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編集委員を辞任に追い込む剽窃問題

剽窃(ひょうせつ)とは、他人の成果や論文を許可なく部分的に利用し、自分の成果のように発表することです。例としてSTAP細胞論文の疑惑があげられます。まるごと盗んで自分のもののように使用する「盗用」とは区別されますが、剽窃は重大な犯罪です。大学や研究機関では教員や学生、研究者に剽窃をしないよう指導を行っていますが、学術出版社でも問題となっています。自然科学を対象としている著名な科学誌『Scientific Reports』でも剽窃が問題となり、投稿された論文の撤回を求めて19名の編集委員が職を辞するという事件に発展しました。

■ Scientific Reportsの編集委員19名が辞任

アメリカのボルティモアにあるジョンズ・ホプキンス大学の研究者であり、Scientific Reportsの編集委員の1人でもあるマイケル・ビア氏は、2016年に発刊されたScientific Reports 6に掲載された論文内で、自分の過去の研究成果が剽窃されたと訴えました。これに対し、他の編集委員もビア氏の主張を支持。最終的に計19名もの研究者が、編集委員を辞任したのです。

剽窃が問題視された論文は、ハルビン工科大学(中国)の深センキャンパスの研究者達により発表された、DNAの組み換えスポットを特定する技術を説明するものです。この研究は、ビア氏と彼の研究チームが2014年7月の『PLOS Computational Biology』に発表したアルゴリズムを基にしており、論文にはビア氏の論文を引用していることが示されているものの、ビア氏がgkm-SVMと名付けた技術を中国人研究者達はSVM-gkmと呼ぶなど、多くの部分は単にビア氏の論文を書き換えたものであると、同氏は訴えたのです。

■ 訂正表では納得せず

Scientific Reportsの編集者リチャード・ホワイト氏は当初、この論文がビア氏のアルゴリズムをより発展させたものだとする中国人研究者達の主張を認めていました。しかし中国人研究者達は、ビア氏の論文を引用したことは記していたものの、同氏の論文から引用した5つの方程式に、出典を付けるのを怠っていたのです。これによりビア氏と研究仲間は、中国人研究者は剽窃を行っているとして、訂正ではなく撤回という処罰が妥当であり、出版社の対処は不適切だと主張しました。しかしScientific Reportsは、訂正表で対処するという決定を改めはしなかったのです。

■ 辞任の連鎖

Scientific Reportsが該当論文を撤回しないと決定したことから、研究者の辞任が始まりました。まず、著名な遺伝学者であるアラビンダ・チャクラバーティ氏が、Scientific Reportsの本件への対処は不適切であり、Scientific Reportsの査読の質に疑問があるとして編集委員を辞任しました。チャクラバーティ氏は、自身が知る限り少なくとも2つの論文が、査読者が指摘した重大な懸念事項を修正することなく公表されたとも明かしています。

ビア氏と同じジョンズ・ホプキンス大学に所属する研究者のスティーブン・サルズバーグ氏は、自身はScientific Reportsの編集委員ではないのですが、この剽窃記事を発端として、ある運動を起こしました。Scientific Reportsの編集委員に名を連ねているジョンズ・ホプキンス大学の研究者に、この問題に抗議するために編集委員を辞任する考えがあるかと聞いたのです。その結果、「該当論文が撤回されないなら辞任する意思がある」と署名した研究者は21名に上りました。サルズバーグ氏は、自分の学生達が剽窃を行ったなら落第または退学させるのに、このケースにおいてScientific Reportsは、剽窃を行った者の論文を掲載し続けるという処置に甘んじていると、編集者のホワイト氏に宛てたEメールで訴えました。

ジョンズ・ホプキンス大学の神経学者、テッド・ドーソン氏は、本件でのScientific Reportsの対処を知ってすぐに編集委員を辞任しました。著者が論文を訂正すれば済むとするならば、Scientific Reportsは剽窃を許しているのと同じだと考えたためです。

一方、Scientific Reportsのホワイト氏は、該当論文は科学の発展の一過程を担うものであり、学術文献に新たな貢献を成すものとして、掲載に足ると考えている、と説明しました。当初はビア氏の論文を引用したことを示す記述が論文内に不十分であったが、その研究の新規性は疑うべきものではなく、研究分野における論文の貢献度を鑑みれば撤回は必要ないと考え、訂正表の発行という対処を行ったとのことでした。

問題となった論文の著者の一人であり、Scientific Reportsの編集委員でもあるベン・リュー氏は、ビア氏の論文からの剽窃を否定しており、Scientific Reportsのような権威ある科学誌において剽窃論文が掲載されることはあり得ないと述べています。

■ 研究者に生じた、ある疑問

今回のScientific Reportsの対処法は、研究者の意識に、ある疑問を投げかけました。故意ではない剽窃であれば論文は撤回されない可能性があり、そうなれば、自分たちが過去に発表した論文はいかにして守られるのか、と――。

どうやって剽窃であるか否かを判断し、どう対処するべきなのか。この一件で、剽窃に対する考え方と対処法について、研究者と出版業界の間には微妙な温度差が存在していることが浮き彫りとなりました。その後、Scientific Reportsは特別な編集委員会を編成し、該当論文のレビューを行うことにしたと、Retraction Watch(日本語名:撤回監視。学術雑誌に掲載された論文の撤回を報告・分析・議論するブログ)が報じています。しかし出版社と研究者が剽窃に対する認識を共有したわけではありません。問題の根は深く、第2・第3の事件が発生しても、不思議ではない状況です。

 

参考記事
Retraction Watch: 17 Johns Hopkins researchers resign in protest from ed board at Nature journal
Retraction Watch: Board member resigns from journal over handling of paper accused of plagiarism

E01_brexit

Brexitが招く共同研究の危機

Brexitといえば、Britain(イギリス)とexit(脱退)の合成語で、イギリスがEUから脱退することです。2016年6月23日に行われた離脱の是非を問う国民投票で、僅差でEU離脱が上回って以来、世界中がイギリスの動向を見守っています。このBrexitの影響は、国際政治だけでなく経済など多方面に広がっていますが、学術界も例外ではありません。欧州連合(EU)中の大学が不安に晒されています。

■  EUの学術支援とイギリスの関わり方

EUは、その発足以来、ヨーロッパ全域での研究者達の自由な共同研究を推進・支援しています。EUが主導する学術プログラムに「Horizon 2020」がありますが、イギリスはこのプログラムを牽引してきました。これは、2014年から2020年までの7年間にわたり全欧州規模で実施される研究およびイノベーションを促進するため、約800億ユーロの公的資金が、優れた研究や革新的開発に助成されるプログラムです。

Brexit以後イギリスはHorizon 2020を始めとしたEUの学術支援体制にどのように関わって行くのでしょうか。この議論は遅々として進まず、曖昧なままになっているのが現状です。

■ イギリスの大学が直面する将来への不安

英国大学協会の学長であるジャネット・ビア教授は、2019年の研究費の助成や学生向けの交流プログラムの申し込みが迫っているため、Brexit後もイギリスの大学がHorizon 2020に参加し続けることができるのか、早急に明確にする必要があると発言しています。このプログラムからイギリスの大学が外された場合、イギリスの研究者達は、重要な研究ネットワークを失うことになります。Brexit後のことが早々に解決されない限り、欧州での大規模な研究は失速しかねないと、教授は懸念しているのです。

また、教授は、Brexitが大学生達に与える影響についても指摘しています。EUは、2014年から2020年の7年間、教育・訓練向上を目的とするプログラムである「エラスムス・プラス(Erasmus +)」において、総額約147億ユーロを留学奨学金としてのべ200万人以上の学生に提供することにしています。イギリスからも毎年約3万人の学生がこのプログラムに参加しているので、このプログラムがイギリスに適用されなくなった場合、多くの学生達が貴重な学習機会を失うことになるのです。

■ 政府は科学者の不安を払拭できるのか

大学・科学・研究・イノベーションを担当する国務大臣であるジョー・ジョンソン氏によると、イギリスの科学とイノベーションのさらなる発展を保障すべく、イギリス政府は、EUとの間で自国の研究者達にとって好ましい協定を結ぶよう最大限努力するとしています。

イギリスの経済発展のためには共同研究が欠かせないことを大臣も認識しており、そのためにもEUとの協力関係を将来も継続するつもりであると発言しています。イギリスとEUの協力関係が保たれれば、イギリスの科学者達はEUの科学者達との共同研究を続けられることになりますが、一方でEUは、イギリスがEU本部との協定を締結できない場合はイギリスの研究者達はHorizon2020の助成金を受けられなくなると警告しています。

大臣は、EUの優秀な学生達にイギリスで学位をとるよう勧誘することにより、EUのトップ層の研究者を自国に集めることもできると述べています。Brexit後もEUの学生達は大歓迎であり、さらなる高等教育への奨学金の用意をする考えもあるようです。

■ 計画はどう転ぶ?

ジョンソン大臣は、イギリスが計画する新たな大学の評価方法についても言及しています。今のところイギリスの大学は、教育と研究の質の両方をもとに評価されていますが、新しい評価基準は、研究成果をいかに効果的に商業化できるかを考慮・奨励するものになるようです。

さらに、産学の知識交流を促すフレームワークの中では、大学が研究に派生する独立会社を設立しているか、知的財産ライセンスを所有して企業との連携事業を行っているか、などを評価対象とします。大臣は、スーパーカー製造業者のマクラーレンがシェフィールドに工場を設立するきっかけとなった、シェフィールド大学の最新の製造・研究センターを産学協力の一例としてあげています。政府はこうした実利を重視する対策を働かせることで、EU離脱後もイギリスを研究者にとって魅力的な環境に保ち、優秀な人材を維持・流入させたい考えです。

現在のところ、Brexitについての優先議題は通商や財政、アイルランドとの国境問題などであり、研究や高等教育については次の段階で話し合われることになりそうです。とはいえニュースでよく見られる通り、イギリスとEUが互いに有利な条件を譲らず、離脱交渉は遅々として進んでいないのが現状です。研究者や、研究者を志す学生をやきもきさせてならない現状が、どう転ぶのか。懸念は続きそうです。

参考記事
The government wants a Brexit deal on science and research, says Jo Johnson (英語, the gardian

#168_European-Commision

オープンアクセス推進に欧州も参戦

2017年3月、欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会(European Commission; EC)が、ある発表を行いました。内容は、オープンアクセス出版について。誰でも最新の研究成果を無料で見られるようにする、という世界で話題の出版プラットフォームを、ECも設立しようかというのです。学術出版界に大きな影響を与え得るこのオープンアクセスとは何なのか、その可能性にあらためて迫ります。

■ 欧州委員会がオープンアクセスへの参入を検討

ECは、EUにおける法案の提出や政策の遂行・運営、法の順守、基本条約の支持など、連合の日常の運営を担っています。その傍ら、巨額の科学研究費を研究機関に提供しており、支援した学術研究の無料公開を促すことで、学術界にも影響を及ぼしてきました。

かねてよりオープンアクセスの方針の策定に関わるプロジェクトを助成してきましたが、2016年5月に開催された会合ではEUの「競争審議会(科学、イノベーション、貿易、産業に関わる欧州の大臣たちの会合)」が公式文書を発行し、欧州のすべての科学記事を2020年までに無料でアクセス可能とし、さらに公的に支援された研究で得られたデータを公開・共有することで再利用を可能とすべき、との合意に達したことが記されています。

そして2017年3月、ECが上述の通り、オープンアクセス出版に関する方針を発表しました。ECは年間100億ユーロ以上を研究費として支援していますが、同様に学術研究を支援する「ウェルカム財団」および「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」の出版モデルを採用し、ECが助成した研究者が欧州内でオープンアクセス出版に移行するのを加速させようとしています。

■ 社会はオープンアクセスを求めている

学術出版界でオープンアクセスの動きが加速する反面、出版業界はこの動きをあまり好意的に受け止めていません。査読を受けていない学術論文でも公開してしまえるオープンアクセスは、最新の科学情報を無料で閲覧できるようにしてしまうため、購読収入を得られなくなる大手出版社にとっては非常にやっかいなのです。権威ある有名なジャーナルでの論文出版にこだわる研究者も一部にいるとはいえ、出版までの手続きに時間と手間をかけずに済むことに意義を感じる研究者や、高額な購読料を払えない研究者が多いのも現実です。

そうした現状もあり、オープンアクセスを推進する動きが拡大しています。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、学術成果をオープンアクセス化するためのプラットフォーム「 Gates Open Research」を、2017年後半に公開するとしています。財団の支援を受けたすべての学術・科学研究がオープン化の対象となり、研究者は、論文評価サイトF1000(Faculty of 1000)が管理するこのプラットフォームを用いて速やかに論文を公表し、相互評価を得ることができます。

ウェルカム財団もゲイツ財団同様に、財団が資金提供した研究の成果として発表された論文を条件付きで無料公開するよう求めてきましたが、2016年11月に同財団の助成を受けた研究論文を公開するプラットフォームとして「Wellcome Open Research」を立ち上げました。このプラットフォームでも論文は即座に評価され、研究者は専門家からの建設的なフィードバックを得ることができるようになっています。公開から9ヵ月後(2017年8月22日時点)には、出版された論文数が100を超えたと発表しています。

■ 研究者に大きなメリット

20年以上前から話題になり、それを可能にするインターネット技術が既に存在するにも関わらず、いまだに論文公開の一方法として定着しないオープンアクセス。前述のような高額な研究支援を行う団体が、既存の出版のあり方とは異なる新たな方法に踏み出すことは、大きな変革と言えるでしょう。

研究支援する側は、資金提供した研究の結果をいち早く公開し、多くの人に見てもらえる。投稿する側は、査読にかかる時間が短縮されることで、研究論文への評価を迅速かつ効率よく得られる。発表から時間を空けずにPubMed(オープンアクセスの一つ)のようなデータベースに執筆論文が登録される。このように、オープンアクセスは支援者および研究者双方にメリットをもたらします。さらに、公開後も論文の再編集が可能な上、査読も実名で行われるため、透明性も確保されます。ソフトウェアの研究のように従来のジャーナルでは受理されにくかった内容も、オープンアクセスであれば公開可能です。伝統的な科学的分野では受け入れられにくかった分野の研究にも、門戸が開かれているのです。

■ どう出る出版社……

ウェルカム財団、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、そしてEC。これらは研究支援実績の大きさから、三大科学研究助成団体と呼ばれています。その3つの団体すべてが、そろってオープンアクセス出版を推し進める昨今、この流れを止めることは、もはや不可能に近いように思えます。

これがもたらす効果として、他の研究支援団体もオープンアクセスを促進することが予測されます。しかし既存の学術出版社が黙っているでしょうか。逆風と言える状況で、彼らはどうふるまうのか。学術出版社とオープンアクセスの攻防の行方は……。私たちは今、学術界史上、重要な転換点に立っているのかもしれません。

 


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論文英語の組み立て-自動詞と他動詞

I. 概要

一般的な言語学現象として、 動詞 は、表す動作や状態において異なった立場にある複数の参加者が存在するかどうかによって二種類に分かれます[1] 。動作・状態の主体である参加者のみ存在する場合に使われる動詞は「自動詞」(intransitive verb)と言い、対象(客体)も存在する場合は「他動詞」(transitive verb)と言います[2] 。他動詞はさらに「単一他動詞」(monotransitive verb)と「二重他動詞」(ditransitive verb)という二種類に区別されます [3]。統語論的には、示される動作・状態における参加者を表す項が、前者では2つ(主語と1つの目的語)、後者では3つ(主語と2つの目的語)あります。英語では、単一他動詞は1つの直接目的語をとり、二重他動詞は直接目的語に加えて間接目的語、あるいは間接目的語と同様の役割を果たす前置詞の目的語をとります[4] 。(ここでは、間接目的語と同様に機能する前置詞句の目的語を「意味的間接目的語」と呼ぶことにします。)

例文を見てみましょう。

[正] (1) The cat is sleeping. (自動詞)
[正] (2) I ate a big apple. (単一他動詞)
[正] (3) My daughter gave the dog a kiss. (二重他動詞)
[正] (4) I put the book into my backpack. (二重他動詞)

(1)では、動詞「is sleeping」の項は主語である「cat」のみです。(2)の動詞「ate」は主語と直接目的語をとり、それぞれ「I」と「apple」になっています。(3)と(4)には、主語(「daughter」、「I」)と直接目的語(「kiss」、「book」)の他に、間接目的語(「dog」)と意味的間接目的語(「backpack」)もあります。

II. 誤用例

日本人学者が書いた学術論文では、自動詞と他動詞が混同されている誤用を頻繁に目にします。ここで典型的な誤用を示します。

以下の誤用例では本来他動詞になるべき動詞が誤って自動詞として用いられています。

[誤] (5) In the next section, we discuss about the first case.
[正] (5’) In the next section, we discuss the first case.
[誤] (6) We now explain about the method used in this study.
[正] (6’) We now explain the method used in this study.
[誤] (7) However, our conclusion contradicts with that of Jones.
[正] (7’) However, our conclusion contradicts that of Jones.
[誤] (8) The upper layer gradually approaches to the lower layer.
[正] (8’) The upper layer gradually approaches the lower layer.

次に、逆の誤りを見てみましょう。以下の誤用例では本来自動詞になるべき動詞が誤って他動詞になっています。

[誤] (9) The energy surface changes its shape.
[正] (9’) The shape of the energy surface changes.
[正] (9’’) The energy surface changes shape.[5]
[誤] (10) We compensate this underestimate by increasing the group size.
[正] (10’) We compensate for this underestimate by increasing the group size.
[誤] (11) Our results lead a deeper understanding.
[正] (11’) Our results lead to a deeper understanding.
[誤] (12) However, these modifications do not account the discrepancy.
[正] (12’) However, these modifications do not account for the discrepancy.


【脚注】
1. この区別が明確でない場合もあり、一般に「完全に自動的」と「完全に他動的」という分け方が不十分だということが指摘されています。(参照例:Paul J. Hopper and Sandra A. Thompson, Transitivity in Grammar and Discourse, Language 56, 251-299 (1980))確かに、この曖昧さは英語を母語としない人を悩ますものであり、誤りの原因となります。
2. 言語学では、動作・状態の主体と客体を意味する用語は著者によってまちまちですが、動作・状態の種類により主体を「動作主」(agent)または「経験者」(experiencer)、そして、直接客体を「被動者」(patient)または「主題」(theme)、間接客体を「受取手」(recipient)と呼ぶのが最も標準的かもしれません。
3. 単一他動詞と二重他動詞はそれぞれ「単他動詞」と「複他動詞」とも呼ばれます。
4. 間接目的語をとる他動詞のみが「二重他動詞」だと主張する言語学者もいますが、ここではこの文法的な基準ではなく、より意味論的な基準を用いて上述のように他動詞の二種類を区別することにします。
5. ここで「changes shape」は、意味的には動詞+目的語ではなく、合わさって動詞として機能する一つの意味的単位になっています。


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グレン・パケットGlenn Paquette

1993年イリノイ大学(University of Illinois at Urbana-Champaign)物理学博士課程修了。1992年に初来日し、1995年から、国際理論物理学誌Progress of Theoretical Physicsの校閲者を務める。京都大学基礎物理研究所に研究員、そして京都大学物理学GCOEに特定准教授として勤務し、京都大学の大学院生に学術英語指導を行う。著書に「科学論文の英語用法百科」。パケット先生のHPはこちらから。

#165_Sci-Hub

海賊版論文公開サイトは学術出版モデルを変えるのか

大手学術出版社のエルゼビアが2017年6月、ある裁判に勝訴しました。相手は、Sci-Hub(サイハブ)およびLibGen(ライブラリー・ジェネシス)という、出版社のサイト以外から学術論文を無料で閲覧できる、いわゆる「海賊版論文公開サイト」。彼らが著作権を侵害しているとして、学術出版会の大手が統制に動き始めたのでした。学術出版の仕組みをも揺るがしかねないこの問題に密着します。

■ 学術出版はオイシイ商売か

学術出版業界を俯瞰すると、特殊なビジネスモデルであることがわかります。学術論文は研究者によって執筆・投稿され、ボランティア研究者による厳しい査読を通り抜けた後に、学術ジャーナルに掲載されます。出版社は論文を掲載したジャーナルを大学や図書館、団体などに販売することで利益を得ていますが、このプロセスで出版社から執筆者および査読者に対価が支払われることはありません。国や公的機関、大学が助成金などの形で研究費を拠出し、査読を行う研究者や編集者の給与を負担し、最後に研究論文が掲載された出版物を購入することで成り立っているのです。国や公的機関にとってはお金を払ってばかりなのです。

一方、出版社にとっては出版物を作成・販売するだけで収入を得られる利益率の高いビジネスのように見えます。確かに一昔前まではよかったのかもしれませんが、現在は投稿論文数の急増、出版コストの増加、購読数の減少、オンライン化およびオープンアクセスへの対応など、深刻な問題に直面しています。そして新たな問題として、海賊版公開サイトが登場してきたのです。

■ Sci-Hubが突きつけた驚愕の数字

そもそも、既存の出版社に対抗するSci-Hubのような海賊版論文公開サイトとは、どのようなものなのでしょうか。Sci-Hubは、カザフスタンの大学院生であったAlexandra Elbakyanが、「研究論文はオープンアクセスであるべき」との考え方に基づいて構築したサイトで、現在はロシアから運営されているという以外、ホストやサーバーについては公にされていません。通常、出版社が有料で公開している論文を無料で読めるようにしているサイトですが、当然、出版社からは非難されており、2017年6月にエルゼビアが起こした上述の裁判で、米国出版社協会から賠償金の支払いとウェブサイトの閉鎖を命じられました。それにも関わらず、公開されている論文数は増加し続けています。

ペンシルバニア大学の研究者であるHimmelsteinらが2017年3月に調査した結果(2017年10月12日PeerJPreprintsに掲載)によれば、Sci-Hubのデータベースには56,246,220本の論文が登録されており、有料購読となっているジャーナル(クローズドアクセスジャーナル)に掲載されている論文のうち85.2%が無料公開されていることが判明しました。掲載の内訳は、学術誌に掲載されている論文の77.8%、講演要旨集(プロシーディング)79.7%、書籍14.2%でしたが、これには大手出版社のジャーナルに掲載されている論文も多く含まれており、出版社ではエルゼビアの論文が13,185,971本(97.3%)と最多でした。

Himmelsteinらは、クローズドアクセスジャーナルに掲載されているもの(85.2%)がオープンアクセスジャーナル(49.1%)と比べて圧倒的に多いということも発表しています。これは、Sci-Hubが自由なアクセスを制限されている閲覧数の高い有料ジャーナルの論文をより多くカバーしていることを示しています。研究者が論文を閲覧するにはSci-Hubに申請しなければなりませんが、拒否されることはほとんどありません。Sci-HubはBitcoinを通じて寄付を受け付けており、その額はこれまでに68.48ビットコイン、約268,000USドル相当に上ったと推測されていますが、Sci-Hubはツイッターで、この額は正確ではないと反論しています。実態は不明ですが、いずれにせよ、かなりの寄付金を受領しているようです。

Himmelsteinらの調査によって浮かび上がってきたこれらの数字は、学術出版社にとって驚愕の事実だったのです。

■ 始まった闘争

科学論文へのアクセシビリティを高めると賞賛され、利用者数も拡大するSci-Hub。一方、エルゼビアを筆頭に、複数の出版社や学会が異を唱えています。前述の裁判の判決が出た2017年6月、アメリカ化学会(ACS)もSci-Hubをバージニア州東部地区連邦地方裁判所に提訴し、ACSが著作権を所有するコンテンツの違法配布とACSの商標の違法利用の即刻中止を求めました。同年11月3日に出た判決では、Sci-Hubに4,800,000USドルの損害賠償金支払いと、インターネットサービス業者にもSci-Hubに対して何らかの処置を講じるよう命じられました。Sci-Hubがウェブプロバイダーや検索エンジン、ドメイン登録でブロックされる可能性を含めた判決が出たのは、初めてのことです。

■ 学術出版モデルの転換期か

Himmelsteinらの調査により、Sci-Hubの実態が見えてきました。研究者にとっては非常に便利なサイトである一方、科学への貢献という大義名分のもとで著作権の所在に関わらず論文を断りなく公開していること、出版社の有料な検索サービスをバイパスして論文をダウンロードし、無料提供していることは違法です。そしてこれにより、出版社のビジネスモデルに大きな影響を及ぼしていることも事実です。

学術ジャーナルの購読料の妥当性と著作権法の扱いについては以前から問題視する声があり、Sci-Hubが今回、これをあらためて表面化させたと言えるでしょう。研究活動の評価として論文出版が定着しており、今後も投稿論文数が減少することはないと考えられます。しかし、オンライン化が進み、購読料がかからないオープンアクセスジャーナルへの動きが加速する中、Sci-Hubの利用が拡大している現実から目をそらすことはできません。出版社が従来のビジネスモデルからの転換を余儀なくされる、ターニングポイントに私たちは立っているのかもしれません。


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TokyoUniv.-Dr.Sato-2

【東京大学】佐藤 泰裕 准教授インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十八回目は、東京大学大学院経済学研究科の佐藤泰裕先生にお話を伺いました。インタビュー後編では、英語の習得法や、「まずは中身」との英語学習者への助言をいただいています。


前編では、母語なまりの英語であっても、伝えるべきことを曖昧にせずに伝えることが大切と伺いました。では、長丁場の発表や研究会で質問返しができるくらいになるまでに、若手の研究者や学生はどのように英語を鍛えていけばよいのでしょうか。

■ 大学院で英語の論文を書かれたと思いますが、その際には指導教官の指導を受けられたのですか。

経済学部では修士2年になってから指導教官が決まります。そのため、英語を読むことに関しては自分(独学)でやった感じです。修士1年目でも読む機会は多いので、今の学生も、自分で頑張って辞書を引いていますよ。

書くことに関しては、最初は他の論文を見ながら使える表現を積み上げて、それをもとに自身で書いた原稿を、指導教員に見てもらう。この繰り返しだと思います。これに関しては、今も昔も一緒かと。

■ 英語で本格的に書くようになったのは博士課程からですか。

そうですね。修士のころの発表といったら、研究会で、読んだ論文の概要を日本語で説明するという程度でした。博士課程になってから英語で書く練習をして、英語の研究会にも参加するようになりました。それでも博士課程の間は自分の研究費などはありませんので、海外の学会には行かれず、国内の学会に出て日本語で発表していました。海外に行き始めたのは就職した後ですね。名古屋大学在職時に海外の学会に少しずつ自分の研究費で行くようになって、そこから英語で発表をするようになりました。

■ 初めて英語で発表をされたときの思い出をお聞かせください。

初めて英語でプレゼンをしたのはイギリスでのコンファレンスでした。学会より少し小規模で、持ち時間はやや長めの40分くらいでしたが、何をしゃべったか覚えてないですね。都市経済学に関する著名なジャーナルのエディターなどが揃っているようなコンファレンスだったので、「すごい方々がずらっと並んでいる」と思うと緊張して……。その後の懇親会で、海外の方に「おまえはもっと英語を勉強しなきゃいけない」と言われました。「そうしないと話ができないじゃないか」と。それで、やっぱり海外に一度は行かないといけないと思いました。指導教員の伝手をたどってベルギーの研究所に1年間滞在し、「とりあえずしゃべる」ということを学んできました。

■ そこでは英語でのコミュニケーションが主だったのですか。

そうです。研究所の中は全部英語。研究者の中に日本人が一人いたので一緒にご飯を食べてはいましたが、普段はフランス人やイタリア人も一緒なので英語で話す。海外の方とコミュニケーションを取らざるを得ない状況に身を置き、日常生活から研究に至るまですべてを英語で1年間続けたことで、基礎というか、話す力がつきました。

私はあまり社交的なタイプではないので、向こうにいる時も、おとなしい人と気が合いました。そういう人を見つけて仲よくなっていましたね(笑)。友達になることで、特に研究以外の世間話をする力が身についたと思います。これで懇親会などでのコミュニケーションが円滑にいくようになりました。ベルギーでの経験を経て、30分、長くて1時間半にわたる発表の途中で質問が来ても慌てなくなりました。

■ 経済学特有の長時間の発表や研究会に対応できるようになるため、若手の研究者やこれから研究者になろうとする学生は、どうやって英語を鍛えていけばよいと思われますか。

人によって向いている方法は違うと思いますが、一つは実地訓練ですね。研究会に出席して一言でも発信してみる。仲間内で研究会を模した練習をしてみるのも一つの方法だと思います。私自身はといえば、学部生のころに学会に参加することはなかったし、英語で発表する機会もなかったのですけれど……。

現在、東京大学では一年生からALESS・ALESAというアカデミック・ライティングのコースが必修科目になっています。私が学部にいたころに、こういう英語教育プログラムがあったらよかったのにと思います。

■ ご自身の経験から、学生に対して海外に行くことを薦められますか。

一度は行ったほうがよいと言っています。就職した後でもよい。英語が必要なら、どこかのタイミングで1年ほど海外に行けば、最低限のコミュニケーションを取れるくらいにはなれるよと。それ以上に流暢にしゃべれるようになれるかどうかは人それぞれで、私自身すらそこまで達していません。仲よくなりたいと思った人に話しかけて何とか話ができるレベルですが、それで生き残れるならそれでよいかなと思っています。

学生が海外に行く機会があれば、気が合って友達になれるような人を見つけてほしいです。外国に行って突然社交的になれるかと言ったらそうではありませんから、日本でこれまでしてきたような付き合い方を、海外でもすればよいと思います。そして、自分の仕事を切り口にしたほうがよい。私の専門は英語ではなく、経済学です。経済学をやっていてシャイな方っていうのは海外にもいらっしゃるので、そういう方とは非常に気が合う(笑)。そういう方を見つけて、仲よくしたらよいかなと思っています。

■ 人それぞれ性格にあったやり方でということですね。では、研究者が英語力を鍛えるために心がけておくべきことは何でしょう。

きれいな英語を話すより、まず自分の研究内容や、相手に伝えたいこと、何を話したいかを意識するというのが一番大事だと思います。きっかけは世間話でも天気のことでも構わないのですが、その後に、なぜその相手と話したいのかという気持ちが伝わらないと、会話が終わってしまいますよね。こちらがこんな研究をしていて、だからコミュニケーションを取りたいのだというのが相手に伝われば、一生懸命聞いてもらえる。その気持ちがあれば、自分が少々下手でも相手の話が聞き取りづらくても、徐々にコミュニケーションを取れるようになります。たどたどしくても、すごく中身のある内容をしゃべってくれる人だったら、もっと話を聞きたいと思うのは世界共通です。流暢さやなめらかさがあれば理想ですが、優先すべきは中身です。

■ 最後に、弊社のサービスで、英文添削や翻訳以外にもあれば良いと思うサービスや、あれば使ってみたいと思うサービスがあればお教え下さい。

英文校正のチェックができれば今のところは問題ないです。それが一番大事なので、そのサービスが信頼できるところに頼みたいです。

■ ありがとうございました。

【プロフィール】
佐藤泰裕(さとう やすひろ)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部
1996年 東京大学経済学部卒業
2000年 名古屋大学情報文化学部講師
2002年 東京大学 博士(経済学)取得
2007年 名古屋大学大学院環境学研究科准教授
2008年 大阪大学大学院経済学研究科准教授
2016年から現在 東京大学大学院経済学研究科准教授
ご専門分野:都市経済学・地域経済学

 

米国化学会、海賊版論文サイト「サイハブ」に勝訴

本連載でもお伝えしてきたように、「サイハブ(Sci-hub)」というウェブサイトでは、出版社のサイトでは有料でしか入手できない論文のPDFファイルを、誰でも簡単に無料でダウンロードすることができます。ジャーナル(学術雑誌)の購読料が高騰し、論文を手に入れにくくなったことに業を煮やした研究者アレクサンドラ・エルバキャンが2011年に開設したものです。多くの研究者に重宝されてきた反面、学術出版社などからは訴訟を起こされるなどされてきました。

世界最大の学会で、多くのジャーナルを発行する「米国化学会(ACS: American Chemical Society)」は今年6月、バージニア州の地方裁判所でサイハブを提訴しました。11月3日、バージニア州の地方裁判所はサイハブに対して、著作権侵害と商標違反の損害賠償として4800万ドルを同学会に支払うよう命じました。サイバブ側はこの裁判に出廷しませんでした。

最近のある研究では、サイハブには、世界の学術論文約8160万件のうち69%、米国化学会のジャーナルのコンテンツのうち98.8%が含まれている、と推定されました。

サイハブは学術出版大手エルゼビア社に著作権侵害で訴えられて、ニューヨークの裁判所から1500万ドルを損害賠償として払うことを命令されたこともあります。

米国化学会は声明文で「この判決は著作権法と出版産業全体の勝利である」と述べたうえで、サイハブとの「アクティブな提携や参画」をしている人々には、同学会の著作権で保護されたコンテンツや商標の不正使用に対する差し止め命令が出されることをこの判決は意味する、と説明します。つまりサイハブだけでなく、検索エンジンやサービスプロバイダなどにも適用される可能性があるということです。同学会はこれが執行されるよう動き始めているといいます。

この裁判所命令に実効性はあるのでしょうか? サイハブは閉鎖されるか、あるいは誰も検索エンジンでたどり着けなくなるのでしょうか?

ネイチャー・ニュース』では、知的財産の専門家が「アクティブな提携や参画」には解釈の余地があること、一般論としてはアメリカの裁判所は裁判に参加していない人々や団体に命令を出す権限は持っていないこと、しかし連邦規則(US federal rules)は禁止を命令された側と積極的に関係している者に対しては命令が及びうること、などを指摘しています。

サイエンス・インサイダー』では、別の専門家が、この判決は政府による検閲に第三者が関与を求められる前例になる可能性を指摘しています。

コンピュータ通信産業協会(CCIA)は「法廷助言書」を裁判所に提出して、プロバイダと検索エンジンへの命令を、エルゼビアによる訴訟でも米国化学会による訴訟でも、その訴えから除外するよう求めていました。この意見は前者では裁判官に取り入れられましたが、後者では却下されました。

なお同学会の広報担当者は、この判決は検索エンジンには適用されず、サイハブに「積極的に参加している団体」にのみ適用される、と『サイエンス・インサイダー』にコメントしています。

エルバキャンは今のところどのメディアにもコメントしていないようです。

サイハブは別の訴訟で閉鎖を命じられたこともあるのですが、アメリカの裁判所の命令が及ぶのは同国国内に限定されるため、ロシアのサーバーで運営しているサイハブはサービスを続けています。今回の判決でどうなるかはわからない、という意見もあるようですが、自由を重視するインターネットの世界では、その運営を止めることは不可能だろう、という推測もなされています。

もしサイハブが利用不可能になったら、高価な購読料を払うことのできる研究機関に所属していない研究者、とくに新興国の研究者に深刻な影響が出る可能性があります。そうした研究者もサイハブを必要とせず、論文、つまり公開された研究成果を自由に利用できるような情報環境があることが理想ではないでしょうか? しかし、現状はそうではないのです。

 


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

間違いやすい用語や表現 - 不要な「of」 

「の」の誤訳が原因となっている「of」の誤用を度々見かけます。その中でも特によく見られるものとして、以下に例示する誤用があります。

[誤] (1) Here, the condition of v > 0 is important.
[正] (1’) Here, the condition v > 0 is important.

ここで「condition」と「v > 0」はいずれも名詞だということに注目してください。原文の書き手がこのことを根拠に「of」を加えたようです。これは「の」の誤訳と捉えることができ、「of」の意味的機能についての誤解を反映しています。

一般に、前置詞「of」は「所有」の意味を示します。その働きによって、(1)では「v > 0」という不等式が「condition」の指す条件を「所有する」という状況が暗示されてしまいます。しかし実際は、「condition」と「v > 0」は同一のものを意味しているので、文法的に、「v > 0」は「condition」を修飾する「同格語」となります。修正文ではこの関係が明らかです。

数学的な議論において、上述のような誤用をしばしば目にします。以下も典型的な例です。

[誤] (2) In the following, we describe the process of X → X*.
[正] (2’) In the following, we describe the process X → X*.

[誤] (3) In this case, U(x) is convex in the regions of 0 < x < 1 and 2 < x <3.
[正] (3’) In this case, U(x) is convex in the regions 0 < x < 1 and 2 < x <3.

[誤] (4) In this case the mass of m exceeds m0.
[正] (4’) In this case the mass m exceeds m0.

[誤] (5) In the limit of ψ → ∞, we obtain the following:
[正] (5’) In the limitψ → ∞, we obtain the following:
[正] (5’’) In theψ → ∞ limit, we obtain the following:

(5’’)では、「ψ → ∞」は同格語ではなく、名詞付加語となっていますが、(5’)における同格語の「ψ → ∞」と同様に名詞「limit」を修飾しています。

 


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グレン・パケットGlenn Paquette

1993年イリノイ大学(University of Illinois at Urbana-Champaign)物理学博士課程修了。1992年に初来日し、1995年から、国際理論物理学誌Progress of Theoretical Physicsの校閲者を務める。京都大学基礎物理研究所に研究員、そして京都大学物理学GCOEに特定准教授として勤務し、京都大学の大学院生に学術英語指導を行う。著書に「科学論文の英語用法百科」。パケット先生のHPはこちらから。

#159_Brain-Drain

頭脳流出が進むラテンアメリカ-日本は大丈夫?

「イノベーション」につながる科学研究への投資は長期的に見て重要であり、政府負担の研究費が投入される一つの理由でもあります。日本では英語本来のinnovation(革新、一新)の意味に加えて、技術革新や新しいアイデアの活用などの意味も含まれますが、インターネットの普及やスマートフォン、電気自動車(EV)など、ここ10年程度の間に生活に浸透した「イノベーション」の成果には、目を見張るものがあります。このように、イノベーションを生み出す研究プロジェクトへの投資は計り知れない影響を世界に及ぼしますが、それを生み出すには、充実した研究環境も不可欠。研究費の削減、そして人材の流出というシビアな問題に直面する国が増えてきています。

■ ラテンアメリカの深刻な現状

ラテンアメリカでは、政府の研究費削減が大きな問題に発展しています。低賃金や研究費不足、官僚制度の問題に頭を抱えた研究者たちが国外に出て行く、つまり頭脳の流出が進行しているのです。

最近出版された報告によれば、アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、ウルグアイ、メキシコの研究者の給料は、それぞれの国の首都にあるアパート(2LDK程度)の家賃より低いと示されていました。例えば家や新車などを持ちたい、生活水準を向上させたいと思ったら、食費や光熱費などの生活費を節約しなければ到底かないません。

世界銀行のデータによれば、これらのラテンアメリカ諸国が研究開発費に回す予算は概ねGDPの1%以下(1.24%のブラジルを除く)であり、GDPの約2.4%を研究開発費に投じている先進国とは大きな差が出ています。せっかく大学院を出て研究者になっても、研究費がなく生活にも困窮するとなれば、その国に留まるのは難しくなります。実際、アルゼンチンの大学で博士号(PhD)を取得する学生数は急増しているのに、その半数しか国内で科学研究関連の仕事に就けず、約20%の博士号取得者は国を出るか、他の職業に就くことになるようです。

■ 経済低迷のブラジル、政情不安のベネズエラ……

研究費のGDP比では1%を超えているブラジルですが、経済低迷の影響から、イノベーションに向けた科学研究資金は削減されるばかりです。ブラジルには州ごとに研究開発を支援する公的なファンドがありますが、そのうちの一つであるリオデジャネイロ州の科学支援団体FAPERJは、過去2年以上にわたり3,670もの研究プロジェクトへの支援を打ち切るなど削減を続けてきましたが、ついに経営破綻となり、1億5,000万ドルの助成金が支払われなくなってしまいました。

FAPERJの破綻は、リオデジャネイロ州政府がFAPERJへの支出を減らした上、2005-2016年に割り当てられた予算の40%しかFAPERJが受け取れていなかったことが原因と考えられています。2016年のオリンピック開幕前にリオデジャネイロ州が財政危機宣言を発したことは五輪関係者に衝撃を与えましたが、州の財政状況が急激に悪化したことの影響は学術界にも及んでいたのです。しかし、研究費削減の問題は同州に限らず、他の州でも深刻な状況となっています。

また、国の政情不安も人材を流出させます。社会主義国のベネズエラは、治安の悪化、経済マイナス成長、インフレにより国家崩壊の危機にあるとまで言われており、既にこの国から脱出した国民も多数。2016年の報道によれば、国外に住むベネズエラ人は150万人。90%が2000年以降に国を出たとされていますが、その中の90%が学士以上、40%が修士以上、12%が博士取得者と、学歴や技術を持つ人材が多いことから、ベネズエラでも頭脳流出が起きていると言えるでしょう。

■  「頭脳」はどこに?

他のラテンアメリカ諸国もブラジルやベネズエラと同様の状況に置かれており、研究活動を促進し、先進的なイノベーションを促すためには、学術界および政府レベルでの改革が必要不可欠です。しかし残念なことに、この問題はラテンアメリカ諸国だけでなく、全世界で共通の問題となりつつあります。GDP比での研究費はラテンアメリカ諸国より大きいものの、ヨーロッパをはじめ先進国における頭脳流出も問題視されています。

では流出した頭脳はどこに行くのか?流出国と流入国は、先に述べたような経済的・政治的な要因によっても大きく変わってきます。近年は、経済的不安が増すヨーロッパから流出した頭脳(人材)がアメリカ、カナダ、オーストラリアなどの英語圏に移住しているようです。しかしトランプ政権になって科学研究費が大幅に削減されたアメリカが、今後も研究者の流入を受け入れられるかどうかは不透明で、動向に注意する必要があります。

■ 日本からの「頭脳流出」は大丈夫か

この問題、日本も他人事ではありません。他国に比べて治安がよく、経済力も保持するこの国からも頭脳流出が起こっています。近年話題になっている「日本の」ノーベル賞受賞者にも米国在住あるいは受賞時点で外国籍を取得していた研究者が多数いることからも、それは明らかです。日本で博士号を取得した研究者が、語学力の強化や研究者ネットワークの構築などを目的に留学し、より自由な研究環境を求めてそのまま移住してしまい、結果、現地で研究成果をあげているというのが現実です。アメリカへの頭脳流出の傾向は以前からですが、有能な研究者への国際的需要は高く、海外からの「頭脳獲得」に積極的に動いている国も他にあり、今後も研究者の流出が続く可能性があります。

研究者が国外に出て戻らないということは、国にとって大きな損失です。高度な知識や技術を獲得した人材が、就業機会や研究費の不足、研究環境への不満などから他国に移動してしまうことは、将来のイノベーションの芽も失ってしまうことをも意味するからです。いかに帰国したいと思わせる環境を整えるか、給与も含めて働きたい環境、研究を続けやすい環境を整えることが喫緊の課題でしょう。長期的な視野に立ち、「頭脳還流」を図る時が来ています。

間違いやすい用語や表現 -the one 

代名詞「one」は日本人学者の論文で過度に使用されると思われます。熟語「the one」における誤用は特によく見受けられます。

「the one」が表現として誤っているとは言えませんが、学術論では一般に(「one」が代名詞となっている)「the one」よりは「that」の方が適切です。私が今まで読んできた学術論文では、ほぼ例外なく「the one」(「the ones」)はそのまま「that」(「those」)に置き換えるべきものでした。

以下は典型的です。

[誤] (1) This method is similar to the one studied in Ref. [2].
[正] (1’) This method is similar to that studied in Ref. [2].

[誤] (2) These solutions are then compared with the ones derived above.
[正] (2’) These solutions are then compared with those derived above.

[誤] (3) The proof of Theorem 3 is similar to the one that we presented in Section 2 for the case of a strictly convex function.
[正] (3’) The proof of Theorem 3 is similar to that which we presented in Section 2 for the case of a strictly convex function.

「the one」の誤用に関する実用的な対策への提案は以下になります。
論文が書き終わったら、最終チェックとして「the one(s)」を検索し、「one(s)」が代名詞となっていることを確認したら、「the one(s)」を「that」(「those」)に置き換える、という単純な作業で十分です。(なお、(3)が例示するように、「that」が「the one(s)」の直後にくる場合には、それを「which」にすべきです。)

 


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グレン・パケットGlenn Paquette

1993年イリノイ大学(University of Illinois at Urbana-Champaign)物理学博士課程修了。1992年に初来日し、1995年から、国際理論物理学誌Progress of Theoretical Physicsの校閲者を務める。京都大学基礎物理研究所に研究員、そして京都大学物理学GCOEに特定准教授として勤務し、京都大学の大学院生に学術英語指導を行う。著書に「科学論文の英語用法百科」。パケット先生のHPはこちらから。