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オープンアクセス急拡大中―今後の動きは!?

ほんの十数年前まで、学術研究論文の出版は紙媒体が主で、デジタル化されたコンテンツを読むことなど想像すらできませんでした。しかし、近年のICT(情報通信技術)の急激な進歩により、私たちは世界のどこからでも学術情報を入手することが可能となり、それに伴って、学術論文のオープンアクセス化も急速に進んできました。

■ 16年で世界に波及

オープンアクセス化とは、公開された学術研究論文をインターネット上で誰でも自由に、無料で閲覧できるようにすることです。オープンアクセスに向けた動きは、2001年にハンガリーで本格化しました。社会正義・教育・公衆衛生・メディアの独立を国際的に助成する組織であるオープン・ソサエティ財団(Open Society Foundations: OSF)が、ハンガリーで主催した会議でブダペスト・オープンアクセス・イニシアティヴ(Budapest Open Access Initiative: BOAI)を採択し、翌年にBOAIを文書化して公開したのです。これによりオープンアクセスの定義と方向性が示され、世界各国で拡大することとなりました。

ICT技術の進歩と利用者側の利便性向上とは別に、印刷費・運送費が増加して学術雑誌の価格も高騰するという出版業界側の事情もオープンアクセスの流れを加速させました。
学術界は基本的に、研究成果をオープンアクセス化することを推奨しています。学会や学術誌によってはオープンアクセスを義務化しているケースも見られるほどです。研究者は学会や所属する研究機関、投稿する学術誌の方針に従いつつオープンアクセスを検討し、適切な手段を選択することになります。オープンアクセス化によって情報伝達のスピードが格段に速くなり、世界中で研究成果の公開性が高まり、利便性も確実に向上しているのです。

■ 中南米でも新たな動き

世界中で拡大中と言いつつ、ネット環境に大きく依存するという性質上、発展途上の国におけるオープンアクセスはあまり進んでいないと思われがちです。しかしブラジルではBOAIの前から、研究成果を共有する方法を模索していました。1997年にはScientific Electronic Library Online(SciELO)が学術出版をウェブ上で連携させるプロジェクトを発足させ、学術誌の可視化に力を入れてきました。この動きにチリのNational Commission for Scientific and Technological Research (CONICYT)が追随し、さらに中南米の主要な国々に拡大したのです。

2012年11月には、中南米9か国(アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、エルサルバドル、メキシコ、ペルー、ベネズエラ)がブエノスアイレスに集まり、中南米における学術研究成果のオープンアクセス化をめざすネットワーク組織LA Referenciaを正式に結成することで合意しました。LA Referenciaには今や、140万件以上の記事や学位論文などのデータが収録されています。

さらに、オープンアクセスジャーナルの包括的なデータベースを構築しているDirectory of Open Access Journals(DOAJ)の記事(2017年1月17日付)によれば、2014年3月にDOAJの基準が設定されて以来、中南米およびカリブ海地域から登録された学術誌は916誌。著者責任の明確化や著作権ポリシーに関する課題はあるものの、中南米における国際出版基準に準じたオープンアクセス化の促進と質の向上が進んでいるようです。

 国際機関も動きを推進

中南米のように、国家レベルでオープンアクセスを進めている国々もありますが、公的資金を使った研究成果も幅広く利用できるようにと、国際機関でもオープンアクセス化の動きが広がっています。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関、United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization: UNESCO)も2013年にオープンアクセス政策を発表し、その戦略的枠組みの一環として2013年3月、ジャマイカのキングストンで、第1回Regional Latin American and Caribbean Consultation on Open Access to Scientific Information and Researchを開催しました。この大会にはジャマイカ、西インド諸島およびカリブ海の国々を含む中南米諸国が参加しています。さらに同じ年、ユネスコの主要な研究報告書などを掲載したOpen Access Repositoryを公開し、オープンアクセス化を積極的に進めています。

■ よいこと尽くしに見えるが……

オープンアクセス化の推進という新しい流れは、研究者に大きなメリットをもたらしています。世界中の学術論文を含む情報が自由かつ無料で入手可能になることで、研究者の専門分野における研究の発展に貢献します。また、異なる分野の研究成果や興味のある学術情報も簡単に検索・入手できるようになることで、研究の幅を広げ、分野を超えた連携を可能にします。同時に、研究者が論文をオンラインに掲載することで自身の論文の被引用回数を把握できるようになると共に、論文の披検索数が増加することも期待されます。

よいこと尽くしのように見えるオープンアクセス化ですが、問題も発生しています。ICTの発展に伴うオープンアクセス化で利便性が向上する反面、混在する誤情報を含む膨大な情報に振り回されたり、出版倫理に触発する問題が発生したりと、諸刃の剣にもなり得ます。

著作権の扱いも課題の1つです。オープンアクセス化にあたり、出版社や個人が所有する著作権と折り合いをつけなければなりません。オープンアクセスジャーナルにおける著作権はクリエイティブ・コモンズに準拠していることが基本と考えられますが、研究者が他の研究者から使用許可を得るのを支援するツールなどが必要と考えられます。インターネットへのアクセスをいかに確保するかも大きな課題です。特に地方における接続の安定性とスピードの向上は必須です。デジタル環境の構築は、その国がインフラ整備にどれだけ力を入れるかに大きく影響されるため、一筋縄ではいきません。

■ さらなる普及に向けて

オープンアクセスモデルには、明確な方針や資金、インフラ構築、ICTが不可欠です。またコンテンツを充実させるには、査読も必要ですが、それ以前に世界に向けて研究成果を発信していく研究者がいなくては成り立ちません。登録する論文を増やすには、研究者がオープンアクセスのメリット、オープンアクセスリポジトリへの登載方法、SHERPA-RoMEO[1]によるオープンアクセスにおける出版社著作権ポリシーなどを理解する必要があります。そのための教育や支援も必要となるでしょう。

学術研究におけるオープンアクセスの重要性は世界中で認識されており、この流れが止まることはないでしょう。直面する課題にどう対処していくのか、今後の動きに注目です。

 


注釈[1]  SHERPA/RoMEO:英国のノッティンガム大学を中心に立ち上げられた、オープンアクセスの機関リポジトリプロジェクトSHERPA(Securing a Hybrid Environment for Research Preservation and Access)のうちの一プロジェクト。ジャーナル出版社の著作権ポリシーを集積し、データベース化している。2017年7月時点で2,393出版社が登録され、分析対象となっている。

参考
Enago academy掲載の英文はこちら:Open Access Movement in Latin America

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今こそ真実を訴える:代替的事実ジャーナルの発信

トランプ米大統領の上級顧問を務めるKellyanne Conway氏がテレビ番組で発した「代替的事実(alternative facts)」という言葉が話題になりました。上級顧問たる立場の人間が事実の誤りを「Fake(虚偽)」ではなく「代替的事実」と述べたことにより、トランプ政権が事実を重視しない姿勢を示したというのがもっぱらの見解です。

象徴的なのが気候変動に対する見解であり、就任前から「中国が米国の製造業を無力化する目的ででっち上げた作り話」と評していました。3月29日にはオバマ前政権の温暖化対策を撤廃する大統領令に署名し、2013年に前政権が策定した温室効果ガス排出削減策「クリーン・パワー・プラン」の再評価を命じました。これを発端として気候変動に関連する研究への包囲網が狭められていますが、科学研究も同様に、厳しい状況に追いやられています。このような政治的な動きに対する反撃が、にわかに始まっています。

■ Journal of Alternative Fact(JAF):代替的事実ジャーナル

「代替的事実」がまかり通るならと、「代替的事実ジャーナル(Journal of Alternative Facts:JAF)」が刊行されました。Casey Fiesler氏は、増え続ける代替的事実を抑制するためには信頼できる学術情報を発信することが重要だと、このジャーナルを立ち上げました。

記念すべき最初の記事は“We Have All the Best Climates, Really, They’re Great” (Scientistonce, I.A., 2017)と題され、米国が牽引する気候変動の研究により地球は最適な気候にあり、温暖化していないことが分かっているとしています。データによれば米国の二酸化炭素(CO2)排出レベルは最適な状態にあり、何の対策も必要ないと述べていますが、実際には米国のCO2排出量は世界の国別ランキングで中国に次ぐ2位(2015年データ)。まさにトランプ政権の気候変動対策への姿勢を揶揄しています。この皮肉たっぷりの投稿へのコメントには「JAFの発表は最高!」「査読に最適」というものまであり、概ね好意的に受け取られているようです。

■ 代替的事実がはびこる可能性

事実と代替的事実は、何が違うのでしょうか。Oxford英語辞書によれば「Alternative」には「別の可能性、選択」との意味が含まれており、簡単に見分けられない場合もありそうです。例えば、食品や自然界に存在する化合物についてさまざまな研究が行われていますが、どれが発がん性物質なのか確実には分からないこともあり、事実だと信じられていたものが実は「事実」ではなかったということも少なくありません。

学術論文は通常、研究者が長年行ってきた調査や分析、実験を論文にまとめて投稿し、専門分野の知識を持つ他の研究者が評価・検証を行う査読を経て公開されます。適正な査読プロセスを経た学術発表であれば、勝手な推測や科学的見解に基づかない憶測が公表されることはないはずですが、今日、多くの人が科学あるいは技術に関する情報をメディアから得ていることを鑑みれば、発信される膨大な情報の中に代替的事実がはびこる可能性は拭い去れず、重大な危険をももたらしかねません。

■ 学術界と代替的事実

JAFの考案者であるFiesler氏は、時として政治家が科学以外の論拠や指示をもとに科学について判断を下すことがあり、その結果が私たちに影響を及ぼす可能性があるとしつつ、「科学とは党派対立問題でも経験的事実でもない」と断言しています。

科学研究とは宇宙の森羅万象を理解するために重要なものであり、研究者が研究資金を政府系のファンドに依存することがあっても、その資金提供の決定者の意見が研究内容と食い違うからといって支援を拒否されるべきではありません。さらに、資金提供を受けるために事実が「代替的事実」になることも避けられるべきでしょう。

政治的な思惑などにより意図的に代替的事実が発せられる場合以外にも、事実がゆがめられることは多々あります。ソーシャルメディア上でセンセーショナルな見出しを目にしたことや、盲目的に投稿内容を信じた読者が過激なまでの反応を示すのを見たことはないでしょうか。政治家や政策決定者が科学的な情報を入手するためにジャーナリストやニュースメディアを頼みとする状況は、今後も続くことでしょう。そのことからも、学術研究者による客観的な研究と、査読者による客観的なチェックが重要なのです。

■ 不安定な世界で

アメリカで「代替的事実」が話題になる前年の2016年、イギリスでも「post-truth(ポスト真実)」という言葉が流行しました。これは「客観的な事実が重視されず、感情的な訴えおよび個人的な信条が社会的な意見の形成に影響を与える状況」(Oxford英語辞書)とされています。ポピュリズムが台頭し、世界は不安定さを増しています。国家間の対立が深刻になる中で、政治に事実が反映されない傾向も広がりつつあるようです。学術界においても、研究の内容と成果を正しい目で判断する査読の重要性が、益々増えるのではないでしょうか。

参考
Enago academy掲載の英文はこちら:Journal of Alternative Facts: It’s About Time!

 

間違いやすい用語や表現 - Stay

動詞「stay」は、口語的とされるため、学術論文では避けるべきです。
「stay」が口語的である主な理由は、意味が非常に広いため、その使用によって学術論文には相応しくない曖昧さが生じてしまうからです。

私が読んできた日本人の学術論文において「stay」が使用されるほとんどの場合、意図した意味は次のいずれかの表現によって明瞭に表すことができます。

remain、「to be」動詞、exist、be positioned、come to rest、be fixed、be unchanged、be motionless、remain motionless、stop、converge、live、reside

以下は「stay」の典型的な誤用を示します。

[誤] (1) The value of S stays near 0 until t =τ.
[正] (1) The value of S remains near 0 until t =τ.

[誤] (2) In the present case, the current stays constant.
[正] (2) In the present case, the current is constant.

[誤] (3) The patient’s condition has stayed the same.
[正] (3) The patient’s condition has not changed.
[正] (3’) The patient’s condition has been unchanged.
[正] (3’’) The patient’s condition has been stable.

[誤] (4) During World War II, Picasso stayed in Paris.
[正] (4) During World War II, Picasso lived in Paris.
[正] (4’) During World War II, Picasso resided in Paris.

[誤] (5) Throughout the experiment, the temperature stayed at 3.0±0.1℃.
[正] (5’) Throughout the experiment, the temperature was fixed at 3.0±0.1℃.

 


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グレン・パケットGlenn Paquette

1993年イリノイ大学(University of Illinois at Urbana-Champaign)物理学博士課程修了。1992年に初来日し、1995年から、国際理論物理学誌Progress of Theoretical Physicsの校閲者を務める。京都大学基礎物理研究所に研究員、そして京都大学物理学GCOEに特定准教授として勤務し、京都大学の大学院生に学術英語指導を行う。著書に「科学論文の英語用法百科」。パケット先生のHPはこちらから。

 

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【日本大学】袴田 航 准教授 インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十五回目は、日本大学 生物資源科学部 生命化学科の袴田 航先生にお話を伺いました。後編では、今の若い人たちは英語に接する機会がたくさんあるのだから、その機会を生かせば英語もできるようになるとのメッセージをいただきました。


■ 普段はどのように英語に接しているのですか。

論文を読むことをはじめ、研究に関してはほとんど英語なので、英語に触れている、目にしている時間は長いと思います。最近は、SNS上の論文をスマホで読んでいます。

それでも、論文から収集しているのは化学の知識で英語ではありませんから、スラスラ書けるようにはなりません。わからない単語があれば調べます。今はインターネットを使えば、すぐに答えが出てきますよね。調べながら少しずつボキャブラリーが増えていればいいなと思ってはいますが、忘れるほうも多いです。話す機会は少ないですね。

■ 今は英語を日常的に使用されていますが、中学・高校などで英語を学習し始めた頃には、英語に対する抵抗はなかったのですか。

抵抗やトラウマを持ったことはありませんが、当時、英語なんて使わないだろうと思いながら過ごしていたのは事実です。私たちの世代だと、外国人を見たことすらなかったですから。海外に行くなんて想像もできなかった。中学・高校の頃はこんなに国際化するなんて思っていませんでした。研究者になって英語を使う場に放り出されて、おっとーと思いながらやっています。

■ こんな英語の授業があったらよかったのに、というのはありますか。

少し質問の答えとずれますが、うちの学科のカリキュラムだと、1年生2年生には一般教養の英語があって、2年生後期と3年生の前期後期には専門の英語の授業が組み込まれています。その後、研究室に入って研究英語に触れるという流れで、書く能力は鍛えられます。ただ、この上にしゃべる機会を加える必要があると強く思います。

例えばレストランで、水がほしくて「ウォーター」ってカタカナ読みしても、ネイティブには通じない。そういう体験をすれば、やる気になる子は面白がってやってくれるんじゃないですかね。早い段階で実力を知ることが大切です。それにより、英語へのモチベーションが高まるのではないかと思います。

■ 研究者になったご自身が英語の指導を受けることや、逆に学生に英語を指導されることはありますか。

ここに来てからは特に指導を受けたことはありません。ドクターの学生が論文を書いているので、それを見て直すことはありますが、英語の指導というほどではなく、論旨がしっかりしているかどうかというところのみに限っています。論旨さえできていれば、後は業者さんにお任せできるかと。限られたスペースで結果を説明する能力を磨くことが大事かなと思っています。日本語と英語では文法も違いますが、どちらで書いても論旨は大切ですし、日本語で書けば(英語で書くより)スピードが速いというだけだと思う、と教えています。

■ 日本人の研究者が英語力を鍛えていくには論文を実際に書くことが一番かと思いますが、そのほかに文章力と会話力を鍛えていくのによいと思う方法があればお教えください。

……書く数でしょうね。上達したかどうかは分かりにくいですが、日本語のようには書けないなと苦心しながらも続けることが大切かと。

今の若い人は、私が教育を受けていた頃よりしっかり英語をやっていますよ。英語に接する機会も増えていますし。留学しなくても、街中には外国人がいるし、英語を使う機会があるじゃないですか。このあたりでも、留学生(外国人)と話す日本人学生をよく見かけます。

発音も若い人のほうが上手です。国際学会などで私より上の世代の英語を聞くと、発音がすごい(ひどい)ですからね(笑)。我々より年配の方々は、生の英語を聞く機会はほとんどなかったと思います。生まれたときから英語を聞いている今の若手とは大きな違いです。発音もですが、会話は若い世代のほうが断然優れていると思います。

■ 外国人とのディスカッションを円滑に進める秘訣があれば教えてください。

文化的な違いを理解することではないでしょうか。同じアジアの国々と比べても、気質というか文化的な違いはあります。留学先や学会で多くの韓国人や中国人に会いますが、彼らは口数が多い。でも、たくさんしゃべって会話を成立させることとディスカッションを成立させることは別です。ラボでのディスカッションで自分の主張だけを繰り返しても、まとまらないですから。日本人は黙って人の話を聞く力があります。最後まで聞いた上で、自分の主張を展開する。割り込んできたら、日本語でもいいから「違う違う」と主張する。そうすれば止まってくれます。そうして折り合いを付ける必要があります。

■ なかなか勇気がいることですが、それでも1度踏み込んでみることが大事ということでしょうか。

はい(笑)。私も当初はなかなかできませんでした。留学も自分では決められなかった。でも、英語を話さざるを得ない状況に身を置いたのがよかった。英語とは死ぬまでの付き合いでしょうね。
学生は日常会話から始めてみるとよいと思います。発音が悪いと、どんなにすばらしいことを頭の中で描いても何にも伝わらない(笑)。話す機会をつかむ。これが大事です。

 

【プロフィール】
袴田 航(はかまた わたる)
日本大学 生物資源科学部 生命化学科 生物化学研究室 准教授
1995年 日本大学 農獣医学部 農芸化学科 卒業
2000年 日本大学大学院 農学研究科 農芸化学専攻 博士後期課程 修了 博士(農学)取得
2000年4月-2001年12月 理化学研究所 動物・細胞システム研究室 基礎科学特別研究員
2002年1月-2005年3月 厚生労働省 国立医薬品食品衛生研究所 有機化学部 研究官
2005年4月-2007年3月 厚生労働省 国立医薬品食品衛生研究所 有機化学部 主任研究官
2007年4月 日本大学 生物資源科学部 農芸化学科 生物有機化学研究室 専任講師
2009年7月-2010年7月 スクリプス研究所(サンディエゴ)・分子生物学および化学部門・Carlos Barbas III 研究室・客員研究員
2012年4月-現在 日本大学 生物資源科学部 生命化学科 生物化学研究室 准教授

 

間違いやすい用語や表現 -hugeとtiny

形容詞「huge」と「tiny」は、口語的であるから、原則として学術論文には相応しくありません。

「huge」と「tiny」が口語的とされる理由は、これらの語には対象となっている物事の大きさについての判断が主観的であるということが含意されるからです。使用される状況によって程度が異なりますが、話し手・書き手の驚きも含意されてしまいます。

学術論文において「huge」と「tiny」の代わりに適切に使える表現は多数ありますが、特によく使用されるものとして以下を挙げます。

huge: very large, extremely large, inordinately large, excessively large, dominatingly large, divergent, indefinitely large, effectively infinite

tiny: very small, extremely small, inordinately small, negligibly small, infinitesimally small, infinitesimal, vanishingly small, indefinitely small, effectively zero

これらの語句には、それぞれが表現する意味に差異がありますので、使用する際には注意が必要です。

こんな記事もどうぞ:「huge」と「tiny」同様に間違えやすい表現− bigとlittle
 


glenn

グレン・パケットGlenn Paquette

1993年イリノイ大学(University of Illinois at Urbana-Champaign)物理学博士課程修了。1992年に初来日し、1995年から、国際理論物理学誌Progress of Theoretical Physicsの校閲者を務める。京都大学基礎物理研究所に研究員、そして京都大学物理学GCOEに特定准教授として勤務し、京都大学の大学院生に学術英語指導を行う。著書に「科学論文の英語用法百科」。パケット先生のHPはこちらから。

 

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エルゼビア社、海賊版論文サイトに裁判で勝利したが…

2017年6月21日、アメリカのニューヨーク地方裁判所は、「サイハブ(Sci-Hub)」や「ライブラリー・ジェネシス(Library Genesis/LibGen)」といった、有料の学術論文を無料で入手できるウェブサイトに対して、著作権侵害による損害賠償として1500万ドルを支払うべきだと裁定しました。

本連載でも伝えた通り、ジャーナル(学術雑誌)の購読費が高騰していることにより、論文を入手しにくくなっていることに対して、多くの研究者が不満を抱いています。その1人であるカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、2011年、購読費もパスワードも使うことなく学術論文のPDFファイルを簡単に入手できるウェブサイト「サイハブ」を開設しました。

サイハブは多くの研究者に重宝されていますが、当然のことながら学術出版社はこれに激怒しています。なかでも学術出版最大手のエルゼビア社はサイハブを訴え、2015年11月、ニューヨーク地方裁判所はサイハブに対しウェブサイトの閉鎖を命じました。しかしエルバキャンはサーバーを、アメリカの司法の力がおよばないロシアに移し、現在に至るまでサイハブを運営しています。

今年5月、エルゼビア社はサイハブや、やはり有料の論文を無料で入手できるサイト、ライブラリー・ジェネシスで不正に入手できる論文100件のリストを裁判所に提出し、恒久的な差し止め命令と総額1500万ドルの損害賠償を求めました。

『ネイチャー』(6月22日付)によれば、サイハブで入手可能な論文の版権のうち、最も多くのシェアを占めていたのは、エルゼビア社でした。それにネイチャー・シュプリンガー社やワイリー・ブラックウェル社が続きます。

エルゼビア社の訴えに対して、ニューヨーク地方裁判所のロバート・スウィート判事は、海賊版論文サイトの運営者も代理人もいない法廷で、エルゼビア社寄りの判決を下したのです。しかし、多くの学術ウォッチャーたちは、この判決がサイハブやライブラリー・ジェネシスの運営を止められるとは考えていないようです。実際のところ、7月現在、どちらも利用可能です。エルゼビア社の代理人や出版業界団体は、当然ながらこの判決を歓迎するコメントを各媒体で述べています。

興味深いのは、識者たちの見解です。たとえば2人の識者が別の媒体で、ほとんど同じことを話しています。インペリアル・カレッジ・ロンドンの生物学者スティーブン・カリーは『ネイチャー』で、セント・アンドリュース大学の歴史学者アイリーン・フィフェーは『タイムズ・ハイアー・エデュケーシション』で、それぞれこう述べています。サイハブが人気だということは、学術出版の現状に不満を抱えている研究者がそれだけたくさんいるのだ、と。

また、サイハブについて最初に書かれた学術論文の著者の1人、ゲーテ大学の生物情報学者バスティアン・グレシュアケは、この判決によって、サイハブやライブラリー・ジェネシスを使う人たちはむしろ増え、さらに彼らは同様の「法的に問題のある」サービスを開発するよう刺激されるだろう、と推測しています。実際、「オープンアクセスボタン(Open Access Button)」や「アンペイウォール(Unpaywall)」といった研究論文を入手するためのウェブサービスやアドオン(これらは合法)は、多かれ少なかれサイハブに触発されてできたものだ、と。

さらにスタンフォード大学の教育学者ジョン・ウィリンスキーは、今回の判決はエルゼビア社が公的な資金で行われた研究を「企業資産と私有財産」に変えてしまっていることを意味する、と厳しい評価を下しています。

学術出版社に対する批判は別の形でも現れています。「数学界のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を受賞した数学者を含む著名な科学者たちは、2012年、エルゼビア社が発行するジャーナルの購読料の高さなどに抗議して、同社への論文の寄稿・査読・編集をボイコットするという「学界の春(Academic Spring)」運動を始めました。この運動はオープンアクセスの推進にも広がり、同社を支持しないと表明する宣言への署名運動「知識の代償(The Cost of Knowledge)」となって広がっています。

確かに、サイハブは違法なのでしょう。しかしながら、エルゼビア社をはじめとする学術出版社がこうした研究者たちの不満に対する解決策を提供できていないのも事実なのです。


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ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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ジャーナル選択を支援する新たなツール誕生!

近年の出版界における紙から電子媒体への急速な移行は、学術ジャーナルの世界にも、かつてない変化をもたらしています。多くの大学関係者、特に若手研究者は、オンライン化で急拡大したジャーナルの選択肢に圧倒されがちです。「自分の論文をよく読んでもらうにはどのジャーナルに掲載すればいいのか」――。これは研究者にとって死活問題であり、オンライン化の進行が、問題の深刻さに拍車をかけています。

■ 捕食出版社の跳梁跋扈

研究者を悩ませるのはオンライン化だけではありません。最近では、とんでもない「インチキ出版社」の登場が、学術界で問題視されています。研究者は苦労して仕上げた論文を、できる限り近い専門分野の、かつ研究成果や努力の重要さを理解してくれる学術ジャーナルに掲載したいものです。掲載誌を選択するにあたって重要なのは、投稿すべきジャーナルの質です。しかし、価値ある新しいジャーナルが刊行される一方で、「捕食ジャーナル」と呼ばれる悪質なジャーナルが出現してきているのです。

利益のみを追求し、倫理違反など気にも留めない出版社とそれらが刊行するジャーナルは「捕食出版社」、「捕食ジャーナル」と称されます。捕食出版社は「タイムリーな刊行」などを誘い文句に大量のメールを送りつけ、論文投稿のプレッシャーに追われる無防備な研究者を釣り上げては、捕食ジャーナルへの論文掲載料を巻き上げるのです。この過程に、まともな査読プロセスや編集体制などは存在しません。

ある調査によると、捕食出版社による論文掲載は、抽出した613誌だけでも、2010年から2014年までの期間に6万本から42万本と7倍にも増加しました。「悪貨は良貨を駆逐する」とは、16世紀に英国のトーマス・グレシャムが指摘した経済学の法則です。「名目上の価値が等しく、事実上の価値が異なる貨幣が同時に流通すると、良貨はしまいこまれて市場から姿を消し、悪化だけが流通する」(出典:故事ことわざ辞典)ことから、悪がはびこると善が廃れるとの意味もあるそうです。捕食ジャーナルの出現と勢力拡大を放置しておいては、まともな論文の価値が損なわれ、適切な評価がされなくなってしまいます。学術研究の停滞にまで発展しかねない問題です。

■ 捕食ジャーナルに対抗する新たな動き

とはいえ、すべてのジャーナルをチェックし、その中に潜む捕食ジャーナルを見つけ出すのは困難と言わざるを得ません。ある算定によると、2014年には8000誌もの捕食ジャーナルが展開されていたと推測されており、研究者は自衛手段を講じる必要に迫られています。

このような状況下で生まれたのが、“Think.Check.Submit.”というツールです。主要出版社と業界団体によって2015年に立ち上げられたこのサイトは、研究者たちに論文掲載先に関する具体的な情報を提供して、ガイド役を務めることをめざしています。特に注力しているのが、研究者に簡便なツールを提供してジャーナル選択のプロセスの簡素化を図り、論文に適し、かつ十分に信頼できるジャーナルを選べるようにすることです。

Think.Check.Submitが提供するツールは無料な上、使いやすく設計されています。第1段階では、研究者に投稿先のジャーナルが信頼できるものであるか、自分の研究分野に即したものであるかを「Think(考え)」させます。第2段階では、研究者が確認すべき実質的な「Check(チェック)」リストに誘導します。ここでの設問は「あなた、あるいはあなたの同僚は、このジャーナルを知っていましたか?」あるいは「このジャーナルの編集委員会は正当だと思いますか?」など。有益な判断材料となる個々の設問に回答しながら考えることで、論文掲載候補から捕食ジャーナルを振るい落としていきます。チェックリストの各項目の確認が済んだ段階で、論文の「Submit(提出)」に進める仕組みになっています。

重要なのは、Think.Check.Submitは決して、特定のジャーナルや執筆者を推薦するものではないということです。このサイトは、研究者が成果のさらなる発展とキャリア形成に役立つ論文の掲載先を、自ら選別できるようになることをめざしているのです。

■ 適切なジャーナル選択がもたらすもの

Think.Check.Submitはジャーナル出版コンサルタント会社のTBI Communicationsによって運営されています。研究者は同社が集める膨大な情報を一か所で入手できることで、直接的な恩恵を受けられます。また、このツールがネット上で利用可能なことにより、英語を母語としていない若手研究者や、定評ある研究資料へのフルアクセスができない環境にいる研究者にも、大きな便益をもたらしているのです。しかし、その反面、このような研究者こそ捕食ジャーナルの格好の餌食となりがちなのも事実です。

時と共に学術界全体の意識が向上しており、捕食ジャーナルに対抗する取り組みへの関心が高まっています。こうした取り組みが浸透すれば、出版社やジャーナルを扱う図書館側も恩恵を得ることができるでしょう。捕食ジャーナルへの対抗という意味だけでなく、正当な出版社と研究者をつなぐ役割を果たすことも期待できます。

つまり研究者の意識が高まり、投稿先ジャーナルの選択において注意深くなることは、捕食ジャーナルを排除し、より真っ当なジャーナルおよび出版社を存続させることになり、結果として社会および長期的な政策決定における利益となるのです。

■ 現状と将来の見通し 

Think.Check.Submitの取り組みはオンライン上で認知度を高めつつあり、出版組織連合(ALPSPDOAJISSNSPARCなど)の賛同を得ていることも鑑みれば、長期的な成功が見通せる状況にあります。執筆者が論文の出版を競い合う中、その学識を確保しようとする学術ジャーナルの数は毎率3.5%で増加しており、特にオープンアクセス環境が拡大する中、良質な学識(=論文)を確保するのは、至難の業となっています。Think.Check.Submit の取り組みを補足するようなルールとともに、、研究者がDirectory of Open Access Scholarly Resources (ROAD)(オープンアクセスの学術情報データを公開するサービス)*1やQuality Open Access Market (QOAM)(ジャーナルの価格と品質に関する情報を提供するサービス)を通じてジャーナルのデータを自由にチェックできるような仕組みが必要です。

研究者は、捕食出版社・捕食ジャーナルによる不正・詐欺行為と戦うべき明白な責任があります。Think.Check.Submitは、学術出版における不正に対抗するために必要な手段を提供するもので、研究者側の意識向上は必須です。ITのグローバル化が進行する世界で、学術界における不正がさらに蔓延するのを防ぐためには、研究者個人の意識と、不正を許さないという社会規範に基づく対抗策が必要なのではないでしょうか。

注釈:
*1 ROADについて
ROAD(Directory of Open Access scholarly Resources)はISSN国際センターがユネスコの支援を受けて提供するサービスです。(国立国会図書館ウェブより抜粋

Enago academy掲載の英文はこちら:Think Check Submit: A New Approach to Journal Selection


こんな記事もどうぞ:
クローズアップ学術界「捕食ジャーナル – 倫理学分野にすら登場
クローズアップ学術界「捕食出版社、生涯教育にも進出

References

Carl Straumsheim (2015, October 1) ‘Predatory’ Publishing Up
Ruth Francis (2015, October 1) Think. Check. Submit. A helpful checklist for researchers
Kelly Neubeiser (2016, January 29) Think. Check. Submit your way to the right journal

エナゴが韓国のKSBMB国際学会でワークショップを開催

2017年5月17日から19日に韓国の釜山国際展示場BEXCOで開催されたKSBMB(韓国生化学分子生物学会) International Conference 2017にて、エナゴがワークショップを開催しました。韓国最大の学術コミュニティであるKSBMBは、科学分野におけるコミュニケーションの円滑化を図り、最新情報を研究者と共有することを促進しています。
エナゴのワークショップは、若手研究者および院生を対象に、適切なジャーナルの選択方法や論文のリジェクト、IMRADフォーマットについてなど、論文投稿プロセスの全体を網羅する内容で、参加者は真剣に聞き入りました。

より詳しい情報はこちらから(英語)
Author Workshop about Scholarly Publishing at KSBMB International Conference 2017

 


英文校正エナゴについて

■ISO 9001:2008(品質マネジメント) 認証取得
■ISO 27001:2013(情報セキュリティ) 認証取得
英文校正の専門業者。これまで国内外58万稿の英語論文を校正してまいりました。「論文と同じ分野の博士号を持つ専門家」と「アカデミックライティングの専門家」の2名同時の重点チェックが最大の特徴。国際品質認証ISOを取得した管理システムの下、常に品質の維持向上と顧客満足度を追求しております。

ウェブサイト:www.enago.jp

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【日本大学】袴田 航 准教授 インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十五回目は、日本大学 生物資源科学部 生命化学科の袴田 航先生にお話を伺いました。前編では、最初の論文発表で苦労された経験、留学して気づいたこと、英語との向き合い方などを語っていただきました。


■ 最初に先生の専門分野を教えてください。

専門分野は、生物有機化学、ケミカルバイオロジー、メディシナルケミストリーといった内容です。研究分野の名前は異なっていますが、実際の研究内容はかなりオーバーラップしていると思います。ケミカルバイオロジーは日本語だと化学生物学となり、少し馴染みがないかもしれません。研究の内容で一般の方にも身近な話としては、抗ウイルス剤の研究などが一番わかりやすいかと思います。

■ 英語の勉強を始めたのはいつごろですか。

必要になったときに始めたという感じです。学生の時にも英語をやりましたが、厚生労働省に入って1年目の時、「国際学会で口頭発表をしてみないか」と言われ嫌でもやらざるを得なくなった。これがスタートです。

■ そのときのご心境はいかがでしたか。

「ゔ〜〜〜ん」という感じでした。英語で話したことなどなかったので、そこから練習です。その時の国際学会は日本国内で開催される国際学会だったので、今思えば相当気を遣ってそこから始めさせてくれたのかもしれませんが、私にとっては高いハードルでした。発表に向けて練習をする以前に、そもそも英語ができないことが問題で、思っていた以上に書けない、話せない、聞き取れない……。今も変わっていませんけど(笑)。

■ どのくらい前から発表の準備をされたのですか。

学会発表の場合、6か月くらい前に英文の要旨を提出するので、その時に要旨を先生に直してもらうところから始めました。発表の練習は後からチョコチョコと。他の先生方に実際に見てもらったり、ゼミで練習したりしていました。思い出すだけで緊張してきます……。

国際学会とはいえ日本での開催だったので、ほとんどの聴衆は日本人でしたが、200~300人くらい参加者がいるように見えましたから、かなり緊張しました。その後は、年1回、2回、3回と発表の機会が増えるにつれ、徐々に慣れていったという感じでしょうか。やはり数をこなせばコツをつかめると言うか、場数を踏んで何とかなったような、ならないような……。

■ 英語での発表の準備をする中で、自分に合った対策法は見つかりましたか?

背伸びをしないことでしょうか。かっこ悪くても簡単な英単語を正しい順番に一つずつ積み上げていくという説明方法に落ち着きました。自分をよく見せようと思っても、発音が悪いから伝わらない。論文なら複雑な表現など何を書いてもよいのですが、口頭発表では発音が悪いのに難しくて長い単語を使うと、とても伝わらないということに気がつきました。当たり前かもしれませんが、無理にかっこいい表現を使わず、簡単に伝えるのが最善です。

■ 英語の論文発表で特に印象に残っているエピソードなどあれば教えてください。

7-8年前に1年間、アメリカのカリフォルニア州にあるスクリプス研究所に留学しました。そのときラボのミーティングで発表しろ、と言われ、初めてアメリカの研究室で英語の発表をすることになったのですが、その最中に、ボスがスマホでゲームをしていたのを見た時は衝撃でした……。聞くに堪えなくて遊んでいたのでしょう(笑)。我ながら「そりゃ、そうだな」と思いました。
内容に加えて、発音も拍車をかけたのでしょう。発表に限らず、アメリカに入国してからアパートの手続きをするときとか、ラボで契約をするときとか、通じないことばっかりだったので。

■ アメリカ留学はご自身の希望ですか。

いや、行けと言われて。子供もいたのでためらっていたら、前任の教授に「英語の勉強も含めて行って来い」と。今となれば本当に感謝していますが、最初は大変でした。子供が小学生だったので向こうの学校に入れるのかが心配でしたし、英語が話せない子供が現地の小学校で過ごせるか、とても不安でした。

ただ子供にとっては、海外と日本の違い(ハードル)が無くなったのではないでしょうか。日本で外国の人を見ても、そんなに不思議そうにしていない。日本に戻ってきても、ネイティブの発音は忘れずにいるのは良かったです。ただ、日本の小学校の英語の授業で正しいネイティブの発音ができるといじめられるということがあって、もったいないなと。日本人ってそういうところがありますが、みんなでつぶし合ってどうするんだろうと思います。

■ 今でもアメリカには行かれるのですか。

大学に赴任してきてからはなかなか行けないので、年1回外国へ行って学会発表できればいいというくらいです。去年はドクターの学生を1人連れて発表に行ってきました。やはり英語圏ということで、アメリカを中心に選んでいます。アメリカでの研究が進んでいるというのもありますが、生の英語に触れることが刺激になるというか、英語の本場で発表することで気持ちを高めています。

■ 英語で発表することも含め、英語に対する感触が変わったと感じたのは、どんな瞬間ですか。

発表しているときに英語を聞いて回答が日本語で出てきたときには、ちょっとは分かるようになったかな、と思いました。緊張感がなくなったかなと。英語で何て言えばいいんだろうと考えなくなって、日本語で「そうですねー」と言ってから英語が出る。英語をしゃべることに対するハードルのようなものがなくなって、日本語でもよいんだと思えるようになったというか、そんなときは、だいぶリラックスしてやれていると思えますね。できない自分を受け入れられるようになったんです。できる範囲、わかる範囲で最大限やろうと。

■ 発表はリラックスしてできるようになっても、質疑応答では突拍子もない質問が飛んでくることがあると思いますが、そんな時はいかがですか。冷静に対処できるものでしょうか。

対処できていないと思います。何とかなっているのか、なってないのかわかりませんが、とりあえず空白ができないように、わからない場合でも質問者と簡単な英語で擦り合わせます。全部答えきれているとは思えませんが、答えたいという気持ちが伝わるように気をつけています。

■ 英語に慣れてらっしゃるという感触を抱きましたが、やはり留学の経験が大きいのでしょうか?

慣れてませんよ。英語への接し方の転機を挙げろと言われれば、やはり最初の発表と留学ですね。ただ、決して克服できたわけではなく、あきらめですね。英語が母国語じゃない人と母国語の人が対等に話すのはやっぱり無理なんだな、という一種のあきらめとともに受け入れられるようになって、そこからですね。上達しようというか、少しずつ改善していけばいいんだと思えたのは。一足飛びにこのレベルまで行かなくちゃというプレッシャーはなくなりました。死ぬまでにちょっとでもうまくなればいいかなと。

 

【プロフィール】
袴田 航(はかまた わたる)
日本大学 生物資源科学部 生命化学科 生物化学研究室 准教授
1995年 日本大学 農獣医学部 農芸化学科 卒業
2000年 日本大学大学院 農学研究科 農芸化学専攻 博士後期課程 修了 博士(農学)取得
2000年4月-2001年12月 理化学研究所 動物・細胞システム研究室 基礎科学特別研究員
2002年1月-2005年3月 厚生労働省 国立医薬品食品衛生研究所 有機化学部 研究官
2005年4月-2007年3月 厚生労働省 国立医薬品食品衛生研究所 有機化学部 主任研究官
2007年4月 日本大学 生物資源科学部 農芸化学科 生物有機化学研究室 専任講師
2009年7月-2010年7月 スクリプス研究所(サンディエゴ)・分子生物学および化学部門・Carlos Barbas III 研究室・客員研究員
2012年4月-現在 日本大学 生物資源科学部 生命化学科 生物化学研究室 准教授

 

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ビル&メリンダ・ゲイツ財団、オープンアクセス促進に注力

従来、学術研究論文を読むには購読料が必要でした。学術論文にアクセスしようとすれば、お金を払わねばなかったのです。また学術ジャーナルの中には、執筆者が自分の論文を公的にシェアするのを一定期間認めないものもあり、研究論文の共有を阻んできました。これは、多くの学術出版社側にとっては収益を生む重要なモデルですが、研究者側にとっては成果へのアクセスを妨げるものでした。特に資金不足に悩む研究者にとっては深刻な制約であり、先行する研究成果に基づいて進められるような研究においては、後進の研究活動の発展を妨げることになりかねません。

■ 研究成果を制限なく公刊する

近年、前述の有料モデルとは正反対に、無料で学術論文を公開するモデルが普及してきました。オープンアクセス出版です。これはすべての研究者が生産性を上げられるよう、必要なデータへの公平なアクセスを確保するオンラインのジャーナルを指します。このオープンアクセスの流れを支える強力な支援者に、ビル&メリンダ・ゲイツ財団も名を連ねています。この世界最大の慈善基金財団は、” All Lives Have Equal Value”(すべての生命の価値は等しい)との信念のもと、世界中の人々が健康で豊かな生活を送るための支援を行っています。活動の範囲は、世界の病気・貧困の撲滅への挑戦から教育やIT技術に関わるものまで幅広く、学術振興への支援の一環として、オープンアクセスの流れも後押ししています。

ゲイツ財団は2017年1月1日、財団の助成を受けたすべての研究成果が購読料や制約の壁に阻まれないようにとの方針”Bill&Melinda Gates Foundation Open Access Policy”を発表しました。この方針は米国国立衛生研究所(NIH)やWellcome Trust(イギリスに本拠地を置き医学研究支援などを行う団体)などのような学術支援団体の方針にも近いものですが、ゲイツ財団はさらに踏み込んで、研究成果をクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス:インターネット時代のための新しい著作権ルール)のもと、商業目的を含んだ再利用をも制限することなく、公刊することを求めています。この要求は、その公刊物に関わるすべてのデータにも適用されることになります(学術ジャーナルの中には同財団のオープンアクセス方針に対応していないものもあるため、財団の助成を受けた研究者は、それらの雑誌に論文が掲載できないことになります)。

■ 既存のジャーナルにもたらす影響は?

NatureScienceNew England Journal of Medicineなど有名な既存のジャーナルは、オープンアクセスに対応していません。ゲイツ財団の方針に準じれば、こうしたジャーナルがオープンアクセスに参加しない限り、これらの誌面には財団が支援した研究成果を掲載できないことになります。Natureは妥協策として、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの一種で再利用の制限のないCC-BYライセンスのもとでの出版を模索しているようですが、natureブログの記事(201年11月21日付)が言及するように、容易な道ではありません。この問題について財団と交渉を行っているジャーナルもあるようです。

この最近の展開がどこまで学術研究を変化させるかは、時間をかけて見ていく必要があります。ただはっきりしているのは、このゲイツ財団の方針表明により、学術界でのオープンアクセスの運用について、新たな議論の道が生み出されたということです。NIHやWellcome Trustの方針同様に、ゲイツ財団のこの新方針も、研究者のデータアクセスにポジティブな影響を与えることが期待されています。

ゲイツ財団は、その活動の中で、熱帯地域、貧困層に蔓延している寄生虫、細菌感染症といった、いわゆる「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Disease: NTD)」との戦いにおいて、官民協力のもと国際的な共闘をめざすという新たな動きを取り入れました。財団の先見性と行動力にあふれたアプローチが学術界にも浸透するのか、そしてオープンアクセスにどのような効果をもたらすのか、目が離せません。

参考
Enago academy掲載の英文はこちら:Gates Foundation Accelerating Open Access