない。他の先生方が何とアドバイスをされるのかはわかりませんが、自分でやって経験するしかないと思います。

■たくさん書かれることで、語学を習得されてきたのですね。

ドクターになるまでも書きましたし、なってからも書いています。なってからのほうが、書く機会が増えるんです。ドイツ滞在中、1年で7本書きました。1本書くのにも当然かなりの時間がかかるし、投稿してからアクセプトされるまでも時間がかかります。それでも意地で7本、全部自分で書いて業者に出しました。本数がモノを言う世界です。これも経験ですね。

■教育の現場にどのような仕組みがあれば、研究者や学生の英語力がアップすると思われますか?

大学の中には論文の書き方を学ぶ授業をやっているところがありますが、僕は正直、いらないと思っています。研究者も学生も、専門性を深めるべきだと思うんです。論文の書き方を学ぶ、論文を書くスキルを上げるのは二の次で、時間があるときに各自で勉強すればよい。英文校正の会社もあるのだから、使えばよいという考えです。

■英文校正を仕事にする身としては、活用していただけて何よりです。最後に、これから英語論文を書いたり発表をしたりする学生や若い研究者へのアドバイスなどあればお願いします。

論文に関して言えば、年に1本は書いたほうがよい。一度に書くのは大変なので、1日3行ずつでも書けばいいんじゃないかと思います。論文にかかりきりになるのではなく、1日3行。それを積み重ねて、1年1本。学会発表については、やはり1年に1回ぐらいは国際学会にエントリーして、外国人と英語でディスカッションをしたらいいと思います。自分の分野の学会に自発的に参加して、経験を積むのが大切です。

■どうもありがとうございました。


【プロフィール】

朝本 俊司  (あさもと・しゅんじ)
国際医療福祉大学医学部教授
脳神経外科、脊椎脊髄外科
医学博士
東京女子医科大学脳神経外科兼任講師、東京医科大学脳神経外科兼任講師
前東京都保健医療公社荏原病院脳神経外科、元ギーセン大学脳神経外科、元自治医科大学附属大宮医療センター脳神経外科
日本脊髄外科学会認定指導医、日本脳神経外科学会認定脳神経外科専門医、日本脳卒中学会認定脳卒中専門医、日本体育協会公認スポーツドクター、日本アイスホッケー連盟医・科学委員、東北Free Blades(アイスホッケーアジアリーグ)チームドクター

1991年 昭和大学大学院卒業 医学博士取得
1991年 自治医科大学大宮医療センター(現:さいたま医療センター)脳神経外科 レジデント
1995年 東京都立荏原病院(現:東京都保健医療公社荏原病院) 脳神経外科 医員
2000年 Giessen大学病院(ドイツ連邦共和国 ヘッセン州) 脳神経外科 医員
2005年- 国際医療福祉大学三田病院 講師
2007年- 国際医療福祉大学三田病院 准教授
2014年- 国際医療福祉大学三田病院 教授 昭和大学医学部卒

Boycott of Elsevier journals

エルゼビアが浮き彫りにした学術誌出版のコスト問題

2017年に入って、ドイツ、ペルー、台湾の研究者たちが、複数のオンライン学術ジャーナルにアクセスできなくなりました。それらのサイトとオランダの大手学術出版社エルゼビアとの2017年度のライセンス契約交渉が決裂、無契約状態になったため、エルゼビアの管理する何千というジャーナルへのアクセスが遮断されたのです*1。どうしてこのような事態に至ったのでしょうか?

学術ジャーナルの歴史

学術ジャーナルの歴史は、1665年に遡ります。この年、フランスで Journal des sçavans、英国でPhilosophical Transactions of the Royal Socieryが、それぞれ初めて刊行されました。19世紀になると、数々の学会が各々の学術誌を刊行していきました。その支えとなったのは会員からの会費・購読費収入で、この形態は現代でもあまり変わりません。

1926年、生物学の分野ではBiological Abstractsが他に先駆けて公刊され、それまでやみくもに古い文献を探るしかなかった研究者たちは、特定のトピックの記事に容易にたどり着けるようになりました。しかし1970年代までには、学術ジャーナルの数は膨大なものになり、現代ではインターネットでの検索が主流になりました。

時間が経つにつれ、学会などの諸組織は、ジャーナルの公刊作業を出版社に委託するようになりました。関係者有志による査読と編集作業に頼るのではなく、プロのライターや編集者などに多くの仕事を任せるに至ったのです。そうして数多くの学術出版社が生まれ、多様なジャーナルを出版するようになりました。

学術ジャーナルの購読負担が増大

今では年に何千冊も発行される学術ジャーナルですが、近年、読者を悩ませる問題が発生しています。購読料です。世界中の大学図書館などにとってはただでさえ大きな負担ですが、これが増大しているのです。1960年代には、図書館がジャーナル1誌(印刷物)を年間購読するのにかかる費用は20~50アメリカドルぐらいだったのに、今では1誌(オンラインアクセスを含む)の年間購読に1000ドルの負担を強いられることすらあります。最近では、図書館や企業、政府機関が出版社と複数の電子版・紙版の雑誌をセット購読契約する、いわゆるビッグディールが見受けられますが、それでも購入コストは馬鹿になりません。

印刷物から電子ジャーナルへの移行が進み、紙や送料などの物理的コストは削減されたものの、日本における海外の学術ジャーナルの実価格は円安為替の影響も重なり、紙版・電子版を問わず高騰し、読売、朝日、日経などの新聞各紙に取り上げられるほど、問題が表面化しました。

出版社側にも重くのしかかるコスト問題

一方、大手出版社にも重くのしかかる問題はあります。出版コストです。各社で施策を練り、合理的なコストでのサービス向上を目指していますが、無償の有志編集者に頼らずにカラーのイラストを多用した高品質なジャーナルを刊行するには費用がかかりますし、多少の利益も必要です。つまり、この出版のコストを購入者が負担しなければならないのです。

出版コストの問題は、大学図書館などの予算の制約による購読契約減少、これに対応するための出版社側の発行部数削減、部数減による学術ジャーナル単価の高騰という悪循環に陥る可能性を、常にはらんでいます。米国の大学図書館関係者間で1970年代から指摘され始めていたシリアルズ・クライシス(雑誌の危機)問題の構造は、今も変わっていません。

オープンアクセスへの流れ

話を冒頭に戻します。ドイツにDEALプロジェクトという、大学・研究組織のコンソーシアムがあり、学術出版社の出版物のライセンス契約を取り扱っています。2016年、DEALはエルゼビアが提示した、オープンアクセスへの流れを拒否し、価格上昇を盛り込んだ契約条件を受諾できないと表明しました*2。これにより、複数のオンライン学術ジャーナルへのアクセスが遮断されたのです。

インターネット上で誰もがすべての研究論文を読めるという、オープンアクセスへの志向はドイツ以外でも広がりつつあります。2016年5月、オープンアクセスを推進するために欧州連合(EU)の「競争審議会(科学、イノベーション、貿易、産業にかかわる大臣たちの会合)」は、欧州での全学術公刊物をオープンアクセスにするという合意に達しました*3。これは、出版コストにおける現状モデルへの挑戦になり得ます。オンラインジャーナルの普及により個々の学者と図書館などの購読者が紙版のジャーナルに対して対価を払うという概念が消え失せつつあるのは確かです。誰でもオンラインで購読料負担なしに、数々のペーパーを読むことができる時代となり、新たなパラダイムが必要とされているのです。

出版コスト以外の問題も・・・

コスト以外にも学術出版会を悩ませる問題も出てきています。いわゆる「フェイク・ジャーナル」*4の出現です。前述のような定評と伝統のある学術出版社と異なり、オンライン上で金目当てに組織されるそれらは、刊行前に欠かすことのできない事実検証の能力を欠いています。そのくせ、誇大宣伝を謀って自らの評判、スタッフの質を強調します。まっとうな学者による査読もスクリーニングもないというのに、論文の公刊を高価な掲載料で請け合います。有名学者の名前を、本人の同意を得ずにサイトに掲載することさえあるのです。フェイク・ジャーナルの出版社は「オープンアクセスジャーナルを公刊している」と主張しますが、1~2年で廃刊されるような類のものがほとんどで、泣きを見るのは、大枚をはたいて掲載を実現させた投稿者たちです。

他にも、正式に交換された出版物のの中身を勝手にリリースし、オープンアクセスと称するサイトも存在しています当然、無断転載は違法ですが、このような存在すらも、従来の出版社への圧力になっていることは確かです。出版社および購読者双方が公正かつオープンに交渉することからしか解決の糸口を見つけることはできませんが、動向には注視する必要があります。
オンライン化に関しては、エルゼビアの刊行物を購読するアプリを自社のOSで運用し、学術ジャーナルのインパクト指標Google Scholar Metricsを提供しているグーグルなどの巨大IT企業の動向も気になるところです。

学術ジャーナルの価格問題およびオープンアクセス化は切り離せない関係であることからも、今後の動きから目が離せません。


脚注

*1 nature「Scientists in Germany, Peru and Taiwan to lose access to Elsevier journals」2016.12
*2 図書館に関する情報ポータル「ドイツ・DEALプロジェクトとElsevier社による全国規模でのライセンス契約交渉が決裂」
*3 エナゴ学習英語アカデミー「科学論文すべてをオープンアクセスに」EUが合意
*4 エナゴ学習英語アカデミー「捕食ジャーナル – 倫理学分野にすら登場」

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科学者たちの行進-科学を守るために今、起きていること

2017年1月にアメリカでトランプ新政権が発足しました。大統領が変われば国の政策も変わりますが、科学界にここまで大きな影響を及ぼしている大統領も、そういないのではないでしょうか。トランプ大統領は、選挙戦の時点から反科学的な姿勢を見せ、地球温暖化対策として世界が同意した「パリ協定」からの離脱も示唆していました。そして、就任早々に環境保護庁(EPA)への研究資金援助の停止を取り決め、EPAから発表する科学的な成果やデータを、政府が公表前にチェックするという方針も出されたのです。新政権は発足早々、科学コミュニティーの「制圧」に乗り出したと言えるのかもしれません。

科学コミュニティーに広がる不安

2016年9月、宇宙物理学者のスティーブン・ホーキング博士をはじめ375名の科学者が、パリ協定からの離脱を示唆したトランプ氏を警告する公式書簡に署名したことが、世界的に報道されました。それでもトランプ氏の意思はまったく揺らぐことなく、就任直後にホワイトハウスのホームページから気候変動に関するページを削除し、関係者を不安にさせています。その思惑は、温暖化対策に反対してきた石油大手エクソンモービルの経営者であったティラーソン氏を国務長官に、そして過去にEPAを相手取って訴訟を起こしたこともある温暖化懐疑論者のプルイット氏をEPA長官に任命したことからも読み取れます。パリ協定からアメリカが離脱するかの是非については、5月中にも判決が下されると噂されていますが、この人事を見る限り、科学コミュニティーの懸念は現実と化しています。

マーチ・フォー・サイエンス―科学のための行進

新政権の動きに対抗しようと科学コミュニティーに広がったのが、「マーチ・フォー・サイエンス」の呼びかけです。「Women’s March」という、女性の権利を守ろうと訴える行進が大統領就任式翌日の2017年1月21日にワシントンD.C.を中心に行われたのに倣い、科学研究や科学的な成果・データを守ろうと訴える「科学者の行進」をやろう、との声があがったのです(参照:https://www.marchforscience.com/)。

そして2017年4月22日、ワシントンD.C.のナショナル・モールをはじめ世界600か所以上で、集会や行進が行われました。TwitterなどのSNSを通じた呼びかけに応じて集まった人々が、「科学に基づく政策を」と声を上げたのです。折しもこの日は「アースデー」-地球環境問題に関心を持ってもらおうと、1970年にアメリカのネルソン上院議員が4月22日を”地球の日”と宣言したことから誕生した日-でした。地球環境を守る国際的な連帯行動の日に合わせて科学者の行進を行い、「健康・安全・経済・社会政策における科学の重要性と役割を守るムーブメントの最初のステップとしよう」と世界で訴えたのです。ワシントンでは、科学者ら1万人が参加。日本(東京)でも、日比谷公園から東京駅まで、150名ほどが集まって行進しました。

科学者の抵抗が始まった

科学者の行進は、アメリカおよび世界の科学者にとって記念すべき出来事となったことでしょう。科学コミュニティーは「科学」、つまり研究の積み重ねによって得られた成果を支持するよう訴えているのです。この行進の企画者の一人であるジョナサン・バーマン氏は、政府による政策決定は事実に基づいた評価を慎重に行ってからなされるべきだと述べています。過去の政策判断において科学が重要な役割を果たしてきたことを省み、現在の政策決定者にも同じように、客観性を重視する科学的根拠に基づいて判断を行うよう求めているのです。

また「マーチ・フォー・サイエンス」と連動する形で、4月29日にはワシントンD.C.をはじめとした全米各地で、トランプ大統領の環境政策に反対する抗議デモが行われました。環境活動家でもある元副大統領のアル・ゴア氏や俳優のレオナルド・ディカプリオ氏も参加し、各種報道で取り上げられました。科学者や環境問題に関心を持つ人々が、行動を通じて意思を示すようになってきているのです。

研究者か活動家か・・・

ただ、研究者が政治的な活動に関与しすぎることを懸念する声もあります。アメリカ科学振興協会(AAAS)、アメリカ細胞生物学会(ASCB)、視覚と眼科学研究協会会議(ARVO)など多くの科学コミュニティーがこの行進を支援していますが、通常なら政治関与を避けるこれらの団体が賛同を表明しているのは異例のことです。

この動きに対し、「トランプ政権が打ち出した衝撃的な2018年度の予算案を見て、研究室にこもっていることができなくなると気づいたからだ」と辛口な見方をする人もいるようです。確かに2018年会計年度の予算教書は、EPAだけでなくアメリカ航空宇宙局(NASA)、エネルギー省科学局、国立海洋大気局(NOAA)、国立衛生研究所(NIH)の予算も軒並み大幅に削減するという、科学コミュニティーに大打撃を与える内容です。

国立の研究所だけではありません。NIHの予算の8割が全米の大学・研究所の生物医学研究費として使われていると言われるため、今回の予算案がもたらすアメリカの科学コミュニティーへの影響は計り知れません。このような状況下では、今まで活動家(アクティビスト)の取り組みを遠めに見るに留まっていた研究者が、彼らと意識を共有し、デモに参加すると意思表示するのも、うなずけるのではないでしょうか。

科学コミュニティーの混乱は続く

今回の行進について、政治的なメッセージを発信することは科学コミュニティーに悪影響を与えると考える人がいる一方で、政治に無関心なままでは十分な研究活動ができないと考える人もいます。まさに賛否両論です。しかし科学技術が経済と社会の発展に重要な役割を担う以上、科学と政治を完全に切り離すことは難しいと言えるのではないでしょうか。

今回の行進が科学コミュニティーのメンバーおよび科学に携わるすべての人たちにとって、「科学を守るためには何をすればよいのか、何が必要か」を考えるきっかけとなったのは確かです。地球温暖化をはじめとした広く認識されている科学的な事象について、政治家が科学者の助言を仰がず、科学的データを削除しようとする事態は、これまでには見られなかったことです。アメリカの新政策が科学コミュニティーに留まらず、世界の科学界、研究活動、地球温暖化対策に波乱を巻き起こしていることは確かです。これからどのように政策が進められていくのか。それに伴う混乱は、まだまだ続きそうな気配です。


参考補足:日本での科学者の行進の呼びかけ(facebook)

参考報道:
The White House website’s page on climate change just disappeared CNBC 2017/1/21
朝日新聞デジタル「科学者ら世界各地でデモ 米政権へ「科学基づく政策を」2017/4/23
日経新聞「科学者、トランプ政権抗議デモ 米首都含む世界600カ所」2017/4/24